やっぱり、無理矢理逃げ出さないといけないのか、とフィルは覚悟をする。しかしフィルに掛けられた言葉は意外にも優しい口調だった。 「顔をお上げください、フィル様」 「フィル様がどのようなお方か、私たちはよく知っております。王子を最もよく理解し、王子の愛に値する素晴らしい子であられると」 「あなたが王子を害したかった、だから凶行に及んだなどと考える者は誰もおりません」 「…え、でも…」 もしかして、とレックは息を呑んで3人の言葉を待つ。フィルは信じられない、というような表情で顔を上げた。 「どうぞお行き下さい」 そう言われて、フィルは逆に戸惑う。本当に見逃してくれるのか、こんなみんなからしたら得体の知れない自分を。 自分にだって、自分のことが全て分かっているわけではないのに。嬉しいのか、申し訳ないのか、若干頭が混乱してきて涙がにじみそうだった。 よかったな、と肩を叩きに来たレックは振り返って護衛たちに尋ねる。 「ありがと…あの、でもさ、カイさんのことはどう説明するんだ?それに他の人たちにも…コンチェルトには帰るんだろ?」 「王子はコンチェルトへお連れします。説明は、フィル様がなさった内容をそのまま大公御夫妻にお伝えいたします。必ずやご理解いただけるでしょう」 「そっかな…まあ、フィルはいい子だもんなあ…」 俺だったらこんなに信用してもらえないかも、とレックは内心苦笑した。 「アッシュっていう不確定要素はあるけどさ」 「そうですね、レック殿もそれだけはお気をつけ下さい」 「…そうだね」 「おう、そのときは凍らされる前にアッシュのことも俺が説得してやんよ!」 レックがアッシュに凍らされアッシュが単独で行動することが最悪の状態といえそうだったが、何の根拠もないのに気合を入れているレックに全員で笑う。 ひとしきり笑った後、本当にいいんだよね、とフィルは目で3人に合図を送った。 「じゃあ…行ってくる。必ず父さんを元に戻してみせるから!信じてくれてありがとう!!」 「お、おい、待てよ!置いてくなって!!」 「…ラベル家の屋敷か…懐かしいね」 「来たことあるん…です?」 「前に言っただろう、老婆の姿でここのお姫様たちの家庭教師をやってたって」 「…確かに言ってたけど、具体的にはよくわかんないんだもん…」 シェリオはニヒトに手早くおやつを作ってから、ユーフォルビアと二人でセレナードのラベル家の屋敷に来ていた。 移動魔法で飛んできたので距離的なことは問題にならなかったが、いきなり尋ねるわけにもいかないということで次の日になるまで トランの町の宿屋で一晩を過ごしたのだった。節約のために同部屋でも、とユーフォルビアに言われたシェリオだったが遠慮して別々にしてもらった。 そこから歩いてラベル家に向けて出発し、昼近くになって到着したのだった。 「…中に入れてもらえるかな」 「ああ、入っちまえば同じだよ。騒がないようにね」 「……え?」 門の前まで来た二人だったが連絡もなしにいきなり来てまず入れてもらえるはずがない。 どうすんだろ、とシェリオが思っているとユーフォルビアが人差し指を立ててその指先に ふうっと息を吹きかけた。 すると光の粒が帯状に渦を巻いてユーフォルビアとシェリオの体の周りを回り始める。 「身軽になったろう。これで気づかれずに移動できるから、一気に入るよ」 「不法侵入なんじゃ…」 「勢い余って壁にぶつかるんじゃないよ」 「そういう問題じゃ…」 言っても聞き入れてもらえそうな雰囲気ではないので、シェリオは大人しく従うことにした。 軽々と門を飛び越え、目にも留まらぬ速さで建物へ向かっていき、丁度人が出入りするところだったので素早く中へ入っていくユーフォルビアの後を 同じような動きになるように気をつけながら追いかける。人の真横を通ったはずだが、風が通り過ぎたようにしか見えないらしい。 この魔法は、シェリオは見覚えがあった。 