「う、浮いてる…?」

ニヒトが開けた窓の外には、一人の少年が浮かんでいたのである。その人物と目が合って、ニヒトは嬉しそうに彼を指差した。

「あー!ランくん!!」
「おわ!?お兄ちゃん!お兄ちゃんが最高神官だったの!?」

そこにいたのはランだった。ニヒトを見て目を丸くしており、その後ろには鷹の足を掴んで浮かんでいるレンもいる。

「私があげたマント、大事にしてくれてるんだ〜!」
「うん、すんごくあったかいんだよこれ!どんなに引っ張っても尖ったのものに引っ掛けても絶対に破れないし!」
「……」

きゃっきゃっと楽しそうに話す二人の間にエバが割って入り、無言でどういうことかニヒトに説明を求めた。

「あっ…ええと、2年ぐらい前に、一人でちょっとお散歩に出かけた日があって〜…」
「ニヒトさんに一人で出かけられる日なんてないはずだけど?」
「あっはっは…そ、それで、町でランくんと会って、一緒に遊ぼうってことになって、寒そうだったからマントをあげたんだ」
「それがコレ!で、お兄ちゃんと夕方まで遊んでた!鬼ごっこと、かくれんぼしたんだよなー!」
「宝探しもしたよねー!すっごく楽しかったんだけどすぐに家の人に捕まっちゃって」
「…信じられん」
「あれからずーっと、またランくんと遊びたいって思ってたんだあ」
「ホントに!じゃあ遊ぼうぜ!!4人いるからいろいろできるぞ!!」
「わーい!!」

まるで5歳児同士の会話のようだが、片方は成人男性である。もう片方だって、幼児ではない。 話を聞いていてうんざりしてきたエバだったが、そう思っていたのはエバだけではなかった。

「…ラン、ここに来た理由忘れたの?もう忘れたんだ。…怒るよ?」
「あ、あわわわ、もう怒ってんじゃん〜…そうでしたそうでした」

後ろからレンが静かにそう言い、ランは震え上がる。

「お兄ちゃんにお願いがあって来たんだけど〜…コルミン、説明してくるから待っててくれる?お兄ちゃん、中入っていい?」
「いーよ、ね?エバくん…?」

いいわけがないのだが、何か重要そうなことだというのはこの通常ではない状態から察することができるため、エバは渋々首を縦に振る。 じゃあお邪魔します、と勢いをつけてランがニヒトの横にピョン、と飛び降りた。レンも窓枠に一旦足をかけてから鷹のマグノリアを手から離す。

客人を招きいれたニヒトはうきうきとランとレンを案内するべく絨毯の上で手招きをした。

「さ、なにして遊ぶ?」
「…遊びに来たんじゃないです」
「そ…そーだった、えへへ、ええと、私に頼みたいことってなあに?」

ニヒトとランだけで話させていたら一向に進展がないことを悟りレンが口を挟む。 なんかこの子怖い、とニヒトは後ろのソファに腰掛けたエバに振り返って一応位置を確認した。

「えっとー、神様が色々やって危ないから、俺たちは元の世界に戻るんだけど、レックを助けるために、コルミンが海を通れるように、 お兄ちゃんにしてもらいたいんだって!お兄ちゃんならできるんだって!コルミンが言ってた!!」
「「……??」」

ランは頑張って指を一つずつ折って数えながら説明をしていたようだが、ニヒトはおろかエバにも理解不能だった。 もう少し話が分かりそうなレンに視線が移るのは、当然といえる。

「…どういうことだ?神様ってのはローズマリーのことだよな。海を通るって、泳ぎたいのか?」
「ごめん、ぼくが説明するべきだった…まず、自己紹介をするね。ぼくはレン。このランの双子の兄…じゃなくて、弟」
「そうそう」

自分の方が兄だといって譲るつもりのないランはレンの説明を横から訂正しようとしたが、 それをいち早く察したレンは不要ないさかいを避けるために今は自分が弟だといっておくことにした。

