「カリンの用事が済んだのなら早く出発した方がいいんじゃないの?ぼくのマグノリアは外に待機させてあるからいつでも出られるよ」
「待機…あ、そうだったそうだった、のんびりしてるヒマ全然ないんだよな…それじゃ、ベル…いいのか?その…」
「聖玉が役に立つなら別にいいよ。このままじゃ俺、完全にお荷物だし。ファシールがあれば、一人か二人ぐらいなら俺も抱えて空飛べるようになるよ」
「う、うん」

そんな便利なものをどうして使えないようにしてしまったのかレックには分からなかったが、 バルカローレの海の近くにベルが封印したという風の聖玉ファシールを取りに行き、そのまま海を越えられるのならば越えてさらに聖獣の 捜索範囲を広げるというのが昨日全員で出した作戦である。

レックとベルはカイに作ってもらった空を飛べる羽で目立たないように脱出し、カリンとレンはそれぞれ自分の空を飛べるマグノリアの力で 後からやってくる手はずになっていた。レックは自分が急に呼び出された理由が分からず少し不安だったが、 これ以上出発を遅らせると海を越えることができなくなるかもしれないと考えてこのまま出発することにした。

「じゃあ行くぞみんな。落っこちるなよ!」
「レグルスこそ気をつけてね」
「うっ……お、俺は大丈夫だよ!」
「あら〜…この高さから落ちたら、人間ならぺしゃんこですね〜。お気をつけて」
「怖いこと言うなって…!」

まずはレックとベルがバルコニーから飛び立ち、その様子をレンが誰にも見られていないことを確認する。 その隣で、自分のマグノリアを出そうとカリンが両手を伸ばした。

その瞬間、レンがそれを掴んで止めた。

「待って。カリンは自分のマグノリアを出さない方がいい」
「ど、どうしてです〜…?まだたくさんいるはずなのですが…」
「マグノリアが呼び出されたことにより、カリンのマグノリアの数が減ったことがアッシュ様に知られてしまうかもしれない。 ぼくは処刑された者だから気にしている人も少ないだろうけど、カリンのことは動向を知ろうとしている人がいるかもよ。 メイプルとか、ヴァイオレットとか」
「…そうですね〜…」

カリンはしゅん、と手を下ろした。

「…メイプルが、私たちは正義の味方で、レンも巻き込んで「マグナカルテット」〜…とか言ってた頃が懐かしいです… 何も考えずに、アッシュ様のご命令を聞いていればよかったですから…」
「3人ともアッシュ様が大好きだったよね。ご命令を頂いたら我先にそれをこなして報告して…ぼくも確かに、命令を受けたらそれはこなしていたけど…」
「レンは、アッシュ様がお嫌いだったの?」
「ぼくは男の子だもの…まあ、ヴィオもそうみたいだけど…メイプルたちみたいにアッシュ様にくっつきたいとか自分だけを見てほしいとか、 そうは思ってなかったよ。それよりも、ぼくはアッシュ様が苦しむところを見たくなかった」
「……え?」

レンが右手を高く上げると、どこからか小さな鳥が飛んできた。人差し指にとまったその鳥は首を傾げてレンを見つめている。

「カリンは知らなかった?知らないよね、神託の間へ入ったことがなかったと言っていたものね」
「神託の間には…大きな扉が一つあるだけで、他には何もなかったのでしょう…?」
「うん。でもぼく、アッシュ様が神託の間にいらっしゃるところを見たことがあるんだ」
「そ…そうなのですか…すごい勇気ですね…」
「…自分の存在に疑問を持ってしまった後だったから。好奇心を満たすために色んなことをしたよ…まあ、やがてそれが知られて メイプルに処刑されてしまったんだけど」

そう言ってレンは すっと目を細めた。メイプルに刺された肩が少し冷たくなったような錯覚が起こる。

「神託の間に呼ばれたアッシュ様はあの時…恐らく一方的に、殴打されていた」
「え?!」
「扉を少し開けただけだったから姿はよく見えなかったけど、蹴られたか殴られたみたいで、ぼくがいる扉の方向へ転がってきて…」
「そ、そんな…どうして、誰が一体…」
「それをやったのがぼくたちの「神様」みたいだよ。アッシュ様はぼくたちに命令を下さっていたけど、それがこなせなかったときはアッシュ様が罰を受けていたんだ」
「……」

