思わずリアンは間の抜けた声を出してしまった。

「ご、ご子息がローズマリーの実の子かもしれないということが…?」
「どうでもいいですね。フィルは私の子ですよ。あの子は生後間もない状態で捨てられていたところを私が拾って今日まで育ててきたんです。 最近会えなくて寂しいですけど、友人のところにいるとのことなので心配はしていません。ああそれで、フィルの生みの親が判明したとしても 何も変わりません。大体、フィルを拾ったその日から長期間、親を散々探したんですから。それでも名乗り出てこなかったのだからそれまでですよ。 フィルが「本当の母親」と一緒にいたいなどと言う訳がないし、私こそが「本当の父親」です。フィルだってそう言うでしょう。 確認するまでもありません、分かってますから」
「それは……素晴らしい、ことですけれど」

自信満々につらつらと話すカイにリアンは感心してしまう。ララシャルを教育係に任せすぎてはいないだろうかと急に不安になってしまった。

「それで?リアン殿が見たこともない状態でいらっしゃったことこそ私には驚きだったんですが…そのローズマリーの話に 何か衝撃を受けるようなことがありましたか?なんか自分が神だとかお姉様がどうとか言っていましたが」
「いや…内容自体に、というわけではなく…」

歯切れの悪いリアンに、カイは首を傾げる。

「しっかりしてくださいよ、なんか弱っちゃってるあなたを見るに忍びないんですけれど… リアン殿は、私と同レベルで物事を話し合える唯一のライバルでいてほしいって思ってるん……わ」

思ってるんですから、と言おうとしたが突然正面から両肩をバン、と持たれてカイは目を丸くした。 やはりいよいよおかしいぞ、とリアンの言葉を待つことにする。

「…私も同等でいたかったですよ。同じ世界を生きる人間として…同じ時を生きる者として…」

普段は少し見上げる位置にあるリアンの顔がいつもより低い位置にあり、 何を言ってるんだ、と思いながらカイは下を向いているリアンの頭を見つめた。

「リアン殿…あなた、まさか……」






無事にソルディーネ家に到着したアリアとセレスだったが、家の中はてんやわんやの状態であった。 その原因は、家中に飾られていた、庭で咲いていた薔薇が話したことである。

「…随分、騒がしいですね」
「何があったんだろう?」

門の中に入ったアリアとセレスだったが案内はそこまでで、屋敷の中へ入る扉の前で待たされることになってしまった。 薔薇が話していたときは丁度二人はアリアの髪飾りの羽で空を飛んでいるときだったため話の内容を知らないでここにきている。

「そういえばね、アリアちゃん」
「なんです?」
「母上から「ランフォルセを持ち出す方法はスモルツ家に伝わっている」って教えてもらったでしょ」
「え、あ…はい。そうですね」
「…うん」

何気なく話し出したセレスだったが、急に言い出しづらそうに目を逸らした。

「もっと早く言うべきだったんだけど…スモルツ家は、ソルディーネ家から分かれた家なんだ。広大になった領地を、 当主の兄弟に分ける形で分家として存在していてね」
「はい…分家だって、クレールさんも言っていたような…」

アリアは頬に指を当てて、クレールに言われたことを思い出す。あの時はかなり気持ちがはやっていたのでところどころ 曖昧になりつつあったが、聞いたことのなかったその家の名前とソルディーネ家の関係は確かに耳に残っていた。

「…だけど、スモルツ家は今、断絶という形で存在してないんだ」
「え?!」
「先代のスモルツ家の当主がソルディーネ家と再び統合されることを望んでいたそうなんだけど、その話がまとまる前にほどなくして先代当主は病死… 一人息子も、事故で十数年前に亡くなったと聞いてる…だから…」
「え、そ、そそそ、それって…」

ランフォルセを持ち出せる唯一の方法を知る人物がもうこの世に一人もいないのでは、ということが分かってアリアは青ざめる。 それを見てセレスは申し訳なさそうに続けた。

「でもね、スモルツ家とソルディーネ家は非常に仲が良かったんだ。だから、エバの父…はもういないけれど、 幼い頃にエバが何か聞いてはいないかとか、スモルツ家にあった書物がソルディーネ家に残っていないかとか、 まだまだ望みはあると思うんだよ。闇の剣の扱いなんて、重要事項だしね」
「……」

