「よう。元気そうだな、レック」
「そ、その声…」

光の帯を抜けて部屋の中心にやってきた、茶色の髪の青年。右手に白い剣を持っており、体の左側には4枚の羽がついた緑色の宝石が浮かんでいる。

「ベル…?!」

名を呼ばれ、ベルは首を振って髪を払い、不敵な笑みを浮かべた。

「久しぶり。隣にいるのが、フィルだな。はじめまして」
「……」

そう言いつつもフィルと目を合わせずにベルは剣の柄を二本指でくるくる回し、その刃先を目で追っている。 フィルは警戒して、ベルに対して何も言わなかった。代わりにレックが一歩進み出る。

「おい、ベル、なんでここにいるんだよ…!?まさか、シャープ姫みたいにカミサマにつれて来られて…」
「そんなわけないだろ。…俺は、自分の意思で、神様に仕えるために、ここへ来たんだよ」
「……?!」

ベルの言葉に、レックは殴られたような衝撃を受けた。ベルが、残虐非道なあのカミサマを自称する人物の側につきたいと思っていたなど、信じられなかった。 何かの間違いだ、とレックは無意識に首を左右に振る。

「嘘だ…なにか、理由があるんだろ?カミサマがやろうとしてること、正しいだなんて思ってないだろ…!?」
「……そうだな。いつか話す約束だったもんな」

曖昧な返答を小さく呟き、ベルは表情を変えずにファシールを指で操って自分の横を飛び回らせた。

「人間の、最も強い原動力って何か分かるか?どんな感情が、最も力を引き出させるか」
「え、あ…?勇気?いや、愛…とか、かな」

突然の質問に、レックはどもりながらも必死に考えて答える。レックの答えに、ベルは笑いながら肩をすくませた。

「ハズレ。正解は………絶望、だよ」
「は…!?」

ベルの答えにレックの声は思わず裏返る。もしや聞き間違いだっただろうか、いやそうであってくれとベルの言葉を待った。 ベルはどこか遠くを見ながら語り出す。

「俺は3年前、風の賢者として白蛇と戦った…だけどその前に、俺は白蛇に取り込まれていた。名を「リゲル」と変え、破邪の勇者たちと敵対してた」
「白蛇、に…?」
「リゲルでいた時、俺はまるでずっと夢の中にいるようだった。幸せで、満たされていて…何の心配もなかった。 ただ一つ、夢から覚めてしまうことに対する恐怖以外は」

急に固い口調になり、ベルは左腕を振り払う。その動きに合わせて、ファシールが猛スピードで飛んでいき部屋の壁に激しくぶつかった。 大きく低い音が響き、部屋中の空気を振動させる。

「なっ…」
「白蛇の使いであったとき、俺には唯一無二の素晴らしい友がいた。片時も離れず、全てを委ねられる最高の友人が。 …だが、その友はもういない。白蛇が滅び世界に平和が訪れても…もう、二度と帰ってこない。会うことはできない…永遠に」

苦しさや悲しみを含んだベルの声には、憎しみすら込められているようだった。それを感じ取りつつも、レックは恐る恐る尋ねる。

「その、友達は…何があったんだ?どんな…別れ方、したんだ…?」
「死にかけていた俺を救い、友を与えてくれたのは…白蛇だった。白蛇が俺にリゲルという名を与え、ファシールの姿を変えてそれをフィーネと呼ぶよう教えてくれた。 フィーネは、俺がフィーネを友と思う限り、白蛇に仕える限り、共に居てくれていたんだ。 しかし俺は…リゲルだった俺は、「ベル」に引き戻された。それと同時に、フィーネはファシールへ戻った。 呼び戻されてからは、俺は風の賢者として白蛇と戦い、勇者は白蛇を打ち倒し…めでたしめでたし、だ」
「……」
「……でもフィーネは、もう二度と帰ってこない。俺にとってはめでたしなんかじゃない。地獄の始まりだ」

手のひらを上に向けて引き寄せるように手を動かすと、ファシールはふわふわとベルの手へ戻ってきた。

「何をしても、いくら時が過ぎても、この世界にはフィーネは居ない。それを自覚するだけの日々。 ファシールの存在自体が、フィーネがいないことの証拠だ。それを思い知らされるのに耐えられなくなり、ファシールを洞窟へ封印した。 何の望みもない、何の安らぎもない…俺にあるのはただ、絶望だけ」

