◆◇水の楽園の守護者◇◆ -水の都の護神ラティアスとラティオス Another Edition-







ホウエン地方の最も北にある自然豊かな町、ヒワマキシティ。
そこから一週間近くかけて船に揺られなければ辿り着けない島がある。

その島への船は一ヶ月に1本ほどしか出ておらず、
島とホウエン地方の大陸はその船でかろうじて繋がってはいたがほとんど孤島である。

島の人たちは自然と共にのんびりと暮らし、事件は起こらずそのため警察など要らない、
現代とは思えないほどの平和を享受している。

その島にわざわざ好きこのんで行く人は、ホウエン地方からも皆無に等しい。
しかしその物資を運ぶ連絡船に、わざわざ好きこのんで頭を下げてまで乗り込み、
約一週間の船旅をしているポケモントレーナーがいた。

「おーい、みんな大丈夫か?」
「毎日海しか見てなかったら、おかしくなってくるって・・・」
「ホント、変わっていらっしゃいますねリツキさま」
「そうかな?」

ホウエン地方をポケモンと共に旅する少年、リツキ。
そしてその手持ちポケモンたちは全員で甲板に出て、大分高い位置にあるお昼の太陽に照らされていた。

リツキの足元にはアチャモのチオがぐったりした様子で座り込んでいる。

「途中で嵐には遭うし、アイテムは切れてるし・・・」
「ははは、ゴメンってば。買い足すの忘れてたんだって。でも嵐は俺のせいじゃないぞ」
「それで、今日で確か七日目だけど?本当に今日で辿り着くんだろうね、その・・・」
「ベイシック島?」
「そーそー」

リツキたちが乗っている連絡船が目指している島の名は「ベイシック島」。

地図を見ても大抵の人が気づかないような小さな島で、人が住んでいるのは真ん中に一つある大きな島のみ。
その周りにはいくつか無人島が散らばっている。

「見なよ、ぼく以外もみんなこの旅には反対だったんだよ。完全グロッキーじゃないか」
「・・・・・・ありゃりゃ」

プラスルのエノールとマイナンのエナミンは、床に重なるようにうつぶせになっている。
フライゴンのアパタイトは壁に寄りかかるというか横向きに倒れ掛かっており、
見るからに弱っている様子だった。

「おーい・・・大丈夫か?アパタイト、お前はじめんタイプだろうが・・・喉かわくのか?」
「船酔いしてんだよ・・・」
「じゃあ飛んでりゃいいじゃん」
「そんな余裕もはやねえよ・・・」

ぐったりしているアパタイトを何とかしてやりたいとは思ったが、
生憎リツキのカバンの中には回復アイテムの類は入っていなかった。

割といつもの調子を保っているチルタリスのベルトレーがリツキの白い帽子をつついた。

「リツキさま、なんだってそんな不便なところに不便な方法で行こうと思い立たれたのです?」
「いやー・・・その・・・」

リツキはずれた帽子をかぶりなおして船の壁に両肘を置いた。
手の上に顔を置いて、水平線を見つめる。

「・・・最近まで知らなかったんだよなー、そのベイシック島って・・・。
そんなに現代と隔絶された場所があるなんて、って思ったら行きたくてしょうがなくなってさ。
なんか・・・ここんとこ色々あって・・・ま、ちょっとホウエンを離れて旅行だよ旅行」
「旅行ならもっと他に適した場所があるだろうに・・・」

やれやれ、とチオは首を振る。
その後ろでは、アパタイトが更に苦しそうな様子で寝返りを打った。

「もうダメだ・・・リツキ、お前のせいだぞ・・・」
「おいおい!・・・あっ、もしかしてボールに入れとけばよかったのか?」
「突っ込む力もねえっての・・・」

ダメだこりゃ、と一同はため息をつく。

「ウレアはでっかいミロカロスだからボールに入れてたのに、
なんでアパタイトは出しちゃってたんだろうな。ほら、ボール入れー」
「あとでおぼえてろ・・・」

ボールに入る瞬間、今にも消え入りそうな悪態が聞こえてきた。
そのとき、後ろの高い場所からも声が降ってきた。
アパタイトの声とは対照的な、威勢のいいおじさんの声である。

「おーい、リツキくん!見えてきたぞ、あれがベイシック島だ!」
「えっ!」

操舵室のガラス越しに船長のおじさんが指差す方向を確認する。
そしてリツキが振り返ると、遠い水平線上にうっすらと緑色の島が見えてきた。

「うわー!ついに着くのか!みんな、もう少しだぞ!!」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「おーい」

