カイは部屋に戻り、残ったレック、ベル、レン、ミラの4人でレックの部屋で寝ることは可能だったのだが、 ミラが人形の姿に戻ると申し出たため一時的に小さな人形の姿に戻し、残った3人で広めのベッドを使うことになった。

レンはおとなしくレックとベルの間で眠り、小さな寝息を立てている。扉の方を向いて横になっていたレックだったが、ごろんと寝返りを打って眠っているレンの向こうにいるベルを見やった。

だがベルの呼吸も規則正しく、すでに眠りについている様子である。レックは今度は上を向いて、右手の人差し指を左手でぎゅっと握った。

「・・・・・・」

心の中で、フィルに話しかける。おい、フィル、もう寝てるか?一応、今日あったことを話そうと思ったんだけど。と話しながら、指の先についているシフラベルに意識を集中させた。

「・・・ん、レック?・・・あ!そうだ、話すのすっかり忘れてた・・・!」
「起こしちゃったか、ごめん・・・なんかあったか?」

心の中でお互いに今日あったことを話す。レックは今日の昼にフィルと話した後に巨大なトンボに襲われたこと、ベルと出会ったことを、フィルはラブレーやユーフォルビアのこと、 そして聖獣がダイアンサスの塔にいると教えてもらったことをフィルは語った。

「そ、そこに・・・今、聖獣がいるのか?もうビンゴじゃん・・・ありがと、フィル・・・」
「でもユフィアさんはダイアンサスの塔は存在しているけど見えない、すり抜けてしまうって言ってた。だから、その塔を探すよりもやっぱり聖獣を直接探したほうがいいんじゃないかと思うんだけど・・・」
「見えない、すり抜ける・・・そんな塔、ないのと同じなんじゃないのか?」
「ぼくもそう言った・・・けど、確かにあるんだって。そうやって隠されているだけで、入る方法はあるんだって・・・」
「・・・わ、分からん。カイさんなら何か知ってるかな・・・あ、そういえばカイさんこっちに来てるんだけど、フィルは知ってた?当たり前だよな」
「うん・・・・・・まあ、ね。ごめん、そろそろ寝るよ。大事なこと話し忘れちゃっててごめんね。また何か分かったら連絡するから」
「お、おう・・・?」

なんだか突然、一方的に会話を切られてしまってレックはきょとんとした。しかし会話は全て口には出していないので、表情が変わるだけである。 置いてけぼりを食らったような気分になり、目もさえてしまってどうしたもんかなとまた寝返りを打った。

「・・・水でも飲もうかな」

しばらく目を閉じて寝ようと努力したのだがどうも眠気はやって来ず、仕方なしに起き上がる。隣で寝ているレンたちを起こさないように気をつけながら布団をまくり、靴に足を通した。

扉を開けるのも不必要な音を立てないように気をつけ、扉の横にいるであろう兵士に水を飲みたいと告げようと思って外に顔を出す。しかし。

「・・・え、寝ちゃってるし」

扉の左右に常に立っているはずの兵士が、二人ともしゃがんで下を向き眠り込んでしまっている。立てた膝に腕を乗せて、静かに寝息を立てているのでどう考えても眠っていた。 見張られていることが最初は不愉快だったレックだが、こうなると逆にちゃんと仕事しろよ、と思ってしまう。

「じゃあ勝手に出てってもいいよな・・・水なら食堂とかにあるかな」

時刻は日付が変わるか変わらないかぐらいなので、起きている人も多くはないにしても存在はしているだろう。ましてや神聖光使たちが重病とあらば24時間の看護が行われているに違いない。 そっちの様子も非常に気になったが、人に見つかると厄介だろうかとも考えてそちらには近づかないように道を選んで歩く。

いくつか閉まっている扉を通り過ぎて廊下を進んでいくと、目の前を誰かが走り抜けていくのが見えた。

「・・・ん?誰だ?」

足音がほとんど聞こえなかった。何か嫌な予感がして、レックは廊下の突き当りまで走って人影が見えた方向を確認する。

「・・・!!」

そこには、レックの姿を見てきょとんとしている、薄紫色の髪の少女が立っていた。メイプルやヴァイオレットと「アッシュさまのお屋敷」にいた少女、カリンである。 窓と倉庫らしき扉があるだけで外に通じていなかった道に入ってしまったようで、行き止まりから引き返そうとしたところをレックと遭遇したようだった。

