◆◇ジラーチにねがいを◇◆ -七夜の願い星ジラーチ Another Edition-


「あっ!!」

セリサが指差す方向に、大きな本棚が二つ倒れて重なっていた。
そしてその下に、子供のものと思われる手と頭が覗いているのが見える。

「あれだ・・・!おーい!大丈夫か!!」
「・・・うう・・・」

リツキが大声で呼びかけると、子供は少しだけ頭を動かした。
首から下がすべて本棚の下敷きになっていて、その声もとても弱々しい。

「・・・助けて・・・・・・苦しい・・・」
「ま、待ってろよ・・・今、助けるから・・・!!」

セリサを肩から下ろして、リツキは必死に本棚をどかそうと試みた。
エノールとエナミン、チオも一緒になって持ち上げようとするも、重なり合っている本棚は少しも動かなかった。

「・・・だ、ダメだ全然動かない、どうしよう・・・おーい、この本棚以外に体に当たってる物があるとか分かる?」
「・・・・・・。」
「俺が本棚を少し浮かせてる間に引っ張り出せないかな・・・」

必死に考えてあれこれ策を出してみるが、名案は浮かんでこない。
リツキたちはますます焦った。

「呼吸がしにくいほど圧迫されてるんじゃ、ぼくたちだけじゃ引っ張り出せないだろう・・・」
「やっぱ全員で持ち上げよう、もう1回持ち上げるぞ!・・・あ・・・?」

先ほどから何度も声をかけているが、子供の反応がない。
リツキは慌ててしゃがんで子供の頭に顔を近づけた。

「大変だ、意識がなくなってる・・・どうしよう、とにかく持ち上げよう、上の本棚から行くぞ!」
「よしっ!!」
「はい!」

ポケモンたちと一緒になって必死に本棚を持ち上げようとしたりずらそうとしたりを試みる。

「うう・・・」
「うー・・・動け・・・!」

とは言ってもウレアは大きいのでここでは出せないし、アパタイトもベルトレーもいないため
他の小さな手持ちポケモンたちとリツキたちの力では巨大な本棚はびくともしなかった。

もう時間がない、と判断したリツキは本棚を見下ろしたまま力なく立ち上がった。
今まで全力を出していたので、肩で息をしている。

そして、床に下りて子供の頭を心配そうに触っていたセリサに辛そうに声をかけた。

「・・・セリサ、ごめん」

セリサはリツキを見上げた。

エノールとエナミンがフラッシュを使うのをやめていたため、辺りは薄暗い。
そんな中でも、セリサにはリツキが悲しそうな顔をしているのがわかった。

「願い事・・・していい?自分ではもうどうしようもないことだから、セリサに頼るしかない。本当にごめん・・・」
「何を謝ることがあるの」

セリサは浮き上がってリツキの顔の近くまで飛んだ。

「何でも願って!叶えてあげるから、早く!!」
「うん」

リツキは両手を目の前で祈るように組んだ。

「この子を助けたい。この子の命を救いたい、願いはそれだけだ。セリサ、叶えてくれ!」

その願いを聞くとセリサは浮き上がって両手を広げ、そして目を閉じた。

「・・・分かった。その願い、叶えてあげる」

お腹の目が開き、セリサから発せられる白い光にその場にいた全員が照らされた。

本棚の下から子供が不思議な力で瞬間的に移動して、リツキの目の前にふわりと浮かんだ。
それをリツキはキャッチして抱きかかえた。

「・・・ありがとう、セリサ」

本棚の下にいた子供がいなくなったことで、本棚が床にぶつかり大きな音を立てた。
あの重さで押しつぶされていたのか、と思うと恐ろしくなる。

一旦しゃがみ込んで膝の上に子供を乗せた状態で、リツキはボールを出した。

「あとは俺が頑張る。この子を外に連れ出す、だからみんなはボールに入っててくれ」

リツキ一人をこの状況に置いておくのはみんな嫌だったが、
押し問答をしている暇はないので大人しく全員モンスターボールの中に入った。

「・・・よし、外まで走るぞ・・・!」

子供を抱きかかえたまま、もと来た道の方向を見据えた。
遠くに見える出口は外からの光に照らされており、その細い光は星のように見えた。



煙のせいで意識が朦朧としながらも、リツキは全速力で出口に向かって障害物を乗り越えながら走った。
途中で何度も建物が崩れそうな音がしてきたが、とにかくひたすら走り続ける。

