◆◇水の楽園の守護者◇◆ -水の都の護神ラティアスとラティオス Another Edition-







ラクスに案内されて、診療所に辿り着いた。
手書きの木の看板が扉の横に立てかけてある。

扉は開いたままで、入り口にかかっていた長い暖簾のような布を押し退け中に入った。
中には島で唯一の医師という感じのおじさんと看護師っぽいおばさんがいた。

「あの・・・お邪魔します。ここに運び込まれた子は大丈夫ですか・・・?」

声がした方を見るなり二人は物珍しそうにリツキを眺めていたが、すぐに優しい笑顔になってうなづいた。

「やあ、連絡船に乗ってきた子だね。リツキくん、だっけ?」
「は・・・はい」

本当に話が伝わるのが早いなあ、と実感する。
おばさんが診療所の奥の部屋を指差した。

「あの子なら命には全然別状はないよ。もしかしたら過剰に圧迫された肋骨に異常があるかもしれないから
検査は必要だけど多分大丈夫だろうね」
「そうか・・・よかった・・・」
「ラクス、今日はお兄ちゃんと一緒じゃなかったんだね。ついにボーイフレンドでもできたかな?」

おばさんがラクスをからかうように言った。
すると、リツキがいたところからは見えなかったがベッドがある部屋から人が歩いてくる気配がした。

「そんなことはないな、ラクス」
「あ、お兄ちゃん・・・」

森から子供を運んでくれた青年、アルゴが突然出てきてラクスの隣に立った。
リツキを見下ろしておりなんとなく睨まれているような気分だった。

そしてそのままアルゴはラクスを診療所の外に向かって歩くように促す。

「みんな、遊ぶのはまた今度ね。気をつけて帰ってね」
「うん!」

診療所までついてきた二人の子供は元気よく返事をした。

「ラクス、また遊ぼうね!」
「今度は宝探しがいい!」
「うん、やりたいやりたい!!」
「そうだね、約束ね」

振り返って子供に笑顔を見せ、診療所から出て行った。
お医者さんの二人に頭を軽く下げてから、リツキがその後を追う。

「おーい、ちょっと待てよ二人とも」

リツキの声に、ラクスを押していたアルゴが立ち止まった。

「二人とも兄妹なんだろ?どこに住んでるんだ?」
「・・・・・・」
「ええと・・・」

アルゴは何も答えず、ラクスは言葉を詰まらせている。

「もう町の人たちから聞いてるかもしれないけど、俺はリツキ。
ホウエン地方から連絡船に乗って観光のために来たんだよ」

それを聞くと、アルゴが振り返った。

「・・・お前は、あの者たちの仲間ではないんだな?」
「あのものたち?あ、もしかしてこの島にとんでもないモン作ろうとしてる企業の工事の人たちか?
おいおい、そんなわけないだろっ」
「・・・なんだ、そうだったのか」

アルゴは幾らか表情を和らげてリツキの方に歩いてきた。
背中を押されていたラクスも開放されて振り返る。

「観光か・・・ならば私たちが島を案内しよう。まだ行っていない場所はあるのか?」
「ほとんど行ってないよ・・・あ、コボルさんにフォトラ広場の玉水の塔は案内してもらったけど」
「コボル長老に会ったのか。玉水の塔は見た・・・と。よしよし、ついて来い」

リツキに向かって手招きをする。
さっきまでの態度とは大分違うなあ、と思いながらアルゴの方へ走っていった。



「人々が住んでいる町はベイシック島のほぼ中心に位置している。
港から町への道と海水を取り込む水路がある以外は島は崖と森で囲まれているんだ」
「へえ・・・」

町のはずれの綺麗な並木道の下を3人で歩いている。
島で一番大きな農場へ案内してくれるらしい。

「・・・しかしここ最近でその森の木をあちこちで伐採する者たちがいる。
リツキ、あいつらは何をしようとしているんだ?」
「また今日みたいなことが起こったら、誰か死んじゃうかもしれない・・・」

アルゴの隣でラクスも不安そうな表情を浮かべる。
さり気なくラクスの肩をアルゴが優しく叩いた。

さてどうやって説明しようかな、とリツキは しばし考えた。

「・・・二人には難しいかもしれないんだけど、でかいレジャー施設を作ろうとしている会社があるんだよ。
その建設のためにまずはあちこち整地してるみたいだな」
「れじゃーしせつ?」
「それ自体は悪いことじゃないんだけど・・・わざわざこの島の自然を破壊しまくって、この島全体を
そんな場所にしようってのはかなり間違ってるよ。ベイシック島には数百人の人が住んでるんだし・・・」

