外にいる人が少なくなったタイミングを見計らい、レックとレンは仲良く手をつないでそれぞれの手に羽を1枚ずつ持って、バルコニーから飛び降りた。 「わー、ほんとに飛んでる・・・!」 「・・・うん」 「よしレン、このまま城壁の外まで行くぞ。なるべく人に見つからないように、あっちから迂回しよう」 本当に鳥のようなスピードで滑空してからふわりと浮き上がった二人の後姿は、王宮の外を見張るため塔の後ろに消えていってしまった。 「うん、大成功。レックはともかく、レンもセンスがよかったなあ・・・いきなりあんなに飛べるとは」 カイはしばらくバルコニーから外を眺めていたが、ミラにもう少し万全に色々と教えておこうか、と部屋の方を振り返った。 「ミラ、一応昼食は私も一緒なんだけど、隣の席にしてもらえるように頼んでおくからね。それと、 ミラが今日のレックの用事をこなしている間は私は部屋でものづくりをしているから、もしも用事があったら「カイ王子に会わせて」と近くの人に頼みなさい。いい?」 「はい」 「よしよし。それと・・・・・・ん?」 「あーあ、今日もシェリオくんはフィルくんとお出かけかぁ〜・・・つまんない〜」 ニヒトは屋敷の廊下から窓の外をぼーっと眺めてぼやいていた。 パジャマのまま、髪はぼさぼさ、しかも裸足、もはやいつものスタイルである。 「んー、でも昨日の夕御飯のパスタはおいしかったな〜。二人の合作なんて。 また食べたいな〜、今夜も御飯作ってくれないかな〜あーぁ〜・・・つまんなーい」 「ちょっと!なにしてんですか?!」 窓枠に沿うようにゴロゴロ転がって遊んでいると、背後から怒号が響いた。 大分体を倒していたので見上げる形になったが、そこにはエバが立っていた。 「あ〜、癒しの司様だ」 「ふざけてる場合ですか!!最高神官様が聞いて呆れますよ、前より酷くなってませんか!?」 「んー、そう?シェリオくんが何でもやってくれるからさ〜」 「・・・今日は仕事は?」 「なんとねー、ないんだよ〜」 「ないからって人間やめちゃダメだろ・・・」 エバもローブを脱いでおり軽装だったが、ニヒトの有様は目を覆いたくなるほどである。 とにかく綺麗にしよう、と腕を引っ張って人目につく廊下から移動させることにした。 「エバくん、もう生活には慣れた?」 「・・・まあ、慣れたというか何というか・・・聖墓キュラアルティから出た日が、 あの日の次の日っていう感覚なんで・・・普通に家に帰ってきた感覚ですね、ニヒトさんが悪化してた以外は、変化ナシ」 「あっははは〜」 ずるずる引っ張られながら、ニヒトは無邪気に笑う。 「フォルテくんの家には帰らなくていいの?」 「えっと・・・フォルテ、出るか?いい?じゃあ俺が話すけど」 急に一人で話し出しているように見える光景だが、ニヒトはもう分かっているようで何も言わなかった。 「フォルテは肉親が妹のピアしかいなくて、ピアが王家に嫁いじゃったからシュターク家にはもうフォルテの遠い親戚しか住んでないんですって。 そもそもフォルテもメヌエットの王宮で仕えてて自宅に帰ることもあんまりなかったし、もう自分の家って感じじゃなくなってるらしいですよ」 「そっか〜・・・じゃあフォルテくんもここの家の子になっちゃえばいいね」 「・・・本音は?」 「聖心力が強い子がいてくれたら私の仕事もラクになるからありがたい」 「もー、結局ぐーたらする口実かいっ!!」 「うわー、正直に答えたのに!!」 ニヒトを引きずったまま扉を片手でバンと開けた。衣裳部屋の真ん中の椅子に座らせて鏡を移動させる。 「ったく、着替えの係は何やってたんだか・・・」 「シェリオくんにやってもらうって言って断って、でもシェリオくんが出かけちゃって、また着替えさせるって言われたから魔法で逃げてた」 「魔法を悪用するんじゃない・・・」 服のボタンを外そうと正面に立つと、ニヒトは自慢げに笑って自分で外し始めた。それを見てエバは ぎょっとする。 「え・・・ニヒトさん、どうしたんですか・・・」 「えへへ〜、なんと服の脱ぎ着は自分でできるようになったんだよ!法衣はさすがに着せてもらうけど、こういう服なら自分で脱げるようになろうと思って、練習したの」 「うわ・・・ごめんなさい前言撤回しますね、生活能力、酷くなんてなってませんでしたよ・・・」 ニヒトが自分で着替えている、ということにエバはひたすら感動していた。