ラクリマが動かなくなり、元から静かだった聖墓キュラアルティの中がさらに静けさに包まれる。 いつの間にかレックに強く手首を握られていたフィルは、戸惑いながらもちょっといい、とゆるく手を振りほどいた。

「あ、ゴメン…」
「ううん。リアンさん、ローズマリーは誰かを直接送り込めるというような口ぶりだったし…すぐにでも、アイテールへ向かうべきだと思うんです。 何か他に、ぼくが知っておくべきことはありますか?…って言っても、その花の近くで話すんじゃ全部聴かれてると思いますけど…」
「……ああ」

若干呆然としていたリアンは、苦々しい表情でラクリマを見下ろす。しゃがんで下からすくうようにラクリマを浮かせて持ち上げ、3人に向き直った。

「聞かれているのは仕方ない。ラクリマを遠ざけておく方が危険だろう…しかし、本当に行ってくれるのか。 私が決着をつけるのが筋だというのに…」
「そんなことありません」

フィルはふるふると首を横に振る。オラトリオを握っている右手に力を込め、なるべく笑顔を作った。

「リアンさんは、できる限りのことをしてくれました。ローズマリーの子だっていう、ぼくにどうか役目を負わせてください。 凍らされた父さんを元に戻すためにも、是非ともぼくの手で…終わらせたいんです」

そう言うフィルの横で、レックは落ち着かない様子でオラトリオをチラチラと見ている。 リアンはフィルの決意を感じ取ってありがとう、と握手のために手を差し出したがレックの挙動に気づいてフィルから離れてからどうしたんだ、とレックに声をかけた。

「オラトリオがどうかしたか?」
「え、あ、いや…その、時の鍵があれば、癒しの司のフォルテさんとか、カイさんとか、元に戻しにいけるんじゃないのかなって、急に思いついちゃって… いや、もちろんカミサマを何とかしてくればそれでいいんでしょうけど。すいません…」
「…そうだったな」

実はカリンを元に戻せるのでは、と密かに思っていたのだがそれは伏せておき、カイとフォルテを引き合いに出して尋ねた。 リアンは申し訳なさそうに首を振る。

「フォルテ殿の状態を検証させてもらった結果なんだが…あれは、凍った人と凍らせた人の状態がお互いに強く依存していた。 ランフォルセと似たような関係性が見られたんだ…それも、時の鍵だけの力ではなく空の器の力も複雑に絡んでいた。 時が凍った状態の確実な解除方法は、凍らせた人間の命が空間から消えることだが…」
「う…それは、ちょっとダメですね」

そういえばヴァイオレットが、自分が消えればカリンは溶けるというようなことを言っていたのを思い出した。 その方法を取ることはできないし、時の鍵だけがあればいいということじゃなかったのかとレックは残念そうに頷く。 レックの反応を確認してから、リアンは出口に向かって歩き始めた。

「さあ、外に出よう。レックとシェリオより、フィルが後に出てくれ。…危険だから、立ち止まったり戻ったりは決してしないように」

リアンの誘導に従って、3人は聖墓キュラアルティの扉をくぐって外に出ていく。フィルが森の草を踏みしめた瞬間、ゴゴゴ、と地鳴りのような音が響き出した。 何事かと3人はリアンの方を振り返り、扉の中の光景を目にして息を呑む。

「く、崩れてる…」
「聖墓キュラアルティは、時の鍵の力によって中の空間の時を止めてその姿を保っていたんだ。…だが、オラトリオはもうそこにある」

リアンがそう言いきったとき、扉の中に透明な石の瓦礫が大量に積み重なり出口を完全にふさいでしまった。 それと同時に扉の淵の光は宙に散り、聖墓キュラアルティの内部は見えなくなる。

