ヴァイオレットは思わず声を荒らげたがセレスは特に気にする様子もなく、ああ、と何かに納得するように頷いた。 「あるんだ。思い出せないだけで…」 「な、何がよ?アンタ、癒しの司なの…?そんなはず…アッシュ様が始末したと仰っていたのに…」 「んー、ぼくは癒しの司ではないよ。その従者…だった者、かな。それよりも…」 セレスが向ける笑顔になにか不安になり、ヴァイオレットは後ずさる。 「キミのその力はどうしたの?人のアタマの中を勝手に覗き込んじゃったんだから、教えてくれるよね?」 「こ…この能力は、神様から頂いたのよ…「聞き込み」に使うために…」 「かみさま?」 「何人もの過去を見てきたけど、アンタみたいな人は初めてだわ…なんなのよ、アンタの記憶…」 「そう言われても…」 ヴァイオレットが完全に怯えた様子なので周囲の人たちは少し気にしながら通り過ぎていっているのを感じた。 「アッシュ様」という単語から、セレスはこの子がシャープのことを知っているに違いないという確信を得ていたので なんとかして逃げ出されないように話を聞きだそうと考える。 「聞き込みって、何を知りたかったの?ぼくが知ってることだったら教えてあげられるよ」 「え……お、教えてくれるの?」 「そりゃあ、知ってること、教えられることならね。…もしかしてキミ、今までそうやって人の記憶を見てただけだったの? 話し合ったりは?」 「しないわよ…私はやるべきことだけこなせばいいんだから…」 どれだけの人間の記憶を見たのかは分からないが、あんまり鮮明に記憶を見て回ったとしたら 見かけと違う本性を感じたり可哀相な過去を見たりもするだろうから怖かっただろうな、とセレスは思った。 「ま、とりあえず普通に尋ねてごらんよ。何が知りたかったの?」 「……私は「ランフォルセ」を探してくるようにという使命をもらっているの…それだけ、だから…」 「ランフォルセ…」 その言葉に少し驚いたが、それよりもヴァイオレットの言葉に何か含みを感じる。 「…それだけ?他にも探しているものがあるんじゃないの?」 「……」 セレスが顔を覗き込もうとすると、ヴァイオレットはとっさにぱっと顔を背けた。 「何で分かるのよ、もう…!そうよ、人を探してるの!カリンっていう紫色の髪の子よ! でもそんな命令はもらってないのよ、だから探すわけにはいかないの!!」 「……」 ヴァイオレットがそう言うと、今度はセレスが黙り込んだ。自分が言ったことにセレスがどう反応したのかが怖くなって、 ヴァイオレットは恐る恐る顔を上げる。 「あ、あの…」 「カリンって子は、行方が分からないの?心配してるんだね」 「心配……そうね…あの子はいつもぼーっとしてるから…でも、アッシュさまのお屋敷へ帰ってこないことは一度もなかったのよ…」 「アッシュさまのお屋敷…それは、アイテールにあるキミたちの家のこと?」 「えっ…?」 自分が言わなかった単語がセレスの口から出たことにヴァイオレットは驚いて言葉を詰まらせた。 「あ、ゴメン…キミに言われたことをきっかけに、連鎖反応みたいに思い出してきちゃって… キミの神様、ローズマリーは天上の国アイテールに閉じ込められているんでしょ。 ぼくはかつての癒しの司と共に、空と地上を繋げないために毎日祈り、花の世話をしていたんだ」 「え……神様が、閉じ込められて…?」 「そう、その神様は人間を滅ぼし絶やそうとしていて…それを阻止するために癒しの司が存在していた。 けどどうやってか、「アッシュ」がやってきて癒しの司フォルテを殺害した…だからキミは地上に来られたんでしょ?」 「…私が地上に来られるようになったのは確かにその通りよ…けど、私にとって神様とアッシュ様は絶対の存在なの。 お二人がテラメリタを作るために人間が不要だというのならば、私はそう考えて行動するだけよ」 「ん〜……」 セレスは反論しようとして何かを言いかけたが、ごまかすように軽く頷く。 「ま、いいか…教えてくれて嬉しかったんだけどね、残念ながらぼくはそのカリンって子は知らない。 でも、ぼくの友人の中で知っている人がいるかもしれないから、コンタクトを取ってみたら何か分かるかもしれないよ」 「そう…」 「複雑そうだね」 「まあね…あの子が帰ってこないということ自体、アッシュさまの命令に背いているようなものだから、 どうしても帰ってこられない事情があるわけじゃないなら…自分の意思で地上にいるのなら、それはそれで困るのよ…」 ヴァイオレットは ふう、とため息をついた。