「はーい、暗くなってまいりました」
「……だな」
「そうだね」
「ですねぇ〜…」

バルカローレの南東の海岸の洞窟を進んでいるレックたち。 時たま天井が木々に隠されながらも開けている場所があり、そこから太陽の角度を確認できていた。

太陽光は徐々に洞窟内部に差さなくなり、赤くなり、空を見れば美しい紫色に染まっている。 こんなに長いこと歩くことになるなんて、とレックは一緒に歩いているベル、 後ろからなんとか着いてきているカリンとレンに日が落ちたことを宣言したのだった。

王宮を出発したのが昼過ぎ。聖玉ファシールを求めて意気揚々とやってきたはいいが、 ベルがファシールを封印したという場所は海岸沿いの巨大な岩山の洞窟であり一同は数時間歩き通しである。

「こんなに奥深い場所だなんて、聞いてないんだけど…」

息を切らせながらレンがベルに恨みがましそうに言った。 その後ろを歩くカリンはもはや声も出ないようである。レンに答えつつもレックはベルに聞こえるように返事をする。

「俺もさ、海岸沿いに封印したとか言うからてっきり海が見える砂浜にポツンと祠でもあんのかと思ってたよ。 入り口は飛んでいかないと入れないような高い位置にあるし、中はこんなに入り組んでるし…」

そう言いながら先頭を歩いていたレックは立ち止まった。比較的地面の岩が平らで広い場所を選び、皆に座るように促す。

「考えナシに進んできちゃったけど…今から引き返して急いで王宮に帰る…ってのはやめて 今日中になんとしてでも奥へ進んで目的を達成したいと思ってる…いい?レン」
「…なんでぼくに聞くの」
「い、いや〜…いつも的確にアドバイスくれるから、なんかまずかったら言ってほしいな〜…なんて…」
「今、全員を率いてるのはレグルスなんだから、自分で決めなよ」
「……」

なんか冷たい、とレックは項垂れる。

レックはしばし考え込み、ミラが自分で話せることは知らないため、もし今日帰れなかったとしても ミラがいれば最悪「レックの様子がおかしい」と思われるだけでそこまで困った事態にはならないんじゃないかなという結論に至った。 とにかく今は一分でも惜しい状況である。

「うー…俺は、今日は帰らなくてもいいかなと思ってる…少しでも早く聖獣を見つけるために…そうさせてください、お願いします」
「まあ、いいんじゃないかな」
「カリンも、いい?」
「え、あ…」

突然意見を求められて、息を整えていたカリンは慌てて顔を上げた。

「わ、私は〜…別に、構いませんよ〜…?」
「だって女の子を野宿させるかもしれないなんて…レンと二人で近くの町の宿に行っててもらってもいいけど」
「外で寝るのは普通ですよ?」
「普通じゃないですよ…?」

少しおかしい気がしたがレックもそのおかしさに慣れてきていたのでカリンも大丈夫そうだと判断し、まあいいかとレックは進行方向を見やる。 右へ道がカーブしているので先は見えないが、まだまだ道は続いていそうである。

じゃあ少し休憩したらまた進もうか、と言って辺りの点検のために何気なくレックは立ち上がった。 まだそこまで疲れていなかったベルは、その後をそっとついていく。それに気づいたレックは歩きながら振り返った。

「ベル?どした?」
「いや…もうちょっと先行こう」
「??」

分かれ道がないか、洞窟が崩れていたりはしないか、少し先を点検しようと思っていたレックだったが、 ベルに背を押されて早足で歩かされる。カリンとレンだけを置いておくのが少し心配になるものの、ベルに言いたいこともあったので大人しく押されることにした。

「ちょっと先見てくる。そこから動くなよー」
「あ、は〜い」
「分かった」

一応振り返って二人に声をかける。カリンはかなり疲れた様子だったし、レンも表情に出さないものの 歩く速度は落ちてきていたので疲労がたまっていたはずだったが、割としっかりした返事があってレックは少し安心した。

その間もどんどんとレックは歩かされ、どうしたんだろう、とベルを横目で見てみる。 同じだけ歩いているはずのベルだったが、その紫色の瞳には疲れは全くなくむしろ少し輝いているようにさえ感じた。

