ランは ちょっと持ってて、と大量のパンをレックに渡そうと近寄る。取り落としそうな量だったのでカリンも駆け寄って二人で分けて持った。 どこからともなく取り出した白い風呂敷を芝生の上に広げ、そこへパンを置くように手で促す。

「…よいしょ」
「これでいいのでしょうか…?」
「ありがとー!よいせ、よいせ」

ランは手早く風呂敷でパンをくるみ、結び目を片手で持ってから空いている方の手を高く上げた。

「じゃ、俺の隠れ家まで競争ー!!ついて来いよーっ!!」

ランの声が響くと、辺りに上から吹きつけるような風が巻き起こる。それと同時にランの体が以前と同じようにふわりと浮き上がった。 そのままどんどん高度を上げていくランを呆然とレックたちは見つめていたが、ランの おーい、という声にはっと我に返る。

「置いてっちゃうぜー?よーい、ドンっ!!」
「お、おい、待てよ!ベル、早く…!!」
「わわ、分かってるって!!」

ベルは大慌てでファシールを取り出して背中に乗せた。ファシールの羽ばたきによって浮かんだベルは両手をレックに差し出す。 それを見てカリンも焦って頭に止まっている蝶を触ろうとした。

「待って、蝶よりぼくのマグノリアの方が早いよ。この前みたいに一緒に飛ぼう」
「は、はい〜…」

レンの鳥のマグノリアにつかまり、レンとカリンも空へ舞い上がる。見ればランはもう大分遠くへ行ってしまっていた。 十分な高度をとったベルとレンは、ランの後姿めがけて高速で飛び始める。

「おーい、ラン!待て!!もうちょいスピード落とせ!!」

レックの悲痛な声が聞こえるわけもないランは、楽しそうに猛スピードでラネスコの町から南に向かって飛んでいた。

「コルミン、みんなついてこられるかなぁ?ははっ、楽しみ!もっと急いじゃおうか!!」






「ど…どんだけ飛んでるんだよ、海に着いちゃったぞ…!」
「ランが止まらないから仕方ないだろ、一直線だから帰るなら反対方向に飛べばいいだけだし」
「そうだけど…ずーっと顔に風が当たってるから感覚おかしくなってきた…」

ランの後姿を見ながら、ベルに後ろから抱っこされているような体勢でレックはひたすら飛び続けていた。 後ろからはレンのマグノリアもついてきている。時折楽しそうにランが振り返るが特に何も言わず、 空のハイスピードな追いかけっこは続いていた。

「あのう、レン…こんなときにお話しすることじゃないのですが〜…」
「なに?」
「その……」

ずっと言おうか言うまいか悩んでいたが、カリンはついに決心してレンに話すことにした。 自分が見てきたことを、レンにも知ってもらおうと思ったのだった。

「レンも止めてくれたのに、勝手にアッシュさまのお屋敷へ帰ってごめんなさい…」
「…別に、謝るようなことじゃないよ」
「ど、どうしても、呪いを中断させなければと思ってしまいまして…」
「無事に帰ってきたんだから結果的によかったんじゃないの?…それに」
「なんです?」
「…帰らないほうがいいなんて頭ごなしに言って、ごめん。カリンの感情を考慮に入れてなかった」
「そ…そんな…」

そう言ってレンは顔を背ける。二人で同じ鳥の足につかまっているのであまり大きな動きは取れないが、 カリンはレンがどんな表情をしているのか想像がつかなかった。

「それで…ヴィオにも会いまして…」
「そう…」
「メイプルにも…」
「…うん」

カリンの声色から、なんとなくよくないことが起きたのだということを察してレンの声は低くなる。

「ヴィオも、命令や神様に疑問を抱いていて…メイプルと一緒に逃げようとしていたんです」
「…へえ」

あのヴィオが、とレンは少し目を大きく開けた。

「なるほどね…結局、メイプルが楽しそうに作ってた「マグナカルテット」はみんな反逆しちゃったわけなんだ」
「そう…なりますね……でも…」
「でも?」

この先を言っていいものか、知らないままでもいいのではないかとカリンは一瞬考えたが、 話すと決めたのだから、知ってもらわなければ、と自分を奮い立たせる。

「ヴィオと二人でメイプルを探しているときに、シャープ姫の部屋にメイプルや神様が入っていきまして… ずっと外で話を聞いていたのですが、しばらくして神様が出てきて…それで…」
「……」
「ローリエが…ぐったりしたメイプルを抱えて、部屋を出て行ったんです…メイプルの首の下からは 花びらがどんどん溢れ出ていて…そ、それで……メイプルの体全体が花びらになって…消えて…しまったんです…」

