「はあ、はあ・・・ここが・・・ゴールなのかな・・・」 一方、謎の地下室に落ちてしまっていたケミカ。 階段の途中のいくつものトラップを掻い潜り、ついに一つの扉の前に辿り着いた。 「お邪魔します・・・」 メカニックな物が多いこの建物の中で、ケミカの目の前にあるこの扉は至ってアナログだった。 丸いノブが一つついているだけの、非常にシンプルな扉だ。 恐る恐るノブを回すと、鍵は掛かっておらずすんなりと扉は開いた。 「・・・なんだろう、この部屋・・・」 電気のスイッチがあったので、それをパチっとつける。 部屋の中が、一気に明るくなった。 「・・・あ、パソコンが置いてある」 とても狭い部屋だった。 机が一つと、その上にコンピュータが置いてあるだけだ。 「・・・・・・。」 ケミカは青白く光っているモニターにそっと近づいた。 「・・・押しても、いいかな・・・」 カチ、と目立っていた丸くて赤いボタンを押すと、モニターに新しいウィンドウが一つ出現した。 「な、なに?」 画面の中に乱れた画像が、そしてスピーカーからは雑音混じりの音声が出てきた。 「人間が、これを見てくれていることを望む」 「・・・え・・・?」 ガガ、とかピーというノイズと共に、男性の声が聞こえてきた。 「この声・・・このしゃべり方・・・どこかで・・・」 ケミカは必死に思い出そうと顔をしかめた。 「貴方がポケモンを愛する人間なら、パスワードを入れてほしい」 「・・・パスワード・・・?」 「ポケモンと人間に、必要な物は何か。私の好きな言葉だ。それを入力してくれ」 という音声が流れた後、画面は停止した。 入力待機状態になっており、それ以上は動かないようだった。 「・・・もしかして、この声・・・!」 ケミカはリュックを下ろして、中身をあさった。 中からキズぐすりなどがこぼれ落ちたが、気にしていられなかった。 「あった、ポケモンのふえ・・・!」 それは、以前シオンタウンのポケモンハウスで「フジろうじん」というおじいさんからケミカがもらった笛だった。 フジ老人はなぜかロケット団に集団で詰問されており、そこをケミカが助けたのだった。 「さて、ケミカくん」 「は、はい・・・」 「ポケモン図鑑作りは、ポケモンに対して深い愛情がないと完成は大変難しい。」 「はい・・・」 「その助けになるか分からんが、これをあなたに差し上げよう。」 「・・・これは・・・笛ですか?」 「その笛の音を聞けば、どんなポケモンでも元気が沸いて飛び起きる!ポケモンが居眠りして困ったら使ってみなさい」 「あ・・・ありがとうございます!」 「その笛の中心に、私の好きな言葉が掘ってある。あなたもポケモンに対して、持っているはずだ。それを忘れないように」 「・・・分かりました」 ケミカは、ポケモンのふえを上下に外せる部分を開いてみた。 中には、二つの言葉が書かれていた。 その言葉を、コンピュータに打ち込み始めた。 「・・・L・・・OVE・・・と、TRU、S・・・T・・・「愛情」と、「信頼」・・・これで合ってるかな・・・」 全ての文字を入力すると、コンピュータは自動的にパスワードの認識を始めた。 そして、画面が真っ白になり真ん中に「ロック解除」の文字が出現した。 また画面が真っ白になり、音声だけが流れ始めた。 「合ってたんだ・・・!」 ケミカは小さく歓声を上げた。 幾らか若い頃のフジ老人の声が、コンピュータから聞こえてきた。 ― 去年の夏、南アメリカのギアナのジャングルの奥地で、私は新種のポケモンを発見した。 私はそのポケモンに、鳴き声から「ミュウ」と名づけた。 ミュウは、足に酷い怪我を負っていた。 片足に包帯をかたく巻き、なんとか止血した。 私が創設したグレン島のポケモンラボラトリーに、ミュウを極秘で連れてきた。 上層部に悟られないよう、細心の注意を払ってミュウの能力や生態を調査し始めた。 ミュウは、他のどのポケモンにも見られない卓越した能力と、無限の可能性を秘めていた。 