◆◇ジラーチにねがいを◇◆ -七夜の願い星ジラーチ Another Edition-


「・・・こんにちは、ボクはジラーチ。伝説といわれるポケモンだよ。あの千年彗星の接近に呼応して目覚めたんだ」
「ジラーチ・・・?聞いたことがあるな・・・」
「リツキ、このポケモンが伝説のポケモン、ジラーチなんだ!ほら、前に聞いただろう、願い事を叶えてくれるポケモンだって!」
「・・・あ!前に本で読んだな・・・本当にいたのか・・・」

二人が目を輝かせて喜んでいるのに対し、ジラーチは じとっとした目で二人を見上げている。
その様子に、リツキとチオも少しクールダウンしてジラーチと向き直った。

「何かお前、怒ってる?願い事を叶えてくれるんだよな・・・?」
「うん、叶えてあげるよ。どんな願い事でも言ってご覧。すぐに叶えてあげる」
「ええと・・・そんなこと言われても・・・じゃあ・・・」

リツキは足元にある白い岩が入った箱を持ち上げようとした。
しかしやはり非常に重くて一人ではとても持ち上げられなかった。

「ジラーチ、この白い岩・・・お前と何か関係があるのか?」
「この岩?これは・・・まあ、ボクの家みたいなものかな・・・いや、ボク自身かもね。
そんなのどうでもいいでしょ、早く願いを言ってよ」
「・・・何なんだよお前・・・普通、願いを叶えてくれる存在ってもうちょっと優しいもんだろ・・・なんでそんな投げやりなんだよ・・・」

ぶつくさ言いながら、リツキは白い岩が入ったケースを指差した。

「じゃあジラーチ、この白い岩の箱を丘の上に持ってってくれよ。丘の上には人がいっぱいいるから、気づかれないようにそっと」
「・・・そんなことでいいの?・・・はいはい」

そう言うとジラーチは目を閉じた。
そして浮かび上がって箱の上に移動すると、体全体が光り始めた。

リツキとチオは興味深そうにその様子をじっと見ている。

ジラーチが手を広げると頭についている緑色の短冊のようなものが白く輝き、
さらにお腹に横に入っている切れ込みが開き、そこから目が姿を現した。

ジラーチのお腹の目に、再びリツキとチオは驚いて思わず抱き合った。

「・・・はい、できたよ」
「・・・え?」

ジラーチの両目が開かれると同時にお腹の目は閉じ、気づくとリツキの足元にあった箱は消えてなくなっていた。
しゃがみ込んで箱があった場所に手を置いてみたが、ずらしたり引きずった様子も全くなく、
その場から完全に消えてしまっていたのだった。

リツキは両手をパチン、と大きく叩いた。

「すげー!!すごいなジラーチ!本当に願いを叶えてくれたのか!うわーうわー!!魔法みたいだな!!」
「・・・こんなことで喜びすぎでしょ・・・。ほら、次の願いは何?」
「へ?」

全く抑揚のない声でジラーチは言った。
リツキは思わず間抜けな表情で聞き返した。

「つ、次の願いを言えって?ちょっとジラーチ、落ち着けよ・・・もうちょっと考えさせろって」
「ふあ〜・・・早く決めてよね、ボクは寝てた方がいいの。とっとと願いを七つ叶えて、また眠ってたいんだから」
「そんなことい・・・・・・えっ、七つ!?願い事は七つまでなのか!?」
「うるさいなあ・・・早く決めて寝かせてよ、どんなことでも叶えてあげるから早く」
「・・・なんか、違うだろ、その願いを叶えてくれる存在ってもっと優しくてさ・・・」

リツキが必死に言っても、ジラーチは気だるそうに地面に降り立ち丸まって眠り始めてしまった。
チオが顔を近づけてみたが、どうやら完全に眠っている様子である。

二人は目を見合わせてため息をついた。
リツキはジラーチを左手で抱え上げて、丘を少しずつ登っていくことにした。






次の日。
リツキはトクサネシティでジラーチの存在を上手く隠しながら宿を取って朝を迎えていた。

部屋の中でアチャモのチオをはじめ他の手持ちポケモンたちと一緒に並んで、ジラーチも一緒に朝食をとることになった。

「おはようみんな!今日はミシロタウンに一旦帰るからな」
「なんでだ?サイユウシティは目の前なんじゃなかったのかよ」

ポロックを食べながらリツキに尋ねているのは、プラスルのエノール。
エノールの隣では、缶に入ったジュースをマイナンのエナミンがゴクゴクと飲んでいる。

「一回父さんと母さんに挨拶してから行こうと思ってさ。もしかしたら俺がポケモンリーグ優勝して、
チャンピオンになっちゃうかもしれないだろ〜。心の準備しといてくださいってさ」
「やれやれ、その自信はいったいどこから来るのやら」
「チオ、そりゃないだろ。お前たちがガンバってくれれば夢じゃないだろうが〜」
「まあ、頑張るけどね」

