◆◇水の楽園の守護者◇◆ -水の都の護神ラティアスとラティオス Another Edition-







「空を飛べば早いだろう。ほら、乗れって」
「だ、大丈夫か?モコモコしてないのが救いだけど・・・」
「なんだそりゃ。ちゃんと加減して飛んでやるから大丈夫だ。
ラクス、もしもリツキが振り落とされたら地面に激突する前にキャッチするんだぞ」
「それこそなんだそりゃだよ・・・」

アルゴの背に乗り、羽らしき部分に足をかけて首につかまった。

「お・・・おい、羽に足かけて大丈夫か?」
「なら羽より下に足を置いてて体力が持つのか?」
「ううん・・・無理」
「これぐらい私にとっては何ものっていないのと同じだ。しっかりとつかまっていろ!」
「ちょ・・・うわあっ!!」

アルゴは一気に飛び上がり、ラクスもその後を追った。
その力強い飛び方に地面にいた全員が呆然としていたが、
3人が飛んで行き見えなくなってしまったところでやっと我に返った。

「さ、さあ、じゃあぼくたちも行こうか!」
「そ・・・そうだね。スパークでオバケを演出してくるよ!」
「私も行きたいですけど残念です。ウレアとお留守番しておりますね」
「俺、こんなに体が大きくなかったら手伝えたのに・・・すみませんけどみんなで頑張ってきてください」

アパタイトがチオを抱えて羽ばたいた。
エノールとエナミンも並んで走り出す。

ウレアとベルトレーは万が一誰かが宿屋を訪ねてきたときのためにリツキが部屋にいるという
工作をするためにこのミュラの宿屋にいるようにと指示されていた。

全員を見送り、二人は宿屋の中に入っていった。






「・・・あそこだな。ラクス、リツキとこの木の上にいなさい」
「はい」
「ちょっとアルゴ、俺がトレーナーなんだぞ・・・俺に指示を出させろって」

町から離れた小高い丘に、作業員の人たちがいるであろうプレハブ小屋が立っていた。
周りにはたくさんの重機やトラックがとめてあり、木材や鉄材が積まれている。

小屋から明かりが漏れていて中にいる人たちは起きているようだった。
その様子が見える周りに生えている大きな木々の中に3人は隠れていた。

「ベイシック島の様子を熟知しているのは私の方だぞ。まあいい、それではどうするんだ?」
「そりゃ二人の方が島のことは知ってるだろうけど・・・ここに連れてきてくれたしね・・・」
「うじうじするな!早く指示を出せっ!」
「うわーん、頭突きしなくたって!」

ごんっ、とアルゴに頭をぶつけられてリツキが仰け反る。

「ちょっとお兄ちゃん!」
「いてて・・・じゃあラクス、中に何人ぐらいいるか見てきてくれよ」
「・・・へ?」
「わ・・・私が?」

驚いてアルゴはラクスを見つめた。
ラクスも目を見開いて思わず自分を指差している。

「そ、ちゃんと得意の姿を消す力を使って、窓から何人見えるか、中の構造もできたら・・・」
「待てリツキ、それなら私の方が安全で確実に」
「こらー」

アルゴの顔を両手で縦に挟んで顔を近づけた。

「俺の提案も聞いてくれって。俺はラクスに行かせたいの、妹の顔を立ててあげろってば」
「しかし、もし失敗してラクスが見つかったら・・・」
「だーっ!もう、過保護だな!!ラクスだってあの伝説に出てきたポケモン「ラティアス」なら、
相当強いだろうし戦えるんだろ?!相手は人間だぞ、逃げるのなんか簡単だろうがっ!」
「でも・・・」
「ほれラクス、お兄ちゃんに構わず行ってこい!頼んだぞ!」
「う・・・うん!」

考え込んでいるアルゴを気にしているようだったが、
リツキの手の合図と共に木からはなれて丘の方目掛けて飛んでいった。

「おお・・・かっこいいなあ・・・ほれアルゴ、妹の活躍を見てろよ」
「ラクスに何かあったら・・・」
「そのときはまた助けに行きゃいいだろうが!お前も俺の横に座って大人しくしてるの!!」

アルゴの頭を引き寄せて、無理やり自分の隣に座らせた。
ラクスは姿を消しながらプレハブ小屋に近づいていく。

小屋は3つ立ち並んでいて、それぞれの窓を確認しているようだったが、
光の当たり具合でラクスの体の輪郭がうっすらと見えるだけで細かい動きは確認できない。

ラクスを信じるか、と木々の間から目を凝らすのをやめてアルゴの頬を叩いた。

「おい、アルゴ」
「なんだ?」
「ラクスはさ、俺がモンスターボールからミロカロスのウレアを出した時に驚いてたんだ。ボールを見たことがないみたいでさ」
「そりゃ、ないだろうな」
「でもアルゴはモンスターボールのこともポケモントレーナーのことも知ってただろ?
それにさっき見せてくれた不気味なお墓の光景とかも、アルゴは見たことがあったのか?」
「・・・まあな」