「…これ、ニヒトさんが逃げるときに使うヤツだな…こりゃ誰も気づかんわ」 そうして二人は、フィルやアリアがここへ来て門前払いされたときとは比べ物にならないほど難なくクレールの部屋へやってきたのだった。 さすがにクレールの部屋の扉は開いておらず、扉の左右を守るように立っているメイドの前にユーフォルビアは姿を現す。 「なっ…何者?!一体どこから…」 「姉さんに用があって来たのよ。クレール姉さん、いらっしゃるでしょう?ちょっと入るよ」 「…ユフィアさん、んな強引に…」 「我々はリアン様の留守を預かる者、クレール様に得体の知れない人物を近づけるわけには参りません」 「あーあ…」 メイドたちが次々と現れて二人を囲んだ。ざっと見て10人ほどいるがどうする気なんだろう、とシェリオは口も手も出さずにユーフォルビアの出方を見ることにする。 腰にレギュリエをさげているし、攻撃をまず食らうのは俺かな、やれやれとシェリオは頭をかいた。 そのとき、扉が静かに開き中から声が聞こえてきた。 「…シェリオと、ユフィアね…みんな、大丈夫よ。用があったら呼ぶからさがっていて」 「は、はい…クレール様」 クレールの声にメイドたちは頭を下げてどこかへと散っていく。戦闘態勢を取っていたメイドたちと戦う必要がなくなってよかったと思いながら、 クレールの手招きに応じてユーフォルビアとシェリオは部屋へ入っていった。 クレールは今まで眠っていたようで、少し眠そうな様子でテーブルまで歩いていく。部屋の中には生花の類は置かれておらず、テーブルの上には燭台があるだけだった。 椅子に座ったクレールは二人にもどうぞ、と椅子に座るように促してユーフォルビアはクレールの正面に腰掛ける。 「単刀直入に言うけれど…私のローシュタインが、何者かに奪われた。恐らくマリー姉さんの差し金だね。 なぜこんなことができるようになったんだい。ラクリマの世話を、ずっと誰かがしていたんじゃなかったの」 「…ええ。そのはずだったんだけど…私が一度、聖墓キュラアルティから出てしまったことがあって…そのときの歪が今になって大きくなってきたみたい。 癒しの司を害されるまでになってしまったけれど…でも、時の聖玉を操る力を持つ子、フィルにオラトリオの使い方を伝え、 マリーのところへ行ってオクターブを封じてくれるように、頼んだから…」 それを聞いてユーフォルビアは驚いた顔をしたが、横からシェリオがちょっと待って、と口を挟んだ。 「マリーって、ローズマリーのこと?姉さんって…どーゆーこと??」 「ああ…そうね、あなたに説明をしていなかったわね…マリーは私の血の繋がった妹。ユフィアは私たちと共にこの世界に来た者の一人で、 最も幼かったから私たちのことを姉と呼んでいるの…今でも可愛い、末の妹よ」 「…それはちょっと照れるけど、まあ可愛がってもらったね…それでマリー姉さんは、私に時と空の力を込めた石、ローシュタインをくれたんだけど その後にマリー姉さんがクレール姉さんの逆鱗に触れることをしちゃって…アイテールに閉じ込められたんだ。そのとき、私はこの家の二人と一緒に地上に来た」 「それがどんだけ昔のことかちょっと想像つかないけど…つまり、その石が再び必要になったから奪っていった、と」 「そう。そしてあの子はどのタイミングでかは分からないけど…マリーではなく、ローズマリーと名乗ることにしたようね」 「ふーん…」 シェリオはまあ大筋は分かったかも、と何度か頷いてテーブルに寄りかかる。 「それで、ユフィアさんはどうしてここへ来たの?言いたいことがあるって、言ってたけど…」 「…そう。姉さん、アイテールの海に歪みがあるならそれをまた補正すればいいじゃないの。ラクリマよりももっとしっかりしたシステムで、 今度こそマリー姉さんをしっかりと閉じ込めておくんだ。フィルがまだアイテールへ向かっていないなら早く呼び戻すべきだよ、オラトリオを持っていかせるなんて危なすぎる。 マリー姉さんの思う壺だよ?それとも、クレール姉さん……まさか?」 