「地上で見る、どこかの偉い人のお屋敷のお城みたいだけど…城壁とか、城門とか、ないんだね…」

黙々と歩いてきた二人だったが、拍子抜けするほど順調にただひたすらまっすぐ進むことが出来ており、 屋敷の巨大な扉がどんどん近づいてくる。草原からそのままいつの間にか庭へ入っていたようで、 綺麗に整えられた花壇や芝生に敷き詰められた石を踏んで屋敷に向かっていた。

「あの光の柱…あれって、見覚えがあるなあ。ヴィオちゃんと初めて会ったのって、あれを私が調べてるときだった気がする…」

遠くからは見えなかったが、近づくと光が濃くなってメイプルやヴァイオレットが地上へ来るのに使っていた不思議な光の柱 「マグナフォリス」がいくつも点在しているのが分かる。地上で見たときよりもずっと短く、人の身長より少し高いぐらいだった。

歩きながらマグナフォリスが視界に入っては消えていくのを感じていたが、ついに扉の前に到着する。 手を伸ばせば触れられる距離までやってきて、しかしアリアは剣を片手に持ったままもう片方の手を顎に当てた。

「…どうしよ。ノックする?普通は扉の隣に誰かいて、取り次いでもらうものだけど…いやそもそも、 ノックして入るような間柄でもないよねえ…だからといって無理矢理踏み込んでも、私には ローズマリーさんに絶対に勝てないってクレールさんに釘を刺されてるし……って、ちょっと、ララちゃん!!」

あれこれ悩んでいるアリアに痺れを切らしたのか、ララシャルは帽子のリボンを伸ばして扉のノブをまわして引っ張っている。 やめさせなきゃ、と慌てるが扉は周囲の空気を動かしながらゆっくりと開いてしまった。

「あ、開くんだ…鍵もないんだね、そういえば鍵穴も錠を下ろすところもないし……わっ」

開いた扉にアリアも手をかけてさらに大きく開いて自分が通れるぐらいの隙間を作ろうとしたが、 自分たちが引っ張る力とは違う力が加わったようでアリアは後ろに押しのけられそうになる。 誰かが中から扉を押したんだ、と分かって中に視線を向けると人が立っているのが分かってアリアは思わず声上げた。

「びっ…くりした〜…ありがとう、開けてくれて…」
「…ようこそ、アッシュさまのお屋敷へ」

そこにいたのは、ローリエだった。胸に手を当てて、二人に深々とお辞儀をする。 顔を上げ、ローリエは金色の目を細めて笑顔を作った。

「本当に、中に入るの?」
「えっ……」
「この中に入ったら、もうお帰しできなくなる。無理に帰ろうとするなら、ぼくにはそれを全力で阻止する義務がある… ここから先は、神の領域だよ。その中に足を踏み入れることになる。その覚悟はある?」
「あっ…ある!あるよ!!」
「……」

なんだかよく分からなかったが、アリアはとにかく屋敷の中に入れるならなんでもいい、と頷く。 シャープを知る人物に会えたかもしれない、そのことで頭がいっぱいだった。

「…分かりました。それならば、中へ」
「きみ、ローリエ君なんだよね?ありがとう!!」

中へどうぞ、と言おうとしたローリエは突然の質問と感謝に思考が止まりかける。特に、ありがとうと言われる意味が分からなかった。

「ええと…はい、ぼくの名前はローリエだよ。ありがとうって、どういう意味?ぼくとあなたは、初めて会ったよね」
「うん、私の名前はアリア!で、こっちの子はララシャル」
「…そっか」
「私はここに囚われていると思われる、シャープ姫の婚約者なんです!愛する人をさらわれたからシャープを取り戻したい一心でここに来たんだけど… ヴィオちゃんから聞いたよ、すごく有能な執事さんが、シャープが不自由を感じることがないほどしっかりお世話をしてくれているって。 私の大事な人を大切に扱ってくれたんだもん、未来の結婚相手である私がちゃんとお礼を言わないと!」
「……いいえ」

ローリエはアリアに背を向けたまま首を横に振る。

「ぼくはこの屋敷に仕える者として当然のことをしたまでだから…シャープ姫の世話を仰せつかった人、それがぼくだっただけのことだよ」
「それでも、ローリエくんがやってくれたんじゃない。感謝して当然だよ〜」
「……」