セレスの言葉に、アリアは複雑な表情のまま考え込む。しばらく考え、考え、考え続けて…。

「そうですよね!今くよくよしてたってしょうがないですもんね!エバさんが生きていらっしゃってよかったです! ランフォルセの持ち出し方、教わってませんか!書き残されてるものを全部見せてくださいってお願いしてみます!!」
「…うん、アリアちゃんのそのポジティブさ、最高だよ」

途中で考えるのをやめた感もあったが、アリアは持ち前のプラス思考で気持ちを奮い立たせた。 両手を握り締めてガッツポーズを決めたところで、門の外がにわかに騒がしくなって二人は振り返る。

「な…なんでしょ?」
「ええと…あれは…!」

門が大きく開いて、3台の馬車が入ってきた。真ん中の馬車が非常に豪奢で、前後の馬車に守られているようである。 誰が乗っているのかを察したセレスは道をあけるようにアリアを促した。

馬車の扉が開けられて、そこから真っ白の法衣と赤いマントを着た金髪の青年が降りてきてアリアは あっ、と声を上げる。

「ニヒト…ニーベルリヒト最高神官様…!!」
「帰宅の時間…じゃないだろうから、緊急のお帰りかな…?」

セレスが顎に手を当てて呟いたと同時に屋敷の扉が ばん、と開かれて大勢の召使たちが列を作り始める。 あそこに立ってたらこの人たちに轢かれてたな、とアリアはほっとした。

「ニーベルリヒト様、お帰りなさいませ!」
「お帰りなさいませ!!」

少しの狂いもなくまっすぐ等間隔に並んだ人たちは一斉に頭を下げ、その間をニヒトがゆっくりと歩いていく。 ただいま〜、とひらひら手を振りながらにこやかに笑顔を一人ひとりに向けているようだった。

「ニヒトさんが帰ってきたって!?」
「どうしよう、まだおやつができてない…!!」

開きっぱなしだった扉から、二人の人影が飛び出してきてアリアはそっちを見る。

「シェリオ…と、フィルくん?」
「え、アリア?!」
「アリアさん…と、セレス王子!?」

ニヒトの迎えに来たらしいその人物は、フィルとシェリオだった。遠くにいるニヒトを確認してからアリアとセレスに気づいてそちらへ駆け寄る。

「どうしてここに?お供の人は?」
「いないよ。二人だけで来ちゃいました」
「え…よく許しが出たな…」
「どうしても聞きたいことがあって。エバさんいる?」
「いるよ。どうしても聞きたいことって何?まさか、さっきの薔薇のこと?」
「薔薇??」

シェリオとアリアが話していると、その隣をニヒトがやっと通り過ぎて屋敷の中へ入っていった。 ニヒトが通ったらそれはそれでまた外にいる人たちは慌しくなり、ずどどどどという音が鳴りそうなほど急いで屋敷の中へ入っていく。

ニヒトが帰ってくるたびこうなのでフィルやシェリオには見慣れた光景だったが、アリアは物珍しそうにそれを見つめていた。

「すごーい…お父様のお出かけでもこんな風になるかな?お父様はあんまり外にはお出にならないからなあ…」
「おいアリア、さっきの薔薇がしゃべったの聞いてなかったのか?この家にあった薔薇だけじゃなくて、 この辺り…もしかしたら、世界中の薔薇が一斉に同じことをしゃべってたっぽいんだけど」
「薔薇がしゃべった…?えっと、空飛んでたから聞いてないかな…どんなこと言ってたの?」
「そ、空?…まあいいや、少し前に……」

シェリオはアリアとセレスを屋敷に迎え入れながら、薔薇が話した内容をなるべく忠実に話した。 フィルがところどころで注釈を入れたり質問に答えたりしながら薔薇が話した現象のあらましを伝えたのだった。

「空にいる…神様の、ローズマリー…?」
「今、この薔薇の話のせいであちこちおおわらわだよ。癒しの司が殺されたって話も広まるの早かったけど」
「アッシュって人がシャープをさらったんだろうってことは分かってるから…ローズマリーって人がその母親ってことなのかな…。 シャープをさらって何がしたかったんだろう。きっと…白蛇にさせようとしたことと、同じ…」
「…だろうな」

フィルとシェリオの話を聞き終わり、一同はその話の内容を考え始める。

己を神と称する女性、ローズマリーと、その息子のアッシュとアシュリィ。人間を滅ぼそうとしている、「空」に閉じ込められていた人物。 さらにアリアは先ほど出会ったヴァイオレットのことも話し、どのようなことをさせているのかということも伝えた。

