「マグナフォリスは、人間は通れないんだそうです…一度何かに変えるからだとか、説明をローリエさんにされたのですがよく分かりませんでした…。 でも、凍っていれば…時が止まっていれば、通れるとも教えていただきました。だから凍らされたんでしょうね」
「ふーん…じゃあ通れるってことは人間じゃ……うん、やめとこ。それよりもさ、シャープ」
「な…なんです?」

アリアのいたずらっぽい笑い方に、シャープは少し警戒する。

「いやあ〜、割とすぐに泣き止んだな〜って思って。もっともっとよしよしってしててあげてもよかったんだよ?」
「う…そんな、ララシャルの前ではちょっと…」
「あはは、やっぱり〜。ララちゃんの前では頼れるお兄ちゃんでいたいんだ。そーゆーのが可愛いんだけどね」
「からかわないでください…」

シャープは顔を真っ赤にして少し頬を膨らませた。トマトみたーい、とアリアは面白そうにシャープをつつく。

「…さてと、もっと楽しくおしゃべりしてたいけどそれは地上に帰ってからかな。えーと、この部屋には……やっぱりね」

部屋を見回すと、木で出来た小さな台に花瓶が置かれそこには白薔薇の花束が活けられていた。 まずは花の位置の確認、それからシャープへの説明、フィルくんがなんかの鍵持ってここへ来たときの対策…と、アリアは一生懸命頭の中で組み立てる。 しかし途中で思考が続かなくなり、シャープにも考えてもらおう、とシャープにとびきりのいい笑顔を向けるのだった。

「な…なんですか、今度は」
「うん!頭脳労働は、シャープに任せようかなと思って!」
「…お変わりなくて、安心しましたよ」






「アッシュ、入るよ」
「……」

窓の外を窓枠に肘をついて眺めていたアッシュは、ローリエの声に反応して体勢は変えずに視線だけを後ろにやった。 外から吹き込んでくる風が、アッシュの髪を揺らしている。

「外へは出ないの?散歩ならご一緒するよ」
「…いい。呼ばれるまで待機していろと言われているからな。俺は自分の判断で勝手な行動は取らない」
「そっか…」

少し寂しそうな声になっちゃったかな、とローリエは一度咳払いをした。

「えっとね、ローズマリーからこれを預かってきたんだ」

くるくると白い布を取り、中から出てきた幅が広めの剣をアッシュに差し出す。真っ青な柄と鞘を見てアッシュは目を丸くした。

「これは…」
「褒美に剣を授けるようにって。名前は「ジュスト」。ぼくは剣のことはよく分からないけど、とても精巧に、精密に作った自信作みたいだよ」
「…そうか」

アッシュは手を伸ばして剣を受け取り、すらりとそれを抜き放つ。中から現れた刃は不気味なほどに完全な直線で構成されており、 僅かなゆがみもないようだった。見事なまでに左右対称で、何度裏返してもどちらも全く同じに見える。 表面も凹凸を一切感じさせないほどに滑らかで、まるで鏡のようにアッシュの顔を映していた。

「素晴らしい剣だな…切れ味も良さそうだ」
「よかったね。試し切りがしたいのであれば、何かお持ちするけど」
「いや、いい。…それより、一つ聞きたいことがある」
「なに?珍しいね」

剣を鞘に収め、柄を左手で握って壁に寄りかかる。ローリエは剣を包んでいた布を畳みながらアッシュの言葉を待った。

「…アシュリィが地上へ落とされたときのこと、分かるか?」
「ああ…うん」

フィルくんのことね、と言おうとしたがアッシュを怒らせてしまってはいけないと思いただ頷くだけにする。

「人間は海を通れない。マグナフォリスもなかった頃、どうやって地上へ生きた状態で落とすことが出来たのか…知っているなら話してくれ」
「……」

知ってどうするんだろう、と思ったがローリエは自分の知ることを話すことにした。アッシュの傍まで歩いていき、窓の外を覗き込む。 遠くに分厚い森とさらにその先に海が見えた。

「ローズマリーは、オクターブから双心の砂時計を作り、元は一人だった存在…双子の、その精神を入れ替える実験を繰り返していた。 レンとランを使ってね。ある時、海に綻びが生じていることに気づいて…そこから双子の片方を地上に送り込むことを始めたんだ」
「…アシュリィが落とされる側となった理由は?」
「特に聞いてないな…残った方、アッシュをぼくがローズマリーの言うとおりに育てることになっていただけで…それで……」
「どうした」