足の怪我が治ってからは自由に宙を飛びまわり、無邪気に遊んだりする中、人の知識を吸収もしていった。 知能も相当のもののようだった。私は、ミュウについてもっと詳しく知りたかった。 しかしある日、ミュウの存在が外部に漏れてしまった。 ロケット団の首領が視察に来ることを事前に知った私は、海の最果てにある孤島へミュウを連れて行った。 そこでミュウを放し、私は途中3日漂流しながらも何とか無事に帰還した。 私が帰ってきて健康状態が回復すると、部下の一人が私に「ついに遺伝子操作に成功した」ということを告げた。 生物の遺伝子が少しでもあれば、同じ生き物を作り出せる。 さらに、遺伝子に手を加えることによってより優秀で強力な生き物を作ることも可能だ、ということだった。 私は、あのミュウをこの手で作りたかった。 いや、ミュウをも越える生き物を、私は生み出してみたかった。 ミュウの怪我を治療するのに使った布に付着していたミュウの細胞を元に、私は新しいポケモンを作った。 最大限に能力を高め、成功すればどんなポケモンよりも優れたポケモンが生まれるはずだった。 生まれたばかりのミュウの子供に私は「ミュウツー」と名づけた。 同時にラボでは、上部からの指令で様々な研究を進めていた。 ポケモンの「特性」を操作することにも成功し、一撃で倒れることのないポケモンたちを作り出した。 さらにそのポケモンたちがタマゴを見つけた際に、その子供は非常に力が強くなるように遺伝子に改造を施した。 生まれたときから強力なわざを遺伝させることにも成功した。 だが、再びラボラトリーの秘密が外部に漏れ出した。 ロケット団はミュウツーの存在を知り、その強大な能力を操ることを目論み始めた。 そこで私は、ラボの隣にあった自宅の屋敷に、研究で生み出したポケモンたちを移した。 そしてミュウツーが逃げ出したという内容の日記を残した。 数日後、全員を連れてトキワシティの西の無人島に逃げる予定だった。 しかし、あと少しのところでロケット団に押さえられてしまった。 強くなるための遺伝をさせたポケモンのタマゴや、強力に改造したポケモンたちも連れ去られてしまった。 だが何とか彼らの目を逃れ、数匹のポケモンとミュウツーを連れて、私はこの島に移住した。 私はその時、初めてポケモンを研究対象ではなく「生き物」として見られるようになった。 非常に高い能力を持ったポケモンたちも、愛情を持って接しお互いを信頼することで、 遺伝子を改造されたポケモンであることを忘れさせ野性にかえしていくことができた。 高すぎる能力をコントロールすることで、私が生み出したポケモンたちにも普通のポケモンと同じように生きていってもらいたかった。 ミュウツーも、いずれ私の元を離れて1匹のポケモンとして生きていってほしい、と・・・。 しかしグレンのラボには月に何度か顔を見せる程度だったが、ある日この島の存在が悟られてしまった。 私があまりに長期間、頻繁に留守にすることによって不信感を抱いた仲間たちがいたからだ。 私が再びグレンに戻り、この島に来れば追跡されこの島の研究所、並びにポケモンたちの存在が露呈してしまう。 従って私は、ポケモンたちを眠らせこの島を人々から完全に切り離すことにした。 この島に私がここにいるのも、今日で最後になるだろう。 この私のメッセージを見てくれたポケモンを愛する人よ、どうか私の代わりにミュウツーを救ってほしい。 そして、私が生み出した命を、私が責任を持てず置いていったことをどうか許してほしい。 このコンピュータの隣には、ポケモンたちを解放するコードが組み込まれたコンピュータがもう一台ある。 メッセージの最後に表示されるパスワードを入力すれば、ポケモンたちが解放される。 私はこの償いのために、これからはポケモンたちのためだけを思って、生きていこうと思う。 あなたならきっと、ミュウツーを救えるはずだ。 