「うもー?羽のこと?」 「う、うん…一掴みぐらい…」 「いーぜ!はい!」 「…!!」 言うが早いかランはコルミシャークの顔の羽毛を掴んでぶちっと引きちぎってしまい、ベルは目を丸くする。 辺りに細かく白いフワフワとした毛とも羽ともいえないものが舞った。 はい、と差し出されたところで全部を受け取ることはできなさそうで、ベルは慌てて腰に下げていたカバンの中身をあさった。 「ち、ちょっと待って…!」 「なあ、コルミン!ベルが、コルミンの毛がほしいんだって!ちょっとあげてもいーよな!」 「あった…この空き瓶に入れて!上からそっと…!」 「えい」 「こぼれるって!あああ…」 瓶の口から溢れそうになった羽毛を集めようとして瓶のフタが転がる。その様子を遠くから見ていたレックたちだったが、 自分たちの方にフタが転がってきたのでそれを拾いがてら近寄った。 「ベル、なにもらったんだ…?毛?」 「あ、うん…」 「なあなあ!コルミン、息吹 作って!レックがほしいんだって!」 巨大な目を閉じてまだすやすやと眠っているコルミシャークに容赦のないランの行動を見て一同は非常に申し訳なくなるも、 レックとしては早くバルカローレの王宮へ帰りたかったので少々ハラハラしながらもランのやることを黙って見ている。 ランの声にようやくコルミシャークは反応を示して、うっすらと目を開けた。 「な、息吹出して!レックが助けたい人がいるんだってさ!それで元気出してほしいんだって!な、出して出して!!」 言葉を理解したのかゆっくりと身を起こしてレックたちを見下ろす。じーっと見つめられ、何か言った方がいいのだろうかと レックが考えていると、コルミシャークは四足で体を支えてしっかり床を踏みしめた。 「お…?」 再び目を閉じたコルミシャークが何かを念じるように下を向く。その額の前に薄青色の光の玉が現れ、 そこへコルミシャークは息を吹きかけた。いくつもの光の筋が光の玉の中へ次々に収まっていき、片手に乗るほどの小さな結晶へと姿を変える。 レックはコルミシャークに見られていることに気づいて、手を出せと言われているような気がして両手を前に差し出した。 「……」 ふわりとレックの手に降りてきたその淡い光を放つ透き通った結晶は思ったよりも軽く、周囲にフワフワしたもので覆われているような感覚がある。 よく見るとうっすらと白いオーラのような膜に包まれており、もろくて少し力をこめたら割れてしまいそうだった。 「あの、これ…」 「それが、聖獣の息吹!コルミンが作れる道具で、その色は一番すんごいやつだな!こーゆーのをコルミンに出してもらって、 村の道具屋さんで売ってるんだ。そのお金でお菓子とかパンとか色々買ってるんだぜ、いーだろ〜」 「…お菓子とかパンにされてるのか」 「もっとちっちゃいのでも、すっげー疲れてる人が一気に元気いっぱいになっちゃうぐらい!それなら毒飲んで死に掛けてても飛び起きるぐらいかな!!」 「……」 その例えはどうなんだ、と思ったがとにかくなにやら非常に有用なものをもらえたことは分かったので、 「聖獣の息吹」を片手に乗せてレックはコルミシャークに歩み寄ってその頬を撫でた。 「ありがとうな、コルミシャーク。これで俺のお姉ちゃんたちも助かるよ」 そう言うとコルミシャークは嬉しそうに目を細めて、くるるる、と喉を鳴らす。 「…かわい。フィルが見たら喜ぶだろうな〜…こういうの大好きだし」 さてこの壊れやすそうな道具をどうやって持ち運ぼうかなとカバンを開け、中に入っていた小箱を取り出した。 鍵がついている木箱で、普段は細かいものや貴重品を入れるために持ち歩いているが今は空っぽである。 箱を傾けて片手で開けて中に収まるように結晶を転がし、フタを閉めた。 「さてと、じゃあ日が暮れる前に帰るか。行くぞ、みんな」 「あ、あの〜…」 「え?」 コルミシャークに手を振りながら広間の入り口に戻ろうと後ろ向きに歩いていると、背後からカリンの声がする。 進行方向に体を向けてみると、むすっとした表情のランが立ちはだかっていた。しかも、後ろからレンに覆いかぶさるようにのしかかっている。 「おい、ラン。どーしたんだよ」 「やめてよ、重いんだけど」 体の前にあるランの手を邪魔そうに掴みながらレンが抗議の声を上げた。しかしランは力を緩めようとせず、また動こうともしない。 