ハイド家ではそのあと色々と騒ぎがあり、非常に大きな音がしたり城全体が揺れるかのような振動があった。 何事だろうと出席者達は気にしている様子だったが特に問題なくパーティはそのあとも滞りなく続き、すっかり夜も更けた頃にカイたちも王宮へ帰って行った。

とっくに日付は変わるような時間だったためフィルは眠そうに目をこすっており、最初から眠そうだったレックは馬車の座席で自分の肩を枕にして寝てしまっている。

ぼくも寝ようかな、と寝る体勢を探そうとしたときにとんでもないことを思い出した。

「あ!しまった・・・完全に忘れてた・・・!!」
「・・・ん?どうした?」

既に半分眠っていたカイが、フィルの声と馬車の振動に目を覚ました。大きな声出しちゃった、とフィルは思わず口を手で押さえた。

「起こしちゃってごめんなさい・・・今日、ぼくと同じ目の色のお姫様を見たんだよ」
「フィルと同じ・・・ああ、セレナード国のラベル家のご令嬢か。どこで見たんだ?」
「1階のホールの奥で・・・料理が置いてあるところに人だかりがしてて、そこに座ってた」
「あのパーティにいらっしゃっていたとは・・・」

花嫁候補として来ていたんだろうか、とカイは首をかしげた。

「お話はしたのか?あの家の姫が家から出るなんて非常に珍しいことだぞ」
「そうなの?お友達と来てるみたいだったよ・・・そのお友達はすっごいたくさん料理食べてた」
「たくさん・・・?」
「そう、可愛い赤い髪の女の子だったけど、ものすごい量食べてたよ。ゾウぐらい」
「ははは、それはすごい・・・」

