◆◇ジラーチにねがいを◇◆ -七夜の願い星ジラーチ Another Edition-


島に住んでいる人たちに一晩泊めてほしい、とリツキが頼むと住人たちは快く家に上げてくれた。
2階の部屋を貸してもらってそこで一夜を明かしたリツキは、
家の人たちにお礼を言ったあとミシロタウンの方角ではなくさらに北東に進んでいた。

「なにしてるの」
「セリサ、釣りをしてる人には「釣れますか」って声をかけるんだよ」
「・・・・・・。」

ひと気のない浜辺で、リツキは沖に向かって釣竿を何度も投げている。
しばらくしたら引き上げてみて、そしてまた沖へキャストの繰り返しである。

「だって釣れてないじゃない」
「・・・うん」

その時、釣竿に手ごたえを感じたのか竿を握るリツキの手に力が入った。

「焦ってるからかも」
「え?」

海を眺めたまま、セリサが聞き返す。

「焦ってる。どうしよう」
「なにが?」
「セリサ、ちょっと向こうでみんなと遊んできて」
「大丈夫なの?」
「この浜辺あんま人いないから、見つかりそうになったらみんなに隠してもらって」
「・・・・・・。」

リツキはボールを取り出して3つのボールからポケモンを出した。
アチャモのチオと、プラスルのエノールとマイナンのエナミンが出てきた。

「釣れてるかい?」

ボールから出るなり、チオはからかうようにリツキに言った。
釣竿には何もかかっていなかったようで、片手で釣竿を持って頭をかく。

「見ての通りだよ。絶対に大物釣ってやる」
「お土産にするつもり?」
「そ。アパタイトには木の実を集めてもらってきてる。セリサ、今日中にミシロタウンに行くから」

向こうで遊んでて、と言うリツキにセリサは不満そうな表情を浮かべた。
既に遠くに走って行ってしまっているエノールとエナミンが呼んでいるのが聞こえて、
チオに背中も軽くつつかれ、セリサはリツキから遠ざかっていった。

「・・・釣れないなあ」
「俺がいるからですかね。俺も向こうに行ってましょうか」

リツキの隣にどーんと長い体を横たえている、ミロカロスのウレアが言った。
体の半分は海に浸かっている。

「いや、俺が焦ってるからだと思う。ウレアにはもしポケモンが釣れたら応戦してもらわないといけないし。」
「焦ることないと思いますよ、リツキさんなら大丈夫ですって」
「・・・ありがと。よし、大物来い来い!!」

また釣竿を握りなおし、真っ直ぐに浮きを見据えて気合を入れ直した。



「頑張れエナミン!いけいけー!!」
「ずるいよエノール!ぼくも応援したいのに!」

完成間近な砂の城の前で、エノールとエナミンが応援合戦をしている。
それを横目に見ながら、セリサは砂浜に手でぐるぐると模様を描いて遊んでいた。

隣にはチオがおり、その様子をじっと見下ろしている。

「・・・チオは、さ」
「なんだい?」

下を向いたままセリサがぽつりと言った。

「人間のこと、嫌いじゃないんだ」
「・・・・・・ん?」

チオは目をぱちくりさせて首をかしげた。

「それって、セリサは人間が嫌いってことかい?」
「分かんない・・・」

手を斜めに動かして砂に描いた模様を消していく。

「1000年に7日間しか人と接しないし、全く別のボクとは無関係の存在・・・だよ、人間って。
人間もボクを願いをかなえる伝説のポケモンとしか見ていないし、ボクも彼らを願いをかける生き物としか思ってない。
ボクは今まで通り眠っていたいのに、願い事をしない人間なんて初めてだよ。リツキは何を考えてるの?」
「・・・・・・。」

うーん、とチオはセリサの横顔を見ながら考えた。

「リツキは何のことはない、ポケモンが好きなただの男の子だよ。
最初はちょっと変わってるなと思ったけど、今じゃリツキの手持ちポケモンみんながリツキを信頼してお互い助け合ってる。
みんな、リツキが考えてることも分かっていると思うよ」

