◆◇水の楽園の守護者◇◆ -水の都の護神ラティアスとラティオス Another Edition-






柱が遠ざかっていく。
玉水の塔の天辺の床の裏が見える。

真っ逆さまに落ちているということに気づくまでに時間がかかった。

「うわあああああ!!」

空中でじたばたしてもどうしようもない。
しかしその落下の勢いは、すぐに止まった。

「・・・うおっ?」

数メートルほど落ちたところで、リツキの体は宙に浮いた。

「あ、危なかった・・・リツキ、大丈夫?」
「その声・・・ラクスか?ありがとうな、本気で死ぬところだったよ」
「ホントだよ・・・危ないことしないで・・・」

ラクスがリツキの両腕をつかんでいた。
真上にいるラクスの顔は見えなかったが、上から聞こえてくる声は泣きそうにも聞こえる。

ちょっと無謀すぎたかな、本当にありがとうとリツキはラクスの両手をさすった。

「どこ行ってたんだ?アルゴは?」
「お兄ちゃんは・・・今、ベイシック島の北にある小さな島で見たことのないポケモンが暴れてて・・・戦ってる」
「えっ・・・?」

リツキの腕を掴んだまま、ラクスはゆっくりと上昇し始めた。

「見たことないって・・・どんなポケモン?」
「赤い体で、手が長くて・・・お兄ちゃんはデオキシスって呼んでた」
「デオキシス・・・」

リツキも聞いたことのないポケモンの名前だった。

「それでね・・・心の雫を持ってきてほしいって言われて、私だけここに来たの」
「心の雫を?!」
「あの宝石は、私とお兄ちゃんの力と守りを強くする不思議な力があるの。
だから、それを持って戦うって言ってた」
「・・・・・・。」

あの美しい宝石を、島の宝物を持ち出してまでアルゴが戦おうということは
大変な状況だということはリツキも察した。

しかし、肝心のその宝は持ち去られてしまっている。
塔の頂上を目指して飛んでいるラクスに、言い出しにくそうにリツキが声をかけた。

「・・・ラクス・・・心の雫は、そこには今ないんだ」
「えっ?」

塔の天辺に到着し、ラクスはリツキをそっと下ろしてから人間の姿になって台座に駆け寄った。
夢中で水の中に手を入れてバシャバシャと中を探るが、そこに心の雫はない。

「さっき・・・ポケモンに乗った人が来て、心の雫をとって行ってしまった。
・・・ゴメン、俺も必死に止めたんだけど間に合わなくて・・・」
「そ、そんな・・・!」

肩を落として手を引き抜き、またラティアスの姿になった。

「そんな・・・どうしよう・・・」
「急ごう、ラクス。心の雫を持って行った人たちに、返してもらいに行こう」
「返してもらえるかな・・・」
「大丈夫、二人で何とか説明して頼んでみよう。きっと分かってくれるよ」
「・・・うん!」

力強く頷いたラクスはくるりとリツキに背を向ける。
リツキがその背に飛び乗り、勢いよく玉水の塔の頂上から飛び立った。



姿を消しているラクスの体で下から見ても見えないようにリツキもうまく体を隠して町の上空を飛ぶ。
遊んでいる子供たち、お散歩している人などがたまにラクスの影に隠れて空を見上げている。

「どこにいるんだろう、心の雫を持ってる人たち・・・」
「ジャバさんのところに行くはずだけど、工事現場の視察にでも行ってるのかな・・・・・・あ?」

少し開けた広い道の交差している場所に、リツキは自分の手持ちポケモンたちを見つけた。
ラクスの首を叩いて知らせ、降下してもらう。

「よっと」

空から突然降ってきたリツキにポケモンたちは驚愕した。

「リツキさま?!」
「え、リツキ?どうやってここに・・・?あれ?」
「みんなこんなとこでなにしてんだ?・・・おっ、ミュラさん?」
「リツキくん・・・」

ポケモンたちは今朝見ていたリツキのこの世の終わりのような落ち込み具合から回復しているのを見て幾らか安心した。
見ればポケモンたちもミュラも、数枚の紙をそれぞれ手に持っている。

