笑い声の主は、少し離れたところから歩いて近づいてきている。少しくせのある茶色の髪の青年だった。彼の周りにはまだ少し風が巻いているのが見えた。

「も、もしかして、助けてくれた・・・のか?」
「まあ半分は。そっちの子がトンボの足と羽の付け根を凍らせてくれたからお前が落っこちてきて、心置きなく切り刻めたってだけだよ。それより荷物は大丈夫か?カバン開いてるけど」
「え・・・あ!!」

メモや筆記用具が入っていたカバンの口が開いており、慌てて中を確認する。貴重品は重かったためか異常なかったが、カイからもらった白い羽が2枚なくなってしまっていた。

「ど、どうしよう・・・羽がない」
「羽?」
「白い羽・・・2枚、どこかに飛ばされちゃったかな・・・」

顔面蒼白になっているレックの肩を、レンが指差す。

「そこに刺さってるよ」
「え?・・・あ、ホントだ・・・じゃああと1枚か、どこに・・・」
「頭にも刺さってるよ」
「・・・え」
「ははは、ほらよ」

両手で頭を押さえるがどこか分からず、二人のやり取りを見ていた青年がレックの頭に手を伸ばした。 頭の天辺に刺さっていた羽をひょいと抜き取り、そのままじっとそれを見つめる。

返してくれないのかな、という視線を感じて、ああゴメン、と言いながらレックにそれを返した。

「・・・・・・」
「あー、よかった・・・色々と・・・はー、とにかく、助けてくれてありがとうな!」
「あ、いや・・・うん、偶然通りかかってよかったよ」

レックの手の動きを目で追いながらも、青年は笑顔を作る。そして改めてレックの顔を見ると、少し驚いたような表情をした。

「・・・お前、なんか皇帝に顔が似てるなぁ」
「げ、バルカローレの皇帝に会ったことあるのか・・・まあ、その、血縁というか、そんな感じ?」
「名前は?」
「俺の名前?えーと、あ〜・・・」
「どうしたの?レグルスだよ」
「わ」

突然レンが口を挟む。いち早くそう言われてしまい、どっちで名乗るか悩む暇さえなかった。あえて否定することはなく、レックは頷く。

「うん、そう・・・で、この子は俺がメンドー見てる子供で、レンっていうんだ」
「レグルスと、レンか。俺は、ベル」
「ベル・・・・・・ん?」

どこかで聞いたような・・・と、思考をめぐらせ、はっとして顔を上げた。

「し、シェリオがいってた・・・!白蛇と戦った賢者の一人の、ベル?もしかして?!」
「え・・・シェリオと知り合い?」
「うん、あー、だからさっきの風の魔法、的確だったしすんごい威力だったのか!!アレだろ、空を飛べる聖玉があるんだろ!?あの・・・なんだっけ、ファルシーとかいう!」
「・・・ファシールな」

苦笑しながらベルは頭を掻く。

「そ、空を飛んでるとこ、見てみたいんだけど・・・ダメかな」
「うーん・・・悪いけど、ちょっと今は無理かな」
「なんで?」
「その・・・・・・ん?」

ベルはレックの手に握られているメモを凝視している。そこに書かれている文字や絵を見をじっと見て、それを指差した。

「なあ、それ・・・もしかして、聖獣コルミシャークか?」
「え、聖獣のこと知ってるの?コルミシャークっていうのか!」
「お、おう・・・」

やたらとテンションが上がってしまっているレックに、ベルは気圧され気味である。今まで見ていたのと様子が違い、レンは興味深そうにレックを見つめていた。

「どうして聖獣の事を調べてるんだ?」
「えっと・・・病気を治したい人がいて、聖獣の力を借りたいと思って探してる。今日は調査初日で、ここで目撃情報を集めて出現する場所の法則なんかを探そうと思ってたんだ」

