◆◇水の楽園の守護者◇◆ -水の都の護神ラティアスとラティオス Another Edition-







「・・・ここにも水路がある。道と同じぐらいありそうだなこれ・・・」

宿屋は広い通りに沿って存在しているが、その通りと並行して水路が走っている。
一応柵はあるが、よそ見して歩いていたら柵に躓いてそのまま水に落ちてしまいそうだ。

周りは海だけどこの水はどうなってるんだろ?
と、思ったリツキはしゃがんで水路の水をすくおうと手を伸ばしてみた。

「よいせ・・・」
「これこれ、なにをしておるんじゃ?」
「う?」

無理な体勢をとっていたので変な声が出てしまった。
後ろから先ほどのジャバとは違う老人の声が聞こえてきた。

振り返ると、頭は見事にツルピカで真っ白なひげをたくわえた背の低いおじいさんが立っていた。
にこにこと笑っていて、足元にはおとなしそうなジグザグマが座っている。

リツキは伸ばしていた手を引っ込めて慌てて立ち上がって帽子を取った。

「え、ええと・・・俺、余所者なんですけど、怪しい者じゃなくて・・・」
「ほっほっほ、話には聞いておるよ。この島は話が伝わるのが早いんじゃ」
「そ・・・そうなんですか・・・」

おじいさんは愉快に笑った。
どんな風に伝わってるんだろう、とリツキは少し不安になる。

「連絡船に一人の少年が乗っておったとな。名前は・・・リツキくん、じゃったかな?」
「あ、はい、そうです」
「わざわざこんな島によう来たのう。3日と言わずずっとおらんか?」
「はははは・・・あの、おじいさんは・・・?」
「おお、これは失礼したのう。わしは「コボル」。ベイシック島一番の年寄りじゃよ」
「え・・・!」

島の長老さんだったのか、とリツキはコボルをまじまじと眺めてしまった。
この島に町長という役職があるのかは分からなかったが、
お年寄りは大切にして尊敬しなさい、と父センリに昔言われたことを不意に思い出す。

「この水路のお水を飲もうとしたのかね?それとも魚でも捕まえようとしたのかな」
「いいえ・・・この水、海水なのかなと思って」
「ほっほっほ」

またコボルは楽しそうに笑う。
笑顔を見ているだけでなんか癒される気がした。

「海から水路を通って海水は飲み水に変えられて、島の各地に届けられておるんじゃ。
じゃからそこを流れている水は・・・そうじゃな、恐らく綺麗な水になっとるじゃろう」
「海水を飲み水に変える・・・??」

最先端の科学技術とはおおよそ縁がなさそうなこの島で、
井戸でもなく海水から塩分を除去して生活水に変換するような装置があるとは思えない。

まだ島の全部を回ったわけじゃないけど、工場なんてどこにもなさそうだし
この水路もいたって原始的なつくりだし・・・。

リツキが頭の中で必死に色んな可能性を思案しているのが分かったらしく、コボルはまた小さく笑った。

「それならのう・・・この島の中心にある玉水の塔には行ったかな?」
「いえ、まだです・・・これから行こうかなと思ってて・・・」
「ほほ、それならわしが案内してあげよう。ついておいで」
「あ・・・はい・・・!」

コボルはゆっくりと歩き出し、その隣をジグザグマがついていく。
その後ろをリツキも追いかけた。

「この島は、二匹の「守り神」によって守られておるんじゃよ」
「その話・・・宿屋のお姉さん、ミュラさんに聞かせてもらいました。
ベイシック島に伝わる神話で、侵略者から島を守った2匹のポケモンがいるって」
「おお、もうミュラに会ったのか、そうかそうか。この島で宿屋に泊まろうとしたらあそこしかないからな。
ほっほ、まあ誰でも泊めてほしいと言えば歓迎してくれるじゃろうが」
「え・・・」

船から下りてまずは日が落ちる前に宿屋を探さないとと必死になって
道行く人たちに「宿屋はどこか」と尋ねて回ってようやく探し当てたが、
こんなおおらかな島ならば余所者は泊めてくれないわけがなかったのかもしれない。

