◆◇水の楽園の守護者◇◆ -水の都の護神ラティアスとラティオス Another Edition-






「帰んなさいよアンタたち!!」

階段の途中でリツキもぎょっとして足を止めて少しだけ振り返った。
その声は、この宿屋の主人ミュラのものだった。

「お客様はジャバさんと他3名だけのはずだけど?もうチェックインの時間はとっくに過ぎてます。
さ、アンタたちも島に勝手に建てた小屋に帰ってとっととおやすみなさい!!」

ミュラの剣幕に、何十人もいる作業員達がシーンと静まり返った。
ジャバだけはミュラを見上げて笑っている。

やがて一人、また一人と出口に向かい始めて宿屋のロビーには泣きつきに来た人たちはいなくなっていった。

「はっはは、変わらず気が強いなミュラちゃんは。ベイシック島に来ても変わらんとはね」

ジャバは服を正しながら首を横に振った。
じとっとジャバを見ながら、ミュラが反論する。

「これでもかなり穏やかにおおらかになったんですけど・・・」
「ワシの秘書だった頃と何も変わらんと思うがな。さて、ワシたちもおやすみするか」
「・・・・・・。」

ボディガードに囲まれて、ジャバも部屋に戻っていった。
恨めしそうにその後姿をミュラも見つめていたが、ジャバが部屋に入るのと同時に我に返り、
カウンターから出てきて宿屋の扉を閉めた。

「はーあ、この建物には鍵はないけど、こんなことになるならつけた方がいいのかなあ・・・。
この島でそんなことを考えなきゃいけなくなるのも、私のせいだよね・・・」

ミュラが叫んだ時は驚きながらも平静を装って階段を上り続けていたリツキだったが、
3階に戻ってからも部屋には入らずにミュラとジャバのやり取りをこっそりと聞いていた。

だが特に何も言うことはなく、チオを抱きかかえたまま片手で部屋の扉を開けて足元にいた
エノールとエナミンを先に部屋に入るように促してから自分も部屋に入り、力なく扉を閉めた。

部屋の真ん中までゆっくりと歩いてきたが、立ったまま下を向いたまま動かない。

「・・・あのう、リツキさま・・・」

恐る恐るベルトレーがリツキの顔を覗き込んだ。
その表情を確認して、驚いて ばっと飛び退く。

ベルトレーの反応にリツキが苦笑しながら顔を上げた。

「・・・ハハ、ごめん・・・なんか、こんな挫折感ってか無力感ってか・・・久々でさ・・・」

とぼとぼとベッドまで歩いてくるりと方向転換して腰をかける。
膝の上に乗る形になっていたチオをそっと床に両手で置いた。

恐る恐るリツキを見上げ、そして申し訳なさそうにチオは目を逸らした。

「リツキ・・・ぼくのせいで、せっかくの作戦が・・・」
「いーんだよ」

両膝に両肘を置いてチオを見下ろす。
その表情は少し悲しげだったが穏やかだった。

そして左手に持っていたボールを投げてアパタイトを出した。

「・・・ん?あれ、俺、どんぐらい寝てたんだ・・・?ここ、宿屋の部屋?」

アパタイトは全身が傷だらけで見るからに痛々しい姿で、声も心なしかかすれていた。
キョロキョロと辺りを見回すアパタイトに、リツキは顔をゆがめた。

「あいつらひでーんだぜ。チオを守ろうとしたら電光石火をいきなり食らって、
数の多さにビビッて逃げようとしたら追い討ちだよ。そのあとはもう袋叩きされちゃって」
「・・・・・・。」
「まあ、まだ明日があるしよ。また考えようぜ」
「・・・・・・いや、いいよ」

リツキは消え入りそうな声でそう言った。

「・・・酷い目に遭わせてゴメンな。俺が悪かった。俺が全部悪いよ。・・・ちょっと、頭冷やしてくる」

みんなはもう休んでくれ、と言い残してふらふらしながら窓のそばまで歩いていった。
近づいて励ましたかったが、今まで見たこともないほど落ち込んでいるリツキを見て、
ポケモンたちは気まずそうに目をチラリと合わせるだけだった。

開いたままの窓からふわっと風が吹き込んでくる。
リツキは窓枠に両腕を置いて、顔を伏せた。

「アルゴとラクスに・・・明日なんて言おう・・・」






次の日の朝、落ち込みすぎてほとんどポケモンたちとしゃべらないまま朝食の時間は終了し、
「今日は全員好きに行動していい」とだけ言い、リツキは一人で宿屋を後にした。

朝食を用意したミュラもポケモンたちも、リツキの元気のなさを心配したが
掛ける言葉が見つからなかった。

ほぼ毎日が快晴のベイシック島は今日もよく晴れており、外を歩くだけでリツキは少し気分が落ち着いた。
だが、この素晴らしい島が変わってしまう、それを守れなかったと思うだけでまた気が滅入る。