「ぼくたち二人はローズマリーに異世界から引き込まれ地上に相次いで落とされた。聖獣コルミシャークはぼくたちを 元の世界に連れ帰ろうとしているんだけど…」
「レンが、レックに世話になったから心配なんだってさ!この世界の問題を解決しない限り、元の世界に戻る気はないってゆーんだよぉ」
「…レック?そういえばフィルから聞いたな…レックは何人かの友人とバルカローレの皇帝を救おうとしてたとか何とか…」
「うん…ぼくはレグルスに世話になったのに、何も恩を返せていないから、せめて…」
「しっかりしてるなあ…何歳か知らないけど、若いのに」

こっちにはいくつになっても子供のままの人もいるのになあ、とエバはチラッとニヒトに視線を移す。 何を言いたいのかがなんとなく分かったようで、ニヒトは むっと頬を膨らませて見せた。

「聖獣コルミシャークのことは一応、聖墓キュラアルティにいた頃に見たことがあったけど…え、そいつと一緒にいるの?」
「そー!今はこのお屋敷の、屋根の上にいる!」
「…さっきお前が浮いてたのはそのせいか」
「……!!」
「…どしたのニヒトさん、いつも以上に目をキラキラさせて…」

会話はエバに任せていたニヒトだったが、ランの言葉に急に顔を輝かせる。それを見たエバはニヒトが何を思っているかなんとなく察した。

「聖獣に乗ったら、空が飛べる…!?」
「…絶対にダメですよ」
「なんでー!?」
「むしろなんでわかんないかなあ!?ご自分がどれだけ重要な存在か分かってます?!」
「ううう〜…ちょっとだけ」
「……ったく」

ちょっとだけ、という言葉の信用の出来なさは異常である。聖獣に乗って飛んではしゃいで落ちて…まで想像し、エバはぞっとして身を震わせた。 しかし、あんまりにもニヒトにダメダメ言い続けているのも可哀相なことだよなと思い始めているのも事実だった。

「…まあそれはさておき、ニヒトさんに何をしてもらいたいんだよ?どうしてここへ来たんだ?」
「昨日のローズマリーの言葉からして、恐らく近いうちにレックはローズマリーのところへ行くと思うんだ。 だけど、ローズマリーがいる「天上の国アイテール」は「海」という触れたものを粉々にする結界が張り巡らされている。 時の経過により、その「海」の隙間がいくらか出来ているようだけど…とても、聖獣コルミシャークが通れるような大きさじゃなかったんだ」
「へえ…?でかいもんなあ」
「それで、お兄ちゃんの力でコルミンにすんごいバリアーッ!ってしてもらいに来た!できるんだろ、お兄ちゃん!?」
「え…えーと…」

急に目の前までランに迫られ、振り返ったエバに見つめられ、無言のレンの視線も感じ、ニヒトは萎縮する。 傍にあったクッションを無意識に手繰り寄せて、抱きしめて顔の半分を隠した。

「私の聖心力なら、まあ…普通の魔法の力で作られたものだったら、無効にできる…かな…?」
「なんですかそれ。初耳なんですけど」
「あははは…聖心力って、そういうものみたいだね…」
「…まだなんか隠してるでしょ」
「……」

この前、ランフォルセの取り出し方を話したときに抱え込んでいるものは全て吐露させられたと思ったのに、まだ何か隠すことがあるのか。 そう考えながらも何も言わず、エバはニヒトに続きを促す。渋々、ニヒトは3人に説明を始めた。

「聖心力…聖の力は、属性を持つ魔法の上位にある力で、本気で使っちゃだめなものなんだよ…こ、理と同じで、当たり前に存在していてそれを歪めると…」
「歪めると?」
「メルディナの崩壊を、引き起こす…から…で、でも!聖獣に時の空間を通らせるぐらいの加護ならつけてもいいよ!それぐらいなら!!」
「…なんかよく分からないけど、後で話がありますニヒトさん」
「ひえええ…」

なにやら不穏な空気が流れているが、レンにとってはニヒトが協力してくれるという約束を取り付けることが出来てたのでほっとしている。 ランはまったく状況を飲み込めておらず、レンの表情の変化を見て悪い事態にはなっていないんだろうということだけを察した。 エバの剣幕からを目を逸らし、あ、それと、とニヒトは思い出したように言葉を続ける。

