◆スウィートホーム◆
バイオハザードの原型



発売日:1989年12月15日   発売元:カプコン   ジャンル:RPG
値段:6500円   おすすめ度:3.5(夜にプレイすることをお勧めしない)


今から30年前、間宮一郎という名の天才画家がいた。 彼は、都会から離れた田舎の山奥に大きな屋敷を建て、そこで自分の得意とするフレスコ画を描きながら、妻と子の3人で平和に暮らしていた。 しかし、ある事件をきっかけに、妻と子をいっぺんに失い、不幸のどん底に立たされた。

それから現在…、凄惨な事件から30年間の間に、間宮一郎は亡くなり一郎の屋敷もまた、幽霊屋敷さながらの状態になったため、屋敷に近づこうとする者は誰一人としていなかった。 そんな中、30年の眠りを破り、間宮一郎のフレスコ画を取材するため、とあるテレビ局の取材班の5人が、幽霊屋敷と化した間宮家を訪れていた。 その5人は、プロデューサーの星野和夫と娘のエミ、同番組ディレクターの早川秋子とカメラマンの田口亮、レポーターを務めるアスカであり、5人とも同じ番組に深くかかわっていた。

屋敷の入口に入った5人であったが、直後に玄関の扉が突然閉まり、続いて天井が崩れ、その瓦礫は出入り口をふさぐ格好となった。 それから、5人の前に現れた間宮夫人の亡霊は、無謀にも屋敷に入った5人を決して許しはしなかった。

夫人は、何者かが夫人の子供の供養塔を荒らし、それが元で亡霊となって蘇った。 そして、行方不明となった子供を探すものの見つからず、その魂は屋敷に取り付き、結果的に幽霊屋敷と化したのだ。 夫人の亡霊は、5人の前に来た和夫達の同僚と同じ目に、すなわち悪霊たちの餌食にしようと目論んでいた。

間宮夫人の亡霊によって、玄関口をふさがれた5人は、屋敷内に現れる亡霊や怪物と戦いながら、別のところにある出口を探すことになる。 果たして彼らは、この屋敷から脱出できるのだろうか。また、今いる5人のうち何人ほど屋敷から抜け出せるのだろうか。 脱出を試みる5人と、そうはさせじとする亡霊達との、生き残りをかけた戦いは、今始まった。


このゲームは、映画を原作にしたもので、その映画はゲーム発売の同年に公開されている。 この、映画公開からゲーム発売までの短さは、考えれば非常に特異的なものであるが、同年カプコンは映画『マルサの女』をゲーム化している。 スウィートホームやマルサの女は、どちらも伊丹十三監督(故人)が深くかかわっていたためか、伊丹監督とカプコンとの繋がりは、この時期かなり高いものだった。

なぜ、カプコンと伊丹氏との間に深い繋がりがあったのかはわからないが、この時期のカプコンは『天地を喰らう』や『エリア88』といった、 様々な版権ゲームを世に出しており、実写作品のゲーム化も予定内にあったのだろうと思われる。

そもそも、ゲーム版と映画版の製作は、平行して進んでいたらしく(映画の冒頭にFC版の画面が出てくる)、 それがカプコンと伊丹氏との深い繋がりである証拠の1つとなっている。

ところで、わざわざこのようなホラー映画をゲーム化した背景には、ナムコの『スプラッターハウス』がなかなかの人気を上げていたことと考えられる。 もちろん、AC版でありFC版ではないのだが、ただプレイヤーを怖がらせるだけでなく、恋人の悲劇とそれによるやるせないエンディング、 パターン化された行動など、ゲームの面白さとしても十分高い位置にあり、怖さを前面に押しながらプレイヤーをうならせるゲームが、 この時期から作れるではないかとカプコン側は思ったのかもしれない。