嬉しそうに少し得意げに話すチオに、セリサは複雑な表情を浮かべた。

「なんで願い事をしないかも分かるの?」
「うん。なんとなく」
「ボクには全然分かんない・・・とっとと残りの願い事をすればいいのに。そしたらボクも眠れるのに」
「・・・ははは」

チオは片足を上げて、セリサとの間の地面に爪で絵を描き始めた。

「今はさ、伝説のポケモンとはいえセリサもリツキのポケモンなんだから」
「・・・・・・。」
「自分のトレーナーと仲良くしないと。お互い歩み寄ろうとすれば、信頼し合える仲間になるのに時間なんてかからないよ。
セリサもトレーナーを理解しようとすれば、きっとリツキの気持ちがわかるはずだよ」

砂浜にチオが描いたのは、セリサの顔だった。
セリサはその絵に近づいて、体の部分を自分の手で描き足した。

「分かったよ。リツキはボクに「自分のポケモンになってほしい」って願い事をしたんだもんね。
リツキはボクのトレーナーなんだから、理解できるように努力してみる」
「おお」

目を見開いて、チオは声を上げた。

「すごいじゃないか。ちょっとばかり難解な人かもしれないけど、頑張れ」
「・・・なにそれ、リツキを褒めてるの?」
「もちろん」

リツキが手招きしているのが見えたので、エノールとエナミンに行くよ、と声をかけてからチオは走り出した。
セリサもその後ろを飛ばずに走ってついて行った。






「ただいまー!」
「あら、リツキ!お帰りなさい」

ミロカロスのウレアの「なみのり」でまたゆったりと海を渡って、
その後はひたすら歩き続けて、ようやくミシロタウンに到着した。

既に時刻は夕方を過ぎて夜になってしまっている。

ウレアとチルタリスのベルトレーは大きいのでボールに入っているが、それ以外の手持ちポケモンたちはボールから出ていた。
セリサだけは姿を隠すために口を開けたカバンから外が見えるように入っている。

「ほら、母さんこれお土産」
「まあまあ」

リツキは大きな魚が入った袋を手渡した。
隣にいたフライゴンのアパタイトは、木の実がたくさん入った木の籠を差出し、リツキの母親はそれを嬉しそうに受け取った。

「これ、リツキが釣ったの?」
「え、ええと・・・いや、そのー・・・」

リツキは決まりが悪そうに頬をかいた。
足元にいるチオが面白そうに口を挟む。

「朝から釣りしてたのに結局釣れなくて、ウレアに潜って取ってきてもらったんですよママさん」
「ちょっとチオ、バラすなよっ!」
「あはははは」

母親は片手で口を押さえて笑っている。
アパタイトから籠を受け取ってテーブルの上に置いた。

「じゃあ、晩ごはんの材料にさせてもらうわね。それまでみんな待ってて。リツキの部屋はちゃんと片付けてあるからね」
「ありがと」



リツキの部屋に入り、セリサもカバンから出てきた。
部屋を物珍しそうに見て回っている。

「・・・ポケモンの本がたくさんあるんだね」
「そ、俺ジョウトにいた頃からポケモントレーナーになりたくってさ。あ、別にトレーナーじゃなくても、
自分のポケモンと一緒に暮らしたいって思ってた。その夢は今は叶っちゃってるけどね」
「ふーん・・・」

エノールとエナミンは2匹でトランプを取り出して遊び始めており、
アパタイトは勝手に本棚から漫画を取り出して寝転がっている。

「あ、そうだそうだ」
「なに?」

リツキは急に座り込んでカバンの中身を漁り始めた。
しばらくゴソゴソと色んなものを取り出しては床に置いていたが、目当ての物が見つかりそれをセリサに差し出した。

「昨日泊めてもらった家の人に、お菓子をもらったんだよ」
「こらリツキ、晩ごはんの前にお菓子はダメだろう」
「えー、チオお前母さんみたいだな」
「まったく、大きくなれませんよ」
「あははは、1粒だけだから許してよ、ママ」