リツキは二人に向き直った。

「俺はこの島にそんなもの作るべきじゃないと思うし、作ってほしくないんだ。
だからその建設計画をなんとか中止させたいんだよ。・・・二人とも、協力してくれないかな」

アルゴとラクスは目を見開いて顔を見合わせる。

「仲間は一人でも多い方がいいし、島の人にも協力してもらいたいけど
全員にイチから説明してる暇はないし・・・な、3人でこの楽園みたいな島を守ろう」

そう言ってリツキは手を差し出した。

二人は少し戸惑っていたが、アルゴが片手を出してその手を握った。
その上から、ラクスも両手で二人の手を包み込んだ。






「・・・で、なんで帰ってきたんだい?」
「だって夕方の6時にはご飯だってミュラさんが言ってたし・・・」
「島を守るのに休んでいる場合かい!?重機の給油口に角砂糖入れて回ればいいじゃないか!!」
「・・・それホントに壊れるのかよ?ってか犯罪はダメだろ」
「手段を選んでる暇なんてないだろう」
「チオ、お前意外と過激なんだな・・・」

アルゴとラクスと別れて宿屋に帰ってきて夕食をとったリツキは、
宿屋の広い庭にポケモンたちを出してそこで事のあらましを説明していた。

ミュラと一日中一緒にいたウレア以外のポケモンたちもすっかりこの島が気に入っており、
この島を守りたいと意気投合している。

「で、具体的にどうやって工事計画を阻止するんですか?」
「俺達そんな長くこの島にはいられないんだろ?」

ウレアとアパタイトが口々に言った。
そこなんだよな、とリツキは腕を組む。

連絡船が出る5日後には帰らないといけないし、
万が一その連絡船に乗らなければ自力でこの絶海の孤島から脱出するか、
何ヵ月後になるか分からないまたやってくる連絡船を待たなければいけない。

時間は限られているため一分一秒でも惜しい状況である。
リツキは顔を上げて人差し指を ぴっ と立てた。

「とりあえずアパタイトとベルトレーは空を飛んで島のどこで工事をやってるのか把握してきてくれ。
ミュラさんが島の地図をくれたから、これに印をつけて」

アパタイトとベルトレーに島の全体図が描かれた地図を丸めて渡した。
島は丸い形で、中心に町があり島の周りにはいくつかの小さな島が点在している。

地図をじっと見ていたベルトレーが、空を見上げた。

「・・・リツキさま、私は夜になると目が見えないので飛べないのですが」
「あ・・・そっか、もう夜だもんな・・・忘れてた」

真っ暗ではなかったが島の人たちは夜になるととっとと寝てしまうようで、町の明かりもほとんどない。
ましてや町を囲んでいる森や山には街灯などあるはずもなかった。

「じゃ、ベルトレーはアリバイ作りの係にするから、アパタイトが行ってきてくれ。
島の東の方を見てくるんだぞ。サボるなよ」
「・・・ま、こういうときだし真面目にやってやるよ」
「マジでやれよ。頼むからな」

普段は相当のぐーたらなので少々不安になったが、今の状況ではアパタイトに頼むしかなかった。

「で、とりあえず工事をしていると分かっているのが今日事故があったとこだ。
子供が木の下敷きになるなんて工事中断レベルの大事故だけど・・・。
多分、懲りずに夜まで整地作業してると思う。今夜行く場所のひとつはそこにしよう」

自分でも持っていた地図を地面に広げて、町の北西の森を指差す。
そして、もう一箇所そこより少し南の部分に指を移動した。

「んで、こっち。ここは今日アルゴとラクスの仲良し兄妹に案内してもらってる時に
通ったんだけど・・・この場所は地均しの工事をしてる。今日はその2箇所に行くぞ」

地図を折りたたんでカバンにしまった。
そして、立ち上がってなぜか仁王立ちをして腰に手を当てる。

「・・・リツキ?どうしたんだい?」
「一番大事な、計画の妨害の方法を発表する」
「あ・・・そういえばどうするんだろう」

全員でリツキを見上げた。

「ズバリ!「こわーいオバケ大作戦」だ!!」

一同、こおりついて うごけない。

「・・・・・・は?」
「オバケで妨害すんの!」
「・・・なんだいそれは」

どんな大層な計画かと思ったら、とチオは頭を横に振る。

「・・・ひょっとしてこの島の「タタリ」とかで工事を進ませないようにするってことかい?」
「その通り!みんなでオバケのフリして工事の人たちを驚かすんだよ。
そしてこの島は「曰くつき」だと思い込ませて工事の続行を断念させる・・・」

