◆◇ジラーチにねがいを◇◆ -七夜の願い星ジラーチ Another Edition-


「おい、チオ・・・?お前、ほのおタイプなのにお湯に入って大丈夫なのか?」
「バトルじゃないんだから関係ないって。ほら、アパタイトも入ってるじゃないか」
「え」
「リツキも入れよ!怪我にもこの温泉効くってよ」
「あ、ああ・・・じゃあ、ちょっとだけ・・・」

見れば自分のポケモンたちで広いはずの温泉がぎゅうぎゅうになっているのを見て、リツキは少し申し訳なくなった。
そして靴を脱いでズボンの裾をまくる。

「足湯でいいや俺は・・・全部脱いで入ってたら時間かかるし」
「リツキさまー、私も温泉に入ってもよろしいでしょうか?」
「・・・その声は」

恐る恐る振り返ると、今にも湯船に飛び込んでいきそうなベルトレーがいた。
うきうきしながら水面を見つめている。

リツキは頭を抱えた。

「ベルトレー、お前はダメ」
「なぜです!?いじわる言わないでくださいませな」
「お前のそのモコモコ部分が全部水吸ったらどうなるよ!?全部乾くまで飛べなくなるだろうが!」

自分の翼と体を覆っている羽毛を見下ろして、ベルトレーは しゅんとした。

「みんな入ってるのにー・・・」
「じゃあモコモコしてない部分だけならお湯に浸かってもいい。ほら、俺みたいに」
「私ほとんどモコモコですが」
「もー!ワガママを言うなっ!」

叫んでベルトレーの首を腕で引き寄せる。

「・・・またいつでも連れてきてやるから。今日は我慢してくれ、まだ移動したいんだよ」

ベルトレー以外には聞こえないように小声でそう言った。
こくりと小さく頷いたベルトレーは、嬉しそうに笑う。

それを見てリツキは怪訝そうな顔をした。

「・・・何を嬉しそうにしてんの」
「だってリツキさま、私の羽をご自分から触っておられますよ。一昨日もそうでしたし」
「あー・・・」

崩れそうな建物から子供を救出した後、ベルトレーの羽に寄りかかったような記憶が薄っすらとあった。

「あの時は意識がほとんどなかったし・・・でも、今はなんで平気だったのか分かんないな」
「なぜでしょう?」
「思い出したら鳥肌立ってきたから、それ以上寄らないように」
「しゅーん・・・」

立ち上がって、寂しそうにしているベルトレーの頭を撫でた。

「ベルトレーが嫌いなわけじゃないって。いつか克服するから」
「はい、分かっております!嫌がるリツキさまの反応が楽しいから抱きついているというとこもありますし」
「こらこら、確信犯か・・・」

まったく、と笑いながらため息をついてまた温泉の淵に腰をかける。
袖をまくって上半身を倒して、肘までお湯につけた。

リツキの腕を見て、ベルトレーがきょとんとしている。

「リツキさま、そんなに怪我なさってたんですか・・・」
「え?ああ、あの時にね。大丈夫、もう血は出てないし」
「でも、昨日もあまり寝ていらっしゃらなかったでしょう?私知っておりますよ」
「・・・起きてたの?」
「物音で目が覚めまして」
「あらら・・・」

特に深刻そうではない口調で声を上げつつ、腕のあちこちにある擦り傷や切り傷をさする。
まだひりひりと痛んだが、温泉が効いているんだと自分に言い聞かせた。

「体調も優れないのでしょう?お顔色が悪いですもの」
「今はそこまで頭痛はしてないって」
「お休みにならないとまた倒れてしまわれますよ」
「・・・いーの」

温泉の中の自分の腕を見つめながら口を尖らせる。

「大事な友達と過ごす時間が7日間しかなかったとしたら、寝てなんかいられないだろ」
「ですが・・・」
「あとでたくさん休むってば。イヤってほど休む。けど今は休んでなんかいられない、分かるよな」
「・・・リツキさまのお気持ちはよーく分かります。私もできる限りお手伝いさせて頂きますよ」
「ありがとな」

お湯から引き上げて腕を水気を切る為に振っていると、遠くからみんなの声が聞こえてきた。
慌てている様子だったのでリツキは温泉を半周してそちらに向かう。

「おい、どうした?」
「その、セリサが・・・」
「あっ!!」

温泉に仰向けに浮かんでいるセリサは、顔が真っ赤になって目を回していた。
リツキは急いで手を伸ばしてセリサを抱きかかえた。

「の、のぼせてる・・・お湯に入る加減も分からないのか・・・そりゃ分からないか・・・」

どうしよう、と考えているとチオたちもお湯から上がってきた。

「しゃべってたら急にひっくり返っちゃってさ・・・ぼくは熱いの平気だから分からなかったんだけど」
「とにかく涼しいとこに移動させてくる。みんなもそろそろ上がれよ」
「はーい」

