「やっぱりってことは…レンも自分でそう思ってたってこと…?」
「まあね…色んな人を見れば見るほど、話すほど…自分の今までの普通がおかしいということを日に日に自覚させられていっている… 人間は横になって眠るし、暗くなれば目が見えなくなる…それに、食べ物を足で押さえて口で引きちぎったりはしないんでしょう?」
「それは確かに…そうだけど…」

それってやっぱり全部鳥だな、とベルは頷く。しかも小鳥ではなく猛禽類かもしれない。

「ん?レンは、暗くなっても物はよく見えるのか?」
「見えるよ。昼間の光は眩しすぎるけど…最近は慣れてきたかな」
「そっか…じゃ、鳥の中でも……あ、いやいや」

気づけば鳥だということが確定した体で話していることに気づいて慌ててベルは頭を振った。

「どうしたの?」
「い、いや…レンはそのこと自体、どう思ってる?カリンみたいに不安はない?」
「うーん…」

レンはベルから視線を逸らして考え込む。ベルはレックたちを洞窟の中に待たせていることが一瞬気にかかったが、レンの答えを待つことにした。

「不安は…あんまりない。でも、自分のことを解き明かしたいと思ってるよ。自分はどうやって生まれたのか、今までやってきたことの意味はなんだったのか。 できることなら、アッシュ様にお会いして色々お尋ねしたい…まあ、無理なんだけれど」
「……」
「でもなんとなく思うんだ。アッシュさまのお屋敷には、動物や植物の特徴を持つ子供が大勢いた。ぼくもその類の存在であり、 本性は鳥だったりするのかも、って。魔法の力で、変身させられてるのかもしれないって思ってるよ」

そう言うレンはいつも通りの無表情である。ベルはそれを首を振って否定した。

「…えっと、俺が言い出したことだけど…でも、レンは鳥ではないと…思う。それらしい特徴はあるのかもしれないけど…」
「ベル?」
「レンは…確かに、人だよ。それは確かだ……ごめん、俺なんかが言っても、仕方ないんだけどさ…」
「……」

レンは少し大きく目を見開く。いつもよりもいくらか嬉しそうな様子で、ベルを見つめたまま目を瞬かせた。

「そう思ってくれるの?」
「あ、ああ…だって、見た目はそこまで鳥じゃないし。自分が何者なのか知ろうとしている鳥なんて、いないだろ」
「…うん。ありがとう、ベル…」

それでいいのかな、とレンは自分に言い聞かせるように何度も頷く。

「…でも、もしもぼくが本当に鳥だったとしたら……みんなと一緒にはいられないね」
「なんで?」
「みんなを頭から食べちゃうかもしれないよ」
「食べ……ま、レンにならいいかな。おいしいかは保証できないけど、どうぞ?」
「……」

ベルの言葉にレンは思わず苦笑してしまった。肩をすくませて笑い、ベルのお腹に抱きつく。そのレンの行動に驚いたが、見た目年齢相応の リアクションかなと素直に喜ぶことにし、少し髪がぴょこんと跳ねている頭を撫でた。

「…初めて笑ったな」



「何してんだろ、二人とも…レンを置いたら次はカリンの番だろうに…本気で日が暮れるぞ…」

一方、ベルとレンを見送ってから洞窟の底でレックとカリンは待ちぼうけを食っていた。 脱出できたのならすぐに迎えに来てもよさそうなものなのにベルは一向に降りてこない。

「どうなさったんでしょうか〜…」
「外で何かあったんじゃないといいけど…ここからじゃ外が丁度見えないんだよな」

高いところにあるためかなり小さくなっている洞窟の縦穴を見上げてみるが、草木のシルエットしか見えずベルやレンの姿は確認できなかった。 迎えが来ないからといって勝手に動くこともできず、レックは仕方なく岩の上に腰を下ろすことにした。

「よいせっと。カリンも座れよ、足疲れてるだろ?」
「わ、私は〜…えっと…」
「歩かせまくって悪かったな。明日からは空を飛んでの移動になるだろうから少しはマシだと思うんだけど…王宮で待ってる?」
「いっ…いいえ!一緒に行かせてください!」
「そ、そお?いや、来たいなら来てくれたら嬉しいけど…」