今度は手を振り下ろし、ファシールを床に思い切り叩きつける。ファシールは硬い石の床をえぐり、ガーン、という音と共に大量の破片を跳ね上げた。

「絶望は、最強の感情だよ。何もかも、全てがどうでもよくなる。何も望まず、何も失わない。 そうなると…なんだってできる。どんなことでもやれる。…あとは死ぬだけなんだからさ」
「ま、待てよ…」

黙ってベルの言葉を聞いていたレックは、震える声で反論する。

「それが、どうしてここへ来る理由になるんだよ…?カミサマと一緒に人間を、滅ぼしたく…なったのか…?」
「ははっ…それは、俺にとってどうでもいいことだよ」
「ど、どうでも…」

よくはないだろ、と思うもそこでやめておいた。何とかして説得できないか、糸口はないだろうかと考える。 ベルがここへ来た理由によっては、話し合って解決が出来るかもしれない。

「じゃあ、なんで…?」
「神様は、俺に再びフィーネを与えると約束してくれたんだ」
「え……?」
「白蛇が使ったのと同じ力を用いて、ファシールの姿を変えてくれると。そしてテラメリタになった地上で俺は他の者に惑わされることなく、 永遠にフィーネと共に居られるようになると……神様は俺に夢の中で何度も呼びかけ、それを望むかと問いかけてくれた」
「夢……」

その単語を聞いて、ベルが何度も苦しそうにうなされていたことを思い出す。まさかあの時、ローズマリーはベルを唆していたのか。 ベルの心の隙間に、ベルが眠りにつくたびにつけこもうとしていたとしたら…。

「かわい、そうに…」
「憐れみか?いい気なもんだな」

思わず口をついて出た言葉に、ベルは嘲笑うように言った。しまった、とレックは口を押さえるがベルは気にする様子を見せずに一呼吸置いて、さらに説明を続ける。

「神様は、交換条件として森に住む魔女ユーフォルビアが持つ「ローシュタイン」を奪うようにと言った。 レックと別れてから様々な町で情報を集めてたらすぐに居場所が分かったよ。俺は森の中の魔女の隠れ家へ行き、ローシュタインが入った箱を見つけた。 そのとき、小うるさいウサギがそれを止めようとしてきたからファシールで吹き飛ばしてやった……そしたら、急に苦しみ出してそのままそいつは死んだ」
「ウサギ…まさか」

ユーフォルビアとウサギのラブレーのことは、レックはフィルから事細かに聞いて知っていた。 レックの動揺をよそに、ベルは淡々と語る。

「それだって、どうでもいい。フィーネのこと以外は全て、どうだっていい…何も考えなくていいし、何の感情も湧いてこない」
「そ、その、フィーネって子がベルにとって大事だったのは分かったけど」
「ああ、言い忘れてたな」

ベルはわざとらしくレックの言葉を遮った。

「フィーネは、人間じゃない。…鳥だ」
「と、鳥?」

予想外の言葉に、レックは戸惑う。無意識に儚げな色白の少女という人物像を想像していたので思考が停止しかけた。 ベルはレックの反応に、笑いを堪える。

「くくっ…そりゃそうだよな。そう、フィーネは鳥だよ。なんで鳥なんかを、たかが鳥にどうして、って、皆 口を揃えて言うんだ。 時には、別の動物の方が可愛いとか、新しくペットを飼ってみれば忘れられるだとか…」

ファシールから目を背け、ベルは忌々しげに息を吐き出した。

「…ふざけやがって」

ゆっくりと低い声でそう言いながら両手が白くなるほど握り締める。レックは、ベルの本気の怒りを感じ取り身震いした。

「フィーネは俺を理解し俺だけの味方でいてくれた。言葉はなくとも分かり合えた。共に居るときの幸福感と安らぎは…もはや言い表せない。 けど、もう分かってる。誰も理解できるものじゃないってさ。俺には唯一無二の存在だっていうのも…」
「お、俺は、分かるよ!!」