リツキはセリサを抱っこしたまま、風がよく当たるところに移動した。
温泉から少し離れた山の斜面で、安全のために柵がしてありロープが張られている。

薄目を開けたセリサに、リツキは呼びかけた。

「大丈夫か?のぼせるってこと教えてなくてごめんな・・・」
「うー・・・」

まだ頬が熱く、ぼーっとした様子である。
リツキはあぐらをかいて、足の上にセリサを寝かせた。

「あつーい・・・」
「ちょっと待ってろ、確かいくつか持ってたはず・・・」

カバンの中をあさり、缶ジュースを取り出した。

「あったあった!セリサ、これ飲んで。サイコソーダだよ」
「サイコ・・・ソーダ?すごい名前だね・・・」
「名前はいいんだよ、シュワっとしておいしいぞ、飲んで飲んで」
「いただきまーす・・・」

意識は朦朧としていたがそこまで酷い症状ではなかったらしく、セリサは普通に顔を起こして自分でジュースを飲み始めた。

「あ、おいしい。お風呂上りってこういうの飲むものなんでしょ?やってみたかったんだ」
「まあ・・・定番の行動かな?持っててよかった」
「全部飲んでいい?」
「もちろん」

ごくごく、と飲んでいくにつれてセリサの顔の赤みも段々ひいてきた。
全部飲みきった頃には、いつも通りの様子になっていた。

「平気?」
「うん・・・」
「ん?」

空になった缶をセリサの手から回収していると、セリサの視線が上にいっていることに気がついた。
リツキも空を見てみると、夕焼けからいつの間にか明るい星空に変わっていた。

「・・・これぐらいの時間帯の空も綺麗だな。真っ暗な空に星がいっぱいなのもいいけど」
「もうこんな時間だったんだ・・・」

ぽつりと言うセリサを見て、リツキは空き缶をカバンに押し込んで立ち上がった。

「おーい!温泉タイムはおしまーい!移動するからウレアはボールに入って、それ以外は集合!」
「はーい」

温泉の方に呼びかけると、全員の返事が聞こえてきた。
辺りはどんどん暗くなっていっており、太陽の代わりに星が地上を照らし始めている。

新月だったのか月の見当たらない空の中に、千年彗星の姿もリツキとセリサの目に映っていた。






波が綺麗な夜の海にしようか、空が近い高い山にしようか、あれこれを考えた結果。
リツキたちは、森に囲まれた草原に来ていた。

セリサと一緒に一度やってきた、カイナシティの北東にある小さな島である。

星明りに銀色に照らされた花たちが、そよ風に揺らされている。
リツキはボールからポケモンを全員出しており、セリサがその中心に立っていた。

「何日か前にもここに来たよな」
「・・・うん」

セリサは花畑の上に座った。
風に揺れる花に顔を寄せて、それをじっと見つめている。

「あの時はセリサは素っ気無かったよな。早く願い事言えって、早く眠りたいって、そればっかでさ」
「だって、願い事を言わない人なんて初めてだったんだもん」

しょうがないでしょ、とセリサはぷいっと顔を背けた。
だがそのそっぽを向いた顔は笑っている。

「・・・あの時と今は、全然違う。起きてるのが楽しいよ」
「・・・・・・。」

リツキは辛そうに顔をゆがめた。
セリサの前でしゃがみ込み、視線を合わせる。

「・・・よかったのかな。俺、すごく酷いことしてるのかもしれない」
「どうして?」

澄んだセリサのエメラルドのような目を見ていられず、リツキは腕の中に顔を伏せた。

「セリサが最初に言ってたみたいに、俺がとっとと願い事をかなえてもらってセリサは眠った方がよかったのかも・・・。
またどうせ眠るなら、楽しいことなんてやらずに、仲良くなろうとせずにすぐ眠った方が辛くないよな・・・」

そう言うリツキを周りのポケモンたちも気まずそうに見ている。
しかし、セリサはふわりと浮いてリツキの帽子をぺしっと叩いた。

涙が浮かんだ目で、リツキはセリサを見上げた。

「楽しかったよ。本当に楽しかった。少しの時間でもリツキのポケモンでいられて本当によかった」
「セリサ・・・・・・」
「ボクにとって最高の7日間だった。すぐに眠らなくてよかった。リツキや、みんなと会えて嬉しかった・・・・・・
ずっと、一緒に・・・いたいよ・・・・・・ボク、もっと・・・リツキと一緒にいたい・・・・・・」