なにしてるんだろう、と思わず聞きたくなったが全くそれどころではないことを思い出した。

「あ、そうだ滅茶苦茶急いでるんだった。みんな、ジャバさんがどこにいるか知ってる?」
「ジャバさん・・・今日宿屋から出るときに、北東の森の工事現場に行くって言ってたけど・・・」
「北東か・・・ありがとうっ!」

リツキは空に向かって手を振った。
すると、リツキを落としてから空中で待機していたラクスが素早く降りてきて再びリツキをのせた。

ラクスは姿を消したままだったのでリツキが急に消えたように見えたミュラはぽかんとしている。

「え、今のなに・・・?」

ポケモンたちはアルゴかラクスが来たんだということが分かっていたので、
ミュラの不思議そうな顔を見てお互いくすくす笑っていた。






ラクスは北東の森の工事現場がどこにあるか分かっていたので場所だけリツキが告げると一直線にそこへ向かった。
多くの木が切り倒され地面が広くむき出しになっている場所では数台の重機が動いている。
そこから少し離れた位置に、数人の人影が見えた。

二人は人の視界に入らない木の影に降り立ち、ラクスは人間の姿になった。

「あそこにいる人たちにジャバさんがどこにいるか聞こう・・・って、あれ、ジャバさん!?」

駆け寄って話している人物が鮮明になってくると、ジェントルマンの帽子をかぶって高そうなスーツを着ている老人と
玉水の塔から心の雫を奪って行った二人もそこにいることが分かった。

心の雫を持っている人は手袋をはめているが、リツキが最後に見たときのように心の雫はその手の中で黒く濁っている。

「ふむ、あまり綺麗な色ではないのう」

宝石をまじまじと見つめ、あごに手を当ててジャバが残念そうに言った。
そして、それを受け取るためにジャバが手のひらを上に向けて伸ばす。

「それを返してください!!」

そのとき、横からリツキが叫んだ。
重機の音で二人が駆け寄る音に気づいていなかったらしく、
心の雫の受け渡しのやり取りを見守っていた人たちが全員リツキとラクスに視線を向けた。

「お願いします、返してください!」

リツキの後ろから走ってきたラクスもリツキの隣で手を合わせて懇願する。
しかしジャバは宝石を受け取ろうとした手を止めて首を横に振った。

「これは大切な展示品じゃ。施設が完成するまで安全な場所で保管しておくんじゃよ」
「展示品って・・・」
「宝石が野ざらし、雨ざらしになっているなんてとんでもないからのう」

そう言うジャバに、リツキは必死に詰め寄る。

「ジャバさん、それはこの島の宝物なんです。それがないと・・・」
「島に伝わる宝物、なんてものはやはり集客効果も大きいじゃろうな。
・・・そもそも、この島はワシのものなんじゃぞ。この島にあるものは全部ワシのものじゃ」
「・・・・・・。」

土地や権利の話はよく分からないが、今はその目の前にある宝石がどうしても必要な状況である。

・・・どうする、力ずくで奪いたくないし、心の雫を今持ってる人が邪魔するだろうし・・・。
今は手持ちポケモンがいないし、ラクスにラティアスの姿になってもらって戦うわけにも行かない。

