「・・・でっかい施設だなあ」 「ホウエン地方でも随一の研究センターだからね。ほら、あっちに展示室があるみたいだよ」 ミシロタウンからアチャモのチオと共に旅に出た少年リツキは、 ホウエン地方を冒険しながら各地のジムリーダーに挑戦してポケモンリーグを目指していた。 なみのりで渡ってきたトクサネシティには大きな研究所と博物館があり、 リツキとボールから出ているチオは展示品を珍しそうに眺めていた。 「ほらリツキ、あれが「つきのいし」だよ。月から持ち帰ってきたものなんだって」 「・・・つきのいしなら、俺もいくつか持ってるけどな」 「しっ、研究所の人たちに聞こえないように!」 「へいへい」 博物館の方には研究の為に訪れているのか若い男女が何人か、 他にも小さな子供たちが先生に引率されて団体で展示物を見て回っている。 リツキはガラス張りのケースの中の、隕石やよく分からない砂や小石を事も無げに眺めている。 そのリツキに抱きかかえられて、チオもガラスケースの中をじっと見ていた。 「リツキはこういうのには興味ないのかい?」 「あーんま、ビビっとくるものがないな。もっとこう、心の底から湧きあがるような感動、 魂を震わせるような美しさと輝きを放つ発見があればいいんだけど」 「・・・リツキの感動のポイントは理解できないからなあ」 「なんでだよ、チオの後頭部のカーブの角度は今まで見たどんなポケモンより美しいんだぞ」 「・・・まあ、褒め言葉として受け取っておくよ」 「褒めてんのに」 ガラスケースにチオをのせて、チオの頭を押しつぶすようにリツキもその上から頭をのせる。 すると丁度目の前に、ケースの上に貼られたポスターがやってきた。 「ん、なんだこれ」 「千年彗星の大接近・・・?」 ポスターには、大きな流れ星のようなものが写った夜空の写真と、大きなロゴや日時が書かれている。 「そう、それは千年彗星を間近で見ようというツアーのお知らせなのですよ」 「・・・はっ?」 突然後ろから降ってきた声に、リツキとチオは同時に間の抜けた声を上げた。 チオを再び抱え上げて振り返ってみると、そこには白衣と分厚い眼鏡の研究所の人が立っていた。 「どうも、宇宙研究センターの研究員、オプタと申します。アナタ様は宇宙に興味がおありで?」 「いや・・・別に・・・興味があるわけでは・・・」 「いえいえ!そんなもったいない!このミレニアム・コメットの大接近を見ないなど、人生の大いなる損失です」 「はあ・・・」 変な人に捕まっちゃったな、とリツキはため息をついた。チオも同じ心境である。 しかし目の前の人物、研究員のオプタは尚もアツく語り続けている。 仕方ないので、リツキは一応質問をしてあげることにした。 「あの・・・みれにあむ・・・こめ、とか、なんなんですかそれ?」 「ミレニアム・コメット。つまりは千年彗星のことです。千年に一度、この星に大接近をする巨大彗星なのです」 「千年に一度大接近・・・?」 「落っこちてきたりはしないのかい?」 リツキの腕の中から、チオも尋ねてみた。 「ええ、非常に巨大ですが規則正しい軌道を描いていますので。落ちてくるようなことは計算上でもあり得ません」 「ふーん・・・」 難しいことはよく分からなかったが、リツキはとりあえず頷いておいた。 「その彗星の輝きたるや、白とも青とも言えない、金よりも輝き銀よりも煌く、あの美しさはなんとも表現し難い・・・。 あ、わたくしは先日この研究所から飛ばした衛星からの写真を拝見したのですがね、それはもう息を呑むほどの素晴らしさで」 「・・・あの」 オプタの話がほとんど頭にも入ってこなくなった頃、リツキは展示室の隅を指差した。 そこには一辺が一メートルほどの立方体のガラスケースが置かれていた。 「あ、はいっ、なんでしょうか?」 「あの石は何なんですか?」 「ん?石?」 リツキが指差した方向にオプタは歩いていった。 そして眼鏡を何度か持ち上げて、ケースの中をしげしげと眺めた。 「何かその白い石、ちょっと光ったような気がして・・・」 「この石が?わたくしには何の変わりもないようにお見受けしますが」 リツキもケースに近づいてみたが、中には丸くて白い石が入っているだけの地味な展示物である。 特に目立つような装飾も施されておらず、ただ置いてあるだけという風であった。 「ですがこの石は、千年前にミレニアム・コメットが接近した時に落ちてきた石と伝えられているものですよ」 「え?千年前に?」 「そのように聞いております。もしかしたらミレニアム・コメットのカケラなのかもしれません。 あ、それでこの話に戻るのですが、このミレニアム・コメットを間近で見るツアーのガイドもわたくしつとめておりまして」 「あー・・・はい・・・」 またオプタが語りだしたので、リツキはしばらくその語りに付き合ってあげることにした。 