小さくそう言うだけで、それ以上は何も言おうとしなかった。
まっすぐラクスがいるであろう場所を見下ろしているが、何か考え事をしているようでもあった。

「・・・なあ、俺がミュラさんに教えてもらったベイシック島の伝説のお話だと、
ラティアスがラティオスをかばって・・・その、死んじゃったっていうことになってたんだよ。
でも、二人とも今は生きてここにいるんだよな・・・?」
「・・・・・・。」

アルゴは何も言わない。
リツキはアルゴの鋭い赤い目を横からじっと見つめた。

しばらくどちらも話さなかったが、やっとアルゴが口を開いた。

「・・・言い伝えだからな。語り継がれる中、誤り伝えられることもあるだろう」
「じゃあ、どこか違うってこと・・・?」
「いいや、その伝説の大筋は正しい。・・・「こころのしずく」が誕生した時の話もな」
「え、それだったら・・・」

二人の間に ビュウ、と強い風が吹いた。
そして、枝葉の間からラクスの姿が現れた。

一瞬何が起きたか分からず ぼーっとしていたリツキだったが、はっとしてラクスに手を伸ばした。

「ラクス、お疲れ!どうだった?」
「うん、ちゃんと見てきたよ」
「よしよし!ほれアルゴ、ラクスだって一人でちゃんとやれるぞ」
「・・・まあ、何事もなければいいが・・・」

ラクスは浮かんだまま振り返って説明しようとしたが、自分の手を見てからまたリツキたちの方に振り返った。
そしてアルゴの隣のスペースに着地して、人間の姿になった。

「・・・ん?なんで人間に?」
「あ、人間の方が指が使いやすいから・・・あの小屋は、特に部屋で区切られているものはないみたい。
全部、中に布団がしいてあるだけで少しだけ棚がある程度だったよ。人数は・・・一つの小屋に10人ぐらいかな・・・」
「おおー、素晴らしい偵察能力だ」

偉いぞ、とラクスの頭を撫でた。
アルゴも負けじと正面から両手で撫でる。

髪がくしゃくしゃになりながらも、ラクスは説明を続けた。

「えっと・・・それで、一番右の小屋から「そろそろ消灯するぞ」って声が聞こえたの。だから電気が消えると思う」
「そうかっ!すごいなラクス、アルゴが行くよりよかったんじゃないか?」
「・・・ふん、私の優秀な妹だからな、これぐらいできて当然だ」

むすっとしながらそっぽを向く。
ニヤニヤしつつその様子を見ていたが、さて、とリツキは気持ちを切り替えた。

「よし、じゃあここからが本題だ。あそこにいる人たち全員に、オバケによる最高の恐怖を与えるぞ・・・」

両手でアルゴとラクスをポンと叩いた。
えっ、と二人が振り返る。

「ラクスは俺の帽子かぶって変装だ。遠くに女の子が立ってて、それがすっと消えたら・・・怖いだろ!」
「そ、そうなの?」
「・・・まあ人間ならばそれは怖いだろうが・・・」
「それで、アルゴは最初にあいつらの周囲に超怖い幻影を映し出すだろ。
その後に、ラクスがものすごく怖く見える背景で演出するんだ。俺は音声でも援護する!!」
「・・・・・・ああ」
「・・・・・・うん、やってみるね」

何をすればいいのかだけは何となく分かったので、アルゴはリツキを抱えて木から飛び降りた。
ラクスも飛び降りながらラティアスの姿になった。

そして、小屋に向かって急降下していく。

「アルゴ、範囲はどれぐらいまで可能なんだ?どの辺の立ち位置がいい?」
「これらの小屋を全部覆うぐらいは余裕だ、3つの小屋の真ん中でいいだろう」
「よし・・・じゃあラクスは窓と扉が一番多い方向のあの場所でスタンバイだ・・・いくぜ!!」

音を立てないように空中で一旦停止してからそっと着地した。
リツキは振動に気をつけながら小屋の窓に寄っていく。

「・・・アルゴ、いいぞ!」
「わかった」

アルゴは姿を消し、そして目を閉じた。
すると、穏やかな平原が徐々に様子を変えていく。

さらに真っ暗になったかと思うと、空中を血のような液体がダラダラとあちこちを流れていき、
妙に大きな目と、口だけの不気味な顔があちこちに浮かび始めた。いくつかはカタカタと笑っているようである。