肩をすくめて言うリツキにチオも笑いながら近寄っていった。
リツキが袋を開けると、そこには色とりどりの金平糖が入っていた。

「セリサ、あーん。おいしいよ」
「なにこれ?」
「金平糖。砂糖でできた・・・キャンディだよキャンディ。星みたいで可愛いだろ」
「・・・・・・。」

無言で口をあけたセリサの口に、置くようにピンクの金平糖を一粒入れた。
口を閉じたセリサは、口を動かして金平糖を味わっている。

「どう?」
「・・・甘い」
「おいしいだろ?」
「・・・うん」

その返答を聞くとリツキは立ち上がってエノールとエナミンの方に金平糖を持って歩いていった。
その間もずっと、口の中の感覚にセリサは集中していた。

「これはベルトレーとウレアの分・・・俺も一つ食べよ」
「ちょっと、ぼくもまだもらってないよ」
「お、そうだった。じゃあキャッチしろよ」
「こらこら行儀が悪い・・・・・・よっと」

部屋の扉の前から投げた金平糖を、チオは見事に口でキャッチした。
それを見ていたセリサは、リツキに向かって手を振った。

「リツキ、ボクにも」
「・・・へ?」
「ボクにも投げて。もう一つ食べたい」
「あ、気に入ってくれたのかな?じゃあキャッチできるかなっと!」
「わ」

下から投げて放物線を描いた黄色い金平糖は、落ちそうになりながらもセリサの口の端に何とか挟まった。

「ははははは、セリサその顔面白い!」
「へ?・・・ちょっと、笑わないでよっ」

手で口に金平糖を押し込んでから、セリサはそっぽを向いた。
遠くにいたアパタイトやエノールとエナミンもその様子をバッチリ見ており、一緒になって笑っている。

しばらく恥ずかしそうに口を動かしていたセリサだったが、

「・・・もう」

自分でもおかしくなったのか少しだけ笑って、ペタンと床に座った。



ミシロタウンに戻ってくるまではセリサが見つかったら騒ぎになると考えて隠していたが、
ポケモンのことはあまり知らない母親にセリサを見せてみても「可愛いポケモンね」と言うだけで全く驚いていなかった。

そのまま用意された夕食をみんなで食べて、リツキのお土産話にみんなも参加して、
セリサもリツキの隣でそれをずっと聞いていた。

すっかり夜も更けて、寝る準備を整えたリツキはポケモンたちをボールに入れてからいそいそとベッドに入る。

「久々に自分のベッドで眠れるな〜、ほらセリサもこっちに来いよ」

寝転がった自分の横のスペースをポンポンと叩きながら言うリツキにセリサはぎょっとした。

「・・・え?」
「明日はトウカシティに朝早く出かける予定だから早く寝ないと。こっちおいで」

しばらく動かずに床に立ち尽くしていたセリサだったが、
やっとトコトコとベッドの方まで歩いてきてリツキが抱え上げた。

「寝てる間にボクのこと押し潰さないでよ」
「寝相はいいから大丈夫大丈夫。・・・それでさ、次の願い事したいんだけどいい?」

またセリサは驚いて両目を大きく開いた。

「・・・ね、願い事?いいよ、早く。残り全部一気でもいいよ」
「ははー、そんなことしないしない。お願いってのは、母さんに何か素敵なプレゼントしたくてさ」
「・・・リツキのお母さんに?」

そう、と頷くリツキを呆然と見つめる。

「母さんの料理食べただろ。おいしかっただろ?」
「・・・まあ」
「セリサのこと可愛いって言ってたじゃん。嬉しかったよな」
「・・・・・・。」

自分のことのように嬉しそうにしているリツキに、セリサは難しい顔をした。

「本当はお小遣いで何か買って帰って、その後ポケモンリーグ挑戦しに行こうって思ってたんだ。
けどさ、セリサに頼んだらすごく素敵なプレゼントを用意できるって思って」
「・・・ああ、そう」

あきれたような声と共に、ため息をついた。

「・・・で?この家を大豪邸にしてほしいの?それとも、この地方で一番の大金持ちになりたい?」
「え」

セリサを抱きかかえたまま、リツキは濁点がついたような声を上げた。

「母さんが喜ぶものだったら何でも・・・」
「だから具体的に何なの?出してあげるから言って」
「いや、そうじゃなくて・・・」

そう言いながらリツキはセリサをそっとベッドに置いた。

「俺からのプレゼントじゃなくて、セリサから母さんに」
「・・・はい?」
「母さん、セリサを抱っこしてくれただろ、可愛いって言いながら撫でてくれただろ。
セリサのために木の実でクッキー作ってあげるって言ってくれたじゃん。
お返しがしたいなって、あの時思ってただろー?」

