◆◇水の楽園の守護者◇◆ -水の都の護神ラティアスとラティオス Another Edition-






「俺のポケモンたち全員でかかれば、デオキシスを止められるかも。・・・できなくても、やってみる」
「・・・・・・。」

同じくラクスを見下ろしていたアルゴだったが、リツキの様子を見て ふふっと笑った。

「心配するな、心の雫が失われても希望は消えてはいない。・・・リツキは、戦わなくていい」
「アルゴ・・・?」

よいせ、とアルゴは立ち上がった。
白い服があちこち血まみれで、まだ血が止まっていない箇所もあるのに動いていいのか、と
リツキは不安そうにアルゴを目で追う。

安心させるようにリツキの頭をぺしっと叩いた。

「私を見くびるな、一度眠らせた相手だぞ」
「いや、でも・・・」
「それに、デオキシスが姿を消した理由も見当がついている」

そう言ってアルゴが腰に手を当てると同時にラクスが強く目をつぶった。

「うーん・・・」
「ラクス!」

眩しそうに目を開けたラクスはアルゴとリツキを順番に見上げた。
そして自分が寝かされていることに気づいて慌てて起き上がろうとする。

「痛っ・・・」
「大丈夫か?どこが痛い?」

平気、と言いながらラクスは辛そうにゆっくりと身を起こした。
心配そうにリツキがラクスの背を支える。

それを見ていたアルゴが、起き上がったラクスの肩に手を伸ばした。
そしてしっかりと向かい合って、力強く頷いた。

「ラクス、よく勇敢に戦ってくれた。さすがは私の妹だ」
「・・・お兄ちゃん・・・?」
「もうすぐデオキシスは戻ってくる」
「えっ・・・じゃあ、一緒に戦わないと・・・」

立ち上がろうとしたが地面に叩きつけられた背中に痛みが走ってラクスの動きが止まった。
なんとか痛くない体勢を探しながら立とうとする。

すると、アルゴが すっとラクスの額に顔を近づけた。

淡い光が二人の間に溢れて、ラクスは思わず目を閉じる。
しばらくして、アルゴが静かに離れて立ち上がった。

「あれ、痛くない・・・今のは“いやしのはどう”・・・?」

痛みがなくなった手や腕を眺め、ラクスも急いで立ち上がる。
そのとき、3人が立っている場所のすぐ隣で爆発が起こった。

「わっ・・・!!」

とっさにアルゴはリツキの前に出て衝撃から守り、そして鋭く空を睨みつけた。

「・・・帰ってきたな」

アルゴはラティオスの姿になり、素早く飛んでいく。
すぐに後を追おうとしたラクスだったが、デオキシスの姿を見て思わず声を上げた。

「リツキ、デオキシスの姿が・・・!」
「あれは・・・もしかして、フォルムチェンジ・・・?」

さっきまでの姿と違い、螺旋状の手は伸びており刺々しい形になっている。
耳慣れない言葉にラクスは聞き返した。

「フォルムチェンジ・・・って、なに?」
「確か、天気によって姿を変えるポケモンがいたと思う・・・その戦闘の状況に適した姿に・・・」

空中でアルゴと相対しているデオキシスは、両手を前に出して力を溜め始めた。
そのあまりのエネルギーの強さに、リツキたちが立っている場所が揺れて空気が震える。

「この力・・・さっきと全然違う・・・!」

闇の色のような暗い光がデオキシスを中心に渦を巻いている。
そしてデオキシスは町を見下ろしてからアルゴに目を向け、不敵に笑った。

「この島の建物の3分の1は、今の私ならば一撃で消し去れるだろう」

アルゴは呼吸を整えて身構える。
しかし、デオキシスは視線をアルゴから すっと逸らした。

「・・・しかし、あの時・・・小賢しい真似をしてくれた、お前を先に始末してやろう!!」
「!!」

両手を振りかぶって、デオキシスは地上に、ラクス目掛けてシャドーボールを放った。
ラクスは思わず目を閉じたがリツキが素早く前に出て両手を広げてかばう。

だがそれよりも早く、二人の前にアルゴが飛んで来ていた。

「アルゴ!!」

アルゴは正面からシャドーボールを受け止めて吹き飛び、リツキたちの後ろの壁に激突した。
厚い壁が砕けてアルゴの上に大きな音を立てて崩れ落ちる。

「・・・邪魔をするな!!」

苛立ったデオキシスはアルゴに追撃するべく空から急降下してきた。

「なっ・・・!」

しかし瓦礫の中からアルゴが飛び出してデオキシスに勢いよく体ごとぶつかった。
デオキシスが空中で体勢を崩したのを見て素早く力をため、目の前に光の玉を作り出す。

「ラスターパージ!!」

デオキシス目掛けて撃ち出されたその球はデオキシスに当たってその体を押し返し、大爆発を起こした。
その衝撃でデオキシスは水路に落下し、巨大な水柱が上がる。

だがその水飛沫が水面に到達するよりも早く、デオキシスは水路の床を蹴って水中から姿を現した。
そして怒りに任せて溜めていた力を一気に解放して放つ。

「サイコブースト!!」

巨大なエネルギーの塊が3人の目の前を覆った。
アルゴは力を振り絞ってラクスの前に飛び出し、攻撃をその身に受けた。

「!!」

強力な波動により大気がビリビリと揺れるのを感じるが、その衝撃をアルゴが全て受け止めている。
アルゴの背後にいるリツキとラクスはあまりの攻撃の強力さに目も開けられなかった。