カリンは恐ろしい光景を思い出して震える声でなんとかそう言った。 話している間は前を見ていたレンだったが、話し終えたカリンの方を向いた。

「…そっか」
「……あのう」
「なに?」

どんなことにも割と動じないレンだが、メイプルのことなら動揺するだろうとカリンは思っていた。 それに、自分たちと同じような存在であるメイプルの死の様子についても思うところがあるだろうと思っていたので いつものレンの淡白な様子にカリンの方が戸惑う。

「いえ…その…」
「ぼくは処刑された者だもの。今更、アッシュさまのお屋敷で起こったことやメイプルについて、なにも思わないよ」
「そ、そうです…か…」
「カリンも、そんなことで怖気づいちゃダメだよ。アッシュさまのお屋敷を自分の意思で出てきて、 苦労してかけた呪いをレグルスのためにわざわざ止めてきたんでしょ」
「……はい」

レンの言葉に、カリンは少し悲しくなった。

「……」
「…ねえ、カリン」
「は、はい?」
「呪いを中断させてきたんだよね」
「そうですね、あと少しで蝶が死んでしまうところでしたけど解呪を施したので2匹とも呪いとは繋がってません」
「ってことはさ…もう、聖獣の涙で呪いを解く必要はないんじゃないのかな。ランについていって、何の意味があるんだろう?」
「………あ」

二人は根本的なところにようやく気づいたが、かなりの速さで飛んでいる今の状態ではレックやベルに声が届きそうもない。 言い終わってからそういえばベルが聖獣を探してるんだっけと思い出したが、前を飛んでいるベルがスピードを急に落としたので思考を中断させた。

レンの鷹のマグノリアはレックとベルの姿が近づいたことに気づいてすぐに前進をやめ、空中に羽ばたいたまま静止する。 前を見ると、ランが嬉しそうに両手を広げてこちらを見て笑っていた。

「すっげー!みんなついて来られちゃってるじゃん!今まで、ついて来いって言っても誰もここまで来られなかったんだぜ!すごいな!!」
「…そりゃな。誰が来られるんだよ、こんな海のど真ん中に」

ボサボサになった髪を片手で撫で付けながら、レックが恨めしそうに言う。ベルも服の乱れを何とかしたかったが、 レックを両手で支えているのでどうしようもなかった。

「じゃっ!俺の隠れ家にごしょうたーい!コルミン、門開けて!!」

そう言ってランはパンがいっぱい入った風呂敷を持った手を振り上げる。すると、ランの背後に大きな何かの影が現れた。 その影の淵が白く光ったかと思うと、見る見るうちに巨大な獣の姿に変わっていく。

「……?!」

一同はその獣の姿を見て絶句した。赤い翼をもつ白い巨大な獣、「聖獣コルミシャーク」がそこにいたのである。

「せ、聖獣…コルミシャーク…!!」
「コルミン、みんなを塔に入れちゃっていいよなー?レンもいるし!」

コルミシャークは金色の大きな目をきょろっと動かしてレックたちを見た。獣のあまりの大きさに、レックたちは恐怖さえ覚えていた。 姿こそ凶暴そうではないものの、知っているどんな動物よりも巨大で口を開けたらひと飲みにされそうなほどである。

大きな赤い翼を羽ばたかせ、コルミシャークが高く飛んで一回転をすると、 先ほどのコルミシャークが姿を現したときのように海の上に塔のような建物の影が現れた。 塔の淵から光で覆われていき、ついに水面から高く伸びて見上げるほどの塔が海のど真ん中に出現する。

「これが…ダイアンサスの塔…?」

外側には螺旋状に階段があり、ところどころに窓が開いた細い円錐型をした塔。頂上は広く平らになっていて、 コルミシャークはそこへ着地した。次々にベルやレンもその広間へ降り立つ。

「よっ…と。あー、久々の地面…」

今までの浮いていた体の感覚から開放され、レックは石でできた床でジャンプした。 両腕でランを掴んでいたコルミシャークはそっとランを下ろし、四足でのしのしと歩き出す。

「お、おい?どこ行くんだ…?」
「コルミンは寝る時間ー。なっ、俺の隠れ家すっごいだろ!案内するからついてこいよー!」
「ちょっと…!!」

ランは言うが早いか階段に向かって走り出してしまった。塔の頂上の広間には大きな下り階段があり、 そこをランはあっという間に駆け下りていく。レックたちは慌ててその後を追いかけた。