「ラクリマは私が責任を持って守る。オラトリオを頼んだぞ、フィル」
「…はい、ぼくたちに任せてください」






「神様。ラクリマを壊したり、オラトリオを奪いにいったりできるけれど…命令さえ、下されば」
「…まあ、本当に素晴らしいわ。大量にマグノリアを作ってその中の優秀なのを働かせたり、人間をベースにしてマグノリアを作り、制御と調整を繰り返したりと 色々試行錯誤してきたけれど…それらが全て馬鹿馬鹿しく思えるくらいね。あなたをアイテールへ呼んで良かった。私の神としての大いなる成功のひとつだわ」
「光栄です。どのような命でも、なんなりと」
「ふふ…だからこそ、大事にしてあげるわ。もちろん約束も守ってあげる。メルディナがテラメリタになったら…あなたに永遠の幸せと安らぎを授ける。必ずね」
「…感謝します」
「あなたにはオラトリオをアッシュと共に我が元へ捧げに来る役目を与えるわ。この、アッシュの剣と共に作った剣「ブランシュ」を持ってお行きなさい」
「かしこまりました。必ずや、オラトリオをお持ちします……必ず」






「フィル、おーい、フィルってば」
「あ……ゴメン、なに?」
「ずっと呼んでんのに。考え事かよ?おはよ、って言っただけだけどさ」
「え、あ…おはよ、ちょっとぼーっとしてた…」
「やれやれ、今日は滅茶苦茶大事な日なんだぞ。しっかりしろよー?」
「わ、分かってるよ…あんま寝れなくて…」

ここはラベル家の来客用の寝室。聖墓キュラアルティから出た後、アイテールへ行くため、空を飛ぶための用意が家にあるとリアンに言われて フィルとレックはセレナードまで移動し、出発は明日ということで一晩をラベル家で過ごしたのだった。

朝になり自然と目が覚めたレックはリアンさんに会いに行こう、とベッドから出てフィルの背を叩いて促す。 しかしフィルはレックを見上げたまま、動こうとしなかった。どうしたんだよ、とレックは首をかしげてフィルを見下ろす。

「もうちょっと寝とく?」
「ううん…あのさ、昨日…聖墓キュラアルティでローズマリーがしゃべってる途中で、レック、ぼくの手を掴んだでしょ。 リアンさんが、反論する直前に…」
「あー、そんな時だったかな。なんだよ、どうしてなのか気にしてた?気になるなら早く訊けばよかったのに」

強く掴みすぎたかな、ゴメン、と一言謝ってから、レックはフィルの隣に腰掛けた。 フィルの傍にはオラトリオが置いてあり、それを少しフィルの方に寄せてからさらにフィルに近づく。

「一応だよ、一応。リアンさんに何かあったら、いけないだろ」
「やっぱり…ぼくが、アッシュになったときのため、だったんだね」
「落ち込むなって。あのさ、フィルが考えてることとは多分ちょっと違うんだよ。怒るなよ?」
「…違う?」

レックはどう言ったらいいかな、と頭をくしゃくしゃと掻いた。

「フィルは嫌かもしれないけど…フィルがアッシュになったときに、俺の方を向かせるためだよ」
「……?」
「カミサマにまた命令されてあの氷のナイフで誰か凍らそうとしたなら、スピード勝負じゃん。いつもそうだろ。 俺を凍らせる意義はあんまないだろうし、狙われるとしたらリアンさんだ。でもフィルの手を掴んでおけば、その状態で呼びかければ、 待ってくれるかもしれない。話せるかもしれない、説得できるかもしれない、そう思っただけ。フィルはあの時右手にオラトリオを持ってたから それを捨てるとは思えなかったし、もう片方の手の自由が利かなければ俺の方に振り返るかも…ってさ。ちゃんと話してみたいなって、思っただけだよ」
「……」

フィルは下を向いたまま、何も言わずに考え込む。しばらくして、顔を上げずにぽつりと言った。

「…アッシュを、助けたいと思う?」
「え、うん…そりゃ、できるなら。本人に、約束したし…」
「約束?」
「俺が勝手に言ったことだから、俺が一方的にそうしたいって思ってるだけだけど…俺は諦めてないよ。カミサマの野望を阻止して、 アッシュを連れて帰ってこられたら…最高じゃん。それこそ万々歳だろ」
「それは…そうかもね…できるならね」

ふふっ、と自嘲気味に笑うフィルに、頑張ろうな、と満面の笑みでレックはフィルの肩を叩く。 ほらそろそろ行くぞ、と言われてフィルはようやく布団から出て、レックは向かいの大きな窓のカーテンを引っ張って開いた。

「ほら、朝日がもうあんな……キャーッ!?」
「レック、どう、し……」

レックの悲鳴を聞いてフィルもそっちを向いたが、フィルは言葉を失う。カーテンを開けて見えた窓の外には、 ラベル家の領地の美しい風景と、あまりにも巨大な金色の目があったのだった。