「レン、お兄ちゃんと一緒にいようってば」 「それは何度も断ったでしょ」 「ダメ。もうレックのお姉ちゃんは助かるんだからいーじゃん」 「そうだとしても、ぼくはレグルスと帰る。離してよ」 「ダメ!」 ぎゅーっと腕に力を込められて、苦しいってば、とレンは身をよじる。 「レックと友達になっちゃダメ!!」 「は?」 「ベルとも、仲良くしちゃダメ!!カリンのことも忘れなきゃダメ!!」 「なに言ってるの…」 なんて身勝手なことを、とレンは怒るどころか呆れてしまった。 「…そんなダメダメ言うけどさ…キミだって色んなところへ行ってるんだから友達だっているでしょ?」 そう言いながらレンは無理やり歩き始める。二人は双子だからか似たような体格で、ランはレンにずるずると引きずられていった。 「どうしてぼくにそんなこと言うの。自分勝手が過ぎるとは思わない?」 「…思わない」 「それはおかしいよ」 「そんなことないもん!」 レンが力強く歩いていくものだから、レックたちも二人のやり取りを見ながらも止めることもできず隣をついていくことしかできない。 先ほどまでの何も考えていないのではないかというぐらいの底抜けな明るさが今は表に出ておらず、ランは真剣そうである。 扉を開けて、コルミシャークが眠る部屋から出たところでランはレンについに振り落とされた。 「も〜…なんでわかってくんないんだよぉ」 「分かるわけないでしょ!」 「やーだー、外に行くなってば〜…」 レンは駆け足に近い速さで階段を上り始める。その後ろをランが追いかけていき、どうしたもんかなと思いながらもレックも あまり離されないように一段とばしで上っていった。 「なあレック、どうするんだ?」 「え…いや、俺に言われてもな…レンがどうしたいか、だろ」 「そうなんだけどさ…ランの様子からして、なんか譲れないものがあるような気がして…」 「単なるワガママじゃないってことか?」 後ろを歩いているベルに振り返る。ベルは少し難しい顔をして、小さく頷いた。 「それなら、俺たちがちゃんと理由を聞いてあげた方がいいのかもな…レンは頭から、ランの言うことに嫌気が差しちゃってる感じだし」 「あんなに顔も背格好も似てるのに、水と油だな…」 レンは ずかずかとさらに階段を登っていき、ついにこのダイアンサスの塔へ来たときに着地した最上階へたどり着く。 日は傾きかけていて、少し風が強くなっていた。 「なー、レン、帰らないでってば。コルミンが起きたら悲しむって」 「…それならちゃんと説明をしてよ。ぼくが納得いく説明が、キミにできるの?何もかもが支離滅裂で自分本位なの、分かってないでしょ」 「なんか難しいこと言ってる〜…」 頭を両手でわしゃわしゃとかきながらランは必死に考える。何か説明しようとはしているんだなと察してレンは黙って待ってあげることにした。 「ええと、ええと…自分勝手ってレンは言うけど、俺だってそうなんだよ!」 「……なにが?」 「だから、友達を作らないの!」 「…え?」 ランはぴょんぴょん跳ねながら叫んでいる。レンと同じようにぴょこんと跳ねた髪が揺れ、大きな赤いマントのようなローブがばさっと音を立てた。 「俺も、誰とも仲良くならないの!」 「…は?」 「コルミンがそうしろって!レンを探す間、誰とも仲良くなっちゃダメって!」 「なん…で…」 と言う途中、ランの後ろの人影に気がついた。逆光でよく見えなかったが、塔の外、つまり中に誰かが浮かんでいるのが見えて驚き ランへの返事は完全に上の空になっている。二人の様子を見ていたレックたちもレンの異変に気づいてレンの視線を追った。 「あれ?ヴァイオレット…?」 ランはきょとんと首をかしげた。塔の外の空を背景に、ヴァイオレットが巨大な魚に乗って浮かんでいたのである。 「ヴィオ!どうしてここに…?」 「待って!!」 カリンはヴァイオレットに向かって駆け寄ったが、それをレンが叫んで制した。びくっと身をすくませてカリンが立ち止まる。 改めてヴァイオレットを見上げるとその目は不気味に赤く光っており、何も映していないようだった。 「…ふふ、やっと見つけたわぁ」 ヴァイオレットの口から聞こえてきた声はノイズがかかったようで、その声と合わせて髪飾りの先端がゆるく光っている。 