予想だにしなかった単語に、二人は目を丸くする。

「そんなわけがあるか!!余計なことばっかり覚えて!もー、このおませの役立たずが・・・!」
「愛されていて、ぼくも世界で一番ユーフォルビア様をお慕いしていたら、旦那さんになれるんでしょ?!」
「それは人間同士の話!!お前はウサギだろうが!!」

わーわー言い合い始めてしまい、どうしたものかなと思いながらもフィルはユフィアが先ほど手でどうぞと示してくれていたのでティーカップに口をつけた。

ラブレーとユフィアの会話から、どうやらラブレーは見た目どおり人間ではないことだけが分かった。

「絶対にもっと大きくなって、ユフィア様をお嫁さんにして見せます!!」
「なれないから・・・何年そのサイズで生きてると思ってるの・・・」
「・・・あのう」

二人のやり取りを黙って見ていたシェリオがついに口を開く。

「その・・・ラブレーはつまり、人間じゃないと?ウサギ・・・なんですか、本当の?」
「そうだね・・・ウサギだった、というべきか・・・」

ユフィアは よいせと立ち上がり、先ほどラブレーがお菓子をとりに行ったのとは別の部屋に入っていった。 ラブレーはその後姿を満面の笑みで見送り、そしてテーブルの上のお菓子の箱をウキウキと眺めている。

「ユフィア様ー、お菓子開けてもいいですか?」
「ああいいよ、お客様にちゃんと渡してね」
「はーい」

ラブレーが箱に手を伸ばそうとしたが、ソファの上からでは明らかに手が届きそうもなかったのでフィルが開けてあげることにした。

紙でできた箱のフタを取ると、綺麗に並んだ丸い焼き菓子が現れラブレーは目を輝かせている。そのうちの一つをとり、ラブレーに手渡した。

「わーい!いただきます〜」
「・・・はー、可愛い。はい、シェリオ」
「おう、ありがと」

シェリオにもお菓子を渡し、フィルも一つ手に持つ。 ラブレーを見やると、フィルが町でクッキーを渡したときと同じようにサクサクサクと音を立てながら細かく口を動かして少しずつ食べていた。

「ラブレー、キミは何歳なの?」
「もぐもぐ・・・あ、えっと・・・ぼくですか?」
「あ、食べてるのにゴメンね。そう、いくつなの?」
「ぼくは18歳です」
「・・・は」

自分より年上、いやそんなはずは、とフィルは己の耳を疑う。

「え!?18!?お、おかしくない・・・?」
「はいはいお待たせ、お菓子の取り皿探してたら遅くなっちゃって」

そのときユフィアが部屋に戻ってきた。片手には小さな白い皿が何枚か、もう片方の手には赤くて丸い宝石が乗っている。

なんだろう、と思いながらもフィルは皿を受け取りもっていたお菓子をそこに置いた。皿が行き渡り、ユフィアもソファに腰を下ろす。

「よいせ・・・はい、ラブレーの話ね。お前さんたちは大丈夫だと思うから言うけど・・・」
「・・・え?」

赤い宝石をテーブルの上に乗せた。その宝石は炎のようなオーラを放っており、朱色に周囲が揺らめいている。

「ラブレーは、私が飼っていたウサギだったんだよ。ウサギにしては長寿で、12歳だった。でもこの宝石「ローシュタイン」を触ったら、その中途半端な姿になっちゃったんだ」
「おかげでユフィア様と一緒にいられるし、結婚もできるようになりました」
「なってない!!」
「なりましょうよ!!」

怒鳴られても全くラブレーはひるまない。笑顔でユフィアを見上げており、耳がピコピコ揺れている。

「あ、あの・・・その宝石は一体なんなんですか?聖玉ですか?」
「聖玉・・・とはちょっと違うね。でもまあ、そのうちの一つと同じ力で動いてる。ローシュタインには、動物の意思を具現化する力があるんだよ」
「動物の意思を・・・」
「具現化?」