「いいえ、私は今はマリーとは違うわ…あんなことが起きたのは、私たちが余計なことをしたせいだからって、分かったから… このまま放っておけば、事態はますます悪化する。マリーは自分の技術とオクターブの力で地を混乱に陥れようとしているわ… 人々を恐怖によって自分を神と崇めさせようとしているし、そのようにする人も増えるでしょう。…今の時代に集めた彼らなら、きっとやってくれるわ」 そう言うクレールに、ユーフォルビアは納得いかなそうな顔をしつつも、そうかい…と呟いてクレールから目を逸らし何度か頷いた。 そのとき、扉が激しくノックされて驚いて3人は同時に扉の方を見る。リラックスしきった体勢だったシェリオは無意識に気をつけの姿勢をとっていた。 クレールが小さくどうぞ、と言うと ばん、と扉が開く。 「クレール!」 部屋に入ってきたのはリアンだった。部屋の中をぐるっと見回し、シェリオとユーフォルビアを見て目を丸くする。 「クレールが見知らぬ者を二人部屋へ入れたと聞いたから何事かと思ったんだが…もしかして、ユフィア?それと、テヌートの…シェリオか」 「あ、どうも…すみません、急に来ちゃって。お久しぶりです、リアンさん」 順に顔に視線を向けられ、ユーフォルビアとシェリオはそれぞれ頭を下げた。 「いいや…ユフィア、今まで何をしていたんだ?ここに住むのを断って出て行ってから音沙汰がないからどうしているのだろうと思っていたんだが…」 「御無沙汰してます…昨日、マリー姉さんの差し金でローシュタインが奪われたので、来ました。 姉さんがやろうとしている、思い切り時を戻すってのに必要なものが揃ったのだとしたら、また…」 「そうだったのか…」 そう言いながらリアンは小さな袋を取り出して、紐を緩める。クレールに手を出すよう言い、戸惑いながらもクレールは両手のひらを上に向けリアンに差し出した。 「…残念だが、今度こそあの子を止めなければならない。あの子の持つ空の器オクターブは、空間から無限に力を取り込み空の続く場所へ力を及ぼせる聖玉だ。 オクターブを無効化、封印、破壊…どれかを行う必要がある。そして、それは私が作る道具などでは不可能だ…時の鍵オラトリオでしか、成し得ない」 クレールの手に袋から転がり落ちてきたのは透明で光を放つ小さな花のようなものだった。砂糖菓子のようなその物体を、クレールはじっと見つめる。 リアンはクレールを見下ろし、腰に手を当てた。 「さて…すまないが二人とも、少し遠慮してもらえないか。クレールと話がある」 「あ、はい…ですよね。じゃあ外に出てます」 「失礼します…」 唐突だったが、元々リアンはクレールが心配で部屋に駆け込んできたようだったしシェリオとユーフォルビアのことは顔を一度見ただけで 後はずっとクレールにだけ視線を向けていたし、お邪魔虫だと察した二人はすごすごと部屋を出ていく。扉の前にいたメイドたちと目が合って非常に気まずかったが、 シェリオは愛想笑いをしておくことにした。 「…もう分かっているだろうが…私の記憶は戻っている。今までの分の、全てが」 「……はい」 「私の時を何度も戻し、その都度私の記憶を封印し…」 「……」 クレールは手の中にあるリアンに渡された物を潰さないように、しかしぎゅっと両手を握り締めて膝の上に置く。 リアンの顔をとても見上げることが出来ず、唇を強くかんだ。 「そのたびに、私は君を忘れて…君との出会いからやり直していたのか」 「…はい、でも…」 「もうやめてくれ、こんなことは」 「……!」 リアンの口調は強い意思が込められたものだったがその表情は柔らかく、リアンはクレールに跪く。 悲しそうな顔をしていたクレールはリアンの顔が自分の目線より下に来て目を丸くした。 「どうして私に言ってくれなかった。マリーのことを一人で背負い込み、ずっと戦っていただなど。 …ああ、分かっているんだ。私がいつも、周囲のことも自分自身のことも省みずに飛び込んでいくからだろう。 