◆◇水の楽園の守護者◇◆ -水の都の護神ラティアスとラティオス Another Edition-






「う、うん、誰も住んでない島だよ。土を掘り起こしてたみたいなんだけど・・・」

険しい表情のまま、アルゴはラティオスの姿になった。
そしてふわっと浮き上がり、リツキを見下ろす。

「リツキ、すまないがここにいてくれ!私は・・・島の様子を見てくる!!」
「え、ちょっと・・・」
「お兄ちゃん!!」

猛スピードで、アルゴは飛んでいってしまった。
その後をラクスも必死に追いかける。

リツキも壁までは手を伸ばして走ったが、飛ぶことができないリツキはそれ以上追うことはできなかった。

「ど・・・どうしたんだろう・・・・・・うわっ」

また遠くから爆発音がした。
丁度、二人が飛んでいった方角だったが森の木々と島の奥の崖に隠れてその小さな島というのは見えない。

飛び降りるわけにもいかないし、待っているしかないのかともどかしくて仕方がない。
何とかできないだろうかと考えようとした時、後ろから突然声が聞こえた。






なんだろうと振り返って壁の方に歩き出そうとしたとき、下からエアームドとボーマンダが現れた。

「な、なんだ・・・?」

ポケモンにそれぞれ一人ずつスーツ姿の男性が乗っており、塔の中心に降り立った。
2匹のポケモンは壁の上に立って待機している。

「な・・・何しに来たんだよ!こんな高いところまで・・・」

それはジャバと一緒にいたその側近らしき見覚えのある人物だった。
二人はリツキの声が聞こえてこちらをちらりと見やったが、全く気にしない様子で周りを見回した。

そして、心の雫が収められている台座に一直線に向かって行った。
何をする気だとリツキが見ていると、こともあろうに一人の男が台座の水の中に手を突っ込んだ。

「?!・・・おい、やめろよ!!」

驚いている暇もなく、全力で台座に駆け寄る。
しかし水の中から手が引き抜かれたとき、男の手の中には心の雫があった。

「!!」

夢中で心の雫を持っている腕にしがみつく。
しかし、立って見ていた方の男にあえなく引き剥がされてしまった。

「うわっ!」

床にドンと尻餅をついて転がり、帽子が手の近くに落ちた。

終始無言の男たちが気味が悪かったが、リツキは素早く立ち上がり帽子をかぶり直す。
そして二人の背中に向かって叫んだ。

「心の雫をどうする気だ!?それはこの島の宝物なんだぞ!!」

リツキの声にやっと反応して、心の雫を持っていない方の男が振り返った。

「だからこそ、安全な場所に移動するのだ。これは島にできる施設の一つの展示室に安置されることになる」
「なっ・・・」
「貴重な展示物だからそれまで保管しておけとのご命令だ」
「命令って・・・ジャバさんのか!待てよ、それがないと・・・」

そこまで言って、リツキは心の雫の変化に気づいて顔を引きつらせた。
先ほどまで澄んだ色をしていた宝石は、見る見るうちに赤黒く濁っていったからである。

「私は言われたとおりの仕事をしているだけだ、抗議は会長にするがいい」
「おい、待てって・・・」

二人は慣れた様子でひらりとそれぞれのポケモンに飛び乗った。
リツキは壁に向かって全力で走って手を伸ばすも、
ボーマンダのしっぽに触れそうなあと少しのところで手が届かなかった。

「おいっ!!待てよ!!おーい!!」

待て、返せとポケモンたちの後姿に向かって叫ぶも効果はない。
二人の姿は塔からは見えない建物の奥に消えてしまった。

どうしよう、と小さく呟いて壁から手をだらんと下ろした。
叫び続けたことによって息切れしている呼吸を整えながら、必死に考える。

「心の雫がなくても少しは大丈夫だってアルゴは言ってたけど・・・どうしよう、
何とかして早く取り戻さないと・・・!」

塔の下を覗き込んでみたが、目が眩みそうな高さでとても大きなフォトラ広場ですら小さく見える。
あまりの高さに、地上を歩いている人も見えなかった。

周りを見回すもよく晴れた空が広がっているだけで、当然誰もいない。
空を飛んでいるポケモンもいないようだった。

「非常階段とか・・・ないよな・・・」

塔の中を走り回るが、中心にある台座とアルゴとラクスが寝ている場所と思われる屋根があるスペース、
絵と読めない文字が書いてある石板でできた壁がある部分などは見つかったが
飛べるポケモン二人が住んでいる場所だけあって出口のような場所はどこにもない。