「そうだったんですか・・・そうですよね」
「島の外から来た子には難しいかもしれんな。ミュラも少し変わっておるしの。ほっほっほ」

道を何度か曲がると、非常に広い広場に到着した。
石畳には放射状に模様が入っており、なるほど日時計のようだった。

広場の真ん中には、円柱状のとても高い塔が聳え立っている。

「ほれ、ここがフォトラ広場じゃ。そしてあれが玉水の塔。
・・・おお、今日も子供達が遊んでおるようじゃな」

見れば塔の近くでエネコと追いかけっこをしている子供達の姿があった。
小さな男の子3人と、それより少し大きな女の子が楽しそうに走り回っている。

女の子の髪は真っ白く、少し変わったゆったりとした服を着ていた。
リツキは何となくその少女が気になって目で追っていた。

「・・・・・・」
「なんじゃリツキくん、ラクスが気になるのか?」
「・・・ぅえっ」

また変な声が出てしまった。
このおじいさんは見かけによらずなかなか鋭いらしい。

「あの女の子・・・ラクスっていうんですか?」
「子供達と一緒に遊んでくれている島の子供達のお姉さんなんじゃよ。面倒見のいい優しい子じゃ」

改めて子供達の方を見てみた。
ラクスはしっかりと子供達に合わせて遊んであげているようで、
足がもつれて転びそうになった子供の肩をとっさにつかまえて支えていた。

子供達の楽しそうな笑い声がこちらにまで響いてきている。

「ほれ、それでリツキくん。この玉水の塔なんじゃがな」
「は、はい」

そういえばそれを見に来たんだった、と慌ててコボルの指差す方向を見る。
玉水の塔はとても高く、頂上に近づくに連れて細くなって見えなくなりそうだった。

しかしミュラが言っていた通り、塔の天辺と思われる場所は広いお皿のようになっていて、
下から見上げると屋根のようにも見える。

「あの屋根の向こう側が頂上じゃ。誰も上ったことがないし、上ろうとするものもおらんがの。
玉水の塔の一番上にはベイシック島の宝物である「こころのしずく」という宝石が置いてある。
そう伝えられておるのじゃよ」
「こころのしずく・・・?」
「島の水路を流れる水は全てこの玉水の塔を通り、フォトラ広場から広がっているんじゃ。
島の水は全て「こころのしずく」によって支えられておるんじゃよ」

思わず玉水の塔を見上げ、そして足元に視線を落とす。
分厚そうな石畳によって覆われている広場の下で、そんなことが起こっているなど考えもしなかった。

「わしのじいさんは島の守り神に「こころのしずく」を見せてもらったことがあると話しておったよ。
玉水の塔と「こころのしずく」、そしてそれを守る「守り神」によって、島は支えられておるんじゃな」
「・・・・・・。」

すごい。
この神秘的な話に、リツキはすっかり興味をそそられていた。

―そこで、ふとイヤなことを思い出してしまった。

「・・・そういえばコボルさん、この島で工事が行われているそうですね」
「そうらしいのう。島の外から来た人たちがここ最近急に増えたんじゃよ。
あちこち掘り返したり固めたりして、ご苦労さんなことじゃな」

コボルに見えないように顔を背けたが、リツキの表情はとても険しい。
なんとしてもこの島を守りたい、そう強く思った。

「島の人たちはその工事のこと知ってるんですか?」
「さあのう・・・作業しとる人たちは、確か公園を作るとか言っておったよ。
まあ特に気にする住民はおらんよ。何箇所かで今もやっておるはずじゃ。」
「・・・どこでやってるんです?」

リツキの鋭い目を見てコボルは ほほほ、と笑う。
ヒゲを何度も撫でていて、あくまでマイペースである。

「なんじゃなんじゃ、リツキくんは工事に反対なのか?
ここから一番近いところだとフォトラ広場から北西の道を進んだ先の森の中じゃよ。
今朝このジグザグマと散歩をした時に通ったからの」
「ありがとうございます」

リツキは改めてコボルの前に歩いてきて向かい合った。

「・・・案内と説明、どうもありがとうございました」
「ほっほっほ、都会の子は行儀がいいのう」
「いや・・・俺の家があるところは大して都会じゃないんですけど・・・。
って、そうじゃない・・・コボルさん、本当にありがとうございました」

深々と頭を下げる。
コボルは おや、と目を少し開いた。

「俺、まだこの島に来て一日も経過してないですけど・・・。でも、この島が大好きです。
この島の姿が本当に好きです。だから、このままでいてほしいです」
「・・・どういうことかな?」
「できる限りのことをして、俺もこの島を守ります!それじゃ!」