本当のゾウの食事ぐらいを想像すると少し怖くなった。

「今度使いを出して、ラベル家の方と直接話が出来るか尋ねてみようか?そうしたいならするが」
「うーん・・・」

いざそういう場を設けられると何を話せばいいんだろうとフィルは悩んだ。

自分がラベル家の人間となんらかの関係があるのだとしても、それが判明したところで何も変わらないし、変えたくないというのがフィルの本心だった。

「・・・今すぐには、いいや。もうすぐ剣術の実技試験だから、練習しないといけないし」
「実技か・・・そうか、頑張るんだぞ」
「うん」

カイがお腹の上に両手を置いてまたゆっくり目を閉じたのを見てから、王宮に着くまでにやっぱり少し寝ておこうかなと思ってフィルも少し体を傾けて眠りについた。






その日の明け方。
ゆっくりと空が白んで、カーテンの外側が光に照らされ始めた。

何かの物音に気づいて、カイは何気なく目を覚ました。頭はまだ半分眠っていたが、目を半分ほど開くと部屋の白い天井が視界に入ってくる。

何度か瞬きをして、まだもう少し眠ろうと体を横にごろん、と倒した時に隣のベッドが見えた。隣には、フィルが眠っている。確かにいつもはそうだったのだが。

「・・・フィル?起きてるのか?」

フィルはベッドに座っているが体を起こしていた。起き上がったばかりなのか、眠そうに目をこすっている。

「昨日は遅かったから眠いだろう・・・まだ日も昇っていないし、もう少し寝ていたらどうだ?」

小さくあくびをして、カイは布団に半分顔を埋めた。また目を閉じようとしたが、フィルが全く動かないことに気づいて再び顔を上げる。

「フィル?起き上がったまま寝てるのか?」

呼びかけてみるが、フィルからの返事はない。ぼーっとしているようで、頭を振りながらも目は半分しか開いていない。

おーい、とカイが聞こえるように大きめの声で声をかけると、やっとフィルはカイの方を見下ろした。

「・・・・・・え?」

カイを見て、フィルは一気に目を見開いた。驚いているような様子で、自分が握っている布団やベッドを視線だけ動かして観察している。

寝ぼけてるのかな、とカイは小さく笑った。子ども扱いしてからかってやろう、と起き上がってフィルに寄っていく。

「ほらほら、まだ少し寝てなさい。添い寝してあげないとフィルは寝られないかなー?」
「・・・・・・!!」

カイが自分のベッドからするっと降りて、フィルのベッドに片足をかけた。掛け布団を両手で持って、フィルをあやすように寝かせようと肩を押す。

その瞬間。

「なにすんだよ!?」

フィルがカイの手を払いのけた。バシっと音がしてカイの手が弾かれ、持っていた布団がフィルの膝に落ちる。

何を言われたのか何をされたのか状況が把握できず、カイは凍りついた。

「・・・・・・フィル?」

フィルは怯えたような表情でカイを見上げ、そしてまた部屋を見回した。口の中で何かを呟いたようだったが、カイには聞き取れなかった。

焦った様子でキョロキョロとしているフィルを落ち着かせるため背を支えようと手を伸ばす。

しかし。

「さ、触んなよ!離れろ馬鹿!!」

今度は両手で胸をドン、と突き飛ばされた。勢いのままカイは床にどしん、と尻餅をつく。

フィルはベッドから飛び降りて裸足のまま扉から出て行ってしまった。廊下にフィルの足音が響いて、それが徐々に遠ざかっていくのが分かった。

まだ夢の中にいるんだろうか、とカイは両手で体を支えて床からフィルがいたベッドを見上げている。

「・・・・・・。」

からかおうとしたら、激しく嫌がられた。触るな、離れろ、と怒られた。挙句の果てに、馬鹿とまで言われた。突き飛ばされた。一緒の部屋にいたくないのか、出て行ってしまった。

青い目を見開いたまま、勝手に涙が一粒零れ落ちて頬を流れる。あまりのショックに、唇が震えていた。

「そんな・・・こんなに嫌がるなんて・・・は、初めて言われた・・・馬鹿って・・・」

よろよろとフィルのベッドにまた近づいて、顔を伏せて泣き出した。泣くのなんてどれぐらいぶりだろう、と一瞬思ったがそれどころではない。

もう立ち直れないんじゃないだろうかというぐらいショックを受けており、涙が止まらなかった。

「フィルに嫌われた!どうしよう!!私の育て方のどこがいけなかったんだ!?もしかして反抗期か!?お父さんと一緒に寝たくないって!?一緒に居たくないって・・・!? 離れて歩いてって言われたり・・・服を一緒に洗濯しないでって言われ・・・・・・うわーん!!いやだー!!」

二十歳になったカイ王子は、もしかしたら生まれて初めてかもしれないほどに盛大に泣いていた。城の中の大半の者は眠りについていたが、城の中にはカイの嘆きがこだましていた。



フィルのベッドに突っ伏して泣き疲れていつの間にか眠ってしまっていたカイは、それでもいつも目覚める時間に自然と目を覚ましていた。

先ほどの衝撃的な出来事は全部夢だったりして、と都合のいいことを考えたが、自分よりも後にいつも起きるフィルがベッドにはいないし、何よりさっきと状況が変わっていない。

触るな、離れろ、馬鹿・・・。フィルの声が、カイの脳内でいつまでも反響している。

しかし落ち込んでいても何も変わらないと、とにかくいつものように起きなければと、カイは自分で自分を奮い立たせた。

フィルが飛び出していった時に開いたままになった扉に目をやると、カイとフィルを起こしに来る係の者がそっと部屋を覗き込んでいるのが見えた。

「あの・・・カイさま・・・」

部屋の中の明らかに異様な様子と泣いたせいで目が真っ赤に腫れているカイに驚き、中に入って来ようとせずにカイに恐る恐る声を掛ける。

戸惑っていて可哀想だ、説明しなければ、とカイは思ったが、再びあの事件を思い浮かべて再現するのは精神的に耐えられなかった。

「・・・ああ、おはよう。少ししたら、朝食を運んでくるよう伝えてくれ・・・」
「は、はい。かしこまりました」

この場から立ち去るような命令を出す以外にできることがなく、係の女官が一礼をして扉をそっと閉め、足早に部屋から遠ざかっていくのを確認してからカイはようやくよろよろと立ち上がった。

それと同時に、閉まったばかりの扉が少しだけ開いた。

「・・・あのー」
「ん・・・?」

フィルの声だった。すぐには判断できずに、カイはどんよりとした表情で扉を見た。

そして、パジャマ姿のフィルが立っているのを見つけて目をいつもの2倍ほどに開いた。

「フィル・・・!?」
「あ、あの、お父さん、おはよう・・・」

キョロキョロしながら部屋の中に入ってきた。駆け寄りたかったが、また逃げ出されたら大変だ、と必死にこらえる。

フィルは扉から自分のベッドまでペタペタと歩き、何も履いていなかった足にベッドの横にそろえてあったスリッパを通した。

その様子を、カイは身動きせずにただ見つめていることしか出来なかった。フィルはそのままぽすん、とベッドに腰を掛けてカイを見上げる。

「なんか、城門までいつの間にか歩いて行ってて、不寝の番の人たちに呼び止められたんだ・・・へへ・・・」
「・・・え?」

照れくさそうにフィルが頭をかく。少しだけ舌を出しながら苦笑している様子は、親からしたら数倍上乗せされて可愛く感じる。だがカイは頭を撫でてはいけない、と自分を制して右手を左手で押さえつけた。