「…ベル?ど、どうした…?」

さすがに何かおかしいぞ、とベルに背中を押されるのをやめようと歩きながらも横にずれて隣を歩こうとする。 ベルの手を外させ、顔を覗き見た。

「…なんだ」
「へ?」
「すぐそこなんだ…ファシールを封印した、場所が」
「は!?」

隣に立っても前を見たままのベルが小さな声でそう言い、レックはベルの視線の先を追う。 見れば、洞窟はそこで行き止まりになっており壁が薄緑色に輝いている。駆け寄りそうになったが、ベルが動こうとしないので一歩踏み出した足を急停止させた。

「お、おーい?…やっぱやめとくか?」
「…これを取りに来たんじゃなかったのかよ」
「いや…そ、そうだけど…でも、やっぱベル…なんかお前おかしいよ…」
「……」

おかしい、と言われてもベルは否定をしない。ベルが近づくまで自分も近づくのはやめようと思って、レックは自分から動こうとはしなかった。

「白蛇との戦いで…なんか、辛い事があったんだよな?やっぱちゃんと聞いてからの方がいいと思うから…話してくれよ、封印解く前に」
「…いや……」
「遠慮するなって!よし、もーココロを決めたから!どんだけすんごいこと言われようとも、絶対に引かない!! えーと、そのー…例えば…なんだろ、白蛇を滅ぼすことになったのを後悔してたとか、世界なんて滅びろとか言ってもいいから!!」
「……」

レックがそう言うのを聞いて、ベルはびくっと身をすくませる。それを見て、まさか本当にそうなのか、とレックは改めて心の準備をした。

「…そうなの?」
「いや…違う…と、思う」

思うってどういうことだ、と考えたが、レックは何とかベルを安心させられないかと必死に思い巡らせる。

ベルは、ファシールを見たくないと言っていた。白蛇との戦いを思い出すからかと尋ねたら、それを完全に否定することはしなかった。 だが、ファシールは非常に便利なものであり、メルディナ大陸中を探しても自由に空を飛べるアイテムなんて存在していなさそうだ。 カイがもう少ししたら似たようなものは作り上げてしまいそうだったが、今はそれは考慮に入れるべきではない。

ものすごくものすごく考えて…レックは、一つの結論に達した。

「まさか…ベル、お前…」
「…………」
「高所恐怖症になっちゃった、とか…?」
「…………ぶふっ」

今までにないほど脳細胞を回転させて頑張って考えて出した答えだったのだが、ベルは秒で噴き出し腹を抱えて笑い出す。

「ふふっ…ははははは!お前…ほんと…ふふふっ…お、面白いヤツだな…くくくっ…」
「もー!!人がせっかく!必死に考えたってのに!!思い切り笑いやがって!!」
「いや笑うだろ…!はー…お腹痛い…っ!!」
「なんだよ〜…」

笑ってくれてよかったとは思うが、そこまで爆笑されるとは予想外だった。 先ほどまで深刻そうな表情をしていたベルは、岩肌に片手をついて息も吸えないほど笑っている。

こんなにでかい声で笑ってたら洞窟中に響いてレンやカリンにさぞかしよく聞こえているだろうなあと思いつつも、 笑い声だから大丈夫かなと考えてレックはベルが笑っている姿をじとっとした視線で見つめていた。

「…はあ、はあ…苦しいっ…ふふ…っ」
「……それで?早く教えろって。高いところが苦手になって、ファシールを見るたびに恐怖を感じるわけじゃないんだな?」
「や、やめろ、笑わすな…!」
「うぐぐぐ…なら早く言えよ!!一人で悩んで考え込みやがって…何言ったって引かないって言っただろ!」
「……」

しばらく声を抑えるように笑っていたベルだったが、やっと落ち着いたようで肩を震わせるのをやめる。 岩壁の方を向いているベルの表情は、レックからは見えなかった。

「なあ……わっ」

ベルの背後に近寄ろうとすると、ベルは ばっ、と顔を上げてレックに向き直る。急にベルの顔が近くなり、レックは後ろによろけた。

「……レック」
「な…なに?」
「お前…ほんと、いい奴だな…」
「そりゃ、どうも…?別に普通だと思うんだけど…」
「俺のこと…友達だと思ってくれてるんだろ…?」
「あ、ああ……あの、ベルはそうじゃないわけ…??」

友達だろ、と前に言ったときに微妙な反応をされたこと思い出し、レックは自信をなくしかける。 それが表情に出ていたのかベルは安心させるようにレックに手を伸ばし、肩を軽く叩いた。

「ううん…友達だと、思ってる。今じゃもう……ない、ぐらい」
「ん??」

徐々に小さくなっていくベルの声が聞き取れずレックは聞き返す。 しかしベルは すっとレックから手を離してファシールが封じてある岩に向かって歩き出してしまい、慌ててその背を追った。