「うわわわ・・・こ、怖い・・・!!」

仕掛け人であるはずのリツキですら、普通に恐怖を覚える光景だった。
幻だと分かっていなければ、気絶してしまうかもしれない。

しかし怖がっている場合では全くないので、リツキは立ち上がって窓や壁をバシバシ叩き始めた。
幻影を見せながら、リツキが騒いでいる音が聞こえてきてアルゴは大丈夫か、と少し不安になった。

周りの光景がそんなことになっていることに気づいた人たちの恐怖に怯えた叫び声が、
小屋からいくつも聞こえてきている。

その恐怖に拍車をかけるように、リツキはさらに小屋の中に聞こえよがしに叫んだ。

「ぐわあああ!助けてくれ!!現世に恨みを残して死んだ巫女様に、取り殺される・・・この島は呪われている・・・!!
この島から出て行かなければならないのだ・・・!!」

本当に死にそうな演技が聞こえてきて、小屋の中はパニックに陥っている。

「・・・なんだ、その設定は」

アルゴは思わず呟いた。
幻によって扉は見えていないが、何人かが窓や扉から死に物狂いで脱出してきている。
そろそろか、とアルゴは幻の内容を変えることにした。

「えーと、ラクスが怖く見えるように、か・・・」

確か巫女さんとか言っていたな、とラクスが立っている場所に墓石や壊れかけた鳥居をイメージする。
さらに先ほども見せた真っ赤な空に、今度は得体の知れないものが半分埋まっているシルエットと
それにたかる大量のカラス、そして大量の血液の演出も忘れなかった。

その光景を見た可哀想な人々の中には、もはや腰が砕けて動けなくなっている人もいる。
あちこちで うわー、ひええええ、キャー などの悲鳴がひっきりなしに響く。

リツキは、我を忘れて逃げ出している人たちに紛れて一緒に走っていた。
そして素早くラクスの後ろに背中合わせになるように隠れた。

「・・・ラクス、不気味に笑って足から徐々に姿を消すんだぞ」
「わ、分かった・・・」

二人で大声で不気味にハモりながら笑う。
足から徐々に光を屈折させて姿を消していき、ついにラクスの姿は人々から見えなくなった。
ラクスのすぐ後ろにいるリツキの姿は、別の景色をうつすラクスの体の後ろにあるため見えない。

アルゴは目を開いて素早くリツキの方に飛び、
ラクスと同時に飛び上がってリツキの姿を隠しながら上空へ移動した。

急に幻が消えたが恐怖は消えることはなく、地上ではパニックで大混乱している。

「うわあああー!!助けてくれー!!」
「で、出たああ〜!!オバケだー!!」

走れる人は集団で町の方に走っていく。

「ま、待ってくれ!置いていかないでー!!」

よたよたしながらその後を何人かの人が追っていく。
その様子を見て、3人は思わす笑い出した。

その笑い声が聞こえてきて、さらに混乱が起こっていることには3人は気づかなかった。






「はー、はー・・・おっかしかった!人間ってホント騙されやすいな!」
「・・・これで本当に効果があるのか?」
「あれでよかったのかな・・・」

放っておいたら生命の危機がある状態の人がいないのを確認してから、
アルゴとラクスは人間の姿になって3人は歩いて宿屋に向かっていた。

「作業員の人たちはこれでこの島は呪われてるって思っただろ。そうしたら工事をしたがる人はいなくなる。
いくらすごい会社の経営者でも、働く人たちが嫌がったらどうしようもない、一人じゃ工事はできないしな」
「・・・なるほど、だからあの老人本人を狙わなかったのか」
「そーゆーこと。今頃きっと、あの小屋にいた人たちが全員ジャバさんに泣きついて・・・」

ミュラの宿屋が近づくと、たくさんの人の声が聞こえてきた。
しめしめ、とリツキは含み笑いをした。

「ほら、もうやめさせてくださいとか、帰りますとか言ってるだろ」
「ホントだ・・・なんか泣き声も聞こえる・・・」

なんか可哀想、とラクスは肩を落とした。
しかしリツキは計画通りに事が進んでウキウキしている。

庭の柵を越えて宿屋の敷地内に入り、ウレアとベルトレーがいるであろう3階の窓を見上げた。

「表に回らず直接窓から入ろう・・・悪いんだけど二人とも、帰る前に俺を3階に届けてくれる?」
「分かった」

アルゴはラティオスの姿になってからリツキを抱えて浮き上がり、
ラティアスの姿になったラクスも窓の近くまで飛んでいった。

そしてラクスがそっと窓をコンコン、と叩いた。
中にはベルトレーと、作戦を終えて帰ってきていたエノールとエナミンがいた。

窓の外のラクスに気づいてエノールが窓を開けにきた。

「おかえり!どうだった?」
「それはもうバッチリ!これで完璧に工事なんて止まるだろ。アルゴとラクスがすごく頑張ってくれてさ」
「俺たちもすごかったんだぞ、スパークやフラッシュで人魂みたいに演出しては隠れて」
「おおー、すげーじゃん!」