突然、ローリエは非常に言いにくそうに下向きに視線を彷徨わせる。しばらく葛藤していたが、尋ねられたからには教えなきゃ、怒られてもいいかと意を決したようにアッシュに視線を戻した。

「一度では成功しなかったんだ…海に当たって、死んでしまって…」
「死んで……?」
「片方を落として、ダメだったら…また…」
「……」
「もう片方を、落として…海のほころびを偶然通過するまで、何度も何度も…何度も」

ローリエの言葉の意味はよく分からなかったが、ローズマリーが行ったであろう何か異質なものを感じ取り、アッシュは思わず身震いする。

「二人とも完全に凍りはしないから、そんな方法が取れたみたいだね…それで、フィル君が無事に地上に落ちられたことを観測出来たから、 ローズマリーはアッシュをぼくに渡して、世話をするようにと言ったんだ。ぼくは、アッシュを精一杯育てようと思った…望むことは何でも叶えたかったし、 不自由を感じさせたくなかった…ぼくにできることは、それぐらいだったから」

笑顔だが少し悲しそうにも感じる複雑な表情を向けるローリエに、アッシュはどう返せばいいのか分からなくなった。

「…ごめん、余計なことまで話しちゃったね。これからもぼくはアッシュの執事だから。気に入らないことがあれば遠慮せずに行動してくれて構わないよ」
「なるほどな…」
「……何が?」
「よく分かった。俺がアイテールに残る側で良かった。神に仕える側となれたのは幸福なことだ」
「そう、だね」

話は終わりだ、と言わんばかりにアッシュは剣をテーブルに置きローリエに背を向ける。窓の外にまた視線を移して窓枠に肘をついた。

「もう下がれ。それと、俺の部屋には世話のためにはもう来なくていい。何かあれば俺の方から赴く」
「うん…」
「母さんには、地上をテラメリタにするためのあなたの命令を、これからも心待ちにしている、と伝えてくれ」
「……かしこまりました」

ローリエは深々と頭を下げて、静かにアッシュの部屋から出て行く。扉が背後で閉まったのを感じて、アッシュは視線を外に向けたまま ふう、と息を吐き出し目を細めた。






「メヌエット国の、首都グロッケンの北の森の中…って、漠然としすぎだよな」
「森っていうだけでもたくさんあるもんね…見つかるかなあ…」

とりあえず方角だけは合わせて、聖墓キュラアルティを目指して歩いているフィルとレック。 クレールから聖墓キュラアルティの場所を聞き、一応チターの町でも情報を集めたが詳しい場所は分からなかった。

「…あっちかな。ホントにいいのかよ、これで」
「だってそれしかもう手がかりがないし…」

なので、クレールからレックが教わった「なだめの花ラクリマ」の気配が便りである。レックだけが感じ取れるため、 フィルはどんな感覚なんだろうなあ、と思っていた。

「今日、花が言ってたのは…ラクリマが枯れきったら海が消えて、地上に直接攻撃もできるようになるしオラトリオを探しにいけるようになる…だっけ。 それなら確かに、ラクリマを枯れないようにさせることは必要だよな」
「それと、オラトリオでオクターブを…封印だの破壊だの、とにかく使えなくなるようにしに行くこともね」
「花だけ治すんじゃダメなのかな」
「それだと海のゆがみを進行させないだけで修復はできないみたいだから…時間はかかるだろうけど攻撃はしてくるだろうね…それに、 もうローズマリーは地上に咲く花で人々を殺して恐怖を植え付けてる。急がないと」
「…そうだな、そうするしかないってことか」
「おーい」
「…ぅお?!」
「わ!?」

花が咲いていないか気をつけつつもまさか人なんていないだろうと思いながら歩いていたフィルとレックは、 急にのんきな声がかけられて同時に叫んでしまった。ばっ、と振り返るとそこには笑顔で手をひらひらと振っているシェリオと、その隣にはリアンもいた。

「シェリオ…と、えっと、リアンさん!?な、なんでこんなとこに…」
「よ、レック。あと、フィルも。リアンさんが聖墓キュラアルティに行くっていうからついてきちゃった」
「きちゃった、って…なんか、意外すぎる組み合わせなんだけど…」