また壁に駆け寄り、何もしないよりマシだと思い 外に呼びかけることにした。

「おーい!!誰か来てくれー!!ベルトレー!アパタイト!!どっかにいたら返事してくれー!!」

全力で叫ぶが自分の声以外の音は一切しない。
それでも何とかして塔から降りようと、身を乗り出しながら呼びかけ続けた。






アルゴとラクスはベイシック島の北に向かって高速で飛んでいた。
姿を消しているため途中で島民とすれ違っても大きな風が吹いたとしか思われていない。

ラクスの案内で飛び続けていたが、工事が行われている場所を通り過ぎるたびにアルゴの表情は曇っていった。

「・・・こんなところでも工事が行われていたのか。まさかあの島でも・・・」

ラクスが無言で振り返って合図をすると、スピードを急に落として空中で停止した。
それを見ていたアルゴも同時に止まる。

「もう少し飛んだら見えてくる、ベイシック島からちょっと離れたあの島・・・」

指を差す先を見て、アルゴは顔をしかめた。

「あんな小さな島にも人間たちが・・・」

そう言いかけたとき、少し先の海に巨大な水柱が立った。
ドーン、という大きな音も聞こえてくる。

「・・・・・・!!」

アルゴは海に向かって飛んだ。
慌ててラクスもそれに続く。

小さなボートが爆発を起こしたようで、船は水上で真っ二つになっていた。
衝撃によって発生していた海面の泡が消えると、乗っていた作業員の男性二人が顔を出した。

アルゴは素早く一人の肩を掴んで海から引っ張り上げた。

「な、なんだ・・・!?」

助けられた男性は急に浮かんだ体に慌てて暴れた。

「動くな!!陸までじっとしていろ」
「・・・・・・。」

頭上から大きな声がして、大人しくなった。
隣ではラクスがもう一人を引き上げている。

「うわっ・・・!?」
「このポケモンは・・・!!」

二人の男性はお互いを助けているポケモンの姿を見て声を上げた。
しかしアルゴは無言で方向を変えて陸地に向かって飛んだ。
ラクスもそれについていく。

安全な砂浜に到着して二人を下ろし、再びアルゴとラクスは空に向かって行った。

「・・・なんだ、今の・・・」

助けられた二人は呆然とアルゴとラクスを見送ることしかできなかった。



ベイシック島の一番北に位置する島が、ラクスが目指していた島だった。
空中から見下ろすと島の形がよく見える。

森に縁取られた、三角形の島だった。

島の様子をしばらく見ていたアルゴだったが、意を決したかのように小さく頷いた。
そして、一気に下降して二人は島に入っていく。

そのとき、再び爆発音が辺りに響いた。
飛んでいく先に工事をしている広場があり、そこから聞こえてきていた。

爆発したのはショベルカーのようで、人が乗る部分の下から黒煙を上げている。
そしてバランスを失ってゴゴゴと大きな音を立てながら倒れ始めた。

「危ないっ!!」

なんと重機の近くに作業員が倒れており、その上にショベルカーは倒れ掛かっていた。
アルゴは背でショベルカーを受け止めた。

「ぐっ・・・!!」

爆発の衝撃でむき出しになった金属片がアルゴの背に突き刺さった。

「お兄ちゃん・・・!!」

ラクスは悲鳴を上げたがアルゴは何とか空中で停止している。
そしてラクスに向かって叫んだ。

「はやく、その人間を・・・!」
「う、うん!」

ラクスは急いで倒れている人間の肩を持って遠い場所に移動させた。
それを確認してから、アルゴは力を抜いて地面に倒れ込む。

坂になっている場所だったため、壊れたショベルカーはアルゴの背から
さらにもう一度大きな音を立てて転がってから砂煙を上げながら止まった。

「はあ、はあ・・・」
「お兄ちゃん・・・背中、すごい傷に・・・」
「・・・ラクス、他に人間はいないか」
「え、えっと・・・」

周りを見回すが、他の機械には人は乗っていないようだった。
アルゴは人間の姿になった。
そして、ラクスが移動させた意識がない男性に近づいていく。

ラクスは人間の姿になったアルゴの背から血が流れ出ているのを見て息を呑んだ。

「おい、大丈夫か」
「・・・・・・?」

声に反応してうっすらと目を開けた。

「・・・あんた、島の人か・・・?どうやってここに?」
「答えている暇はない、先ほど小船でこの島から移動しようとしていた者を二人助けたが、
お前の他にこの島に人間は来ているのか?」
「・・・・・・うーん」