「すぐに聖の力は散っちゃうけど…今すぐに聖獣と一緒にそこに行くの?」
「聖獣は早いうちにしてほしいと思っているみたいだけど、ぼくたちがアイテールへ行っても何もできないから今すぐというわけじゃないよ」
「それなら一緒に遊ぶ時間があるね!」
「そんな時間はありません」
「…ちょっとだけ!」

またか、とエバは無言で首を横に振る。遊びたくて仕方のないニヒトとランはエバの様子をじっと見守っているが、 その視線を一身に受けて頭ごなしにダメと言えるほど非情にはなれないよな、エバは苦笑する。

「ちょっとだけですからね」






今すぐにでもシャープの元へ行きたいという気持ちはアリアもララシャルも同じではあったが、 すでに日が傾いていたのでアイテールへ向かうという大イベントは次の日に延期されていた。

それはアリアが髪飾りで飛ぶために必要な魔法力として当てにしていたララシャルが眠気に負け始めてしまったことが大きな要因だった。 魔法力を供給できる道具を買ってからでないと長時間飛行は出来ないということはわかっていたので、 アリアとしてはそれを特にもどかしくは思わずトランのはずれにあった小さな宿屋にララシャルと泊まり次の日に万全の状態でアイテールへ向かうはずだった。

「酷い…こんなことをする人が、いるなんて…」
「あいねー…?」
「ん、ララちゃんには難しいかな…」

花を介したローズマリーの話はアリアとララシャルも聞いていたのだが、アリアが泊まっていた建物には屋内にも庭にも花がほとんどなく、 魔法による被害も出ておらず犠牲者もいなかった。しかし朝になって目を覚まして町の中心部に向かってみて初めて様子がおかしいことに気づき、 人々に尋ねてようやく昨夜何が起こったのかを把握できたのである。

「亡くなった人が…それに、怪我人も…私はあの神様を止める力もないのに、ただシャープに会いたいっていう理由だけで そんな危険な人がいる場所へ行こうとしてたなんて…なんか、すごく情けない…」
「しゃーにいとこ、かーないの?」
「行っていいのか分からなくなっちゃったよ…」
「いーの、あいねー、しゃーにいとこって、いーの」
「……」

人通りの少ない場所、そして花が咲いていない場所を選んでララシャルを抱っこして歩いていたアリアだったが、 ララシャルを膝に乗せてレンガの壁の上に座り込む。周囲の人たちは忙しそうに走り回っており、アリアたちを気にする様子はまったくなかった。

「白蛇と戦ってたときは、こんなんじゃなかった…私にしか倒せない相手なら、いつか私が何とかするんだって、思ってたから… でも、ランフォルセがあったって私は…傍観者だもん。何も出来ないのって、こんなに悔しいんだね…」
「……」

ララシャルはアリアを心配そうに見上げる。

「…しゃーにい、あいねーまってーよ」
「ん…?」
「あいねーに、しゃーにい、あーたいよ」
「……」

頑張ってララシャルはアリアの服を掴んで訴えていた。何を言っているのか、何を伝えたいのかが分かってアリアは ふふっと笑う。

「シャープは…そう思ってくれてるかなあ?」
「あいねーのとー、しゃーにいすきーだもん」
「そう?」
「ララも、あいねーと、しゃーにい、すきー」
「うふふふふ」

可愛いなあ、とアリアはララシャルを頭から抱きしめた。ララシャルの帽子のリボンがビックリしたようにぴょこぴょこ揺れている。

闇の剣ランフォルセと、光の盾エールが時の鍵の真の力を蘇らさせ、それにより空の器に対抗する術を得られるのよ。 決戦の時は迫っている。エールの元へ向かうことは、危険でもあるけれど必要なことでもあるわ。

「……え!?」

突然、どこからか響いてきた女性の声にアリアはぎょっとして思わず声を上げた。耳から聞こえたのか、頭に響いたのか、それすらも分からなかった。 しばらくララシャルをぎゅっと抱きしめたまま、ぽかんと周囲を見回す。エコーがかかっているような少々不鮮明な声だったが、クレールの声のようだった。

