「やっほー、最近忙しそうだね」 「?!」 暗闇の中、草原をひたすら走っていたのはフィルだった。そこに、突然カイの声が響き ぎょっとしてフィルは立ち止まる。 振り返れば、なぜか体が淡く光りふわふわと浮かんでいるカイの姿があった。 「・・・いつからそこに?」 「んー、キミがソルディーネ家の屋敷を抜け出す少し前からかな。あ、その前の夜も実は一緒にいたし、その前もいたよ。声はかけなかったけど」 飄々と話すカイから視線を外し、再びフィルは走り始める。全力で走っているにもかかわらず、カイはそのスピードについていっていた。 というか、カイは走ってすらいない。さすがに気味が悪くなり、突き飛ばすように手を振り払った。 「おっと」 「なっ・・・?!」 「あはは、ざーんねん。私に触れることはできないよ、アッシュ」 「・・・・・・」 その手はカイの頭から体へ何も感じることなくすり抜けてしまった。見ればカイの体は光っているだけでなく薄く透けている。 アッシュと呼ばれてあきらめたように走る速度を落とし、歩き出した。 「連日フィルと入れ替わってはこっそり外に出て光の柱を作り出してるね」 「・・・入れ替わってるって、分かってたのか」 「フィルが体験したことを聞いてたらそう考えるのが最も理にかなってたからね。 前は突然元に戻ってフィルが異変に気づいてたけど、最近はフィルが寝ている間にコッソリ入れ替わることを覚えちゃったみたいだね〜・・・まったく、悪い子悪い子」 「・・・・・・」 カイの人差し指がアッシュの頭をつんつん、とつつくフリをしたがそれも透けてしまっている。 それでも頭に触られたような気がしてアッシュは頭をぐしゃっと掻いた。 「お前はなんなんだよ」 「ん?私はフィルの父親だよ?」 「・・・そういうことを聞いてんじゃねーよ」 知ってるし、とアッシュは顔を背ける。何を尋ねられたんだろう、とカイは空中でくるりと回転しながら考えた。 「あぁ〜、私がどうしてここにいるかってこと?いやー、もうスッカリ慣れちゃって忘れてたよ、ゴメンゴメン」 泳いでいるかのようにすいーっとアッシュの横に滑ってきて、寝そべったまま頬杖をつく。カイの服も髪も、重力に逆らうように揺れていた。 「フィルの中身が入れ替わったことを察知できるような機械を私が発明したんだ。で、それがフィルにくっついてるの。もちろんフィルには了承を取ってるよ。 そして、私の意識を飛ばして半実体化する装置によって今ここに浮いているように見えてる。フィルの体に設置した機械はその意識を飛ばす場所の指標にもなってるんだ」 「・・・全然わかんねーよ」 「んー、まあつまり、フィルがアッシュになったら私は飛んでくるよって感じ?」 「・・・あっそ」 アッシュは立ち止まり、両手を合わせて何かを呟く。カイがそれを凝視しているのを感じたが、もう気にしなかった。 両手を空に向かって広げると、そこから一筋の光が降りてきて地面が照らされる。光の中に手をかざしてみて、軽く頷くとアッシュはまた歩き出した。 「順調みたいだね」 「何してるのかは分かってるのか?地上では一番頭いいんだろ」 「さあ、一番かは分からないけど・・・でも知ること、調べること、研究して新しいものを作ることは楽しいよ」 カイはウキウキと話しているが、しっかりとアッシュの真横をキープしている。 鬱陶しいと思いながらも、触れられないのでどうすることもできなかった。 「何をしているのかは・・・私の推測だけど、アッシュが普段いる場所からここまでの移動手段は、 すごく限られているみたいだね。光の柱から出てきた子達が探し物をしているっていう報告も受けてる。 アッシュはフィルと入れ替わっていられる時間も無限ではないみたいだから・・・その子達の入り口作りってところかな?