「な・・・ながい・・・」 「頭の中で星が回っているよ・・・」 その後たっぷり一時間ほど語られたリツキは、やっと開放されてふらふらしながら宇宙センターから脱出した。 結局は、千年彗星の接近をよく見られる丘に行ってすごい望遠鏡で天体観測をしようということだったらしい。 話が何度も脱線しながらもいつまでも話は続いたが、やがて他の研究員が呼びに来て残念そうに彼は去っていった。 「はー・・・でもさ、千年に1回しか見られない彗星ってすごいよな」 「まあねえ・・・千年前に見た人たちはビックリしただろうね」 「だな。そんなでかい星なら、願い事したら速攻で叶えてくれるかな?」 「はは、彗星は流れ星とは違うってさっきの人も言ってたし、そんな力はないんじゃないか」 「そーだな。大体、流れ星なんかで願いが叶うはずないし」 そう言いながらリツキはモンスターボールを一つ取り出した。 ボールを投げると、そこからチルタリスのベルトレーが姿を現した。 「よ、ベルトレー。ひとっとびしてくれよ」 「あらあら、どこか遠くに行かれますのね。では出発のハグを」 「うおあああっ!来るな!!」 もこもこの手触りが大の苦手のリツキは、綿でできたような翼を広げてやってくるベルトレーから素早く飛び退いた。 翼を差し出したまましゅん、と残念そうにベルトレーは下を向いた。 「空を飛んでる間、絶対にヘンな真似するなよベルトレー!本気で落ちるからな俺は!」 「もこもこを耐えたらいいじゃないか。落ちる方を選ぶのかい」 「・・・もうこれは生理的に無理なんだよ。分かってくれ。ベルトレーが嫌いなわけでは決してないから」 「ありがとうございます。必ず克服させてお見せしますので」 「だから来るな!!」 そんなやり取りをしている間に、リツキたちの背後に小さな女の子が近づいてきていた。 「可愛いポケモンだね」 「・・・おっ?女の子だ・・・ありがとな、俺の自慢のポケモンなんだ」 「宇宙研究センターの博物館に行ってたの?」 「え・・・うん、まあ・・・」 思わずリツキは女の子から目を逸らして頬をかいた。 「私のお兄ちゃんがね、千年彗星のツアーのガイドさんをやるんだよ」 「あー・・・あの人・・・オプタさんの妹さんだったのか・・・」 少し歳は離れているようだったが、確かによく見るとあの研究員の面影が目の前の少女にはあるような気がする。 「白い岩、見た?」 「・・・え?」 女の子は小さな声でそう言った。 リツキは思わず聞き返した。 「・・・白い岩?あの、展示されてた丸い岩のこと?」 「見た?光ってた?」 「ひ・・・光ってた・・・うん・・・」 ぎこちなく頷き、目を瞬かせる。 「あの岩は、千年彗星のカケラなんだよ。千年に一度やってくる千年彗星と一緒に目覚めるんだよ」 「・・・は・・・?」 「強い願いが込められてるの。ロケットが無事に発射できるようにって願いをかけて、置いてあるんだよ」 「そ・・・そうなんだ」 「千年彗星が来る今夜、外に出されるの。お兄ちゃんも一緒に見よ?だからトクサネにいてよ」 「・・・え」 何がなんだか分からなくて、リツキは硬直した。 目の前にいる女の子に少々の恐怖すら覚える。 しかし少女はにっこり笑って、そして宇宙研究センターに入っていった。 二つに結ばれた髪には、星のアクセサリーが揺れていた。 「・・・な、何だあの子?」 「トクサネにいてって言ってたね。リツキ、ベルトレーでどこに行こうとしてたんだい?」 「いや、ちょっと父さんに会いに1回帰ろうかなって・・・じゃ、せっかくだから今日そのでかい彗星見て、 それを土産話にするとして明日帰ろうかな・・・」 「あら残念。じゃあまたご用ができたらお呼び下さいませな」 「あ、うん・・・ありがとなベルトレー・・・」 まだ本調子に戻らない様子で、リツキは力なくベルトレーをボールに戻した。 その日の夜。 リツキは宇宙研究センターの前に集まった大勢の子供たちの後ろに立っていた。 少なく見積もっても30人ほどはいる子供たちと、大きな荷物を背負っている大人も10人以上はいる。 空は細い月が浮かんでおり、一面に星空が広がっていた。 「うわー、すげーな・・・!」 「こんなに星が多いと、どれがどの星座か分かんないね・・・」 リツキと、リツキの横に立っているチオも空を見上げて他の子供たちと同じく星空に感動していた。 やっぱ見にきてよかったかも、と内心思っていた。 「それでは皆さーん!あちらでミレニアム・コメットを観測しましょうー!二人一組でしっかり手をつないでー!」 今日リツキに熱弁をふるった研究員のオプタをはじめ、10人ほどの研究員が子供たちの誘導をしている。 リツキもその後ろからついていくことにした。 「そういや、あの女の子はどこにいるのかな」 「うーん・・・暗いからね、あの集団のどこかにいるんじゃないのかい?」 「そうだな。・・・ん?」 最後尾にいるはずのリツキの後ろから人の気配がした。 振り返って見てみると、数人の研究員たちが荷物を運んでいた。 