「わ・・・わかんない・・・肩が、いたい・・・」
「ちょっと、見せてみなさい」

服の前の合わせを外してフィルの肩を見てみたが、特に何もない。強く掴んでいる手をどけるも、その下には異常がなかった。

「・・・どういう風に痛いんだ・・・?」
「え・・・なんともないの・・・?い、痛い・・・」
「傷はおろか熱も持ってないし、跡も何もないぞ・・・」
「血が出てるんじゃないかって思うぐらい痛いし、熱い・・・」

怪我なのか病気なのか、カイは目の前で苦しんでいるフィルを何とかしようと必死に考えた。

「石灰沈着性腱板炎・・・なわけないな、子供なのに・・・」
「あ・・・あのね、お父さん・・・前にもあったんだ、こういうこと・・・が・・・」
「前にも・・・?!」

呼吸を何とか整えながら、フィルが言った。カイはフィルを椅子にもたれさせて、楽な体勢になるように動かす。

「何度かあったんだ、小さい頃から・・・急に膝が痛くなったり、頭の後ろが痛くなったり・・・一番最近のは腕が痛くなったことかな・・・でもやっぱり体にはなんともなくて・・・」
「な、何なんだろう・・・そんな病気、聞いたことないぞ・・・」
「・・・・・・大丈夫、ちょっとずつ・・・おさまってきた・・・」

そう言って自分の力で身を起こして机に両腕を置いた。しばらくカイは手の行き場を失っておろおろしていたが、ゆっくり安定して呼吸しているフィルの様子を見てやっと安堵の息を吐き出した。

「謎の不治の病だったらどうしよう・・・?」
「いや、そんなあちこち急に痛くなって急にそれが和らぐ病気なんて一切聞いたことがないぞ。過去にも例がないし・・・病院でMRIでも受けたら分かるかな」
「・・・え?なんて?えむ・・・あーるあいってなに?」

フィルがまだ違和感のある肩を何となく撫でながら聞き返したとき、扉がドンドン、とノックされた。

カイが どうぞ、と言い終るか否かぐらいのタイミングで扉が勢いよく開いた。

「フィル、いるかー?ばあちゃんが饅頭作ったから一緒に食べないかって・・・」
「これ、レック。お返事もないのにいきなり扉を開けちゃダメじゃないの」
「あ、そうだったゴメンなさい。カイさん、食べます?サツマイモのお饅頭」

レックが持っているお盆の上には白い布巾がかかった黄色いお饅頭が4つ並んでいる。カイはカンナのための広めの椅子を用意して、二人を招き入れた。

「ありがたくいただくよ。カンナさん、どうもありがとう」
「いえいえ、おイモは頂き物でねえ。ちょっと作ってみたらたくさんになっちゃったから」

よっこらせ、とカンナはゆっくりした動作で椅子に腰を下ろした。二人の分のお茶をいれてきます、とフィルは立ち上がる。

「カンナさん、紅茶でいいですか?」
「はいはい、ありがとうねえ」
「俺は緑茶がいいー」
「・・・ワガママ言わないの、みんなで紅茶飲もうよ」
「あ、少数意見を無視するなよ」

そう言いつつもレックはくすくす笑いながらフィルの後姿を見やった。

「・・・あれ、フィル?腰帯ずれてるぞ」

さっきの騒動で取れかけてしまっていたフィルの腰帯を直すためにレックは立ち上がった。二人でそのまま台所に入っていく。

カイはテーブルで向かい合ってカンナと話し始めていた。

「さっきずれちゃったんだ・・・ゴメン、手が離せないから結んでくれる」
「さっきって、なにかあったのかよ?」
「うん・・・ほら、たまに学校でもあったでしょ。急に体が痛くなって」
「ああー・・・」

腰帯を強めにリボン結びにしながらレックは頷いた。

「授業中に急に痛がったりしてたな。カイさんは何の病気か分かったか?」
「ううん・・・そんな病気聞いたことないって・・・。ぼくすごく健康だと思ってたのに、ヘンな病気だったらどうしよう・・・」
「病気なのかなあ・・・?」

帯を結び終わって上体を起こしたレックは、フィルが向かっている台所を見てぎょっとした。

「お、おい・・・なんだその装置?」
「これ?これはお父さんが作った・・・いつでも安全に火を起こせる機械だよ。こっちで火花を散らして火をつけるんだって。 それで、この鉄のわっかの上にヤカンとかを置いてお湯を沸かすの。あとこれはお湯がいつまでも冷めないポット」
「なんだそりゃ・・・魔法みたいな瓶だな・・・」
「すごいよね、こんなの作っちゃうなんて。多分どこの国よりも進んだ技術なんじゃないかな・・・」
「一体どこからそんな知識は来るんだ・・・?本に書いてあるわけないよな」
「うん・・・」