提案を食い気味に却下されて、レックはしどろもどろになる。声を荒らげてしまった、とカリンも言い終わってから気まずそうに口を押さえた。

「あの…レック…思い出したくないことだと思うのですが〜…」
「なに?」

しばらくの沈黙の後、カリンがおずおずと話し始める。

「その…私に初めて会ったとき…レックは、その…私を…」
「……」

自分が何をしようとしたときのことかが分かり、レックはカリンから目を逸らして顔をしかめた。

「…ああ、うん。やっぱ怒ってる?そりゃそうだよな…ほんと、ゴメン」
「そっ、そうではなくて…!」

否定するカリンに、じゃあなんだろうとレックは目を丸くする。

「あのう〜…具体的に、どうするつもりだったのかなと思いまして〜…」
「………それを、訊く?随分とえぐい質問だな…」
「違うんです〜…あの、その…アッシュ様から、教えて頂いたので知識としてはあるのですが…」
「ん?」

自分をどのように殺すつもりだったのかを聞いて何がしたいんだろうと思ったレックだったが、カリンの様子からしてそういう話題ではなさそうだった。

「人間は、殴れば言うことを聞く。それが最初に教えていただいたことです」
「……とんでもない教えだな」
「それと…失礼します」
「へっ?」

レックが腰にさげていた剣の柄をカリンが掴む。何をする気だ、とレックは混乱しながらも突然のことで止めることもできなかった。 カリンは剣を素早く抜いて、なんと刃を自分の方に向けて足を斬りつけた。

「お、おいッ!?なにして…やめろって!!」
「待ってください!ほら…」
「は……??」

慌てて剣を取り上げるも、カリンは落ち着いた様子で自分で剣を突き立てた足をレックによく見るように向ける。 斬りつけ方からしてとんでもない出血があってもよさそうだったが、足からは一滴の血も出てきていなかった。

「え…確かに、斬った、よな…?この剣、いつのまにナマクラに…??」

カリンが使ったのは先ほどベルからもらったルプランドルではなくいつもレックが腰のベルトにくっつけている剣である。 切れ味を試そうとして切れそうな葉っぱを探し始めたところでそれをカリンに止められた。

「レック…これ、見て…」

カリンが斬りつけた、服に隠れていない太もも部分をカリンが指差す。そこはやはりしっかりと切れてしまっており傷口になっていた。

「うわっ!切れてる!!…けど、あれ…?血が出てない…??」

しかし、確かに皮膚が切れて隙間ができているにもかかわらず一滴の血も出てきていない。 カリンはそのまま足をじっと見ているので、レックもそれを見つめた。

しばらく待っていると、その傷口が薄い青色のほのかな光に包まれた。

「えっ…な、治った……?」
「…はい、そうなんです」

剣で斬りつけてできた切り傷は光に包まれた後にいつの間にか治ってふさがってしまった。 何が起こったのか何を見たのかよく分からなかったレックはカリンの足を見つめたまま硬直している。

「い、今の……」
「体が傷ついても、たとえ切断されたとしても出血もしないし、すぐに治ってしまうんです…でも、人間はそんなことないのですよね… アッシュ様に教えていただいたことの中に「人間は頭や首、胸を強く攻撃されると死ぬ」というものがありました。 それを思い出して昨日、自分で首を切ってみたんですけどすぐに治ってしまって、やっぱり私は人間とは違うんだなって思って……」
「……」
「そ、それでですね、私を殺そうとしたときにレックがそのようにしようとしたなら、気に病まないでくださいねって言いたくて……きゃっ」

両肩を突然ガシッとつかまれて、カリンは身をこわばらせた。レックは何も言わずにカリンを見下ろしており、 カリンはどうしていいのか分からず思わずレックから目を逸らす。

「あ、あのう〜…」
「…ありがとう、俺のために。でも、今みたいなことは二度とするなよ」
「え……」
「大丈夫だから怪我をしていいってわけじゃない。体を傷つけられたら誰だって痛いし苦しいし悲しいんだよ。 カリンは人間だって言っただろ。自分で人間と違うところを探そうとするなよ…どこからどう見ても、カリンは人間なんだから」
「でも…やっぱり、私…」
「俺がちゃんと教えてあげられなくてゴメンな。聖獣を見つけることで頭いっぱいで、カリンのことをちゃんと考えられてなかった。 不安になったら俺がいくらでも信じるから。カリンは間違いなく人間だって。だからまず、カリンも自分のことをちゃんと信じてくれ」
「……」