道行く人たち、島で暮らす人たちは明るく挨拶をしてくれてそれになるべく笑顔で返して
また気分が晴れるも、あの人たちの生活はどうなっちゃうんだろうと考えてまた暗くなる。

その繰り返しをしながら、とぼとぼとフォトラ広場へ向かうのだった。

「・・・アルゴとラクスにも手伝ってもらって・・・上手くいくと思ったんだけどな・・・」

気づけばフォトラ広場の石畳の上を歩いており、顔を上げると玉水の塔が聳え立っているのが見える。
先日はその周りで子供たちとラクスが一緒に遊んでいたが、今日は子供の姿はない。

代わりに、アルゴが人間の姿で一人で立っていた。
アルゴを見て、リツキは思わず目を逸らす。合わせる顔がない、と思った。

自然と足取りが重くなるもアルゴがリツキに気づいてしまい、
どうしようと慌てたがアルゴはリツキに手を振りながら歩いてくる。

「リツキ、おはよう」
「・・・ああ、おはよ」
「元気がないじゃないか、どうしたんだ?」
「・・・・・・。」

どう話したものか、と考えるがいい話し方は浮かんでこなかった。
だがそれよりも先に、気になることを尋ねてみることにした。

「・・・ラクスは?」
「ん?ラクスはリツキが来るまで散歩してくると言っていたぞ。かなり経つからそろそろ帰ってくるだろう」
「そっか・・・」

ラティアスの姿で?それとも人間の姿で?と尋ねようとも思ったが、もはやそんな気力もなくなっていた。
大きくため息をついて、それ以上は何も言えない。

そんなリツキの姿を見て、アルゴは何となく事態を察する。

「・・・リツキ、昨日のあの作戦は・・・上手くいかなかったんだな?」
「・・・・・・。」

どう言うのがいいかなとアルゴは少し考えたが、ストレートに尋ねてみることにした。
顔を覗き込みながら、なるべく口調を明るくして言う。

またため息をついてから、アルゴと視線だけを合わせた。

「・・・さすが、分かっちゃうか・・・いや、分かるか・・・」

あまりに落ち込んでいる姿に思わず ふふっと笑ってしまい、そしてリツキの肩を軽く叩く。

「リツキの周りだけ雨が降りそうだな。・・・元気が出る場所に連れて行ってあげようか」
「・・・・・・え?どこ?」
「こっちに来い」

ガックリと落としていた肩を押されてバランスを崩したところで腕を引っ張られる。
フォトラ広場に面している森に入っていくようだった。

なんだなんだとリツキが思っていると、木の陰でアルゴはラティオスの姿になった。
くるりと後ろを向いて、首だけリツキの方に向ける。

「ほら、背中に乗れ。」
「・・・どこ行くの?」
「行ってみてのお楽しみだ」

とりあえずアルゴに乗ると、木々の間めがけて勢いよくアルゴは飛び立った。
眼下に広がるフォトラ広場がぐんぐん小さくなっていく。

アルゴの首にしっかりつかまりながら遠くに視線を移すと、
島に立ち並ぶ民家とそれを守るように位置しているベイシック島の山々が見えた。

「うわっ?!」

突然アルゴは空中で止まり、リツキは上に跳ね上げられそうになった。
見てみると、そこはなんと玉水の塔の頂上だった。

アルゴが床の近くで止まったので、恐る恐るアルゴから手を離して降りる。
塔の頂上はお盆のような形の広い空間になっていて、壁と大きな石の柱で囲われていた。
中心には凝った彫刻が施された台座が立っている。

「ここが玉水の塔の頂上だ。私たちはここからベイシック島を見守っている」
「す、すごい・・・こんな高いところに頂上があるのか・・・!」

壁に駆け寄って手をつき外を眺める。
水平線まで見えるほど高く、ベイシック島の周りの小さな島々の他はひたすら海が広がっていた。

しばらく感動のあまりぼーっと景色を見ていたリツキだったが、
アルゴに背中を叩かれて我に返る。

「もう一つ、見せたいものがある」
「なに?」

壁から離れてアルゴの後ろをついていく。
アルゴは中心にある台座の前で立ち止まり、リツキはその中を覗き込んでみた。

「・・・・・・。」

台座の上はバードバスのような形になっており、
中には塔の下から引きこまれているのであろう水が循環していて全体が美しく揺らめいている。

そして、その中心には透明で淡く輝く丸い宝石がはめられていた。

「・・・これ、もしかして・・・」
「ベイシック島の神話に語り継がれる島の宝物「こころのしずく」だ。
その宝石には水を浄化する力があり、それがそこにあるからこそ島には水が行き廻っている」
「・・・・・・!」

