「カリン!カリンはこっちで、右腕を立てて左足を伸ばして、こう!!」
「あのぅ〜・・・メイプル、私は部屋で作業の続きをしないと〜・・・」
「何いってんの!アッシュさまが癒しの司を殺してくれて、やっと地上に降りられるんだよ!?ほら、セリフ覚えた?カリンは「アッシュさまに忠義を尽くす」だからね!!」

メイプルは手を大きく動かしてカリンに向かってなにやらレクチャーしている。呆れたようにヴァイオレットもその様子を壁にもたれながら見ていた。

「・・・どうしちゃったのかしら、メイプルは」

カリンは大きな虫かごを抱えて、メイプルの剣幕に怯えている。

「・・・怖いです〜・・・」
「レン!レンはどこ行ったの!?せっかく一番最初のセリフをあげたのに!!レンのセリフは「真実のメルディナ」だって教えたでしょー!!もー!!」
「ええと〜・・・メイプル・・・レンは、アッシュさまのご命令でローズマリーになったんじゃ・・・」
「最後に4人で合わせて「我ら、マグナカルテット!!」って決めるの!ヴィオはちゃんとポーズとセリフ覚えてる?大丈夫!?」
「はいはい・・・私はこーやって、「テラメリタのため」でしょ?」
「よおし!!」

メイプルは満足そうにヴァイオレットを指差すが、カリンは自分の発言を聞いてもらえずしゅんとした。

「早くマグノリアを使って戦ってみたいなあ〜・・・4人で一気に行く?最初は一人だけにする?ランフォルセを探す二人と、闇の剣の継承者を探す二人に分かれた方が効率いいかな」
「あの、それだと人数が足りなくなっちゃいますよ〜・・・」
「邪魔する人がいたら殴って黙らせていいってアッシュさま言ってたし、 マグノリアがきっと大活躍するよね。カリンとレン、メイプルちゃんとヴィオでそれぞれ組んで行く?」
「・・・はあ」

ヴァイオレットは顔の横の髪をくるくると指で触りながらメイプルを見ていたが、視線をメイプルから逸らしてため息をつく。

「やめといた方がいいわ・・・私とメイプルのマグノリアは、一緒に出すには相性が悪いから」
「なんで!出す前からどうしてそんなこと分かるのっ!」
「きーきーうるさいわね・・・メイプル、最近アッシュさまとお会いした?・・・ちゃんと、改めてご命令を伺った方がいいと思うわよ」
「昨日、直接アッシュさまから「ランフォルセを探してこい」ってご命令をもらったばっかりだけど?」

いよいよこれはおかしいと思い、ヴァイオレットはメイプルに背を向けた。座っているカリンにも指でちょいちょい、とついてくるように合図をする。

「相手してらんないわ。とにかくローリエかアッシュさまと会ってきなさい。自分が変だってことが分かるでしょうから。いいわね」
「はあ!?変なのはヴィオでしょー!?アッシュさまのご命令、今すぐにでも果たしに行くべきじゃないの!? カリンもなにしてんの?どうしたの!?メイプルちゃんがぜーんぶやっちゃうからね!!知らないから!!」

部屋から出て行くヴァイオレットとカリンの背中に、メイプルは叫び続けた。

しかし二人は振り返ることなく出て行ってしまい、部屋の中に一人残されて足の力を一気に抜いてぺとん、と床に座り込む。

「意味わかんないよ・・・!もういい!レンと二人で行くから!!」

静かに閉まった扉を、メイプルは悔しそうに睨みつけた。






「ミラ・・・ごめんね、私たちはとんでもない失敗をしてしまったみたいだ・・・」

無事にミラはレックがこなすはずだった業務を全て終えて、カイがレックと共に食事をしたいと申し出たことによりレックの部屋で二人で待つことになっていた。 机の上でレックの部屋に持ってきた金色の箱の中身が青く点滅しているのにふと意識を向けたが、今日はいいか、と口の中でつぶやいてミラに向き直る。

