◆◇ミュウツーの逆襲 -Another Edition-◇◆



お昼過ぎとは思えないほどの暗さで、帽子を押さえていないとあっという間に飛ばされてしまいそうな風が吹いている。 空はどんよりと薄暗く、雲の間からは時々稲光が見える。

やや不定期に波止場に打ち付ける波は、大きな音と水しぶきを上げている。 そんな中、ケミカはいつもの微笑をたたえてどこからともなくサーフボードを取り出した。

「よし」
「よし・・・って・・・?」

怖くて見ていられなかったが、ホウソはついにケミカを見上げた。

「何だそれ!どこから出したんだよ!!」
「ホウソもなみのりピカチュウなら、これくらいの波は乗れないとね」
「無理・・・!!」

そう言う間にも、容赦なく波は自分たちの足場にぶつかってきている。 ホウソの脳裏には、あっさりひっくり返りそして海の藻屑となる自分の姿が浮かんだ。

「・・・無理・・・。」

ホウソは肩を落とし、耳も尻尾もたれた状態で力なく首を横に振った。 一方、二人は気づいていないが別の防波堤の先では別のトレーナーが進水式を行っていた。

「よし、できたぞ!!」

丸太を隙間なく並べて無駄なく繋いであるいかだの上に、マリカが立っていた。 その横にはホノオグマもいる。

「即効建築いかだ「マリキュール3号」発進!」
「・・・いやいやいや」

ホノオグマは、いかだの中央に立っている旗 兼手すりの支柱にしがみついている。

「これでこの荒海を乗り切ってやるぜ!」
「数分でこんなの作るお前ってすごいけど、基本的に馬鹿だよな・・・」

ツッコミもむなしく、いかだはすでに海に向かって漕ぎ出している。 ホノオグマは半ばあきらめた様子で、周りを見回した。

「・・・おいマリカ、オールは?」
「ねえよ」
「遭難したいんだな・・・」

もはや突っ込む気力もなく、波にあおられたいかだの上で必死に踏ん張った。 少し油断したら、ホノオグマは転がっていってしまいそうだった。

「ボールに戻るか?」
「・・・構わないけど、マリカが一人で死ぬぞ」
「この俺が作ったいかだを信用してねえな?」
「してねえよ」

今からなら遅くない 岸に戻るぞと言おうとした時、マリカが突然いかだの下を覗いた。

「おいっ!端に行ったら危ねえだろ!」
「・・・ん・・・いや・・・」
「・・・どーした?」

マリカの様子がおかしい。 ホノオグマは、短い手で支柱をつかんだままマリカに近づいた。

「・・・このいかだの下に、何かいる・・・」
「何かって、何だよ・・・?」
「ほら、影が見えるだろ・・・でっかい鳥みたいなのが・・・」
「もしかしてあれが?いや、でかすぎるだろ。海底が見えてるんじゃん?」
「いや・・・うわっ!!」
「な、なんだ?!」

突然、いかだがぐらっと揺れた。 しかし転覆することはなく、そのままいかだは海の上を滑るように進み始めた。

「な、なんか・・・超速くね・・・?」
「ターボエンジンでもつけてたのかよ・・・」

荒れ狂う海をものともせず、いかだは爆走している。 マリカが行きたかった方向へ一直線に。

「なんで・・・?いかだの下にいるの、何なんだ・・・?」

水しぶきが大量に飛んでくるので、マリカはホノオグマを守っている。 しかし、二人とも目を開けてはいられなかった。

いかだの下には、大きな白い鳥のような影がうつっていた。

一方、マリカのいかだが猛烈な勢いで進んでいるその前を、別の人物が航海していた。 とは言っても、小船にすら乗っていない。

「ハッパ、振り落とされるなよ!」

頭に服をくくりつけ、ハッパを背中にのせて泳いでいるのはフィジカだった。 人間業とは思えない速さで、この悪天候の海を突破していっている。

「ハッパも、ボールに入れたらいいですよっ・・・」
「男ならこの荒波を制してみろ!」
「制してるのはフィジカだけですよこれ・・・!」

本当はしゃべっている余裕がないほどだった。 少しでも気を抜けば、フィジカだけが泳いで行ってしまいそうだ。 ハッパは水圧に耐えながら、フィジカの背中にしがみついている。

「(あの手紙の中にチケットみたいなのがあったですけど、フィジカは気づいてなかったですか・・・)」

そして、疲れ知らずで泳ぎ続け、ついに目的の島に到着してしまった。

「・・・ふう。」
「つ、着いたですか・・・人間じゃないですね・・・」

服を一瞬で着て、フィジカはいつものスタイルに戻った。 ハッパはまだ頭がくらくらするらしく、必死に頭を振った。

「船のチケット、無駄になったですよ・・・」
「そんな物があったのか?しかし俺は船など当てにはしない。いつでも頼れるのは己の力だけだと肝に銘じておけ」
「真似すんの無理ですよ・・・」

