「レックがいじめる・・・!それ、どっかに置いてきてよ・・・!!」
「なんだよー、可愛いのに」


ゆっくり歩いてくるレックが抱きかかえているのは、真っ白な子猫だった。細い尻尾や大きな目をくるくると動かしている。


「なんだそのネコは?可愛いな」
「ちょっと、お父さん・・・!!」

レックに手を差し出し、カイが子猫を受け取る。フィルはカイから飛びのいてカーテンの後ろに隠れた。

「ばあちゃんが飼い始めたんです。まだ生まれて間もないから、ミルクしか飲めないんですよ」
「そうかそうか、うーん、可愛い可愛い」

両手でそっと顔の前に移動させてネコと見詰め合う。短い手足を突っ張らせて、ネコはニャー、と小さく鳴いた。

「フィルのネコ嫌いも、こんな小さな子猫なら治るかなと思って」
「なるほどな。フィル、子猫も触れないのか?」

フィルはカーテンに包まって怯えていた。

「お、同じだよ、大きかろうと小さかろうと・・・ネコだもん!ムリムリ、触れないから!近づけないで!!」
「別にネコアレルギーじゃないんだから、触っても平気なんだろ?」
「そういう問題じゃないんだよ!生理的に本当にムリなの!!うわあああ鳥肌がとまらない!!」
「こんなに可愛いのになー」

カイの腕の中にいる子猫と顔を見合わせる。レックが頭をそっと撫でると、嬉しそうに目を細めた。

「名前はついているのか?」
「はい、ばあちゃんが「ダイちゃん」って呼んでるから「ダイ」って名前みたいです」
「ダイか。大きくなるんだぞー」

カイが頭をわしっと撫でるとまた、ニャー、と返事をした。そして、口元にやってきた指を軽く噛みはじめる。

「あ、お腹空いてんのかも。ミルク持って来るんで、ちょっと待っててください」
「ちょっとレック!ネコを持っていってよ!お父さんもネコ返して!レックに返して!!」
「本当にどうしてダメなんだ?絶対に引っ掻かないから触ってみたら?」
「ムリ!!嫌だ、こっち来ないで!!」

全力でカーテンの中から拒絶するフィルの様子を見て、カイは今朝の事件をまた思い出した。

「・・・うん、なんか違うな。あれはやっぱりフィルの本心じゃない。確信できたよ」
「なにが!?ちゃんと持っててよお父さん、ネコが飛び降りてこっちに来たら・・・」
「あ、逃げた」
「うわああああああー!!」

床に飛び降りたネコはなぜか真っ先にフィルに駆け寄ろうとしたため、フィルは絶叫しながら駆け出して扉に一度ぶつかりながらも部屋を出て行ってしまった。

まだ足取りも覚束ない子猫には容易に追いつくことができ、カイはネコの首根っこをひょいと持ち上げて腕の中に再びおさめる。

そして、フィルが逃げ出していった扉をぼーっと見つめた。

「また逃げちゃったけど・・・やっぱり違う。よかったよかった」

状況はあまりよくはないのだが、子猫のダイを優しく撫でながらカイは安堵していた。かじかじ、と指をまたかじられ始めた時にミルクを持っているであろうレックの足音が近づいてきた。



「シャンソン様ー!!」
「ん?フィルか、どうした?」

子猫の恐怖から走って逃げた先は、国王シャンソンの部屋だった。二人の大臣と書類を見ながら扉の前で話し合っているようである。

話し合いより駆け寄ってきたフィルの方が大事らしく、大臣に手で合図をしてからフィルの方を向いた。

「シャンソン様、あの、いま、部屋に・・・」
「こらー、シャンソン様って呼ぶんじゃないって言ったでしょうが」
「あ・・・えっと・・・」

いくらか落ち着いてきたフィルは、少し考えるフリをして頬に人差し指を当てた。

「はい、国王陛下」
「こらこら!」

シャンソンはフィルの頭を抱きかかえた。カイよりもシャンソンは背が高く、腕の中にフィルの頭はすっぽり納まってしまう。

「・・・おじいさま」
「よしよし」

腕の中から聞こえてきたフィルの声に、満足げにシャンソンは頷いた。

仲睦まじい親子に見えるが実際は祖父と孫である。その微笑ましいやり取りを見て空気を読んだ大臣達は書類だけをシャンソンの手に残して耳打ちをし、一礼をして去って行ってしまった。