グロッキーなポケモンたちからの返事は一切なかった。

「いやあ、途中でドククラゲの大群に襲われたときはどうしようかと思ったけど。
リツキくんのポケモンたちのおかげで助かったねえ!」
「いやいや・・・ははは」

出航して二日目で、この連絡船はメノクラゲとドククラゲの群に衝突してしまい
船がほとんど止まったような速度でしか動けなくなってしまった。

しかも徐々にクラゲたちが船内に上がり込もうとしたため、
その頃はまだ元気だったリツキのポケモンたちで撃退したのである。

「これで一週間の長旅もおしまいだ。おじさんたちがベイシック島に滞在するのは
5日間だから、リツキくんもそれと一緒に帰るんだよ?」
「あ、はい。置いていかないでくださいね」
「はっははは、島が気に入ったら島の子になっちゃうのもいいんじゃないか?」

操舵室の開いている扉から豪快な笑い声が聞こえてきた。
数名しかいないが乗組員達が物資を運びおろすための準備を始めている。

リツキも改めて島を見つめて、それから床に倒れているポケモンたちの回収に取り掛かった。






"ベイシック島は、元々はただの大きな岩でした。
とても大きな岩が空から落ちてきて、それが砕けてベイシック島と周りの島を作りました。

侵略者がやってきて島の人たちが困っていると、
海を飛び回っていた二匹のポケモンが島を訪れて戦いました。

兄妹であったその二匹のポケモンは力を合わせて応戦しましたが、
強い二匹のポケモンの力をもってしても苦戦を強いられました。

敵が最後の一撃を放ったとき、妹が兄をかばって妹は死んでしまいました。
妹は島に伝わる「宝物」となって島を見守ることになり、侵略者は島の奥深くに眠りについたのでした。

二匹のポケモンは「ラティアス」と「ラティオス」といい、島の「守り神」としてまつられています。―”

「・・・これが、ベイシック島に伝わる守り神の物語よ。面白いでしょ?」
「へえ〜・・・」
「島の入り口でもある港の近くに大きな像が二つあったでしょう?あれがラティアスとラティオスよ」
「あ、そういえば2匹のそっくりなポケモンの像が・・・」

ベイシック島に到着したリツキは、船着場からいち早く島の中へ向けて出発した。
島は断崖絶壁に囲まれており、船を寄せられる港はひとつしかない。
その港からは島に一つだけ存在している人々が暮らす町と、大きな塔が見えた。

島のほとんどは森と山で、人が家を建てて住んでいる町はとても小さくその建物のほとんどがレンガ造りの
非常に原始的なものだったが、なぜか町の中には縦横無尽に整った水路が張り巡らされていた。

人口は数百人の、政府も警察もない非常に平和な島である。

町にただ一つの民宿を人に聞いて回って何とか探し当てたリツキは、
民宿を営んでいるお姉さん「ミュラ」から島に伝わる神話を聞いていた。

「その「宝物」って、この島のどこかにあるんですか?」
「町の真ん中には「フォトラ広場」というとても大きな広場があるのよ。
そこに立っている大きな塔「玉水の塔(たまみずのとう)」のてっぺんに収められているの」
「塔の一番上に・・・?」
「でも最上階までの階段はないから誰にも行けないの。
塔の模様に足をかけて上れなくもないんだけど、最上階へはお皿を下から見ているみたいになっていて足場がないのよ。
だからベイシックの人たちは誰も宝物を見たことがないの」
「へー・・・」

ミュラが受付の台に広げている古くてボロボロの本に目を落とし、リツキは感嘆の声を上げた。

「・・・宝物なんて、誰か盗もうと思ったりしないんですか?」
「あら、リツキくんは どろぼーさんなのかしら?」
「ま、まさか!・・・でも、この島の人が誰かそういうことを・・・」
「この島にはそんな人、絶対にいないわ」
「・・・・・・」

確信を込めて頷くミュラを、リツキは呆然と見つめる。
その様子を見てミュラはすぐにやさしい笑顔に戻った。

「この島はそれだけ平和なの。誰かが平和を乱そうなんて考えはしないわ。
守り神の二匹が、ベイシック島を守ってくれてるんだから」
「・・・・・・すごいな」

どうしよう、本当にこの島を好きになってここに居たいと思っちゃうかもと、リツキは若干本気で心配した。

「・・・他のこの島の人たちはこんな反論の仕方はしないわね。リツキくんが言っている言葉の意味が分からないと思う」
「え?どういうことですか」
「私はね・・・この島で生まれ育ったんじゃないの」