今度はレックがベルの発言に割って入る。あまりに必死に叫んだため、声が少し裏返った。

「……なにが」
「ベルの友達は、俺にとっても大事な存在だよ。どんなに素晴らしい友人だったのか、俺だって知りたいよ。馬鹿になんてしない」
「……言うだけなら、なんだって言えるよな。内心見下してんだろ。いつまでも鳥なんかに執着してる、可哀想な人だって」
「そ、そんな…」
「おしゃべりは終わりだ。俺は、フィーネのために…神様からの使命を果たさせてもらう」

すっ、と右手を上げて、剣の刃先をレックの方へ向ける。それはレックより少し左に逸れ、レックの後ろにいるフィルを指していた。

「お前からオラトリオを奪い、神様の御前に捧げること。それが俺に課せられた使命。それを、大人しく渡す気はあるか?フィル」

突然名を呼ばれ、フィルは はっとしてベルに視線を向ける。そして、恐る恐る首を横に振った。 レックはフィルがいる後ろを向いて位置を確認し、そしてベルが向けている剣の先に立つように移動する。ベルの方へ向き直ったとき、フィルが後ろから小声で言った。

「レック…どうするの…?」
「…どうしよう、どうするのが正しいんだ…」

フィルを背後にかばいながらも、レックは混乱していた。

オラトリオを渡すわけにはいかない。しかし、ベルと戦うわけにもいかない。ベルに注意を向けつつ部屋を見回してみるが、 後ろには入ってきた扉があり、そしてベルの背後には広い階段の向こうに大きな扉が一つあるだけ。ローリエが言うにはローズマリーはこの「神託の間」の さらに先にいるとのことだったので、何とかしてあの扉へ向かわなければならない。

ベルと戦わずに、扉の向こうへ行く方法はないだろうか――

レックは必死にそう思考を巡らしていたが、ベルは剣を下ろし、ゆっくりと歩き始めた。

「二人を神様の元へは行かせない。オラトリオを渡すつもりがないのなら、奪うまでだ。二人同時でいいぜ、かかってこいよ」
「ベル…!」

レックの返事を待つことなくベルは素早く駆け出し、そして剣を持った右腕をレックめがけて振り下ろす。 咄嗟にレックは剣を横に構え、ベルの剣を受け止めた。ガキン、という硬い衝突音が広い部屋中に響く。

「お、い、待てって…!!」
「やっと、フィーネに会えるんだ…邪魔、するなッ…!」
「わ!!」

ベルが振り払った剣に弾かれてレックは後ろによろけた。ぶつからないようにフィルはさらに後ろに下がって距離を取りオラトリオを前に構えたが、 レックは顔をベルに向けたまま首を横に振る。

「フィルは先にあっちの部屋に行ってくれ、俺も追いかけるから」
「そんな…レック一人でなんて…」
「大丈夫、絶対にベルを説得する」
「……」

レックの決意のこもった口調にフィルはそうした方がいいのだろうかとベルの背後にある扉を見た。 しかしその二人のやり取りを見ていたベルは突然肩を震わせて笑い出す。

「ふふふっ…レック、お前は本当にお人好しだな。呆れるよ」
「ベル…」
「説得する?俺を?…本気でそんなこと、出来ると思ってるのかよ」

剣をレックに向けたまま、ベルは片手で髪を掻き上げて額に手をやった。そして笑いながら左手をフィル目がけて振り下ろす。

「!!」
「フィル!!」

するとファシールが猛スピードでレックの横を通り過ぎ、フィルに向かって飛んでいった。 寸でのところでそれをフィルは飛び退いて避ける。風の刃をまとったファシールは壁に激突し、壁の前に置いてあったテーブルやその上にあった花瓶を切り裂いて大きな音を立てた。

「よく避けたな。…じゃあ、ハンデをやるよ。俺は魔法を使わないし、聖玉で飛ぶこともしない。代わりにファシールにはフィルが隣の部屋に行こうとしたら そこのガラクタと同じになるように切り刻んでもらうよ。これで、二人がかりで来るなら勝機があるかもな?」