グレン島ポケモンラボラトリー 創設者 フジ ― 「・・・・・・。」 ケミカはメッセージを、身じろぎもせずにただじっと聴いていた。 メッセージが流れ終わった後も、その場に立ち尽くしたまま動けなかった。 パスワードが数秒間表示されてから、モニタの電源は自動的に切れた。 しかし、それでもケミカは画面を見つめたまま動かなかった。 「・・・フジ老人・・・あの人が・・・そうだったんだ・・・」 やっと出した声は、今にも消え入りそうだった。 半分に分かれているポケモンのふえをそのまま元に戻すことも忘れて、リュックに押し込んだ。 「・・・コンピュータの隣にもう一台コンピュータって・・・」 ケミカは狭い部屋を見回したが、そんなものはどこにもなかった。 そもそもこの部屋には机とパソコン以外何もない。 「・・・とにかく、フジ老人の願いだ・・・ぼくがミュウツーを助けないと・・・!」 ケミカは素早くリュックを背負って身を翻し、半分開けっ放しだった部屋の扉を開け放った。 しかし急いではいたが、部屋の電気を消すことは忘れなかった。 そして再びトラップだらけの階段を駆け上がり始めた。 「ま、待てよ!」 「逃げるなっ!俺と戦え!!」 周りで激しく戦っているほかのポケモンたちの間を抜けて、ホウソは自分のコピーのピカチュウから逃げていた。 逃げるといっても背を向けて逃げるのではなく、向かい合ったままピカチュウの攻撃をかわしていた。 「なんで逃げるんだよ!」 「・・・・・・俺は戦わない」 ピカチュウの威嚇にも、ホウソは静かに首を横に振るだけだった。 痺れを切らしてピカチュウはホウソに向かって突進した。 「っ・・・!」 ホウソは体当たりをまともに食らい跳ね飛ばされた。 背中から地面に落ち、少ししてごろんと うつ伏せになってから四本足で立ち上がった。 ピカチュウは反撃を予測して身構えたが、ホウソはただピカチュウの前に歩いてくるだけだった。 「・・・なんで、なにもしないんだよ!」 「・・・・・・」 「周りは全員戦ってるぞ!?どっちが強いか、どっちが本物か決めるために戦ってるんだ!!」 「・・・・・・なら好きにしろ」 ホウソは体の力を抜いて、目を閉じた。 ピカチュウは くっ、と視線を逸らして、それでもまたホウソに向かって行った。 「馬鹿野郎っ!!」 どしん、と再びピカチュウはホウソにぶつかった。 高く飛ばされて地面に叩きつけられ、ホウソは目を強くつぶった。 傷だらけになった全身に痛みが走ったが、それでもよろよろと立ち上がりピカチュウを見るだけで、ホウソは何もしなかった。 「・・・・・・!」 ホウソから作られたコピーのピカチュウは、ホウソがどうして戦わないのか全く理解ができなかった。 周りのポケモンたちが戦っている打撃音の中で、ホウソはまた攻撃を受ける覚悟で目を閉じた。 「はあ、はあ・・・か、階段ばっかり・・・」 地下室から脱出し、ケミカはコピーを作る機械がある部屋まで戻ってきていた。 「こんなに機械化してるのに、どうして移動手段は徒歩なんだろ・・・」 必死に駆け上がってきたのですっかり息が上がっている。 機械の上の巨大なモニタを見て、ケミカは驚愕した。 「あっ・・・?!」 そこには、バトルフィールドの一部が映し出されていた。 カメラの位置を変える人はいないため、ずっと同じ部分が映っているらしい。 2匹のイーブイがお互いに噛み付き合っている。 その後ろでは、2匹のチコリータが引っ掻き合い、ぶつかり合っている。 自分や他のトレーナーたちのポケモンが、激しく戦っている映像だった。 時折、画面の上方をミュウとミュウツーと思しき二つの光が飛んでいくのが見える。 「・・・あ、ホウソ・・・!」 画面の中に、ホウソと思しきピカチュウが勢いよく転がってきた。 ホウソが体勢を立て直すよりも早く、再びピカチュウがぶつかっていくのが見えた。 そして、画面から2匹のピカチュウはいなくなってしまった。 