崩れた壁の穴を通って、ついにリツキは建物の外に脱出した。

「リツキ!」
「リツキさま・・・!」

建物の外から中を覗いていたアパタイトとベルトレーが声を上げる。
2匹の姿を確認したリツキは、抱えていた子供をアパタイトに向かって差し出した。

「アパタイト、この子をそっと抱えて、あの救助隊がいるところまで急いで運んでくれ!」
「分かった!」

両手で子供を優しく抱きかかえ、アパタイトは素早く飛んでいった。
遠くからセンリや救助隊の人たち、その他にも町の人たちが手を振っているのが見える。

ほっとしたリツキは、ベルトレーに寄りかかった。

「ベルトレー・・・俺も、運んでくれるかな。こんなとこで待っててくれて、ありがとうな・・・」
「リツキさましっかり!大丈夫ですよ、すぐにお運びいたします!」

ベルトレーは羽を広げて背中をリツキに向けた。
リツキはよろよろしながらもなんとかベルトレーの背中に乗った。

「参りますよ!」
「・・・・・・。」

力は入らなかったがせめて落ちないように、ベルトレーの背中にしがみついた。
ベルトレーはアパタイトが飛んだ軌道と同じく、クレーターの外側に向かって飛んでいった。



「リツキ・・・!無事だったか、本当によくやったぞ・・・!!」

ベルトレーが着地するや否や、センリがリツキの元まで駆け寄ってきた。
目がかすんで前がよく見えなかったが、ゆっくりとベルトレーの背中から降りる。

「父さん、あの子は・・・?」
「意識はないようだが、先ほど応急処置を施して病院に運ばれていった。
あと少し遅かったら危なかったようだが、今のところ命に別状はないようだ」
「よかった・・・」

そう言って、何とかベルトレーとアパタイトのボールを取り出した。

「父さん・・・アパタイトとベルトレーをボールに戻して、みんなをポケモンセンターに・・・」
「おい、リツキ!?」
「みんなあの煙を吸ってるから、回復を・・・・・・」

センリは意識を失って倒れてきたリツキの体を支えた。
リツキが渡そうとしたボールが地面にコロコロと転がった。

「リツキ、リツキ!しっかりしろ!!」

センリの腕の中で目を閉じて動かないリツキは、満足そうに少しだけ微笑んでいた。






「・・・・・・うーん・・・」

リツキは、目をぎゅっと強くつぶった。
そして薄っすらと目を開けると、ただの白い壁が視界に入ってきた。

ぼんやりとそれを見つめていたが、少しすると頭がやっと覚醒してきた。
それが壁ではなく天井だということ、自分が今寝転がっていることに気づいてリツキは飛び起きた。

「こ、ここは・・・!」

シーツをがばっと跳ね除けて、辺りを見回す。
ベッドの横にはシューズが並べて置いてあり、机の上にはいつもかぶっている帽子が二つにたたまれて置かれていた。

ここが病室だと分かり、裸足のままで急いで窓の外を見た。

「お昼だ・・・・・・」

顔と体から一気に血の気が引く。
とにかく落ち着こうとしても、手足が小刻みに震えるのを止められなかった。

その時、病室の扉がノックされて数秒してからさっと開かれた。
そこには看護師が二人とセンリが立っていた。

「リツキ、目を覚ましたのか。よかった・・・」
「父さん、俺あれからどんだけ寝てたんだ?!」
「まったく心配したぞ、あの有毒ガスを長時間吸い続けたために一晩中、昏睡状態が続いて・・・」
「一晩・・・!?隕石が落ちてきたの、昨日!?」
「そ・・・そうだが」

自分の健康状態よりも別のことを気にしているようだと悟ったセンリは、後ろからケースを取り出した。
それをあけると、モンスターボールが入る場所が10あるうちの7箇所にボールが収まっていた。