幼い頃から知っている相手だが、 まるで着せ替え人形のように大勢に着替えさせられている姿しか見たことがなかったからである。ちょっと涙までにじみそうになっていた。 「・・・というか、それならどうしてあんな格好でうろついてたんです?」 「それはエバくんに構ってもらいたかったから」 「その幼稚な思考こそ改めてください」 「わひゃっは、ろれんらひゃい、いはいれふ」 頬をむにっとつねられてニヒトは慌てる。 やっと手を離してもらえて、頬を手のひらでさすった。 「ほっぺが伸びちゃうよ〜・・・」 「まったくもう、家の中にいたんじゃ健康に悪いですから、着替えたら外に出ますよ。変装してですけど」 「あ!それなら買い物したい!服屋さん行こう?」 「・・・はあ、行きたいなら構いませんけど」 「フォルテくんもいいよね?」 そう言ってエバの顔を嬉しそうに見上げる。エバはフォルテに尋ねるためかぼそっと何かをしゃべり、軽く頷いた。 「いい・・・って、言ってますよ」 「・・・・・・」 「ん?」 エバの返答に、ニヒトは少し寂しそうな顔になりエバは目を瞬かせる。 「いいんですよ?どうしたの?」 「いや、その・・・フォルテくんは、最近エバくんと入れ替わってる?」 「へ?」 用意されていた服を着終わり、エバがブラシを持って髪をとかし始めた。 「そういえば・・・最近はフォルテが出てくることはあんまないですね。どうせ感覚は共有してるし、俺と会話はできるし・・・なんで?」 「う、ううん、不都合がないならそれでいいんだ・・・」 煮え切らないニヒトの態度をエバは不思議に思い鏡越しに様子を観察してみる。その視線に気づいたのか、なんでもないよ、とニヒトは笑いながら言った。 そして、新しいマントの装飾品がほしいと言えばもうたくさん持ってるから1つだけですよと釘を刺され、 ジュースが飲みたいと言えば御飯が食べられなくなるでしょと怒られ、いつの間にかいつもの会話になっていった。 「えーと、ちょっとまとめておくか・・・」 バルカローレの城下町カドリールで聖獣について尋ねて回っていたレックだったが、朝から歩き回っていたためかレンがすっかり疲れてしまい休みたいと言ったため、 日当たりがいい場所を見つけてそこで座ることにした。 また立って寝始めようとしたため、先に芝生の上に座って横に来るように促した。 一年中寒いカドリールでも珍しく雪が降らない時期で、そこまで着込まずともなんとか過ごせる暖かさがありがたい。それでも寝ている間に風邪をひいたらいけないと、レックは上着をレンの肩にかけた。 そしてここ数時間で集めた情報を書いたメモを大量に取り出す。思ったよりも目撃情報が多くて拍子抜けするほどだった。 あちこちを飛び回っているようで、もしかしたら直接見られるんじゃないかとまで思い始める。場所ごとにメモを分けるために片手に紙を集め始めたとき、突然辺りに声が響いた。 「レック?レック、聞こえる?」 「えっ・・・その声、フィル!?」 「わー、やっと通じた!」 「ど、どこにいるんだよ?」 キョロキョロと辺りを見回すが、フィルらしき人物の姿はどこにも見えない。レンが寄りかかっているため大きく動けず、大きな声も出せないため必死に目を動かした。 「今どこにいるの?」 「バルカローレの城下町の広場だけど・・・」 「今言ったことを、心の中でもう1回言ってみて」 「・・・??」 意味が分からなかったが、言われたとおりにしてみる。俺はバルカローレの城下町にいるよ、と心の中で言ってみた。 「できてる!さすがレック〜、コツ掴むの早いよね」 「なんなんだよ、フィルはどこからしゃべってるんだ?」 「ぼくはね、なんとメヌエットにいるんだよ。レックがいる場所からものすごく遠いところ」 「へ・・・?」 それならこの非常にクリアに聞こえてくる声はなんなんだ、と考える。すると、その心の中の問いにまで返事があった。 「そう、すんごく鮮明だよね」 「えっ」 「そっか、父さんはそこまで説明しなかったのか・・・前にレックが父さんからもらったものがあるでしょ。それを使って今、遠くにいるのに会話ができてるんだよ」 「カイさんからもらったもの・・・?」 レックはここ数日間のことを必死に思い出す。 あの人形・・・ミラ、空を飛べる白い羽、カイが自分で身につけていたもの・・・と、一つずつ挙げていったものの、フィルと話せるようなものは思い当たらなかった。 