レックは小首をかしげてシェリオとリアンを交互に見る。フィルは心配そうにリアンを見上げて尋ねた。

「何かご用ですか…?」
「ああ、色々と。まず、聖墓キュラアルティの詳細の場所や入り方を教えるため。もう一つは…少し長くなるから、歩きながら話そう」
「は、はい…」

リアンがフィルとレックが歩いていた方へ向かいだしたのでフィルとレックもそれに合わせる。その後ろから、少し楽しそうにシェリオが着いてきた。

「聖墓キュラアルティは、入り口は隠されていて入ることはできない…中にいる者が、招き入れない限り。しかし今は癒しの司はおらずその従者もいないため、 普通の人間は入る方法がないんだ。クレールが二人に癒しの司の資格を授けたから、入り口の前に立てば入れる状態ではあるようだが…」
「そうみたいですね、なんかやってくれました。な、フィル」
「え、あ…うん」

しばらく歩き続け、背の低い木にツタが絡まっているところを潜り抜けると、開けた場所に出る。 そこでリアンはその空間に歩いていき、片手を上げて何かを言ったようだった。それをフィルたちは後ろから眺めていたが、 リアンの前に扉の形をした光の筋が現れてリアンが振り返って手招きしたため、慌てて駆け寄っていく。

「…ところで、なぜここが「聖墓」というのかはクレールから教わったか?」
「……」

3人は顔を見合わせたが、誰も知らなくてお互いに首を横に振った。

「ここは……私の墓なんだ」
「…え!?」
「それ、どういう…」

驚くフィルたちには返答せずにリアンは扉に向かって歩き出し、扉をくぐった部分から体が見えなくなっていく。 これはついていくべきだと分かり、フィルはリアンに続いて扉の中に入った。レックとシェリオもさらにそれに続く。

不思議な光に包まれて思わず目をぎゅっと瞑っていたフィルだったが、先ほどまで踏んでいた草や土などとは違う硬い床の感触に気づいて恐る恐る目を開けた。

「わ…」
「ここが、聖墓キュラアルティ…」

床には水晶のような透き通った石が敷き詰められ、高い天井はドーム状になっている。奥には大きな水の鏡、ジェイドミロワールが置かれていた。 リアンを追いかけて歩くフィルたちの足音がカンカン、と大きく響く。

「久々だな…」
「シェリオ、来たことあるんだ。3年前に?」
「あ〜…えっと、そんな感じかな」
「へー…不思議な感じだなここ…空気が、なんか…うまく表現できないけど…」

リアンはジェイドミロワールの右の壁に手をやり、さらに奥へ進んでいった。

「レック、こちらへ」
「あ、はい!」

シェリオとしゃべっていたレックは自分が呼ばれると思っていなかったので急いでリアンの元へ走っていく。

「うわ…!!」

壁の向こう側は草原が広がっており、まるで別世界のように輝いていた。草木自体が光っているかのように眩しく、レックは目を細める。 その草の真ん中に、一際光る白い花が植わっているのが見えた。

「リアンさん、これが…」
「なだめの花ラクリマだ。かなりしおれてしまっているが…間に合ったようだな」

そう言ってリアンは水をすくうような形に手を花の左右に置く。するとその花がリアンの手の中でふわりと浮き上がった。 リアンはレックに振り返り、花を受け取るように促したのでレックは同じように両手を差し出す。

「…!」

レックの手の中でラクリマはさらに輝きを増し、花びらが見る見るうちにみずみずしく生命力を取り戻していった。 何もしているつもりはなかったレックは手の中で花が元気になっていくのをただ目を丸くして見つめていた。

「さすがの聖心力だな…これで、海の消滅は防げる。ありがとう」
「あ、はい…」

またリアンが手を差し出したので、レックはラクリマをリアンに渡す。

「また置かなくていいんですか?それ…」
「私が家に持ち帰り管理することにしてみるよ。ここは…もうすぐ、なくなってしまうから」
「なくなる??」

リアンは片手で花を浮かせた状態で持ちながらまた聖墓キュラアルティの広間へ戻っていった。

「わ、ビックリした…!」

壁から突然現れたリアンに、壁にかなり近づいていたフィルとシェリオは声を上げる。 そしてリアンの手にある花を見て、シェリオはそれを指差した。

「これが、なだめの花ラクリマ?…ですか?」
「ああ…そして、もう一つここに取りに来たのが…」

リアンは階段を上がり、ジェイドミロワールに片手を置く。すると鏡の淵にリアンの手が触れた場所から丸く光が走り縮んでいった。 手のひらに収まるほどの大きさになったジェイドミロワールをリアンは持ち上げる。