意味が分からず、二人は横目で視線を合わせた。

「ぼくはユフィア様に拾ってもらってからずーっと、ユフィア様をお慕いし続けていたんです。この想いを伝えたい、愛を言葉にしたい、そう思い続けていました。
そして気づいたら、人間になっていたんです」
「・・・人間ではないよ。耳も尻尾もしっかり生えてんでしょ」
「人間は素晴らしいですね!四足で生きていた頃と違って、愛情を表現できるのは幸せなことです」

ちっちゃな生き物が愛を語っているのは不思議な図であったが、ラブレーはとにかく幸せそうである。ユフィアは反論することはあきらめ、ラブレーの胸の赤い宝石を指差した。

「その、胸についている宝石は「アーテム」。四足毛玉が二足歩行毛玉になったときに現れた、 その子の「心臓」みたいなもの。それが壊れたらケモノに戻るし、とっくに寿命だから死ぬだろうね」
「ひ、ひええ・・・」

衝撃的発言にフィルとシェリオは震え上がった。だがなぜかラブレーは笑顔を崩さない。

「怖がらないで下さい、アーテムはどんな鉱石より硬いんです!どんなに強く打ち付けてもヒビすら入りません」
「・・・まあね。でも聖玉で思い切り攻撃すればショートして割れると思うよ」

さらりとそう言われ、シェリオはペンダントに戻していたファラを思わず握り締めた。 ラブレーは初耳だったようで、そうなんですか?とだけユフィアに尋ねていたが特に気にする様子はない。

「例え取られちゃったとしても、ぼくの体に戻ってくるんです。遠くに投げても大丈夫です」
「な、投げるんじゃないぞ・・・」
「平気ですってば〜」

どうも感覚が違うようで、ユフィアは淡々と話すしラブレーはのほほんとしている。

「そういえば、外では何か変わったことってあった?もう全然外に出ないものだから」
「変わったこと・・・色々ありましたけど、どれぐらい出ていらっしゃらないんですか・・・?」
「んー・・・最後に結界の外に出たのが2年前?なんでも家の周りで自給自足やってるからね。少し前は、もうちょっとおばあちゃんの姿で先生やってたりしたのよ」
「おばあちゃんの姿・・・??」

どうやら20歳ほどに見えるこの女性も、見た目どおりの年齢ではないということが何となく分かってきた。 ふと、思いついたことをシェリオが口に出す。

「・・・もしかして、この辺りで森の魔女っていわれてるの、あなたですか・・・?」
「あー!ぼくがお買い物に出ると「森の魔女のトコのウサギ」ってよく言われますよ!」
「なっ・・・ほとんどバレてんじゃないか!どうして言わないの!?」
「え〜・・・別に間違ってないし、いいかなと・・・」

フィルは、初めてラブレーに会ったときも町の人たちがラブレーをウサギと呼んでいたことを思い出した。

「まあ魔女って言われてたね・・・セレナードの公爵家にも出入りして家庭教師してたこともあったんだから。 老婆の姿で、ユーバって名前でね、魔法やら裁縫やらをその家のお姫様に教えてたんだよ」
「お裁縫!ユフィア様のお裁縫で、服も靴も作ってもらってるんです!刺繍も入れてくださったんですよ、ほら!」
「毛玉は黙ってなさい!!いちいち口を挟まないの!!」

どうもユフィアのことを自慢したいようで、ラブレーは怒られるのも気にせずにポケットからハンカチを取り出す。 フィルが見てあげると、白いハンカチの隅に「Lovela」と書かれた緑の糸の刺繍が綺麗に入っていた。

よかったね、と言って頭をなでてあげると嬉しそうに目を閉じる。

「ま、今はあんまり関わらないように生きてるね・・・必要なものだけ毛玉に買いに行かせてる」
「なんでですか?外に出られない理由が・・・?」
「ん〜・・・特に今のこの年齢の姿で知り合いがいないからね。それに毛玉を外に出した方が・・・まあ私のことはいいじゃない。二人は町で何してたの?」

