◆◇水の楽園の守護者◇◆ -水の都の護神ラティアスとラティオス Another Edition-






「怪我してる人とか、いないといいけど」
「どうだろうね・・・」

リツキと人間の姿になったラクスはフォトラ広場の壊れた部分を確認したり、
柵が受けた衝撃によって崩れている床や瓦礫によって水路に異常がないかを見回った。

島の人たちが集まる会館の前に来ると、大勢の人間が話しているのが見える。

「あれ、チオたちだ。ミュラさんと一緒か」
「あのおじいさんもいる・・・」

ミュラやリツキの手持ちポケモンたちがジャバの前に並んでいるようだった。
その後ろには何名かの大人や、玉水の塔の下でラクスと遊んでいた子供たちの姿もある。
ジャバにミュラが数枚の紙を渡しているようだ。

二人はそこへ駆け寄った。

「おーい!何してるんだ?」
「リツキ!・・・二人とも、すごい格好だね」
「言うなって。ミュラさん、その紙なんですか?」

ジャバは話しているリツキを見ていたが、その紙に視線を落とした。
リツキもちらりとそれを見てみる。

「・・・建設反対の、署名?」
「うん、そう」

ミュラが頷いた。

「私にはこれしか思いつかなくて・・・リツキくんのポケモンたちと協力して、島の人たちから署名を集めたの。
説明したらその人たちも別の人に話してくれて、今も話が広がって行ってると思うわ。
・・・まあ、時間が全然足りなくてこれしか署名は集められなかったんだけど・・・」

チオがミュラにさらに紙を数枚渡す。
それをジャバに差し出しながら、ミュラは頭を下げた。

「私は、この島の急激な開発計画に反対します。島に住んでいる人たちも、これだけの人たちが反対の意を示しています。
どうぞ・・・今一度ご再考ください、会長」
「・・・・・・。」

ジャバは紙をペラペラとめくって目を通した。
そして深くかぶっていた帽子を上げて、静かに頷く。

「ワシがしたことで、静かに眠っていたポケモンを呼び起こしてしまいこんな被害を出してしまった。
この島に住んでいる人たちに深くお詫びを申し上げる。・・・この島の所有者として誇りを持ち、この自然を守ることを誓おう。
そして・・・せめて、壊れてしまった箇所を元通りに修復させてほしい」

それを聞いて、皆が歓声を上げた。
隣にいた人やポケモンとお互いに抱き合って喜び、リツキとラクスも手を取り合う。

「ジャバさん、ありがとう!・・・けど、工事の邪魔してごめんなさい」
「ワシが悪いのじゃよ。あのポケモンを鎮めてくれたのはキミたちじゃな、ありがとう」
「当然。なんたって、ホウエンリーグの優勝者ですから・・・・・・うわっ」

いつの間にかリツキは囲まれており、人間やポケモンたちによる胴上げが始まった。

「わ、ちょっと、絶対落とすなよっ!」

笑い声に囲まれているリツキを、ラクスは少し切ない表情で見上げていた。






それから数日間。
リツキは連絡船に乗って帰らず、ジャバに勧められて一緒にジャバを迎えに来る大きな船に乗ることになった。

修復や瓦礫の撤去などをリツキやポケモンたちも手伝い、島の色んな人の家に順番に宿泊させてもらった。
食事や散歩の時間にはラクスも参加し楽しい日々が続いたが、ついに帰る日がやってきた。