「あら〜・・・?すみません、通していただけます?」
「えっと・・・王宮で働いてる子?こんな時間に何してるんだ?」
「いいえ〜、私は、私が呪った神聖光使がちゃんと死に至ったかを確認しに来ただけなんです〜」
「・・・・・・はっ!?」

レックは己の耳を疑った。神聖光使を呪った人。それが、今目の前にいる少女だというのか。

「き、キミ・・・名前は・・・」
「私ですか?カリンと申します〜。あなた様は?」
「俺は、レ、グ・・・・・・レック・・・」

動揺のあまりうっかり名乗ってしまったが、レックの頭は混乱していた。

「レック様ですね〜、よかったら神聖光使がどの部屋に今いるのか教えていただけます〜?」
「・・・まだ城の中はよく知らないからどこにいるか分からない。でも、まだ死んでないはずだぞ」
「そうなんですか〜・・・そうですよね、呪いに使ってる蝶、まだ生きてますもの・・・」
「・・・・・・」

しゅん、としているカリンを見下ろして、レックは思わず手をぎゅっと握り締める。

カイさんが言ってた、呪いを解くには3つの方法があるって・・・一つは、呪いの種類を調べて専門家に頼んで解いてもらう、もう一つは、聖獣の涙を使って呪いを浄化する、 そしてもう一つは・・・。

「呪いをかけた相手を、殺せば・・・・・・」
「えっ?」

レックの低い声を聞いて、カリンは目を丸くして顔を上げた。それと同時に、レックはカリンの顔の横の壁にバン、と手をついた。 先ほどまで薄く笑いを浮かべて話していたカリンは びくっと身を竦ませる。

「あ、あの・・・?」
「・・・・・・」

今、この右手で、この子を・・・そうすれば、セルシアとキリエは助かる。そうするのが最善じゃないのか。 苦しみに苦しんで今にも命の火が消えそうな姉たちを、今、ここで救うことができるんじゃないか。終わらせることができるんじゃないか。

俺はどういうわけかバルカローレの要人として扱われているし、事情を説明すれば理解も得られるだろう。 どう考えたって、そうするのが正義なんじゃないか・・・。

だが口は、考えていることとは、しようとしていることとは違う言葉を発した。

「・・・どうして、そんなことを?神聖光使をどうして殺したいんだ?」
「え、ええと・・・アッシュ様に褒めていただけるからです・・・」
「・・・アッシュ様は、どうして神聖光使を殺そうとしている?」
「じっ・・・邪魔だ、と仰っていました・・・」
「どうして?」
「どうして・・・・・・」

レックが口にした一言を、カリンは同じように繰り返した。どうして、どうして・・・と、何度も呟く。

「・・・おい?」
「どうして・・・分かりません・・・私、どうしてなのか・・・どうしてって、言っちゃいけないのが、考えちゃいけないのが、なぜなのか・・・分からないんです・・・ 私はどこから来たのか、どうやって生まれたのか、なぜアッシュ様の命令を聞かなければいけないのか、疑問を抱いてはいけないのはなぜなのか、 テラメリタのためって何なのか、全然分からない・・・でも、それを口にすることすら許されていないんです、考えてはいけないんです」
「お、おい」
「考えれば考えるほど、怖くてたまらないんです・・・!教えて、私は何なの?何のために生きているの?あなたは人間なのでしょう、私が人間とどう違うのか教えて・・・!!」
「・・・・・・」

ゆったりとしゃべっていた先ほどとは打って変わって、必死にまくし立てるカリンに、レックは戸惑った。

なぜかは分からないが、この目の前の少女は非常に苦しんでいる。神聖光使を殺すのも本意ではなかったのか。だとしたら・・・一瞬でも恐ろしいことを考えてしまったことに、とてつもない罪悪感を覚えた。

