「まあ!これを私に?!どうしましょ」 セリサがネックレスを差し出すと、リツキの母親はとても嬉しそうにそれを受け取った。 それを首に当てて何度かポーズを決めたあと、鏡を見るために台所から出て行ってしまった。 「喜んでる喜んでる。セリサ、ありがとな」 「・・・これ、ボクがプレゼントしたことになるの?リツキが願ったからじゃない」 「でもセリサが考えたんだろ。それにセリサの力がないとできなかったネックレスだし」 「・・・・・・。」 どうも腑に落ちない表情でセリサは考え込んでいたが、リツキの母親はウキウキしながらまた台所に戻ってきた。 「セリサちゃん、素敵なものをどうもありがとう。お礼に私からもプレゼント。はい」 手渡されたのは、黄色いリボンがついた青い紙袋だった。 巾着のようにリボンでしばられたその袋を開けてみると、中には色んな形のクッキーが入っていた。 「昨日、木の実を使って焼いたのよ。道中食べてちょうだいね」 「うわ、おいしそうだな!母さんありがと」 「・・・ありがとう」 「喜んでくれたかしら〜、でもこんな素敵なネックレスもらっちゃったならもっといいもの用意しないとね。 このネックレスは大事なお出かけの時につけることにするわ、本当にありがとうね」 そう言いながらセリサは優しく頬を撫でられた。 「じゃ、お母さん張り切って朝食作っちゃうから。リツキも顔を洗ってらっしゃい」 「はーい。セリサも行くぞ」 「・・・はーい・・・」 リボンを再び締めて、クッキーが入った袋を片手に持ちセリサはリツキの後ろを歩いていった。 ミシロタウンの北西にある町、トウカシティに向かってリツキは自転車をこいでいた。 セリサはやはり外に出すわけにはいかなかったので、カバンから少しだけ顔を出している。 「風が気持ちいいだろー、もうちょっと顔出しても多分大丈夫だよ」 「自転車があるなら、なんで今までずっとのんびり歩いてたの」 「歩いている時は歩いてる時、「なみのり」や「そらをとぶ」の時はそのときにしか見えない景色があるんだよ。 自転車はこぐだけで楽しいし、俺のハンドルさばきすごいだろ!」 「・・・はいはい」 無駄にウィリー走行を披露しているリツキに、頭を振りながら軽く息を吐き出して返答する。 カバンから見える景色は町や木々や人が飛んでいくようで、少し面白いなと思っていた。 トウカシティに到着して、リツキは自転車から降りてそれを折りたたんだ。 そしてキョロキョロと何かを探し始めた。 「なに探してるの?」 「ん、ベンチとかないかなって・・・あ、あったあった」 お昼前のまばらな人通りの、立ち並ぶ店の間に白いベンチが置かれている。 リツキはセリサが入ったカバンを膝の上に置いた。 そして、今朝母親がセリサに渡したクッキーの包みを取り出した。 「あ、おいしい」 ハート型のクッキーを取り出して一口かじって率直な感想を述べる。 それを見てカバンの中からセリサが抗議の声を上げた。 「ちょっと、ボクがもらったんだから!ボクにもちょうだいよ!」 「・・・あ、そうだった。はい、あーん。こぼすなよ」 「自分で食べられるのに」 不満そうにそう言いながらも、セリサは素直に口をあけた。 口に入ったクッキーを噛み締めるといろんな種類の木の実の香ばしい味が広がって、セリサは思わず目を見開いた。 「おいしい?」 「うん」 「母さんの得意料理の一つなんだ、小さい頃から俺、このクッキー大好きでさ」 「・・・へえ」 何度かセリサの口にクッキーを運び、リツキもセリサがかじったクッキーの残りを頂いている。 「・・・あ、そうだ」 「ん?」 口の中のクッキーがなくなり、セリサは思い出したように声を上げた。 リツキはカラッポになった紙でできた袋をたたんでいる。 