フィルは前が見えなかったが、腕の中からシャンソンに言った。

「やっぱり、お父さんと似てらっしゃいますね」
「そりゃそうだ、あの子は小さい頃から大人びていて私よりずっと頭はいいが・・・親子なんだから」

フィルの頭を腕から開放して、今度はポンポンと撫でる。

「公の場でなければなるべく敬語も使わないように言ったはずだけどー?」
「・・・そうでした、申し訳ありま・・・あ、ごめんなさい・・・」
「本当にいい子だなフィルは。いい子いい子」

また頭をわしわしと撫でる。髪がくしゃくしゃになってしまうが、フィルはカイやシャンソンに頭を撫でられるのは好きだった。

「カイの子供なんて、どんな子になるか不安だったが杞憂でよかった・・・・・・それで、どうしたんだ?」
「え?」
「逃げてきたんだろう、カイから」
「うん・・・」

フィルは床を見ながら後ろで腕を組んだ。

「レックが子猫を連れてきて、お父さんがそれを抱っこしてたから・・・逃げてきた」
「はははは、本当にフィルはネコが苦手なんだな。他にも怖い動物はたくさんいるだろうに」
「そ、そりゃあ怖い動物はいるけど・・・その中で、一番ネコが嫌いなの」
「誰しも苦手なものはあるさ、大丈夫大丈夫」

そう言ってシャンソンは手に持っていた書類がずれてきたので両手でまとめた。

「おじいさま、その紙はなに?さっき話し合ってたみたいだけど・・・」
「ああ・・・これだよ」

書類の表紙をフィルに向けて見せた。表紙に書かれた文字を目で追ってみると。

「・・・コンチェルト国における、テヌートに関する法律についての決議・・・?」

タイトルを読み上げ、説明を求めてシャンソンを見上げる。シャンソンは部屋の扉を開けてフィルを中に促した。

「テヌートを「人間」とみなさずに、滅ぼすべきであるという法律がメルディナの4国にあるのは知ってるな?」
「うん・・・テヌートっていう白い髪の人間みたいな種族は、全員処刑されて、今は一人も残ってないって・・・」
「歴史の勉強もちゃんとしてるな、偉いぞ」
「・・・・・・。」

タン・バリンの歴史の授業でフィルもそのことを学んでいた。テヌートという生まれた時から白い髪を持つ種族は、4国の一致の元メルディナ大陸から滅ぼされたという。

「その、テヌートを滅ぼす法律ができてから100年以上経ってるし、もうテヌートはいないんじゃないの?どうしてその法律に関する話し合いがされたの?」
「それがな・・・まだ、たまに生き残りが見つかるんだよ」
「えっ・・・!?テヌートの生き残り!?」

とっくに絶滅したと思っていたし、国中の人たちもそう思っているはずである。フィルは驚いて思わず口を押さえたが、その瞬間に少し前に聞いた話を思い出した。

「・・・あ、聞いたことある、テヌート最後の一人がメヌエットで見つかったって・・・。すぐには処刑されずに保護されて、観察下に置かれてたんだよね?でも確か」
「そう、結局数年前に処刑された。メヌエットからはその通達しかなかったから何があったか分からないが・・・。処刑するならばなぜ保護なんてしていたのか。まったく、分からないな」

ふう、とため息をついて頭を横に振る。シャンソンは部屋の真ん中にある大きな机に書類を並べてその一枚を指差した。

「さらにもう一人、ついこの間テヌートが発見されたらしいんだよ」
「えっ・・・まだいたの?」
「・・・実は、たまにまだ生存報告がある。10年以上前にも一人見つかったし・・・まだ結構いるのかもしれないね」
「そうなんだ・・・それで、そのテヌートはどうしてるの?」
「なんと、普通の人間として生きることになったらしい」
「・・・え!」