そう言われて静かに抱きしめられ、カリンは驚いて言葉を失った。自分でも分からなかったがなぜか片目から涙がこぼれる。

「…カリン?…わ!おい、泣くなって!!こんなとこ見られたら絶対に誤解される…!」
「あ、レックが女の子泣かしてる」
「わーッ!!」

背後からベルの声が聞こえ、カリンから慌てて手を離した。振り向けばベルがいつの間にか着地しており、腕組みしてこちらを見ている。 カリンも驚いてレックから離れて、急いで涙をぬぐった。

「ち、違うんですベル、これは私が勝手に…」
「よしよし怖かったな〜、さ、上でレンが待ってるから行こう。レックは洞窟に置いておこう」
「ぅおーいッ!!ちょっと!ちゃんと俺も迎えに来いよ!?」

カリンを両手でひょいっと抱えて、ベルはまた飛び立ってしまった。どんどん暗くなっていく洞窟の中で一人残されることになったレックの 虚しい叫びが辺りにこだまするのであった。



無事にレックもベルに洞窟から連れ出されて全員で脱出し、行きは徒歩だったが帰りはベルとレック、カリンとレンの二組で空を飛んで帰ることとなった。 しかし今にも陽が沈みそうなほど外は暗くなっており、王宮に帰るよりも近くの町の宿屋に宿泊することとなり4人は飛んでいるところを人に見られないように 町を覆う壁の外に着陸する。

そこは首都カドリールから少し南にある「ラネスコ」という小さな町だった。外壁越しからも町の中にともっている明かりが見える。 4人はお互いに問題ないことを確認し、レンはマグノリアを小さくして肩にのせた。

「じゃ、まずは宿屋の確保かな。この時間じゃあんま空いてないと思うから…一部屋になってもいい?」
「わ、私は問題ないです〜…」
「ぼくも。むしろ分かれない方がいいんじゃないかな」
「そうだな、明日の朝も早く出発したいし…ベルもそれでいい?」
「あー、いいよ」

そんなことを話しながら見張りが一人いる町の門を通って中へ入る。大きい建物がいくつもあり、カドリールほどではないが住人も多そうな町だった。 町に入ってまず目に付くのが中央の広場で、商品を広げて物を売っている人たちは店じまいをしているところである。

果物を包んで箱に入れるという作業をしている様子を見つめている子供がいるのが遠目に見えた。 赤いマントと一緒になっているフードをかぶっていて顔は見えないが、周囲の人々と話している動きからして無邪気そうである。

何気なくその様子をレックは見つめていたが、急にその子供が周りの人に手を振りながらこちらに走ってきた。

「わ!!」
「あっ!ゴメンなさいっ!!」

後ろを見ていたその子供は前を見ておらず、走っている勢いのままレックのお腹に激突する。 走ってくるのも最初からレックは見ていたので驚きはしたものの何とか抱きとめることができた。

「えっ…?!」

大丈夫か、と言おうとしたがレックにぶつかった衝撃でフードが取れ、その子供の顔を見て全員が硬直する。

「え、あ、レン!?いや、違うよな、こっちにいるよな!?」

レックは子供を見下ろし、後ろにいるレンを交互に見たが確かに二人いた。ベルも目を丸くして二人を見比べている。

「ん?どしたの?お兄ちゃんたち」
「い、いや…おっ、お前、名前は…?!ちょっとほら、レン、この子お前にそっくり過ぎないか!?ってかむしろ同じ顔じゃないか!?」
「うん……」

レンがレックの後ろからおずおずと顔を出した。あまりに自分に似た顔にどうしたらいいか分からなくなっている。 カリンも驚きのあまり声を出せずにいた。

そのレンの姿を見た子供は、レックたちの空気とは裏腹に花が咲いたような明るい笑顔を見せる。

「わあっ!!レン!レンだろ?!わー!!やっと会えたーっ!!」
「ぼ…ぼくのこと、知ってるの…?キミは一体、誰…」

非常に嬉しそうにされていることは分かるが、レンは怯えていた。

「そっかー、知らないだろうって言ってたもんなあ〜。俺は、ラン。ランだよ!今思い出しちゃったらすごくない?ほら、思い出してみよーぜ!!」
「ラン……?無理だよ、思い出せるわけない…キミはぼくのことを知ってるの?」

