サカナが最後の力を振り絞ってか、人間達がいる方向に両方のヒレを振り払った。至近距離で放たれた魔法は無差別に飛んで行き、道の両脇の木々の枝を切り裂く。

「・・・・・・!!」

フィルは思わず片手を前に突き出し、レックは顔を両腕で覆っていた。魔法が当たった衝撃で後ろに跳ね飛ばされるような感覚はあったが、思っていたよりもずっとその力は弱かった。

「あ・・・」

恐る恐る手を下ろして前を見てみると、サカナは光となって消えてしまっていた。レックが突き刺した剣が支えを失ってガラン、と音を立てて地面に落ちる。

レックも腕を下ろして、腕輪を思わず左手でさすった。

「あ、危なかった・・・これのおかげで助かったな・・・」
「う・・・うん・・・・・・あれ?」

地面にへたり込んでいるフィルを見下ろして首を傾げる。フィルは両手を地面にぺったりとつけてレックを力なく見上げていた。

「どうした?」
「な、なんか腰が砕けて動けない・・・」
「え・・・い、いつものあのすごい痛いやつか?!」
「ち・・・違う、は、初めてこんな戦いってしたから・・・腰が抜けてるみたい・・・」

それを聞いて、安心したように肩をすくめてレックは笑い出した。

「・・・ははは、なんだ・・・ビックリした・・・」

両手で体を支えていないと後ろにひっくり返ってしまいそうなフィルは、そんなに笑わないでよ、と ぷいっと顔を背ける。

「フィル様、大丈夫でしたか!?」
「申し訳ございません、我々がついていながら・・・」

無事だった護衛たちが数人駆け寄ってきた。怪我人の手当てをしている人たちが遠くに見えている。

フィルは地面に腰を下ろした状態で軽く首を横に振った。

「平気平気、心配かけてごめんなさい・・・でも、ちょっと立ち上がれなくなっちゃって・・・」
「ええ?!」
「違うんだ、驚いて腰が抜けただけで・・・あの、おぶってください・・・」

よかった、と安堵した護衛たちはフィルをそっと立ち上がらせて一人が背負って馬車に連れて行った。その様子を頭の後ろで手を組んで見ていたレックだったが、 サカナがいなくなった地面に落ちていた自分の剣を鞘に納めてフィルたちの後を追った。

怪我人といっても重傷の者はいないらしく、応急手当を施されたあとは全員が持ち場につくことができている。ちなみに、切り刻まれてしまったのは道の木々たちだけではなかった。

「・・・馬車の屋根が毛羽立っちゃってる・・・」
「こっちは壁が割れちゃってるぞ。車輪は大丈夫っぽいけど・・・」

背負われたまま馬車を観察してみたが、あちこちが傷だらけになっていた。特に先頭の馬車などは崖から一度落ちたのかというぐらいボロボロである。

「・・・王宮から出た馬車がこんなのだったら、ものすごく経費削減してると思われないかな」
「それよりも城に入れてくれるか、これ・・・?」

周りの人たちも同じことを考えていたらしく、とりあえず今はあまり考えないようにしてカイが待つ馬車の入り口へ向かったのだった。






「おーい、フィル!ちょっとこっち来てみろよ!!」

馬車の外装には驚かれたが、カイが顔を出せば即座に城内へ入ることができた。カイたち3人は無事に舞踏会場であるハイド家の城へ入れたが、そこは既に人でいっぱいだった。

男女がたくさんホール内で踊っているほか、しっかりとめかし込んだ少女もたくさんいる。

食事を取るスペースの近くで、レックがフィルに手を振った。フィルがそちらに目をやると、何重にも人だかりができているのが見えた。

「な・・・なんの集まりなの、これ・・・?」

人ごみを押し退けて、フィルはレックに近づいていった。

「ああおいしい!おかわりくださーい!!」

人だかりの真ん中に、いくつも積み重なった皿の間に、一人の少女がいた。周りの人たちの視線も驚きも全く気にしない様子で料理を次から次へと食べ進めている。

見た目はフィルたちより少し年上の赤い髪の少女で、その隣に座っている彼女の友人であろう女性は視線を気にしながら小さな容器に入ったデザートを食べている。

「・・・あの人、招待客の一人かな?まさかあのお皿の料理を全部食べたとか?」
「ま、まさか・・・軽く見積もっても10人前はあるぞ・・・」
「黙って座ってたらきっと可愛い人なのにね・・・って、失礼かな」
「顔の原形が見えないぐらい食ってるな、すげえ」

すっかり野次馬の一人となって、二人は思わず少女の食べっぷりに見入った。雑にでも意地汚く食べるでもなく、どんどん口に運ばれて綺麗に皿から料理がなくなっていく様は、 見ていてなぜか気持ちよくもある。