ミュラは神話が書かれた本をそっと閉じて、横にして棚に大事そうにしまった。

「ベイシック島から出る人はほぼいないし、入ってくる人もほとんどいない。
だから島の人たちは「外の世界」を知らずに生まれて生きているの。
だけど私は、3年前にこの島に移り住んできたのよ。だから「普通」を知ってるわけ」

赤みがかった茶色の長い髪を片手で振り払い、台の上で両手を組んだ。
その様子を見てなぜか、この人は他の島の人たちと少し違うかもしれない、と考える。

「なんで・・・この島に住もうと思ったんですか?」
「旅行のつもりでここに来たんだけど、この島がものすごく気に入っちゃってね。
かつては私、一流企業で働くバリバリのOLだったのよ。島の人は「OL」って何か知らなかったけど」

ミュラの言葉に思わず二人で同時に笑ってしまった。

「・・・それでここに移り住んでからは宿屋さんの真似事をしてるの。宿屋とは言ってるけど、友達を家に泊めてるようなもの」
「なるほど・・・」

リツキは頷きながら、抱きかかえていたチオの頭を何となく撫でた。
そして、あっ、と思い出して顔を上げる。

「そうだ、この島って・・・ポケモンセンター、あります?」
「ええ〜?あると思う?」
「・・・・・・ないんでしょうね」
「正解」

ミュラはおどけたように肩をすくめる。
一方リツキは、どうしよう、と肩を落とした。

「この島にもポケモンはいるけど、ベイシック島のペットでしかないの。”ポケモントレーナー”なんて人は一人もいないよ。
だから戦いで傷付いたポケモンのHPを回復させるだけの機械も施設も必要ないってことね」
「そっか・・・」

ポッポやスバメを波止場で数匹見かけて、ポチエナとベンチに座っているおばさんにも会った。
しかし、いかにもポケモントレーナーという風貌な人はおろか、モンスターボールを持ち歩いている人すらまだ見ていない。

船上での戦闘によって消耗したポケモンたちの体力をすぐにでも回復させたかったが、
どうやらそれはできそうもなかった。

リツキがおろおろしていると、ミュラが任せて、と胸を叩いた。

「まあ、おいしいものをここで食べて自然に回復させるしかないわね。ポケモンたちのお世話は任せておきなさい」
「・・・よ、よろしくお願いします」

リツキは右手に持っていた帽子を握り締めて頭を下げる。

島に着いたら船酔いしていたみんなをポケモンセンターで回復させようと思ってたんだけど、
そりゃそうだ孤立した島なんだからそんな施設があるわけがないんだ。
ホウエン地方の町の中でポケモンセンターがない場所なんて数えるぐらいしかないし、
あの便利さに慣れきってたなあ・・・そういう場所に来るつもりで来たはずなのに。

頭の中で呟いてから顔を上げてみると、ミュラがなぜか先ほどとは打って変わって恐ろしい表情をしていた。

「ミュラさん?ど・・・どうしたん・・・」

どうしたんですか、と言おうと思ったがミュラの視線の先が自分の後ろにあることに気づき、リツキも振り返った。

客室に続く廊下がそこにはあり、そこからジェントルマンの服装のおじさんが歩いてきていた。
おじさん、というより中身は頭髪もヒゲも白髪のおじいさんである。

オーダーメイドと思しき高級そうなスーツを着用し、後ろには背の高いサングラスをかけたボディガードらしきお兄さんもいる。
ベイシック島では全く見かけないいでたちのおじいさんに驚いたが、とりあえず目が合ったので会釈をしておいた。

「これはこれはミュラちゃん。今朝のパンケーキは非常においしかったよ」
「・・・それはどうも、ありがとうございます」

ミュラの声は敵意を感じそうなほどに低かった。

「でもね、ワシの展開するリゾート・チェーンのレストランで出す予定の
ロイヤル・ベイシック・ホットケーキとは少しイメージが違うねえ」
「・・・・・・。」

おじいさんはヒゲをちょいとつまみ首をかしげている。
そして、リツキに改めて視線を合わせて近寄ってきた。

リツキは思わず身構えて半歩ほど後ずさってしまった。

「キミは誰かな?この島の人間ではなさそうだねえ」
「・・・リツキ、といいます。ホウエン地方から来ました」
「なるほどホウエンから!ワシは「ジャバ」じゃよ。ジャバ・ロイヤルコーポレーションの会長じゃ」

その名前を聞いた途端、リツキは目を丸くした。
ジャバ・ロイヤルコーポレーションという名前はリツキも耳にしたことがある、
各地にリゾートやレジャー施設を展開する大企業である。