のっそりと起き上がった男性は頬をかいて考えている。

「あ、そうだ。なんか機械が爆発したもんだから二人が知らせてくるって言ってたなあ。
俺はここで一人で待ってるって言ったけど、でっかい音がしたと思ったらショベルカーから投げ出されて
・・・気づいたらここにいたんだけど」
「・・・つまり、残りはお前だけということだな?」
「うーん、そうなるな」
「お前はベイシック島で生活する方が向いているかもしれんな。急いでいると言っただろう!」

そう言うが早いか両肩を引っ張って立ち上がらせ、ラクスに向かって放り投げた。

「わっ?!」

ラクスは男性を見事にキャッチして、そして浮かび上がった。

「なんだ、なんだ?!」
「この島には誰にも来させるな!お前も大人しくしていろ!!」
「うわー、俺、空飛んでるー?!」

という声が空に向かってフェードアウトしていくのを聞き届け、アルゴは再びラティオスの姿になった。
そして神経を集中させて辺りの気配を探る。

「・・・どこかにいるんだろう」

空を見上げてみるが、弱い風が吹いて枝葉を揺らす音以外は何も聞こえない。
体を一切動かさずに周りを見回していると、ふと空に何かの気配を感じた。

その方向に ばっと顔を上げたが、その視界の端にラクスが入ってきた。

「お兄ちゃん、あの人もベイシック島に置いてきたよ」
「ああ、ありがとう。・・・ラクス、姿を消してこちらに・・・」

言いかけて、アルゴは突然ラクスに向かって突進した。

「わっ?!」

全力でぶつかられ、空中でラクスは吹っ飛ばされた。
それと同時にラクスの目前、そしてアルゴの背後に光線が飛んできた。

「うわあっ!!」

それはアルゴの右胸に当たり、なんと斜めに肩を貫通した。
左手で胸をおさえてアルゴは痛みに顔を歪める。

吹き飛んでもう少しで海に落ちるところだったのを空中で止まって体勢を立て直したラクスだったが、
アルゴを見て今の謎の攻撃からかばってくれたんだということを理解した。

「お・・・お兄ちゃん・・・」
「ラクス、姿を消すんだ」
「・・・う、うん」

背と肩に激痛が走ったが、アルゴは何とか意識を保とうと首を振る。
ラクスが姿を消したのを見て、小さな声で言った。

「・・・どこかに、赤色と青色の手足が長いポケモンがいないか?」
「えっ・・・?」

そんなものはラクスは見たことがなかったが、見つけ出そうと必死に空を見回す。
アルゴも首を伸ばして背後や眼下に広がる海を観察した。

そのとき、ラクスが あっ、と声を上げた。

「い・・・いた・・・」
「・・・・・・!!」

ラクスの視線の先を見ると、そこには赤い体で青色の顔をした無機質なポケモンが浮かんでいた。
赤と青の細長い手が左右に伸びており、それぞれが螺旋状にねじれ合う不思議な形をしている。

