「……父さん、一人で来てたんじゃなかったんだ」
「んー、セレナードに連れて来ていた護衛たちと世話係も全員連れて帰ろうと思って。大丈夫、私たちの部屋は私たちしか泊まらないから。明日はこの人数での大移動だけどね」
「この宿屋、コンチェルトの人で今日は満員だなこりゃ…」

ざっとみて20人以上のコンチェルトの王宮で働く召使たちがカイ一行を宿屋で待っていたのである。 カイはその人たちの中に入っていき、世話を焼かれたりあれこれ指示を出したりしていく。 そんなカイの姿をフィルもレックも久々に見たため、なんだか妙に新鮮だった。

「出発は明朝。その後西に向かい、メヌエットに二日間宿泊する予定だ」
「かしこまりました」
「全員配置につきます」
「ああ、よろしく」

私たちの部屋は2階だよ、とカイはにこやかにフィルとレックの元に帰ってくる。フィルも見知った人のいる整列していた召使たちは 颯爽と散っていき、ある者は規律正しく階段を上っていき、ある者は出口に向かって扉を閉め外側に二人、内側に二人が立った。

「…ホントに貸切みたいだな。まあ一国の王子様泊めるんだからそりゃそうか…」
「さ、夕食までおしゃべりでもしよ。フィルが持ってる本、ちょっと読ませてもらえる?」
「いいけど…はい」

ありがとー、とカイはフィルから本を受け取る。中をぱらぱらとめくりながら階段を上っていき、二人もその後に続いたが その途中でカイの後ろを歩くフィルが足を止めた。

「おい、フィル、どした?」
「…ん、なんでもない。ごめん」
「今日はフィルたちも疲れただろう。レックも水泳することになるとはね、ご苦労様」
「ホントですよもう〜…ララシャルが、遠慮なく俺のこと何度も湖に突っ込むもんだから…」

ララシャルに縛られて湖に放り込まれる姿を想像し、カイは思わず吹き出す。

「ふふ…ちょっと、見てみたかったかも」
「いや、死ぬかと思ったんですってば」

3人で部屋に入り、それぞれで一応部屋の中の点検を始めた。大きな宿屋だったがその一つの階層を贅沢に使っているようで非常に広々としている。 仕切られた部屋が3つあり、フィルとレックは並んで窓を開けて外を眺めた。

「綺麗…」
「おー、今日の夕日はなんかでっかいな。…柿みたい」
「熟したやつ?いや、もっと他に表現あるでしょ」
「腹減ってるからかも…明日も長旅になるだろうから、なるべくたくさん食っとこうな」
「うん…そうだね」

二人でそんな話をしていると、隣の部屋からカイがうきうきしながら入ってきた。

「おーい、二人とも。もう食事が出来ているみたいだから居間に運んでもらおうと思うんだけど、いいかな?」
「あ、はい」
「いいよ」

そう言いながらカイは持っていたオレンジ色の表紙の本をフィルに返そうと差し出す。

「もういいの?」
「一通り読ませてもらったよ。私に魔法の才はないけれど…理屈としては一応分かってるから。 時の聖玉を用いた攻撃と防御、他の聖玉と合わせて使用する応用方法…本当に色々あるみたいだね。 後でもう1回見させてもらいたいけどフィルが持っていた方がいいだろうからとりあえず。はい」
「うん…」

窓枠から離れて出した左手に乗せられた本をじっと見つめた。これから食事ならどこにおいておこうかな、と部屋をぐるりと見回す。 そのとき、視界に入った花瓶に違和感を覚えてフィルは びくっと身をすくませた。

「あ…レック…」
「ん、なに?」

フィルの声に気づいてカイも振り返る。フィルが指差す先を見ると、花瓶に生けられた花が不自然に揺れていた。 レックはなんだなんだ、と目を丸くしているがカイはこれから何が起こるのかを察知して顔をしかめる。

花瓶には紫色の花が束になって差されていて、それらが全て意思を持っているかのように小刻みに動き、 ついに部屋中に高い笑い声が響き渡った。

「うふふふ…あははははは!!…ごきげんよう、人間の皆さん?あなたたちの唯一絶対の神、ローズマリーよ。私に仕える意志は固まっているかしら。 今日はねえ、あなたたちにお知らせがあるのよ」