リツキは ばっと顔を上げて帽子をかぶりなおし、そして走り出した。
玉水の塔の下で遊んでいた子供達はいつの間にかいなくなっている。

フォトラ広場を駆け抜けていくリツキの後姿を、
コボルは 元気がいいのう、と呟いて見送った。






「・・・やってるやってる」

コボルに教えてもらったとおり北西の道を進んで森を目指した。
その森から、何人かの大人の声と物音が絶えず聞こえてきている。

こんな島にどうやって持ってきたのか重機を使って何本も木を引っこ抜き、岩をどかして整地の作業中のようだ。

リツキは少しはなれたところの木の陰からその様子を見ていた。

「堂々と自然破壊してるじゃんか・・・工事してる人たちは、町の地下の水路のこと知ってるのかな・・・」

「おーい、今日はどの辺まで広げちゃっていいんだ?」
「できるだけ早くってジャバさんは言ってたぞ。こんな辺鄙な島で、夜間作業とか勘弁してほしいよなあ」

作業員達の話し声が聞こえてくる。
リツキは少し木陰から身を乗り出した。

「中央の広場は大きな室内プールにするっていうことらしいけど・・・よくもまあそんなことを思いつくよなあの人も」
「俺達は真面目に働いてりゃいーの。宿泊施設を作るためのここの整地作業が
一番早く進めば後々楽になるだろ。それ、無駄口叩いてないで手を動かせよ」
「はいよー」

また大きな機械が動き出して、バキバキという大きな音を立てながら
倒れた巨木が粉砕されて積みあがっていく。

直視できない光景だったが、直視しなければいけない事態でもあった。

「・・・あ、あれ!?」

なんと、先ほどまで玉水の塔の下で遊んでいた4人の子供達が作業場のすぐそばにいる。
危ないことが誰も分からないのか、重機のすぐ近くに寄って行ってしまっていた。

作業員の大人たちは誰も気づいていないようで、リツキは木の陰から飛び出して思わず駆け出した。

「おい、危ないから離れ・・・」

そう言った途端、切断されて引っ張られていた巨木が倒れ掛かってきた。
作業員達は合図をして木が倒れる場所から離れていたが、
子供達はそんなことは知らずに珍しそうに土を掘っている機械を眺めている。

ごごご、と鈍い音を立てながらまっすぐに子供達のいる方向へ巨木が襲い掛かる。

「危ないっ!!」

リツキが手を伸ばすもそれは届くこともなく、目の前で子供達は木の下敷きになり辺りに土煙が舞った。

「・・・うわっ・・・」

一瞬呆然となりそうだったがそんな暇もなく、手を伸ばしたままひたすら走る。

「・・・あれ?」

土煙の中に、今までいなかった大きな動物の影が見えた。

「た、大変だ・・・!」

リツキの声に気づいた作業員達も駆け寄ってくる。
子供達が木の下にいたのが、彼らにも見えたようだ。

煙がおさまるよりも早くリツキは子供達に駆け寄った。

「おーい!大丈夫か!?」

近づいてみると、小さな男の子が二人地面に倒れていた。
だが木の下敷きには なっていない。

残りの二人を見つけようとリツキが立ち上がると、肩を叩かれる感覚があった。

「なんだ・・・?」
「こっち!」

振り返ると、白い髪の少女ラクスがいた。
必死の形相で、リツキを引っ張り倒れている巨木を指差している。

ラクスが指差した先には子供が倒れており、なんと体の下半分が木の下敷きになっているという凄惨な光景だった。

それを見た瞬間、リツキは一気に血の気が引いた。
ラクスと一緒に子供のもとへ駆け寄る。

「ううう・・・」

体の大半が巨大な木の下敷きになっているにもかかわらず、子供には意識があるようだった。

見れば木の上部分の下に丁度巨大な石があり、それがつっかえとなって木の下に空間ができていた。
しかしその空間は狭く体を相当圧迫されているようで、息もできないというような様子である。

一刻を争うことを察知したリツキは、周りでおどおどしながら何もしていない作業員達に向かって叫んだ。

「なにしてんだよ!とっととこの木をどかしてこの子を助けろ!!お前達のせいだろうが!!」
「そっ・・・そうだ、早くユンボをこっちに!」
「急げー!!」

我に返った作業員が慌てて別の作業をしていた機械に乗り込み始めたが、
今から動かしてこちらに来て・・・と考えると間に合うかどうか。
待っている時間ももどかしく、リツキは必死に解決策を考えた。

「なんとかしないと・・・ちくしょう、ポケモンはみんな宿屋に置いてきたし・・・
全員で押せば、ずらすぐらいはできたかもしれないのに・・・!」

木を試しに両手で押してみたが、当然のようにびくともしない。
リツキの隣でラクスはきょろきょろして、木の全体を何度も見回している。

「大丈夫か、苦しいか?絶対助けてやるからな、頑張れよ!!」

木の下に向かって声を掛ける。
その様子をラクスは見つめていた。

「せめてアパタイトとウレアがいれば・・・・・・あれ?」

ばっ、と服をめくるとベルトにはボールが一つついたままだった。

思えば、プラスルのエノールとマイナンのエナミン、フライゴンのアパタイトとチルタリスのベルトレーと
アチャモのチオは確かに宿屋に預けてきたが、ミロカロスのウレアを外に出した記憶はない。

