あちこちの町を飛び回り、色んな町の名物を買って歩いて、気づくととっぷりと日は暮れていた。 ベルトレーは夜になり暗くなると飛べなくなるので、アパタイトに抱えられてリツキは森の上を飛んでいる。 「はー、食べた食べた飲んだ飲んだ・・・。大丈夫かセリサ?気持ち悪くない?」 「大丈夫だけど、しばらく何も食べなくていいね・・・」 「おいしかった?」 「うん」 「楽しかった?」 「・・・うん」 セリサはリツキの腕の中から、はるか下に広がる森を見下ろした。 「どこに行くの?」 「んー、まだ秘密。もうすぐだから待ってなさいっ」 「ちょっと、苦しいっ!」 ぎゅっと腕に力を込めたのでセリサが腕の中で暴れる。 リツキはセリサが逃げ出せないようにさらにきつく抱え込んだ。 「アパタイト、分かってるよな?あそこに降りて」 「はいよ」 アパタイトを見上げて、下を指差した。 その指示に従い、アパタイトは森に向かって急降下して行った。 「ついたついた・・・この奥だな」 森の真ん中で、巨大な岩が地面から半分顔を出している。 普段は木々に阻まれて見えない場所だが、リツキは小さな隙間をくぐりながら奥へ進んでいく。 大量に絡まったツタを使い、岩をよじ登っていった。 「な、なんなのここ?」 「ここは入り口。セリサから中に入って」 リツキが長く垂れ下がるように茂っている草を手で掻き分けると、洞窟のようになっている空間が姿を現した。 巨大な岩の中腹部分は大きく穴が開いており、その空間はリツキも余裕で立っていられるぐらいの高さである。 セリサは恐る恐る中へ進んだ。 その後ろから、リツキも一緒に入ってきた。 「ここは、俺の隠れ家・・・というか、「ひみつきち」だな。ホウエン地方に引っ越してきて少ししてから作ったんだ」 「ひ、秘密基地?」 「そ。エノール、エナミン、ちょっと照らして。他のみんなも出てきていいぞー」 そう言いながらボールを一気に投げた。 エノールとエナミンがフラッシュを使うと、秘密基地の中全体が明るく照らし出される。 「・・・わ、すごい」 セリサは思わず歓声を上げた。 「まるで部屋みたいだろ。じゅうたんがひいてあるから、そこに座って座って」 様々な色のじゅうたんが敷いてあり、その上にはいくつもの椅子とクッションが置かれている。 奥には棚もあり、さらにはその上にテレビまで置かれていた。 天井が岩肌だということを気にしなければ普通の部屋にしか見えず、 中は非常に広いためにウレアがボールから出てきていても問題なく過ごせる。 「エノール、テレビつけて」 「ほーい」 頼まれたエノールは、テレビの後ろのコンセントを引っ張ってきた。 ソケット部分を手に持ち、弱い電流を送るとテレビがパッとついた。 「もちろん電気は通ってないから、こうやって見るしかないんだけどさ」 「へえ・・・」 のどかな旅番組が流れており、画面を見つめながらセリサが声を上げた。 火山の麓の町や、ハイキングコースや、温泉などが順番に紹介されていく。 しばらくしてセリサは眠そうに目をこすり、それを見てリツキは慌てた。 「せ、セリサ?大丈夫か、眠い?」 「だって今日はあっちこっち行って疲れたもん・・・」 「あ・・・ああ、そうだよな。そういうことか・・・じゃ、今日はここで全員で雑魚寝しましょう」 「こ、ここで?みんなで?」 片目を閉じたままだったが、驚いた表情でセリサが聞き返す。 「この秘密基地は父さんも母さんも知らない、俺と俺のポケモンたちしか入れない特別な場所なんだぞ〜。 とにかく住環境には気を遣ってるから、寝心地は悪くないはず!」 そう宣言したリツキに苦笑して、セリサはマットの上に座り込んだ。 「分かった、寝よ。みんなで一緒に」 「よし、じゃあ明日は早起きして行動するぞ、では消灯!」 「消灯って」 エノールがテレビを消し、エナミンがフラッシュをやめて秘密基地の中は真っ暗になった。 