お団子頭をまとめている白いリボンの先についている飾りはいつものハート型のプレートではなく、青い薔薇が下がっていた。 「あ、あの…どうしたのですか、ヴィオ…?どうやってここまで…そんなマグノリア、見たこともないのです…が…」 ヴァイオレットが乗っている魚のマグノリアはイルカぐらいの大きさでピンクと水色がマーブルに混ざったような模様の体の色、 ヒレは翼の形をしていてそれをゆっくりと羽ばたかせて浮かんでいた。ヴァイオレットはそのマグノリアに横乗りをして塔の頂上にいる全員を見下ろしている。 「神様に頂いたの。そして、カリン…あなたがなかなか遂行しようとしないから、私が代わりにこなしに来てあげたのよ? 癒しの司になり得る力を持つ者の排除…バルカローレの王族の全滅っていう、神様からのご命令をね」 ヴァイオレットはマグノリアの背を蹴って空中で一回転し、塔の淵に降り立ちそしてゆっくりと下へ向かって手をかざした。 その手に強力な魔法の力を感じ、カリンは必死に叫ぶ。 「ヴィオ、神様に何をされたの!?一緒に、アッシュ様やローリエも説得して、地上へ行こうって言ってたじゃない!! メイプルにあんな酷いことをした神様の言うことを聞くだなんて…私を逃がしてくれた後に、一体何があったの…!?」 「酷いことだなんて、あなたこそ何を言っているの?神様の命令を聞けないような失敗作に、用があるわけないじゃないの」 「そんな…」 「おい、ちょっと待って」 ヴァイオレットの言葉に衝撃を受けているカリンの横から、ベルが進み出た。 さり気なくカリンを自分の背後に回らせてからヴァイオレットを見上げる。 「癒しの司に、ってことは…俺のことも殺す命令を?」 「まあ、あなたは…ベルじゃない」 ヴァイオレットは面白そうに目を細めた。そして含み笑いをしながらゆっくりと首を振る。 「まさか。これに殺してもらうのはバルカローレの皇帝に継がれている太陽の祈りの力を持つ者よ。 それともそこの子…レグルス、あなたは神様の意思に従って生きるつもりはあるのかしら?そうしたら、助けてあげなくもないけれど」 「え、な、なに…?」 急に自分に話が振られてレックは目を瞬かせて自分を指差した。 「お、俺が?ちょっと待てよ、神様の…意思って、なんだよ…?」 「まあ、この前神様が直々に人間たちに宣言して下さったじゃないの」 ヴァイオレットは呆れたように目を丸くしている。カリンはベルの背後からレックに言い聞かせるように静かに言った。 「レック、神様の意思というのは…人間を全て滅ぼし、神様に選ばれたわずかな人だけが神様の完全な管理下に置かれて生かされるということなんです…」 「はあ!?」 「そうよ。異分子を排除し、この大陸をテラメリタへと変えるの。最も合理的な方法でね」 「いや意味分からん…」 意味は分からないがヴァイオレットの言っていることが非常に危険なことは分かり、レックは左の腰にかかっている剣の柄に手をかける。 だが戦うことになったとしてどうしたらいいのかが分からなかった。カリンの友人だというこの子を、攻撃してもいいものなのか。 「おい、カリン…どうすればいい」 「…それは…」 「戦うしかないだろ。レック、このままじゃ何もできないで凍らされておしまいだぞ」 そう言ってベルは懐からファシールを取り出し、右手の甲へ止まらせる。そして手を軽く上へ持ち上げてファシールを跳ねさせ、目の前に静止させた。 「…風よ、奏でよ壮麗なる旋律…」 「待ってください!!」 両手を広げて魔法を詠唱し始めたベルの腕にカリンが飛びつく。ベルの声によってファシールに一気に集まり出した強力な風の魔法の力が、 四方へ弾けるように散っていった。その反動でベルを中心に周囲に強風が起こり全員が風に押されてバランスを崩す。 「わっ…ちょっとカリン、危ないだろ!」 魔法を中断させられたベルは慌てて意識をファシールから周囲の状況へと戻した。 カリンは必死にベルの腕にしがみついており、ファシールがどうしたらいいのか分からないという様子でベルの周囲を回り始める。 カリンが腕を掴んだまま離そうとしないので、ベルはヴァイオレットから距離を取るために後ずさった。 「もう…!」 「ヴィオ、私の声が聞こえる…?」 ベルに引っ張られてヴァイオレットに背を向ける格好になっていたカリンは、ゆっくりと振り返りながらヴァイオレットに尋ねる。 