「みんな、忘れ物はないかい?」

朝陽と共にやってきた巨大なクルーズ船に、ジャバとその関係者たちがどんどん乗り込んでいく。
そしてポケモンたちをチオがウレアの頭の上に乗ってまとめていた。

「・・・行っておいでよ、リツキ」
「え・・・・・・」

自分の荷物は積み込んでやることは終わり、頬杖をついて船の通路から海を眺めていたリツキにチオが呼びかけた。
他のポケモンたちもほらほら、と手で促す。

リツキは小さく頷き、ありがとう行ってくる、と船と陸を繋ぐ広い橋を駆けていった。

人が大勢行き交うので人間の姿になっていたラクスは、港の建物のかげにある椅子に座り
初めて見るとても大きな船を見上げている。

おーい、という声と走ってくる足音に気づき、視線を下に移動させてリツキを見つけた。
ラクスは立ち上がり、手を胸の前で握り締める。

「・・・・・・帰っちゃうの?」

弱々しいラクスの声に、リツキは息を整えながら残念そうに頷いた。

「・・・うん。ずっとここにいたいけど、俺にはやらなきゃいけないことがまだあるんだ」
「やらなきゃいけないこと・・・?」

乱れた呼吸を落ち着け、ふう、と大きく深呼吸をする。

「アルゴに言われたんだ。『今やるべきことは、やるべきことを焦らず探すことだ』って。
俺、ポケモンリーグチャンピオンに勝って、目標を達成したことで目標を失った気になってた。
そして、いきなりガラッと変わってしまった周りのことに・・・ただ、怯えてた」

ラクスを見つめたまま、力強く首を横に振った。

「でも、もう逃げない。俺にしかできないことをしたい。そのために、俺は行かないといけないんだ」

それを聞いて、ラクスの金色の目から大粒の涙が溢れた。
そしてそのままリツキの胸にすがる。

「じゃあ、私も連れてって!私もリツキのポケモンになりたい、私、もっと強くなって、
リツキのポケモンに、相応しくなれるように・・・頑張るからっ・・・!!」
「ラクス・・・」

目の前のやわらかく白い髪を優しく撫でて、震えている背中をそっと支えた。
ラクスは泣きじゃくりながらかぶりを振った。

「お兄ちゃんがいなくなっちゃって・・・リツキもいなくなったら、私・・・一人になっちゃう・・・」

そのままぎゅっと抱きしめたい衝動に駆られたが、リツキはラクスの両肩に とん、と手を置いた。
そしてゆっくりと体を起こさせて向かい合う。

「ラクスは、もう十分強いよ。・・・そんなに泣くなって」

ぽろぽろと水晶のような涙をこぼし続けるラクスの目に指を沿わせて雫を拭う。

「このベイシック島に、ラクスは必要なんだ。この水の楽園を、ここで暮らす人々を、ラクスは護らないといけない。
それは、ラティアスであるラクスにしかできないことだよ。」