そう言いつつ楽しそうに笑っているチオは、深い皿に入っているポケモンフードをつついている。

一階の部屋の窓から見える庭には、ミロカロスのウレアやフライゴンのアパタイトの姿も見えている。
二匹は意外と気が合うらしく、仲良く会話をしながら食事をしていた。

ちなみにチルタリスのベルトレーは食事をとっとと済ませており、もこもこな羽の手入れに余念がなかった。

「・・・なに、ポケモンリーグのチャンピオンを目指してるの?」

ジラーチは何かを食べるわけでもなく、ぼーっとしている。
つまらなさそうに、眠そうな目でジラーチがリツキを見上げて尋ねた。

「ん?まあ、成り行きっていうか・・・ポケモントレーナーの夢であり目標だからな。
まずはバッジを8つ集めて、チャンピオンロードを越えて・・・そして、
四天王を倒してやっと、まだ見ぬチャンピオンに挑戦だ。どんな人なんだろうな〜」
「はー・・・」

ジラーチは全く興味がない様子でため息を軽くついた。
その態度にリツキまで目を細めて思わずため息が出た。

「なんなんだよ、もう・・・なんでそんなだるそうなんだ?」
「ふあ〜・・・ボクは寝てたいの。千年彗星が近づいたからまた起きることになったけど、
寝てる方がずっとラクなんだよ。早く願いをあと6つ言ってよ。そしたらボクはまた眠るから」
「・・・な、なんてやる気のないやつなんだ」

本当に眠いのか体を動かすのも億劫な様子でジラーチは首を左右に振った。

しばらく考えて、リツキはジラーチに歩み寄った。
そして、しゃがんでジラーチを抱え上げた。

「・・・なに?」
「じゃ、二つ目の願い。叶えてくれるか?」
「はいはい、早く言って。億万長者になりたいの?それとも王様にでもなりたい?」

リツキに抱えられて、ジラーチとリツキの視線が一直線に合った。
綺麗なエメラルドのようなジラーチの目を真っ直ぐに見て、リツキは静かに言った。

「ジラーチ、俺のポケモンになってくれよ」
「・・・はい?なにそれ」
「俺の仲間になって、俺に名前をつけさせてくれ。それが二つ目の願い」
「わけ分かんないんだけど・・・」

あきれたようにジラーチは言った。

「ボクは千年彗星が接近してるから仕方なく目覚めたんだよ。つまり千年彗星が遠ざかったらまた眠るの。
次に目覚めるのは千年後に彗星がまた接近して、あの岩に彗星の力が注がれる時。
ボクがキミのポケモンになっても、何の意味もないんだからね。7日・・・あと6日だね、そしたらまた寝るんだから」
「なんだよ、叶えてくれないの?」
「そうは言ってないでしょ・・・あと、願いをかなえる力を全部使った場合でもすぐに寝るよ。いいの?」
「うん」
「・・・そう・・・」

リツキの態度に少しだけジラーチは焦りながら目を逸らした。

「だってさ、ずっと隠しておくの大変だろ」
「・・・なにが?」
「ジラーチのことは本にも載ってるし、みんな知ってるんだよ。今ジラーチが目覚めてるなんてことが知られたら、
大変な騒ぎになるだろ。ジラーチを安全に移動させる為にも、俺のポケモンになってボールに入っててもらわないと」
「・・・あっそ」

またジラーチは目をじとっと半分閉じて、はあ、と息を吐き出した。
ジラーチを抱えたまま、食事に夢中になっている手持ちポケモンたちにリツキは向き直った。

「おーい、みんな、ちゅうもーく」
「なに?」
「なんだい?」
「なんですか?」

床で食事をしていたチオやエノールとエナミンがリツキを見上げた。
庭にいるウレアやアパタイト、ベルトレーも近づいてきた。

「この伝説のウルトラレアなポケモンであるジラーチは、今から俺のポケモンになりました。
名前は「セリサ」。新入りクンとみんな仲良くするように」

もう好きにして、という様子で脱力してジラーチはリツキの宣言を聞いていた。
みんなは、はーい、とか分かりました、とか返事をして手があるポケモンは拍手をした。

「よーしジラーチ、お前は今日から「セリサ」だ。俺のポケモンとして恥じない働きを期待するぞ」
「なに言ってんだか・・・」

本当にわけ分かんない、とセリサは疲れた様子で目を閉じた。






チルタリスのベルトレーの「そらをとぶ」ではなく、
ミロカロスのウレアの「なみのり」でトクサネシティを出発したリツキ一行は、
途中でカイナシティに立ち寄っていた。

一日中買い物や観光につき合わされ、リツキの手持ちポケモンとかわるがわる会話をさせられたセリサは、
夕方には疲れてぐったりしていた。

「おい、セリサ?大丈夫?」
「なみのりで移動するとか何考えてるの・・・一気に空を飛んで行けばいいじゃんか」
「だって、それじゃ楽しくないだろ」
「どうやったって楽しくないよ」