アルゴはそのポケモンを見て、焦りの表情を浮かべた。

「・・・デオキシス・・・!」
「え・・・?」

そのポケモン、デオキシスはアルゴとラクスを既に見つけて見下ろしていた。
両腕を横に伸ばすと、その手の先は赤とも黄色とも言えない奇妙な色に輝き出した。

攻撃が来ると察したアルゴは、とっさにラクスの前に出る。
デオキシスは容赦なく、高速の光線を放った。

「くっ・・・!!」
「・・・きゃっ・・・!」

光の壁を作り出して何とか耐えたアルゴだったが、それでも光線に押されてラクスにぶつかった。
光線は光の粒になって二人の周りに散って消えていく。

アルゴはデオキシスに向かって叫んだ。

「やめろ、デオキシス!!」

その声が聞こえたのか、ゆっくりとデオキシスは二人と同じ目線の高さまで下りてきた。

攻撃を防いだアルゴとぶつかった時に集中が途切れ、ラクスの姿も見えてしまっている。
ラクスはその不気味な姿のポケモンに震え上がった。

デオキシスはアルゴとラクスを順番に見て、小さく頷く。

「・・・ラティオスか」

聞こえてきた声は、まるで機械にかかったかのような何重にも聞こえる不思議なものだった。

「私は永い眠りから、たった今 目覚めた」

デオキシスの声に合わせて、絡んだ手が解けてまた戻るを繰り返している。

「私を再び起こした愚か者たちに制裁を加えてやる」

その言葉に、アルゴは素早くデオキシスの前に飛んでいった。
ラクスは怯えて動くことができなかった。

「何をする気だ?!」
「簡単なこと・・・元に戻す。それだけだ」

デオキシスの目がまるで恒星のように瞬いた。

「この島を私だけの静かな大地に」
「ま、待て!」

アルゴの上を飛んで行こうとしたデオキシスに、必死に呼びかける。
デオキシスは空中でゆらりと回転して振り返った。

「・・・また私と戦う気か?長年力を蓄えた私にお前が敵うわけがない。
それとも・・・もう一つの約束を果たすというのか」
「それは・・・」

アルゴは気まずそうに目を逸らした。
二人のやり取りをラクスは心配そうに見つめている。

「“私が目覚める時に、私に相応しい主を連れてくる”という約束は・・・。
この島も大分人間が増えたようだが・・・そうだな、一回り見てきてやろう」
「それは駄目だ!!」

首を横に振って両手を広げ、デオキシスの前まで飛んで停止した。
腕を動かしたことにより傷を負っている肩に強い痛みが走る。

それでもアルゴはデオキシスを真っ直ぐ見た。

「・・・・・・」

デオキシスは何も言わなかったが、その後ろでラクスは恐る恐る口を開いた。

「お兄ちゃん、どうして・・・?」

その言葉に、アルゴは低い声で言った。

「・・・この島には一人もポケモントレーナーはいない。
デオキシス、お前の眠りを妨げた愚かな人間は島の者ではないんだ。
もうこのようなことはさせないと誓う、だから・・・」

アルゴが言い終わらないうちにデオキシスは鞭のように片腕を伸ばした。
首を締め付けられて、アルゴの言葉はそこで止まった。

「ぐっ・・・」
「約束は履行されなかった。それならばどうするかは決まっていたはずだ」

アルゴの首を掴んだまま腕を振り下ろす。
空中に放り出されたアルゴに向かって、デオキシスはシャドーボールを放った。

「お兄ちゃん!!」

海に突き落とされたアルゴを追いかけてラクスは水に潜った。
その様子をデオキシスは無言で見下ろしている。

アルゴを水中から押し上げて二人は海面にザバっと音を立てて顔を出した。

「大丈夫・・・?」

ラクスの心配そうな声にアルゴは言いたいことがたくさんあったが、
口に入った海水を横を向いて吐き出してからデオキシスがいる方を見上げた。

まだそこにデオキシスがいることに安堵し、ラクスに小さな声で言った。

「・・・ラクス、心の雫を持ってきてくれ」
「心の雫を・・・?」
「デオキシスと互角に戦うために、今はどうしても必要だ。・・・取ってきてくれ」
「うん・・・!」

アルゴを置いて行きたくなかったが、島の宝を持って戦うというアルゴの決意を悟って
ラクスはなるべく力強く頷いた。

海から浮き上がったラクスは両手を折り畳んで、素早く玉水の塔に向かって飛んでいく。
そのラクスに向かってデオキシスは力をためて光線を放った。

「やめろっ!!」

アルゴは力を振り絞ってデオキシスの前に高速で飛んでいき、その攻撃を身に受けた。
ラクスの方向に向けていた腕を すっと下ろして、アルゴを睨みつける。

「・・・仕方ない・・・まずはラティオス。お前から静かになってもらうとするか」






声が枯れるほど助けを呼び続けたリツキだったが、
いくら経っても進展がないためついに壁を乗り越えて壁の模様に手をかけて塔を下り始めていた。

「下を見たらダメだ・・・前だけを見ろ、前だけを・・・」

遥か下にはフォトラ広場があるが、そこまで体力が持つかは自分でも分からなかった。
それでもじっとしてはいられなかった。

リング状になっている壁の飾りを雲梯のように伝い、何とか柱まで辿り着く。
そこから柱の丸い模様に足と手をかけて、少しずつ少しずつ下りていった。

「一気に力を抜いて下りたら・・・ダメだよな、やっぱり・・・」

棒を伝ってするすると下りるイメージで素早く降下したくなったが、
柱は力を込めればすぐに停止できるような太さと構造ではない。

足をかける場所をしっかり探し、大丈夫だと確認してから手の位置をずらす。
あと何回その作業を繰り返せば地面に降り立てるのか不明だが、
なんとか少しずつずるずると高度を下げていった。

しかし。

「・・・え。うそ・・・塔の模様、ここまでしかないの・・・!?」

足を伸ばしたが引っかかるものがない。
もう少し下にあるだろうと思って伸ばしたものの、そこで凹凸のある模様は終わってしまっていた。

足を元の位置に戻そうとしたが、なんとその拍子に両手がずるっと手前にずれて、
リツキの体は大きく傾いて塔から離れた。

「・・・え、え?」








     





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