花がしゃべった、とレックはフィルにがしっとつかまって震えている。カイは腕組みをし、無言で花の近くに歩み寄っていった。

「もうすぐ…準備が整い次第、メルディナ大陸全体の時間を一気に巻き戻させてもらうわ。そうすると、どうなるかしら。わかるわよね。 あなたたちは元から存在しなかったことになる。今まで生まれて死んでいった人間の人生も、全てなかったことになる…そして、 時が巻き戻った大地に残った僅かに生きている人間を、神自ら消す…こうすることによって、地上を浄化するの」
「そんな…」
「しっ、レック、静かに!」

口を開いたレックだったが、フィルは手を横に出してそれを制する。他の部屋にも花が置かれていたようで壁越しにどよめきが聞こえてくるし、 開いたままの窓から外を伺うと、町の人たちが家から店から飛び出してきて騒いでいるのが見えた。

「ああ、すごいわね。さすがは必要のない生き物たち。耳障りねぇ…。これを先に言っておくべきだったかしら? あなたたちの言葉、全てこの神の耳に届いているのよ。花が聞いた言葉は全て。神の裁きから逃れられるなどと思わないことね。 私は今すぐにでもあなたたち全員を抹殺したいと思っているのよ?ただ、今この瞬間に数百人、数千人殺したところで滅ぼすことが出来ないから その無駄な命を大目に見てあげていただけ…慈悲深いでしょう?その神を崇めない、あまつさえ侮辱するような発言をする愚か者には…」

急に花が青白く光り出し、3人の顔が照らされる。一番花に近づいていたカイに、フィルとレックが危ない、と飛びついて床にどたどたと倒れた。 その直後、花から一直線の強い光が飛び出し壁に直撃してボンッ、と大きな音を立て爆発を起こす。煙が壁から立ちこめ、 それが収まると余裕で手が通るほどの穴が開いてしまっていたのだった。

「あははは、まあまあの数が…死んだみたいね。ふふふ。何が起きたか分からない人に説明してあげるわね。 花を介し、神の裁きを下したのよ。罪名は当然…「存在」。よかったわねえ、もうこれ以上罪を重ねることはなくなったのよ? 世界の1パーセントの花に命じたの。裁きを受けられたのは僥倖ね。本当は全ての花にでも可能だけれど、見せしめとしては丁度いい数だわ。 これで分かったでしょう?私こそが神。この地に絶対的な存在として君臨する者。人を超越した者…少しでも生きながらえたければ、 このローズマリーを崇めることね。そこから、私が直接管理する人間を選んであげる。せいぜい私に気に入られるように頑張りなさい。 そして、今この時より花には自動で命令を下しておくわ。つまり…私が気に入らないことを言うような者がいたら、 即刻狙い撃ちにしてこの地上から消えてもらいます。ああ、花を切ったり枯らしたり燃やしたりしようだなどと浅ましいことを考えたら その瞬間に死んでもらうわよ。ふふっ…日々私を讃え、花を大事にすることね。私の大好きな薔薇は殊更」

フィルとレックはカイに折り重なるように床に転がっていたが、なるべく音を立てないようにしてそれぞれゆっくりと立ち上がる。 カイはまた花に近づいていき、指輪がはまった手の甲を花にかざしながら口を開いた。

「ローズマリー。なるほど、こういう手段に出るとはね」
「その声は…カイ王子様ね。そんなところにいたの」
「まだ分かっていないようだね…その行い全てが、自分を神どころか人間という存在からも遠ざけていることに」
「相変わらずの減らないお口だこと。無力な人間の分際で…でも、以前お会いしたときと今は違う…あなた、本当にその場所にいるのでしょう。 姿はまだ見えないけれど、花の座標は把握してるの。今すぐあなたを殺せるってことよ」

また花が輝き出す。先ほどより明らかにその光は強く、フィルとレックは目を開けていられないほどだった。 それでもカイをなんとか避けさせなければと二人は手を伸ばしたが、カイは目を閉じたまま動こうとせず立ったままである。