そのとき、遠くから子供の声が響いた。

「うわー!でっかい船!!」
「あれ、ラクス?」
「ラクスー!!」

ボールを持った子供たちが駆け寄ってきた。

「おう、みんな。今日はボールで遊んでたのか」
「うん!ねえ、リツキ帰っちゃうの?」
「えー、もっと遊ぼうよ」
「はは、また来るって」

口々にまくし立てる子供たちにリツキは軽く手を振りながら笑いかける。
子供たちの興味は巨大な船に移っているようで、何人かはそちらに走っていってしまった。

「ラクス、一緒に船 見に行こうよ!」
「ねえラクス、遊ぼう!」
「みんなで宝探ししようよ!!」

涙が見えないように急いで拭って、ラクスは何とか笑顔を向ける。

「うん・・・そうだね。約束してたものね」

じゃあ後でね、と手を振りながら子供たちは海の方に走って行ってしまった。
船に近づきすぎるなよ、とリツキはその背中に呼びかける。

「ほらな、ラクスはひとりぼっちじゃない。ラクスを島の人全員が必要としてる」
「・・・・・・。」
「それに、玉水の塔からはアルゴが見守ってくれてるんだから」

ラクスはまた泣き出しそうになり、下を向いて目を閉じた。

「でも私・・・リツキのことが・・・」

リツキは すっとラクスの顔に両手を伸ばし、頬を両手で挟んだ。
ラクスの顔を上に向けてそのまま顔を近づけ、額に軽く口付ける。

驚いて目を開けたラクスの前には、悪戯っぽく笑うリツキの顔があった。

「・・・今は、おでこにしとくよ。お兄ちゃんに次会った時、怒られちゃうからな」

ラクスの頭をぽんっと撫でてから、その手を振りながら駆け出した。

「リツキ・・・!」
「じゃあな!絶対に、またここに来るから!!」



出航の時間になり、島の人たち全員に見送られながらリツキは手を振り続けた。
片手で抱えているチオが腕の中からリツキを見上げる。

「もっと別れを惜しまなくてよかったのかい?」
「は?」
「うふふ、ごちそうさまでした、リツキさま」
「え?」
「上手くやりやがったなコイツ、可愛い子ゲットしやがって」
「・・・・・・見てたのか、まったく」

じとっとポケモンたちを見やった。
足元でエノールとエナミンはポンポンを持って腕を振っている。

「俺は応援するぜ!」
「ぼくも応援します!」
「・・・はいはい、ありがとな」

もう、とため息をついたがその表情は笑っていた。

「でも、お兄ちゃんがいなくなって、ラティアスは一人で大丈夫なんでしょうか」

通路いっぱいに体を伸ばしているウレアが心配そうに言う。
リツキはウレアの方を向いた。
そして、風で飛びそうになった帽子を押さえる。

「きっと、ラティオスは帰ってくるよ。アルゴとまた会った時の約束をしたんだ。
神話の通りにラティアスが心の雫になりラティオスがその力を借りて戦ったんだとしたら・・・絶対にまた会える」

確信を込めてリツキは頷く。

「定期船なんて待たずに、ひとっとびでベイシック島にいけるようなポケモンを探して育てて、
・・・自分もそのスピードに耐えられるように鍛えないとな」
「またすぐ会いに行く気だな、コイツ」

からかうようにアパタイトが言った。
安心したせいかすでに眠そうにあくびをしている。

「そういえば、世界には地球を十数時間で一周できるポケモンもいるそうですねえ」

ベルトレーが思い出しながら片方の翼をあごに当てた。
海を背にして、リツキがポケモンたちを見下ろして立てた人差し指を横に振る。

「で、リーグチャンピオンとしての役目から、もう逃げないからな。
帰ったらしばらくはみんなも忙しいぞ、覚悟しとけ」
「ええ〜・・・」
「メンドーだなあ・・・」
「応援ならするけど・・・」
「バカンスで思い切り休んだだろうが。お前たちも気合入れろ!!」

リツキの号令に、ポケモンたちはしぶしぶ はーい、と声を揃えた。
それでもまだ、あんま休んでないのに などのブーイングが聞こえてくる。

リツキは、もう今にも水平線の向こうに見えなくなってしまいそうなベイシック島を振り返った。

島を見守るように中心に立っている玉水の塔。
周りにある小さな島のどれかで、デオキシスは待ってくれているのだろう。

みんなに愛されている、強くて可愛い伝説のポケモンも。

さようなら、そしてありがとう、素晴らしき水の楽園。
また、絶対に、帰ってくるから。












  




























「なんだいそれは?手紙・・・と、船のチケット?」
「うん・・・」

自室でリツキは海の模様が描かれた便箋に手紙を書いていた。
机に飛び乗ったチオは、リツキの握っているペンの先を目で追う。

水色の封筒には、オーロラのような不思議な色に輝くチケットが入っていた。

「本当は俺が挑戦してみたいけど・・・アルゴは俺の気持ちを、命を懸けて護ってくれたんだ。
それを無駄にしたくないから・・・俺はあのポケモンを、信頼できるトレーナーに託すよ」

自分の名前を最後に書き入れて、丁寧に便箋を封筒に入るサイズに折っていく。

「あの人なら・・・絶対に、大丈夫だから」
「・・・そうだね」
















水の楽園の守護者

−END−


















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