出入り口は草で覆われているため、外の明かりがほとんど入ってこない。 そんな中でも、各自状況を判断して寝る位置を的確に決めていった。 「チオもこっちに来い」 「なんでだい」 「あったかいから。セリサもこっち」 ウレアが長い体でぐるりとみんなを取り囲む。 アパタイトは一匹で丸くなってウレアにもたれかかり、エノールとエナミンはベルトレーの羽の下に入った。 リツキはチオとセリサを一緒に抱きかかえて、ウレアの尻尾を枕にした。 「じゃあ、また明日!しっかり体力を回復すること!」 「・・・それはリツキでしょ」 セリサが小さく呟いて、その場に居た全員が同意したが口には出さなかった。 リツキの腕の中で、チオと向き合ってセリサは静かに目を閉じた。 次の日。 秘密基地を出発したリツキ一行は、ひたすら海を進んでいた。 たまに勇気あるスイマーとすれ違ったり小さな陸地が見えたりする以外はひたすら水平線が続いている。 ウレアの首につかまって背中に乗り、セリサはリツキの帽子の上に座っていた。 「どこに行くの?」 「とにかく東」 「またナイショなんだ」 「すぐだからさ」 ウレアは顔だけ出した状態で、体全体を大きくくねらせて前進している。 かなりのスピードなので、振り落とされないようにリツキはしっかりとウレアの首にしがみついている。 「今日も晴天でよかった・・・ん、ウレア、どうした?」 「え、その・・・いたたたっ!!」 急にウレアが痛がって泳ぐのを停止した。 大きな尻尾を持ち上げるとバシャっと音がして水しぶきが舞い、リツキとセリサは目をつぶった。 「尻尾に何かが・・・あ」 「うわ・・・サメハダー!?」 なんとウレアの尻尾の先端に、サメハダーが食いついていた。 さらに海面をよく見てみると、大量の影がウレアを取り囲むように動いている。 「も、もしかしてこれって・・・」 リツキが冷や汗を流した瞬間、飛び出してきた数匹のキバニアがウレアの首に噛み付いた。 慌ててキバニアを両手で剥がそうとしたら、ウレアがそれを止めた。 「リツキさん危ないです、手を食いちぎられたらどうするんですかっ!触らないで!!」 「で・・・でも」 ウレアの顔を見上げたまま、リツキは必死に考えた。 「でんきタイプのエノール出したら、海だし一緒に感電する・・・ウレアをボールに戻したら、俺たちが食われちゃうだろうし・・・。 でもこのままじゃウレアが・・・こ、こんな数の敵、海上で相手にしたことない、どうしよう・・・!!」 片手で頭を抱えているリツキの頬をセリサが叩いた。 「え?」 「リツキ、ボクもリツキのポケモンでしょ。ボクはボールから出てるんだから、戦わせればいいじゃない」 「セリサ・・・この状況、何とかできるのか?・・・ってか、どんな技使えるの?」 「まあ見てなさい」 リツキから離れて、セリサは空中で両手を広げた。 その両手を天にかざすと、セリサから溢れ出た闇の色をしたオーラが一気に空へ上っていった。 「な、なんだ今の?」 「あんまり使いたくはなかったんだけど・・・まあ、仕方ないよね。ウレア、もうちょっと待ってて」 「いたたたた!え、はい!分かりました!痛い!」 結局リツキも手を出してキバニアのあごを上下に引っ張りウレアから剥がしている。 セリサも1匹ずつスピードスターを当てて落としていく。 噛み付かれながらも進んだ方がいいと判断したウレアは、サメハダーたちをくっつけたまままた泳ぎだした。 それと共に大量の魚影も一緒についてきている。 「ウレアが食べられてしまう・・・!おい、お前ら!ミロカロスはおいしくないぞ!・・・多分!!」 「俺、おいしくないんですか・・・うう、尻尾がなくなっちゃう・・・」 何を考えているのか分からないが、大量のサメハダーとキバニアの猛攻は止まらない。 リツキの手がずるっとウレアの首からすべり、それが噛まれた部分から出ている血のせいだと気づいたリツキは更に慌てた。 