ベルはそれを聞いて目を丸くした。

「病気・・・そっか、奇遇だな。俺も実は・・・その、聖獣を探して旅してるところなんだよ」
「え!」

嬉しそうにレックはベルの片手を両手で掴む。

「じゃあ・・・一緒に探そう!絶対に仲間は多い方がいいって!」
「・・・そうか?」
「そう!賢者の話、聞きたいし・・・お願いします!!」
「・・・はあ」

なんなんだこの熱意は、と思いながらもベルはやれやれと肩をすくめて軽く頷いた。思い切り頭を下げているレックの肩を、つかまれていない方の手でポンポンと叩く。

「分かったよ、そんなデカい声出すなって、みんな見てるから・・・」
「いいのか!?」
「い、いいよ。目的・・・目標が同じなら、一緒に行動するのもいいかもな。誰かと旅するなんて久々だよ」
「よっしゃ!ありがとう、ベル!!ほら、レンもお礼だ!!」
「・・・あ、りがとう・・・??」

目の前でどんどん展開していく場面に訳がわからなかったが、レンもとりあえず頭を下げておいた。

とりあえず情報を整理しよう、とレックが取り出した大量のメモがベルとレンに配られ、3人は「聖獣コルミシャーク」に会うための方法を話し合い始めたのだった。






「・・・で、そのためにレックは今「聖獣の涙」ってのを探してるんだって」
「へえ・・・まさかあいつが王子様だったとはなあ・・・」
「カンナさんがそんなすごい人だったとはおもわ・・・・・・あーッ!!」
「ど、どした?」

昼食が終わり、ニヒトに頼まれていた買い物も終わり、二人でクッキーを食べながら歩いていたとき、突然フィルが感動したような声を上げた。

フィルが指差す先には、市場のタマゴ売り場でお買い物をしている小さな少年がいた。そんなに喜ぶようなことか?と、シェリオは首をかしげる。

大きな丸い帽子をかぶった少年はお店の人からタマゴが入ったカゴを受け取った。 シェリオは何気なくその遠くの様子を見ていたが、その視界にいつの間にかフィルが入ってきてぎょっとする。

フィルはそろりそろりと少年に近づいていたのだった。

「か、可愛い・・・!ほーら、おいしいお菓子だよ〜」
「・・・不審者か・・・」

カゴを両手で持ったその子供はフィルを見る前にフィルの手にのっているクッキーに興味を示した。くんくん、と鼻を動かしながら少しずつフィルに歩み寄っていく。

フラフラと近づき、ついにはフィルの手にあるクッキーまで到達した。

「わーい、いただきます」
「かっ・・・可愛すぎる・・・!!」

石畳の上にカゴを置いて小さな手でクッキーを持ってカリカリと食べ始め、フィルは卒倒しそうになるほどときめいている。

そして、隙を見てそっと抱きかかえて膝の上に乗せた。なにやってるんだ、と心配になってきたのでシェリオも近づくことにする。

一口がとても小さいようで、クッキーはあまり減っていない。その食べている様子を覗き込みながら、フィルは至極幸せそうだった。

「はー・・・可愛い、やっと会えたね〜・・・」
「・・・なんだフィル、知り合いか?お菓子持って近づくとか、完全に危ないおじさんだぞ」
「この子、前にも会ったことがあるんだ。なんかもう、すんごく可愛くて・・・!名前は確か・・・ラブレーくん、だったっけ?」

頭も顔も撫でられまくりながら、小さく頷くことによる返事があった。 それでも食べることの方が大事なようで、そのためだけに口を動かし続けている。 一心不乱に食べている様子は、確かに可愛いかもしれないとシェリオは思った。

