すぐ後ろから追いかけてきたフィルとレックにカイは驚いたが、帰りなさい、ついて行く、という言い合いをしている暇はまったくなかったためカイは素直に二人の同行を許して二人分の馬も用意させた。 そのままカイは馬を走らせ、フィルとレックも少し離れた位置を追いかけていく。草原を少し走るだけですぐに見える位置にフルートはあり、遠くからでも街中が騒然としているのがわかった。 「うわ・・・!!」 町の光景を目の当たりにしてレックは思わず声を上げ、フィルは口を覆った。いつもにぎやかな商店街はほとんどの建物が瓦礫の山と化しており、町の人たちは逃げ惑っている。 建物の下敷きになってもう動かない人や、体から大量の血を流して倒れている人もいた。 地獄絵図と言っていいようなその凄惨な有様の奥に、元凶である浄化獣の群が見える。それは、白くて巨大な馬の一団だった。 「な、なんだあの大きな馬・・・!」 「あれは・・・馬ではないな・・・。二人とも、よく見てみなさい」 カイの言葉にフィルとレックは目を凝らした。普通の馬よりも大きいだけでなく、その馬達には巨大な角が額から生えていた。 「お父さん、あの馬、角がある・・・一角獣だよ・・・!」 「・・・あの角に突かれたらおしまいだ。だがある程度近づかなければいけない。それに、一度しか使えないんだ」 遠巻きに一角獣(ユニコーン)の姿をした浄化獣を観察していたが、それだけでは埒が明かない。女性の悲鳴が遠くから聞こえてきて、カイは意を決して槍を握って走り出した。 フィルとレックもその後ろから走っていき、走りながら顔を見合わせて同時に頷いた。 「父さん、ぼくたちが浄化獣を引きつけてひとまとめにする」 「カイさんはタイミングを見て、思いっきりやっちゃってください」 「二人とも・・・!」 カイよりもフィルとレックの方が走るのがずっと早く、あっという間に追い抜かされた。 「二人とも・・・は、早いって・・・」 ちょっと走っただけなのにすぐ息が切れるなんて。もう少し体力づくりした方がいいな、とそんな場合ではないのにカイはそんなことを考えた。 走ってきたフィルとレックに気づいた浄化獣たちは、赤い目を二人に向けた。全部で10頭以上いるうちの2頭が地面を蹴っただけで大地が揺れて石畳が砕ける。 巨大な角がついた頭を振ると、角の先から白い光の魔法が刃となって飛んできた。 「レック!!」 魔法が飛んだ先にいたレックは素早く飛び上がってその魔法を避け、少しした後に背後で魔法が何かに当たって大きな音を立てた。 再び首を降って魔法を放った浄化獣の、その一頭の顔になんとレックは飛び乗った。そして腰に下げている剣を素早く抜き、角 目掛けてなぎ払う。 切られた角の間から光が液体のように溢れ出て、浄化獣はそのまま地面へゆっくりと倒れた。浄化獣自体も光になって消える瞬間に、レックは浄化獣から飛びのいてフィルの横へ着地した。 「やっぱりな。フィル、あいつらは角が弱点だ」 「そうか・・・」 くるり、と振り返ってやっと二人がいるところまで到着したカイを見やった。槍が重いせいもあるだろうが、すでに肩で息をしている。 一頭が倒れたことに気づき、遠くにいた浄化獣たちが駆け寄ってきた。全部でこの巨大な獣20頭近くがこの町で暴れまわっていたらしい。 その時、浄化獣がフィルに向けて角を振り上げた。フィルはそれに合わせて、右手を素早く上げて手に意識を集中させた。 「フィル・・・!!」 危ない、とカイが走り出そうとしたときにフィルに向かって一直線に魔法が放たれた。辺りが激しく白く輝き、フィルの目の前で大爆発を起こした。 「・・・え?!」 カイは思わず顔を覆いそうになったが、なんとフィルは立ったままで、手の甲を浄化獣に向けていた。 フィルが精神を集中させたことと、カイからもらった指輪の効力により魔法の威力をほぼ無効化させていたのだった。 その衝撃が収まるが早いか、フィルはそのまま手のひらをくるりと浄化獣に向けて、魔法を放った。 「ファイアー!!」 火の魔法が目の前の浄化獣の角に当たり、バランスを失ってよろめく。フィルは腰帯にさしている剣を後ろ手で抜き、飛び上がって角を切り裂いた。 角を真っ二つにされた浄化獣はその場に崩れるように倒れ、周りの浄化獣たちがそれを見て全員で同時に地面を力強く蹴りつけた。 「うわ!!」 「わああ!」 大きな地響きと共に3人は地面から跳ね上げられた。そして全員で同時に攻撃をするつもりなのか、同心円状に並んで中心に角を向けている。 素早く体勢を立て直し、フィルはカイに駆け寄った。 「お父さん、今だよ!!」 「カイさん!!」 「・・・ああ」 カイはすでに槍を両手で持ってそれを浄化獣たちに向けて掲げていた。