しかし、あれ?ほかにあったっけ?と考えただけでフィルには伝わってしまっているようで、頭の中にフィルの笑い声が響いてくる。 観念してレックはフィルに答えを求めることにした。 「こうさーん。わかんないよ、答えは?」 「まったくどんな風に渡したんだろ・・・?ツルツルしたとこ・・・歯とか爪とかに何かくっつけなかった?」 「あっ!!」 そのとき一気に記憶が蘇った。 「つ、つけたつけた!人差し指の爪に・・・!違和感なさ過ぎてスッカリ忘れてたよ・・・」 「そうそう、指で触っても分かんないよね。水でもはがれないし、これが機械だなんて思えないよねー。 父さんによると、心の中で話した言葉が何かの法則によって意味不明な形になって光と同じ速度で飛んで、 複合・・・だったっけ?元の言葉に戻してるんだって。だからぼくとレックにしか聞こえないようになってるらしいよ。 いつかこの原理を使ってなんか大規模なシステムを構築してみたいとか言ってたなあ」 「・・・スマン、全然わかんない。フィル、なんかカイさんと物言いが似てきたな」 「あははは、だって親子だもん」 嬉しそうな笑い声がどこからともなく響いてくる。 「・・・え、そういや今、心の中って言ったか?口に出さなくてもいいの?」 「うん。心の中で思ったことが伝わるんだ。弱点は嘘がつけないこと。考えたことがぜーんぶレックに伝わっちゃう。・・・あ、マズイ、余計なこと考えないようにしなきゃ」 「えっ、あ、そんなこと言われると俺も・・・待って待って、じゃあどうやって会話を終わらせるんだ!?まさかこれくっつけてから、俺が考えたこと全部フィルに筒抜けだったのか!?」 レックは実際にしゃべるのをやめて心の中で語りかけるということを始めてみたが、慌ててしまっているため表情は百面相していた。それを、周りの人たちは不思議そうに見ていく。 「ふふふ、そんなことないよ。呼びかけて、応じたらつまり返事があったら初めてつながるんだって。呼びかけはそこまで大きな声じゃないから、他に集中していることがあったら聞こえないかもね」 「そっか・・・じゃあ聞こえなかったらゴメンな」 「ううん、ぼくも聞こえないときがあると思うし。それで、お互いに会話をやめることを考えたらおしまい。次に呼びかけるまで、相手が考えていることは聞こえなくなるんだってさ」 「ふーん・・・」 何気なく人差し指の爪を右手の親指でぐいぐいと押してみた。 「それで、バルカローレではどう?・・・実は、人づてだけどレックのことはちょっと聞いちゃったんだ・・・」 「あー、皇帝の、弟だとかね・・・うん、それで、俺さ・・・今・・・」 レックは、皇帝セルシアとその姉キリエの二人が呪い殺されそうになっていること、途中で拾った不思議な少年「レン」と一緒にいること、 二人を助けるために「聖獣」を探していることなどを手短に話した。 「お姉さんを助けるために必要なのが聖獣、かあ・・・ぼくの方でも探してみるよ。何かあったらすぐに教えるから」 「ありがと、それじゃ・・・」 「あっ、シェリオが来た!今ニヒトさんが食べたがってたお菓子を売ってる店を探してもらってたんだ。じゃあ一旦会話をおしまいにするね、またね!」 「え、ニヒトさんて・・・うん、またな・・・」 なんだか突然一方的に会話を切られてしまい、レックは呆然と虚空を見つめる。道行く人たちも今の時間は買い物客が多いようで、大きめの荷物を持った人が行き交っていた。 そのとき、突然辺りが暗くなった。レックがいる場所の周辺に大きな影がさしているようで、それは徐々に大きくなってきている。 上に何かいるのか、と空を見た瞬間、レックは凍りついた。 「な、な、な・・・」 その影はどんどん降下してきて、辺りに風を巻き起こしている。異変に気づいた人たちが悲鳴を上げながら散っていくのが見えた。 レックはガタガタ震え出し、息を思い切り吸い込む。 「うわあああああぁーッ!!なんだありゃ?!気色悪ッ!!」 「・・・んー・・・?」 耐え切れず出た叫び声に、レンが目を覚ました。なに、どうしたの、と尋ねても返事がないので、レックの視線の先を追う。 「トンボ・・・?」 レンの言うとおり、空中をトンボが飛んでいた。地面に降りることなく上手に羽ばたいてホバリングしている。 それだけならばただ虫が飛んでいるだけなのだが、問題はその大きさだった。 「なんでこんなにデカいんだよ・・・!