「・・・ミラ、って呼ぶ方がいいんだろうか?キミの名前を・・・教えてくれる?」

レックと寸分たがわぬ姿のその人形は、カイの発言に目を丸くしたあとしばらく言いよどむ様子を見せた。

「・・・・・・」
「自我をもたないように作ったって、リアン殿は言っていたのに・・・よっぽど強い記憶が、この光の魔法に宿っていたんだね。呼び出してしまって本当にすまない。 今は、私の友人・・・レックのために、どうか動いていてほしいんだ。その後のことは、私がちゃんとキミを再び作り出してしまった人と相談して責任を取るから」
「・・・はい」

ミラは小さく頷く。カイのことをじっと見つめて観察している様子だったが、やっと小さく口を開いた。

「・・・ぼくの名前は・・・ジェミニ。ご存知ではないですか?」
「ジェミニ・・・そうか、リアン殿が言っていたよ・・・光の魔法の一つの力の名前・・・キミの記憶は消されることなく魔法に宿っていたということなのかな」
「・・・いいえ」

首をゆるく横に振り、目を閉じる。

「ぼくは・・・確かに、記憶を消されました。今からどれだけ前のことかは分かりませんが・・・ぼくの姿を映した人は、確かにぼくの記憶を消す言葉をぼくに告げました。 ・・・だけど、ぼくは確かに生きていた。ぼくを慕ってくれる仲間も大勢いた・・・そして、ぼくの記憶が消えずに済むようにしようとしてくれた人までいた・・・ でも・・・記憶を消して、ぼくはただの人形に戻らなければいけなかったんです。だから、それをぼくは受け入れたはずでした」
「・・・・・・」

ミラが力なく語る言葉を、カイは一語一句聞き漏らさないように集中して頭に入れて理解しようとしていた。

「だが・・・やはり、心のどこかでそれを認めたくなかったんだね。そしてキミの記憶は・・・光の魔法の一つ「ジェミニ」の中に封印されていたんだろう。 その技術を使って再び人形が作られ・・・キミはよみがえってしまったんだ。恐らく、数百年の時を超えて」
「数百年・・・」

座ってもいいですか、とカイに尋ねてカイが頷くと、椅子に腰掛けて両手を顔の前で組む。

「・・・ぼくは「白蛇」の一部だったんです。多くの人を苦しめ、多くの人を殺しました。・・・ぼくが今、そのときの記憶を持ったまま「ミラ」として存在していてもいいのでしょうか」
「・・・・・・」

その言葉に、今度はカイが目を丸くした。

「キミは随分・・・賢いんだね。それに利他的だ。姿はレックだけど、なんか私の息子と話してるみたいだよ。いや、レックが賢くないってワケじゃないんだけど」

カイも向かい合って椅子に腰掛ける。

「ジェミニ・・・いや、ミラって呼ばせてもらうね。ミラ、キミは人間として生きていいんだよ。数百年前、人間として生きていたんだろう? そして、そのままでいたいと強く願った結果、今ここにいるんじゃないか。生きたいと思う人間が存在していてはいけないなんてことは絶対にないよ」
「ですが・・・」
「そうだね、キミの体は完全に人間と同じではない。体の中は魔法で構成されているからね。でもその辺りのことはさっきも言ったように、 キミを再び作り出した人と話し合って解決するよ。・・・だから、今はどうか私たちのために動いていてほしい。お願いできるだろうか」
「・・・はい」

よかった、とカイはテーブルに寄りかかっていた体を反らせて背もたれに背を預けた。

と、同時に、突然バルコニーに大きなものがドサドサッと大量に落ちてきた音がして部屋の中にまで大きな振動が伝わってきた。

「な・・・なんだ?」

カイは振り返ってバルコニーの方向を見て、ミラは立ち上がってカイの背後を確認する。外はすでに薄暗く、明るい部屋の中からでは外の様子がよく見えない。

恐る恐る二人でバルコニーを開けると、そこには見知った人たちが折り重なってうごめいていた。

「いって〜・・・ちょっと、俺どうなってんの?」
「重いよ、レグルス〜・・・」
「あたたた、待ってレン、どくから・・・!」

レックはレンのお尻に片足が乗っていて身動きが取れず、バルコニーの壁にはベルが引っかかっている。ごろりと横に転がって、レックはなんとか身を起こした。

「あ・・・カイさん。あとミラも・・・か、帰ってきました・・・」
「うん・・・まあ、色々尋ねたいこともあるけど、とりあえずお帰り〜」

そう言ってカイは部屋へ3人を迎え入れる。レンも身を起こして、ベルは安全を確認してから壁に手をついて一回転して床に降り立った。部屋の中に入りながら、後ろにいるベルに向かってレックは悪態をつく。