セリサは ぷいっと顔を背けた。

ちなみに場所は人通りの少ない商店街の、さらに裏路地なので誰かに見られる心配は最小限である。

手持ちポケモンはみんなボールにしまってあり、リツキのカバンはほとんどカラッポにしてあって、
誰かにセリサが見つかったらすぐにボールかカバンに隠せるようにしてある。

「願い事はないの?ボクの力を使ったらキミの行きたいところへだって一瞬で行けるんだよ。
早く願い事を言ってよ、寝てたいんだから・・・ほら、ここに金銀や宝石をいっぱい出してあげようか?」
「あれ、優しいなセリサ。でもそんなのいらないよ」
「じゃあ早く願い事を残り6つ、言ってよ!」
「・・・え?」

リツキが急に立ち止まり、隣を飛んでいたセリサを捕まえた。
突然抱っこされてセリサは慌てる。

「ちょっと、急になに?」
「いや・・・願い事はあと5個だろ。今日の朝、セリサに「俺のポケモンになって」って願ったじゃん。
あれはノーカウントなの?なんで?」
「ええと・・・別に願いを叶える力を使わなくても叶う願いだったし・・・」
「でもとっとと願いを叶えたかったんじゃ?」
「分かんないよボクにも・・・早く残りの願い事言ってよ。次の目的地までワープさせてあげようか?」
「いいよ、徒歩で行くから。お土産も買ったし、あとはもうゆっくりミシロタウンまで行けばOK」

それを聞いてセリサはぎょっとした。

「今日中に帰るんじゃないの?この町に今夜は泊まる気?」
「いけない?」
「いけなくはないけど・・・」
「じゃあいいじゃんか。あ、そうだ、セリサ」
「・・・なに?」

路地を抜けて開けた道に到着した。
リツキがぐるりと方向を変えると、リツキの腕から顔を出しているセリサの視線も自動的に変わる。

目の前には、段差と柵と砂浜越しではあったが、大きな海が広がっていた。
さらにその水平線には真っ赤な夕日が溶けるように海に沈みかけている。

もうそんな時間だったんだ、とセリサは夕日を見つめた。

「綺麗だろ?夕日」
「うん・・・」
「起きてないと見られないだろ」
「そうだね・・・」

赤く照らされているセリサの顔を見下ろしながら、リツキは嬉しそうに言った。

「何年も寝てたんだから、起きてるときにしかできないことしようとか思わないの?」
「・・・・・・。」

投げかけられた疑問を頭で解決しようとしたが、セリサの頭には新しい疑問がいくつも浮かんできた。
しかし、しばらく考えたが納得のいく答えは出てこなかった。

「・・・分かんない。だって寝てるのが普通なんだもん。起きてる時の方が異変なんだよ」
「はは、異変って」

そりゃ人間からしたらおかしいかもしれないけどさ、とセリサは不貞腐れた。
しばらくおかしそうにリツキも笑っていた。

しかし突然そばを通りかかった通行人の視線に気づいてセリサを上着の中に隠した。

「・・・・・・!!」

リツキにくっついて、セリサも動かないように息を潜める。
その人はリツキが一人でしゃべっている変な人と思ったのか、何度か振り返りながらもそのまま歩いていってしまった。

「・・・・・・行ったかな?」
「気づかれなかったの?」
「多分・・・見えてないと思うんだけど」
「はあ・・・」

久しぶりに、セリサが大きくため息をついた。

「人間ってさ」

セリサは体をよじってリツキの腕の中でリツキの方を向いた。

「自分のことしか考えないし、願うことは全部自分のことばっかり。
今までいろんな人の願いを叶えてきたけど、7つの願い事の中で誰も自分のこと以外は願わなかったよ。
努力せずに願いを叶えられる存在であるボクの力を手に入れようとして、目が覚めた7日間はいつもこうだよ。
追いかけられて追い回されて、自分勝手な願いことを聞く・・・もちろん、叶えてあげるんだけどさ」