こちらへ、とローリエが手招きをしアリアとララシャルは自然とローリエの後ろを歩き始めた。 何も疑うことなくついてくるアリアに、ローリエはまた驚く。

「…そんな簡単についてきて大丈夫なの?」
「えっ、大丈夫じゃないの!シャープのところにつれていってくれてるんでしょ?!」
「…そうだけど」
「じゃあいーじゃん。それに、私は剣なんて持ってるのに私の前を歩いちゃうローリエくんだって大概だよ」

そう言われてローリエは確かに、と心の中で苦笑した。

「ローズマリー…神様に、闇の剣の継承者が来るって伝えられていて、どんな人が来るんだろうって思ってたんだけど…」
「あ、私が来ることは分かってたんだ。イメージとは違った?」
「全然…もっと、闇のっていうぐらいだから怖かったり暗かったり、悪そうだったりするのかなーって…」
「えー、闇が悪だなんて、誰が決めたの?」

アリアの言葉にはっとして、ローリエは目を見開く。ローリエの背しか見えていないアリアは気にせず続けた。

「私、暗いところ嫌いじゃないし。夜は夜で、星が綺麗だったり活動する生き物が入れ替わったりして楽しいじゃない。光だって、あんまり強いと危ないでしょ。 太陽を見続けたらダメだって、ちっちゃい頃お母さんに言われたもんね」
「……うん、そうだね。ゴメン、なんか…勝手な思い込みで」

そんな話をしながら広い廊下を歩いていき、扉の前で立ち止まる。一度振り返ってアリアとララシャルがいることを確認し、軽くノックをしてから扉を押した。

「どうぞ。ここが、シャープ姫の部屋です」
「……!」

何気ない話をして気が緩んでいたが、シャープに会いに来たんだということを再認識してアリアはいきなり焦り出す。 ローリエが開いた扉の横に立って、どうしたの、入らないの?と首をかしげた。部屋の中を恐る恐る覗き込むが扉の位置からではシャープが見えず、 アリアは意を決して部屋の中へと歩を進める。

「…シャープ姫は、テーブルに向かっていらっしゃるよ」
「う、うん…シャープ、私だよ……あ、いた……」

椅子に座っているシャープの後姿が視界に入り、アリアは感極まりそうになった。振り返らないシャープに声が小さくて気づかなかったのかな、と少し大きめの声で呼びかける。

「迎えに来るのが遅くなってごめんね。お父様やリアンさんにお任せしてたんだけど、やっぱりどうしてもシャープに会いたくてしょうがなくなって……シャープ?」

そろりそろりと近づき、それでも反応がないのでシャープの顔が見える位置に回りこんだ。アリアが落胆するのが分かっているローリエは少し遠くからその様子を 見守っている。シャープは目を開いているが、アリアが顔を覗き込んでも手を振っても全く反応がなかった。

「あれ?起きてるよね…息は、してるよね…」
「しゃーにいー?」

肩を叩いてみるが、温かさを感じるものの目はアリアの方を向くことはない。アリアの足元でララシャルも心配そうにシャープのドレスを引っ張っている。 いくら呼びかけても何も見えていないかのようなシャープの様子に、アリアは何があったの、と自然とローリエに視線を向けて説明を求めていた。

「…シャープ姫は、自らこうなることを選ばれたんだ。起こったこと全てが、つらすぎて…」
「何かされたの?!」
「怪我をしたわけじゃない…話すと長くなるから、こちらにお座りください」
「う、うん…」

ローリエがシャープの隣の椅子を引いたのでアリアはおずおずとそこへ腰掛け、ランフォルセを聖玉の姿に変えてテーブルに置く。 ララちゃんもおいで、と手を伸ばして自分の膝の上に座らせた。 一度シャープの方をちらっと見たがやはり反応はなく、ローリエもアリアの正面に移動してゆっくりと椅子に座る。

「シャープ姫は、マグノリアたち…ここで働いている人たちだね。人じゃあないんだけど…彼らに慕われていて、ピアノを聞かせることもあったんだ。 だけどメイプルがシャープ姫を凍らせるようにという命令を受けて、二度襲撃してきた…一度目は、マグノリアたちが姫を守ろうとしてメイプルに全滅させられ、 二度目はメイプルが目の前でローズマリーに処刑されて…」
「…あの子が…」
「マグノリアたちが殺されたのも、メイプルが死んだのも、全部自分のせいだと思い込んでしまったみたいだね…ぼくがメイプルを運び出して、 部屋へ帰ってきたら…床に倒れていて、目を覚ました後はもう何をしても反応がなくなってしまっていた。…心を、閉ざしてしまったんだ」