時には君の元を離れ、戦いに身を投じて帰らないこともあったからだろう」 「…それは…」 「そして君はそのたびに私を…それに、私以外の人も戻していたんだな…気づいてあげられなくてすまなかった」 「しかし、そうしなければ地は攻撃を受け、深刻な状況となるでしょう…から…」 「だとしても、人は滅びないのだろう?私たちが干渉すべきじゃない、もちろんマリーだって地に干渉すべきではない。 だから、今度こそ終わりにするんだ。マリーも、私たちも」 「……」 リアンはクレールの手に自分の手を重ねる。 「時の鍵が手元にない状態で、時の力を使うのは大きな負担だっただろう。このままでは君の精神は大きく消耗していき回復が追いつかなくなる。 現に、今だってその状態だろう。このまま無理を続ければ、あるいは君の存在が消滅してしまうかもしれない……私が気づけなかったせいだが」 そう言って、リアンはクレールに手を開いてみるように促した。手のひらにある花を指差してから、クレールの顔を覗き込む。 「これは聖天の結晶。少し反則気味な代物だが…今回限りだ、これで回復できるだろう。そしてもう…誰の時も戻さず、私と共に生きると約束してくれ。 私ももう君の元を離れることはしない。それでいいだろう?」 「は…い…。私は全て、貴方様のために…」 「ああ、分かっている。マリーと袂を分かったのも私が原因だったということも…もう大丈夫だ。未来永劫、私が愛するのはクレール、君だけだ」 「…私もです……思い出されたのなら今後、どのようにお呼びすれば…」 「今まで通り、リアンでいいさ」 大量の召使たちにいってらっしゃいませ、と頭を下げられラベル家の屋敷を出てきたリアンはちゃっかり隣にいる人物にさて、と顔を向けた。 「どうしました?」 「私はこれから行くところがあるのだが…ついてくるつもりか?シェリオ」 「そのつもりですね」 リアンの怪訝そうな表情も気にすることなく、シェリオはリアンの隣を歩いて中庭を進む。 隣をついてくる理由が分からず、リアンはとりあえず世間話でもしたほうがいいのか、と話しかけることにした。 「テヌートのただ一人の生き残りが…生きていくのは大変だっただろう。この3年間、問題はなかったか?」 「え、特には…テヌートに手を出した場合に受ける罰が重過ぎるし、すぐにソルディーネ家に引き取ってもらえたし…直接何か言われることもないですよ。 ちょっと珍しがられるだけで、もう白蛇もいないですし」 「それは、よかったが…目の敵にされたりしていないかと…」 「そこまで酷い人ばかりじゃないですって。まあ俺しかテヌートがいないし、もう絶滅は確定してますしね」 「……」 あっけらかんとそう言うシェリオだったが、リアンの表情は険しくなるばかりである。 「…私は今から聖墓キュラアルティへ行く。それを分かってついてくるつもりなのか?」 「そうですね…まあ、どこへでも」 「何故?」 「ん〜…」 シェリオは頭の後ろで組んでいた手を解いて ぱっと降ろした。 「理由はそんな複雑じゃないですよ。俺、リアンさんともうちょっと一緒にいたいし、できるならもっと話したいです」 「……は?」 「いや、そんな不審がられると寂しいんですけど…」 さらに難しい顔をするリアンに、シェリオは苦笑しながらも遠慮がちに右手を差し出す。 「じゃ、握手しましょう。それでちょっとは分かるはず」 「…構わないが」 リアンもシェリオに右手を出して、それをお互いに握った。 「……!!」 その瞬間、リアンは体をこわばらせ、赤い目を丸くしてシェリオを見下ろす。シェリオは少し首を傾げて、リアンと視線を合わせた。 「…分かった?記憶を共有する部分がある者同士が近づくと起こる「記憶の共鳴」…不思議な感覚だよね、これ」 「……」 「俺は今までもこれからも、シェリオ…今は、シェリオ・ソルディーネだけど。まあちょっとはいいじゃん、俺すんごい頑張ったし。 