フィルは置かれた書類に飛びついた。

「ホントに!?なんで、どこで・・・?」
「ソルディーネ家の養子になるんだそうだ。そして、それに当たってこのテヌート処刑の法律は解除された」
「確かソルディーネ家って、メヌエット国で剣術士を取りまとめてる家系だっけ・・・?なんで、そんなすごい家が・・・子供として引き取ったんだろう・・・テヌートを・・・」

教科書でも「テヌートは法律により全員が処刑されて現在は絶滅している」ということしか書かれておらず、「テヌート」というものについてフィルはよく知らなかった。 漠然とした「テヌートは災いを呼ぶ」という言い伝えがあるのみである。

人間とほとんど同じ種族、という認識はあり人間とテヌートとのハーフやその子孫は存在するようだが、 テヌートとの混血はテヌートの特徴である白い髪ではないため周囲に知られず生活できることが多い。

そしてメルディナの各国で処刑される対象は、純血のテヌートだけである。

「おじいさま・・・テヌートを見たことある?」
「いいや、私はないよ。私が大公になってから何人か処刑したという報告は受けたけど」
「・・・テヌートって、人間なの?だとしたら、どうして処刑されるの?」
「・・・・・・。」

シャンソンは腕を組んだ。すごく難しい顔をしているので、フィルは質問したことを少し後悔した。

「テヌートを滅ぼす法律ができたのは大昔のことで、それが当たり前だった。私の中では、テヌートは絶滅した種族だったから考えたこともなかったんだよ。 フィルのように・・・考えて、疑問を持つべきだったのかもしれないね」
「・・・おじいさま・・・」

シャンソンの声はいくらか悲しみを含んでいた。フィルはおろおろして視線を泳がせたが、シャンソンが落ち着かせるように肩を叩く。

「でもこれで、テヌートを傷つけてはいけないという決まりになった。これでテヌートに会うこともできるよ、フィルが会いたければ行ってみなさい」
「ぼ、ぼくが?会いに行っていいの?」
「もちろん。フィルとそう歳は変わらない少年らしいから、友達になれるかもしれないぞ」
「そ・・・そうかな・・・」

戸惑いながらも嬉しそうにフィルは言った。そのとき、部屋の扉がノックされる音が聞こえてきた。

「父上、カイです。開けてもいいでしょうか」

扉の外からカイの声が聞こえてきた。その瞬間、一気に先ほどのネコの記憶が蘇ってフィルは風が起こるほどの速さでシャンソンの後ろに隠れた。

振り返ってフィルを見たが、自分の背中で震えている孫にシャンソンは ふふっと笑う。

「先ほど父上の部屋を訪ねるよう言われ・・・あれ、フィル?そこにいるのか?」
「お、お父さん・・・!まだ、持ってるの?その・・・」
「ああ、ネコのダイか?」

少しからかうような口調でカイが言い、フィルはすくみ上がった。

「つ、つ、つつつ連れてきてるの・・・!?」
「ははは、いないよ。レックとカンナさんにお返ししてきた。ほら」

両手を開いて見せる。カイの手や立っている付近を見回したが何もいないことを確認して、やっとシャンソンの背から出てきた。

「なんだなんだ、カイ、フィルをいじめているのか?」
「そんなわけありませんよ、まったくフィルが父上の部屋に逃げ込んでいたとは」
「パパとおじいちゃんどっちの方がいい?おじいちゃんが何でも買ってあげるぞー」
「ちょっと父上、フィルには必要なものは全て与えているんです。甘やかしは禁止ですよ」

シャンソンとカイに挟まれて、フィルはどっちに寄っていけばいいのか分からずキョロキョロしている。

「フィル、欲しいものはないのか?他の子が欲しがるような・・・」
「だから、フィルが欲しがれば私が買ってあげるんです。父上はご心配なさらず」
「ええー、私は祖父なんだぞー、孫とのコミュニケーションの一環じゃないか」
「・・・父上、最初は渋ってたのにすっかり祖父でいいんですね」