「時の鍵オラトリオだ。レック、ジェイドミロワールを持っててくれるか」
「は、はいっ」

また声がかかってあたふたしながらもレックはリアンからジェイドミロワールを受け取った。 鏡があった場所にリアンが視線を落としているので、3人もリアンの手の先を見つめる。

「これが、時の聖玉…青紫色なんだ…」
「鏡の裏にあったのか…綺麗だな」

フィルとシェリオが口々にオラトリオを見ながら感想を述べた。リアンはそれを外して手に取り、一歩下がる。 聖玉を手で包み込むと白く輝き、リアンの手の中で青と紫のグラデーションが美しい巨大な宝石がついた、大きな金色の鍵の姿になった。

「私にはオラトリオを本来の姿にすることしか出来ないが…フィル、あなたならこれが使えるはずだ。持っていってくれ」
「…はい」

フィルに向かってオラトリオが差し出される。これが普通の鍵の大きさならば鍵穴に差し込むであろう部分が細くなっており、 フィルはその部分を握り締めた。レックはリアンにジェイドミロワールを返しながら、オラトリオに興味津々だった。

「ど、どう?ってかそれ、どうやって戦うわけ?…武器なんだよな?振り回して殴ったら強そうだけど…」

そう言われてフィルは皆から少し離れてオラトリオを手首を返して回してみる。しかし、何か魔法の力が飛び出すとか 聖玉の軌跡に何か起こるとか、そういった現象は見られなかった。

「オラトリオは、本来は武器ではないが…もし武器として使えば、どんなものよりも高威力で自在に攻撃が出来る。 本来の力とは…時の流れを変える、という非常に強力なものだ」
「時の流れを…」
「そう、時を止めることも、戻すことも。そして、空間に力を及ぼす空の器オクターブと組み合わせれば…空の続く場所全ての時を操れる。 ローズマリーがしようとしているのは、そういうことだ」

リアンは急に階段に座り込んだ。ラクリマを床に置いて、手を組んで3人を見上げる。

「…ローズマリーを止めてもらいたい、それが出来るのは時の聖玉の力を駆使できる…フィル、あなただけだ。 しかし、それだけを託してろくな説明もせずに危険な場所へ送り出すのは不条理というものだろう。 私の記憶も戻った…私が知ることを、話させてほしい」

フィルは無意識にオラトリオを持つ右手に力を込めていた。レックも緊張した面持ちでリアンを見つめている。 リアンは視線を床に落とし、静かに語り始めた。

「遠い昔…私は、6人の仲間と共にメルディナへやってきた。人々に知識と技術を伝え、地を豊かに栄えさせるのが目的だった。 私たちは天上の国アイテールから地を導き、それに応えるように地は高度に発展していったんだ。6人の仲間とは、 私の妻クレール、それとテルキスとウィゼルという夫婦、幼かったユーフォルビア、そして…マリーと、 その夫のエルバン。私たちは、地が順調に栄えていくことを喜んだ。そして、人々は私たちを敬ってくれた。 …しかし、私たちがしたことが悲劇をもたらした」

リアンはぎゅっと手を強く握り、息を大きく吐き出す。

「戦争と、同時に起きた内乱…それにより、人々が作り上げた戦力が行使されて地は取り返しのつかないほどの損害を被った… 地の美しさは損なわれ、人々のほとんどが死に絶え、手の施しようがなかった。…私たちは、人々に知恵を与えたことを大いに悔やんだ。 そしてマリーは人々と地の時を、オラトリオを使って巻き戻したんだ」
「じゃあ…永世遡行って、もうすでにやってるってことですか…?」
「いいや、巻き戻したのは私たちがメルディナへ来た時点までだ。…マリーと、クレールは…人間が地には不要だと考え、 人間だけを滅ぼす手段を作り出した。それが…白蛇(はくだ)だ。私は人間を滅ぼすのは反対だった。光によって生み出されるものを破壊できる闇の剣を守るため、私は地に降りた。 テルキスとウィゼルも私のすぐ後に出て行ったようだ。そしてアイテールに残ったのは…」
「その先は、私がご説明しますわ、お義兄様。他にも私が時を何度も戻したこと、お義兄様はご存じないでしょうから」
「……!!」