一気にそう言ったセリサに、リツキはポカンとする。

「ボクはそのために存在してるの。だから寝てたいの。面倒でしょ、うんざりするでしょ。そんなの。
リツキも早く全部の願い事を言ってよ。それでボクを早く眠らせて」
「・・・・・・そうだよな、そりゃそうだ」
「聞いてる?」
「そりゃ寝てたいね、考えてもみなかった・・・」
「・・・ねえ、聞いてるの」

カイナシティにとった今日の寝床に戻るまで、リツキはずっと考え込んだ様子だった。
セリサは先ほどの夕日を思い出しながら、リツキの服の中から視線だけ動かして街中を見ていた。






次の日。

「なにここ・・・」
「綺麗だろ〜」

リツキとセリサは、カイナシティを出発して、南にあるミシロタウンの方角ではなくなぜか北東の島に来ていた。

「この島は、前にキナギタウンから潮に流されてたまたま辿り着いちゃった場所なんだよ」
「・・・そうなんだ」
「ほら、あっちの花畑。綺麗だろ?」
「いいから、家に帰るんじゃなかったの?」
「今日帰るよ、ベルトレーが飛んだらすぐの場所だし」
「じゃあすぐに帰ればいいのに」

壁のように生い茂る木々に囲まれた広々とした花畑に、赤や黄色の花が所狭しと咲き誇っている。
ずっとリツキの隣に浮かんでいたセリサは、地面に降り立った。

「リツキは、願いはないの?なんで言わないの、願いを」

白い花をじっと見ながら、セリサは呟いた。
両手を頭の後ろで組んでリツキはきょとんとする。

「え?ないわけないじゃん」

手を広げて指を一つずつ折りながら数え上げ始めた。

「あるよ、いーっぱいある。まずサイユウシティに辿り着きたいだろ、チャンピオンに勝てるぐらい強くなりたい。
ポケモン図鑑を完成させたい、誰にも負けない超優秀なトレーナーになりたい・・・」
「じゃあそれをボクに願ってよ。叶えてあげるから」
「・・・やーだよ」
「なんで。わけ分かんない」

セリサは白い花をつついてみた。
それと同時に風が吹いて、大きく揺れた花はセリサの顔に軽くぶつかってきた。

顔を左右に振ってからセリサはふわりと浮き上がり、少し高いところから花畑を見渡した。

「どう?綺麗だと思う?」
「リツキが何がしたいのか分からない」
「俺の質問に答えろよー。せっかく連れて来たんだから」
「・・・ほんと、わけ分かんない・・・」

風に吹かれてそよそよと花畑全体が揺れている。
もう少し高く飛んでみると、花がまるで海の波のように見えた。

セリサは高い位置にある太陽の光が眩しくて目を細めた。

「・・・綺麗」
「えー?」

下からリツキが聞き返したが、セリサは何も言わずに地上におりてきた。

さっきまで立っていたはずのリツキは花の前にしゃがみ込んでいる。
セリサは何をしているんだろう、とリツキの前まで歩いていった。

「じゃーん」
「・・・なに?」
「ほらー、器用だろ。シロツメクサの花冠でーす」
「器用って自分で・・・」
「ほれ」

セリサの頭のてっぺんに、リツキは花冠をかぶせた。
頭の形状の関係で、頭にかぶせたというよりかは先端にはめたという感じである。

「なにしてるの、ちょっと」
「・・・似合わないな」
「なに言ってるの、かぶせといて」
「そのままでも可愛いもんな。でもちょっとかぶっといてよ」
「・・・・・・。」

頭に花冠をのっけられた状態で、セリサは脱力した。

「願い事は?」
「何か俺よりセリサの方が願い事って言ってない?よし、今日一日「願いごと」は禁句ね」
「なにそれ!」

セリサは思わず声を荒げた。
小さな足で地面を踏み鳴らしたため、頭の花冠が揺れる。

「・・・言ってよ」
「やーだ」
「・・・わけ・・・分かんない・・・」
「あれ、眠いか?何年も寝てたのに眠いのか?」
「なんかここ・・・眠くなるんだもん・・・」

眠そうに目をこするセリサを見てリツキは笑った。
そして頭の花冠をひょいっと取って、セリサを抱きかかえたまま横になる。

「じゃあお昼寝でもしよ。おやすみー」
「ボクをボールに戻さないの?外で寝て大丈夫なの?」
「この島は人がほとんどいないし、誰か来たとしてもいい人たちだよ。安心安心」
「・・・ちょっと」
「・・・・・・ぐー」
「・・・もう寝てるの」

リツキの腕にホールドされていて動けないので、仕方なくセリサも目を閉じた。
葉っぱや花たちのさやさやと風に揺れる音が聞こえてきた。


  






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