「もー!カイさんがくれた羽のうち、1枚は予備だからベルの分もあったのに、勝手にためしで使ったりするから2枚で3人が飛ばないといけないことになったんだからな!」
「だ、だから悪かったって・・・なんとか着地できたんだから、いいだろ・・・?」
「それは単なる結果オーライだろ!暗いから壁にぶつかったり木に引っかかったりするんじゃないかってひやひやしたし・・・見事なまでに制御不可能に陥ったから、 もう二度と人数より少ない枚数では飛ばないぞ!」

どうやら帰りがけに色々あった様子である。レンはレックの後に続き、ベルは体についたほこりをバルコニーでパンパン、と払ってから部屋の中に入った。

「えっと・・・人数が増えてるみたいなんだけど、そちらの方は?」

自分の事が尋ねられているのだと分かり、ベルは自己紹介をしようとしたのだが先にレックが口を開く。

「あ、カイさん、聖獣の事を調べてるときに巨大なトンボに連れ去られそうになったんですけど」
「きょだ・・・・・・え?」
「危ないところを助けてくれたんです。なんと白蛇と戦った賢者の一人、ベル。一緒に聖獣を探してくれることになったんですよ。ベル、この人はカイさん。コンチェルトの王子様だよ」

自分の説明をされ、そしてカイの事を聞かされベルは声が裏返りそうになった。

「でえっ・・・は、はじめまして、王子様・・・ベルっていいます・・・」
「ははは、よろしくね。白蛇と戦った賢者とお会いできるとは。聖玉は今も持っているの?」
「あ、そうそう、ファルシー」
「だからファシール・・・」

レックの勘違いに、ベルは脱力する。

「今は持ってないです・・・」
「そうか、あれは空を飛べるんだろう?ちょっと研究の参考にさせてもらいたかったんだけど」
「・・・すみません」
「いや、いいんだよ。しかし賢者だったキミが持っていないとなると、誰かに継承・・・」

と言ったところで、扉がノックされた。レックとカイのための食事が運ばれてきたと悟って一気に全員が焦り、バタバタと隠れる場所を探す。

「ベッドの下は・・・ダメだ、狭すぎて入れない!カーテンの後ろじゃ足が見えるし、ベル、レン、テーブルの下に隠れろッ!!あと、ミラも!!」
「レグルス、ぼくは隠れなくてもいいんじゃないの?」
「あ、そうか!あれ?!」

混乱しながらも、カイ以外の4人は長いテーブルクロスで隠れて見えないテーブルの下にぎゅうぎゅうと入り込んだ。カイがそれを見届けて扉を開ける。

「ご苦労様。じゃあ、並べてくれるかな」
「かしこまりました」

給仕係たちが5、6人入ってきて手際よく料理を並べ始めた。テーブルの中からその人たちの足がたまに見えて、ひやっとしながらも動けないので息を止めるぐらいしかできない。

カチャカチャと食器の音が響いたり、ドン、と重そうな料理が置かれた音が何度か聞こえた後、足音はまた扉の方へ去っていった。

「お世話をいたしましょうか」
「いいや、大丈夫。何かあったら呼ぶから待機しててくれ」

了解しました、とお辞儀をして召使たちはぞろぞろと部屋から出て行く。

「・・・よく考えたら、隠れるのって俺かミラのどっちかと、ベルだけでよかったんだな」
「もー、知るかよ・・・あだだっ」

ごそごそとテーブルの下から全員が順に顔を出した。そして、料理を見て思わず驚きの声を上げる。一番喜んでいる様子を見せたのはレンだった。

「食べていい・・・?」
「いいよ、好きなだけどうぞ。ただし、ちゃんとナイフとフォークを使って食べること」
「はい」

椅子を引いてレンを座らせ、テーブルウェアを持たせる。ミラは立ったまま動かなかったが、カイが手招きをした。

「ミラも食べられそうなものを食べなさい。こんな量、食べきれないから」

テーブルから出てきてから、ベルだけは気が進まなさそうにしている。

「・・・レグルス、やっぱ俺は城下に泊まるよ。悪いもん・・・」
「なにが?どうせ明日も一緒に聖獣を捜しに行くんだから、出発点が同じ方が効率いいだろ。部屋も無駄に広いから全員寝れるし、心配するなって」
「うーん・・・」