大人しく説明を聞いていたアリアとララシャルだったが、可哀想に、とアリアはシャープに視線を向けた。 やはりその目は何も映しておらず、アリアにその赤い目が向けられることもない。ララシャルも理解したのかしていないのか、心配そうにアリアとシャープを交互に見ている。

「…本当にごめんね、あなたの大切な人だったのに。ぼくがピアノのある部屋をお見せしたり、庭を散歩させてマグノリアたちに会わせたりしなければ…」
「なんで。ローリエくんのせいではないでしょ」
「ぼくのせいだよ…」

ローリエはゆるく頭を振り、悲しそうに目を閉じた。それでもアリアはきょとんとしている。

「いや、違うでしょ。シャープはローリエくんのこと、信頼してたからピアノが好きだって話したんでしょ?シャープが自分からそう言ったんでしょ?」
「……」
「それで、ローリエくんはシャープのためにピアノを弾けるようにしてくれたんでしょ。あの綺麗な庭を見せるために、もしかしたら気晴らしになるように、 お散歩させてくれたんでしょ。何も悪いこと、してないじゃん」

あっけらかんとそう言うアリアに、ローリエはなんともいえない感情になった。嬉しいのか、悲しいのか。違うんだ、あの時ああしていれば、という後悔と、 自分にはどうしようもできなかった無力感にさいなまれると同時に、まだ自分がこんな葛藤をするのかということに自分で驚く。 そんなローリエをよそに、アリアは満面の笑みを向けた。

「ありがとう!私が傍にいられなかった間、シャープにとってローリエくんが心の支えになってたと思うよ。ちょっと妬けちゃうけどね」
「そんな…」
「でも、シャープに声が届かない状態だと…連れて帰るのはちょっと大変かなあ…ねえローリエくん、一緒にここから逃げない?」
「…え?」

突然の申し入れに、声が少し裏返る。

「シャープが歩いてくれたらいいんだけど…このお屋敷の中にいるのって、ローズマリーさんと、アッシュくんとローリエくんでしょ。 あとその、マグノリアって子たち?ね、ローズマリーさんの目を盗んで、一緒に逃げ出そうよ」
「……」

また随分と突拍子もないことを言うなあ、とローリエは内心苦笑した。

「…無理だよ。ぼくはアイテールから出られないんだ」
「私のこの羽飾り、空が飛べるの!一人ずつなら地上に運べると思うんだけど」
「そうじゃなくて…ぼくは、時と空の力が及んでいるアイテールから出たら今まで過ごした時が全て動き出して…一瞬にして、死んでしまう。 それどころか、さらに時間が進んで砂になって、消滅してしまうと思うよ」
「え…!?」

アリアはここへ来て一番大きな衝撃を受けた。

「なに、それ…」
「ここへ来てからどれだけの時が流れたか、もう分からないぐらいなんだ…それに、未来の記憶を持つぼくが時を戻す空間にいると永世遡行ができないから その前にぼくはローズマリーによって消されることになってる。万が一、時の鍵か空の器のどちらかが封印されることがあればアイテールは形を保てなくなり ぼくは生きていられない。…どうしたってぼくはここにいるしかないんだよ」
「……」

だから、ぼくのことは気にしないで。いない人間だと思ってくれていいんだよ、とローリエは続けたが、アリアは難しい顔をして考えている様子である。 むむむ、と考えに考えた後に、ばんっ、と突然テーブルを叩いたのでローリエはアリアのその行動にぎょっとした。 アリアは勢いに任せて立ち上がりそうになったが、膝の上にララシャルがいるのでそれはやめておきローリエをまっすぐに見る。

「ダメだよローリエくん!あきらめたら!絶対に、最後まで、最後の瞬間まで、あきらめたらダメッ!!どうしようもない気がしても、 どうしようもなくなっても、あきらめることすらできなくなるときまで足掻き続けなきゃ!頑張って頑張って頑張り抜いて、それでもダメだったならしょうがないよ。 でも、ダメかどうかなんてダメになったときまで分かんないでしょ。なんとかなるって思い続けていようよ、私もそう信じるから!!」