ベルの腕の動きに完全にシンクロしてファシールは扉の上まで飛んでいく。ファシールは薄緑色に光る風の魔法の力をまとって空中に停止して飛び始めた。

「…フィル、そこにいろよ」
「レック…」
「危なかったら避けてくれ、でも攻撃はするな」

その二人のやり取りを目を細めて見ていたベルは、会話はもういいのか、と尋ねて返答がないことを確認するとゆっくりとレックに向き直った。

「二人で来ればいいのに。…さ、一応もう一度聞いてやるけど。オラトリオを大人しく渡す気はあるか?」
「あるわけないだろ!カミサマがやろうとしてることは間違ってる、ベルだってそれぐらい分かるだろ?!」

レックの言葉にベルは微笑を消し、首を横に振る。

「正しいとか間違ってるとか、そんなのは問題じゃないんだよ。俺にとっては、フィーネにもう一度会えるということだけが全てなんだから」

そう言ってベルは、ファシールが飛んでいる方向から目を背けた。そして不気味な笑みを浮かべてレックに向けて顔を上げる。

「渡す気がないなら仕方ない、死んでもらうしかないよな」
「おいっ…!!」

目にも留まらぬ速さでベルはレックに駆け寄り斬りかかった。再びレックはそれを剣で受け、全力で押し返す。

「どうして、あんなヤツの言う事を信用できるんだよ…!?利用されてるだけって、思わないのか!?」

今度はレックがベルの剣を弾き返した。二人は距離を取り、剣を構えて踏み込むタイミングを探り合う。 お互いを正面に見据えたままじりじりと移動するが、その途中でベルは苦々しげに口を開いた。

「世界中の誰も俺をフィーネと会わせてくれなかった、それが出来る人はどこにもいなかった。フィーネに会える望みが全くないときに、 それができるという人が現れたらそれが俺にとって唯一の可能性になるんだよ。わかるか?」
「……」

そう言われ、レックは静かに頷く。ずっと辛かったのか、絶望するまでに、と思うとどうしようもなく悲しくなる。 そのレックの表情を読み取ったのか、ベルは苛立った様子で剣を振り上げた。

「前に言われたよな、白蛇を滅ぼしたのを後悔してるのかって、世界なんて滅びろって思ってるのかって! そうだよ、その通りだよ!!白蛇がいれば俺はフィーネと一緒にいられた、フィーネの居ない世界なんて滅べばいい!!」
「くっ…!!」

全力で振り下ろされた剣は受けた剣の柄を持った手が痺れるほどで、何とかレックはそれを横へ受け流す。 休みなく襲い来るベルの剣をかわしたり弾き返したりしながら、負けじと叫び返した。

「なら、どうして俺のこと友達だと思ってるって、言ってくれたんだよ?!」

その言葉にベルは大きく横に薙ぎ払う動作を最後に手を止める。打ち付けられた剣を素早く正面に戻しレックはベルからさらに距離を取った。 腕を横に伸ばしたまま、ベルは唇を噛んでいる。

「ファシールの封印を解きに行ったとき、やっと友達になれたんだって嬉しかったのに…あのとき笑ってくれたのも、全部、嘘だったのかよ…!?」
「もうやめろ」

ベルは静かに一言だけそう言った。感情がないように聞こえたベルの声にレックは思わず口をつぐむ。

「…決着をつけよう、ここで話し合ってても無意味だ。俺たちがやりたいことは同時に成立するものじゃない。どちらかが諦めるしかないんだよ」
「そんな…そんなこと、ないだろ…」
「レックが譲らないならどっちかが死ぬしかない。さっき言っただろ、俺はフィーネと会えないならあとは死ぬだけなんだから」
「なん、で…」

どうして分かってくれないんだ、どうしてそれしか可能性がないと思い込むんだ、フィーネと会う他の方法を一緒に探そう、 俺はベルと戦いたくないし死んでほしくない…どれを言えばいいのか、どう言えばいいのか…必死に考えるが、 きっとどう言っても何を言ってもベルを救うことはできないのではないかという絶望に似た感情が湧き上がってくるのをレックは感じた。

「話すことなんて何もない。遠慮するなら俺はお前ら二人を殺してオラトリオを頂くだけだ。それが嫌なら俺を殺しに来い」
「……」
「…レック、俺の友達なら、俺がフィーネと会うのを邪魔しないでくれるよな?」