「た、たたた大変だ・・・!」 カバンの中身を漁って、キズぐすりを探す。 「いいですよリツキさん、もうちょっとで陸地ですから・・・それまでに倒れちゃったらすみません・・・。 そのときは見捨てていってください、俺のこと食べてる間になんとかして陸地に」 「んなことできるか!!なに考えてんだ・・・・・・あっ?」 「わっ!!」 その時、大量の光が辺り一面に雨のように降ってきた。 その薄紫色の光はウレアやリツキをすり抜けて周りのキバニアたちに直撃した。 「・・・・・・!!」 いくつも水柱が立ち、海全体が揺れているかのような衝撃にリツキは必死にウレアにしがみついた。 水音がやみ、まぶたに光を感じなくなってから恐る恐る目を開くと、 ウレアの周りには気絶したキバニアたちが大量に浮かんでおりちょっとした光景になっていた。 「う、うわわわ・・・」 「今の、セリサが・・・?」 セリサはウレアの顔の前まで飛んできた。 「今のは「はめつのねがい」。全体を一気に攻撃したかったんだけど、時間がかかっちゃったね・・・」 「すごいなセリサ・・・やっぱり、そんなに強かったのか・・・」 「力加減してあるからまた目を覚ましちゃうかもよ、タイプの相性もあるしね。早く行かないと」 「そ、そっか・・・ウレア、とりあえず怪我を治そう」 なんとか落ち着いてウレアに薬を使い、リツキはウレアにまたがり直した。 ウレアの頭の上にセリサもちょこんと着地する。 「じゃ、今度はサメハダーの群れに突っ込まないように気をつけながら進みまーす」 「・・・俺もよく見とこう」 「あはは、もうこりごりだよね」 遠くに見えている陸地目指して、ウレアはまた泳ぎ始めた。 「ついたついた・・・人が全然いないな、やっぱり・・・」 「ここは?」 大きな滝をウレアの「たきのぼり」で登って、広い草原をひたすら進んだ先。 巨大な洞窟がぽっかりと口をあけているのが遠くに見える。 ポケモンセンターがポツンと建っているだけでひと気は全くなく、たくさんの花が風に揺れている。 リツキはセリサを肩に抱え上げた。 「ここはサイユウシティ。ポケモンリーグに挑戦するトレーナーが各地のジムリーダーに勝ってバッジを集めて、 最終的にこの最後の試練の洞窟に来る。みんなはここを「チャンピオンロード」って呼んでるんだ」 「チャンピオンロード・・・」 「リーグチャンピオンへの道ってこと。すっごく過酷で、ここまで来てあきらめるトレーナーも大勢いるんだって」 「へえ・・・」 セリサが声を上げた時、背後から人が歩いてくる音が聞こえてきた。 リツキは大急ぎでセリサを抱えたまま近くの草むらに飛び込んだ。 草むらの中で息を潜めていると、石段をエリートトレーナーと思しき男性が登ってくるのが見える。 隣をとても強そうなザングースが歩いていた。 「よく育ててありそうだなあ・・・あの人もバッジを8つ集めてここまで来たのか・・・」 リツキたちには気づかずにそのまま進んでいき、姿が見えなくなったところでほっと息を吐き出した。 「・・・色々考えたんだ。セリサと一緒にチャンピオンロードを抜けて、ポケモンリーグに挑戦しようかなって・・・」 「ボクと一緒に・・・?」 期待を含んだ目で、セリサはリツキを見た。 しかしリツキは苦笑して目を伏せる。 「・・・でも、いい。・・・上手く言えないけど、セリサにチャンピオンになりたいって願わなかったくせに、 セリサを連れてチャンピオンロードの中の戦いを勝ち抜いてチャンピオンに挑戦するのは、なんか違うと思う・・・」 「・・・・・・。」 セリサの頬を撫でながら言い聞かせるように言うと、セリサは寂しそうに下を向いた。 「こんなにセリサが強いって知らなかったからさ。さっきの海での状況であんなに慌ててるんじゃ、俺もまだまだだな」 ははは、と明るく笑う。 そして立ち上がって、ボールを一つずつ開いていった。 