衝撃のあまり、カリンは黙り込んでしまった。目を見開いてはいるが、涙が出てきそうになって必死にこらえる。

「ぼくはすぐに逃げ出してしまって…後日、アッシュ様にお会いしたときにどうしてそんな目に遭うのか尋ねてみた。 見ていたことを怒られたけど…「神罰を受けるのは当然だ」と仰ってたよ」
「し…神罰…?」
「それで…アッシュ様の命令をこなせなかったときはアッシュ様が酷い目に遭うということがわかったから…ぼくは疑問を抱くことを始めてからも しばらくアッシュ様のために働き続けていたんだ。だからぼくは、みんなと違ってアッシュ様が大好きだからお役に立ちたいという感情はなかったけれど アッシュ様の身に危険が及ばないでほしいと思っていた…そのために、なんとしても命令どおりに動こうとしてた」
「そう…ですか…」

レンがそろそろ行かないと、とカリンにバルコニーの中央の広い部分へ来るように促した。 いつの間にかレンの指に止まっていた鳥は巨大化しており、右手でその足を掴みその鳥の足がレンの手首をしっかりと掴んでいる。

急がないといけないとは思ったが、カリンはどうしても前に進むことができなくなっていた。

「…カリン?」
「わ、わ、私…アッシュ様のお屋敷に帰らないと…私が命令を無視し続けていたら、アッシュ様が…もしかしたら、今も…」
「しっかりしなよ。今はそんなことを考えている場合じゃない。もちろんカリンが神聖光使とその姉を命令どおり呪い殺して、 これからもアッシュ様の命令を疑問を全く抱かずに聞き続ける決意があるのならば別だけど」
「でも…このままじゃ…私、どうしたら…」

はあ、と大きくため息をついてレンは首を横に振った。そしてカリンに向かって左手を伸ばす。

「ちゃんと決めなよ。アッシュ様とレグルス、どちらを助けるか。同時にはムリなんだよ。ぼくは一度処刑された身だしアッシュ様の元へ帰るつもりはない。 カリンもしっかり意志を固めておかないといざというときに絶対後悔するよ」
「……」

レンにきっぱりとそう言われて、カリンは小さく何度か頷いた。

「レンはすごいですね…そんなに、割り切れてしまうなんて…」
「割り切ってるというか…自分が何者なのかを知りたい気持ちが非常に強いだけだよ。カリンだってそうなんでしょ?」
「そうですね…アッシュ様はお強いからきっとご無事だと思って、今は聖獣を見つけることだけを考えます…」
「…アッシュ様のことは、考えない方がいいと思うけどね」

レンの言葉に、カリンは苦笑して 努力します、と答える。まあいいか、とレンは外を見上げた。

「さ、二人をこれ以上待たせるわけにはいかない。 左手でしっかりこの子の足を持って、右手はぼくの腰に回してなるべくくっつくようにしてね。 ぼくも同じようにするから。…いくよ」
「は、はい!」

言われたとおりにカリンは鳥の足をしっかりと握り締め、もう片方の手でレンの体をしっかりと引き寄せる。 左右対称にレンも体を固定し、巨大な鷹に合図を出した。

鷹は大きく羽ばたき、二人の体はふわりと中に浮かびバルコニーの外に飛び出していった。



「二人とも、どうしたんだろ?」
「まさか部屋に誰か来て二人で対応してるとか?」
「うそ…二人を先に行かせるべきだったか…」

バルカローレの王宮から少しはなれた丘の上に着地したレックとベルは、遠くの城壁のその中に見えている王宮を見つめていた。 すぐ後ろをついてくると思っていたレンとカリンの姿はまだ見えない。

「にしてもさ…ベル」
「ん?」

腰にさげているカバンの中身を整理していたベルは顔を上げた。

「いや…その、ファシールの封印…だっけ?解きに行くって、大丈夫なのか?」
「なにが?」
「だ、だって…なんか、ファシールを見たくないとかいって、ワケアリみたいだったからさ…そりゃ海を飛んで越えられるようになるのは すごくありがたいんだけど、ベルの負担になるんだったら無理強いはしたくないっていうか…」
「……」