自信満々にリツキは語るが、ポケモンたちは全然乗ってきていない。

「そんなので大丈夫でしょうか・・・」
「ウレア、そんなの、とはなんですか。向こうが王道ならこっちも王道だ!
まずはみんなで幽霊っぽい不気味な笑い声を練習するぞ!」
「なんて地味な・・・」
「バレたらおしまいだからな。地味だろうが何だろうが全力を出せ!ほら不気味に笑え!!」

やれやれ、と思いながらもみんな大人しく、フフフフだとかヒヒヒヒだとか、
オバケっぽい笑い方の練習を始めた。

ミュラにはあらかじめその計画を伝えてあるため宿屋の裏の庭で奇妙な声が聞こえてきても
不審には思われないだろうが、万が一誰か通りかかったらどんな反応をされるのか全員予想もつかない。

だがやるしかないような気がしたので、多少むなしい気分にもなったが
真面目に怖い笑い声とはどんなのか考えながら笑い続けた。

と、そのときだった。

「・・・・・・なにをしているんだ?」
「あのう・・・こんばんは・・・」
「ヒヒヒ、ケーッケッケッケ・・・・・・うぉっ?」

庭の柵の向こうから、突然声が聞こえてきた。
宿屋の窓からの光に照らされて、暗闇の中から近づいてきた二人の顔が見えてくる。

「アルゴ、ラクス・・・!」

奇妙な声を上げていたポケモンたち全員がリツキの声に振り返った。
ラクスはアルゴの後ろに隠れ、アルゴは腕を組んで怪訝そうにみんなを見ている。

「リツキ、この二人がさっき話していたご兄妹かい?」
「そうそう!アルゴ、ラクス、ここにいるのが全部俺のポケモンだよ。チオ、エノール、エナミン、ベルトレー、
アパタイト、ウレア。一時的に二人にトレーナーになってもらって、三手に分かれた方がいいかな?」

ポケモンたちを指差しながら紹介していった。
アルゴは腕を組んだまま何度か頷いたが、リツキの手持ちポケモンたちは少々怯えている様子である。

「・・・おい、どした?」
「いや・・・なんかこの人、怖くないか?」
「別に近づいたって蹴ったりしないぞ。な、アルゴ?」

リツキよりも背の高いアルゴを見上げて怖がっているようだった。
しかし怖がっていては話が進まないので、どういう風に組もうか指をさして人数を確認する。

「えーと、じゃあ俺とチオとアパタイトで、ラクスがベルトレーと・・・」
「リツキ、どうやって工事を妨害するつもりなんだ?」
「アルゴがエノールと・・・・・・へ?あー、二人には話してなかったっけ」

改めて腰に手を当ててリツキが発表の準備をする。
ポケモンたちは またか、と肩を落とした。

「こわーいオバケ大作戦!オバケのフリをして作業員達を怖がらせて、島から追い出すんだ!!」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」

アルゴもラクスもポカンとしている。

「・・・それで、さっき不気味に笑っていたのか?」
「そ、二人ともちゃんと練習しろよ。こういうのは恥じらいを捨て、なりきるのが大事だぞ」
「そんなことをするよりも・・・」

組んでいた腕を下ろし、アルゴは一歩下がった。
そして、アルゴの体が淡く光って揺らめいたかと思うと、突然大きなポケモンの姿になった。

「なっ・・・なななな?!」

一同は仰天しているが、アルゴの隣にいたラクスも両手を下ろして目を閉じ、
ふわりと光に包まれてアルゴより少し小さな白いポケモンの姿に変わった。

何が起こったのか分からず、全員が目を瞬かせて言葉を失っている。

「ふ、二人とも・・・ポケモンだったのか!?しかもその姿、確かミュラさんに見せてもらったあの本、
ベイシック島の伝説に出てくる・・・・・・」
「私はラティオス。玉水の塔からベイシック島を見守っているポケモンだ」
「・・・私はラティアスです。普段は人間の姿で、ベイシック島で暮らしてるの」
「・・・・・・。」

リツキは恐る恐るラティオスの姿になったアルゴに近づいて首の辺りを触ってみた。
すると、アルゴの手がリツキの頭に ぺんっと飛んできた。

「いててっ」
「・・・気安く触るな。私はまだいいが、ラクスに不用意に触ったら許さんぞ」
「え、えと、ゴメン・・・ってかさ、二人とも、ポケモンで・・・えっと、人間に変身できんの?」

アルゴの体がまた白く光って人の姿になり、地面に降り立った。
リツキのポケモンたちからは驚きの声が上がっている。

「私たちは体毛で光を屈折させて姿を変えたり消したりできるんだ。
・・・そして、リツキの作戦を尊重するならば役に立つ力を持っている」
「え?こわーいオバケ大作戦に役立つの?」