岩には、半分埋まった状態で色を失っている聖玉が見えている。その周りを淡い光が包んでおり、それが封印となっているようだった。

「……」

ベルがそれに手をかざし、何かを呟いた。

「わっ…!」

パリン、という何かが割れたような音がして岩の中の宝石が強く緑色に輝く。 ベルの後ろでそれを見ていたレックはあまりの眩しさに思わず顔を覆った。

岩の中から白い光が幾筋も溢れ出したかと思うと、そこから勢いよくファシールが飛び出してきてベルの周囲を大きく旋回し始める。 相当のスピードだったが、ぱしっ、とベルがそれを難なくキャッチした。

レックはベルの手の中に納まったその綺麗な珠をまじまじと見つめる。

「そ…それが、聖玉ファシール…」
「…ああ。ちょっと、レックも触ってみる?」
「いやいや…聖玉に選ばれた者しか扱えないものなんだろ?俺でもそれぐらい知ってるって……お、おい!」

レックが手を振って後ずさるのを気にせずベルはレックの手を取り、ファシールを手に乗せた。 ベルが手を離したので焦ったが、ファシールはレックの手の上で意思を持っているかのように小さく転がっている。

「やっぱり…レックなら大丈夫だと思った」
「な、なにが?ほら、返す!」
「あ、それともう一つ…」
「返すって…もう、なんだよ……?」

勝手に動くし聖玉だし、落とすわけにもいかずにベルに回収してもらおうとして手を突き出したが、ベルはまた岩に向き直ってしまった。

「え、それ…剣?」

ファシールが埋め込まれていた岩の中に手を入れ、そこから引き出されたときに持っていたのは金色の翼の形をした柄の剣だった。 もう一度手を入れ、今度は紫色の鞘も取り出す。剣を鞘に収め、ベルはそれをレックに差し出した。

「これは俺が父さんから受け継いだ剣「ルプランドル」。色々あってアリアが持つことになって、白蛇との戦いの少し前に返してもらった」
「アリア…から?」
「お下がりのお下がりのお下がり…で悪いけど、これはレックにやるよ。剣は扱えるんだろ?立派なの持ってるし」
「そ、そんな…ベルの父さんからもらっただなんて、大事なものなんだろ?それもベルが持ってた方が……」

そう言ったが、ベルはルプランドルを握った手をレックに差し出したまま動こうとしない。 ここで遠慮しても意味がなさそうだなと察して、レックは仕方なくファシールを持っていない方の手を出した。

「…分かったよ。ありがとう、大事にする。その代わりほら、ファシールを持ってくれ」
「……うん」

こくりと頷いてベルはファシールを受け取った。手のひらにのせてその様子をしばらく見つめていたが、 レックに背を叩かれてはっと我に返る。

「ほら!ここでの目的は達成!早く出よう!!少しでも王宮に近づかないと!」
「あ…ああ、そうだよな」

思ったよりもレンとカリンを待たせている場所から進んでいたので早足で引き返した。 二度ほど道を曲がったところで二人がいる場所が見える位置に辿り着く。いなかったらどうしようなどというミステリーなことが 一瞬頭をよぎったが、二人は大人しく先ほどと同じ場所で座って待っていてくれていた。

「おまたせー!ちょっと進んだ先だったんだ、ファシールを封印してた場所!早く、真っ暗になる前に帰るぞ!」
「あ…レグルス」
「お帰りなさいませ〜」

手をブンブン振りながら二人に駆け寄る。元気だなあとベルは後ろからマイペースに歩いていった。

「なんだか楽しそうにしてらっしゃいましたね〜」
「やっぱ聞こえてた?真面目に話してたのにすんごい笑われてさ…酷いんだぜ、ベルってば」
「どうせレグルスが間の抜けたこと言ったんでしょ」
「レン、お前な…!!」

しれっとそう言うレンにむっとするが、ベルの様子からして確かにそうだったかもと思い反論はしないでおく。 それをなんとなく察した3人がアイコンタクトをして笑うので、レックはますますむくれた。

「も〜……とにかくさ、来た道を戻るわけだけど…二人とも足は大丈夫?」
「平気だけど…ねえ、ベル?」
「おー、なんだ?」

少し遠くにいたのでベルは聞こえるように少し大きな声で聞き返す。

「そのファシールで、そこから飛べば洞窟から出られるんじゃない?ぼくのマグノリアは翼が大きいから無理だけど、 外に出さえすれば飛べると思うんだ。一度に何人ぐらい運べるの?それって」

