「えっ…あれ、私…何してたんだっけ?ここどこ?」
「アリア、早く逃げろ!ローリエ、アリアをこの部屋の外へ!!」
「…アッシュくん?」

オラトリオの宝石で時空牢を叩くとガラスのように表面にヒビが入り、バリン、と巨大な球体がガラスのように砕け散った。 開放されたアリアは時間の感覚が一瞬で戻って床に着地することが出来たが、 全く事態が飲み込めておらず暢気に辺りを見回している。

足元に落ちたランフォルセをよいしょ、と拾い上げていたが、急げ、と腕をつかまれて はっとして顔を上げた。

「……!?」
「アリア、シャープ姫の方の牢も壊すから、みんなで早く外へ逃げろ!」

もう片方の時空牢もオラトリオで叩き割る。中から出てきたシャープもなにが起きたのか分かっていない様子だったが、 シャープの背中に落ちてきたララシャルがシャープの頭を小さな手でペシペシと叩いた。

「しゃーにい!あっち!あっちくーの!!」
「ララ?」
「あいねーも!もー!くーの!!じゃーま、めーなの!!」
「わわわっ」

ララシャルの帽子のリボンがアリアの腕に巻きついて部屋の出口だと思しき光る床の方へ引っ張っていく。

「時の魔法がここまで操れるということは…」

ローズマリーはオラトリオの力で壁際まで押しやられて足止めをされていたが、ようやくそこから脱出して 時空牢があった場所を睨みつけた。

「もう動けるようになったのか…」
「私には生来の時の力がある、オラトリオを持たずとも時を止めた物体の時を動かすことだって可能よ」
「…でも、こちらからはこの空間にある物体の全ての時の流れが見えている。それらを精密に並んだ状態で止めることも、 それを飛ばしてあなたを切り裂くこともできる…この世界で最も硬い物体、時の止まった空気で」

それを聞いてローズマリーは憎しみに顔をしかめる。

「お姉様の仕業ね…あなたにいつそれを教える機会があったというの…?あなたは誰?!アッシュ、アシュリィ、どちらなの?!」
「……」

ローズマリーの声に、アリアたちも振り返った。まさか、とローリエは先ほどつき返されたばかりのバッジを握り締める。

「…アッシュでも、アシュリィでも…どちらでもない」

オラトリオを振り上げて意識を集中させると、先端の青と紫色の宝石の輝きが増した。赤い目を見開き、それをローズマリー目掛けてなぎ払う。

「コンチェルト国のカイ・ストーク・ラナンキュラス王子の息子……フィルだ!!」

オラトリオから白く光る円盤状の魔法が飛び出してローズマリーへ向かって飛んだが、それをローズマリーは飛び上がってかわした。 空中で一回転し、壁の機械の上に着地する。

「フィルさん…?!」
「早く、みんな逃げて!!アリア、シャープ姫、ローリエのことをどうか守って!」
「でも、フィルさんは…」
「しゃーにいっ!!」

ララシャルがリボンの片方をのばして壁の近くの柱に巻きつけ、シャープを掴んだままリボンを引っ張った。 リボンに引き寄せられ、シャープは光る床の上によろけて乗ることになり、アリアもその後を追う。

それに続こうとしたローリエだったが、まだ心の整理がついていないのか思いつめたような顔でフィルたちの方を振り返った。

「……」
「ローリエ君!早く!!ローリエ君が死ぬようなことがあっちゃ絶対にダメなんだから!!」
「う…うん…」

ローリエが逃げるのを阻止しようとするにもあまりに距離がありすぎてローズマリーは何もできず、そちらを睨みつける。

「ふぃーゆ!!」
「ララも早く」
「まってーよ、ララ」
「……早く」

光る床に乗ってアリアたちの姿は消えたが、ララシャルだけが柱にぶら下がって残っていた。 フィルと目が合ったが、フィルはララシャルから背を向けてローズマリーと向かい合う。ララシャルはフィルの背を見下ろしていたが、 リボンを解いて床に着地した。小さなその気配が部屋から消えたのを感じ取り、フィルはオラトリオをローズマリーに向ける。

「あなたがやってきたことも、やろうとしていることも、全て間違ってる。絶対に、世界の時を巻き戻させたりなんてしないから」
「…あらあら」

同じようにローズマリーは剣をフィルに向けた。そして目を三日月のように細め、張り付いたような笑顔を浮かべる。

「この私を出し抜いたつもりでいるのかしら?状況は何も変わってないのよ、私が今降りられない地上から、入ることのできない 聖墓キュラアルティから、あなたは時の鍵を持ってきてくれた。ましてやあなたは凍結の牙を使わせたアッシュではないのだから… 心置きなくあなたを殺せるってことよ!!」
「くっ…!!」