その後も、またすんごく頑張ったし」 「…ああ、そうだな」 リアンはシェリオから手を離し、静かに頷く。しゅんとしてしまったリアンにシェリオは少し慌てて手を振った。 「いや、そりゃちょびっと苦労はしたけど恨んでなんかないよ」 「…私の無鉄砲のせいで、随分と迷惑をかけたのにか?」 「違う、あなたの存在は俺にとって目標となったし、俺の誇りだよ」 そう言っても、リアンは腑に落ちないという様子である。シェリオはリアンの服を引っ張り、ほら行くんだろ、と歩くように促した。 「俺の役目はもう終わってるから、あとはフィルに任せる。そもそも、対抗できるのがあいつしかいないっていうのもあるんだけど」 「そうだな…私も、そうすることにするよ」 「よーし、じゃあ行こうぜ。フィルもレックも向かってるはずだから」 移動魔法が中断されると危険なので、一応周囲を確かめる。ラベル家の城壁から少し離れただけなので人通りはあるものの、 落ち着いて移動ができそうな状態だった。リアンはシェリオの肩に手を置いて、魔法の詠唱のために深呼吸する。 「…認識してもらえて嬉しかったよ、ありがとな。近づいたらまた共鳴が起こるかもしれないけど、 これからは今までどおり、ラベル家の御当主リアンさんと、ソルディーネ家を預かる者シェリオ……ですよ。 聖墓キュラアルティの近くに移動するんですよね。よろしく頼みます、リアンさん」 二人同時に移動するのは難しい風の移動魔法だが、シェリオは心得ているようだった。 リアンは魔法を発動させ、周囲に渦巻くような風が起こる。 「…もう、一人で解決しようなどと思わないよ。すまなかった…こんな不甲斐ない父親で…」 「海と、浜辺と、森と…丘ね」 アイテールの浜辺にたどり着いたアリアとララシャルは服が乾くまで待った後、こんなところの水を飲んで大丈夫かと怪しみながらも結局海の水を飲んで、 こんなところの果実を食べても大丈夫かと心配しながらも一つ食べたら止まらなくなり森のフルーツを食べまくりながら 遠くに見えていた建物の方向に進んでいた。 空を飛んだ方が早いだろうかとも考えたが、敵地に自分たちが着いている以上目立たないように進んだ方がいいと判断し、 ララシャルを頭にのせて徒歩で木々の生い茂る丘を登っている。 「ふー…まあまあの傾斜だけど、森も川も綺麗だし、果物いっぱいなってるし、雨風しのげる場所作ったら私ここで暮らせるかも…」 「…あいねー?」 「あっ、いやいや冗談。でっ、でも、なんか穏やかで過ごしやすい場所ではあるよね?楽園、っていうか…うん、空の上なんだけどさ〜…」 ついつい忘れそうになるが、ここは地上ではない。水はどこから来てどこへ行くのか、そもそも雨は降るのか、疑問は尽きなかった。 そうこうしているうちに丘の頂上に到達したようで、木々に阻まれて見えなかった丘のふもとを見渡すことが出来た。 「…あれが、アッシュさまのお屋敷…なんだろうね。すっごい大きな建物…」 「あっこ、しゃーにい…」 「いる気がする?…私もそう」 丘の上を強い風が吹きつけ、二人の服をなびかせていく。いよいよシャープに会えるかもしれない、とアリアは少し緊張していた。 「3年前、聖地カノンでは待ってましたとばかりに浄化獣がお出迎えしてくれたし…い、一応剣は持っておこうかな」 ベルトにくっつけてあったランフォルセを手に取り、それを剣の姿に変化させる。 黒い宝石が柄の先端についた大きめの剣を左手で振り下ろし、右手で頭の上にいるララシャルを地面に降ろした。 「ララちゃん、ここからは自分で歩いてもらってもいい?何か来たときすぐに応戦するためにね。 大丈夫、ララちゃんのことを真っ先に守るから!」 「ララもー!あいねーまーる!」 「ん〜…かわい」 小さな両手を広げてそう言うララシャルに和みそうになるが、ララシャルの魔法力のことを考えるとあながち間違ってはいないなと妙に納得もする。 それではいよいよ、と二人は遠くに見える巨大な屋敷へ歩き出したのだった。 |