さて内容は、映画版同様幽霊屋敷と化した、間宮家の屋敷から脱出するというもの。 プレイヤーは、5人のキャラを操りながら、怪物たちの追跡をかわさなければならない。

ジャンルがRPGとなっているが、普通のRPGのように5人一組で行動できず、最大3人一組で行動しなければならない上に、場合によっては1人で行動しなければならないこともある。 ただし、パーティ編成は自由で、画面上に5人のキャラがいることもできる。

キャラと行動を共にしたり、別行動をするには『なかま』を、別のパーティを動かしたい場合には『こうたい』を選べばいい。 特に『なかま』コマンドは、ねばねばの床にはまったり屋敷のトラップ(後述)で穴にはまったキャラを助け出すのにも一役買った。


これにより、5人のキャラを状況に応じて編成・移動するわけだが、5人の能力や固定所持アイテムはまるっきり違う。 主人公格の星野和夫(以下かずお)はライターを、娘のエミは鍵を、早川秋子(以下あきこ)は薬箱、田口亮(以下たぐち)はカメラ、アスカは掃除機を持っていて、全て攻略に欠かせない。

ライターは、通路をふさいでいるロープを焼き切り、鍵は扉を開けるのに必要で(全ての扉を開けられるわけではない)、薬箱は敵の攻撃で状態異常になったキャラを治療し、 カメラは屋敷内にあるフレスコ画の謎を解くのに欠かせず、掃除機は屋敷に散らばっているガラス片(通過できない)や、埃をかぶっているフレスコ画の埃を取り除く。 これが1つ(1人)でもなくなると、攻略に差しさわりが出る。

RPGにありがちな金やMPは存在せず、主人公達を助けてくれる施設はない。 アイテムは、5人の初期装備の他に、屋敷内においてあるものが主で、武器となるものが少なくHPを回復できるアイテムも薬しかない。 当然、数も限りがあるばかりか、1人が自由に持てる数は2つしかない。

といっても、アイテム欄が埋まったからといって、もう持てないというわけではなく、『こうかん』でどのアイテムを交換できるのだが(道具欄上段にある専用アイテムは除外)、 その交換するアイテムと現在と未来の状況によって、プレイヤーの判断が問われた。


戦闘も、一般のRPGと比べてかなり特異な要素が多かった。敵は、必ず1体しか出ないが、生物系と亡霊系の2種類に分かれている。 スケルトンやゾンビなど、一見亡霊系のように見えるものの、れっきとした(?)生物系であるため、どの敵が生物系なのかわからないことがある。

これを知る手段として、戦闘に入るときにおきる敵の登場パターンの癖を見分けることが大事なのだが、 登場パターンがあれなゆえに何度見続けたプレイヤーは、さぞかしトラウマになっただろう。

屋敷内にある武器は、それぞれタイプ別の敵に有効となっているが、亡霊系の敵が少ないためか武器のほとんどが生物系に効くようになっている。 しかも、ゲームが進むごとに強力な武器が増えてくるとはいえ、すぐ装備できるわけではなく、 一定のレベルに到達しないと装備することができないため、これもこのゲームの難易度上昇の要因の1つとなっている。

しかしながら、攻略を助けるアイテムの半数ほどは、敵にダメージを与えることができ、場合によっては武器の攻撃より高いダメージ量をたたきだせる。 非力な序盤では、特にお世話になったプレイヤーもいたが、そのほとんどはイベントアイテムであり、 そのイベントが終わったら使わないので、アイテムを選ぶか武器を選ぶか、やはりこれも難易度上昇に一役買った。

ダメージを与える手段のもう1つとして、心すなわちMPを消費する。 ただし、魔法ではなく念動力でダメージを与えるようになっていて、ゲージを目押しすることにより与えるダメージも消費する心も変化する。 その心、通常の謎解きにも重要になっているが、肝心なところで足りなくなっていたり、消費する量や使用者のレベルによっては使用できないことなど、簡単に謎を解かせてくれない。