ボールから出てきたチオが周りを見回して状況を把握し、リツキに尋ねる。 「サイユウシティに着いたのか。どうするんだい、セリサと一緒にここを抜けるのかい?」 「・・・ううん。やめとく」 「やっぱりね」 リツキならそう言うと思った、と笑ってからチオはセリサの前までピョコピョコと歩いていった。 「セリサ」 「・・・なに、チオ」 「そろそろ夕方になる。だからさ」 その先は自分で言う、と言わんばかりにリツキがチオをひょいと抱えた。 ポケモンたちみんながセリサを見ている。 「願い事があったら何でも聞く。できる限りのことを叶えるから、何でも言ってみて」 「・・・・・・え?」 セリサが驚いて目を見開いた。 「ボクの・・・願い事を叶えるの・・・?」 「そうだよ。もう時間がない、今からセリサがやりたいことなんでもしよう」 「そ、そんな・・・」 突然の申し出にセリサはうろたえ、両手を後ろで組んだ。 「みんな、願い事はないの?ボクが願い事を叶える側なのに・・・残りの願い事は・・・」 セリサがそう言っている間にも、全員で出発の為のフォーメーションを組んでいる。 エノールとエナミンはアパタイトにつかまり、リツキはチオを抱えたままベルトレーに乗った。 さすがにウレアは大きいので、ボールに入るつもりでそのままセリサを見下ろしている。 「セリサ、よーく考えろよ。セリサは1000年に7日間しか起きてられないんだろ? 7日間しか会えない相手に願いを叶えろなんて言う前に、どんなことでもしてやりたいって思うだろ。 起きていられる貴重な時間を、セリサにとって最高の時間だと思ってもらえたら俺たちにとってもそれが最高なの!」 一気にそう言われ、セリサはぽかんとリツキを見上げた。 みんなもリツキを理解した様子で頷いており、セリサはふわりと浮かび上がった。 「じゃあ、ボク行ってみたいところがあるから・・・連れてって。お願い」 リツキは嬉しそうに指をパチンと鳴らした。 ウレアにアイコンタクトをしてボールに戻し、そしてベルトレーが羽ばたいて空に舞い上がる。 「セリサに願い事があってよかった!よーし、じゃあいくぞ!!」 かなりの時間を飛び続けて、一向はフエンタウンに到着した。 フエンタウンは山々に囲まれた町で、ポケモンセンターの裏側にも大きな山が聳え立っている。 そのポケモンセンターの裏の山を更に登っていくと、やがて山が削られてできた大きな温泉が見えてきた。 「・・・セリサ、ここが温泉だけど・・・」 「わー、本物の温泉!お湯が自然に出てきてる!」 「うん・・・まあ・・・」 「昨日テレビで見て、入ってみたいって思ってたんだ!リツキ、入っていい?」 「どうぞ・・・」 到着したはいいが、こんなのでいいのかとリツキは頬をかく。 町の人たちが温泉に入る時間は終わったらしく、日が落ちかかっている今は温泉は無人である。 貸しきり状態の温泉にはしゃいでいるのはセリサだけではなかった。 「わーいわーい!温泉だ!」 「リツキ、俺たちも入っていいか!」 「はあ・・・」 エノールとエナミンもバシャバシャと水音を立てながら温泉に入っていく。 その横から、ウレアも長い体を動かして器用にするりとお湯に入った。 最初は少し怖がりながらお湯の温度を確かめていたセリサだったが、 みんなが入っているのを見てそのままゆっくりとお湯に浸かる。 「セリサ、どう?気持ちいい?」 リツキが温泉の淵にしゃがみ込んで尋ねる。 セリサは手をゆらゆらとお湯の中で動かしている。 「うん、ちょっと熱いけど・・・あと、お腹の目がしみるかな」 「・・・え、その目って感覚あるの?お腹だけ水面から出す?」 「ははは冗談だってば」 そう言ってセリサはお湯にぷかりと浮かぶ。 空を見ると、山の赤い岩肌と一番星が光っているのが見えた。 「リツキは入らないのかいー?」 遠くからチオの声がしてそちらに視線を移すと、リツキはぎょっとした。 |