「おーい!もう、なんなんだよ!!待てってば!!」
「ま、待ってください〜…!」

そのみんなの後姿を、レンは走り出そうとせずにただ見つめていた。

「……」

遠くへ視線を移せば、青い大海原が広がっている。飛んできた方向を振り返ると、遠くにバルカローレの山々がうっすらと見えた。 それをしばらく見つめた後、首が がくん、となるぐらいの勢いで上を向いた。

「生きていれば、いつかまた会えるんじゃないかと…思ってたのに……」






「おい!このワケわかんない建物の説明はいいから、ちょっと落ち着け!俺たちには時間がないんだって、言ってるだろ!!」
「あ、あの〜…そのこと、なのですが…」
「なに!じゃ、なくて…あ、なあに?」

ランは追いかけっことかくれんぼの要領で塔の中を走り回って自分を追いかけさせ、部屋を紹介して回っていた。 部屋といっても人が住めるような家具が置いてある場所はそんなになく、一つ一つの部屋がとても大きくて ここが何のための塔なのかはレックたちにはサッパリ分からなかった。

大量の巨大な歯車がガガガと音を立てながら動いている部屋や、 魔法の力で動いていると思われる機械のようなものがひしめいている部屋などもあり、 カイさんが見たら喜ぶだろうななどとレックは考える。

上へバタバタ、下へバタバタと駆け回りまくり、ついに絨毯とテーブルのある割とまともな「部屋」にたどり着いたときに レックがランを後ろから捕まえたのだが、それでも逃げようと動き続けて落ち着きのないランにいらつき カリンの発言に思わず大声で返しそうになってしまった。

とっさに謝り、我に返ってなるべく優しい表情でカリンの顔を覗き込む。

「なんかあったか?」
「ええと…私、先ほど…呪いを解いてきたんです。だから、解呪は必要ないんですって…言いたかったのですが…」
「………え」

カリンが「アッシュさまのお屋敷」へ戻ったのだったら当然目的はそれだったはずなので、どうしてそれを結びつけて考えられなかったんだろうと レックは呆然としてしまった。だとすると、もう「聖獣の涙」は必要ない。そうなると、聖獣と会う理由が変わってきてしまう。

「…おい、ラン」
「なにー?離せよぉ〜」
「追いかけっこはおしまい!あのな、俺たちがランについてきたのは聖獣に会わせてくれるっていうからだったんだけど」
「うん、会えただろ?俺のおかげだろ〜?な、コルミンに会って何がしたかったの?」
「呪いを解く効果があるっていう、「聖獣の涙」をもらおうと思ったんだ」
「へぇ〜、よく知ってるなぁそんなの。元気ない人がいるの?」
「俺のお姉さんが死にそうだったんだ…けど、呪い自体はもう解かれてるから「聖獣の涙」は必要なくなった」
「よかったな!」
「…でも」
「んー?」

レックに後ろから両腕をつかまれて宙に浮かんでいる体勢のランはレックの表情を見ることはできなかった。 呪いが解けたといっても、衰弱しきっている二人、特に皇帝セルシアの方は体力的に危険だろう、という考えがレックを焦らせている。

「呪いが解ける道具があるならさ…体力を元に戻すようなものとか、ない?」
「体力を元に戻す?元気出すってこと?」
「まあ…そんな感じ」
「あるぜー!って、コルミンが言ってた!なんだよ、それがほしいの?」
「あるんだ…で、できたらいただけますか」
「コルミンに聞いてみる!!」

レックが腕の力を緩めたので、ランは絨毯の上にぴょん、と降り立った。あ、それと、とレックは今に走り出してしまいそうなランを止める。

「ま、待って、それとベルも聖獣に用事があるんだろ」
「…え、俺?」
「最初にそう言ってたじゃん、聖獣を探してるって」
「言った…けど、うん」
「そーなんだ!」

ランが横から嬉しそうに叫びに近い相槌を打った。そしてぐいぐいとベルの服を引っ張り始める。

「お、おい、引っ張るな!」
「じゃーコルミンのとこ行こうぜ!競走ー!!」
「競争はダメ!!走るなもう!!」
「あ〜…もう、離せよぉ」
「やっぱ離しちゃダメだったな…ほら、手」
「えぇ〜…手を繋ぐなら、レンがいい」
「…ぼくはやだよ」
「そんなこと言うなってぇ〜」