「・・・ごめん。先に謝らせて」
「な・・・なんでしょう?」
「カリン、あんたが呪い殺そうとしている二人は、俺にとってとても大切な人なんだ。呪いを成就させまいとして・・・今、ここであんたを殺すことが頭をよぎった・・・。 とんでもないことを考えてしまった。本当に、ごめん」
「・・・・・・」

つらそうな表情のレックを見て、カリンもうろたえる。

「なぜ・・・そうすることをやめたのですか?そうするのが、あなたにとってはいいのでは・・・?」
「・・・ムリだよ。俺にはそんなことできない。それよりも、もっと教えてほしい。アッシュ様のこと、カリンのこと。もっと話して。 恐らくだけど、俺の友達は「アッシュ様」のせいでとても苦しんでる。なんとかしてあげたいんだ。・・・それに、カリンのことも」
「私のこと・・・?」

レックは すっと壁から手を離し、カリンから距離をとった。カリンは不思議そうにレックを見上げている。

「友達の、こと・・・私のこと・・・どちらも、レック・・・あなたのことじゃないのですよね。どうして放っておかないのですか?神聖光使が死ぬだけで、あなたと関係があるのですか・・・?」
「・・・助けたいと思う、救いたいと思う。人間なら、そう思うのが当然なんだよ」
「それが、人間なら当然・・・」

カリンは自分に言い聞かせるように、ゆっくりとレックの言葉を反芻した。

「カリンは普段どこにいるの?疑問を抱くと誰に怒られるんだ?」
「・・・私は「アッシュ様のお屋敷」にいます・・・アッシュ様が開いた地上への扉「マグナフォリス」を通って、与えられた命令をこなすんです。 お屋敷では神様が見張っていて、話したことが全て聞かれています。そして、疑問を抱く者はみんな・・・ローズマリーになるんです・・・」
「かみさま・・・?ローズマリー・・・??」

初めて聞く単語に、今度はレックが繰り返す。

「・・・これを使うんです」

そう言ってカリンは右手を大きく開いた。そこが薄く青色に輝き、手の中に氷のような刃が出現する。

「これを・・・この「凍結の牙」を刺すと・・・その者の時間が凍りつきます。凍って動かなくなったら海に捨てられます。沖に流れていった者は、ローズマリーになる・・・そういう決まりがあるんです」
「凍りつく・・・まさか」

レックはくるりとカリンに背を向けて、急に歩き出した。ついてきて、と言われてカリンも慌てて走り出す。

「どうなさったんです・・・?」
「カリン・・・「レン」っていう子、知ってるんじゃないか?」
「レン・・・・・・!!」

左手で口を覆って、息を呑む。右手から凍結の牙が落ちて床に落ちてガランと音を立て、そして細かい光の粒になって消えてしまった。

「レンは・・・私の仲間の一人でした。一緒にアッシュ様のお屋敷にいました・・・でも、ある日・・・処刑されたと聞かされました。ローズマリーになって・・・」
「・・・なるほど、ちょっと分かったかも」

レックは部屋に戻るべく急ぎ足で廊下を歩く。それにしても、夜更けではあるが誰ともすれ違わないし人の気配もしないのはなぜだろうと考え、カリンに尋ねてみることにした。

「カリン・・・あのさ、もしかして城の人たちが寝てるのって・・・」
「あ、はい〜・・・皆さんには寝ててもらってます・・・」
「死んだりしないよな?!」
「はっ、はい!こんなに大勢を一気に呪い殺すなんてこと、私にはできないです〜・・・!」

レックの剣幕におびえた様子を見せるカリンに、大声出してゴメン、とすぐに謝ってまた歩き出す。 女の子を部屋に連れ込むのも・・・と一瞬と惑ったが、そんなこと言ってる場合じゃない、と眠ったままの兵士の間にある扉をそっと開いた。