フィルはお湯を注いでいるポットの先を見ながら、レックは茶筒のフタを開けながらしみじみと考える。しみじみと考えはしたが、答えは出てくるはずがなかった。

「天才の考えることはよく分かんねーや・・・フィルも十分頭いいけど」
「そりゃお父さんの息子だからね。でもお父さんみたいにはなれないよ」
「いいよ、あんなすごい人は一人だけいれば十分だって・・・」

そう言った瞬間、カイたちの方から話が弾んでいるのか笑い声が聞こえてきて二人は顔を見合わせた。早く行こう、と目配せをしてお茶と湯飲みを持って二人のもとへ向かった。






「ここか!!」

カイは突然、馬車の中で叫びを上げた。片手には、紫苑の伝承書の写しが握られている。

ハープの町の領主、ロネイズ・ディミヌエ・ハイド伯爵が開いた舞踏会の招待状が王宮にも届き、国王であるシャンソンの代わりにカイとフィルがそこに向かっていた。

向かい合って座っていた親子だったが、カイの叫びにフィルはぎょっとした。フィルの隣にはレックも座っており、眠いのかうつらうつらと舟をこいでいたがカイの声に驚いて飛び起きた。

「ど、どうしたの、お父さん・・・?」
「何かあったんですか!?」

フィルは13歳、タン・バリン学園の中等科の2年生になっていた。そのパパであるカイは、今年で20歳の誕生日を迎えようとしている。

「この文字はよく出てくるから解読表がなくても分かるぞ・・・なんだ、違うじゃないか!」
「な、なにが?って言うか車酔いしない・・・?大丈夫?」
「ほら、ここだ・・・いや、読めないか。とにかくだ」

開いて見せた紙をペシペシ叩いて珍しくイラついた様子を見せている。フィルとレックは紙に視線を落としてみたが二人には一文も、一文字も読めない。

「このページにはなんて書いてあるんですか・・・?」
「ここにはコンチェルト国に関する予言が書かれている。私のことについて、だな」
「カイさんのことについて・・・!?」
「お父さんのことって、なんて書いてあるの?!」

二人は狭い馬車の中で身を乗り出した。

「10年以上前、フィルを育て始める少し前だな。私はまだ紫苑の伝承書を全く読めなかった頃、父上と母上からお呼び出しを受けたことがあった。そのときにこのページのことについて話されたんだ」

カイは足を組み替えてから、手の中にある紙の束をくるくるとまとめた。

「「シャンソン大公の次の代の王子は子を成してはならない、その子は時を崩れさせる」という内容だった」
「・・・時を・・・」
「崩れさせる?」

どういう意味だろう、とフィルとレックは顔を見合わせる。

「シャンソン大公、私の父上の次の代は私だ。その子が子を成せば時が崩れると。まったく理不尽極まりないと、私はこの予言を聞いたときに憤慨したものだったのだが・・・」

再び ばっ、と紙を開いて一文をまた指でベシベシ叩く。

「解読したのは誰だったのやら・・・「シャンソン大公の王子の子は時を揺り動かす」と書かれているんだ。全然違うじゃないか!意味はまだ分からないが語句の解読は誤りだ。 そもそもこれのどこが私が子を成してはいけないという理由になるのだか」

ふう、とため息をついて勢いよく椅子に深く座った。だが力説するカイの言葉の意味が分からずフィルとレックは止まったままである。

「しかし、今となっては当時の解読班たちに感謝しなくてはな。私が普通に花嫁を迎えていたら、フィルは私の息子になることはなかったんだ。フィルを誰かに取られるところだった、危ない危ない」

まだきょとんといているフィルの頭をわしわしと撫でる。思考が全くついていっていないフィルはされるがままに撫でられ、レックはその様子をぽかんと見上げた。

「さて、二人を舞踏会に連れてきたのは意味があるぞ。年齢の違う人とも友好的に会話を出来るようになりなさい。 年齢が近くなければ友人になってはいけないということはない。社交性を身に着けるお勉強だ」
「は・・・はい」
「分かりました・・・」

二人は思わず畏まって頭を下げた。

「女性に対する振る舞いも気をつけて毅然とした態度をとらなくてはいけないぞ。今日の招待客は、二人より少し年上か、同い年ぐらいの女性が多いからな。 それと、まだ子供だからという甘えは許されない。誰に対しても失礼のないように細心の注意を払いなさい」

フィルとレックは同時に黙って頷くと、カイは満足そうに腕を組んだ。馬車の窓から見える景色は既に陽が傾いており家々が真っ赤に染まっている。

「いつかこんなパーティを、私も開く日が来るのかな・・・」

何となく寂しそうに小さな声でカイは呟いた。

そのとき。

「うわ?!」
「な・・・なに!?」

突然、馬車が停止した。フィルとレックは前のめりになり、カイは椅子に強く押さえつけられた。カイたちを乗せている馬車は前後で護衛に守られているが、前の馬車が止まったため3台がすべて止まったらしい。