気づいたときにはもうローズマリーの顔が目の前にあった。フィルはオラトリオを横にして両手で剣を押し返す。 全力で押し合っていたが、フィルがオラトリオの力を使ったのを感じ取るとローズマリーは素早く飛び退いた。

遅れてオラトリオの宝石から時を止めた空気の刃が飛んだが、それは遠くの壁から飛び出た機械を切り取って掻き消える。 その壊れた部分も周囲から光が送られてきて、たちまち修復されていった。

「今のはわざと避けてあげたけれど、そんなもので私を殺せるだなんて思っていないでしょう?私は神なのよ、人間に傷がつけられるわけがないわ」

フィルはオラトリオを振りかざして自分の周囲にある空気の時を凍らせて鋭く尖らせ、それと同時にローズマリーに向かって駆け出す。

「……!!」

懲りないのね、と呟いてローズマリーは剣を横に構えたが、フィルはローズマリーの攻撃範囲に入る直前に飛び上がって空気の刃をローズマリーの四方八方からぶつけた。 背後でローズマリーの体は切り刻まれ、腕や体が床にゴトゴトッ、と落ちる音を聞きながらフィルは機械の上に着地する。

「……」

ローズマリーの方を振り返ってみるが、胴体が半分になり、首も腕も体から離れているというのに 血はまったく出ていなかった。その光景にフィルは恐怖よりも嫌悪感を覚える。

「…うふふふ…まさか、これで勝ったつもりではないでしょうね?」
「…実験だよ。時の魔法でどれだけ細切れにしたらいいのかなって」
「あらそう。じゃあ先に答えを教えてあげるわ」

ローズマリーの体が浮き上がり、長い髪と共に首が体に再び戻っていく。腕も足もぴったりとくっつき、接合部が白い光を上げると 何事も無かったかのように元通りになっていた。剣を持っていない方の手でわざと切られた腕の部分をさすって見せる。

「例え砕片にしても燃やされて灰にされようとも、私という存在を殺せはしないわ…神なんですもの。人間と同じ感覚で考えてもらっては困ってしまうわねえ…ふふっ」

せっかくだから試してみてもいいわよ?とローズマリーは挑発するように首を傾げた。

どうすればいい、とフィルは周囲を密かに観察しながら考える。粉砕しても復活するというのなら時を凍らせたいところだが、 ローズマリーも時の力を持つと自分で言う辺り凍らせられない可能性が高い。永世遡行を行うために必要と思われるこの部屋を構成する機械を 壊そうとしても、今までの攻撃が衝突した箇所が自動で瞬時に修復されているのを見るとそれも難しい。

フィルが考えているのが分かったようで、ローズマリーは勝ち誇ったように笑った。

「糸口は見つかったかしら?まさかねえ…私を殺せない以上、あなたが圧倒的に不利なことだけは理解できたでしょう。 私にとってはあなたを殺しても凍らせても、オラトリオを奪い取るだけでも勝利なのだから」
「…でも、ローリエは生きてるよ」
「そんなもの、あなたからオラトリオを奪ったあとでゆっくり殺しに行けばいいわ。どうせローリエはアイテールから出られないのよ」
「……」

どうする、一旦逃げるか…しかし、地上への攻撃と様々な影響について考えるとこれ以上ローズマリーの好きにさせておくのは危険すぎる。 何とかここで、この場で決着をつけなければ…そう思ったとき、急に自分が立っている場所の周囲の床が暗くなりフィルは ばっ、と顔を上げた。

「さ、そろそろオラトリオを渡してもらえるかしら、アシュリィ。今から凍らせるから、その瞬間にはちゃんと手を離すのよ?」
「……!!」

空中にいるローズマリーの体の周囲にはおびただしい数の凍結の牙が浮かんでいる。 ローズマリーが腕を振り下ろすと、大量の氷のナイフがフィルめがけて降り注ぎ、 さらにその上から直系10メートルはあろうかという巨大な氷の槍が襲い掛かる。その衝撃で部屋どころか建物自体が壊れそうなほど大きく揺れた。