一際強い光線が放たれ辺りに光が大爆発を起こし轟音が鳴り響く。部屋中が、建物中が揺れるほどの衝撃が起こった。

「あっははははは!!あなたがいた場所一帯、粉微塵でしょうね。人間たち、聞いていたかしら? あなたたちが慕うカイ王子様は今この瞬間に―」
「残念、生きてるよ」
「……なんですって!?」

カイは2本の指で、少しずれた指輪の位置を直す。テーブルの花からは、動揺した声が響いていた。 少しの衝撃を受けてカイの髪が揺れたものの、その光は全てカイの指輪に吸い込まれただけだったのである。

「言ったじゃない、あなたが何をしてきたかを知っているって。あなたの力の源だって当然把握してるよ。それなら対策だってできる。 あなたの持つ聖玉…「空の器(そらのうつわ)オクターブ」の力のね。こうやって、圧縮した相反する力を鉱石に…」
「黙りなさい!これ以上、神を貶すことは許さない!!」

カイの言葉を遮ったローズマリーの声は、もはや悲鳴のようだった。

「アッシュ、神の裁きを加えてやりなさい…永遠に凍りつくがいいわ!!」

その声に反応し、カイのすぐ後ろにいたフィルは手に意識を手中させて凍結の牙を作り出す。 それを見たレックは はっとしてフィルを止めようとしたが、フィルはカイの腕を右手で押さえてその氷のナイフをカイの肩に突き刺した。

「カイさん!!」

カイは振り返りざまに花瓶の花を全て握り潰した。フィルは凍結の牙から手を離し、カイから距離を取りつつその顔を見上げる。 バキバキバキ、と硬い音を立ててカイの体がみるみる凍り始めていた。

「……アッシュ、私は本当は君がとても優しい子だって知っているよ」
「だ…誰、が…」

アッシュにカイが一歩近づき、笑顔を向ける。

「私はずっとそう思ってたよ。初めて会話が出来たとき…私は君に殴られたけど、君は指輪がはまった利き手をあえて使わなかったよね。 顔に怪我をさせないために。咄嗟にそうしてくれたんでしょ?」
「…やめろ、もう……俺は…」
「大丈夫だよ、アッシュ。私は……きみ、の……」

ついに頭の上から足の先までが完全に凍りつき、バキーン、と高い音が部屋中に響いた。 カイが握っていた花びらがカイの体が倒れ始めると同時に空中に散る。レックは急いで後ろからカイの体が倒れないように支え、アッシュに視線を向けた。

「お前…なんてことを…」
「なんてことを、しちゃったんだろう…ぼくは…」
「……え?」

がくっと膝から崩れ落ちたアッシュは、自分の手のひらを呆然と見つめている。 まさかフィルに戻ったのか、とカイの体を床に横たわらせてからフィルの顔を覗き込もうとした。 しかしそのとき、部屋の扉が激しくノックされ、ガチャガチャと鍵を開ける音が響いて二人ははっとして隣の部屋の扉を見つめる。

「カイ様、ご無事ですか!!」
「王子、今のは一体…」

どやどやと入り込んできた召使たちは、床に倒れているカイを見て驚きの声を上げた。 何があったのですか、とカイに口々に呼びかけるが当然返事はない。カイは穏やかな表情のまま、何かを迎え入れようとする姿勢のまま、 指の一本、髪の先まで完璧に凍りついている。カイから反応がないと分かると、彼らの視線は床に座り込んでいるフィルとレックに向けられた。

「お二人とも…何があったのですか?カイ様は、先ほどの…」
「…ぼくが、やったんだ」
「おい、フィル!!」

フィルは床を見つめたまま、力なくそう言った。レックは慌てて説明をしようとするが、どう言えばいいんだと狼狽するあまりあーだのえーだの 意味のない声しか出てこない。

カイの状態を調べる者、フィルに近寄って事情を聞く者、他の部屋の被害を調べる者などに分かれて護衛たちは行動を始める。 その間もフィルは全く動こうとしなかった。

「カイ様は、まるで凍りついたかのようだ…なぜこのようなことに?」
「賊が侵入し、窓から逃げていったのですか…?」
「…違う。ぼくがやったんだ」
「フィルってば、誤解されるようなこと言うなよ!みんな、違うんだよ。フィルは別の奴…アッシュって人に体を乗っ取られることがあって、 そいつがカイさんのことを凍らせてまたフィルに体を返したんだ」
「そんなこと言って…理解してもらえるわけないよ、レック」
「それでも、お前は悪くないだろ!なんでそんな…ろくに説明もしないで…」
「…みんな、父さんをこんな目に遭わせた人物を外部に探しにいこうとするでしょ。そんな無駄なこと、させたくない…それに…」