うわ、こっち来るな、やだ、気持ち悪い・・・!!」 「ただのトンボだよ?」 そのトンボは非常に巨大で、頭から尾までは10メートルぐらいはある。羽から起こる風は尋常ではなく、辺りの小石が転がり飛んでいってしまっていた。 レックは頭をおさえて震えたままで、レンは不思議そうにレックを見つめる。 「レグルス、どうしたの?大丈夫?」 「お、おおお、俺、虫は苦手で・・・!小さいのなら平気なんだけど、大きいのはダメで・・・!しかもあんなに規格外にデカいのなんて、もう意味わかんない!!直視できない!!」 「そう?おいしそうだけど。変なのー」 「俺は変じゃなーい!!」 おいしそうってどんな神経してんだと、レックは半ばパニックに陥っていた。恐る恐る見上げれば通常のトンボを構成するパーツ全てを拡大した恐ろしい生物が浮かんでおり、 その大量にある目も、細かく動く口も、足も、羽も、顕微鏡で見ているかのように細かく観察でき、ギャッと声を上げてまた頭を伏せる。悪いものを見てしまった、と泣きそうになった。 「もうダメだ、おしまいだ・・・虫のご飯になって死ぬのか俺は・・・」 「戦ったらいいじゃない。ほら」 「無理!!ああっ、また見ちゃった!!もうやだ〜!!」 「・・・・・・」 せっかく剣の鞘を持って渡してあげたのに、頭をブンブン振って拒絶される。ついにトンボは地面にドーン、と音を立てて降り立ち、レックたちに近づいてきた。 「レグルス、このままじゃ本当に食べられちゃうよ。こっち見てるし食べる準備してる」 「あ、あ、あわわわ・・・」 まっすぐにトンボの目はレックを捉えており、アゴがワシャワシャ動いている。這ってでも逃げたいところだったが、もう体が動かなかった。 「レン、なんとかして・・・もう俺、ダメだわ・・・」 「・・・うーん」 会話できているのが奇跡というぐらい恐怖による極限状態になっていたレックは、段々意識が遠のいていくのを感じていた。 やれやれ、という様子でレンは立ち上がり、手を開く。その手の中にはメイプルが使っていた武器と同じ氷のナイフ「凍結の牙」が出現した。 「・・・あ、出せた・・・なんか思い出してきちゃった、やだなあ・・・」 レンが手の中に現れたナイフを見てどんよりしている間にもトンボは近づいてきており、少し羽ばたいたかと思うとレックの上空に飛び、服の背中を足で掴んだ。 「あ」 気づいたらレックはトンボの足の下で宙ぶらりんになっており、トンボは ぶーん、と一気に高度を上げてレックを上空に連れ去ろうとしている。 また騒ぎ出すかなと思ったが、恐怖で気絶しているらしく抵抗する様子もなかった。 「えいっ」 レンはトンボの足の付け根目がけてナイフを投げる。飛んでいるにもかかわらず動きをしっかり見切っていたようで、それは見事に命中した。 パキパキと音を立ててトンボの足が凍り出し、レックの重さによって何本かの足が折れる。そのとき、レックが体に違和感を覚えて目を覚ました。 「・・・え、ここどこ?俺死んじゃったのかな?」 空が見えたのでそう思ったが、下を見るとそうでないことに気づく。 「って、落ちてる!?なんで!?やっぱ死ぬの!?」 「・・・あ、どうしよう」 さすがにレンも少し慌てておろおろと落ちてくるレックをどうするか考えた。どれだけの衝撃があるかも考えず、とりあえず落下地点まで走る。 両手を広げて走ってくるレンに、落ちながらもレックは必死に叫んだ。 「おいっ、バカ、来るな!!レン、ぶつかったらお前も・・・・・・えっ!?」 そのとき、辺りに竜巻のような風が起こりレックもそれに巻き込まれた。その風は地面すれすれでレックの体をふわりと押し上げた後、周りで軽く渦を巻く。 おかげでレックは地面に叩きつけられることなく、レンの真横にお尻からではあったが着地できていた。何が起こったのか分からず目を瞬かせていると、再び大きな風が上空で巻き起こった。 なんだなんだ、と二人が空を見ると、太陽の真下で影しか見えなかったが、いくつもの鋭い三日月のような形の衝撃波がトンボを切り裂いている。 一気にばらけたトンボの体は、空中で溶けるように消えてしまった。 風が収まった後も、レックもレンもポカンと口を開けたまま空を見上げていた。やがて、明るい笑い声がどこからともなく聞こえてきた。 「あはははは、ふふふ・・・っ、だ、大丈夫だったか?二人とも」 「へ・・・?」 |