そして、最も重要なこととして。

「ぼくが…きっと、「アシュリィ」なんだろうね」

避けても仕方のないことなので、いっそ先にフィルがそのことを口にした。とんでもない野望を持つ人物が母親であるかもしれないことを 言ってもいいことだろうかと全員が気にする前に話を進めるために自分が言うのが一番いいだろうと考えたためである。

ところが、フィルの言葉を聞いても意外と皆は納得したように頷くだけだった。

「そうなんだろうね。そう考えると、色々辻褄が合ってくるかも」
「「アシュリィ」であるフィルを地上に落とし、アッシュと入れ替わらせて、癒しの司を殺害した。 そして、癒しの司がいなくなってからあの女の子たちが地上に来られるようになったしシャープ姫を連れ去ることもできるようになった…って感じか」
「……」

セレスとシェリオが口々に仮定を話していくが、フィルは浮かない顔で俯いている。それに気づいたアリアがフィルの顔を覗き込んだ。

「フィルくん?」
「…つまり、ぼくが地上にやってきたことが全ての元凶だったってことで…ぼくがいなければ、癒しの司も無事で、シャープ姫も拉致されることもなくて…」
「はいはいストップ」

アリアはフィルの口を片手で覆う。もごっ、と言葉を詰まらせたフィルは赤い目をきょろきょろさせてからアリアを見つめた。

「ラッキーだったじゃない、フィルくんは地上に来られて。ワケのわかんない空のお屋敷で一生を過ごすことになってたかもしれないんだよ? シャープをさらったのはアッシュだし、癒しの司を殺したのもアッシュ。フィルくんはなにも悪いことしてないじゃない。 そもそも、悪いのはローズマリーさんっていう自称神様でしょ?フィルくんは今のままでいいの!落ち込まないのっ!!」
「……」

しばらく深刻そうに目を伏せていたフィルだったが、アリアの手が口から離れて いいのかなあ、と小さく呟く。 いいに決まってるじゃない、とアリアはウィンクして見せた。

「ほら、ここにいるのはみんなフィルくんの「仲間」だよ。もっと頼らなきゃ。私たちが3年前に白蛇から救った世界を、今度はフィルくんも一緒に守っちゃおうよ!」
「…うん」
「いえーい!」

アリアがハイタッチを求めてきたのでフィルも両手を挙げた。パチン、と音が鳴ってフィルとアリアの手が合わさる。 その様子をシェリオはアリアのやや強引とも思える励ましにやれやれと思いながら見ていたが、その隣にいたセレスはそわそわして落ち着かない様子だった。

「セレス?どうした?」
「え、あ…えっと、アリアちゃん、早く訊いたら?」
「そうだった。実はここに来たのは訊きたいことがあったからで…」



「スモルツ家?」
「シェリオ、確かスモルツ家って跡継ぎがいなくて断絶したって言ってたなかったっけ?」
「フィルくんも知ってることだったんだ…私全然知らなくて…」

スモルツ家の人間に代々伝わっているという、ランフォルセの取り出し方を聞きに来たということをシェリオに伝えた。

「でも、ランフォルセの安全な取り出し方…ってのは、俺は聞いたことないな…そもそも俺ってソルディーネ家の血を受け継いでるわけでもないし、 エバの親父さんに会ったこともないし。エバを呼んでくるから、ちょっと待ってて」
「うん、ありがと」

応接室で話し合っていた一同だったが、シェリオが席を立ち部屋から出て行った。 部屋に残されたのはフィル、アリア、セレスの3人…の、はずだったのだが。

「わー!」
「「「え?!」」」

テーブルの下から高い声が聞こえた。3人に非常に聞き覚えのあるその声の方、テーブルの下を覗き込むとそこには…。

「あいねー!せれにー!」
「ら…」
「ララシャル?!」

なんとララシャルがそこにいた。無邪気な笑みを浮かべて両手を挙げてアリアに駆け寄ってきたので反射的にアリアは両腕を広げてそれを迎える。 飛び乗るように抱きついてきたララシャルを受け止めて、ララシャルに向き直った。

「ら、ララちゃん…なんでここに?フィルくん、ララちゃんと一緒にこの家に来てたの?」
「う、ううん…家の中では初めて見たけど…ララ、お父さんは?リアンさんはどこかにいるの?」