ちぎらんばかりの勢いでボールを取り、地面に向かって投げた。

「ウレア!この木をハイドロポンプで押して動かしてくれ!!」

ウレアはボールから出て地面に降り立った。
ボールからポケモンが出てきた様子に驚きラクスは目を丸くしている。

「・・・承知しました!!」

息を大きく吸い込んだかと思うと、まるで放水車のようにものすごい勢いで水を吐き出した。
その横でリツキもずぶ濡れになるのを気にせずに全力で木を押す。

「ううー・・・!」

隣を見てみると、ラクスも必死に木を押していた。
徐々に木がずれて転がり始める。

その衝撃で下敷きになっている子供が苦しそうに声を上げたが、とにかくリツキもウレアも全力で木を押し続けた。

ウレアがもう一呼吸してさらに水を吐き出すと、
ようやく巨木は子供と岩の上から転がり落ち、再び辺りに土煙が立った。

「はあ・・・はあ・・・だ、大丈夫か・・・」

肩で息をしながら下敷きになっていた子供に歩み寄る。
痛みのせいか意識はないが、呼吸はあった。

子供の上半身を抱え起こして呼びかけるが、骨が折れているかもしれないのでゆすり起こせない。
とにかく病院に運ばないと、とリツキは判断した。

「ラクス、手伝ってくれてどうもありがとうな。この町に病院はあるか?」
「どうして私の名前を・・・?えっと、診療所ならあるよ。フォトラ広場のすぐ近くに」
「よし、そこにこの子を運ぼう。・・・ウレア、いつもありがとうな」

ウレアは疲れている様子だったが嬉しそうに頷いた。
そして、そのままリツキはウレアをボールに戻した。

ボールをベルトにセットし直して、子供をそっと抱えて立ち上がる。
隣でその様子を不安そうにラクスが見ていた。

「大丈夫かな・・・ここから走るの?」
「でもそれしかないだろ。・・・この人たちは、なんもしてくれないし」

ぎろり、と作業員達をにらみつけるとすくみあがって後ずさる。
ついでに早く移動するための乗り物はないかなと彼らの背後を見てみたが、
残念ながらそういったものに乗ってここに来たわけではないようだった。

振動に気をつけて、さあ走るぞと気合を入れたとき。

「診療所に運ぶのは、私に任せてもらおう」
「へ・・・?」

突然、横から声が聞こえてきた。
声がした方を見ると、ラクスと同じ白い髪の背の高い青年が立っている。

「だ、誰だお前?」

どこから出てきたんだ、とリツキがぽかんと青年を見上げていると、ラクスがリツキの服を引っ張った。

「・・・私のお兄ちゃんなの」
「お兄ちゃん?そうなの??」
「私はアルゴ。ラクスの兄だ。キミよりは早く移動できる自信がある。その子を渡してくれ、時間がない」
「わ・・・分かったよ」

そっと腕を伸ばしてアルゴの両腕に子供を移動させる。
子供を受け取るや否や、アルゴは颯爽と森の外へ向かって走り出した。

急な出来事にリツキは呆然とその姿を見送ることしかできなかった。

さてと、とリツキは作業員達に向き直る。
ざっと数えて10人はいるようだった。

さっきのウレアのように、深く息を吸い込んだ。

「なにやってんだよ!近くに子供がいることにも気づかないのか!?
レジャーだかメジャーだか炊飯ジャーだか知らねえけど、
その建設で子供を一人殺すことになるかもしれなかったんだぞ!?」

大人たちはリツキの剣幕に完全に気圧されて動けない。

「大体お前ら、この綺麗な島を破壊してなんとも思わないのかよ!
自然をザクザク壊して安全もそっちのけで、恥ずかしくないのかっ!!」

一息でそう言ったが、誰からも反論は返ってこなかった。
ざわざわと何事か話しているが、聞こえてくるのはろくでもない内容である。

「・・・我々は、命令されたことをやっているだけで・・・」
「だって仕事だしなあ・・・」

言っても無駄だ、とリツキは視線を逸らした。
いつの間にか目を覚ましてリツキたちのやり取りを不思議そうに見上げていた、
二人の子供達の背中を押して歩くように促す。

「・・・埒が明かない。ラクス、行こう」
「えっ・・・う、うん」

ラクスの肩を叩いてから、つかつかと歩き出した。
怒ってちゃいいアイディアも浮かばないぞ、と理性が語りかけてきたが、
うるせえ、今俺は怒ってんだよ!と脳内で叫んで理性の進言を一蹴する。

とりあえずさっきの子供の容態を確認しに行こう、と診療所へ向かっていった。








     





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