どうしようどうしようと考えを巡らせるリツキをラクスは不安そうに見ている。
そのとき、ジャバが どれどれ、と改めて心の雫に手を伸ばした。

「ほう、思ったよりも軽いんじゃな」

ジャバの手に心の雫が渡った途端、中の水が赤黒く、さらに暗く渦巻き始めた。

「な・・・なんじゃ?」

その渦は止まらず、指の間から黒い光がドロドロと漏れ出す。
それに驚いたジャバは宝石を落とさないようにしながらも顔を遠ざける。

心の雫の表面に一気にヒビが入ったかと思うとついに、パーン、という高い音を立てて粉々に砕け散ってしまった。

「!!」
「どっ、どういうことじゃ?力を入れていないのに割れてしまったぞ!?」

リツキは目の前で起きたことが信じられなかった。
黒く光る破片が辺りに散らばり、ゆっくりと消えていく。

幻を見ているかのように伸ばした手の中に入った小さなカケラも、溶けるように消えてしまった。

「心の雫が・・・」



一同が驚きのあまり動けないでいると、後ろから大きな音が聞こえた。
はっと我に返ったリツキは、ラクスと顔を見合わせた。

二人は駆け出し、ラクスはリツキの前を走りながらラティアスの姿になった。
そのラクスの背 目掛けて飛び乗り、二人は空に舞い上がる。

「い、今のは・・・?伝説のポケモン・・・!?」

その場に残された人たちも、二人を追いかけて走り始めた。



二人はフォトラ広場に戻ってきた。
人の気配はなく、住民たちは安全な場所に避難しているようだ。

石畳がえぐれて土煙をあげている先に、鉄の柵にぶつかって倒れているアルゴがいた。
そのアルゴを攻撃した者がいるであろう方向をリツキは見上げる。

そこには、ラクスが言ったように見たことのないポケモンが浮かんでいた。

「あいつが・・・デオキシス・・・」

デオキシスは視界に入っているであろうリツキとラクスを全く気に留めず、
アルゴに向かってナイトヘッドを放った。

「お兄ちゃんっ!!」

ラクスは素早くアルゴの前に出て りゅうのいぶきを放つ。
撃ち合いになったが徐々に押され、相手の攻撃の強さにラクスは吹き飛ばされた。

攻撃を邪魔されたことが気に入らなかったのか、アルゴの後ろに飛んだラクスにデオキシスはさらに追撃を加える。

「ラクス!!」

その攻撃はわずかに狙いを逸れたようで、ラクスの横で爆発を起こした。
リツキはどちらに駆け寄るか少し迷ったが、目を閉じたまま動かないアルゴの顔の横にしゃがみ込んだ。

「アルゴ、アルゴ、しっかりしろ!大丈夫か?」
「・・・リツキか・・・」

うっすらとアルゴが目を開けた。
目蓋からルビーのような美しい目が現れ、リツキは少し安心する。

「あいつが・・・神話に出てくる、侵略者なんだな・・・?」
「・・・デオキシス。私がかつて島の奥深くに眠らせたポケモンだ。
しかし・・・何も知らない誰かが彼を目覚めさせてしまったらしい」
「そうか・・・ちくしょう、何てことするんだよ・・・!」

リツキは強く手を握り締めた。
アルゴは苦しそうに顔を上げてデオキシスを睨みつける。

「なんとかして、あいつを止めなければ・・・」
「デオキシスは何が目的なんだ?」
「・・・奴は、この島にある建物や人々をすべて排除するつもりでいる」
「え・・・!」

まさかそれを穏便に行うとは思えない。
アルゴやラクスに対する容赦ない強力な攻撃が建造物や住民に向けられたら。
想像を途中でやめて、リツキは身震いした。

リツキの近くにいると思っていたラクスがいないことに気づいたアルゴは視線を左右に動かす。

「ラクスは・・・?」
「デオキシスに攻撃されて、少し後ろで倒れてる。もしかしたら気を失ってるのかも・・・」
「そうか・・・・・・くっ!」
「お、おいっ!動くなよ、アルゴの方がどう考えても重傷だって・・・!!」

そんなやり取りをしていると、聞き覚えのある声がフォトラ広場に近づいてきた。
リツキがその方向に目を向けると、ジャバたちがいた。
先ほどの工事現場はそう遠くなかったが、ジャバが息を切らせていないのを見るとポケモンに乗ってきたのかもしれない。

リツキは怒りに任せて彼らに向かって叫んだ。

「おい!!お前たちがあちこちで滅茶苦茶な開発するからこんなことになったんだぞ!!
神話は本当だったんだ、あのポケモンを目覚めさせたのはお前らだ!!」
「・・・・・・!」

空に浮かんでいるデオキシスと、アルゴとの戦いのせいで柱が崩れ石畳がめくれ上がり地面が削れ、
柵や像が壊れているのを見回し、ジャバたちは動揺して何も言えないようだった。