「お、驚いた…あはは、早く行きなさいってことか…」

アリアはララシャルを両手で持ち上げ、ぴょん、と壁から飛び降りる。

「…じゃ、改めて…行こうかララちゃん」
「あーい!」



どうせ上なんて誰も見ていないだろうということで、アリアとララシャルはトランの町の一番高い建物である時計塔に登りそこから空へ向かって飛び立った。 ララシャルが疲れたら墜落してしまうため一応魔法力が供給できる道具を準備しておいたが、ララシャルは疲れた様子も見せずアリアに 抱っこされた体勢のまま羽の髪飾りによる飛行に力を貸している。

「ここら辺は国境付近だね…人もいないし、家も全然ない…」
「あいねー、あっちー」
「もう少し高く飛んだ方がいいのかな。落ちたら洒落になんないけど…それはもう、建物より高く飛んじゃってる時点で同じだよね」

かなりの高度を飛んでいるため少し寒くなってきたが、二人は懸命にアイテールを探して飛んでいた。 山を二つ越え、さらに高い山に差し掛かって高度を上げようとしたときに二人は空に違和感を覚え、無言で目を合わせる。

「……」

もしかして、とアリアは飛行を停止した。二人が見つめる先は空が広がっているのだが、何やら巨大な球体がうっすらと見えている。 そこは水のように揺らめいて景色が歪んでおり、もしかしてここが、と緊張感が高まった。

「あっ…!!」

揺らめきに合わせて空に切れ目が現れ、中の空間が二人の目に飛び込んでくる。

「い、今、中が見えたね…綺麗な、浜辺みたいなのが…」
「……」
「中にある国を、空を映す膜みたいなので覆ってるのかな…次に穴が開いたら、入るよ」
「うん…」

ララシャルも緊張したような声で返事をした。空の揺らめきを凝視していると、その動きが段々読めてくる。 一際大きな波が寄せて離れていったときに、斜めに大きめの隙間が出来てアリアはそこ目掛けて飛び込んでいった。

「わ!!」

すり抜ける瞬間に隙間が狭まり、大きく広がっていた髪飾りの羽がバチッと音を立てていくらか散ってしまった。 そのままバランスを崩して二人は水の中にどぼーん、と墜落する。

「げほっ、ら、ララちゃん!…だ…大丈夫!?」

ララシャルが溺れては大変だ、とアリアは泳げないながらもなんとかララシャルを水面に出そうとした。 帽子のリボンを器用に操りアリアの頭の上によじ登ったララシャルは羽飾りに触る。

「お、あ、わわわ…!?」

するとアリアの体は水に浸かった状態でララシャルを頭にのせたまま前進を始めた。 しばらくそのまま水を分けながら進み、やがて浅瀬に乗り上げて砂浜に放り出される。

「うわあっ!!……と、岸に着いたんだ…ララちゃん、私の羽根飾り使えたんだ?操ってくれたの?」
「うう〜…」
「それどころじゃないね、ずぶ濡れの砂まみれだ…何とかしなきゃ」

一度水に浸かってしまったため二人は全身びしょ濡れだった。服が重くて動きにくかったが、それを何とかする前にまず周囲を見回す。

「ここが…天上の国アイテール…?なんか、普通の海辺みたい…」

アリアたちがいるのは砂浜で、背後に広がる海からは寄せては返す波音が聞こえてくるし反対側には海の近くによく生えている種類の木が 群生している森が見えた。さらにその奥には、大きな城のような建物のてっぺんが見えている。

「そういえば、海水じゃなくて普通のお水なんだ…全然しょっぱくない」
「…くしゅっ」
「あ、大変、ララちゃんが風邪ひいちゃう…シャープのことを探しに行く前に服を乾かそうか」

自分のスカートを近くにあった木に引っ掛けてスパッツ姿になったアリアは、ララシャルの背丈に対して大分大きな 法衣のような上着を脱がせて絞って乾かすことにした。火を起こしたほうがいいかな、なんかキャンプに来たみたいと 少々のんきなことまで考えていることに自分で気づいて首を必死に横に振る。