視線をセリサが入ったカバンに落とすと、カバンの口から見えているものはセリサの顔ではないことに気づいた。 コルクでフタをされたビンがにょきっとカバンから出てきている。 「・・・なに、これ?」 「・・・いいから、あけてみて」 「・・・・・・。」 何だろう、と思いながらリツキはそれを受け取った。 ビンの先端を持って振りながら中身を眺める。 「これって、もしかして・・・」 中にはキラキラ光る赤い砂がぎっしり詰まっていた。 いくつか金色の大きめのカケラも入っている。 「大きな真珠を引き寄せた時に、一緒に集めた星の砂。この前のお礼に・・・リツキにあげる」 「お、俺に!?・・・あ」 はたから見るとカバンに向かって話しかけている様子のリツキを、通行人が不思議そうに見ていく。 平静を装って一つ軽く咳払いをして、カバンに顔を近づけるために少しだけ前かがみになった。 「この前のお礼って・・・?」 「・・・花冠、くれたでしょ。シロツメクサの・・・」 「あらあら」 リツキはカバンごとセリサを抱きかかえた。 「こんな素敵な星の砂もらっちゃったならもっといいもの用意しないとね」 「それ、お母さんが言ってた・・・何もいらないよ、ボクはただ」 セリサがまだ話している途中に、突然地面が縦に大きく揺れてリツキはベンチから跳ね上げられた。 それと同時に耳を劈くような轟音が聞こえ、辺りが赤く照らされるほどの光と共に、爆風が巻き起こった。 しばらくリツキもセリサも何が起こったのか分からず、放り出された石畳の上で目を瞬かせているだけだった。 「な・・・なんだ・・・?」 「地震・・・?」 衝撃を感じた方向に目をやると、その方向から大勢の人たちが逃げてくるのが見えた。 異常な事態だと判断したリツキは腰のベルトからボールを取り出した。 「ベルトレー、出てきて!」 チルタリスのベルトレーが姿を現し、リツキは素早くその背中にしがみつくように乗った。 「あらリツキさま、どんなご用でしょう?」 「空飛んで!とにかく高く!」 「かしこまりました〜」 言うが早いかベルトレーは大きく羽ばたいて空に舞い上がった。 上空からリツキは目を凝らしてトウカシティを見下ろす。 「な・・・なんだあれ・・・」 遠くに見えている森のそばの広場に、上空からでもしっかり確認できるほど大きなクレーターができていた。 「リツキさま、もしかしてあれは・・・」 「・・・隕石?あの近くには確か、店がいくつかあったはず・・・」 「近くまで参ります?どうしましょう」 「うんベルトレー、近くまで飛んで」 その会話をカバンの中からセリサは不安そうに聞いている。 ベルトレーは町のはずれの方にリツキをのせたまま飛んでいった。 「大丈夫ですかっ!?」 クレーターの付近に降り立ったリツキは、衝撃で倒れている人のそばまで駆け寄った。 あちこちに何人か倒れているようだったが、みんな息はあるようでひとまず安心した。 その時。 「おい、リツキ?!」 「・・・え?あ!」 振り返ると、そこにはリツキの父親でありトウカシティのジムリーダー、センリが立っていた。 「父さん・・・!あそこに、人が倒れて・・・!」 「大丈夫だ、救急隊は呼んである。それよりもこの隕石は非常に危険なものだ、離れていなさい」 見ればクレーターの中心にある巨大な隕石は薄い青色の煙をもくもくと出している。 風向きの関係でリツキたちが立っている方向には流れてきていない。 「この種の隕石はたまに確認されていたのだが、この規模のものは初めてだ・・・。 あれは有毒なガスだから吸うと意識を失って呼吸困難に陥る、絶対に近づいてはいけないぞ」 「は、はい・・・」 町の救急隊が倒れている人たちの救助に素早く当たり始めている。 