ミュラや島の長老のコボルから聞いた宝物が目の前にある。
その神秘的な存在と宝石の美しさに、リツキは言葉を失った。

「・・・・・・どうした?」
「・・・ううん・・・か、感動しすぎちゃって・・・」
「ははは」

涙ぐんでいるリツキを見てアルゴは肩を震わせて笑う。
そんなに喜んでくれるとはな、とリツキを落ち着かせるように背を優しく叩いた。

そして、水の中にアルゴは手を入れた。

「えっ」

リツキはそれに驚いたが、アルゴはしっかりとはまっている心の雫を揺り動かして外してしまった。

「ちょ、ちょっと、外しちゃって大丈夫なのか!?」
「少しの時間なら問題はない。島中には十分すぎるほどの水が行き渡っているからな」
「そ・・・そうなんだ」

ハラハラしながらも何とか頷く。
リツキの動揺を知ってか知らずか、アルゴは心の雫を手のひらに乗せてゆらゆらと揺らした。

「この宝石は名前の通り「こころ」を映す。
“清い心で雫はあふれ、穢れた心で雫は失われる”という言い伝えがあるんだ」
「触る人の心を映すってこと・・・?」
「そういうことだな」

アルゴの手の中で心の雫は何とも澄んだ色で静かに輝いている。
中に入っている小さな気泡が水と共にゆっくりと回っていた。

「・・・・・・俺も、触ってみていいかな」

ものすごく緊張しながらも、リツキはそう言った。

「清い心を持っているならな。自信はあるか?」
「あ・・・・・・ある」
「ふふっ、大丈夫だろうリツキなら」

ほいっ、と宝石を扱うとは思えない軽さでリツキに心の雫を片手で手渡した。
思わずそれを両手で受け取る。

「おい・・・割れたらどうすんだよっ」
「平気だ、落としたって割れることはないぞ」
「そ、そうなの?」

リツキの両手のひらの中で心の雫は薄い青色に光った。
中の水がくるくると回転しているのが見える。

「・・・どう?」
「上出来だ。とても真っ直ぐで・・・純粋な色だな」
「よかった・・・」

心から安堵して息を吐き出す。
その息は、ついさっきまで何度もついていた深いため息とは大分違っていた。

割れないと分かっていても持っているのは不安で、早く取ってくれと言わんばかりに
リツキは心の雫を持った両手をアルゴに差し出し、
アルゴはそれをひょいと受け取って台座の水の中に戻した。

水の中におさめられた心の雫は、再び自分の中と外の水を循環させ始めた。
それをじーっと見届けて、リツキはいよいよ安心して全身の力を抜く。

「・・・・・・あれ」

気づけばアルゴは壁の方に移動してリツキに背を向けていた。
リツキはアルゴに駆け寄る。すると、背を向けたままのアルゴがリツキに尋ねた。

「リツキはなぜベイシック島に?・・・どこから来たんだ?」
「え?」

急にどうしたんだろう、と思いながらもアルゴの隣に移動する。
壁に両肘を置いて手の上にあごを乗せた。

「アルゴは知ってるかな。ホウエン地方ってところ」
「ホウエン地方・・・そこで何をしていたんだ?なぜポケモントレーナーに?」
「父さんがジムリーダーだっていうのもあるけど・・・俺もポケモンが大好きだからさ。
今の仲間と一緒に各地を旅してジムリーダーと戦って、ポケモンリーグに挑戦したんだ」

リツキの言葉を、アルゴは興味深そうに聞いている。

「ポケモンリーグ・・・それでどうなったんだ?」

アルゴはポケモンリーグも知ってるんだ、と思いながらリツキは言い出しにくそうに口をつぐんだ。
どうしたんだ、とアルゴは首を傾げる。
しばらくして、リツキは低い声で言った。

「・・・優勝した」
「すごいじゃないか」
「うん・・・優勝は無理だって言われてたけど、みんなが本当に頑張ってくれたんだ。
チャンピオンに勝てたのは、全部みんなのおかげだよ」
「だが、リツキの手持ちポケモンたちはリツキと一緒だから頑張れたんじゃないのか?」
「・・・そう、かな」