自分を見下ろしているリツキ越しに天井を見上げて、セリサは何度も瞬きをした。
向けたこともなかった方向に思考を動かして、必死に考える。

「・・・思った・・・のかな・・・」
「思ってたって。俺は分かったけど。何かこの人にしたい、でも何もできないって顔してたよ」
「な・・・なにそれ、顔だけでそんなこと・・・」
「俺はセリサのトレーナーだぞ、分かるって!だからさ、俺が願ったらセリサがしたいことできるじゃん」
「・・・・・・。」

無気力に寝返りを打って、目を見開いたままじっと動かない。
あまりにもピクリとも動かないので、リツキは少し不安になった。

「・・・あの、セリサがやりたくないならいいんだけど・・・願い事は保留にしてくれても」
「何が喜ぶんだろう」
「・・・お」

壁の方を向いたまま、セリサが急に呟いた。

「叶えてくれる?」
「リツキが「これを出して」って言ってくれたら簡単なんだけど」
「喜びそうなもの考えて。考えて選んだものなら何でも嬉しいから」
「そういうものかな・・・」
「そういうものですよー」

うーん、と唸りながらセリサはまた寝返りを打った。
リツキと向き合う形になり、リツキは布団をかぶせてリモコンで電気を消した。

カーテン越しに入ってくる星の光に照らされながら、しばらくセリサは考え続けていた。






次の日の朝。
リツキは目を覚ましてセリサがいるであろう場所に手を伸ばしたが、手は何にも触れなかった。

「・・・あ?え、セリサ!?」

布団を勢いよくまくったが、そこにはセリサの姿はなかった。
朝っぱらから顔面蒼白になり、ベッドから転げ落ちるように脱出する。

「おい、セリサ!?セリサ、どこ行った!」
「・・・・・・うるさーい」

部屋の扉を開けて出て行こうとした瞬間、部屋の隅から声が聞こえてきた。
セリサの姿を確認して、リツキは心から安堵して思わず床にへたり込んだ。

「び・・・ビックリした・・・いなくなったのかと・・・」
「ほら、これでどうかな」
「はい?」

セリサが両手を差し出してリツキを見上げている。
その両手には、たくさんの真珠がついた大きなネックレスがあった。

リツキは思わずセリサに駆け寄り床にスライディングしながら座り込んだ。

「こ、これ・・・セリサが出してくれたのか?すごい!大きな真珠のネックレスだ・・・!」

震える手でネックレスを受け取り、目の前に持ってきた。
大粒の真珠がいくつもついた、非常に高価そうなネックレスである。

一粒の真珠だけでも高いだろう、全部でいくらするんだろう、などひとしきり驚きながら考えた後、
もしかして、とネックレスを持ったままセリサの方にゆっくりと顔を動かした。

「・・・セリサ、あのさ」
「なに?」
「もしかしてこのネックレス・・・どっかの高級宝石店から瞬間移動させて引き寄せたとか・・・じゃ、ないよね?」
「・・・はあ」

セリサは少しイラついた様子でふわりと浮き上がった。
リツキの目の前まで飛んできて、頭を軽くぺしっと叩いた。

「そんなわけないでしょ。これは海底にあった大きな真珠をここに移動させて作ったの」
「あ、ああ、そっか。よかった〜」

安心して全身の力が抜ける。
そしてすぐに立ち上がり、ネックレスをセリサに手渡した。

「な、なに?」
「母さんに渡しに行こう。母さん早起きだから、多分起きてる」
「ボクが渡すの?」
「当然。俺からじゃなくて、セリサからのプレゼントなんだもん」
「・・・なんか違うと思うけど」
「違わない〜」

1階へ続く階段を軽快に降りていくリツキの後ろから、セリサもネックレスを持ったまま飛んでいった。


  






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