そういえばそうか、とベルは手の中のファシールに意識を向けた。

「……。」

歩かなくて済むのかも、とカリンは少し期待の表情をひそかに浮かべている。

「ここにいる全員…は、ちょっと無理かな…二人なら飛んだことがある。ギリギリ3人ってところだと思う…」
「じゃあ、往復してもらえれば全員出られるね」
「んー…そうだな」

空を飛ぶための方法が増えた今、レンのマグノリアで飛べる場所まで移動できれば王宮を脱出したときと同じように 二人ずつで飛んで移動ができる。ベルはファシールを上向きに放り投げた。

「わっ…!」

ファシールに輝く4枚の翼が出現し、ベルの周りを飛び始める。指で指示を出し、首の後ろにファシールが来るように誘導した。

「よし…飛べるかな」

正面から見ると、ベルの背に羽が生えているようだった。ファシールがベルの後ろで羽ばたくと、ベルの体が軽く浮き上がる。 ベルは両手をレンに向かって差し出し、自分につかまるように促した。

「じゃ、最初はレンから」
「どうしてレンからなんだよ?」
「ぼくの方がレグルスより軽そうだし、女の子のカリンに万が一なにかあっちゃいけないからでしょ」
「まあ有り体に言えばそうだけどさ…淡白だなあお前は…」

しれっとそう言うレンに若干呆れながらも、素直にレンが両手を出してきたのでその手を掴む。 風の魔法の力で浮かんでいるベルに触れ、レンは自分の体の重さが一気になくなったのを感じる。そのまま二人の体はふわりと浮き上がった。

「すげー!浮いてる!!気をつけろよ〜!」

レックは二人を見送り、興奮しながら手を振る。空が見えている洞窟の縦穴はかなり高く入り口は地面からではかなり小さく見えていた。 その穴を覆うように草木がいくらか生い茂っており、ファシールの羽が当たるかもしれないなとベルは判断する。

「レン、ちょっとあれ切るから」
「ああ…邪魔だものね。いいよ」

レンはベルの片手を掴んだままもう片方の手でベルの体にしっかりとしがみついた。 自由になった左手で、ベルはファシールに指示を出すように魔法を詠唱する。

するとファシールの上の2枚の羽から風の刃が上に向かっていくつも飛び出し、穴を覆っていた草木を一気に切り裂いた。 それを見たレンは素直に感心したように頷く。

「すごいね」
「風の魔法は一番得意なんだよ…これでも一応、風の賢者だったんだぞ、俺は」

ベルは少し嬉しそうにそう言い、レンはその横顔を珍しそうに見つめた。

「ふーん…」

落ちていく枝を空中で素早く避けて、そして一気にファシールが羽ばたいて上昇していく。 それと同時に、地面では騒ぎになっていた。

「い、いたたたっ!なんだ?!」
「急に枝が…きゃーっ!痛いです〜!!」
「ぅおい、ベル!!枝切るなら先に言え!!」

バラバラと大量の大小さまざまな葉や枝がレックとカリンに降り注ぐ。頭を隠しながら二人で大騒ぎをしていたが、 どんどん高度を上げていく二人は何で盛り上がっているのか分からなかったしあまり気にしていなかった。

「なんか騒がしいね」
「そういや下にいたんだった……あのさ、レン」
「なに?」

ばさっと最後に大きく羽ばたいて、洞窟の外にベルとレンが着地する。高い位置にいるから太陽はギリギリ見えているが外はかなり暗くなってきていた。 穴の淵から少し離れた位置に安全のために歩き、辺りを二人で見回す。

「レンって…色んな鳥が、出せるんだよな?マグノリアっていう、レンが飼っていた鳥がさ」
「飼っていた…まあ、そうだね。世話をしていたし、懐かせなければいけなかったから、そうだと思う」
「だからなのかな…」
「なにが?」

ざあっ、と辺りに大きな風が吹いて、二人の服と髪を揺らした。少し言いづらそうに、ベルは視線を逸らしながら口を開く。

「レンが……レン自体も、鳥なんじゃないかって、思うときがある…すごく、そういう気配…が、するっていうか…」

そこまで言って、よく考えたらとんでもなく失礼なことを言っているんじゃないかとベルは慌てて口をつぐんだ。 ベルの言葉に少し驚いた様子を見せていたレンだったが、腕を後ろに組んで少し寂しそうに目を閉じる。

「……やっぱり、ベルもそう思う?」


    






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