アルゴに言われてリツキは少し嬉しそうに頷く。
しかしそれもつかの間で、また黙り込んでしまう。

「・・・何か辛いことがあったのか?」

頬杖をついているリツキの目の前には雄大なベイシック島の自然が広がっているはずだったが、
リツキの目には今はそれらは映っていなかった。

「優勝して、1回 家があるミシロタウンに戻ったんだけど・・・毎日雑誌やテレビの取材が来てさ。
ポケモンバトルを色んな人にあらゆる方法で挑まれるし、手持ちポケモンを買い取ろうとする人まで来て・・・。
全部、なるべく丁寧に断ったけど」
「・・・・・・。」
「講演会に出てほしいとかトレーナーズスクールの特別講師になってほしいとか。
・・・なんか、優勝したことでガラっと何もかもが変わっちゃった・・・。
俺って何のためにポケモントレーナーになったのか、ポケモンリーグを目指していたのか分からなくなって」

ついにリツキは両腕の中に顔を伏せてしまった。

「毎日毎日そんなのばっかりで、そういうのに疲れたから、バトルから距離を置きたくなったから、
両親にだけ行き先を告げてここに来たんだ」

腕に遮られて少しくぐもった声で、リツキはそう言った。

「・・・そうだったのか」
「リーグ優勝を目指していた頃の俺なら、神話に出てくる伝説のポケモンなんてものすごく憧れで、
ラティアスもラティオスも、目の色変えてなんとしてでも捕まえようとしたと思うよ。でも・・・」

顔を上げて、腕の上に顔を置いて遠くを見つめた。

「今はもう、強いポケモンはほしくないな・・・なんか、全部わかんなくなっちゃって・・・」

誰かに話しているのではなく、呟くように続ける。

「目標を達成したから、目的を見失っちゃった・・・自分が今何をしたいのか、全然分からない。
チャンピオンに勝ったからって誰にも負けないわけじゃない。でも、誰にも負けないよう強くなりたいのか、
それも分からない。・・・誰かに役に立ちたいと思っても、この島を守ることもできなかった・・・」
「・・・・・・。」
「俺って、何のために旅をしてきたんだろう・・・・・・」

最後は涙声になっていた。
目を閉じたら涙がこぼれそうだったので、目を見開いたまま唇を噛む。

アルゴは苦笑して、帽子ごとリツキの頭を撫でた。

「なにを燃え尽きちゃってるんだ。目標を達成するなどなかなかできることじゃない。すごいぞ」
「・・・・・・」
「常に目標を追いかけ続けていたら疲れてしまう。走り続けるだけじゃなく、たまには休息も必要だ」

くるっと壁の向こう側の景色に背を向けて、アルゴは腕組みをして目を閉じる。

「リツキはずっと今まで走り続けていて 一つのとても大きな山をやっと越えたところなんだ、
そりゃあ息切れもするだろう。だから、今は思いっきり休んだらいい」
「でも・・・・・・」

このままじゃ島の自然や人々の生活が失われてしまうかもしれない。
というリツキが言いたいことを察して、アルゴは緩く首を振った。

「・・・ベイシック島の姿が変わってしまうとしても、それは私たちの問題だ。
リツキが十分に休憩し終わるまでは、この島は今の姿だろうから」

リツキは顔を上げてアルゴの方を振り返って見た。
しかし、アルゴの白い髪に隠されたアルゴの表情を見ることはできなかった。

「・・・休んでいる間に次の目標は見つかるだろう。今リツキがやるべきことは、やるべきことを焦らず探すことだ」

そう言って、アルゴは振り返った。
伝説のポケモンらしく、とても頼もしく見える。

リツキの頭にアルゴの言葉が何度も響いて、自然と気持ちが奮い立つようだった。

「うん・・・ありがとう、アルゴ・・・」

と、リツキが言い終わらないうちに遠くから高い声が聞こえてきた。

「おにいちゃんー!!」

声がする方を二人で見てみると、高速でラティアスの姿のラクスが飛んできている。
ラクスが玉水の塔の頂上に到着する寸前に、遠くから大きな爆発音がした。

「な、なんだ、今の音・・・!?」
「ラクス!なにかあったのか!!」

アルゴはラクスが着地した方へ駆け寄る。
リツキもその後を追った。

「怪我はないか?大丈夫か!?」
「うん、私は大丈夫・・・あのね」

よほど急いで飛んできたのか、息を切らせている。

「私、島の周りにある小さな島たちの上を飛んでたの。そのうちの一番北にある小さな島で、また工事をしていて・・・
そこで、爆発が起こったの。さっき聞こえたのもそうだと思う」
「ば、爆発?何が原因だろう・・・?」
「また事故が起こったのか?」

息を整えながら、ラクスは首を強く振った。

「・・・違うと思う。急に地面から光が出てきて、その光が破裂して・・・大きなあの機械がいくつもひっくり返って」
「・・・・・・!!」

それを聴いたアルゴは顔色を変えた。
焦った様子で、ラティアスの姿のままのラクスの肩を叩いた。

「さっき、一番北にある島と言ったな・・・?!」








     





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