フィルは両手を強く握って、床に振り下ろす。

「こうなることを予測できたのに、父さんの傍にいたぼくが悪い…!レック、あと、みんなも…ぼくの近くにいたら危険だ。 それに、さっきの花の話を聞いたでしょ…なるべく、花に気づかれないように移動したり会話したりした方が、いい…」

見るのがつらいのか倒れているカイに視線を向けようとせず、フィルは半ば無気力にそう言った。 どうする、と護衛たちが話している声が聞こえ、フィルは小さく首を横に振って目を閉じる。

それからしばらくその部屋で話し合いが行われ、その間フィルは椅子に座り二人の護衛に挟まれた状態で待機していた。 フィルはおかしな様子を見せることはなく、レックもフィルのことを何度も伺いながら会議に参加をしている。

結局、カイというこの場にいる人間全てをまとめる立場でもあった人間を失った今、カイの体をコンチェルトに運び フィルの処遇をどうするかは国王のシャンソンにゆだねるべきだという結論に至った。 そして今夜はフィルを厳重に見張り、この宿に泊まることに決定した。

「おい、フィル…それでいいのかよ。分かってもらうまで説明すりゃいいだろ」
「…いい。それだけのことを、確かにこの手でしたんだから…」
「でも…」

でも、クレールさんから言われたことを忘れたわけじゃないよなと言いたかったが、 落ち込みきっているフィルを見るとそれ以上言えなかった。明日の朝に考えればいいか、とレックは椅子に座ったままのフィルの頭をぽんぽん、と叩く。

「……。」

フィルは驚いたように頭をおさえ、離れていくレックの後ろ姿を顔を上げて目で追った。






「よくやったわ、アッシュ」
「…はい。全ては神の仰せのままに」

ローズマリーに、アッシュは深々と頭を下げる。二人がいるのは双心の砂時計のある部屋で、アッシュはそこから出ようとしたところで 部屋に入ってきたローズマリーと相対したのだった。ローズマリーはいたく満足げな様子でアッシュ見やり頷く。

「私の声に即座に従い、命令通りにカイ王子を凍らせたこと…素晴らしいわ。ふふふ、褒めてあげる」
「……」

アッシュは胸に手を当てて無言で頷いた。ローズマリーは悠々と部屋の奥へ歩いていく。

「通信が途中で途絶えたのが残念ね…苦しむあの人の声を、世界中に流してやりたかったわ。ふふ…まあ、 未来の記憶を持つ者が停止し、空間にあった未来の流れが一つ途絶えたからカイ王子が凍ったのは確実。どうでもいいことね」

ローズマリーは床の模様の上に手をやり、それを持ち上げると床から双心の砂時計がずるりと引き出されるように姿を現した。

「トキの実の出来もよくなってきていたのね、こんなに砂がまだ残って…でも、もうこれも不要だわ」

その声に反応してアッシュは えっ、とローズマリーの方へ向き直る。しかしアッシュの反応を気にせず、 ローズマリーは両手に集結させた魔法力を放ち双心の砂時計を粉々に打ち砕いた。

「それ、は…」
「アッシュ、あなたはもう地上へ行く必要はないわ。あなたに何かあれば…いえ、あなたが死ぬようなことがあればカイ王子が溶けてしまうもの。 私が呼ぶ時まで、待機していなさい。アシュリィがオラトリオを持って、のこのことここへ来るまでね」

砕けた砂時計の破片は辺りに散り、中に入っていた砂と一緒に光の粒となって消えていく。 砂時計の土台の上下の部分を持っていたローズマリーの手の中に、球を半分に割った形の宝石が残った。

「なあに、そんな呆けたような顔をして。これはローシュタイン、聖玉から力を分けて作り出した宝玉…永世遡行を実行するためには 聖玉に力を戻す必要があるの」

そう言ってローズマリーは二つの宝石をぴったりと合わせて出来上がった水色のローシュタインを手のひらの上で転がす。 視線をローシュタインに落としたまま、ローズマリーは静かに言った。