「いつから、気づいて…いたんだ」
「最初は分からなかったよ。でもアッシュ、お前って左利きなんだろ?カイさんに言われた後、無理に右手を使おうとしてたけど」
「……。」
「それでも咄嗟のときは左手が出てるな〜…とか、まあそれでもなんとなくだったよ。しゃべり方や性格は、フィルそのものだったもん。 いつそんなに仲良くなっちゃったんだよ、妬けるなあ」
「妬けるって…」
「確信を抱いたのはアイテールに着いてからだけどな。海に落ちたときに自力で泳いで浜に上がっただろ。あのでっかい鍵を持ってさ」
「それは、まあ…」
「フィルは絶対にそんなこと出来ないよ。あいつ、天性のカナヅチだから。鍵を見捨てて泳ごうとしたとしても1ミリも前進なんて出来ないよ、ムリムリ」
「…そうなのか、まだ聞いてなかった…」
「だーかーら、何年フィルと一緒にいると思ってるんだよ、5歳と6歳のときからの付き合いだぞ。アッシュより知ってることが多いのは当然だろ」

そう言いながらレックはまくっていた腕を元に戻す。アッシュの腹の深い傷からの出血を止めて致命傷ではなくなるように祈り続けたあと、 祈りで消耗した体力が回復するのを待ってから怪我自体が少しでも治癒に向かうようにとまた祈りの力を使っていたが、アッシュがもういいと止めたのだった。

「アッシュもフィルも俺に何も言わないってことは何か考えがあるんだろうと思って、 二人の作戦の邪魔をしないようについていこうと決めてたんだよ。 俺のせいで、二人の覚悟を台無しにしたくなかったからさ」
「……」

フィルと入れ替わってからレックにバレやしないかというのがアッシュにとっての一番の大きな不安要素だったが、 フィルとして会話をしていたらいつの間にかすっかり打ち解けられて一緒に行動するのも心配よりも安心感の方が大きくなっていることに自分が一番驚いていた。 そして、気づいていたといざ明かされると、思えばあんなことも言った、こんな会話もしたと次々と思い出してしまい、アッシュはばつが悪くなって 素早く起き上がりレックに背を向ける。

「なんだよ、今更照れるなよ」
「別に、照れてなっ……」
「わっ!?」

突然、辺りに轟音が鳴り響いた。音がしたのは屋敷の方で、その方向を見た二人には同じことが頭をよぎる。

「フィル…!」
「まさか、あいつ…」

レックは自分の持つシフラベルで聞いてみたいと思ったが、まさか返事があるわけがないかとすぐにそれを却下した。 どんな部屋にいるのかどんな状況なのか、ローズマリーに自分がアッシュの姿をしたフィルだと悟られたのだとして、 いったいどのような戦いになるのか…レックには想像がつかない。屋敷の中にいるであろうアリアやシャープのことも心配だし、あの執事のローリエも… と考えが連鎖を始めたところで考えを振り払うように首を横に振る。

「アッシュ、悪いようになんてどれだけでも考えられる。フィルに何かあったとしたら、ローズマリーが本当に時を巻き戻せるのだとしたら、 俺たちがここでどれだけ足掻こうとそれは無意味だ」
「無意味…」

かつて、ローズマリーの命令だけを聞くことがすべてだと思っていた時に、自分がよく口にしていた単語。 何をしようとも、何を考えようとも、すべては無意味。従うしかない。義務感からだったのか、メイプルたちへのためだったのか、 それともあれは忠誠心だったのか、アッシュにはもうわからなくなっていた。

自分の言葉でなんかアッシュの様子がおかしくなったな、とレックは気づいてそうじゃないぞ、と頭を軽く叩く。

「途中で予定外のこともあっただろうけど、フィルとアッシュは二人でローズマリーに立ち向かおうとしたんだろ? あの鍵をフィルが持ってローズマリーの本拠地に入る…とか、そんな感じでさ。フィルは自分でローズマリーとの戦いを引き受けてくれたわけだ」
「まあ…今となっては、そうだけど…」
「フィルが負けたら俺たちも地上にいる人たち全員も負けだ。でも、俺たちは諦めないでフィルが勝った時のことだけを考えないと」
「……」

そう言われて、アッシュは急にそわそわしながら屋敷の前の巨大な広い中庭を見下ろした。 アッシュは大怪我してるんだから、できる範囲でだぞ、というレックの言葉にも上の空になるほど、焦っている様子である。

「おい、アッシュ?」
「俺たちは、空の器を封印することを目標にしてた…だけど、もしそれが達成できたとしたら…アイテールは形を保てなくなり、崩壊する」
「えっ」
「そうなる前に、みんなを…マグノリアたちを、助けないと」
「マグノリア?」