アリアの剣幕に気圧され、ローリエはどう返していいのか分からなくなり黙り込む。しかしローリエが動揺しているのが分かってアリアは少し安心した。

「そ、考えなきゃ。シャープもローリエくんにお礼が言いたいだろうし。ローリエくんがいなくなったら、シャープが悲しむよ?」
「で…でも、ぼくは……」
「あらあ、うちの執事に変なことを吹き込まないで下さる?」
「…!!」

扉の向こうから聞こえてきた声に、アリアは身を強張らせる。咄嗟にララシャルを床へ下ろし、聖玉に手をかざして剣の姿に変えたランフォルセを両手で握って扉の方へ構えた。 失礼するわよ、という声と共に扉が開き、ローズマリーが姿を現す。ランフォルセを強く握り締め、アリアはローズマリーを思い切り睨みつけた。

「あなたが、ローズマリー…」
「セレナードの第一王女様にして破邪の勇者アリア、ようこそ天上の国アイテールへ。わざわざ闇の剣を携えてきてくださってありがとう。 本当はランフォルセはマグノリアに持ってこさせ、あなたは凍らせて連れてくる予定だったのだけれど…まさか海を越えて、ワンセットで赴いてくださるなんてねえ。 …ふふふ、笑っちゃうわ」

ゆっくりと歩み寄ってくるローズマリーに、アリアは剣を向け続ける。ララシャルも負けじとアリアの横で小さな手を広げて威嚇していた。 そのララシャルを見止め、意外そうにローズマリーは赤い目を開く。

「まあ、3年前の…。どこまでもお姉様に利用されて、可哀想な子だこと。あなたの素質は私も認めているわ。最年少の神の僕として、歓迎してあげるわよ?」
「うう〜…!」
「あら、怖い怖い。お義兄様がつけた加護にはちょっと逆らえないでしょうから放っておかせてもらうけれど…アリア、あなたにはやっぱり凍っていてもらおうかしら。 『光と闇が重なれば、時は無限を越えた力で人類を絶望へ導く』…お姉様はそんな言葉を伝えたようだけれど…昼と夜が在ることにより時は巡る。 つまり光の盾エールと闇の剣ランフォルセが真の力を得る状態となるとき、時の鍵オラトリオもまた最大の力をふるうことになるの。それは永世遡行をも可能にする」

アリアの攻撃が届かない位置でローズマリーは足を止め、口に手を当てて笑った。

「どこが絶望なのかしらね?メルディナはテラメリタとなる。これ以上の希望があるかしら…きっと間もなく、私の子であるアシュリィはオラトリオをここへ持ってきてくれるわ。 そのときまで、大人しくしていて頂戴ね?」
「わ…!!」

穏やかな口調とは裏腹に、ローズマリーは素早く一歩踏み出してアリアに向けて青白い光の魔法を放つ。ローズマリーの動きに注意していたアリアは何とか飛び退いて避けることが出来た。

「あら素早いこと。でもどうするの?聡明なお姉様から、私のことは闇の剣で封印できないことは教わっているのでしょう。たとえ、あなたの命を犠牲にしたとしても」
「…でも、犠牲にされたら困るんでしょ。私のことを冷凍保存しておきたいぐらいなんだから」
「少しは頭が回るのね。そうね…闇の力の継承者を探し出す必要は出来るけれど…逆に言えば、何もあなたがここで死のうとも大局に変わりはないのよ?」
「だとしても、今すぐには出来なくなるでしょ。それに花を使って人を無差別に殺してたら闇の剣を使える人が生まれるまで待たなきゃいけなくなっちゃうかもね」

アリアの余裕ぶった様子にローズマリーは表情を変えることなく、両手を開いて腕を伸ばす。するとローズマリーの周囲にいくつもの光が現れ、凍結の牙が作り出された。 大量に浮かんだその氷のナイフは全てアリアの方へと向けられている。

「この凍結の牙全てを同時にあらゆる方向からあなたに刺すわ。避けられるかしら」
「凍りつくまでに時間があるなら、なんだってできるもんね」
「じゃ…まずは手を狙っておきましょうか」

ローズマリーはふわりと宙に浮かんだ。

「さあ…凍っておしまいなさい!」

そう言って、広げていた両腕を前へ振り下ろす。するとローズマリーの周りから一気に凍結の牙がアリアに向かって猛スピードで降り注ぎ始めた。 アリアはランフォルセを斜めに構えて最初に動き出すものを見極めようとしていたが、突然の周囲の様子の変化に思わず声を上げる。