それを見てセレスはヴァイオレットのお団子を避けて頭をぽんぽんと撫でる。 「ちょっと…」 「あ、レディに失礼だったね…ちょっとこうしたくなっちゃって。イヤだったら言って」 「別に…こんなことされたことないから……」 「ちょっと嬉しい?」 「……」 むすっとして目を合わせようとしないのを見てセレスは少し楽しくなった。 「そろそろ、お名前を教えてもらえる?ぼくの名前はセレスティア。セレス、でいいよ」 「私は…ヴァイオレットよ…みんなは私をヴィオって呼んでるわ」 「ヴィオちゃんか。ね、アイテールに戻らないでずっと地上にいたら?」 「はっ…?」 言葉の意味をとっさに理解できず、ヴァイオレットは頭を撫でられたまま目を丸くする。 「神様がしようとしていることを阻止してきた側の人間としては…ヴィオちゃんと敵対したくないんだよね。ダメ?」 「だっ…ダメに決まってるでしょ!私はアッシュ様と、神様の命令だけを聞いて…いれば、いいんだから…」 「それが正しいことだと思ってるから?」 「神様の意思こそが最善であり、アッシュさまのご命令が私の全てなの。それ以外のことを考える必要はないのよ」 「え〜…」 どう言ったものかなあ、とセレスは思案した。考えないようにするって結構厄介だなあ、と頷く。 「たくさんの人間の過去を見たでしょ?楽しそうだなあとか、自分も同じように生きてみたいとか、思わなかったの?」 「……」 「そりゃあいい人間ばっかりじゃないよ。でもそんな限られた世界に閉じ込められて生きているよりも、 みんなと一緒に色んな可能性の中で生きてみるっていうのもいいものだと思うんだけどなあ…まあ、 100年寝て過ごしたり数百年同じ場所に閉じこもってたぼくが言うのもなって気がするけど」 あはは、と笑ってみせるが、ヴァイオレットはセレスの言葉に難しい顔をして黙り込んでいた。 「ヴィオちゃん?」 「私に、そんなことが…許されるのかしら」 「ん?」 聞き取れないほど小さな声でヴァイオレットは呟く。 「きっと私…人間じゃないのよ。違いすぎるもの。思い当たるものが山ほどあるわ。あれはなんでなんだろう、 あのときどうしてこうだったんだろうって疑問に思い始めたらキリがないの…考え始めたら止まらないのよ…」 「あ…ゴメン…大丈夫かな」 「ダメだわ、考えちゃ…!!どうしてくれるのよ、次から次へと知りたいことが出てきちゃうじゃないの!!」 「落ち着いてって」 よしよし、と落ち着かせるようにヴァイオレットを抱き寄せた。 「なにを…」 「色々言い過ぎちゃったね。ゴメン。聡明そうなヴィオちゃんが、自分を押し殺して頑張ってるのを見たら どうしても可哀相になっちゃって…何とかして、そこから出してあげたくなっちゃってさ…」 呼吸が乱れていたヴァイオレットだったが、セレスの声に少しずつ落ち着きを取り戻す。 もういいわよ、とセレスを引き剥がして気まずそうに俯いた。 「……」 「セレスさん?」 「わ!?」 二人で黙っていると、後ろから明るい声が聞こえてくる。驚いて振り返ってみると、きょとんとした顔でアリアが立っていた。 「アリアちゃん、お食事終わったんだ?」 「はーい、おいしかったです!食べきったらお食事代が無料の上に、デザートのアイスまで食べられちゃうなんてお得ですよね〜…あれ、その子は?」 セレスを見ていたアリアだったが、ヴァイオレットに気づいて顔を覗き込む。 「前に…会ったよね…あ、メイプルちゃんって子と一緒に、急にお城に来ていきなり帰っていった…」 「ああ、アンタの顔は見覚えがあるわ…えっと、セレス?この子は知り合いなの?」 「あ、名前呼んでくれた〜。この子はアリアちゃん。ぼくの可愛い妹だよ。アリアちゃん、この子はヴァイオレット…ヴィオちゃんっていうんだって。 ほら仲良く仲良く」 「ど…」 「どうも…」 アリアが手を出したので、セレスがヴァイオレットに握手をするように促した。 なんなのよ、と思いながらも素直にヴァイオレットはアリアの手を握る。 「セレスさん…まさかこの子を口説いてたんじゃないでしょうね?…まあ、すんごい綺麗な子ですけど…」 「アンタも可愛いでしょ。