そして、まさに浄化獣たちの魔法が放たれようとしている瞬間に槍を思い切り振り下ろす。 「闇の中に消え去れ、光の僕たちよ!!」 槍の先端の宝石から黒い空間が広がり、浄化獣たちを包み込んだ。所々から白い光が漏れ出たが、浄化獣を包んだまま黒い光は小さくなっていく。 そしてついに目に見えないほど小さくなり、消えてしまった。 するとカイの手から槍が砕け、地面に高い音を立てて散った。カイは思わず膝を折って両手を地面について思い切り安堵のため息をついた。 「やった・・・お父さん、すごいよ・・・!」 後ろからフィルが駆け寄ってきて頭を抱きしめてきた。 「さすがはカイさん、あんだけの浄化獣が一瞬で!すっげー・・・!」 レックも先ほどまで浄化獣がいた場所を見ながら感嘆の声を上げた。カイは膝に片手をついてゆっくり立ち上がる。 「何とかなったな・・・だが・・・」 遠くから生き残った町の人たちの歓声が近づいてくるのがわかる。しかし3人は、この町の目も覆うような状況に心から喜べる心境ではなかった。 「・・・浄化獣は倒した、しかし私達にはこの国を治める者の一員としてやらなければならないことがまだ多くある」 「復興するの大変そうだなこれ・・・」 「それでも、やらないとね。行こう、レック、お父さん」 こうして、フルートの町は壊滅状態にはなってしまったがカイたちの手によって強力な浄化獣たちは退治されたのであった。 町では犠牲になった人たちを弔い、それから町を建て直すための活動が始まった。 そして、勇者と賢者たちによってついに白蛇はメルディナから消え去った。 その知らせはコンチェルトにも届き、もう浄化獣の恐怖に怯えながら生きる必要がなくなったことに皆は喜び、しばらく国はお祭り状態となり白蛇が滅ぼされた日として記念日まで制定された。 もっとも大きな被害を受けたフルートの町の復興も進み、数年後には当時の賑わいを見せるようになった。各国もすっかり落ち着き、取り戻した平和を満喫している。 そんな平和になったコンチェルトの、その城の中をレックの祖母カンナはダイを連れて歩いていた。 「ダイちゃん、この三年で随分大きくなったわねえ」 「にゃー」 「そうなの、お腹すいたのね、そろそろお部屋に戻りましょうか」 「にゃー」 ダイと会話をしながらゆっくりと廊下を歩いていく。カンナとすれ違う人たちはにこやかに挨拶をしていき、カンナもそのたびに立ち止まって頭を下げていた。 廊下の角を曲がろうとしたその時のことだった。 「あらあら!ダイちゃん!」 ダイが急にカンナの腕から飛び降りてしまった。城内ではあまりネコをそのまま歩かせないようにと自分の中で何となく決めていたカンナは、ダイを捕まえようとのろのろと追いかけ始める。 「ダイちゃーん!あららやだわ、ご飯食べましょうよ、ダイちゃん」 呼びかけながら追いかけるがカンナの走っているのか歩いているのか分からない速度ではとても追いつかない。 城に従事している人たちの間をすり抜けてどんどん進んでいってしまうダイの移動速度は、走っているわけではなくただ自分で歩きたかったのか少し早歩き程度である。 「ダイちゃんったら・・・あらあら?」 ダイが通り過ぎた扉が開いて、そこからフィルが顔を出した。必死にダイを追いかけているうちにフィルの私室の前まで来ていたらしい。 カンナは息を切らせながらフィルに呼びかけた。 「フィルちゃん!ダイちゃんが逃げちゃったの、捕まえてちょうだい!」 フィルは特にカンナの方を見ていなかったのだが、カンナの呼びかけに振り返った。 「・・・だいちゃん?」 「さっきまで腕の中で大人しくしてたのに、急に一人で歩き出しちゃったのよ、ほらほら、また曲がっちゃうわ」 「・・・・・・。」 カンナの必死そうな様子をフィルはじっと見つめている。部屋から出てきて、扉はそのまま重さで自動的に閉まった。 「フィルちゃん、お願いよ。ダイちゃーん、待って待って」 よたよたとカンナがフィルの前を横切っていく。フィルは何度か小さく頷いて、カンナの横を走っていった。 「・・・よっ」 ダイの後ろから素早く体全体を抱え込むようにして両手を広げてしゃがみ込み、フィルの腕の中にダイはおとなしくおさまった。 立ち上がったフィルが振り返り、ダイがフィルに抱っこされているのを見てカンナは顔を輝かせた。 「まあまあ!ありがとうねフィルちゃん、ほらダイちゃん、勝手にお外で走っちゃダメでしょうが」 「にゃー」 フィルからダイを受け取って抱き寄せるとダイは満足したのかカンナにもたれて目を細めた。 「そうねお腹すいたね、フィルちゃんもお礼におやつをご馳走しましょうか?」 「え・・・ううん、いい」 「そお?あら?