もう1つ、特異かつ重要な要素の1つは、屋敷内に仕掛けられた数々のトラップがある。 ダメージゾーンの茨をはじめとして、仲間をどこかに転送する人魂が代表。

その人魂は、直進と追尾の2種類があり、どこかに転送するといってもランダムではなく、特定の場所に転送される。 したがって、この手のトラップは決してマイナスではなく、場合によってはプラスという形になった(なんらかで脱出不能な場合に、人魂が脱出させてくれるため)。

また、ある地点に差し掛かると、突然ナイフが飛んできたり銅像が倒れてくるといった、いわゆるポルターガイストが登場する。 これは、1箇所ではなくところどころに点在していて、その対処法として4種類の選択があるが、どちらも素早く決定しなければダメージを食らい、もちろんどれが正解なのかもランダムでしかない。

心の使用も、選択肢の1つになっているが、先に挙げたように、心を使用できる状態でなければダメージを食らう。 ダメージ量は、あまりたいしたものではないが、体力が少ない場合はやはり脅威となり、エンカウントで出てくる敵同様、いつ待ち構えているのか内心びくびくしながらプレイした人もいたはずだ。

さて、このゲームのもう1つの最大の特徴として、なんといっても恐怖を煽った演出がある。 当時のFC技術では、グラフィックの粗さなどもあったが、それはシナリオの充実やエフェクト効果、トラップの配置などで補うことによって解決できた。

今でこそ、ゲーム技術の大幅な進化により、身近に感じる恐怖を作り出せるが、当時は技術が低かったとはいえ、それでも十分恐怖を与えた。 だが、それが仇となったらしく、当時のユーザーの評価はあまり芳しくなかったが、次第に再評価されることがあり、今では一部の根強いファンを持つようになった。


ところで、このゲームを語るときに欠かせない話題が、映画やゲームの恐怖などの他に、このゲームの発展系についてがある。

いうまでもなくこのゲームは、同じカプコンで制作されたホラーゲーム『バイオハザード』の原型であり、部隊となる屋敷はもちろん、登場する怪物や仕掛けられたトラップ、 思わずプレイヤーをうならせる謎解きなど、スウィートホームをプレイした後にバイオハザードをプレイすると、「ああ、なるほどな」という納得さがある。 事実、バイオハザードのスタッフの大部分は、スウィートホームの制作に深く関わっていた。

ただ、ジャンルが違う上に、敵の処遇も一度倒したら2度と出てこないといった、似て非なる要素も色々あるので、スウィートホームそのままバイオハザードに受け継がれているわけではない。 それ以前に、バイオハザードに似ているゲームはバイオ発売前はもちろん、スウィートホーム発売前にも存在した。

おそらく、バイオ開発時に様々なホラーゲームをプレイした結果、スウィートホームにホラーアクションの要素を取り入れたのが妥当かもしれない。


プレイヤーの判断が問われたのはもう1つ、キャラの処遇をどうするかである。キャラを助ける施設もなければ、回復アイテムも少ない。 それに加えて、襲い来る敵や数々のトラップが、かずお達をひっきりなしに迫ってくる。 もし、HPが0になればそのキャラは死んでしまい、2度と生き返ることができない。

これこそが、このゲームの最大の肝であり、パーティ編成と回復アイテム使用のタイミングなどでキャラの生死が決まる。 もちろん、1人死んでも攻略は可能で、そのキャラが持っているアイテムと同じ効果を持つ物が、屋敷内にある。 マッチは、ライターの役目を持ち、針金は鍵を、クッキーは薬箱、ポラロイドはカメラ、ほうきは掃除機と、決して攻略を不可能にさせない。

だが、代用アイテムを所持するため、所持できるアイテムの数がさらに少なくなり、攻略に差しさわりが出てくる。 しかも、仲間がいない分敵との戦闘における苦戦は免れない。