セレスも私が見てきた人間の中で一番なんじゃないかっていうぐらいだわ」 「ちょっと…」 「ヴィオちゃん…」 「なによ」 アリアとセレスは二人揃って顔を覆って崩れ落ちた。 「は…恥ずかしい…」 「無自覚に直球で言われるのは…その…」 「なんなのよ…」 はあ、とヴァイオレットは首を振る。体勢を変えて右腕を左手で触り、手袋の感触に少し顔をしかめた。 「…そういえばアリア、アンタ「ランフォルセ」を知ってるって言っていたわね」 「え…あ、言った、かな?ヴィオちゃんも探してるみたいだったよね…どうしよ、一緒に探しに行く?」 「……」 兄妹揃って唐突ね、と思いながらもヴァイオレットはどうしたらいいのかと考える。 今まで深く考えたことはなかったし、考えそうになってもそれを無理矢理追いやってきた。 もしかしたらこうやってカリンも地上にいたいと思うようになったんだろうか、 レンもそのせいで処刑されたんだったなということが頭をよぎる。 二人について行ったらどうなるだろう、今までの疑問の答えを探してみたい、とも思った。 …しかし。 「…ごめんなさい。やっぱり私は…アッシュさまのお屋敷へ戻るわ…」 そう言ったのは、どうしてもメイプルのことは裏切れないと思ったからだった。 だがヴァイオレットの言葉に今度はアリアが過敏に反応を示す。 「アッシュさまのお屋敷!?ヴィオちゃん、そこから来たの?!」 「そ、そうよ…」 「シャープを知ってるでしょ?!どうしてるの、無事なの!?」 「な…なんなのよ、急に…」 シャープにつながる人を見つけた、そのことで頭がいっぱいになったアリアはヴァイオレットの腕を掴んでいた。 「私はね…シャープに会いたいの…!ランフォルセを探しているのも、それだけのためなの! ヴィオちゃん、私をシャープに会わせてくれる…?私を、アッシュさまのお屋敷に連れて行ってくれる?」 「それは…」 セレスはアリアの心境が分かっているため何も言わずに二人のやり取りを見守っている。 必死の形相で尋ねられ、ヴァイオレットは言い出しづらそうに視線を泳がせた。 「…私が地上とアッシュさまのお屋敷を行き来するのに使っている扉「マグナフォリス」は、 地上にいる人には使えない…と、思うの。考えたことがなかったけれど…今までやってきた人がいないから そういうことなんだと思うわ…」 「マグナフォリス…あの、メイプルちゃんやヴィオちゃんが現れた光の柱のこと…?」 「そうよ。あれを通れるのは私たちだけ。ここから扉を通らずにどうやってアッシュさまのお屋敷へ行けるのかは、私にも分からないの」 「……そっか」 アリアは力なくヴァイオレットから手を離した。下を向いたままのため、ヴァイオレットからはその表情が見えなかったが 声からして明らかに落ち込んでいるのが分かりいたたまれなくなる。 「じゃあせめて…シャープのことを教えてくれる?どうやって過ごしているのか。ローリエっていう執事さんは、 シャープにやさしくしてくれてる?シャープの身に危険はないの…?」 「それは…」 ローリエはシャープの身の回りの世話を完璧に行っているのは分かっていたが、 メイプルがシャープのことを凍らせるという命令を受けているのは知っていたためなんと言えばいいのかがわからなかった。 「…ローリエは、有能な執事だわ。シャープ姫が不自由をすることはないはずよ」 「シャープがどうして連れ去られたのかは分かる?」 「シャープ姫を連れてきたのはアッシュ様で…テラメリタを作るため…でしょうね…こんなこと、絶対に言っちゃいけないんでしょうけど…」 「……」 「…でも、シャープ姫は生きてるわ。アンタが生きてる限り、再会もできるでしょうよ」 「……うん、ありがとヴィオちゃん!!」 「きゃっ!!」 少し離れた位置からアリアは勢いよくヴァイオレットに飛びついた。 そのまま後ろに倒れこみそうになるのをなんとか堪えて、慌ててアリアを引き剥がす。 「なんなのよ、もう!!」 「だって嬉しくて〜…ねえねえ、もう一緒にランフォルセを探しに行こうよ!神様の言うこと聞いてたっていいことないと思うよ?」 「…それはできないわ。ランフォルセを探し出してアッシュ様にお渡しするのが私の使命なんだから」 「じゃあ二人で探して二人で持っていこうよ」 「だから無理だって言ってるでしょ!!」 ヴァイオレットはくるりと向きを変えて早足で歩き出してしまった。その後姿をガッカリした様子でアリアが見送る。 