「にしても大きな帽子だな。イルの帽子もこんなのだったけど・・・何が入ってんだ?」

ちょっと掴んで引っ張って感触を確かめようとしたつもりが、ポン、と帽子が外れて中身が出てきてしまいシェリオは唖然とする。

「えっ・・・これ、本物?」

帽子から溢れるようにぽよんと垂れてきたのは、長い耳だった。視界に入った耳に、食事に集中していたラブレーもさすがに慌てる。

「きゃあああ・・・!ぼ、ぼくの帽子が・・・!!」

耳をかき集めて顔を隠してしまった。

顔を真っ赤にして震えている小さな生き物に、フィルとシェリオは驚きよりももはや癒されるしかなかった。

「か・・・」
「かわいい・・・」

しかしラブレーはフィルの腕の中でもがき出して、地面に降りようとする。どうしようかと少し悩んだが、可哀想だったので腕の力を緩めることにした。

「ひゃっ」

地面にぽてっと落下し、なんとか立ち上がり足もとにあったカゴを掴む。そして植え込みに向かって走り出し、そこをぴょんと飛び越えてしまった。

その身のこなしは非常に素早く、フィルとシェリオはただぽかんと見つめる。

「あっ・・・帽子!!」

シェリオは帽子を持ったままだったことに気づいて、ラブレーが消えた方向に向かって走った。

「待ってシェリオ!!」

フィルもそのあとを追いかけ、二人で植え込みを飛び越え、町の裏にある茂みに駆け込む。硬めの枝が行く手を阻んだが、なんとか腕で押しのけながら走った。

シェリオの足音を頼りに体勢を低くしながらひたすら走り続けていると、シンバルの町の裏にある林にやってきていた。

シェリオが立ち止まっていたのでフィルもその隣に駆け寄る。周囲を見回してみるが、ラブレーはおろか他の人物の気配も感じなかった。

「どこ行っちゃったんだろう・・・」
「・・・あっちだな」

シェリオが指差す方向は、ただ深い森だったが、よく見ると一部が水のように揺らめいている。

「シェリオ、ファラが光ってる・・・」
「何かに反応してるみたいだな。行ってみようか」
「う、うん・・・」

二人で歩き出し、木に触れようとすると水面に手を入れた感覚があった。一度目を合わせたが、地面を蹴って同時にその中に飛び込んでいった。



飛び込んだ先は、また森の中だった。何もない空間から出てきたようで、二人は草の上に降り立つ。

「あっ・・・あそこ・・・」
「・・・いたな」

木々に囲まれた道があり、その先にはラブレーの後姿が小さく見えていた。長い耳が揺れており、足取りを見るとカゴを気にしながら歩いているようである。

さらにその奥には、レンガでできたメルヘンな大きな家がたっていた。

「あれがラブレーの家なのかな?」
「うーん・・・とにかく追いかけるか」

シェリオは帽子を畳んで片手で持ち直す。なくなっている荷物がないことを確認して、フィルも歩き出した。

ラブレーが扉の前で止まり、何か言っているのが見える。そして、扉が奥に向かって開いて中に入っていった。

そこまで距離はなかったので、時をおかずに二人も扉の前までやってきた。

「・・・どうする?普通にノックしていいかなあ・・・」
「落し物を届けにきたんだし、いいんじゃないか?おーい、すみません」
「わっ、そんないきなり・・・」

シェリオは分厚そうな木でできた扉をトントンと叩きながら家の中に向かって呼びかける。しかし扉はうんともすんとも言わず、物音も聞こえない。

「いない・・・わけないよな、入ってくとこ見たし」
「ぼくたちだって分かって怖がってるんじゃない?」
「参ったな・・・帽子はここに置いておくか・・・」

と、扉の前に帽子を置こうとしたとき、家の右側から物音がした。二人がそちらへ目をやると、黒髪の女性が驚いた顔でこちらを見ていた。

「わ・・・なんなんだいあんたたち・・・どうやってここまで・・・」

たくさんの薪を抱えており、そのうちの1本が地面に落ちてしまった。フィルが慌ててそれを拾いに駆け寄る。

「ええと、突然すみません、家の前まで来ちゃって・・・このお家の子だと思うんですけど、ラブレーくんが落とした帽子を届けに来たんです」

ラブレーが逃げ出してしまった原因は自分たちにあるような気がしたが、それは必要になったら後で言うことにしてとりあえず要件だけを伝えた。

それを聞くと幾らか女性の表情が和らぎ、フィルの手から薪を受け取った。

「ああ、あの毛玉の・・・そりゃ申し訳なかったね」
「けだま」

なんという呼び方だろうと二人は驚いたが、女性は二人の間をすり抜けていく。薪を持ったまま扉に手をかけたので、シェリオが先回りして扉を引いた。

「ありがとね。まあせっかく来てくれたんだし、お茶でも飲んでいきなさいな」
「いいんですか・・・じゃあ、お言葉に甘えて・・・?」
「ありがとうございます・・・」

二人はおどおどしながらも、女性の後に続いて家の中に入っていった。



「どこ行ったの!タマゴは買ってきたのかいっ?!」
「は、はいっ!ユーフォルビア様っ!!」

家に入るなり女性は部屋の奥に声をかけ、ソファの裏からラブレーが飛び出す。 ラブレーが隠れていたのは多分自分たちのせいなので少し可哀想に思ったが、なんとなくこの女性が怖くてまだ言い出せなかった。