リツキは何もできないのをもどかしく思いながらその様子を見ていた。 センリもその人たちと少しはなれたところで話し合っているようだった。 「リツキ、何が起きてるの・・・?」 カバンの中から、セリサの不安そうな声が聞こえてきた。 リツキはカバンを抱きかかえて、セリサに聞こえるように小声で話しかける。 「すっごく大きな隕石が落ちてきたみたいなんだ・・・あとちょっとずれてたら、俺たち死んでたかも・・・」 セリサにも隕石が見えるようにそのままカバンを傾けた。 見える?とリツキは小さな声で言った。 「なに、クレーターの向こう側の建物に人が!?」 突然、背後からセンリの叫び声が聞こえてきた。 それに驚いてリツキはカバンを抱えたまま勢いよく振り返った。 「だが、あの隕石に近づくことはできない・・・」 「はい、今到着している救助隊の装備では非常に危険です」 「・・・・・・。」 センリと一緒に話している救助隊の男性の近くまで、リツキは走っていった。 「どうしたんですか、隕石の近くに人がいるって・・・?」 「リツキ・・・クレーターの丁度内側に、建物が一つあったんだ。無人のはずだったんだが・・・。 子供が一人、その中に残されているらしいという情報が入った」 「そ、そんな」 リツキはクレーターの方向を見た。 隕石から出ている煙はどんどん色が濃くなっていき、クレーター内部に溜まっていっている。 空気より重い気体らしく、さらに悪いことに風がほとんど吹いていないため風に吹き散らされることもない様子である。 セリサが入ったカバンを抱きしめる力を強くして、リツキはセンリたちから数歩後ずさった。 「・・・セリサ。願い事、していい?」 カバンに向かってそう言うと、カバンの中身が少し震えたのを感じた。 リツキはセンリを見て叫んだ。 「父さん、俺が助けに行ってくる。一刻を争うんだろ。絶対にその子を助けてくるから」 「なっ・・・待ちなさいリツキ!隣町の救助隊が来るまで・・・」 「そんなこと言ってたら死んじゃうかもしれないだろ!大丈夫、必ず助け出してくる!」 「リツキ!!」 リツキはボールを投げた。 中からフライゴンのアパタイトが出てきて、リツキを背から持ち上げた。 「アパタイト、あっちに向かって飛んで!」 隕石の方向を指差し、アパタイトはクレーターの中心目掛けて飛んでいった。 ベルトレーも少しおくれて後を追う。 「セリサ、4つ目の願い・・・大変かもしれないけど、聞いてくれる?」 カバンに向かって囁くと、セリサがカバンから顔を出した。 リツキの顔を真っ直ぐに見て、頷いた。 「・・・じゃあ、あの隕石を消して・・・どこでもいい、宇宙のどこかに、誰かの邪魔にならないところに放ってくれ」 「分かった」 カバンから飛び出したセリサは、隕石の真上まで飛んでいった。 両手を広げて、ゆっくりと目を閉じる。 セリサのお腹の目が開くとセリサの体全体が輝き出し、 それと同時に半分以上地面に埋まっている巨大な隕石が青白く光り周りの地面を揺り動かした。 「わ・・・!!」 光が弾けて眩しさのあまりリツキを始め周りの人間たちは目を閉じた。 セリサは素早くリツキの元に戻っていく。 目が慣れてから目を開いてみると、隕石があった場所には大きな穴があいている状態になっていた。 「すごい・・・本当にあの大きな隕石を・・・」 「リツキさま、あの建物ですよね?半分崩れてしまっています!」 「・・・あ・・・!」 クレーターの中心部分に向かって崩れそうになっている3、4階建ての建物が見える。 青い煙がまだ漂っている状態だったが考えている暇はなく、リツキはアパタイトに指示を出した。 「アパタイト、あそこに向かって飛んで!