ベルはレックの顔を見つめてきょとんとしている。驚かれているのか呆れられているのか、まずいことを言っただろうかとレックは焦った。

「えっと…見たくないっていう理由はやっぱ…白蛇との戦いを思い出すから、とか…?」
「んー…まあ、そんなとこかな…別にいいだろ、気にせず利用しとけばいいのに」
「そーゆーわけにはいかないだろ!と、友達が…悩んでるんだったらなんとかしたいもの…だし…」

レックの段々声が小さくなっていく。その様子を表情を変えずにベルは見つめており、その言葉を反芻した。

「……ともだち?」
「え、違うの!?」

抑揚のないベルの声にショックを受けて、レックは本日一番のボリュームの声で叫び、そしてがっくりと項垂れる。

「いやゴメン…そーだよな一方的過ぎたよな…ごめんなさい」
「……ぶふっ」

目に見えて落ち込んだレックに、目を丸くしていたベルはついに噴出した。

「ふふふっ…なんだよお前、面白すぎだろっ…!」
「あーっ!!人が落ち込んでるのに笑ったな!!そりゃ色々心配するだろ!…最初に会った時もあんまり顔色よくなかったし、 夜中にはうなされてて眠れてないみたいだし、なんか目の下のクマが濃くなってるし…」
「…え、そうなの?」
「昨日より濃いよ」

レックは自分の目の下をなぞって見せた。

「うわ…」

ベルは思わず頬に手をやる。

「まあ…心配かけてゴメンな。大丈夫、ちゃんとファシールの封印は解くし一緒に聖獣が見つかるまで頑張るよ。 その間に、色々話せると思うからさ…理解してもらえるか、分からないけど…」
「す、するし!絶対に話せよ!!」
「…はーい」

レックの剣幕に、ベルは笑いながらやれやれと肩をすくめる。いくらか気分が明るくなって空を見ると、レンとカリンとそれを運んでいると思しき 巨大な鳥の影が王宮の上空から近づいてくるのが見えた。

それに気づいたレックが嬉しそうにベルの肩を叩く。

「あ!あれ、そうじゃないか!?こっち来るみたいだな」

いつも曇り空のバルカローレだったが、今日は雲に切れ間があった。 そこから丁度覗いていた太陽にレンのマグノリアである大きな鷹が重なる。

「すんごい大きな鳥だな〜…カリンは虫は出さずにレンの鳥だけで来るみたいだな…よしよし」

規格外の空を飛べる虫が近づいて来たらどうしようかと内心思っていたレックだったが、鳥以外に王宮から出てくるものがいないため安全と判断した。 鳥にさえぎられていた太陽の光がまた注いできてレックは片手を頭にかざす。そのとき、ベルが小さな声で何かを呟いた。

「…して…」
「え?」
「あ…いや、なんでもない…」

またなにか一人で考え込んだな、と察したレックはベルの肩に勢いよく腕を回す。

「わ」
「ほら、二人とも来るぞ!おーい!気をつけて降りろよー!!」
「……」

空に向かって手を振っているレックを横目に見て、ベルは少し表情を柔らかくして息を吐き出した。






神聖光使セルシアと姉のキリエが倒れてから王宮の者たち総出で看病が行われている部屋に、レックの姿を映した鏡人形のミラは部屋に突然迎えに来た 使いの者達に手を引っ張られて連れてこられていた。

レックの代わりにミラがこの部屋に来るのも既に片手で数えられないほどになってきていたが、 今までと比べて一段と中が騒々しい。連れてこられたはいいが、連れてきた3人は部屋の奥にいる医者に呼ばれて飛んでいってしまい、 ミラは入り口付近に放置されてしまっている。

「どうしたんだろう、この慌ただしさは…まさか…」

容態が悪化したのだろうか、とミラは自分の意思でセルシアが寝ているであろう部屋の一番奥の大きな白いベッドに近づいていく。 今まではセルシアに近づこうとすると止められたのだが、十数人の人だかりがあるものの誰もミラの方を見ようとせずに セルシアを見つめているようである。

人々の中心に横たわっているセルシアは両腕を掛け布団の上に投げ出している状態で、血が通っていないかのような青白い顔色をしていた。 どこも締め付けないようなゆったりとした真っ白の寝巻きを身につけているが、その袖から見える腕は枝のように細い。