「なっ…なに…!?」
「……!」

辺りが金色に輝いたかと思うと、体の周りで硬いものが砕け散る音が響き渡った。その音と空気の振動はしばらく続いたが、全ての凍結の牙が砕け散り空気中に消えると こちらへ手を向けているローズマリーの姿が改めて目に入る。自分を覆う光を見回すと同時に、すぐ隣に立っている人物に気がついた。

「…シャープ!?」

いつの間にか椅子から立ち上がっていたシャープは、アリアと自分を囲うように光の盾エールを発動させていた。 円と三日月形の盾が二人の周りに浮き、淡く輝く光の膜を作り出している。シャープは顔を上げてローズマリーに視線を向けた。

「アリアさんを害そうとすることだけは絶対に許せません。エールはあらゆるものを防ぐ盾です、いくらあなたの攻撃といえど何一つ通さないでしょう」
「まあ…ご自分で操れるようになったのね。何もかもが思い通りに進んで、怖いくらいだわあ」

ローズマリーは手を下ろしてゆったりと床へと降り立つ。少し遅れてドレスがふわりと舞った。片手を顎に当ててくすくすと笑っている。

「光と闇の二つの聖玉が最大の力を発揮できる状態にあることこそ、永世遡行には不可欠なのよ。シャープ姫…ご健勝で何よりだわ。ふふふ」
「……」

シャープはローズマリーをきつく睨みつけた。それを気にする様子もなく、ローズマリーは優雅にくるりと踵を返し、扉へ向かって歩いていく。 アリアたちに背を向けたまま、手を振って後ろに呼びかけた。

「ローリエ、いらっしゃい。お二人とも、どうぞくつろいでらしてね。再会の感動でも味わわれてはいかがかしら?」

ローズマリーの声に反応して、ローリエは二人に軽く一礼をして足早に扉へ向かいローズマリーのために扉を開く。

「逃げ出そうとか、聖玉だけ海に落とそうとか…とにかく、無駄な考えを捨てることね。余計なことをすればするほど、地上の犠牲者が出るわよ? いずれにしてもテラメリタは必ず訪れるのだから、大人しくしてなさいな」

そう言い残し、ローズマリーは扉の向こうへ消えていった。静かに扉が閉められ、しばらくアリアとシャープはその扉を見つめていたが安全だと判断してお互いに視線を向ける。

「……」
「おはよ、シャープ。さっきも呼んだのに、全然反応してくれないんだもんな〜」
「……」
「なんちゃって。…ごめんね、来るのが遅くなって。もう絶対に、シャープの傍を離れないよ。一生」
「……アリアさん…っ」

アリアがそう言うと、シャープはエールを操っていた手を戻して顔を手で覆い、泣き出してしまった。 あーもう、泣かないでとアリアはシャープを抱き寄せる。するとテーブルの下からララシャルが出てきてアリアの体をよじ登り始めた。

「しゃーにい!ララもたーの!しゃーにい!!」
「……ララシャル?」

ララシャルの声に反応して泣きじゃくっていたシャープは顔を上げる。アリアの頭まで登ったララシャルはシャープが顔を上げたことによってできた アリアとシャープの間に割り込んできた。

「ララもーぎゅーすーの!」
「ララシャルも来て下さったんですね…ありがとう」

シャープは指で涙を拭い、アリアから離れてララシャルを抱える。ぺたぺたとシャープの顔を触るララシャルの動きに合わせて、帽子のリボンも嬉しそうに揺れていた。

「ねえシャープ、シャープはどうやってここに来たのか分かる?私たち、空を飛んできたんだけど」
「空を…え?」
「急にいなくなっちゃったし、目撃者に聞いてもよく分かんなかったしさあ」

ずっとずっと我慢して待ってたんだけど、進展がないしシャープの行方不明は他言しちゃダメだったし、我慢の限界になって来ちゃったんだよね、と言うアリアに シャープはアリアさんらしいですね、と笑う。

「私は…アッシュさんに凍らされてここへ来たそうです。マグナフォリスという扉を通って」
「え!でも、その扉は…えと、普通の人には使えないって教えてもらった気がするんだけど…」


    






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