「…ローリエから聞いたわ、もうあなたは神罰を与える必要もないほど神に仕える決意を固めたのだと」
「当然です…我が神よ」

ローズマリーは ふふっと笑って優雅に部屋から出ていく。アッシュもそれに続いたが、扉を閉める前に一度振り返って 双心の砂時計があった場所を見つめた。

「………」






「つまんないよぉー!暇だよ〜、退屈で死んじゃうよ〜、エバくん助けて〜!!」
「うるっさい!!帰ってきて5分でそれですか!いい子にしてなさい!!」
「一緒に遊ぼうよ〜、ボードゲームしよ?」
「…今はそれどころじゃありません。絶対に花という花に近づかないで下さいよ。本当は草花が一切なくて魔法攻撃も通さない頑丈な壁の 地下室に閉じ込めておくべきだっていう案も出てたんですからね」
「それはヤだけど…その案を却下してくれたシェリオ君も出かけちゃったしー、構ってよ構ってよ〜!」

巨大なソファの上で、ニヒトは寝転がった状態で ぼよんぼよんと体を跳ねさせて遊んでいる。 ローズマリーの演説と花から発せられた高威力の魔法の攻撃のせいでソルディーネ家の屋敷の数箇所に穴があいてしまい、 エバはその確認と修理の手配に追われていた。しかしそれを差し置いても大切なエバの今の仕事は、最高神官の身の安全の確保である。

「昨日のお花の事件…犠牲者は領地内でどれぐらい出たって?」
「…30人、っていう報告は上がってきてます。それ以上に膨大な数の怪我人が出ているし家屋の修繕も必要でてんてこまいですよ」
「そんなに…」

むくりと起き上がったニヒトは、ソファの背もたれに伸ばした両腕をのせてその上に顎をのせた。

「身近な人たちを守れなくて、何が最高神官なんだろうね。怪我治して聖水作るしか出来ない役立たずだよ私なんて」
「……」

机に向かってひたすら書き物をしていたエバは顔を上げ、目を丸くしてニヒトを見つめる。 怒られる、とニヒトは背もたれから離れて顔を引っ込めた。

「…怒らないで〜」
「ニヒトさん、そんなこと考えてたの…ニヒトさんの聖心力で今回の事件でもどれだけの人が命を救われたか分かってないんですか。 ニヒトさんが作り出す高純度の聖水は魔法力が込めやすくてそこから作る薬も治癒力が段違いだし、直接怪我を治したりもしたでしょ」
「でも、聖心力じゃ限度があるもん。メヌエットではピア王妃が地の聖玉シードで死にそうな人を治癒しまくってるって聞いたよ?」
「それでもニヒトさんが役に立たないなんてことがありますか。この忙しいのに人の邪魔をするのは何とかして頂きたいですけどね!」
「う〜…」

そろり、とニヒトはまたソファから顔を出す。机に顔を向けたままのエバに上目でぎろり、と睨まれるもニヒトも恨めしそうにエバを見つめ返した。

「…シェリオ君が作ってくれたクッキー食べたい」
「お茶の時間まであと45分!本でも読んでなさい!!」
「うえぇ、エバくん厳しいよう」

ニヒトはソファにぱったりと倒れて座面にうつ伏せになる。そのとき、窓から物音がした。

「今の音なあに?石でも飛んできた?」
「まさか、今日はそんな強風じゃないし、ここ4階ですよ…」

エバはそう言ったが、コンコン、と明らかに自然によるものではないノックの音が部屋に響いている。 ニヒトがいる場所の方が窓に近く、何の警戒心も持たずにニヒトは窓に近づいていった。

「ちょっと、ニヒトさん!もうなんでじっとしてないかなあ…!!」
「今あけまーす」
「窓を勝手に開けたらダメだっていわ、れ……」

急いでエバは立ち上がりニヒトを追ったが、ニヒトは鍵を外して ばーん、と窓を開けてしまう。 エバが絶句したのは、普段開けてはいけないと言いつけられているニヒトがそれを守らず窓を開けたせいではなく、窓の外の光景によるものだった。


    






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