そこに素早くデオキシスが降下してきた。

「うわっ・・・」

目の前に突然現れた不気味な存在に、一同は立ち竦む。
デオキシスは攻撃の動作に入り、人間たちの目の前で螺旋状の手を開いて腕を伸ばした。

危ない、とリツキはそこに向かって走り、ジャバたちの前でデオキシスの肩を両手で押さえる。

「ぐっ・・・・・・馬鹿、早く逃げろ!!」

視線は前に向けたままリツキが叫んだ。

「・・・う、うわああああ!!」
「助けてー!!」

リツキの声に我に返り、全員が半ばパニック状態で脱兎の如く逃げ出していく。
ジャバも老人とは思えない走りっぷりで建物の間に消えていった。

ぐぐぐぐ、とデオキシスと押し合いになりリツキは精一杯押し返す。
だが不意に、デオキシスは力を緩めた。

「わっ・・・?」

突然押される力がなくなりリツキは前によろけた。
デオキシスはジャバたちが逃げていった方角を見下ろしながら少し高い位置に浮かぶ。

「・・・随分と、心の穢れた者たちだ。この島はあのような人間で満ちてしまったのか」

脳に直接響くような恐ろしい声に怯まず、リツキはデオキシスに向かって言った。

「お前こそ、侵略者なんだろ!人が住んでいるところをこんなに破壊して回って・・・」
「ほう・・・そのように伝えられているのか。やはり都合のいいように作り変えられているようだな」

デオキシスの嘲笑を含んだ声に、リツキは目を見開く。

「ど・・・どういうことだよ?」

デオキシスは捩れた手をくるりと戻し、両腕を広げた。

「ここは、私の大地。・・・侵略者は、お前たちの方だ」
「えっ・・・?」

リツキは思わず後ずさる。

「この島の核は、元々大きな隕石だった。私はそれに乗って宇宙からやってきた」
「宇宙から・・・!?」
「その岩は徐々に大きくなり、島となり、やがて人間が勝手に住み着いていったのだ」
「そ・・・それじゃあ・・・」

混乱しているリツキを尻目にデオキシスはさらに高く浮かび上がる。
そして、二人のやり取りを息も絶え絶えな状態で見ていたアルゴを見下ろした。

「・・・放っておいても勝手にくたばりそうだが・・・ラティオス、二度も私の邪魔をしてくれたお前には、
感謝をこめて最高の贈り物をしてやらねばな」
「あっ・・・!!」

そう言うと、デオキシスは向きを変えて高速で飛び去ってしまった。
それを目で追っていたリツキだったが、完全にデオキシスの姿が見えなくなるとアルゴへ駆け寄った。

首を上げているのがやっとだったアルゴは、肩で息をしながら砕けた石畳の上にぐったりと顔を乗せる。

「まずい・・・あいつを逃がしては・・・」
「アルゴ、それよりお前の手当てをしないと」

小さな傷は数え切れず、深い傷も目を覆いたくなるほどいくつも刻まれている。
しかし、アルゴはリツキの言葉を遮った。

「リツキ」
「な、なに?」
「ラクスに頼んだのだが・・・心の雫は、持って来てくれたのか?」

そうだった、とリツキは顔を歪める。
しかし誤魔化している暇はないので、意を決して言うことにした。

「それが・・・玉水の塔から心の雫が持ち去られて、ラクスと二人で返してもらいに行ったんだ。
でも、ジャバさんが心の雫を触った時に・・・」

そこまで聞いて、アルゴは目を伏せた。

「・・・“穢れた心で雫は失われる”・・・か」
「・・・うん」
「砕けてしまったんだな・・・」
「・・・・・・。」

それ以上何も言えず、リツキは黙り込んだ。
アルゴも考えあぐねていたが、はっとして首を上げて後ろを振り返った。

「ラクス・・・」
「お、おい」

無理に起き上がろうとするアルゴをリツキは支えた。
その途中でアルゴは人間の姿になった。

そしてアルゴはふらふらとラクスに近づいていく。
肩を支えて歩こうとしたのを既にラクスしか見えていないアルゴに気づいてもらえず、
倒れ込まないかハラハラしながら後ろからついて行った。

「・・・ラクス」

アルゴがラクスの額に手をかざすと、ラクスも人間の姿になった。
うつ伏せに倒れているラクスの腕を取って体の方向を変えて抱え上げようとする。

「ま、待て待て」

さすがにそれは止めに入り、ラクスの手を引っ張ってリツキが背負った。
ラクスの後ろには崩れかかっている大きな石像を乗った柱があったので安全な芝生の上に移動させる。
仰向けに寝かせたが、ラクスは意識を失ったままだった。

ラクスを見下ろしながら、リツキがぽつりと言った。

「・・・アルゴ、俺のポケモンたちで・・・」
「ん?」












     





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