急に、聖墓キュラアルティの中に もはや聴き慣れてしまった声が響き渡った。 全員で辺りを見回すが、ここは建物の中で壁も床も硬い石で覆われており花の類は全く自生していないし花瓶も置かれていない。 花をお探しなの?というローズマリーの楽しそうな声は、リアンの隣に置かれたラクリマから聞こえてきていた。

「まさか、これも…?!」
「当然。花とあらば全て私の口であり耳として用いることができるわ…残念、あと少しで枯れそうだったのに。 海がなくなれば、使いを直接遣わしてオラトリオを奪うように命じることもできたでしょう。ふふふ…まあいいわ」
「マリー……」

一応ラクリマから全員で距離を取り、ローズマリーの言葉を待つ。リアンは焦っているというより、悲しみを含んだ声で呟いた。

「お義兄様がアイテールから出て行かれて…私は、白蛇だけでは人を滅ぼすのは無理だと分かっていたから、 確実な方法を取ろうとしたのよ。少し条件を変えては時を戻し、また少し変えては戻し…これを、お姉様に気づかれないように 繰り返していたの」
「戻す…何のために…?」
「闇の剣を使えるお義兄様に…消えていただくため。お姉様からは、事故死と聞いていたんじゃないかしら? ちょっと違うのよねえ…その事故は、私が起こしたものなのですから」
「……」

リアンは深刻そうに何かを思案している。フィルたちはラクリマとリアンを交互に見るだけで、何も言えなかった。

「それで、無事にお義兄様が死んでくださって…やっとこれからというところで、お姉様にそれを悟られてしまって。 もうそれはそれはすごい剣幕でしたわ…怒り狂われて、ちょっとした壮絶な戦いを繰り広げた挙句、アイテールを海で覆って出て行ってしまわれたの。 ユフィアを連れ、オラトリオとジェイドミロワールを持って…私に残ったのはオクターブと、自身に宿る時の力だけ… それを使ってトキの木を作り出し、時の力には困らないように…ま、それは別の話ね。かくして、私は一人ぼっちで空に取り残されてしまったわけだけれど… それでも機会を伺い続け、的確に行動を起こし、今はこうして神としてメルディナに君臨できている。全ては私が正しかった証拠に他ならないわ。そうでしょう?」

ローズマリーは楽しそうに話しているようだが、不意にリアンが組んでいた腕を解いてラクリマの傍にしゃがみ込む。 花に近づいたら危ない、とフィルたちは慌てた。

「リアンさん…!」
「…ああ、大丈夫だ。マリー、私は君の空の魔法についてはすでに手を打ってある。君が凍らせた、カイ王子の協力の下に」
「そんなこと仰ってたわね…けれど今すぐに全ての人間を守りきることなどできないでしょう?」
「……」
「そうよねえ。実は、人間の皆さんに大切なことをお伝えしようと思っていたの…明日、メルディナの神ローズマリーに仕える意思のある者を 選び取ろうと思うのよ。私を神と讃えるならば、永世遡行から逃れさせアイテールへ召し上げてあげるわ。新しい世界に生きることを許してあげる… ただし、完全に神の管理下に置かせてもらうけれど…意思も記憶も、全て毎日整えることによって、テラメリタの一員として、 完璧な存在の一部として、存在できるの…この上ない誉れよ?美しい薔薇を用意し、私の声が聞こえたら花の前で跪いて待って…」
「やめろ、マリー!!」

急に、ローズマリーの声を遮ってリアンが叫ぶ。

「皆、私の声も聞こえているのだろう!?ローズマリーはいずれにしろ君たちを殺すつもりだ、花を近くに置いてはいけない! 必ず彼女の野望は阻止される、それまで安全を確保して待っていてくれ!!」
「…まあ、お義兄様…お義兄様まで、私の邪魔をなさるの?…私を神と崇める人間を眷族としたいと願っているのは本当よ。 実際に…そうできたし、ね」
「なに?それは、どういう…」
「さあ、そのうちわかるかしら。それとも、永世遡行が成功して何もかもなかったことになってしまうかしら…ふふっ、 久々にお元気そうな声を聴けて嬉しかったわ。メルディナがテラメリタになるそのときまで、御機嫌よう」


    






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