「じゃあそこに座って頂戴。今お菓子を持ってこさせるから」
「お・・・おかまいなく」

あはは、と愛想笑いをしながら二人で順番にテーブルの前のソファに腰をかける。ラブレーは奥の扉を開けて、さらに階段を降りて行ったようだ。

どうしよう、と落ち着かなかったが、しばらくして女性がお盆を持って部屋に戻ってきた。

「お待たせ。私はユーフォルビア。ユフィアでいいよ。お二人は?」
「お、俺はシェリオです」
「ぼくは・・・フィル、といいます」
「シェリオに、フィルね。よろしくね」

そう言いながらユフィアはお盆をテーブルに置き、ポットからカップに紅茶を注ぐ。 まだわけが分からない二人は、このお茶飲んでも大丈夫なんだろうかなどと考えていた。

お茶を注ぎ終わり、ユフィアも二人の向かいの席に座る。遅いわね、とラブレーが飛び込んでいった扉の方を見た。

「あのー・・・」
「ん?」

言い出しづらそうに、フィルがユフィアに話しかけた。

「少し前に、ラブレーくんを町で見かけたんです。そのとき、小動物みたいですごく可愛いなと思って ・・・また会えないかなと思っていたら今日、お買い物しているところを見つけて、呼び止めて・・・」
「そ、そう、それで俺が帽子を取っちゃって、そしたらすんごい勢いで逃げ出しちゃって・・・」

非常に申し訳なさそうに話す二人を、珍しそうにユフィアは眺める。

「こ・・・怖がらせちゃったんです、すみませんでした・・・」
「それなのに、お茶なんて・・・」
「・・・あ、いいんだよそんなの」

二人が揃って頭を下げるので、ユフィアは力なく手を振った。

「買い物に出したらそれだけをやりなさいってずっと言ってるのにできないのよあの毛玉は。 それより、この家に人が来るのなんてもう何年ぶりか分からないよ。人と話すのが本当に久しぶり」
「「え・・・」」

そのとき、ばーん、と扉が勢いよく開いてラブレーが顔を出した。手には箱がのっており、いそいそとそれをテーブルの上に置く。

そしてそれが終わると、自慢げにユフィアの顔を見上げた。それを見て、ユフィアは仕方なさそうにラブレーの頭を撫でる。

嬉しそうになでられているラブレーに、また二人は癒された。

「さてと・・・気づいたかもしれないけど、この家には「回り道」を仕掛けてあるの。 つまり、普通の人は入れないようになってる。結界に使ってる力と同じ種類の力がない限りね」
「じゃあ・・・さっき反応があった、シェリオが持ってる聖玉のファラのせいかな」
「ファラ・・・」

シェリオは首にさげているファラを掴み、環の姿から丸い聖玉に変え手に乗せる。なるほどね、とユフィアは頷いた。

「シェリオ、お前さんは聖玉の継承者なんだね。白蛇と戦った賢者なのかい?」
「あ・・・まあ、そうです」
「それは大変だっただろうね、お疲れさま」
「いえ・・・」
「よいしょ・・・よいしょ・・・うーん」
「ん?」

ふと横を見るとラブレーが一生懸命ソファによじ登ろうとしていたのでフィルが片手で背中を押してあげた。

ソファに体全体が乗り、向きを反転させてちょこんと座ったあとはまたユフィアを見上げている。やれやれという様子でユフィアはまたラブレーの頭をなでた。

「先に紹介しておくよ。この毛玉はラブレー。・・・ま、ただのケモノだよ」
「ぼくはラブレーです!ユーフォルビア様の、夫です」
「「えっ」」


    






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