レックに返事をする時間も惜しいようにアッシュは振り返り、レックの横に浮かんでいるファシールを指さした。

「レック、俺をあの庭まで運んでくれ。ここにいるマグノリアを、一人でも多く逃がしたい」
「……」
「…なんだよ」

レックはなぜか楽しそうにしており、一刻を争うんだぞ、とアッシュはいらついた様子でレックの肩を押す。

「ん〜…なんか嬉しくて。えっと、そのマグノリアってどんぐらいいるわけ?」
「俺に従う者たちだけで、100は…でも俺が呼べば来るはずだ。できれば一人残らず助けたいと思う」
「…ふふふ」
「嬉しそうにすんなっ!!」



「ララちゃん、もう…どこ行ってたの!早く、安全な所へ逃げないと!」
「あいねー」
「はいはい…あれ、帽子は?落としてきちゃったのか…」

アリアとシャープは、屋敷の外までローリエの案内もあってなんとか走って出てくることができた。 いつの間にかなくなっていたララシャルの帽子を取りに戻ろうかと考えたが、今はローリエを安全な場所まで連れて行かなければと思い直す。

屋敷の前の大きく広い階段を全員で降りて、さてどうしようかと考えたときに遠くから聞こえる声に気付いてそちらに視線を向けた。

「あれは、フィルくん…じゃなくて、アッシュくん?何してるんだろう…レックくんに抱えられて…」
「もしかしてファシールを使ってらっしゃるんでしょうか?どうしてお持ちなんでしょう」
「……」

アリアは一瞬顔をしかめたが、とにかく行ってみよう、とララシャルを抱えたまま駆け出す。 シャープはローリエと顔を見合わせたが、シャープが行きましょうかと促したので二人もアリアに続いた。

「おーい!レックくーん、何してるのー?」
「アリア?!」

アリアの声に、上空にいたレックとアッシュが気づき降下してくる。それと同時にアリアはララシャルを地面に下ろした。

「逃げて来られたんだな…フィルは?」
「フィル君が、私とシャープと…あとララちゃんを逃がしてくれたんだ。ローリエ君を安全なところに連れて行くようにって言ってくれて」

そう言ってアリアはシャープの速度に合わせて走ってきているローリエの方に振り返る。 ローリエの姿を確認して、アッシュは無意識に目を丸くしていた。

「ローリエ…」

近づいてきたローリエはアッシュを見つけていつもの微笑を浮かべてわざと仰々しくお辞儀をする。

「アッシュ様、お元気そうで何よりです」
「…ふん」
「いつの間にフィル君と入れ替わってたの?全然気づかなかった…というか、この場合はフィル君が上手かったのか…剣を渡しに行ったときに しゃべったのは、アッシュ?」
「いいや、違う…その時は既に砂時計を壊されていたから…」
「そうなんだ、すごいなあ〜…」

純粋に感心しているように装ったが、ローリエは内心フィルと会話したことの内容に心を痛めていた。 尋ねられたから話したが、どのように思っただろう、もっと言い方があっただろうかと後悔して思わず目の前のアッシュから目を逸らすも、 その視線の先にいたレックが今度はローリエに尋ねる。

「フィルはどうしてるか、分かる?ローリエ」
「えっと…二人がいるのは「至高の間」というアイテールの中枢で、地下に位置する部屋なんだ。フィル君は自分からローズマリーに攻撃を仕掛けていたけど、 ぼくもすぐに逃げてきちゃったから…どうなってるかは分からないね…」
「そっか…よしよし、よく逃げてきてくれたな」
「…うん」

ローリエは自分がここにいることに違和感を覚えながらも、何とか笑顔を作って頷いた。

「俺たちはアッシュのマグノリアを探して逃がしてるところなんだ」
「マグノリアって…確か…」
「俺のマグノリアは様々な生物を人の姿に変えていた…だが、空の器からの力の供給がないせいか元の姿に戻っている。 そいつらを探し出して、マグナフォリスまで誘導してる」
「ま、マグナフォリスって、え〜と…」

マグノリアに関してはメイプルの口からきいたことがある単語だったが、アッシュの早口の説明にアリアの理解力は追いついていない。 だがとにかく生き物を助ければいいんだね!と分かったように大きく頷いておくことにした。

「私も手伝うよ!どうしたらいい?私も空なら飛べるよ」
「わ、私もお手伝いします!」
「アリア、シャープ姫…手伝ってくれるってよ、よかったなアッシュ」
「……ああ、ありがとう」
「……」