やれやれとカイが苦笑すると、シャンソンはそういえば、と頷いた。

「何歳でも孫は可愛いよ。そうだフィル、弟や妹は欲しくないか?」
「え・・・ええと・・・」
「父上!母上に無理させることだけはしないで下さいよ。大体それじゃあフィルにとっては叔父か叔母だって、昔言ったじゃありませんか」
「あーそっか・・・ヘンなの」
「ヘンじゃなくて特殊なだけです。それはいいですから、ご用は何だったのですか父上」
「もう、フィルの前じゃすっかり父親モードだな・・・」

いつの間にかカイに背後から抱き込まれていたフィルは、シャンソンが書類を指差しながらカイに説明しているのをカイの腕の間から聞くことになった。






「カイ、大変だ!!」

次の日、カイは自室にレックとカンナを招いてお茶をしながら談笑していた。レックの隣にはフィルも座っており、カンナの膝の上で眠っているネコのダイにびくびくしている。

その穏やかな空気を打ち破ったのは、ノックもせずに部屋へ入ってきたシャンソンだった。扉が大きく開き、その隣にはグレイスも姿を見せている。

ただならぬ雰囲気に、カイはティーカップをテーブルに置いて立ち上がり扉に駆け寄った。

「どうなさったのですか、父上・・・!?」
「大変なことになった。今しがた報告があったのだが・・・フルートの町が、浄化獣の群に襲われている」
「・・・・・・?!」

シャンソンの言葉に、部屋にいた全員が凍りついた。

「死傷者が多数出ていて、これから援軍を出すところだ。人間の力で太刀打ちできるかは分からないが・・・このままではフルートの町は壊滅だ、近隣の村も、ハープの町にまで危険が及ぶ」
「・・・はい、分かりました」

静かに頷いたカイは、部屋の奥へ歩いて行った。カーテンで仕切られたカイの作業部屋は中を見ることは出来なかったが、ガチャガチャと硬そうな色々なものがぶつかる音が聞こえてきている。

戻ってきたカイは、拳よりも少し大きな真っ黒な宝石がついた長い棒を持っていた。宝石の先には刃がついており、どうやら槍のようである。

「いつか必要な時が来るかと、これを作っていました。闇の力を凝縮してあります」
「・・・カイ、お前、その槍で・・・浄化獣と戦うつもりか?カイが?」
「・・・・・・。」

戦えないだろ、とシャンソンが言うとその場にいた全員が黙った。

「俺は、剣しか習ってないので槍はちょっと・・・」

レックが頭をかきながらそう言い、

「ぼくも槍は扱ったことないし、剣は剣でもこれぐらいの長さの剣しか・・・」

と、フィルも手で1メートルぐらいの幅を作って見せた。どうするんだ、と改めてカイに視線が集まる。

首を横に振り、はあ、とカイが息を吐き出した。

「・・・これは槍の形はしていますが、実質は杖のようなものです。力を解放させるだけですから私にも出来ます」
「ほんとに?」
「本当です!!」

疑わしそうな態度のシャンソンに、ムキになってカイが言い返した。

「つまりは私一人でも大丈夫です。フルートの町まで行ってきますから一番早い馬を用意してください」
「・・・ほんとに大丈夫?」
「もー!疑り深いですね!!こうしている間にも浄化獣は好き勝手しているんでしょう!!100%大丈夫ですから!!」
「だってお前に何かあったら・・・」
「120%大丈夫です!!行ってくるのでここで吉報を待っていてください!!」

だっと駆け出して、カイは部屋から出て行ってしまった。残された人たちはポカン、としていたがフィルとレックはその後を必死に追いかけていく。

その後姿を見てシャンソンは慌てた。

「フィル、レック、お前たちはここにいなさい!!」
「・・・おじいさま、おばあさま、ぼく、お父さんと一緒に行きます!!」
「シャンソン様、俺も、何も出来ないかもしれないけど行きたいんです!」
「こ、こら・・・!!」




    






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