呼吸はしているものの非常に苦しそうで弱々しく、時折激しく咳き込んでは周囲の人たちの悲鳴が上がっている。 その様子を人々の間から見ていたミラだったが、後ろから小さな声で呼ばれた気がして振り返った。

「レグルス…」
「……」

ミラを呼んだのは、少し離れた位置に置かれたベッドに寝かされているキリエだった。部屋にいるほぼ全員がセルシアにかかりっきりの状態で、 キリエのベッドのそばにはほとんど人がいない。キリエが何かを言ったようで、その人たちも布や薬がのった盆を持って離れていった。

自分が呼ばれたんだということが分かったミラは、セルシアの寝ているベッドから離れてキリエに近づいていく。

「……」
「…見舞いに来てくれたのね。ありがとう」
「いいえ…」

キリエはセルシアほど酷い状態ではなく意識はあるし会話もできるようだったが、それでも衰弱しきっているのは見て分かるほどだった。 ミラは椅子に座らずキリエの隣に膝をつき、キリエの顔を見つめる。しばらく二人は何も言わなかったが、ついにキリエが口を開いた。

「レグルスは今、私たちのために何か行動を起こしてくれているのね…?」
「…え?」

ミラは「レック」としてどう答えるべきか考えようとしたが、正しい反応が思いつかず驚いた表情を向けてしまう。

「それは、どういう…」
「いやね、分かるわよ。それにしても本当にそっくりね…カイ王子にレグルスと同じ姿になる機械でも作ってもらったの?」
「え、ええと…」

半分ほどを言い当てられており、ミラはますます焦った。自分がレックでないことが知られたら、それは長じてセルシアとキリエを 救う手段が狭まってしまうということである。近くに人がいないことを確認してから、ミラはさらにキリエに顔を寄せた。

「その、キリエ王女…」
「キリエ、でいいわ…そっと、でいいから教えてもらえる…?」
「…二人だけの秘密に、してもらえるなら…そうしてもらうことは、あなたのためにもなることだから」
「ええ…もちろん」

キリエの息は苦しそうで荒い。息を大きく吐き出し、目を閉じた。

ミラは自分がカイが作った人形でレックの姿を映しているだけであること、レックは仲間と共にセルシアとキリエを助けるための 薬のようなものを探しにいっていることを話した。二人が「呪い」によって殺されようとしていることは伏せるべきと考え、 聖獣のことを話すのはやめておいた。

「…それで、ミラ…あなたの本来の姿はどういうものなの?」
「え?」
「あなたは今、レグルスの姿をしているだけなんでしょう?役目を終えたらどうなるの…?」

自分が後どれぐらい生きていられるのか、レックたちが自分を救える可能性はどれぐらいあるのかなど、 キリエが真っ先に知りたいと思うであろうことを尋ねられると思っていたミラは驚いて言葉をなくす。

「ぼ、ぼくのこと…?」
「ミラがいてくれるからレグルスは動けているのなら…あなただって私たちを救おうとしてくれている人だもの」
「…いや、ぼくは…いいんだ、気にしないで。今は他のことを心配せずに過ごしていてください。それが一番大事だから」
「……」

その返事にキリエは寂しそうにミラから目を逸らした。

「…そうね、ありがとう。ミラ」

キリエがそう言って微笑む。ミラはそこで、そもそもどうしてこの部屋に呼ばれたのかを 聞いていなかったことを思い出し、自分をここまで引っ張ってきた人物を探した。

「あ…あの人だ」

セルシアのベッドから少しはなれたところで数人の人と小さな声で話し合っている大臣らしき男性を見つけ、ミラは近づいていく。 それに気づいた人々が振り返り、ミラが中に入れるように左右に散ったので説明を求めてミラはその人物の前に立った。

「……」
「お呼びしておいて大変失礼いたしました、レグルス様。もう少しこちらへお願いいたします」

セルシアのベッドから離れるように誘導されて大人しくついていく。 周囲の視線が以前と少し違うような気がして少々居心地悪く感じたが、ミラは気にしない様子でいるようにつとめた。

「…心してお聞きください。医師たちと、王宮付の魔道士たちから、説明がありました。 目に見えて明らかなことなのですが…」
「……はい」
「神聖光使セルシアヴィリオン皇帝の、死期は……明日、だそうです」

その言葉に、ミラは大きく目を見開いた。


    


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