「フィルくーん!レックくーん!!見て見てー!!」
「な、な、なにやってんですか…?!」

窓から見えたものに驚いて屋敷の外に走って出てきたフィルとレックを出迎えたのは、聖獣コルミシャークに乗って 至極嬉しそうにはしゃいでいるニヒトだった。その後ろにはランも乗っており、先に降りたらしいレンは地上から いつものじとっとした目でランたちを見上げている。

「空が飛んでみたいって言ったら、ランくんがコルミンにお願いしてくれたんだ!私の家からここまで飛んできたんだよ!びゅーんって!すごいでしょ!!」
「す、すごい、けど…危ない…」
「シェリオは昨日帰ったと思うんですけど、よく許しましたね…絶対にダメって言いそう…」
「うん、シェリオ君にもエバ君にも、家のみんなにもナイショで出てきちゃった!!」
「……」

しーらない、とレックは目を逸らす。ばさばさと羽ばたいているコルミシャークの背に揺られるニヒトが転げ落ちてくるのではないかとフィルは気が気でなかった。 そんなやり取りが行われているのはラベル家の屋敷の玄関前の広間なのだが、この騒ぎを聞きつけてようやく家主が扉から出てきた。

「こ、これは…」
「あ、リアンさん…あの、ニヒトさんが勝手に家を抜け出して、この…聖獣コルミシャークに乗って遊んでるらしくて…」
「ニーベルリヒト殿が…何を考えておられるのか…」
「ですよね…」

珍しく動揺しまくっているリアンは、とりあえず降りてきてくださいと冷静を保つようつとめながらニヒトとコルミシャークに手招きをする。 コルミシャークは徐々に高度を下げ、どしーん、と地面に降り立った。

「面白かったー!ありがとコルミン!ランくんも、ありがとう!」
「うん!お兄ちゃんと乗ってると楽しかった!」
「ラン。遊びに来たんじゃないよ。分かってるよね?」
「わっ…」
「分かってます…!」

コルミシャークから降りて両手を持ってきゃっきゃとはしゃいでくるくる回っている二人の背後に、レンの静かな声が響く。 ランはもちろんニヒトも震え上がり、思わず抱きしめ合った。

「レグルス、聖獣の話によると、元の世界に帰れるのが今日らしいんだ。今日を逃すと、あと20年は聖獣の力では 帰れなくなるんだって」
「元の世界に…そっか」
「それと…なぜか、ぼくの体からマグノリアや凍結の牙を出すことができなくなってしまったんだ…それは、昨日のことなんだけど」
「マグノリアって、鳥か…そういえば、レンの雰囲気がちょっと変わったような…」
「どこら辺が?」
「具体的にはちょっと、うまくいえないけど…」

かつてはレンはどこか獣や鳥のようだった、今はその気配がない…と言うと少し失礼な気がするがしっくり来る。 ふわっとした感想しか抱けなかったが確かにレンの何かが変わったとレックは感じる。ベルやカリンの意見が聞きたかったな、と少しもどかしく思った。

「それで、コルミシャークがフィルとレグルスをアイテールに届けられるのは今日だけなんだ」
「え…連れて行ってくれんの…?」

フィルとレックは改めて聖獣を見上げる。大人しくお座りのポーズをして人間たちを見下ろしてくれているが、 色々と大丈夫なのだろうかと心配になった。

「お兄ちゃんが、コルミンにバリアーしてくれるからもし海にぶつかっても大丈夫なんだって!早く、早く行ってきてよ!」

そう言われて二人はいいのかな、とリアンの方を振り返る。リアンはコルミシャークを観察しながら顎に手を当てて考え込んでいるようだった。

「我が家の防犯装置の魔法を無効化するほどの力…ニーベルリヒト殿が聖の加護をつけるということか…フィルとレックには、 私が作った羽で飛行してもらおうと思っていたが、聖獣が味方してくれるのならば、心強いことだな…」