どうしよう、何か言わないと、でもどうしたらいいのか分からない。考えても考えても答えが出てこず、レックは今にも剣を取り落としそうなほど 脱力してフィルの方を向いた。フィルは細かな装飾が施された大きな白い柱の横からレックとベルのやり取りを固唾を呑んで見守っていたが、 突然レックと目が合って身をすくませる。

レックは泣きそうな顔で小さく口を開いた。

「フィル、ごめん……」

聞こえてきた謝罪の言葉にフィルは目を見開く。どうして自分に謝るのか、それを考える暇もなくレックは剣を両手で握ってベルに向き直った。 自分に剣を向けたのを見てベルは頷く。

「この一回で決める。覚悟はいいか」
「いいよ…」

レックは力なくそう言った。ベルは剣を握り直して刃先をレックに向けて構える。

「本気で来いよ」
「ああ、分かってる」

お互いに一歩下がった。3つ数える、それが合図だと告げられてレックは頷いた。一つ、二つ、とベルが数え始める。 それを見ているフィルは緊張のあまり手が震えていた。

「れ、レック…」

ベルの口の動きと踏み込んでくる位置、剣筋にレックは全神経を集中させる。三つ、という形にベルの口が変わった瞬間、 ベルの声が響いた瞬間、二人は同時に斬り掛かった。

「!!」

フィルは思わず両目を手で覆う。広い部屋には床にオラトリオが落ちて転がる音が響き渡った。 ガランガラン、という硬い音が徐々に小さくなっていく。

レックとベルは剣で斬り合ったはずなのに、部屋で鳴った音はそれだけだった。

「……」
「……」

レックの剣先はベルの胸の前で、ベルの剣はレックの喉元を貫く寸前のところで止められ、二人は静止していた。 テンポの違う二人の呼吸だけが聞こえており、レックの方は特に息を乱している。肩を上下させるほど荒い呼吸を繰り返しながらベルと見詰め合っていた。

「…本気で来いって言っただろ。どうして止めたんだよ」

あと少しどちらかが剣を進ませれば片方が死ぬという体勢のまま、ベルは呼吸の合間に尋ねる。 喉に剣が突きつけられているレックは、息を整えながら笑った。

「これが俺の本気だよ。俺は本気で、ベルの邪魔をしたくないって思った」
「…俺が止めるって、分かってたのか?そんなはずないよな…俺は直前まで、止める気はなかった…」

そう言いながらベルはそっと剣をレックから遠ざける。レックも同時に剣を下ろした。

「俺がベルの望みを叶えるための障害になってるなら、それでもいいって思ったんだよ。 …だから、約束したのに守れなくてごめんって。な、フィル」

急に話を振られて驚きつつも、フィルは慌ててオラトリオを足元から拾ってレックに歩み寄る。

「えっと…」
「それに、フィルにベルのことを委ねることになっちゃうのも申し訳ないなって…あと、自分を犠牲にしようとするなとか言ったくせに、 自分勝手に決断しちゃったのも…でも、別にもういーよな!ベルは俺と戦わないことを選んでくれたんだし!…な、ベル?」
「……」

ベルは剣を振り下ろし、レックから視線を逸らした。気まずそうにしばらく床を見つめていたが、 ありがとうな、と満面の笑みでレックに顔を覗き込まれ、ついに思わず苦笑して顔を上げる。

「…全く、無茶するなあレックは…」
「友達が落ち込んでるときは、ちょっとぐらい強引な方がいいんだって」

いたずらっぽくレックは笑い、剣を鞘に収めた。それを見たベルは、少し悲しそうにまたレックから視線を外す。

「どうしたんだよ?」
「いや…ほんと、レックはすごいよ…」
「すごいことはしてないけど…」

目を丸くしているレックをよそに、ベルは左手を浮かせた。それに反応した扉の上で飛んでいたファシールが一直線に3人の方へ向かってくる。 手の甲にファシールを止まらせて、ベルはファシールを見つめた。

「この部屋って、「神託の間」って言うらしいな。神様…ローズマリーが、息子のアッシュに指令を与えるための部屋らしい」
「そうなんだ…そんだけなのに、無駄に広いなあ…」
「それに…「神罰」を与えるための部屋でもあるんだってさ」
「しんばつ?」


    






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