作ったコック達も本望だろうな、とフィルは思った。

「・・・な、なあフィル、隣にいる人も可愛くないか?」

デザートを食べている水色の髪の少女を指差してレックが言う。口調が何となく弾んでいてテンションが上がり気味である。

「お友達なのかな・・・?綺麗な人だね、どこの国のお姫様かな。レック、ああいう人が好み?」
「おしとやかな子が好きかな・・・髪長くて、女の子らしくて、優しくて・・・・・・ば、バカ、何言わすんだよ!!」
「いたっ!レックが勝手に言い出したんでしょ!!」

背中をベシっと叩かれてフィルは笑いながら反論した。そして改めてそのお姫様を見てみたが、可愛いな、と思った後にあることに気がついた。

「・・・ねえレック、あの人の目、見える・・・?」
「え、なにが?」
「赤い目・・・じゃない?ぼくと同じ・・・」

フィルが指をさしている横に顔を寄せて同じ方向を見る。その人が顔の横の髪を丁度よけたため、目がよく見えた。

「ほ、ホントだ!前にカイさんが言ってた・・・」
「うん、赤い目の人はセレナードのどこかの領主の娘さんだけだって・・・あの人なのかも・・・」
「ちょっと話しかけてみよう、なんか・・・えっと」

なんかフィルのことが分かるかも、と言おうと思ってレックはとっさに言葉を濁した。

「そうだね、ぼくが捨てられてたことについて何か知ってるかも」
「・・・あ、うん」

フィルが捨て子だったことをフィルが気にしているかもしれないと思って気を回したのだが、意外とフィルはそのことを気にしていないようだった。

しかし、二人が歩き出そうとするよりも早く一人の男性がそのお姫様に向かっていた。片手を差し出してダンスに誘っている様子である。

「あら、踊るみたいだぞ」
「そうだった、この人がすごく食べててみんなも見てるから忘れてたけど・・・」
「舞踏会だもんな」

踊る為にホールの真ん中に手を引かれて行く姫君を、ひたすら食べている少女が手を振って見送っているのが見えた。

踊り終わるまで見ていよう、そしたらすぐに話しかけようと思って二人は待つことにした。

「こんなところにいたのか二人とも。ハイド伯爵と話があるから一緒に来なさい」
「あ、お父さん!」

頭の上からカイの声が降ってきて、二人は振り返った。

「話って?」
「ただの挨拶だよ。息子も紹介すると言ってあるから。レックも一緒においで」
「俺もいいんですか?」

呼ばれるのはフィルだけだろうと思っていたレックは、思わず自分を指差して尋ねた。カイはいつもフィルにやるようにレックの頭をわしゃっと撫でた。

「フィルの護衛であり親友であるなら私の息子も同然だ、それに私の友達でもある。そうだろう?」
「・・・え、カイさんと友達?いいのかな・・・」
「悪いわけないだろう、とにかく二人を連れてくると言って待たせてあるから早く来てくれ」

人ごみを掻き分けてカイはホールから続いている大きな階段に向かった。二人もそれに続き、カイの後姿を追いかける。

「はーい」
「分かりました」

自分と同じ目のお姫様のことは後で聞こう、と考えながら赤いじゅうたんが敷かれた階段を上っていった。



「これはこれは、カイ王子の息子さんですな。初めてお目にかかります、ロネイズ・ディミヌエ・ハイドです」
「はじめまして・・・」

ロネイズの私室に通されて、緊張した面持ちでフィルとレックはハイド家の当主ロネイズに頭を下げた。

このロネイズはハープ地方一帯を治める領主である。カイの父シャンソンとも交友があり、カイもシャンソンと共にこのハイド家の城には訪れたことが何度かあった。

「フィル、ちゃんと挨拶しなさい」
「は、はい・・・フィル・ストーク・ラナンキュラスです。この度はお招き頂きましてありがとうございました」

フィルが頭を下げると今度はレックの番だが、なんと挨拶すればいいのかとレックはおろおろしている。頭をゆっくりと上げたフィルを見て軽く頷いてから、カイがレックの肩に手を置いた。

「ロネイズ殿、こちらは私たち親子の親友でありフィルの護衛係でもあるレックです」
「そ・・・そうです・・・あれ?すみません、俺は・・・あ、いや、わ、私は・・・レックといいます・・・」

しどろもどろになりながら何とか挨拶をしようとしたが、レックは頭が真っ白だった。二人を見て嬉しそうにロネイズは握手を求めて手を出し、二人は順番に右手を差し出した。

握手をしながらロネイズは何度も頷いた。

「初めましてレックくん。そしてこちらがカイ王子が7歳の時に引き取られたという、自慢の息子のフィル様ですか」

じっと目を見られてフィルは思わず目を逸らしたが、ロネイズは特に何も気に留めない様子で離れていった。

「ええ、しっかりとよい子に育ってくれていますよ。コンチェルトの未来を担う人間に相応しく、賢く優しく思いやりのある子です。将来はどうぞロネイズ殿も助けてやってください」
「もちろんです。それでカイ様・・・実は今日のパーティは、表向きは舞踏会ということですが・・・」
「存じてますよ。息子君の花嫁選びの催し物だとか」
「さすがは王子、お見通しでしたか」