いいのかなあ、と言いながらベルものそりと椅子に腰掛け、実は食べたいと思っていたトマトのスープをよそい始めた。






その日の夜、食器をとりに来た人たちの目を何とかごまかし、料理がほとんど空になっているのに驚かれたのも気づかないフリをして、 一同は聖獣について話し合っていた。

「メヌエットの、この町での目撃情報が一番多いんです。毛皮に触れたっていう人もいるぐらいで・・・姿はやっぱり見えないらしいですけど」
「ここって・・・確か、ニヒト殿が「空を飛ぶ少年」の噂があるって言っていた町だな・・・何か関係があるのかもしれないね」

地図を見ながらカイがあごに手を当てる。距離を指で測りながら、レンが横から言った。

「でも、一日でそこまで行って帰ってこられるの?」
「・・・そうなんだよな。徒歩じゃとても無理。海も越えないといけないし、ミラが俺の代わりにいてくれるとはいえ、移動の効率が悪すぎる」
「・・・・・・」

テーブルに片手をついて考え込んでいたベルが、仕方なさそうに何度か頷く。

「・・・空を飛んでいけたら、すぐだよな」
「そうだけど、カイさんが作ってくれる羽は城の外からこの部屋の窓ぐらいまでの距離しか飛行できないから、海を越えるなんて無理だぞ」
「ファシールなら・・・いけるだろ」
「え・・・!!」

そうだ、それがあったんだとレックは目を輝かせた。

「ベルの使える聖玉!そうだ、それなら空を自由に飛べるんだよな!・・・でも、今は持ってないんだろ?誰かにあげちゃったのか?」

そういえばさっき聞こうとしたんだ、とカイも二人の会話に注意を向ける。ベルはどこかかげった表情で首を振った。

「ううん、継承はしてない。・・・でも、封印してあるから誰も使えない」
「封印・・・?」
「・・・バルカローレの、海の近くに。俺じゃないと封印は解けない」
「な・・・なんで、そんなことしたんだ?その・・・普通に使うとしても、すごく便利じゃん、その聖玉は・・・」
「・・・・・・」

そこまで言って、訊いちゃいけなかっただろうかとレックは少し慌てる。ベルは無理に笑っているような顔をレックに向けた。

「・・・見たくなかったから」






「・・・チェレスさん。・・・いや、セレスお兄様」
「ど・・・どうしたの」

セレナードの王宮の広い廊下で、夜空を見上げていたセレスは突然聞こえてきた女性の声に驚いた。人払いをしてあったし、人が近づいてくる気配も全くなかったからである。

「アリアちゃん・・・シャープのことが心配?フィルくんが無事を確認してきてくれたじゃない」
「・・・はい。でも、もう私・・・限界です。シャープと離れているのがこんなに辛いなんて思いませんでした」
「・・・・・・」

いつもの元気な様子のカケラもないアリアに、セレスはどうしたらいいのだろうと両手を組んだまま意味もなく動かした。

「お願いがあります。・・・お母様に、会わせてください。セレスお兄様の、母上・・・クレール様に」
「母上に・・・?!」

セレスの母でありラベル公爵夫人であるクレールは婚約式のためにリアンと共にセレナードの王宮を訪れていたが、元セレナード王妃という立場を気にしてか公の場には姿を現さない。 普段はラベル家の城の奥深くで暮らしている、謎の多い女性である。

「お兄様が頼めば・・・リアンさんも、クレールさんに会わせてくれると思うんです。お願いします」
「・・・母上は眠っておられることが多いから・・・叔父上も明日にしてって言いそうだけれど・・・」
「お父様には頼めないことだから・・・どうしてもお話したいの。お願い」
「・・・・・・分かったよ、叔父上にお尋ねしてみよう」

アリアの真剣な様子に、セレスは頷くしかなかった。



    


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