「やめて、お兄ちゃん・・・!!」

ラクスは必死にアルゴに手を伸ばす。
アルゴの体に当たって弾けたエネルギーがリツキたちの足元を削っていった。

ラクスの声にこたえ、アルゴは首を後ろに向けて何とか笑顔を作る。

「ラクス・・・本当にありがとう・・・」

攻撃の手は緩められず、アルゴの体が押されていく。

「・・・今度は・・・今度は、私が護る番だ!!」

デオキシスは一度後ろに手を引いて、そして力をこめて両手を押し出してサイコブーストを放った。
そのデオキシスの全力の一撃でアルゴは吹き飛ばされる。

倒れていた巨大な柱にぶつかり、大きな音と土煙が上がった。

「はあ、はあ・・・手こずらせたな・・・」

アルゴが気にかかったが、今の攻撃でデオキシスが疲れているのを見切ったラクスは飛び上がった。
思い切り体当たりをして、デオキシスは高く飛ばされた。

「くっ!!」

さらに体の前にバリアを作り出して何度もぶつかる。
デオキシスはラクスを振り払おうと避けながら、光線を放って牽制した。
それがいくつも体に当たっても、怯まずラクスは空中にデオキシスを追い立てていく。

一方、リツキはアルゴを安全な場所に運ぼうと駆け寄った。
アルゴの上に倒れ掛かっている巨大な砕けた柱を何とかどかそうと試みる。

「よいしょ・・・ううう・・・」
「・・・リツキ」

瓦礫をよけたことによって起こった砂煙が収まり、アルゴの姿が現れた。
掠れた声が聞こえてきてリツキは焦る。

「アルゴ、今 安全なところに・・・・・・えっ」

アルゴの腕を触ろうと手を伸ばしたが、その感触に思わず声を上げた。
確かにアルゴはそこにいるのに、まるで水の中に手を入れているかのように少しの抵抗があるのみで
リツキの手は通り抜けてしまったのである。

「リツキ・・・・・・サイコブーストを撃ったデオキシスは・・・力が落ちているはずだ・・・」
「あ・・・アルゴ、しゃべらない方が・・・」

何とかアルゴの手を持とうと おろおろするが、アルゴの声は穏やかだった。
アルゴの体が太陽光を反射している水のように透き通って淡く光り出す。

「・・・私もリツキにトレーナーになってもらったら、もう少し強くなれただろうか・・・」
「え・・・あ・・・」
「また会えたら・・・そのときは、私も旅に加えてくれるか・・・?」

どうしよう、と狼狽していたリツキだったが、アルゴの声に何かを悟って頷いて口を開いた。
なるべく、声が震えないように気をつけながら。

「と・・・当然だろ・・・一緒に色んなところに行こう、一緒に色んなものを見よう。
もっと強くなりたいなら、一緒に強くなろう・・・」
「・・・よかった」

安心したようにアルゴは目を閉じた。
そして、光っていたその体がさらに輝きを増す。

「水のように澄んだ、清い心の持ち主のリツキになら・・・安心して私を託すことができる。
・・・すまないが、ラクスと共に戦ってくれ・・・」
「あ・・・・・・!」

光ったアルゴの体が、リツキの目の前で一気に弾けた。
その光の粒はそれぞれが引き合うように一つに集まっていく。

リツキが手のひらを上に向けて両手を差し出すと、そこに美しい新円を描いた宝石が現れた。
砕けて失われてしまったはずの「こころのしずく」。

―そして、先ほどまでリツキの前にいたアルゴの姿はもうそこにはなかった。



デオキシスの破壊光線を受けて、ラクスがすぐ近くに落ちてきた。
石畳が砕け散り、大きな土煙の柱が上がる。

すぐさま地面から浮き上がりデオキシスを見上げたラクスだったが、地面を見つめているリツキに気がついた。
破壊光線を撃った反動で肩で息をして動けないデオキシスを確認し、
攻撃を食らった部分が強く痛んだが無理を押してリツキに近づく。