リアンが何と言うかに全員が注目している。そのとき、突然辺りに強い風が吹き付けた。

「わっ…」
「なに…?」

コルミシャークの前にできた風の渦の中に薄緑色の光が現れ、フィルとレックは目を瞬かせる。 何が起こったのかをいち早く察したニヒトが飛び上がった。

「わあああ!!シェリオ君!!」
「…ニヒトさん、何してるのかな?」

移動魔法で出現したのは、シェリオだった。片手を腰に当てて笑顔でニヒトを見上げているが目が笑っていない。

「家中おおわらわですよ。エバの目を盗んで勝手にいなくなって…ランもレンもいないし」
「ゴメンねシェリオ。早く空が飛びたいって、説得しても聞いてもらえなくて…」
「ああ、レンはちゃんと止めようとしてくれただろうって分かってたよ。こら、ニヒトさん」
「うええ…ごめんなさい…」

ランの隣で、ニヒトはいつもよりかなり背が小さく見えるほど萎縮している。

「そ、空が飛んでみたくて…でも、ダメって言うでしょ…?前に、カイ王子に頼んだときもダメだって言われて…だから、言えなくて…」
「ニヒトさん。なんでダメって言うのか分かる?」

意地悪してるんじゃないんだよ、とシェリオはニヒトに優しく言い聞かせた。 まるで親子の会話のようだが、ニヒトはまるで幼子のように素直にシェリオの言葉に何度も頷いている。 俺はニヒトさんの敵じゃないんだから、できる限りの希望は叶えてあげたいと思ってるんだよ、やりたいことがあったらちゃんと俺に言って、 ちゃんと手伝うからねと言われてニヒトは嬉しいのと勝手な行動を取ったことによる申し訳なさでぐすぐすと泣き出してしまった。

「ううぅ…ごめんなさい〜…」
「お兄ちゃん、だいじょぶ?そんな泣かないでよぉ」

しゃくりあげているニヒトをランが心配そうに落ち着かせているのを見てから、シェリオはくるりとフィルに振り返る。 シェリオと目が合って、フィルは知らずにびくっと身をすくませていた。

「フィル、いよいよだな」
「う、うん…」
「なあシェリオ、一緒に来てくれないの?」
「俺が?」

レックにそう言われ、シェリオは あはは、と笑いながらフィルの肩の上に腕をのせる。

「俺はパース。フィルのこと頼んだぞ」
「シェリオが来てくれたら心強いのに…」
「ありがとな、でも俺は……ん?」

僅かにシェリオは顔を上げて、間近にあるフィルの顔を覗き込んだ。なに?とフィルは小さく尋ねるが、シェリオはフィルから体を離して 正面から両肩を持ってフィルの赤い目を見つめる。なんだろう、とフィルはシェリオを見つめ返した。

「どうかした…?」
「いいや。頑張って来いよ。どういうことか分かるな?」
「えっと…」
「ちゃんと、帰って来いってことだよ。生きて帰って来い。俺は邪魔しないから、それだけ約束しろ」
「……」

おどおどしているフィルに、どうしたんだよ怖い顔で、とレックは苦笑しながらシェリオの背を叩く。 それでもシェリオは動こうとしないので、フィルは下唇を噛んでゆっくりと頷いた。

「うん…分かった、大丈夫…約束する」
「よし」






「ヴァイオレット、生きて地上にいるのでしょう…最後にあなたがいた地点は把握してるのよ。 どうやって私の力を振り払ったのかは分からないけれど、まさかそのまま逃げおおせられるだなんて思っていないわよね? 今すぐマグナフォリスを通って帰還なさい。さもなくば、地上の人間がどうなるのか…分かるでしょう?それとも、アッシュに何か起こるかもしれないわねえ…」

セレナードの王宮で花が語り出したという報告を受けてセレスはヴァイオレットと共に王室に飾る花を用意する施設にやってきていたが、 花から聞こえるローズマリーの声は人間全員に向けたものではなかった。名指しで呼ばれたヴァイオレットは花と相対しながら口を押さえる。

「セレス…」
「しっ、ヴィオちゃん、聞かれるよ」
「で、でも…」

セレスは花瓶に活けられている5本の薔薇に向けてバングルをつけた腕をかざした。それには花を通じたローズマリーの魔法を防ぐための 力が込められており、今も量産されながらセレナード中に配布されているものである。それを作り出したリアンはいち早くセレナードの王宮に届けに来たため、 セレスは花に近づく際は必ずそれを身につけるようにしていた。