エノールと話しながら窓枠に足をかけて、リツキは部屋に飛び込んだ。
そして、窓の外で飛んでいるアルゴとラクスに振り返る。

「本当にありがとな!明日、玉水の塔の下に報告に行くから!」
「ああ」
「うん、じゃあおやすみなさい」
「おやすみ二人とも!ホントにありがとうっ!」

階下に聞こえたら大変なので大声は出せなかったが、飛び去る二匹にリツキは精一杯手を振った。
玉水の塔の方向へ二匹は飛んで行き、宿屋の窓からは見えなくなってしまった。

「・・・いやー、ホントすごかったんだよ。効果覿面とはこのことだな。エノールとエナミンもすごいぞ」
「そーなんだよ、オバケだオバケだって騒ぎながら作業してた5人がここに走ってきてさ」
「そうそう!それで少ししてからたくさん人が走ってきてその人たちと合流して騒いでて!」
「はははは、傑作だなっ!これでこの呪われた島からみんな我先に出て行こうとするだろ。
作戦は大成功だな。・・・・・・そういや、チオとアパタイトは?」
「あれ?そういえばまだ帰ってきてないな」
「もうかなり遅くなってますのに。そんな遠いところにあの二人は行ったのですか?」
「いや・・・そこまで遠くないと思うんだけど・・・」

お気楽ムードだった一同は、急に不安になって顔を見合わせて黙った。
そして、全員で扉に張り付いて聞き耳を立てる。

泣きついている人たちをなだめているジャバの声やその側近の人たちの叱咤する声が聞こえていたが、
不意にその騒がしい声がしなくなった。

「・・・どうしたんだろ」

リツキは扉を少しだけ開いた。
泣き声や叫び声はせず、ざわざわとした小さく内容が聞き取れない声が聞こえるだけである。

ポケモンたちを残して部屋から出て、1階の様子を見るために2階までそっと降りた。
大きなポケモンたちはついて来ず、エノールとエナミンがくっついてきた。
階段の上に人がいることが気づかれないように伏せて、3人で息を潜めて様子を見る。

「この二匹が我々の作業を妨害してきたんです」
「アチャモとフライゴン?この島では見かけない珍しいポケモンだな」

リツキは目を見開いて息を呑んだ。
エノールとエナミンも驚いて顔を見合わせる。

見ればリツキが今朝ジャバと初めて会ったときにジャバと一緒にいた黒服の男がチオの首根っこを捕まえている。
アパタイトもボロボロになって床に倒れていた。

「妨害とは、どのような?」
「最初は幽霊の仕業かと思ったんですが・・・火の粉を周りに降らせたり風を起こしたりしているのを
私のアブソルが気づいたのです。逃げ出そうとしたところをポケモンを総動員させて取り押さえました」

バトルをするにはまだ本調子じゃなかったか、とリツキは悔やんだ。
かなりこっぴどくやられた様子で、船酔いしていた時よりもアパタイトはぐったりしている。

何のためにこんなことをしたのか、このポケモンたちは何なのかと議論になっているのを見て、
リツキは立ち上がって下の階に降りていった。

エノールとエナミンが あっ、と声を上げてリツキを目で追う。

「ど、どうするんだろ、エノール・・・」
「まさか・・・」

つかつかと無言で階段を下りていったリツキは、ジャバの横を通り作業員を何人か押し退けて、
捕まっていたチオをばっと奪い返して片手で抱え、アパタイトをボールに戻した。

周りからなんだなんだ、と驚きの声が上がっている。
リツキはそれを意に介さず思いきり頭を下げた。

「すみませんでした。これは俺のポケモンです。工事の邪魔をしろって俺が指示を出しました。
他の場所で起こった幽霊騒動も全部俺がやりました。・・・本当にご迷惑をお掛けしました、ごめんなさい」

頭を下げているリツキをみんながポカンと見下ろしている。
誰も動けずしゃべらない状況で、ぱっと顔を上げてくるりと方向を変えてリツキは階段を上り始めた。

そのリツキの顔を見た何人かが あっ、と声を上げた。

「この子、この前テレビで見たぞ・・・!?」
「そうだ、確かホウエンリーグの・・・」

リツキを追いかけようとした人たちの前に、突然一人の人影が立ちふさがった。








     





inserted by FC2 system