「ほら、リツキのポケモンたちだ。・・・7匹を連れ歩くのはあまり感心しないな」
「その、7匹目は・・・いいや、今度説明する。とにかく俺、ちょっと出かけてくるから」

髪を適当に直して帽子をかぶり、隣においてあった手袋をはめる。
そして椅子にかかっていたカバンを素早く肩から掛けて、7つのボールを一気にカバンに詰めた。

センリが止める暇もなく、一気に支度を整えてリツキは扉に向かって走った。

「お待ち下さい、まだ寝ていないと・・・これから検査をしなければ」

扉の前にいた看護師の女性が不安そうにそう言った。
しかしリツキは二人の間に割って入って扉に手をかけた。

「・・・もう体は大丈夫です。検査なら後でいくらでも受けます。すみません、俺どうしても行かないといけないんです」
「そんなことを言われても・・・」
「ごめんなさい、通ります!」

看護師たちを押し退けて、リツキは扉の外に走っていった。

「・・・すみません、あの子は決めたことは絶対にやり通す子です。しっかり叱っておきますので」
「は、はあ・・・」

廊下に顔を出してみたが、リツキの姿は既に廊下からも消えていた。






リツキが寝ていた病室は3階だったので、窓からボールから出したベルトレーに飛び乗った。
そのままベルトレーは飛び続けて、海の上に家が立ち並ぶキナギタウンまでやってきた。

「ごめん、セリサ・・・!!」

キナギタウンが見下ろせる岩山の、広場になっている部分に降り立ったリツキは急いで全てのボールを投げる。
中からリツキの手持ちポケモンたちが出てきた。

「セリサ、ごめん、俺、一晩中寝てたなんて・・・!!」

膝をついたままボールを開いたが、今度は両手も地面についた。
ボールから出てきたセリサは、リツキが謝っていることを気にする様子もなく周りを見回している。

「いいよ、それよりリツキは大丈夫なの?」
「え?」
「ボクたちはポケモンセンターで元気になってるけど、リツキはそういうわけにはいかないじゃない」

実を言うとまだ隕石の煙のせいか体の間接がところどころ痛み、頭痛もしていたがリツキはそれどころではなかった。

「俺はもう平気!大丈夫、それよりセリサ、何がしたい!?ボールの中にいた分を取り戻そう!!」

素早く立ち上がって気合を入れる。
しかし、周りのポケモンたちもセリサと同じぐらいスローモーである。

「・・・おい、どうした?」
「リツキさま、私たちさっきまでボールの外にいたのですよ」
「・・・え?」
「リツキのパパが、ぼくたちが回復した後にボールから出してくれたんだよ。セリサを見てすぐにまた戻したんだけど」
「・・・ええ?」
「んで、パパさんは別の誰も来ない部屋でボールをまた開けてくれたんだ」
「センリさんは、全部分かったんだろうな。だから、リツキが目を覚ますまでみんなでここにいろって言ってくれたんだよ」
「・・・・・・。」

リツキはポケモンたちを見下ろして硬直した。
ジラーチと自分が出会ったこと、どのように建物に取り残された子供を助けたのか、全てを理解して行動してくれた。
そのことに、リツキは心から両親に感謝をした。

「・・・父さん、すげーな」
「さすがは、リツキのお父さんだ。いや、感心するのは逆かな?」

おどけたようにチオが言った。

「そっか・・・ところで、みんなで何の話してたんだ?どんなことしてたんだよ」

腕組みをしてリツキが尋ねる。
それに、中心に立っていたセリサが答えた。

「リツキがミシロタウンから旅を始めて、どんなことがあったのかを色々聞いたよ」
「・・・お、俺のこと?」
「なんとか団っていう変な人たちを更正させた話とか、異常気象を起こしたポケモンを鎮めた話とか・・・」

セリサが口に手を当てて思い出しながら言う。

「そうそう、おくりびやまでチリーンが出るまで一週間ぐらい山ごもりしたとか」
「ダイビングで潜った深海で何度も迷子になったこととか」
「ちょっと、そんなこと話したのかよ!?」