レンから冷たく断られてもランは全く気にしていない。差し出されたレックの手を大人しく掴んで少し落ち着きのない様子ではあるが 普通に歩き始めたので一同はそれについていった。

先ほど駆け下りてきた階段をゆっくりと上りながら、レックはやっとランとまともに話せそうだな、と考えて質問を投げかけてみることにした。

「なあ、ラン」
「なにー?」
「お前さ、レンの兄だって言うなら今までどこにいたんだ?両親はいるのか?」
「んー、いるんじゃん?でもよくわかんない!」
「曖昧だしいい加減な…」
「俺とレンは、全然違うとこにいたんだけど引っ張って連れてこられたんだって!それで、コルミンが俺たちのこと探しに来たって言ってた!」
「……は?」
「んで、俺だけ空から落とされてコルミンがキャッチして、ずーっとレンを探してたんだぜ!」
「……分からん」
「なんでだよぉ〜」

俺の説明、完璧だろっ?と、ランは満足そうに笑顔を浮かべながら歩いている。だが、後ろを歩くレンは正反対の表情をしていた。

「違うところに、いた…空から、落とされた…そのときの記憶ってあるの?」
「あっ、レン!お兄ちゃんのことに興味持っちゃった?うれしー!」
「…うるさいな、質問に答えてよ」

その顔で馬鹿みたいな発言しないで、とレンはいらいらした様子で首を振る。

「実は、あんまし覚えてないっ!」
「……」
「でもコルミンが言うには、レンが落とされるはずだったんだって!」
「……なにそれ。っていうか、キミは聖獣と意思の疎通がちゃんとできてるの?」
「なんとなくわかる!」
「………」

レンは頭痛がしてきたような気すらしてきた。

階段を上り続けていたが、ランが先ほど下りてきた階段から途中でそれて、広い廊下を歩き出したので皆でそれについていく。

「おい、さっきの屋上みたいなところに戻るんじゃないのかよ?」
「コルミンが寝てる部屋はこっち!コルミンは階段下りられないもんな〜」
「…はあ、聖獣専用のでっかい通路でもあるのか…?」

木でできた重そうな扉が現れ、それにランが手をかけてよいしょ、と押し始めた。しかし扉はあまり動かず、全員で横に並んで手伝うことにする。

「せーの…!!」

部屋の中の空気が動く感覚と共に、分厚い扉が奥に向かって開いた。部屋の中はだだっぴろく、高い位置に窓が等間隔についていて そこから幾筋も光が差し込んでいる。部屋の奥は段になっており玉座のような椅子が置かれていた。

「なんだここ…」
「ほら、あそこからコルミンは降りてきて、ここで寝るんだ〜」
「へえ…」

ランが指差す天井にはまん丸の穴が開いており、そこから差している光が最も強いようである。 その光の真ん中に、コルミシャークは丸くなって赤い翼を折り畳んで眠っていた。

「…なんか、こうやって見るとちょっと神々しいかも」
「おーい、コルミーン!」
「遠慮ないな…」

ランはコルミシャークに大声を上げながら駆け寄っていく。足音とその声に気づいたようで、長い尻尾が体から離れるように動いた。

「な、コルミン!息吹!息吹出して!!」

そう言いながらランはゆさゆさとコルミシャークの腕を揺らすがそれでも起きないので、顔をぺちぺちと叩いて呼びかける。 そこで、あっ、と思い出したように声を上げた。

「おーい!えっと、ベルも来いよ!コルミンのこと、触りたかったんだろ?」
「別に触りたかったわけじゃ…」

手招きされたベルもコルミシャークに近づいていく。近づけば近づくほど、改めてその獣の大きさを実感して圧倒されそうだった。

「でっか…」
「ほら触っていいぜ!」
「ランの許可で触っていいものなのか…?」
「だいじょぶ!コルミン優しいから!俺が遠い町に行きたいって言ってもちゃんと連れてってくれるし、迎えに来てくれるんだぜ!いーだろ!」
「いいな〜……うん、あのさ、ラン」
「起きろ起きろコルミン〜…え、なに?」

コルミシャークの指の間に手を入れて揺らして起こそうとしていたのをやめて、ベルを見上げる。 ベルはランから視線を逸らしており、言いづらそうな様子だった。

「なになに?」
「あのさ…聖獣の、羽毛って…もらえる…?」


    






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