突然話を振られて、フィルは戸惑った。町を歩いていたのは買い物のためだったが、もしかしたら、と思って探し物について尋ねてみることにする。

「ええと・・・ユフィアさん、「聖獣」ってご存知ですか?友人が人を助けるためにそれを探してるんです・・・」
「聖獣?」

そのことを聞くのか、とシェリオもフィルが言うことに集中した。

「今、バルカローレの皇帝が病気・・・みたいなので、余命幾ばくもない状態らしくて・・・。 それで、「聖獣の涙」が必要なんだそうです。もしも、何か少しでもご存知だったら・・・」

ユフィアは、んー、と少し考えるそぶりを見せていたが、人助けならいいか、と小さく何度か頷く。

「知ってるよ、赤い翼のある大きな白い獣でしょ。何百年か前はよく姿を見せてたんだけどね」

本当にこの人は何歳なんだろう、と思ったが言わないでおいた。

「いくつかの場所を転々としているみたいねぇ・・・雪山だったり、地底湖だったり・・・。あとは海の上とか」
「・・・海の上?島ってことですか?」
「むかーしに作られた塔が海のど真ん中に建ってるの。「ダイアンサスの塔」っていう長い塔なんだけど」
「ダイアンサスの塔・・・」

聞いたことのない名前で、フィルはその単語を反芻する。

「海の上にあるんじゃ、バルカローレと三国を行き来する船とか冒険家とかに見つかってるんじゃないのかな」

シェリオがそう言うと、ユフィアは首を横に振った。

「その塔は、見えない上にすり抜けてしまうんだよ。だから、実質この世界にないようなもの」
「じゃあそんな建物、ないんじゃあ・・・?」
「あんのよ。そうやって隠されているだけで、入る方法はあるはず。入った人間もいるらしいから。それに、海のど真ん中ってわけじゃなくてそこまで陸からは離れてないみたいよ」
「はあ・・・」

話が難しくてよく分からないのか、ラブレーは暇そうにしている。 足をぷらぷらさせており、フィルはラブレーが着ている青い服から覗く尻尾を触りたくて仕方なかった。

だがさすがにいきなり触ったら驚かせてしまうかと考えて、頭を触るだけにとどめる。 髪から少し手をずらして耳を触っても嫌がられないようだったのでさり気なく撫でていた。

ユフィアと話をしながらもフィルの行動を気にしていたシェリオは、もう触りすぎだとラブレーの耳からフィルの手をはがす。

「あーん、なにすんの」
「人様のペット・・・いや、旦那さん?とにかくべたべた勝手に撫ですぎだろ」
「えー・・・じゃあ許可を取ったらいい?」
「そういう問題ではなくて・・・フィル、そんなに動物好きなのに飼ったことないのか?」
「ないねー・・・城の中では飼ってる人がいくらかいたみたいだけど」
「一段落したら、自分で飼ってみたら?イヌとかネコとか」
「ネ コ は 無 理」

今まで聞いたことのないような強い口調で迫るように言われ、シェリオは思わず椅子の上で後ずさる。

なんなの、ネコは苦手なの?とユフィアに笑われてフィルは自分とネコの歩みの軌跡を語り、それを3人は質問を交えながら楽しく話し出した。






「シャープ姫、早くここから出て!」

双心の砂時計の部屋にいつの間にか立っていたシャープは、訳の分からないまま目の前にいたローリエに手を引かれて部屋の外に連れ出された。

「ろ、ローリエさん!?私、一体・・・」
「ごめん、今は急いで!とにかく部屋から出て元の部屋に戻れば・・・あっ」

扉を開けた瞬間、ローリエが廊下の壁に向かって吹き飛び、倒れ込む。とっさにローリエが手を離したため、シャープは引っ張られることはなかった。

ダン、と大きな音がしてローリエは背を強く壁に叩きつけられる。シャープは悲鳴を上げそうになったが、扉の外にいた人物を見て凍りついた。

「・・・フィルさん・・・?!」
「・・・久しぶりだな、シャープ姫。ここに連れて来た日以来か」

そこにいたのはアッシュだった。ローリエが上体をなんとか起こすと、アッシュはそちらを見やり、ローリエの顔目がけて手を振り上げる。

「やめてください!!」

シャープはローリエに飛びつき、頭を抱きかかえてうずくまった。 殴られる、と覚悟したが、アッシュが腕を振り下ろしたことによる空気が動いた感覚はあったものの、シャープの体に衝撃はなかった。