「なんなんですかこれは?何を運んでるんですか?」 「よいしょ・・・ああ、これはね」 一人で重そうな荷物を運んでいたので、リツキも手を貸して一緒に歩き始めた。 研究員は、ありがとう、と頭を少し下げた。 「博物館の展示品だよ。センターで行われる天体観測の際には外に出すようにしているんだ」 「え、展示品を・・・?」 「他にも、ロケットの発射の際にもね。特にこの白い岩は、打ち上げの無事の願いを込めているんだ」 「白い岩・・・」 そういえばこの荷物の大きさは、今日見た展示されていた白い岩の大きさかも、とリツキは思った。 二人がかりで持っていても、ずっしりとしてとても重たい。 「そういや研究員のオプタさんの妹さんに今日会ったんですけど、その子もそんなこと言ってました。 ロケット発射の無事を願ってるって。あの子の作り話かと思ったんだけど、ホントだったんですね」 「はは、作り話じゃないよ。それにしてもオプタに妹がいたんだな、家族の話したことなかったから知らなかったよ」 「まだ小学生低学年ぐらいかな・・・小さいけど、可愛い子でしたよ」 他の軽い展示物を運んでいる研究員たちに何人か追い抜かされながらも、 リツキはなんとか緩やかな坂を上がっていき子供たちも大勢いる観測地点である丘の頂上付近までやってきた。 なるほどそこは周りに大きな建物もなく空が広くて、明かりもないため非常に観測に適した場所であった。 まだ白い岩が入ったケースを持ったまま、リツキは思わず星空に見とれていた。 「・・・ん?うわっ!!」 「わあっ!!」 荷物を降ろそうと立ち止まろうとした瞬間、リツキは足元にあった大きな岩に躓いた。 バランスが崩れてもう片側を持っていた研究員の手が離れて、リツキの方に荷物が傾く。 「お、落ちる・・・ちょっと、わわわわっ!」 「リツキ!?」 岩とはいえ貴重な展示品なので地面に激突させるわけにもいかない。 そう思ったリツキは白い岩が入ったケースをかばって地面に尻餅をついたのだったが、 そこが丘でありさらに運悪く急斜面になっている場所で、そのままリツキは下の林の方に転がり落ちていってしまった。 「ちょっと!大丈夫?!」 研究員の青年が慌てて声をかけるが、荷物が手から離れた弾みで眼鏡を落としてしまい状況を把握できていない。 リツキの足元を歩いていたチオは、リツキの名前を叫びながら転がっていったリツキを必死に追いかけていった。 他の研究員たちもその騒動に気づいて何人かが駆け寄ってきていたが、 子供たちにまた熱心に語り始めているオプタとその話を聞いている人たちは気づいていない様子である。 「い、いたたたた・・・」 丘を転がり、茂みの中に落ちてきたリツキは背の低い木々の枝に絡まりながらようやく停止した。 しばらく目が回っていたが、頭を左右に慌てて振った。 「あ、これは無事か・・・よかった〜・・・」 自分のせいで展示品に何事かあっては大変だと心配したリツキだったが、 腕の中にあるケースには傷もついていないことを暗闇の中で手で確認して安堵する。 次に帽子が頭にないことに気づいて辺りを見回した。 「帽子なくしたかな・・・げげ、どうしよう・・・」 「おいリツキ!大丈夫かい!?」 「おっ」 ガサガサ、と草を掻き分けてくる音と共にチオの声が暗闇から聞こえてきた。 「怪我は?!ほら、帽子が途中で落ちてたよ」 「ありがとうな・・・いてて、大丈夫ほとんど擦り傷だから・・・よいしょっと」 帽子についていた小さな葉っぱを払い、頭も軽くはたいてから帽子をかぶりなおす。 そして、足元に置いていたケースをそっと抱え上げようとした。 「・・・う、重い・・・どうしよう」 「あーあ、この急斜面をこの大きな荷物を持って登ろうっていうのかい?全くどうするんだ」 「参ったな・・・コケて展示品を丘の下に転がしたとか、絶対に怒られるだろ・・・」 ふと天を仰いだ時、空に大きな光る星があることに気がついた。 大きいが尾を引いていて、白く輝くそれは流れ星ではなく彗星であった。 自分の顔が照らされるほど輝くそれに、リツキは目を見張った。 「こ、これが千年彗星か・・・!太陽みたいだ・・・」 「リツキ!リツキ、ちょっと、この箱がおかしいよ!」 「え?」 白い岩が入っている箱から、光が漏れ出ている。 チオが軽く箱をつついてみると、箱がガタガタと動き出した。 リツキが驚愕のあまりチオを抱きしめ、チオも恐怖に身を硬直させた。 箱から光が溢れ出て、彗星の光を浴びてその光は箱の上で一つの塊になった。 「な、な、なななななんだこりゃ・・・?!」 光がおさまると、それは星の形の頭をした白い生き物の姿になった。 リツキとチオが絶句していると、その生き物はゆっくりと目を開いた。 「・・・・・・。」 「な、なんだお前・・・ポケモンか・・・?」 「・・・・・・はあ」 目の前にいるリツキとチオを見るなり、それはかったるそうにため息をついた。 |