とはいえ、パーティを分割して行動する際、うっかり攻略に向かうエリアにおける重要キャラを、つれてくるのを忘れてしまったことがあるため、 例え5人全員生きているとしても代用アイテムは重要であり、やはり他のアイテムとの使い分けにも重要さがあったに違いない。


この選択を、有意義なものにしているのが、メニューコマンドの『ぎぶあっぷ』。それを選ぶと、さらに『あきらめない』と『あきらめる』という選択肢が登場する。 前者は、セーブしたところからで、後者はデータをクリアして最初から始める。 このゲームでのセーブは、フィールドがなく屋敷をくまなく探検するため、どこでもセーブシステムが導入されている。

そう、このゲームのセーブデータは1つしかない上に、全滅したときの救済措置すらない。 おまけに、一度セーブしたら『あきらめる』を選択しない限り、再び最初からプレイできない。 キャラを選ぶかアイテムを選ぶか、屋敷からの脱出におけるプレイヤーの自由度は、かなり高いといっていい一方、それにおける難易度(死に安さ)もかなり高かった。


断っておくが、私は映画版を一度も見たことがない。 理由として、今まで通ってきたビデオレンタル屋には、ビデオレンタルしていなかったのもそうだが、何よりも私はホラーといった極端に恐怖を出させる物は嫌いだったからだ。

もちろん、このゲームに関する情報を仕入れてきたおかげで、映画版のある程度の情報も得ることができたが。 かつて、スプラッターハウスやバイオハザードをプレイしたとき、ゲームに出てきた恐怖の数々のあまり、怖くて夜も眠れなかった。

現在でも、そういった性格は直っておらず、スウィートホームをレビューする際、できるだけ早くゲームを終わそうと考えた。 幸い、2連休(土日休み)だったこともあって、自由な時間を潰してようやくクリアしたのが日付が変わって月曜日の深夜0時20分(4/16)。 案の定、このゲームから放たれる恐怖におびえて、数時間程度しか寝ていない羽目に陥った。

はっきり言えば、このゲームそのものに強烈なトラウマを残すことになった。 もちろん、自由にパーティを組めたり、一般のRPGより厳しいアイテム所持制限、 マルチエンディングの採用や死んだら2度と生き返らないという点も評価できるが、それ以上にこのゲームの恐怖がそれを上回っていた。

そのマルチエンディングは、1人生還から全員生還まで5種類のエンディングがあり、映画を見てない私は全員生還をとった。 もちろん、映画版同様の生存人数にしてこそ真のエンディングと言う記事もあったが、結局エンディングの価値はプレイヤー自身が決めてもらいたいということだろう。


このゲームにおいて、全て恐怖で満たされていたが、その中で最もトラウマという形になったのは、山村老人の死と焼却炉に散乱している数人の骨の詳細である。 前者は、何もグラフィックで表現しなくてもいいのに、プレイヤーの恐怖心をあおる為にわざと死ぬ過程を、4段階で描いている。

死ぬのはともかく、それに行き着くまでの描写があまりにもリアルでトラウマの1つとなった。 後者は、一体何なのかと不思議に思ったが、それが赤ん坊の骨だと知ったとき、思わず絶句した。

それも、間宮夫人の手でさらった挙句、まとめて焼却炉に放り込んだこと、そして後を追ってきた母親たちもまた間宮夫人の餌食になったことを知った私は、 自分の中の恐怖に耐え切れず、しばらくの間中断せざるを得なかった。もはや、人骨スープとか肉骨粉とか、そういう不謹慎なことをゲーム中で考える状況ではなくなっていた。

このゲームをクリアした後は、既にゲームを入れている箱にしまった。同時に考えた、2度とこのゲームをプレイすることがないようにと。 私はFCで、真の恐怖というトラウマを初めて体験し、いつとも感じる恐怖にしばらくの間おびえることになった…。



本日のまとめ



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(07/4/16レビュー)
伝説のスターブロブ2への掲載:2019年5月3日
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