代わりに2匹のオオタチが掴み合っている様子が映し出された。 「本物と、コピーのポケモンたちが戦ってる・・・ミュウと、ミュウツーも・・・」 ケミカはモニタに背を向け、部屋の出口に向かって走り出した。 「プロトア!ホノオグマ!!」 マリカがポケモンたちに向かって叫んだ。 フィジカもエレメも、この同じポケモン同士の戦いを見ていることしかできなかった。 「・・・俺のポケモンも、そのコピーも・・・俺の声なんか聞こえてないみたいだ・・・」 「・・・マリカ」 フィジカのいつもの険しい表情は、幾らか辛そうに変わっている。 お互いを壁にぶつけ合っているアインスタとコピーのトゲピーを見つめたまま、口を開いた。 「本物たちとコピーたちは、戦うことを決意している。ミュウとミュウツーが戦いを続ける限りこの戦いは終わらない」 「・・・そんな・・・」 エレメはカバンの中で眠ったままのボラックスを起こさないようにカバンを優しく抱き上げて立ち上がった。 「人間は・・・眼中にないって感じだな」 「・・・・・・」 「もし、ここで俺と全く同じ姿をした俺のコピーがいたとしたらさ、俺が本物だって証明しようとすると思うよ」 カバン越しに、ボラックスの頭を撫でた。 「本物でありたいって気持ちは、本物も、コピーも同じなんだよ・・・」 「エレメ・・・」 「なるほどな」 フィジカは腕組みをして、目を閉じた。 「・・・それが生き物というものか・・・」 マリカは空を見上げ、いまだ何度も激しくぶつかり合うミュウとミュウツーを見つめた。 「・・・・・・お前」 「しゃべる暇があるなら戦えっ!」 「・・・・・・っ」 コピーのピカチュウは、ホウソの右頬を張った。 ホウソは地面に倒れ、両手で体を支えた。 「・・・なんで戦わないって言うけどさ・・・じゃあ、お前はなんで戦うんだよ・・・」 体を起こしながら、ピカチュウに背を向けたままホウソは言った。 「き、決まってるだろ!どっちが強いか、どっちが本物かを決めるためだ!他のポケモンたちも、みんなそうだろ!!」 「・・・そっか」 「それならお前はどうして戦わないんだ!?戦えよ!この野郎っ!!」 「いっ・・・て・・・」 立ち上がったばかりのホウソに、再びピカチュウは平手打ちを加えた。 ホウソは今度は倒れず、叩かれた左頬をピカチュウに向けたまま動かなかった。 攻撃をしているピカチュウの方が、肩で息をしている。 「何で戦わないか?・・・ケミカは絶対にこんな戦い望まないからだよ」 「・・・・・・ケミカ・・・?」 ホウソをさらに殴ろうとした手のひらを、ピカチュウは空中で停止させた。 「・・・俺のトレーナー。俺が大好きな、最高の友達だ」 「トレーナー・・・お前の・・・?」 「殴りたいならいくらでも殴れ。でも俺は自分のトレーナーの意思に反する戦いは絶対にしない」 ホウソは、自分と全く同じ目と向かい合った。 「俺は、ホウソだ。でも、お前は俺じゃない。お前は俺と同じ姿だし同じ声、同じ性格だけど・・・お前はお前だ。俺じゃないんだ」 「・・・・・・!!」 コピーのピカチュウは、これでもかと目を見開いた。 「お前は生まれたばっかで名前もまだないけど、これから生きていってたくさんの経験をするんだよ。生まれてきたものは、みんな同じだ。 俺みたいに素晴らしいトレーナーに出会えるかもしれない。自然の中で生きて、素敵な景色を見られるかもしれない。友達もできるだろ。 ミュウとミュウツーの戦いなんて関係ない。お前はお前なんだよ。俺たちから・・・戦いをやめようぜ、な」 振りかぶった右手を、ピカチュウはホウソの右頬に寄せた。 「・・・・・・!」 左手も、同じように左頬に寄せた。 ホウソの顔を両手で挟んで、そして、額をこつん、とぶつけた。 「・・・・・・ばかやろ」 「・・・それ、俺もよく言うよ」 「そっか・・・そりゃそうだよな」 そしてそのまま、二人はごろん、と横倒しになり地面に転がって向かい合い、笑った。 |