セリサの目から大粒の涙がこぼれた。

「いやだよ!ボク、眠りたくない!!眠りたくないよ・・・!!」

リツキに飛びついて泣き出し、リツキはそれを両手で受け止めた。

セリサの涙が花の上に一つ落ちて弾けた。

「・・・願い事、まだ残ってたよな・・・?」
「・・・・・・うん・・・」

涙を手で拭いながらセリサが頷く。
拭いても拭いても、涙は次から次へと流れてきた。

「・・・やっぱり、「このままセリサと一緒にいたい」っていう願いは・・・?」
「・・・・・・。」

悲しそうに目を伏せて、静かに首を横に振る。
リツキはなるべく悲しい顔にならないように気をつけて頷いた。

「そっか・・・やっぱダメか・・・」

腕の中にいるセリサの涙を人差し指で拭った。

「じゃあ、これが最後の願い事。俺たち全員の願いだ。叶えてくれよ」
「みんなの・・・?」

セリサはリツキのポケモンたちを見回した。
みんな、リツキが考えていることを理解している様子だった。

「・・・セリサ、1000年後にまた目覚めた時の7日間が、セリサにとって素晴らしい時になってほしい。
素敵なトレーナーと出会って、楽しい7日間を過ごしてほしい」
「・・・・・・え」

リツキの腕の中で、セリサは小さく声を上げた。

「それが・・・願い・・・?」
「そう。次の7日間が今回の7日間よりも幸せになるように。その次の7日はもっと幸せになるように。
一人ぼっちでじゃないぞ、セリサを大事に思ってくれる友達と一緒に過ごすんだ」
「そんな・・・」

力なく腕を伸ばして、リツキから目を逸らした。

「今回の7日間よりも幸せな7日間にしろって・・・?もっと素敵なトレーナーに出会えって・・・?」

またセリサは両目にいっぱい涙を浮かべる。

「そんな願い、叶うわけないよ・・・この7日間より幸せにしてくれる人に出会うなんて、できないよ・・・」
「まーた泣く、ほらそんなにポロポロ泣くなよ」

首を振って笑うリツキが瞬きをしたときに、リツキの目からもぼろっと涙がこぼれた。

「俺まで泣いちゃうだろ・・・!泣きながら別れるなんてイヤじゃんか・・・っ」

ベルトレーは既に羽で顔を覆ってしくしく泣いている。
エノールとエナミンも抱き合って泣き出していて、チオは下を向いて必死に泣くのを堪えていた。

「セリサ、一緒にいられてよかったよ!楽しかったよな!」
「ぼくも楽しかった!セリサが次に目覚める時も楽しいように応援してるから!」

エノールとエナミンはそう言いながら応援なのか手をつないで踊っている。

「最初は別れが辛くなるなんて思わなかったよ・・・こんなにいい仲間になれるなんてね」

チオも必死に笑顔を作りながら言った。

「隕石が落ちた時、リツキの願いを叶えてくれてありがとうな。セリサとリツキはいいパートナーだったよ」
「海でサメハダーに襲われた時に助けてくれて・・・ビックリしたけど嬉しかったよ。俺も頑張って強くなるからね」

アパタイトとウレアも口々に言う。
近くまで首を伸ばしてきたウレアの頭をセリサが撫でた。

「うわあああ〜ん!私も嫌ですぅ!お別れなんて寂しすぎます!!セリサ、一緒にいられて本当によかったです・・・!!」

ベルトレーがセリサに飛びついてきた。

「みんな・・・仲良くしてくれて、どうもありがとう・・・」

セリサがそう言うと、リツキはカバンのポケットから赤いスカーフを取り出した。
スカーフの淵にはキラキラ光る糸で星の模様が刺繍されている。

セリサの首にくるりと巻いて後ろで結ぶと、刺繍されている部分がセリサの顔の前に来た。

「これ・・・?」
「昨日の夜、作ったんだ。1000年後に会うトレーナーに、前のトレーナーにもらったって言ってよ」
「・・・うん、分かった、絶対に大事にするよ。自慢しちゃうから」

スカーフを手でさすって、セリサは笑った。

リツキは ふと、空を見上げた。
それに気づいたセリサもすっかり暗くなっている空を見た。

「千年彗星が、遠ざかってく・・・もう、お別れの時間だね・・・」

しゃがみ込んだリツキの周りに全員が集まり、外側からみんなでセリサを抱きしめた。

「リツキ・・・1000年後、本当に素敵なトレーナーと出会えるかな・・・一緒に楽しく過ごせるのかな・・・」
「当然だろ、俺たち全員で願ったんだから。次の7日間も素晴らしい7日間になるよ」
「1000年後も、この花畑はあるかな・・・シロツメクサは咲いてるかな・・・花冠、作ってもらえるかな・・・」
「あるよ。花冠も作ってもらえる」