高いところから全員を見下ろしているヴァイオレットは不思議そうに首をかしげた。 「聞こえているわよ?何を言っているの」 「あなたにじゃない…私はヴィオと話したいんです」 「まあ」 口に手を当ててヴァイオレットはくすくすと笑う。 「よく分かったわねぇ…ええ、今はこれを通じて私がしゃべってるだけよ。記憶も封じてあるしパッチも全部抜いて初期化されたも同然のただの人形。 …ただし、今までの比較にならないほど強力にしてあるけどね」 「やっぱり…!」 カリンはベルから離れてヴァイオレットに向き直った。 「ヴィオ!私!カリンよ!!しっかりして!!」 「無駄よ、他の存在と会う前の状態に戻してあるのよ?あなたとの記憶もあるわけないじゃない」 「…神様、あなたは…!」 カリンは震える声でそう言って手をぎゅっと握り締める。それを聞いていたランが、きょとんとした表情で後ろから顔を出した。 「神様?」 「あっ…ちょっと、ラン!」 ととっ、と走り出してランはカリンよりも前に出てしまいヴァイオレットと相対する。そのままじーっとヴァイオレットの顔を見つめた。 「いや…違わない?別人じゃない?」 「ラン、危ないですって…!」 「カリンだって近くにいるのになんで俺だけ危ないんだよぉ」 「そうじゃなくって…!!」 ヴァイオレットの行動に注意を向けながらもカリンは素早くランを背後に隠す。それでもなんとかヴァイオレットを覗き込もうとしてランは背伸びをした。 「なー、神様なの?ねえねえ!」 「あなたは…ラン…?!」 ランの顔を認識した瞬間、ヴァイオレットの顔が青ざめる。 「どうしてここに…帰ったんじゃなかったの…?」 「だってレンと一緒がいいんだもん。なっ、砂時計はできたのー?」 「……」 ヴァイオレットはランから目を逸らし、片手で自分の肩を抱いた。詰まらせていた息を吐き出し、首を振る。 「…ま、いいわ…久々に地上を見られたし、これで一旦切りましょう」 そう言うと、ヴァイオレットは目を閉じて両手をだらんと投げ出した。 「今度こそ、神の意思のままに。プログラム通りに動いて、帰っていらっしゃい」 呟くように口を動かした後、ヴァイオレットはゆっくりと顔を上げる。目を開いたがその瞳には何も映していないようで、 表情から感情が全く伺えなかった。 「うわ!!」 気づけばヴァイオレットは一瞬で床へ飛び降りてレックに駆け寄り、目の前まで移動していた。 そしてヴァイオレットは赤紫色に光る魔法の力を帯びた手を振り下ろしたが、レックはギリギリでそれを避ける。 ドーン、と音が辺りに響き、硬い石の床が砂煙を上げてえぐれてしまっていた。 「ひええ…」 「レック、逃げてください!!」 「に、逃げるったって、どこへ…?下の階…!?」 ヴァイオレットは攻撃が直撃した床を見つめていたがしばらくしてゆらりと顔を上げて、 下へ続く階段へ向かおうとするレックに先回りして階段へ向かって駆け出す。 「待てっ、おい……うわっ!」 ベルがヴァイオレットを止めようと腕を掴んだが抵抗する力がものすごく、あっという間に振り払われてしまう。 レックが到達する寸前に素早く階段へ辿りついたヴァイオレットはそこで足を止めて周囲を見回した。 「……」 カリンとベル、そしてレンと何が起きているのかよく分かっていない顔をしているランがヴァイオレットを取り囲んでいる。 レックも剣を抜いてこちらを見据えていた。ヴァイオレットは表情を険しくして視線を左右に動かす。 多勢に無勢で状況が不利だという結論に至ったのか、右手を上に向けてそこへ意識を集中し始めた。 「…凍らせる…」 静かにそう言ったかと思うと、ヴァイオレットの手の中に「凍結の牙」が現れる。 それを見たレンとカリンは はっとして身構えた。 「あ、あれは…!」 「…なるほど、レグルスを凍らせることにしたんだね。殺そうとするんじゃぼくたちが止めにかかるから確実じゃないことが分かったんだ。 凍結の牙なら、一度刺せばそれでおしまいだし」 レンは冷静にヴァイオレットの手にある凍結の牙を見て分析をする。それを聞いたカリンは意を決したようにレンに一歩近づいた。 「レン、私が行きます…ヴィオがこうなってしまったのは、私のせいだから」 「…カリン」 驚いたようにレンは目を見開く。一歩進み出たカリンの右手には、凍結の牙が握られていた。 |