「・・・どけよ。お前をあちこちに連れ出したんだろう?言われたことだけやれって言っておいたのに」
「ち、違います・・・私が、一人で勝手に動いただけ・・・で・・・?」

胸に抱え込んでいるローリエの頭が左右に振られているのを感じて、シャープは腕を緩める。何度か咳き込んだあと、ローリエはアッシュに向かって顔を上げた。

「ごめんなさい、アッシュさま。ぼくが姫をこの部屋に連れてきたんだ。お一人で、ちゃんとお部屋で静かにしていらっしゃったのに。・・・この部屋の扉を開けられるわけないでしょ?」
「・・・・・・」

ローリエがアッシュの名を呼んだため、この人が「アッシュさま」なんだと分かったが、シャープはもういっぱいいっぱいで何も言えなかった。

ただ、ローリエが自分をかばってくれていることが分かり、必死に手を広げてローリエを自分の体の後ろに隠そうとする。

「あ、あの、あの・・・私、もう勝手に部屋から出たりしませんから・・・!!」

そう言うシャープを見ようともせず、廊下に置いてあった大きな花瓶を手に取った。それには大量の白い薔薇が活けてあり、水もたくさん入っている。

アッシュが花瓶を振り上げたため、シャープは思わず目を瞑った。

「!!」

しかし花瓶で殴りつけようとしたのではなく、アッシュは花瓶を高く放り投げた。そして空中にある花瓶目がけて魔法を放つと、花瓶は弾け飛んで大きな音を立てる。

ローリエの真上で破裂した花瓶からこぼれた大量の水がローリエにかかり、おくれて花びらになった薔薇が降ってきた。

何も言わず、廊下の窓ガラスを殴って割ったあと、アッシュは歩いて行ってしまった。

そのような行動をとる人を見たことがなかったシャープは、しばらく驚きのあまり動けなかったが、はっと我に返ってローリエに向き直る。

「ローリエさん・・・!大丈夫でしたか、ごめんなさい、私が・・・!」
「あはは、泣かないでよ。せっかくあんまり濡れなかったのに」

そう言いながらローリエは頭から垂れてくる水を手のひらでぬぐった。 床は水浸し、アッシュが殴ったのは外側に向かってだったが幾らかの細かいガラスも散乱している。

「・・・でも、部屋に戻ったほうがいいかもね。家に帰りたいっていう気持ちは、分かるんだけど・・・」
「は、はい!もう、部屋から出ませんから・・・!私のせいで、ローリエさんがこんな目に遭うなんて・・・!」

シャープは涙を片手で拭い、ローリエが立ち上がろうとするのを手を出して助けた。ローリエの黒いコートのあちこちからポタポタと水が滴っている。

「・・・あ、そんなことしなくていいよ。ちゃんと元通りになるから」

せめて片付けよう、と花びらや花瓶の破片を拾い始めたシャープに、ローリエは笑いかけた。怪我しちゃうよ、とシャープの手を取って立ち上がらせる。

そのとき、耐え切れなくなったのか、シャープは顔を覆って泣き出してしまった。

「ふ・・・ぅ、ううっ・・・・・・ごめん、なさい・・・っ」
「あらら・・・・・・泣かないでほしいけど・・・泣くなら、無理して声おさえなくていいよ。突然のことでビックリしちゃったよね。ぼくのことなら大丈夫だよ、慣れてるから」
「・・・・・・っ」

ローリエの発言に、シャープは更に悲しくなった。自分のせいで、こんなことになるなんて。 逃げ出そうとしないでと言われていたのに、部屋から抜け出して、勝手に屋敷を歩き回ったせいで。

ローリエは濡れてしまった手袋を外して、静かに肩を震わせているシャープをあやすように背をさする。 そしてなるべくよろけないように気をつけながら廊下を歩き、シャープの部屋まで同行した。

「・・・・・・」

その様子を、アッシュは腕組みをして階段の上から見ていた。苦々しいような、もどかしいような、そんな表情だった。



    


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