「ここは・・・?」
「えー・・・一応、俺の部屋?奥に・・・・・・ん?」

部屋の中は真っ暗だったが、ベッドは部屋の一番奥にあることは分かっている。その方向から、なにやら魘されているような声が聞こえてきた。

「ベル・・・?」

ちょっとそこで待ってて、と言ってレックはベッドにそっと近づく。月明かりを頼りに一番奥で寝ているベルの様子を覗き見ると、体を丸めて苦しそうに唸っている。

「お、おい、大丈夫か?」
「・・・まっ・・・・・・か・・・」
「おい、ベル!?」
「・・・・・・・・・ん・・・?」

泣き出しそうな声が聞こえて、思わずレックはベルの体を揺すった。びくっと体が震え、レックの手の感触に気づいたのかゆっくりと体の緊張を解いてくるりとレックの方を向く。

「レグルス・・・?」
「お、起こしてゴメン・・・なんかすごい魘されてたから・・・夢でも見てたのか・・・?」
「ん・・・・・・あんま覚えてない・・・何か言ってた?」
「いや・・・よく聞こえなかったけど・・・」

二人の会話と振動で、隣で眠っていたレンも目を覚ましてしまった。

「うーん・・・なに、どうしたの・・・?」
「あ・・・レンも起きちゃったか・・・でも丁度いいか・・・」

あまりよく考えずに衝動でここまで来てしまったが、隠す必要もないのでレックは扉の方を指差す。

「レン・・・お前の・・・友達を、連れてきた。あそこにいる。知ってる子なんだろ?」
「・・・・・・!!」

がばっと布団を跳ね除けて、レンは起き上がった。

「カリン!!」

レンの声を聞いて、暗闇の中からカリンの声も聞こえる。

「レン・・・!どうして地上に・・・!?処刑されたと聞かされていたのに・・・」

レンは裸足のままカリンに駆け寄った。

「カリンこそ・・・どうしてここに。アッシュ様の命令?」
「は、はい・・・神聖光使を殺すことが私の使命で・・・呪いが完遂したかを見届けるために・・・」

それを聞いて、レンは苦々しい表情になる。

「レグルスが助けようとしている人に呪いを掛けたのはカリンだったんだ」
「・・・はい」

レックとベルも二人が話している扉の前まで近づいてきた。

「ぼくがここにいる理由は、まだよく分からない。ぼくは確かにあの時、メイプルに凍結の牙を刺された。そして凍り付いていく自分の体を見ていた。 でも・・・気がついたら、この部屋にいた。草むらで凍った状態で倒れていたぼくを、レグルスが助けてくれたんだ」
「レグルス・・・とは、あの、レックのことですか?」

二人がくるりとレックの方を見たので、自分の名前のことで話が進まないんじゃ申し訳ないと思い苦笑しながら両手を振る。

「えっと・・・愛称かなんかだと思って。どっちでもいいからさ」
「「・・・・・・」」

二人とも不思議そうな顔をしてレックを見上げた。ついでにベルもきょとんとしてレックを見ている。

「ローズマリーにならず、地上に落ちてくることができたということですか・・・?」
「結果から考えたらそうなんだろうね。理由は分からないけど」
「でも、メイプルの凍結の牙によって凍ったのに溶けたのはどうしてなんでしょう・・・」
「だから、分からないよ。分からないことを談義しても仕方ない」
「そうなんですけれど〜・・・」

うう、とカリンが言いよどむ。レンはしばし考えてから、言いづらそうにカリンを見た。

「カリン・・・ぼくが処刑された理由は知ってるよね」
「は、はい〜・・・疑問を抱いたからだと、ヴァイオレットから聞きました・・・わ・・・私も、レンがいなくなってからずっと考えていて・・・考えれば考えるほど、分からないことだらけで・・・。 レンが知っていることがあったら、教えてほしいです・・・」
「・・・・・・」

ちらり、とレックとベルを見やった。視線がレンと合った二人は驚いたが、レンは特に何も言わなかった。そしてまたカリンに向き直る。

「・・・ぼくにだけ配られたノームパッチ・・・あれを入れたら、急にいろんなものが気になり始めたんだ。アッシュ様のお屋敷で働くマグノリアの姿、 ぼくが今まで処刑した者たちが流れていった海の先、そしてアッシュ様とローリエだけが入る神託の間・・・そこにぼくは、入った」
「神託の間に・・・?!」



    


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