「いけないいけない、シャープを助けに来たんだから」

ララシャルの服をぎゅっと絞りながら、海の方に振り返った。そこに広がっているのはごく普通の海のようで、 どこまでも続いているように見えるし、空も外側から見たときのような不自然な揺らめきがない。 もう一度陸の方を見てみたが、誰もいないのではないかというぐらい静かでまるで無人島に流れ着いたかのような感覚に陥りそうだった。

「…素敵な場所…」

ぽつりとそう呟いてしまうほど、自然豊かで穏やかな所。シャープが捕らえられている場所、神様と名乗る残忍な人物の本拠地。 …しかし、想像していた光景とまったく違って、アリアは戸惑いを通り越して放心しそうだった。






「花は周囲にないか…この町は犠牲者は出なかったけど3人の怪我人が診療所に運び込まれたんだって…」
「そっか…」
「それに、昨日ローズマリーが花に自動でなんかやるようにしたとか言ってたじゃん…あれのせいで、 またちらほら各地で事件が起きてるらしい。事件ってか、まあ昨日あったみたいな…」
「…うん」

フィルたち一行はコンチェルトに向けて20数名の規模で移動を続けており、メヌエット国の首都グロッケンの東にあるチターという 小さな町に立ち寄っていた。町とはいっても住居や店舗がちらほらあり、それ以外は畑がほとんどという規模の集落であるため、 フィルたちのような団体が来ただけで町がにぎやかになるほどである。

フィルとレックの二人は町の井戸の近くで、護衛の青年3人に囲まれた状態で話していた。

「花を処分しようとして死んだ者も多いようです。花の近くで会話していた者が犠牲になったという事例も…」
「既に今朝の時点で、花のない地方へ移住した者も多いと聞きます」
「…はー、マジか」

青年たちの話に、レックは頭を抱える。フィルも無言で辛そうに頷いた。

「花がないなんて、不毛な場所だよな…」
「生きていくのは、大変だろうね…」
「…こりゃ本格的に、早く何とかしなきゃいけなくなってるぞ」
「うん…」

聖墓キュラアルティへ行き、時の聖玉を手に入れて天上の国アイテールへ行きローズマリーを止めることはいよいよ急務である。 レックもクレールから「なだめの花」の再生を試みるよう頼まれているし、こんなところにいる場合ではない。 しかしフィルは見張られながらコンチェルトに送還されている身なのでどうにも動きが取れそうもなかった。

焦っていることを悟られないように護衛たちを二人は見上げた。しばらく無言の時間が続いたが、意を決したようにフィルが口を開く。

「あの…ぼくは、勝手な行動が許されない状態だけど…それはよく分かってるんだけど、どうか聞いてほしいんだ…」
「どうかなさいましたか…?」

3人の青年は心配そうにフィルを見下ろしている。言わなきゃ、と手を握り締めてフィルは自分を奮い立たせた。

「ぼくは…行かなければいけない場所があるんだ。ローズマリーと決着をつけるために、みんなが花に怯えずに暮らせるようになるために、 父さんを元に戻すために…だから、どうか、ぼくを今だけは見逃してください…!勝手に出て行きたくないし、誰かに危害を加えて逃げ出したくない… でも、絶対に帰ってくるから!!帰ってきて、おじいさまとおばあさまにお詫びもしたいし、父さんを守ってくれてたみんなを裏切って 父さんをあんな目に遭わせたこともちゃんと謝る…みんなのせいじゃないって、ちゃんと説明もするから…今だけ、ぼくを行かせて…お願い…!!」
「……」

フィルの真剣さに、レックは驚いて言葉を失う。護衛の青年たちも同じだった。言い終わるとフィルは俯いて、 意を決して話したからか息を切らしている。カイの召使たちはここにいる人以外にも大勢いるし、 自分たちだけでは決められない、とざわざわと話しているのが聞こえてフィルはぎゅっと目を瞑った。


    






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