あらあら、フィルちゃん?」 フィルは小刻みに顔を横に振ってから後ずさって、そのままカンナに背を向けて走っていってしまった。廊下に残されたカンナは、ダイに横から顔を寄せた。 「フィルちゃんどうしたのかしら?いつも喜んで一緒に食べてくれるのにねえ」 「にゃー」 「そうね、カイ王子さまと用事があったのかもしれないね。さあさ、お部屋に戻りましょダイちゃん」 先程よりもダイをしっかりと抱きしめてくるりと私室の方に足を向けると、廊下の奥からレックが歩いてきているのが見えた。 その手には分厚い本が数冊重なっており、両手でしっかりと持っている。 「あらレック?どしたのこんなところで」 「あ、ばあちゃん!ちょっとフィルに頼まれごとしててさ。借りてきた本を持ってきたんだよ」 「フィルちゃんの?」 「そ、これがまた重くってさ・・・手がしびれてきたよ、まったく」 ノックしようかと本を片手で持とうとしたが重くてそれが出来なかったため、フィルの部屋の扉の前でレックは中に向かって呼びかけた。 「おーい、フィル、頼まれてた本持ってきたぞー」 レックがそう言ったものの、当のフィルは先ほど部屋から出て行ってしまったので返事はない。結局無理して本を少しの間片手で持ち、扉のノブをひねると鍵はかかっていなかったため扉は開いた。 「フィル?あれ、いねーの?」 勝手に入るぞー、と言いながらレックはフィルの部屋の中に入っていった。部屋の中からレックが本をどこかに置いた音が聞こえて、やれやれ、という様子でまた出てきた。 その様子を、カンナはずっと見ていた。 「フィルちゃんはいないわよ、レック」 「へ?なんで?ってか早く教えてよばあちゃん」 「そうよねえ。さっきフィルちゃん、部屋から出て行ったもの」 「え・・・」 レックは目をぱちくりさせた。ちなみに、本の重みでしびれている指の先端をぐいぐいとマッサージしている。 「なんでだ?俺がここに来るの分かってると思うんだけど・・・」 「それでねえ」 レックの疑問は気にせずにカンナはのほほんと続ける。 「ダイちゃんが逃げちゃったから捕まえてー、って言ったら、フィルちゃんが丁度部屋から出てきてね。そしたらちゃちゃーっと捕まえてくれたのよ。フィルちゃんに抱っこされちゃったのよねーダイちゃん」 「・・・・・・はっ!?」 レックは目が飛び出そうになるほど驚いた。 「フィルが?ダイを!?抱っこしてばあちゃんに渡したの!?」 「そうよー」 「それ本当にフィルだった?!見間違えじゃない?!」 「あはははは、そんなわけないじゃないの。だってフィルちゃん部屋から出てきたのよ。ねえ」 「・・・・・・」 目を見開いたまま、レックは必死に考えた。カンナとダイは、ねー、とカンナが呼びかければダイが にゃー、と答えて楽しそうである。 「どうしたの、レック」 「・・・ばあちゃん、フィルはどこ行った?」 「それがねえ、さっきおやつ一緒に食べましょうよって言ったんだけど、いなくなっちゃったのよ」 「どこに行くって言ってた・・・?」 「さあねえ。あっちに行っちゃったわ。ねー、ダイちゃん」 「分かった!」 カンナが指差したのは、左右に分かれている廊下の右方向だった。レックはその方向へ一目散に走っていった。 また取り残されたカンナは、ぼーっとしばらくレックが走っていった先の壁を見ていた。 「レックもおやついらないのかしら?ねえ」 「にゃー」 「せっかくビスケット焼いたのにねえ、ダイちゃん」 「にゃー」 「さあさ、お部屋に戻りましょ。喉が渇いちゃったわ、お茶飲まないとね」 「にゃー」 フィルを見かけなかったか、と廊下ですれ違う人に聞きまくりながら走った結果、食材置き場の倉庫の近くでついにレックはフィルを発見した。 鉄製の大きな扉の前で、何をするでもなくただ立っている。レックはフィルに駆け寄っていった。 「おい、フィル!!」 「・・・あ?レック・・・」 「ちょっと来い!!」 「えっ・・・」 ぐいっと腕を掴むと、そのままずかずかとレックが来た道を引っ張っていく。なんだか怒っているような様子のレックにフィルは慌てた。 「れ、レック?どしたの?」 引っ張られながらもレックと同じ速度で歩き、フィルは恐る恐る尋ねてみた。するとレックは風が起きそうなぐらいの速さで振り返った。 「・・・・・・。」 「な、なに?」 立ち止まって、フィルの顔をじーっと見つめる。睨まれているようでフィルはすくみあがった。レックは何も言わずにまた歩き出してしまった。 たくさんの人たちが二人を不思議そうに見ていくがレックは気にせずにまたずかずかと早足で歩く。フィルは大人しく引っ張られながら歩いていた。 そしてついに、レックの部屋の前までやってきた。 |