隣に飛んできたラクスに、リツキは視線だけを向けた。

「・・・ラクス、大丈夫か?」
「うん・・・・・・リツキ、お兄ちゃんは・・・?」

アルゴがいた場所を見下ろして、リツキは首を横に振った。
リツキの手の中にある心の雫を見て、ラクスは目を見開く。

必死にリツキは唇をかんで涙をこらえ、ラクスの首を片手で抱き寄せた。

「・・・悲しんでる暇はない。アルゴはラクスに全てを託したんだ」

ラクスの耳元で、自分にも言い聞かせるように、リツキは強く言った。

「心の雫の力で、俺たちの力で、デオキシスを止めよう」
「・・・・・・うん!!」

今は悲しんでいる場合じゃない。
二人は心を奮い立たせた。

リツキは立ち上がって、ラクスは背を差し出す。
痛々しく傷付いているラクスの体に少し躊躇ったが、心の雫を握り締めてその背に乗った。

デオキシスに向かって一直線にラクスは飛び立った。

「デオキシス!!」

二人を見つけて攻撃態勢に入ろうとするデオキシスに、リツキは大声で呼びかける。

「デオキシス、人とポケモンは敵同士じゃない。仲良く支え合う、共に生きるパートナーになれるはずなんだ」

ラクスはデオキシスの斜め上を大きく旋回した。
リツキの声に、デオキシスはラクスに向けていた腕から少し力を抜く。

「・・・そんなことは知っている。だから私はラティオスに・・・次に目覚める時、
“私に相応しいトレーナーを連れてくるならば、大人しく眠りにつく”と約束した」
「え・・・」
「しかし、人間の勝手な都合で私は目覚めた。ラティオスは私との約束を守らなかったのだ」

デオキシスの言葉に、リツキは動揺して視線を彷徨わせた。
それを察して、ラクスは空中で安全な距離を保って停止する。

「どうして・・・アルゴは、俺がポケモントレーナーだってデオキシスに言わなかったんだ?
俺のこと、認めてくれてなかったのか・・・?」



『俺って何のためにポケモントレーナーになったのか、ポケモンリーグを目指していたのか分からなくなって』
『今はもう、強いポケモンはほしくない』
『そういうのに疲れたから、バトルから距離を置きたくなったから、両親にだけ行き先を告げてここに来た』



自分がアルゴに言ったことが、頭の中を駆け抜けた。

あんなことを言ったから。
あんな泣き言を、アルゴに聞かせたから・・・。

「俺が、戦いたくないなんて・・・言ったから・・・俺の・・・せいで・・・」
「・・・リツキ・・・?」

心配そうにラクスは振り返ったが、リツキは心の雫を胸にしっかりと抱いてデオキシスを見つめていた。
―そうだ。今は、悲しんだり竦んだりしている場合じゃない。

「・・・デオキシス、それが分かってるなら、あともう1回だけチャンスをくれ。
ポケモンと人間が、心を通い合わせれば素晴らしいパートナーになれることを理解しているなら・・・」
「そう言うならば、私を止めてみるがいい」

リツキの言葉を遮るようにデオキシスは両腕を広げて言った。

「ラティオスもそうした。お前が、私を止めてみろ!!」

空中を蹴るようにしてデオキシスは二人目掛けて突進した。
リツキは素早くラクスに呼びかける。

「ラクス、上へ!!」

急上昇の衝撃に耐えるべく ラクスの首に片腕でしっかりとつかまった。
それを目で追いながらデオキシスは力を溜めて、再びサイコブーストを放つ。

距離をとったため避けて別方向から攻撃してくると予想していたデオキシスだったが、リツキの指示は違っていた。

「今だ、行け!ラクス!!」
「?!」

ラクスはミストボールをまとって降下しながらデオキシス目掛けて突進する。
サイコブーストを突き破りながら迫られ、デオキシスは空中でバランスを崩しながらもさらに力を込めた。

「このっ・・・!!」

強力なエネルギーの衝撃に耐えながらもラクスは渾身の力でミストボールで押し返す。
激しく両者がぶつかり合う中、リツキは祈るように心の雫を握り締めた。

「アルゴ・・・ラクスに力を貸してくれ・・・!!」

そのとき、ミストボールが心の雫から溢れた光の力を受けて大きく膨らんだ。
デオキシスの力を覆い、空間ごと全てを包み込んでいく。

その光は大きく弾けて、デオキシスは空中に投げ出された。

「・・・・・・!」

素早くラクスは飛んでいってデオキシスを羽毛でやわらかく受け止める。
その感覚に驚いてデオキシスは目を見開いた。

彼の視界に入ってきたのは、信頼し合った二人の、
自分に対する敵意など少しも感じられない どこか少し誇らしげな穏やかな表情。

ふう、と肩の力を抜いて、デオキシスはふわりと自分の力で浮かぶ。

「・・・私の負けだ。いいだろう、待ってやる」

デオキシスは姿を小さな光の塊に変え、自分が誕生した島へ飛んでいった。
遠い海へ一直線に飛んでいくその光は流星のようだった。

二人は体も服もボロボロだったが、微笑んでそれを見送った。

「・・・・・・やったな」
「うん・・・・・・」



二人は玉水の塔の天辺に向かい、心の雫を戻しに行った。
宝石がその中心に収まると、枯れていた水が再び溢れ出す。

塔から町を見下ろすと、水位が下がっていた水路に水が流れて町中に水が行き渡っていくのが見えた。
・・・そして、激しい戦闘によって破壊された多くの建物も見える。

二人は目を見合わせてから、無言で塔から降りた。








     





inserted by FC2 system