ははは、と笑う大人二人にフィルとレックは何となく気圧された。自分の父親だが、父さん大人っぽくなったなあなんて頭の中で考えている。

「上の子とは離れて暮らしているので、次男のクラヴィーアにハイド家を継いでもらわなければならなくてですね、早く跡継ぎを頂いて私も安心したいのですよ」
「・・・・・・え?」

ロネイズの言葉に、カイはワンテンポ遅れて顔を上げた。

「・・・いま、なんと?」
「はい?いや、ですから早くクラヴィーアに花嫁を決めてもらって・・・」
「いや、その前です。上の子と、離れて暮らしているとはどういうことですか?」

カイはいつも持ち歩いている扇を左の手のひらにペン、と置いた。お説教する時の動作だ、とフィルは少し身を強張らせた。

「その・・・私の妻、トロイメントとその母ユーベルの折り合いが悪く・・・義母が長男のクロウを連れて・・・いや話せば長いのですが、元々このハイド家は私の弟のガットが継ぐことになっていまして、 私はオルガンの領主であるリブレット家に、えー・・・トロイメントに一目惚れしたために婿養子に入り、まあ言うなれば妻に頭が全く上がらなくてですね・・・」
「・・・私は妻がいないのでよく分かりませんが、結婚とは本当に大変なんですね」

カイは開きかけた扇をペチっと戻してはまた少し開く、を繰り返している。考え事をしている時によくやる動作だな、とフィルは思った。

「元々リブレット家にいたのですがトロイメントと義母が仲違いして次男のクラヴィーアと共に、私の生家であるこのハイド家に戻ってきたのです。クロウは義母が育てることになりまして、 義母が亡くなってからはクロウがリブレット家を継いでおります・・・」

カイの顔色を何度も伺いながら、ロネイズは説明を終えた。

「・・・父であるロネイズ殿は、息子君に会いに行くことはあるのですか?」
「い、いいえ・・・忙しさにかまけて最近は全く・・・オルガンは遠いので・・・」
「我が子に会うためならば遠くありませんよ」
「そ、そうですね・・・言い訳でした、ハイ・・・」

カイの方がロネイズより大分年下のはずだが、ロネイズはしゅんと小さくなってしまっている。

「・・・まあ人様の家庭の事情に必要以上に踏み入るつもりはありませんが、両親と離れて暮らす息子さんの気持ちを考えたことはあるでしょうか。 おいそれと会えない状況でもそれを最優先させれば会えるでしょうし、手紙という方法もあります」
「は・・・はい・・・たまには会いに行ってみます・・・」

私の顔など忘れているかもしれませんが、とロネイズは肩を落として力なく笑った。

「ロネイズ様、おられますか」
「あ、ああ・・・入りなさい」

扉の外から女性の声が聞こえてきた。それに返事をしたロネイズの声には、助かった、というような安堵した気持ちが出てしまっている。

扉がカチャ、と小さな音を立てて開かれると、ハイド家の召使が立っていた。

「どうした?」
「はい・・・先ほど、クラヴィーア様が女性と私室に戻られたのを見た者が・・・」
「なに!?クラヴィが気に入る女性がついに現れたか!!」

かなりプライベートでデリケートな内容のようだったが、ロネイズの声はでかくてまる聞こえであった。フィルは思わず顔を赤くした。

「いくら花嫁を決めろと言っても女性に興味を示さなかったクラヴィが・・・!よし!見に行こう!!」

見に行くってどういうことだ、とカイたちは思わず視線を合わせた。

「カイ王子、申し訳ありませんが急用ができましたのでこれにて失礼いたします!」
「・・・行って大丈夫なんですか・・・?」
「本日の舞踏会、どうぞゆっくり楽しんで行ってください。ではこれにて!!」

スキップしそうな勢いでロネイズはバタバタと部屋から出て行ってしまった。残されたカイたちはいきなりのことについていけず呆然と立ち尽くしている。

ちなみにぽかんとしているのは部屋にいたハイド家の召使達数名も同じであった。頭がまだうまく回らなかったが、とにかく何か言おうとカイが口を開いた。

「・・・フィル、私はお前に結婚を強要することはないだろう。ただし、結婚を前提にお付き合いしたい女性がいるならば私に必ず相談をしてくれ。 父親として、人生の先輩として、出来るだけのアドバイスをしたい・・・から・・・。」
「・・・え?・・・うん・・・絶対にするよ・・・」
「俺も・・・いいですか、カイさん・・・」
「・・・・・・あ、うん。もちろんだ・・・」

呆気に取られながらとりあえず何か話そうと思った3人だったが、お互い上の空だった。



    


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