それに少し遅れて、砂浜にサーフボードが到着した。

「・・・け、ケミカ・・・ついたのか・・・?」

サーフボードの上で、黄色い生き物が顔を覆ってうずくまっている。

「うん、もう大丈夫だよー。早くこっちおいで」

ボードから下りたケミカは帽子をかぶりなおし、ホウソに手招きした。 しかし、ホウソは手を突っ張るものの立ち上がることができなかった。

「・・・どうしたの?」
「うるせー、腰が抜けてんだよ・・・!」

波を見事にかいくぐっていくケミカのサーフィンテクは素晴らしいものだったが、 ホウソにとってその海は恐怖でしかなかった。 波を見切り、的確に乗っていくケミカの後ろで、ホウソはずっと震えていた。

「ほらホウソ、抱っこしてあげるから」
「うう・・・」

その様子を、フィジカは少し遠くから見ていた。

「あれは・・・ケミカ!」
「ケミカにも招待状が来てたみたいですね」

フィジカは服を正しながら、腕を組み目をつぶった。

「・・・しかし、最強のトレーナーに挑むのはこの・・・」
「うわあああ!!」

この俺だ、と言おうとした時、二人の後ろを何かが飛んでいった。 その声にケミカとホウソも遠くで気づいたらしい。

「ケミカ、あっちにフィジカがいるぞ!」
「・・・うん・・・」

ホウソはケミカの腕の中でフィジカの方を指差したが、ケミカは空を見ていた。

「・・・あれは・・・ルギア・・・?」
「ホノオグマ・・・ってことは、マリカも?!」
「えっ」

ケミカはフィジカたちがいる方に走っていった。

「大丈夫?マリカ」
「全然!見て分かるだろ、助けろ!」

マリカのいかだは砂浜に打ち上げられて急停止し、マリカとホノオグマは砂浜に放り出された。 そして、マリカはものの見事に砂浜に埋まってしまっているのだった。

「マリカ、しっかりしろっ!」

丸くて埋まらなかったホノオグマはマリカを必死に掘り起こした。 ケミカとホウソも発掘作業を手伝った。

「ぶはっ!」

マリカが砂から顔を出した。

「し、死ぬかと思った・・・」
「マリカも到着できたんだね、おめでとう」
「はー・・・はー・・・そりゃ、当然だろ・・・俺の実力ならこんなの楽勝だぜ」
「実力って、何の実力だよ」

マリカ担当のツッコミ師が突っ込んだ。

「お前たちも招待されていたとはな」

フィジカが静かに近寄ってきた。

「フィジカも来てたんだね、招待状もらったの?」
「ああ、カイリューが届けに来た」
「え・・・カイリュー?ぼくのとこに来たの、ドードリオだったんだけど・・・」
「・・・・・・は?」

フィジカらしくない、少し間が抜けたような声を上げた。

「ここなんだろ?早く入ろうぜ」

体中の砂を払いながら、マリカは立ち上がった。 ケミカとフィジカは深く考えないことにして、島の奥を見た。

砂浜の奥は林になっていて、そのさらに奥に大きな建物が聳えている。 3人がいる場所から見えるのは、白い壁といくつかの四角い窓だけだ。

ケミカはホウソを抱かかえ、フィジカの隣をハッパが歩き、マリカの頭の上にホノオグマが乗った状態で3人は建物に向かって歩き始めた。






「どんな人だろうなー」
「そうだね」
「もこもこのポケモン持ってるといいな!」
「・・・うーん、それはどうだろう・・・」

マリカとケミカが話している途中、フィジカは歩きながら腕組みをして口を挟んだ。

「最強のトレーナーに挑むのは俺だ。お前たちは楽しく他の奴らとパーティでも楽しんでいろ」
「あっ、なんだよその言い方っ!俺のポケモンたちだって、そこらへんの奴らには負けねえぞ!」
「言うだけなら何とでも言える」
「なんだとっ!?」
「ふ、二人とも・・・」

軽い言い合いをしつつも、3人は林の中に足を踏み入れた。 太陽が高い位置にあるはずの時間だが空は薄暗いため、林の中はかなり暗い。 ケミカは木の根に躓かないように注意して進んだ。