「ヴィオちゃん…」 と、アリアが呟いたと思ったらまたヴァイオレットはこちらへ向かってずんずんと歩いてきた。 「あからさまに落ち込まないで頂戴。今のままじゃ無理ってことよ」 「え、それじゃあ…」 「一度アッシュさまのお屋敷へ戻って、考えてくるわ。それと…」 セレスの方を難しい顔をして向く。 「…さっき、レディって言ったけど…私は男よ。今は、ね」 「「へっ…?」」 「それじゃあね」 最後に爆弾を落としていったヴァイオレットに、二人は立ち尽くすしかなかった。 「今は、って…どういうこと…?」 「リアン殿へ、お取次ぎは願えますか?」 「こっ、これは…カイ王子!少々お待ちください!!」 ラベル家へカイは一人で訪れていた。 リアンに会うため何人かの召使たちに取次ぎを頼んだのだが、 突然の来訪であったしカイの顔を知らない人間ではすんなりと通してはくれなかったので立ち往生を余儀なくされ、 4人目でやっと許可が下りて屋敷へ入ることができた。 「こちらが、リアン様の部屋でございますが…」 「ああ、ありがとう。入ってもいいのかな」 「それが、呼びかけに対する応答がなく…お部屋にいらっしゃるのは確かです」 「いや、えーと…取り次いではもらえないの?」 「王子ご自身ならばお叱りもないと思われます、どうぞご自分で」 「おいおい、ちょっと」 ぺこり、と頭を下げた召使はそそくさといなくなってしまった。中で何か起きてたらどうするんだ、と思いつつも 仕方なくカイは自分で扉に手をかける。 「リアン殿、いらっしゃいますか?カイです。入りますよ」 どうせ研究に集中していて気づかないんだろうなと思いながら扉をぐっと押した。 なかなか重い扉だったがなんとか両手で開くことができ、カイは中へ顔を出す。 「リアン殿?」 何度か訪れているリアンの私室だったが、部屋の奥に置かれている大きな机にリアンの姿はなかった。 奥の書斎だろうか、と思いながら中へ入って扉を閉める。 「カイです、どちらにいらっしゃ……」 部屋の中へゆっくりと歩いていき、カーテンの奥にある書斎へ続く扉を開こうとしたが、 机の前、というか机の下に膝をついた状態のリアンの姿を見つけてカイは飛び上がった。 「りっ、リアン殿?!どうなさったんです!?ちょっ…具合でも、悪いのですか……ひえっ」 慌てて駆け寄ったが、それと同時にリアンの顔が上げられてその顔が髪で半分覆われているのに恐怖してカイは後ずさる。 「テレビから出てきたら怖いだろうな…」 「なんですか、テレビって……カイ王子、我が家へ何の御用ですか…」 「あ、その…紫苑の伝承書について、ご意見をお聞きしたいと思いまして。日を改めましょうか?ご都合が悪そうなので…」 「いいえ…結構ですよ」 よろけながらリアンは立ち上がり、髪を肩へ払いのけた。そして椅子を引いてカイに座るように促す。 「シフラベルは無事に機能していますか」 「息子と友人は遠くてもコンタクトを取れているようです、リアン殿の風の魔法の知識と技術のおかげですよ」 「…それはどうも。それで、紫苑の伝承書についてというのは?」 「いや…あの、それよりも」 普通に話し始めるには、カイにはまだ疑問があった。 「ご気分でも悪いのですか…?それとも床に落ちた何かを探していらっしゃった?」 「いえ……カイ王子、先ほどの…薔薇の声を、お聞きになりましたか」 「薔薇の…」 世界中に存在していた薔薇の花がしゃべり出した、「ローズマリー」が薔薇を使って話したことを指していたわけだが、 カイはそれを丁度このラベル家の城の庭で聞いていた。しかし特に驚く様子もなくそのまま屋敷内へ入ってきたのだった。 「まあ聞きましたけど…女性がなにか言っていましたね。お知り合いでしたか?」 「動揺とかないのですか…花がしゃべったんですよ」 「いや、それよりも我々は色々もっと機能的なものを作り出しているではありませんか。確か名前は「ローズマリー」と言っていましたね」 「ええ…」 あまりに驚いていないカイに、どう話したものかとリアンは考える。口を開くよりも先に、カイが話し出した。 「まあ、最近の出来事の元凶が何かあるのだろうとは思っていましたから…彼女、ローズマリーによって引き起こされていたことだったのですね。 彼女の言からすると、私の息子フィルが「アシュリィ」なのでしょう。だからなんなんだっていう感じですけれど」 「へ…?」 |