安心させるようにセリサの背中をさすり、セリサはリツキにもたれかかって目を閉じた。

「優しいお母さんと素敵なお父さんがいるかな。みんなで温泉に行けるかな」
「もちろん。お風呂上りにサイコソーダも飲めるよ」
「きのみジュースや、きのみのクッキーは?金平糖もある・・・?」
「ある。あるよ。セリサが幸せになれるなら、全部ある!1000年後も、セリサは幸せな7日間を送れる!願ってるよ!」
「・・・・・・うん」

セリサの体が白く光り始めた。
ふわっと浮き上がって、リツキの手から離れていった。

「セリサ、楽しかったよ!元気で!」
「セリサが1000年後も幸せであるよう応援してるよ!」
「俺たちが応援してるんだから、大丈夫だぜ!」
「セリサのこと絶対忘れません!ほんとのほんとに楽しかったですよ!」
「忘れるんじゃねーぞ!俺たちは仲間だからな!」
「さようなら、セリサ。俺たち、みんなセリサのこと大好きだったよ」

ポケモンたちが口々に言った。
空に上っていくセリサに手を伸ばして、リツキも叫んだ。

「セリサにもらった星の砂を見るたび、星でいっぱいの空を見るたび、セリサのことを思い出すよ!
リーグチャンピオンになって殿堂入りしてる俺たちの名前を1000年後に見て、セリサも俺たちのこと思い出して!」
「ちゃんとチャンピオンになってよ?・・・起きた時の楽しみにしておくから」
「ああ、任せとけ!!」

セリサの体が光の粒になって徐々に消えていく。
空を駆けている千年彗星の光の色と同じ色の光だった。

セリサは眠そうに目をゆっくりと目を閉じた。

「・・・じゃあ、眠るね・・・おやすみなさい・・・」
「ああ、おやすみ・・・セリサ・・・」

光が散って、セリサは空に吸い込まれていった。
リツキは空に手を伸ばしたまま、ポケモンたちも空を仰いだまま、しばらく星が降りそうな空を見つめていた。






結局、セリサと別れた後にミシロタウンに戻ったリツキは、体力の限界だったのか糸が切れたように眠り続けた。
部屋でリツキが目覚めるのを待っていたチオは、リツキが身じろいだのに気づいてベッドのそばまでやってきた。

「・・・あれ?おはよう・・・俺、どれぐらい寝てた・・・?」
「セリサと別れたのが昨日の夜。もう夕方だよ、セリサみたいに1000年寝続ける気だったのかい」
「ほ、ほとんど一日中寝てたんだ・・・?体力つけないとなあ・・・」

頭をポリポリとかいてベッドから降りる。
今日これからどうしよう、と考えていると部屋の扉がノックされた。

「リツキ、目を覚ましたの?昨日、トウカ警察から感謝状が届いたのよ。元気になったら挨拶もしたいって」
「感謝状・・・?」

扉を開けて母親から書状を受け取る。
この前の隕石の落下地点から子供を救出したことに関する感謝状だった。

「・・・この感謝状は、セリサにこそ出したいよな・・・セリサがいなかったら、助けられなかったんだし」
「それにあの隕石が地上に居座っていたら、トウカシティも大変なことになっていただろうしね」
「うん・・・」

感謝状を持ったまま、部屋の窓に向かってとぼとぼと歩いていく。
窓を開けると、セリサと別れたときのような星と糸のように細い月が浮かんだ空が見えた。

「俺もみんなも、セリサとの約束を守る為にも鍛えなおさないとな」
「え?」

窓の淵に腕をかけたリツキの顔をチオが見上げる。

「俺たちホウエン地方のバッジは全部集めたけど、これでチャンピオンに勝てるかって思ったら難しいかもしれない。
セリサに「チャンピオンになりたい」って願わずに自分の力で夢をかなえるって決めたなら、
そのためにもできるだけの努力をしないと。行き当たりばったりの旅じゃダメだよな」

おお、とチオが感心するように目を開いた。

「すごいじゃないか、そんなこと考えるようになったのかい?」
「・・・俺だってちゃんと考えてるもん」
「はは、頑張ろう。殿堂入りして歴代チャンピオンの名前の中にリツキの名前を残して、セリサに見てもらうんだもんね」

リツキが片手を差し出すと、チオはその腕に飛び乗った。
窓にチオも腰掛けて、二人で空を眺める。

「あ、流れ星・・・」
「ほんとだ」

たくさんの星の間を、一筋の流れ星が翔けていった。

チオは下を向いて目を閉じ、リツキは祈るように手を組んだ。

「・・・セリサが1000年後も幸せでありますように」
「幸せな気持ちで、セリサがまた眠りにつけますように」

ほとんど同時に、二人は願った。
お互いの願いを聞いて、顔を見合わせて笑った。



ありがとう、セリサ。
1000年おきにやってくるキミの七日間が、キミにとって常に素晴らしいものでありますように。

それまで、おやすみなさい。










ジラーチにねがいを

−END−










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