そのとき、突然何かの気配を感じてケミカが急に振り返った。

「あっ・・・!」
「ん?」
「どうした?」
「あ・・・ううん、なんでもない・・・」

マリカとフィジカも振り返ったが、特に変わった様子はない。 ただ無数の木と、その後ろに先ほどまでそれぞれの方法で渡ってきた海があるだけだ。

ケミカはしばらく何かを探すように周囲を見回していたが、マリカとフィジカの後を慌てて追いかけ始めた。

「どうしたんだよケミカ?」
「ホウソは・・・何か感じなかった?」
「なにを?」

ケミカの腕の中で、ホウソが顔を上げる。

「何かいたのか?」
「不思議な感じがしたんだ・・・ふわ・・・って、何かが通り過ぎたような・・・」
「オバケかな」
「・・・いやー・・・そうじゃないと思う・・・」

そうこうしているうちに、ついに目的地の建物の扉の前まで来てしまった。 見上げるほど大きな扉で、白くて広い壁の中に、木でできたその扉が綺麗に収まっている。

「すごい・・・何の建物なんだろう?」
「お城かなあ・・・っていうか、入れるのか?」
「招待状見せたら入れてくれるんじゃないかな」
「でもどこにも人が・・・あ」

扉の片方が、ゆっくりと開いた。

「ようこそ、おいで下さいました」

扉から、ひょっこりとラッキーが顔を出した。 トレーナーたちを見上げて、軽く頭を下げた。

「ラッキーだ、可愛いね」
「招待状はお持ちですか?」
「え、招待状・・・えっと、カバンの中に・・・あった」
「はい結構です、こちらへどうぞ。ご案内いたします」
「あ、はい・・・」

ラッキーはフィジカとケミカから招待状を受け取った。 マリカは持っていないので出さなかったが、特に気にしないようだった。

3人はラッキーに手招きされて、建物の中に入っていった。 歩けるようになったホウソは、ケミカの手から降りて自分で歩き始めた。






どこからともなく、白い光が飛んできた。 いくつも森を越え、川を越え、山を越えて空をすべるように飛び続けている。

青い瞳、白い体でとても尻尾が長いその生き物は、ついにケミカたちが目指していた島にやってきた。 ケミカたちの遥か上空で、その建物に入っていく様子をじっと見つめていた。

「・・・・・・・・・。」

彼らが全員入城したのを見届けると、そろそろ傾き始めた太陽を見るために振り返った。 しかし空はまだ暗雲に覆われており、太陽は雲の後ろに隠れている。

その生き物はまた前に向き直り、建物の左右にある巨大な風車の後ろに飛んで行き、見えなくなってしまった。






ラッキーの後ろを歩きながら、マリカが尋ねた。

「なあ、お前は「最強のトレーナー」のポケモンなの?」

すると、ラッキーは少しだけ歩く速度を落とした。

「・・・ええ、そうですね」
「ふーん・・・それなら、もこもこしたやつもいるかもしれないな・・・」
「マリカ、その希望はあまり強く持たないほうが・・・」
「ラッキー、俺たちの他にトレーナーはいるのか?」

今度はフィジカが質問した。

「はい、お一人だけ少し前にいらっしゃいました」
「一人だけ!?」
「やっぱり、あの嵐じゃ海を越えてくるのは無理だったんだね・・・」
「俺たちすげーじゃん!俺のいかだすごいっ!」
「・・・まあ、あの海をいかだで越えるのはすごいね」

ケミカとマリカの会話を聞いて、ホウソはサーフィンもすげえよ、と小さく呟いた。

建物の中の壁も白く、長い廊下が続いている。 いくつか扉を通り過ぎたが、ノブではなくコンピュータ仕掛けで開閉するようになっている。 お城というにしては、かなり近代的な感じだ。

そして一際大きな扉があり、そこはすでに開かれていた。 扉に近づくに連れて、その部屋の中が見えてきた。

「こちらのお部屋で、おくつろぎください」

ラッキーが振り返り、片手を上げた。 3人は部屋を覗き込んで感嘆の声を上げた。

「うわー、広い・・・!」
「すげー・・・噴水まであるぞ」
「・・・なかなかの会場だな」

ラッキーの横を通って、部屋の中に入っていった。

「ポケモンはボールから出してあげてください。お好きな物を、お召し上がりくださいね」
「うん、ありがとう」
「では、私はこれで失礼いたします」

ラッキーも部屋に入ったが、テーブルや噴水がある方とは逆の方向に歩いていき見えなくなってしまった。 3人はそれぞれ、モンスターボールからポケモンを出した。

「全員出すと、かなりの数になるね・・・みんな、ここがパーティ会場だよ」
「よし、みんな!好きなモン食ってきていいぞ!」
「俺が呼ぶまで好きにしていろ。ただし、体力を消耗するようなことはするな」

それぞれポケモンたちに指示を出して、すでに到着しているトレーナーがいるテーブルに向かった。 3人のポケモンは、自分の思い思いの場所に向かっていった。

ケミカは、クルスだけは歩けないので水槽まで抱っこしていった。

「・・・・・・。」

そして、テーブルにすでに向かっているトレーナーを見て、3人とも絶句した。


     






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