「慈悲深い神からの最後の警告よ。あなたはメイプルと違ってローシュタインを軸にして作った存在じゃないから 永世遡行を行ったら他の人間と同じように消滅してしまうし、私からの力の供給が断たれればボロボロの魚になって即座に死に至ることでしょう。 あなたがまだ息をしているのは、この神の憐れみがあってこそなのよ…分かるかしら?私はあなたを早く「完成品」にしてあげたいのよ。 美しいテラメリタの一員として存在させてあげようというのに、なぜ分からないの」

ヴァイオレットは口を押さえたままセレスに視線を向けるが、セレスは薔薇を見つめたまま険しい表情を浮かべている。 何か言ってやりたい、だがそうするわけにはいかないと己を制しているようだった。

「…これだけ言ってあげても分からないのね。仕方がないわ、人間の皆さん。ヴァイオレットを探し出してアイテールへ送って頂戴。 みんなでしっかり捕まえて、マグナフォリスを通らせてやってくださいな。殴ろうと蹴ろうと縛ろうと構わないわ、死にはしないから… 貢献してくれた土地周辺は、神の裁きは容赦してあげてもいいけれど…ね。ヴァイオレット、あなたが大人しく帰ればそれで済むのよ? 賢いあなたなら、分かるわよねえ……ふふふ、じゃあ待っているわよ」

そう言い終えると薔薇は ぱたりと動かなくなる。セレスもヴァイオレットもしばらく花を見下ろしたままお互い何も言わなかった。 花の前でしゃべるわけにはいかないのでセレスはヴァイオレットの肩をそっと支えて温室の扉を押して開ける。

「八方塞ね…人間たちは私を躍起になって捕まえようとするわ…大人しくアイテールへ行くしかないってことなのかしら… それに、万が一ローズマリーが敗北することが、あったとしても…私は…っ」

そこまで言って、ヴァイオレットは両手を目にやった。指の間から涙が流れ落ちていくのを見てセレスは歩きながらヴァイオレットの頭をよしよしと撫でる。

「大丈夫だよ、絶対にヴィオちゃんを守り抜いて見せるから。王宮の中の人でもヴィオちゃんのことや名前まで知っている人はぼくが信頼する ごく僅かな人だけだし」
「でも…私は本来、アイテールにいる者なのだから…いっそ、ローズマリーが言う通りに…」
「そう思わせるのがローズマリーの作戦でしょ、ダメだよ簡単に乗ったら」
「……分かったわよ」

ヴァイオレットは手袋越しに自分の腕をぎゅっと抱きしめた。

「ちゃんと責任取りなさいよ。ローズマリーが言うように、本当に私が、その…」
「…もし、そうなったとしてもその瞬間まで一緒にいるよ。それに、最後までどうなるかなんて分からないでしょ。ぼくはヴィオちゃんと生きていたいって 願ってるし、ヴィオちゃんもそう思ってくれているなら…奇跡を起こして見せるから」
「随分自信があるのね。そのポジティブさ、さすがはアリアの兄と言ったところなのかしら」
「あはは、アリアちゃんはホントにすごいよ。でも確かに感化されたところはあるかも」

そう言いながらセレスは階段を上っていく。すれ違う王宮に仕える人たちはセレスとヴァイオレットを見て驚いた様子を見せるが セレスは笑顔で手を振るだけだった。ヴァイオレットも同じようにした方がいいだろうかと考えてぎこちない笑顔を向ける。

「そうそう、ヴィオちゃんはここで暮らすことになるからね、みんなのことも覚えてもらわないと」
「…そんな楽観的でいいのかしら」
「いいんだよ」

明るくそう返すセレスだったが、ヴァイオレットは寂しそうにぽつりと言った。

「その思考を、どうか自分にも向けてほしいものね…セレスが私を救ってくれたように、私もあなたを救えたらいいのに」
「……!」

ヴァイオレットの言葉に、セレスは深紫の目を見開いてヴァイオレットにゆっくりと顔を向ける。

「…ぼくは、本当はこんな風に生きていていい人間じゃない。ぼくが犯した罪は、決して許されるものじゃない。 いいんだ…これは、ぼくが永遠に背負うべきものだから。せめて、ヴィオちゃんには幸せに生きていてほしいんだ」


    






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