少し照れ臭そうに、それでも確かに礼を言ったアッシュにローリエは内心感動している。 アッシュはどう動くのが効率がいいのかを考えて、アリアを指さした。

「空が飛べるっていうなら、お前が…」
「お前じゃなくて、アリアでーす。なんかフィル君の姿で言われるのすごく新鮮〜」
「アリアさん、今はそれどころでは…」
「あ、ゴメンゴメン。えっと、私が何すればいいの?」
「いや…レック以外の誰かと組んで、空からマグノリアを探してくれ…アリア」
「うん…うん、わかった」

言ったらすぐに呼んでくれるなんてすごく素直だなあ、と思ったがそれは言わないでおくことにして、じゃあローリエ君かアッシュ君かララちゃんか… と順に見ていって、ララシャルが足元にいないことに気付く。

「あれ?ララちゃん!?どこ行っちゃったの?!」
「いーこねー!」
「あ、あんなところに…!!ちょっとララちゃん、待ちなさい!!」

植え込みに小動物の気配を感じたララシャルはそちらに走って行ってしまっていた。 アリアは慌ててそれを追いかけ、それじゃあぼくも地上を探すねとローリエが言い、二人一組になりましょうとシャープが提案し、 じゃあアッシュはやっぱ俺と、と言われてレックに後ろから抱え上げられ、庭に点在しているマグナフォリスにうまく誘導してくれ、 というアッシュによる指示を最後にそれぞれが作業を開始することとなった。






「あっはははは!!さすがに避ける時間はなかったでしょう。ちゃんとオラトリオから手を離したかしら?」

まるで隕石のような巨大な凍結の牙をフィルにぶつけたローズマリーは、空中から砕け散った氷を見下ろして満足そうに笑っていた。 自ら壁や床に埋まった機械も破壊したが、自動的にそれらの個所は修復されていく。フィルの姿は煙のように上がっている氷の粒で反射して見えなかったが、 それらが収まるよりも早く、ローズマリーは降下していった。

「人間の皆さん、音は聞こえていたわよね?ついに神の手に時の鍵が渡る時がやってきたわ、これ、でっ…」
「…ちょっと、それはどうなのかって思うよ」

煙の中から飛んできた空気の刃でローズマリーの首が胴体から切り離されて言葉が中断される。 ごとん、と床にローズマリーの顔が転がったのと同時にフィルは立ち上がり、オラトリオを右手で体の横に振り下ろした。

「あなたは自分に自信があるせいで油断しすぎだよ。行動の一つ一つが迂闊すぎる」
「これはまた…随分と不敬な態度ね。でも一応、聞いておいてあげるわ。どうやって今のを避けたのかしら?」
「…ぼくの周囲の空気の時を止めた。息ができなくなるからすぐに解除したけどね」
「なるほどねえ…お姉さまも、本当に余計なことをしてくださったものだわ」

ローズマリーの首が体に戻っていく。元通りにぴったりとくっついた首を、軽く左右に捻ってからまた自信ありげに笑った。

「そろそろお遊戯の時間は終わりにしましょうか。人間のレベルに合わせてあげていたのよ、分かるでしょう?」
「いくら殺したって死なないようになってるなら、そうなのかもね」
「賢くて結構だわ。その点はカイ王子様には感謝しなくてはねえ」

その癇に障る物言いまで似てしまったところは余計だったけれど、と付け加え、ローズマリーは空の器オクターブが収まっている場所まで浮かび上がってそれを手に取る。 オクターブの土台の淵を指で支え、恭しく持ち上げた。

「ご褒美に、オクターブの力を見せてあげるわ。アシュリィ…あなたのその度重なる不遜な態度、究極の絶望と後悔を味わう処刑に値する」
「…お好きにどうぞ。ローリエが遠くへ逃げる時間は、十分に稼げたからね」
「ふふふっ…ああそう、さっき言ったことを聞いていなかったのかしら?」

心底おかしいという風にローズマリーは肩を揺らして笑う。

「ローリエは、アイテールから出ればその瞬間に死ぬのよ。私が直接手を下さずとも。アリア王女やシャープ姫が 地上に逃げおおせたとしても、ローリエが逃げられないのであれば意味がないじゃないの。聡いのか愚かなのか、はっきりして頂戴?」
「……!!」

そう言いながらローズマリーは左手で掴んだオクターブをフィルに向けた。その瞬間、青白い光線がフィルめがけて発射されて フィルは咄嗟にオラトリオを振り払い魔法を弾き飛ばす。進路が逸れた魔法は柱にぶつかり、そのまま貫通して巨大な穴を作った。

「……」
「これがオクターブの力…いかなる物体にも、空間を作り出す。あなたの頭に当たれば、大きな風穴が開いちゃうわ。 もちろん体に当たれば銃器のように…ああ、この時代にはそれはないから分からないでしょうけど」


    






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