リツキは恥ずかしさで声を荒げたが、周りのポケモンたちは笑っている。
セリサもくすくすと肩を震わせた。

ひとしきり笑った後、リツキはふと空を見上げた。
太陽はお昼の位置から少し傾いているようだった。

「・・・いま、何時ごろなんだろう」
「おやつの時間じゃないかな。みんなもお腹空いてるんじゃないかい?」

チオがみんなを見回すと、全員がこくこくと頷いた。
それを見てリツキはしゃがんでセリサを抱っこする。

「よし、今からあっちこっちでおいしいものを食べるぞ!膳は急げだ、とっとと食いに行くぞ!」
「それを言うなら善だろう・・・」

セリサを片手で抱えて、カバンの中からポケナビを取り出した。
ボタンをいくつか押して、マップ機能の画面に切り替える。

「まずはこの町でお菓子買って、次の町でテイクアウトしたのを食べながら移動して、次にこの町で喫茶店に入る!
ジュースを買って、こっちで名物のおまんじゅうを買う!この店は高いらしいけど今のお小遣いがあれば足りる!!」
「・・・そんなに食べられるの?」

意気込んでいるリツキを見上げて、セリサが心配そうに言った。

「この前考えたプランなんだよ、変更は不可だ。・・・金が足りなくなったら、道具をフレンドリィショップで売る」
「なんだそりゃ」

思わずチオが苦笑した。

「じゃ、まずはアパタイト以外はボールに入って」

セリサは抱っこしたままで、みんなをボールに戻した。
そして、自分たちがいる岩山から壁のようながけの下にあるキナギタウンの町を見下ろす。

アパタイトはセリサを抱きかかえたリツキをこれまた抱きかかえた。

「行くぞセリサ、ちゃんと食べろよ」
「うん」

羽ばたいたアパタイトはその場からふわりと浮き上がり、崖下の町 目掛けて飛んでいった。






「おいしいか?果汁100%なんだって」
「濃いね・・・色んな味がする」
「お、おいしいよね?」
「おいしいよ」

ココナツを模した容器に太目のストローがささったジュースを購入し、
人目につかないところを探して結局大きな木の上に落ち着いた。

ストローをくわえて大きな容器を小さな手で抱えて、セリサは一生懸命ジュースを飲んでいる。

リツキは片方の膝を立てて腕を置き、頬杖をついてその様子を眺めていた。
ふと、セリサがストローから口を離した。

「願い事、言わないの?」
「・・・久々に聞いたな、それ」
「ボクは願い事を叶えるために7日間目覚めるって説明したじゃない。もったいないって思わないの?」
「もったいない・・・確かにそういうことは、したくないよな」

リツキは前を向いて、木々の間から見える遠くの海を眺めた。

「7日間しか会えないなんて、短すぎる。その時間を無駄にするのはすごくもったいない」
「・・・・・・?」
「セリサが起きてる時間を一秒も無駄にしたくない。最高の7日間を過ごしてほしいって思ってた」
「な・・・なにそれ・・・」

セリサは意味もなくストローを噛んだ。

「なんで・・・ボクの・・・」
「だからとにかく楽しんでもらおうって、でっかいサカナ釣って母さんにおいしく料理してもらおうとか、
綺麗な花畑を見せようとか、いい思い出ばっかりの7日間にしようって思ったんだよ。」
「・・・・・・。」
「だからこれから忙しいぞ!それ飲んだら次の町・・・なんだけど」
「・・・なに?」

もたれていた枝から背中を離して立ち上がろうとしたが、寸前で止まってセリサの手元を見た。
そして、セリサが持っているジュースを指差した。

「・・・そのジュース、全部飲んじゃった?俺まだ一度も飲んだことなくて・・・ちょっと頂戴」
「はいはい、どうぞ。全部は飲みきれないよ、残り飲んで」
「さんきゅー」

セリサが差し出したジュースの容器を片手で受け取る。

「あ、セリサ、ストロー噛んだだろ・・・うう、出てこないぞ」
「ははは、頑張れ〜」

ストローのゆがみを直そうと試みながら、リツキは必死にジュースを吸い上げた。
甘さとすっぱさが入り混じった、セリサが言った通りの色んな味のするジュースだった。


  






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