ベルトレー、「おいかぜ」で後ろから煙をあおいで飛ばしてくれ!」 「かしこまりました!」 クレーターの外側から人々が見守る中、リツキを抱えたアパタイトは今にも穴に落ちていきそうな建物に向かって飛んでいった。 壁が崩れ落ちて骨組みがむき出しになっている建物の前に着陸し、 扉は変形して開かないため崩れた狭い壁の隙間からリツキは建物の中に入っていった。 「中は狭いから動きづらいと思う、ベルトレー、アパタイト、2匹は外で待ってて」 リツキが中に入りながらそう言った。 ベルトレーは風を起こして煙を散らすのを継続し、アパタイトは入り口が崩れないように支えている。 「分かりました、リツキさまお気をつけて!待機しております」 「頑張ってこいよ、死ぬなよ!」 「分かってる!」 帽子や服が引っかからないように気をつけながら、リツキは建物の中に入った。 その建物は本屋さんだったらしく、店内は商品の大量の本がそこかしこに散乱している。 電気もついていないため中は真っ暗だった。 「エノール、エナミン、出てきて」 ボールを取り出してエノールとエナミンを出した。 「2匹とも、「フラッシュ」で照らしてて。中に取り残されてる人を探すから」 「はあい」 「分かった!」 2匹は手をつないで辺りを照らした。 強力な懐中電灯が後ろからついてきているような状態になり、 崩れた棚や足元に散らばっている本たち、半分落ちてきている天井を避けながら進んでいく。 「・・・どこにいるんだろう」 リツキがそう言った瞬間、辺りが大きく揺れ始めた。 リツキたちは硬直して体勢を低くして停止した。 頭を腕で隠しながら振り返ると、後ろの壁が崩れ落ちていくのが見えた。 「こりゃ危ない・・・天井が完全に崩れる前に早く探さないと・・・!チオ、出てきて」 ボールを投げて、今度はチオが出てきた。 分厚い本の上に着地したチオは、眩しそうに目を細めた。 「な、なんだいここは!」 「デカい隕石が落ちたせいで崩れそうになっている建物の中!とにかく逃げ遅れた人を探してくれ!」 「なんだそれは!大体ぼくは暗いと目が・・・」 また地響きが起こり、天井の亀裂がさらに大きくなった。 「チオは人一倍感覚が鋭いだろうが!ほら、集中しろ!どこかに子供がいないかっ!」 「う、うるさいなあ・・・集中できないじゃないか・・・」 チオはいっそ目を閉じて、周りの気配を感じ取った。 その様子をリツキの方にしがみついているセリサもじっと見ている。 「・・・あ、あっちだ・・・!あっちの方向に、何かが動いた音が・・・」 「よし!」 目を開けてチオが顔を向けた方向に、リツキは走り出した。 エナミンとエノールも後ろからついていく。 その時、また建物全体が大きく揺れた。 「うわわわ・・・!」 走っている途中でバランスを崩し、転びそうになったのを何とか踏みとどまった。 しかし、後ろからチオの叫び声が聞こえてきた。 「リツキ、上・・・!!」 「え?」 見れば巨大な柱がリツキ目掛けて倒れてきていた。 吹き抜けになっている部分に来ていたらしく、崩れた壁に押されていくつもの柱が途中で折れている。 「ウレアっ!!」 ボールを素早く取り出して投げて、そこからウレアが出現した。 ウレアは一瞬で状況を判断して、リツキをかばう為に柱にぶつかりながらもう片方から倒れてきている柱を ハイドロポンプで押し返した。 「大丈夫でしたか!」 「サンキュー、ウレア・・・柱をどかしたら、ボールに戻って」 「は、はい・・・!」 天井が低く狭い中ではウレアもほとんど身動きが取れないため、リツキはウレアをまたボールに戻した。 周りの安全を確認していると、ポンポン、と頬を叩かれる感覚に気がついた。 「セリサ?どうした?」 「リツキ、あれ・・・」 |