なんだろう、と中にいる3人は目を瞬かせたが、叫び声が外から聞こえたためフィルが半分扉を開けて外を覗いた。

「・・・あっ!!お父さん、あれ・・・!」

驚きの声を上げたフィルの後ろからカイとレックも顔を覗かせた。なんと、馬車の前に巨大な白いサカナが横たわっていた。

そのサカナは何人かの護衛たちと向かい合っていて、サカナがヒレを動かすたびに白い光の魔法がいくつもの方向に飛んでいくのが見える。

「レック、浄化獣だよ・・・」
「ホントだ、あれがそうか!でっかいなあ〜・・・」

サカナが暴れるたびに地面が揺れるのが伝わってくる。何とかしようと護衛たちは立ち向かうが、不意に飛んでくる魔法の攻撃のため近づくこともままならない様子である。

「よーしフィル、俺達で何とかしてやろうぜ」
「え・・・何とかできるかな・・・」

レックはベルトに掛かっている剣の鞘に手をかけて扉の外に出て行った。フィルも一緒に出て行こうとするので、カイは大いに慌てた。

「ちょ、ちょっと待て!二人とも危ないだろう、ここにいなさい!!」
「俺達も戦えますって!カイさんはここで見てて」
「みんなに任せておきなさい、何かあったらどうするんだ!フィルも座ってなさい」
「で、でも・・・」

既に馬車の外に出てしまっているレックと、半分立ち上がって制するように手を伸ばしているカイを交互に見て、フィルはおろおろしながら悩んだ。

「お父さん、あのサカナは動きも鈍いみたいだし懐に入り込んだら攻撃できると思う。ある程度ダメージを与えられたら光になって消えちゃうって聞いたことあるし、 ぼくたち二人で行けばきっと退治できるよ。危ないと思ったらすぐ逃げるから、待ってて」
「・・・・・・。」

フィルの言葉にガーン、とショックを受けたカイは、そうか、と力なく手を下ろした。そしてそのまま手を荷物が入っている袋に持っていき中身をガサガサと探った。

「・・・じゃあ二人とも、これをつけなさい」

カイの両手にはそれぞれアクセサリーが乗っていた。レックも扉から中を覗き込む。

「・・・なんですか、これ?」
「指輪・・・?」

フィルに金色の輪の先端に黒い丸い石がついた指輪を差し出した。

「これは闇の力を封じてある石だ。浄化獣の攻撃の威力を弱める。レックはこっちだ」
「は、はい・・・」

レックは渡された幅のある金色の輪に同じような黒い石がついた腕輪をはめた。まじまじと腕にピッタリと装着された腕輪を見つめる。

「浄化獣が光の魔法を撃ってきたらその石を前にかざして身を守りなさい。・・・外ではかなり苦戦しているみたいだ、早く加勢しておいで」

何人かの怯えたような叫びが聞こえてきて、カイは力なく手を振った。フィルとレックは顔を見合わせて頷き、浄化獣の方に一気に走っていった。



「わっ!!」

遠くから飛んできた光の魔法をフィルはとっさにしゃがんで避けた。

馬車がギリギリ2台すれ違えるぐらいの道幅しかない林の中の道なので、巨大なサカナが道いっぱいに広がっていると非常に邪魔である。

「フィル様!?危険です、馬車にお戻り下さい!」

フィルもよく知る護衛の青年が、フィルの声に気づいて振り返った。駆け寄りながらフィルは大声で言った。

「大丈夫、お父さんに許可はもらってあるから!・・・レック、後ろに回り込もう」
「よしきた」

走りながらレックと左右に分かれてフィルはサカナの目の前まで走り寄った。

サカナは赤い瞳でフィルをじっと見つめたが、フィルも負けじと睨み返す。ヒレを大きく振り上げた瞬間、フィルはその隙を突いて両手のひらを相手に向けた。

「風よ、切り裂き貫く刃となれ・・・ウィンド!!」

素早く放ったその魔法はサカナの額にまともに当たり、その衝撃により巨大なその体が地面に引きずられるように後ずさった。

「レック!」
「分かってる!!」

いつの間にかサカナの体を越えて向こう側に移動していたレックは、尾びれからサカナの体を駆け上がり空中から一気に剣を振り下ろした。

深々と体に突き刺さった剣をそのままにして、レックは空中で一回転してフィルの近くに着地した。サカナの背から白い光が溢れ出て、体全体が輝きだした。

しかし、その時。

「あっ・・・」
「危ない!!」



    






inserted by FC2 system