その会長が何でこんな孤島にいるのだろうか。
リツキは、ミュラの態度の豹変振りからも、嫌な予感がした。

「ワシはヘリで昨日この島に来たばかりなのじゃが、聞きしに勝るとはこのことじゃな!
この島はワシの理想とするジャバ・ロイヤル・パークの建設に相応しい!!」

嬉しそうにそう言うジャバに、リツキは目を細めた。

「・・・え、そういう系ですか?すげーありがち・・・」
「なにがありがちじゃ?ただ一つ、この島のネックを挙げるとすればアクセスの悪さじゃな。
今は船しかないがそれも安心、空港を作れば一気に問題解決じゃ」
「・・・・・・うわ」

リツキは思わず頭を抱えてしまった。

「リツキくん、キミも楽しみじゃろう!この島全体が巨大な遊び場と化すんじゃ。
豊かな大自然に囲まれ、最新鋭の施設たちでくつろぐ・・・繁盛間違いなしじゃな・・・」

もはや返す言葉もなく、リツキはミュラを横目で見た。
うわ、怒ってる怒ってる、と思わず言いそうになるほどの形相をしている。

「さてと、作業員達にねぎらいの言葉でもかけてくるかの!それじゃあミュラちゃん、また夕食を頼むぞ!」

ジャバはさらに後ろから出てきたボディガードの二人の前を歩いて、宿屋の扉から外にゆっくりと出て行った。

恐る恐る振り返り、ミュラの顔色を伺う。

「・・・あの、今のは・・・」
「自己紹介にもあったとおり、ジャバ・ロイヤルコーポレーションの会長さん。
この島を自然を生かしたリゾート地にしようとしてるのよ・・・。
ここ数週間でどんどん工事が進んでて、昨日あの人も視察に来たってわけ・・・」

ミュラは眉間を押さえて目を閉じた。
頭が痛いわ、と言わんばかりの様子である。

「そんな、勝手に工事とかしていいんですか?」
「この海域はあの人のものなんですって・・・だからそこに含まれる島々もジャバさんの個人の持ち物になるとかなんとか、
最初に来た作業員のオッサンたちが言ってたわ・・・島の人たちは反対する方法も知らないし・・・」

はあ、と大きくため息をつく。
リツキは、一目見て気に入ったこの島を何とか守りたいという意欲に駆られ、
自信満々に受付の台を両手で叩いた。

その拍子に、チオが床に転がっていってしまった。

「いてて・・・こら、リツキ!」
「ミュラさん、俺に任せてください。なんとか、俺のポケモンたちと一緒に計画を中止させてみせます。」
「えっ・・・なにか、策があるの?」
「それは今から考えます」
「あ・・・そう」

一瞬目を輝かせたミュラだったが、がくっとカウンターに倒れこんだ。

「そうだ・・・リツキくん、ポケモンみせてくれない?」
「え、俺のポケモンですか?」
「最近・・・野良っていうのかな?そういうポケモンばっかり相手にしてて、
トレーナーがいるポケモンを見てないのよ。久々に、きりっとしたポケモンを可愛がりたくて」
「はあ・・・じゃあこいつらがいいかな?どうぞ」

ぽいぽい、とボールを投げてエノールとエナミンを出した。
そしてもう片方の手でまたボールを二つ投げると、アパタイトとベルトレーが出てきた。

「きゃー!かわいいー!!」
「・・・そうですか?ありがとーございます・・・」

ミュラは真っ先にモコモコの羽で覆われたチルタリスのベルトレーに抱きついた。
モコモコが大の苦手のリツキは、それを見ているだけでぞぞっとした。

床に転がってリツキを恨めしそうに見ていたチオもよたよたとミュラに近寄る。
どうやらまだ気分が悪くて本調子ではなかったらしい。

「おいしいもの食べさせてあげるからみんないらっしゃい!
リツキくん、晩ごはんは夕方の6時だからそれまでには帰ってきて」
「あ・・・はいっ」
「フォトラ広場の玉水の塔は一度見ておいたほうがいいと思うわ。
広場は大きな日時計になっていて、塔の影で時間も分かるよ」
「ありがとうございます、じゃあ出かけてきまーす」

ポケモンを持たずに出かけるのって久々だな。
でもトレーナーもいないってことは野生のポケモンも凶暴じゃないんだろうし、
一人で歩いてるといいアイディアが浮かぶから久しぶりに散歩でもしてこよう。

それに、あのジャバさんって人の一大計画を何とか阻止しないと。
このとても居心地のいい島の中なら、きっといい案も浮かぶんじゃないかな。

そんなことを考えながら、リツキは宿屋の扉をくぐって外に出て行った。








  





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