「なんでそんなとこに行ってたのか全然覚えてなくてさ・・・夢遊病だったらどうしよう、ね・・・」
「・・・むゆうびょう?」
「おかしいなあ・・・今日はすごく大きなプリンを作る夢見てたんだけど、気づいたらあんなとこにいたんだよ。寝てる間に起き上がって部屋から出てたなんて、怖いよね・・・父さんなら治し方分かるかな・・・」

フィルは、ついさっきのことを少しも覚えていない様子である。本当に夢遊病だとしたら、アレは寝言だったのか?それで決着をつけて喜ぼうにも、寝言が本心だったら意味がない。

カイは意を決して、尋ねてみることにした。

「・・・フィル。私に遠慮せずに、本心を話してほしい。いいか?」
「な・・・なに、急に・・・?」

さっき拒絶された声と全く同じ声が聞こえてきて、記憶がフィードバックしてきたためカイは振り払うように頭を振る。なにしてるんだろう、とフィルはカイを不思議そうに見つめていた。

「一緒の部屋で寝るのは嫌か?」
「え・・・ぜ、全然・・・」
「ベタベタされてると思うか?私が頭を撫でたりするのは不快か?」
「そんなことない・・・嬉しい・・・けど・・・」
「私に、馬鹿って言いたいか?」
「そんなこと言う人がいたら見てみたいよ・・・父さんほど馬鹿からかけ離れてる人はいないもの」
「よかった!!」

フィルが言い終わるが早いか、カイはフィルを頭ごと抱きしめた。

「大丈夫だフィル、睡眠時遊行症には直接的な治す方法はないが、私がついてるぞ!一緒に頑張ろう!!」
「う・・・うん・・・?」

至近距離で叫ぶカイの声が頭に響く。どんどんテンションが上がっていっているらしく、徐々にボリュームアップしていったそのセリフは、後半部分はほとんど聞き取れなかった。

声の調子でとりあえず嬉しそうだということは把握したと同時に、カイのさっきの質問群の内容から、何かが起こったことはなんとなく察した。

「・・・お父さん」
「どうした?」
「夢の中で・・・ぼく、お父さんに酷い事言ったんだね?」
「・・・・・・。」

事件時のフィルのセリフがまた頭に浮かんで、フィルを抱きしめる力が抜けた。

「夢でも、ごめんなさい。ぼく、絶対にお父さんにそんなこと思ってないし言いたくもない。一番尊敬してるのはお父さんだし、今までもこれからもずっとそうだよ。 ぼくが大きくなったら親孝行もしたいし、今も少しでも力になりたいと思ってる。それなのに、お父さんを傷つけるようなことを言ったんだったら、本当にごめんなさい」

フィルの言葉に、また思わず涙がぼろりとこぼれた。しかし今度の涙は、先ほどのものとは全く違うものである。

「フィールー!!父さんは何も気にしてない、フィルのその言葉を聞けただけで十分だ!!さすがは私の自慢の息子だよ、文句なしの100点満点だ!!ああもう!!最高っ!!」

一度下がったテンションは、今度はメーターを振り切るほどに上がり、フィルは抱き潰されるんじゃないだろうかと不安になるほどの力で抱きしめられた。

父さんが嬉しそうだからいいか、とフィルはされるがままでカイの背中に軽く手を置く。

過去に例がないほどのはしゃぎように、フィルが開けたままにしていた扉から顔を覗かせている二人分の食事を運んできた女官たちは、入っていいものか声を掛けていいものかと頭を悩ませていた。



「・・・さて、どうしたものかな」

カイの人生における今のところ最悪の大事件は、なんやかんやで結局ハッピーエンドに落ち着いたが根本的な問題は解決していなかった。

フィルの体が急に痛み出すのは原因が不明だし、ちゃんとカイに謝ったものの、様子がおかしくて普段絶対に言わないことを言ったりそんな行動を取ったのは事実である。

その原因を突き止めて親子関係をさらに円滑にしなければ、とカイは意気込んでいた。朝食も二人で無事にとり、午前の仕事を終えたカイは自室の机に向かって頬杖を突いている。

「前例も類例もないから何も分からないな・・・体が急に痛くなるのは、思い当たる節がないわけではないが・・・・・・うーん、だとすると・・・」

書棚から本を探そうと立ち上がったとき、突然部屋の扉がバタン、と開いた。そして、フィルが部屋の中へ駆け込んできた。

「うわー!!お父さん、助けてっ!!」
「ど、どうした!?」

両手を広げて走ってきたフィルは、カイの服を掴んでそのままぐるりと背後に隠れた。そして数秒遅れて、開いたままになっている扉からレックが姿を現した。

「おーいフィル、逃げ込んだの分かってるぞー」
「や、やだ、来ないで・・・!!」

ますます強くカイの服を握り締める。カイが振り返ろうとしても、常に背後をとっているフィルの姿を見ることができなかった。

「おい、フィル?どうしたんだ?」



    






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