またラティオスの姿になり、アルゴは目を閉じた。
何が始まるんだろう、とリツキは身構える。

「うわ!?」

声を上げたのはチオだった。
片足を上げて地面を見ている。

リツキも足元を見てみると、先ほどまでの芝生ではなくなっていた。

「な、なんだなんだ!?」

周りを見れば、そこはものすごく不気味な墓場と化していた。
空は赤く、シルエットだが墓石が遠くにいくつも立ち並んでいる。
何だかよく分からない黒い鳥があちこちを大群で飛び回っているのも見えた。

「ひええええ!なんだこりゃ!!」
「こ、怖い・・・」

思わずリツキはアルゴの首に抱きついた。
アルゴの隣で、ラクスも口に手を当てて怯えている。

リツキに抱きつかれてバランスを崩し、アルゴはゆっくりと目を開いた。
すると、周りの景色が徐々に元の宿屋の裏の広場に変わっていく。

辺りが元通りになって我に返り、リツキはアルゴの首からそっと手を離した。

「お、おい・・・今のは?」
「これが私にできることだ。私がイメージした映像を周囲の人間に見せることができる」
「す・・・すっげええ!!」

リツキはアルゴのお腹をバシバシと叩いた。

「・・・こら、気安く触るなと言っただろ・・・いたたた」
「その能力がありゃ完璧じゃん!絶対にこの作戦は大成功だ、いけるぞ!!」

ガッツポーズを入れて気合を入れる。
その様子を見ていたラクスが申し訳なさそうにリツキの肩を叩いた。

「あの・・・」
「ん?どうしたラクス?ラティアス・・・って呼んだ方がいいのかな」
「ううん、いいよラクスで・・・あのね、幻を見せる力があるのはお兄ちゃんだけなの」
「そうなのか、二人とも姿はよく似たポケモンなのに・・・」
「でも、私も姿を変えたり消したりはできるから、驚かせることならできるよ!」

必死に言うラクスに、リツキは笑って少し背伸びをしてラクスの頭を撫でた。

「ありがとな。よーし、じゃあこれから驚かせに行くけど・・・」
「あ、それともう一つあるんだ、リツキ」

リツキの言葉をアルゴが遮った。

「なに?」
「先ほど、玉水の塔のてっぺんから見える場所にプレハブ小屋があるのを見つけた」
「・・・プレハブ小屋?もしかして・・・」
「恐らく、作業員達が一時的に暮らしている家だろう。何人かが出入りするのも二人で目撃した」
「おおお・・・!!」

感嘆の声を上げて手を強く握り締める。

「すごいぞアルゴ!そこが敵の本拠地だ、その場所を重点的に攻めれば勝利は目前・・・!!」
「本拠地って」
「・・・よし、じゃあそれらの地点で作戦を決行だ。まずエノールとエナミンの二匹で行動。
今日事故があった林で作業してる人たちをビビらせてくるんだ。絶対に見つからないように行動すること」
「はーい」
「分かった!」
「二匹で応援合戦して失敗するんじゃないぞ、ちゃんと怖がらせて来いよ」

びしっと左右対称のポーズを決めている二匹を見て、リツキは少々不安になった。

「・・・で、もう一組はチオとアパタイト。アパタイトがチオのことをのせて林までつれてってくれ」
「アパタイトとかい?アパタイト、ちゃんとやるんだよ」
「へいへい」

足元まで歩いてきたチオを、アパタイトがひょいと持ち上げた。

「一番偉いジャバさんはこの宿屋に泊まってるけど、それ以外の人たちはみんなその小屋に箱詰めだな。
アパタイトに工事現場を探してもらわなくても大丈夫になったかもな・・・よしよし!」

リツキはアルゴとラクスの前に歩いていった。
二人は手を握られて、きょとんとしてリツキを見下ろした。

「二人は俺と。ポケモンを貸して行動してもらおうと思ったんだけど、二人ともポケモンなんだもんな・・・。
だから一時的に、アルゴとラクスには俺のポケモンになってもらうぞ」
「・・・え、あの・・・」

まったく、という様子でアルゴは首を振っているが、ラクスは戸惑った様子でアルゴを見上げた。

「リツキのポケモンって・・・?」
「ラクス、ベイシック島の外では人とポケモンがパートナーを組み、共に行動しているものなんだ」
「へえ・・・」
「ポケモンを戦わせる人を「ポケモントレーナー」という。
つまりリツキは今は私たちのトレーナーになると言っているんだ。分かるかな」
「う・・・うん」

おろおろしながらもなんとかラクスは頷いた。

「ほら」
「ん?」

アルゴはリツキに背を向けた。








     





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