アリアの顔を嬉しそうにぺたぺた触っていたララシャルだったが、フィルの声に気づいてそちらにくるりと顔を向ける。 そしてそちらに行きたいというように体を捻って手を伸ばしたので、アリアはフィルに近づいてララシャルを渡した。

「ふぃーゆ!」
「フィル、ね。いやそれよりも、リアンさん…パパ、は?まさか、一人で来たの…?」
「あのね、せれにーの、ララね、おっかって、びゅーんたーの!!そしたらね、ふぃーがたーの!」
「せれ…セレス王子のこと?追いかけてって、まさか…」

ララシャルを伸ばした両腕で抱いていたのを向きを変えて膝の上に座らせる。

「セレス王子…まさかララって魔法が使えるんですか?」
「見たことはないけど…母上と叔父上の血を引いているなら相当の魔法力のポテンシャルは秘めているだろうね… その服や帽子にも魔法力を増幅させる機能があるようだし、もしかしたら移動魔法も使えるのかも…」
「な、なんて危険な…」

もしも移動魔法が自在に扱えたとしたら、3歳児が父や家にいる者たちの目を盗んで外にいくらでも出られるということである。

「ララ、お父さんに黙って出てきたんじゃないの?」
「ぱーはね、おへやでね、かちゃかちゃったーたの」
「…わかんない…けど、許可は取ってなさそうだな〜…どうしよ」

全員で うーん、と悩んでいると、ララシャルの帽子についているリボンがフィルの頭をぺしっと叩いた。

「あいたっ」
「もー!ふぃーゆもあいねーも、しゃーにいとこかーないの?!」
「え…?」
「あー…シャープのことを心配しているみたいだね、ララシャルは。シャープに懐いててしょっちゅうやってきては一緒に遊んでもらってたし」
「そういえば、初めてララと会った時もシャープ姫のことで怒ってたみたいだったなあ…」

この凶器のようなリボンで連続攻撃を受けたことを思い出す。このリボンも、本気でララシャルが操ればとんでもないことになりそうだ。

「ララちゃん、私はシャープに会いに行くよ。ララちゃんも一緒に来る?」
「ちょっと、アリアちゃん…」
「だってララちゃんもシャープのことずっと心配してくれてたんだもんね。会いたいよね〜」
「あいねー、しゃーにいとこくーの?」
「そうだよ〜。ララちゃんのママが、シャープのところに行く方法を教えてくれたの。そのためにはまずランフォルセを取ってこないといけないんだ」
「らんふぉーしぇ…」



「ニヒトさん、どうして帰ってきたの?」
「えとね、薔薇がしゃべった内容を審議するのが先だとか言われて、今日の仕事は全部キャンセルになっちゃって帰されましたぁ〜」
「…厄介払いされたんじゃないだろうな」
「おかげで早く帰ってこられたから、薔薇さんに感謝しないとね!」
「絶対に、とんでもないことが起こってる真っ最中だからのんきにしてられないと思うけど…」

ニヒトは帰宅した後に重そうな法衣を脱いでお気に入りのゆったりした服に着替え、真っ先にエバのいる部屋にやってきていた。 神殿で承認印を押す仕事をしていたときに薔薇がしゃべり出し、神殿内が騒然としたときにもう仕事どころじゃない状態なら 帰りたい帰りたい帰りたいと連呼したら渋々帰宅が許可されていそいそとニヒトはソルディーネ家の屋敷に帰ってきたのだった。

「ね、フォルテくんに頼みたい仕事もあるから今後は一緒に来てもらう日もあると思うんだけど。いーい?」
「どうだ、フォルテ?そりゃ体は共有してるから俺も行くけどさ。…いい、ですって」
「……」
「ニヒトさん?」
「…フォルテくん、ホントにちゃんといるの?」

先ほどまでうきうきと窓枠をばしばし叩きながら話していたニヒトだったが、急にしゅんとしてエバに向き直る。 いるもなにも、自分がここに立っているならばフォルテもいるのと同じじゃないかと思ったが、 どうもたまにニヒトが落ち込んだような様子を見せることにエバは前から疑問に思っていた。

「いますよ、会話も成り立ってます。体は俺のだから、フォルテも遠慮してるんですよ。俺は入れ替わったっていいって言ってるんですけど」
「うん……」


    






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