いつの間にか両手をつかまれてぶんぶん振り回されているが、レンの表情は険しいままである。 ランと名乗ったその子供は、レンに顔を近づけて満面の笑みを向けた。

「もっちろん!俺、レンのお兄ちゃんなんだぜー?双子だけど。でも俺がお兄ちゃんでいいよな?レンがお兄ちゃんの方がいい?」
「キミが、ぼくの…?そんなの、ありえないよ…」
「ありえるってー!俺たち二人でこのせ………はえ?」

突然ランが浮き上がり、手をつかまれたままだったレンも引っ張られた。それに驚いたレンはランから手を離す。 ランの体は特に何も支えられたり何かにつかまっている様子もなく、ただ宙に浮いていた。

「ちょっ…キミ、なんで浮いてるの?!マグノリアがいるの!?」
「いないぜー。今日はもう帰りなさいって言われちった。もう今日は遅いもんな!レン、お前のことずーっとコルミンが探してたんだぜ! 明日もこの町に来るから……」
「ま、待ってよ!!」

ランはそのままどんどん高度を上げていき、しゃべっている声も小さくなって聞こえなくなってしまった。 夕日に照らされているランの体が小さくなり見えなくなりそうになったかと思うと、一直線にものすごいスピードで町の外に向かって飛んでいく。 手をブンブンと振っているのだけがかろうじて確認できたが、その場にいた全員は今のは一体なんだったんだ、と呆然としていた。

「…………。」
「レン…今の、知り合い?」
「そんなわけない…と、思うよ…でも、向こうは明らかにぼくのことを知っている様子だったね…ぼくは名乗らなかったのに名前を呼ばれたし。 まあレグルスがぼくを呼んだのを聞いていた可能性も否定はできないけれど…それにあの子、ぼくとどう見ても顔がそっくりだった…関係がないとはいえないだろうね…」
「…レンと性格は違いすぎると思うけどな」

今の状況を冷静に分析するレンに、レックは妙に感心する。同時にレンらしいなとも思った。

「おーい、そこの子たち」

レンの兄だとか、マグノリアを知っている様子だったとか、明日も来ると言っていたなどということを確かめ合っていたが、 後ろから突然声をかけられ全員で驚いて振り返る、そこには、つい先ほどランと話していた果物屋の主人が穏やかな表情で立っていた。

「あの子のお友達かい?おや、そっちの子はランにソックリだねえ」
「あ、あの…!あの人は誰なんですか?ご存知ですか?」

レックが対応しようとしたが、レンがいち早くそのおじさんに駆け寄った。

「あれはここいらで「空を飛ぶ少年」って呼ばれてる子だよ。たまに町にやってきては珍しい石や薬草を売りに来て、そのあと町の子供たちと遊んだりしててね。 家はどこなのか分からないけど…夕方になると、ああやって空を飛んでいってしまうのさ。不思議だけど、みんなそういうものだって納得してるよ。 明るくていい子だしね」
「そ…空を飛ぶ、少年…」
「それよりキミたち、よそから来たんだろう?今夜泊まる場所は決まっているのかい?ウチは宿屋もやっているんだけど、よかったらおいで。 そこの角の建物だよ」

そう言っておじさんは振り返って光が漏れ出ている扉を指差した。3階建てのしっかりした建物で、丁度誰かが荷物を運び込んでいるところだった。 レックは3人の反応を見て、それから頷く。

「じゃ…お願いします。4人で」



部屋は二つ空いていたが大きなベッドが二つあるので一部屋で4人泊まることもできると言われ、結局4人で一部屋で泊まることにした。

そして、聖獣を探すことが第一ではあるがレンと兄弟だと名乗る少年ランのことを放ってはおけないということで 明日はランがこのラネスコの町へ来るといった言葉を信じて昼まで待ちながら聖獣に関する情報を集め、 昼を過ぎてもランが現れなければすぐに町を出ようということになった。

宿屋も町の中の明かりも消え、なんだかんだいって疲れきっていたレンは隣で熟睡、同じベッドで二人で眠っているレックとベルも 眠りについたことを確認したカリンは一人で目を覚ましてベッドから出てそっと窓を開ける。

「……ごめんなさい」

軽い身のこなしで窓枠に飛び乗り、一度レックの方を振り返った。そしてまた窓の外の方を向き、両手を出して青く光る蝶のマグノリアを出してそれにつかまる。 そして、3階の窓からカリンは外へ飛び出していった。


    






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