今やっていることは」 「・・・・・・」 否定も肯定もしないところを見ると、そうなのかなとカイは少し笑ってしまった。 「命令もキミが出してるんだよね?「アッシュさま」って呼ばれているでしょ?」 「・・・ああ」 「なーんとなくは分かるんだけど・・・ちゃんとアッシュの口から聞きたいな。何がしたいのか。目的を。お願い、教えてくれない?」 「・・・・・・」 前を向いて歩き続けたまま、アッシュは黙りこくる。なんとか教えてもらえないかな、とカイはアッシュの様子をじっと観察した。 「・・・前に言ったこと覚えてる?」 「・・・なんだよ」 「私は秘密はちゃんと守るよ。アッシュのことも、本当に誰にも言ってない。話してもらったことも絶対に誰にも言わないよ。私とアッシュだけの秘密」 「・・・・・・」 またアッシュは黙ってしまった。言ってもらえるかも、という期待を抱くと共に、こんなに悩むなんてと可哀想に思う。 「・・・言ったところで、何も変わらないからな」 「ん?」 なるべく安心させるように微笑んで相槌を打った。カイの顔を見て、ふう、と息を吐き出す。 「俺の目的は・・・・・・テラメリタを作ること。地上をテラメリタにすること。そのために癒しの司が邪魔だったし、シャープ姫が必要だった」 「・・・・・・!!」 アッシュの言葉に、カイは口を押さえて目を見開いた。息が震えているのを感じて、カイの様子を見るのを少しためらった。 なるべくゆっくりカイの表情を覗き込む。なぜか、輝かんばかりの目でアッシュを見ており、視線が見事に合った。 「なん」 「あーりーがーとー!!嬉しいよ!!話してくれて!!」 「いや」 「私は必ず約束は守るよ。ああ、撫でられたらいいのに!アストラル体じゃなくて感覚も伴う半実体化ができたらよかったのになあ・・・!! いや、今からでも遅くはないか!開発するよ!!それよりもアッシュが話してくれたことが本当に嬉しい!!ありがとう!ありがとう!!」 「おい」 「ところで話は変わるんだけど、アッシュとフィルって双子なんじゃない?」 「はっ!?」 好き勝手一人でひとしきり感動した後いきなりの話題転換にアッシュは思わず叫んでしまった。 「昔からフィルは突然体に痛みが走ることがあってね。ほら、たまに聞くでしょ?双子のシンクロって・・・私もちゃんと検証したことがあるわけじゃないんだけど、 もしかしたらこれもそうなのかな〜・・・ってずっと思ってたんだよね。 で、この前フィルが体験したことを聞いていたらどうもフィルは自分の姿には違和感を覚えなかったみたいなんだ。フィルと話したシャープ姫もそう。 二人は一応会ったことがあったのに。つまりは、フィルと入れ替わっていたアッシュは、フィルと同じ姿だったんじゃないかなと」 そう考えれば今までの辻褄が合うんだよね〜、とカイは早口に語った。気づけばアッシュはポカンとした顔でカイを見ており、 しゃべりすぎちゃったねゴメンゴメンと触れない頭を撫でる。 「フィルのことは生後間もない状態のときから私が育ててきたんだけど、アッシュはやっぱりお母さんが育てたのかな?それともお父さんだった?」 「・・・・・・」 なんと答えようか悩んでいるのか、カイのことをじっと見つめた。 「・・・俺は・・・屋敷にいる執事に育てられた。俺の世話をしてたのはあいつだ」 「執事・・・ということは、それがローリエって人?」 「そうか、知ってるんだよな・・・そうだよ、ローリエだ」 「ふーん・・・」 カイが思案しているとアッシュは立ち止まり遠くを眺めた。位置を確認しているようで、星を見て指をさしている。 そして少し向きを変えて、なだらかな丘から見える森の方角へ歩き出した。 「ローリエはどんな人?悪いことしたら叩かれる?」 「叩かれる・・・いや、一度も叩かれた記憶はない」 「へえ・・・じゃあどうしてなのかなあ・・・怒られたことってある?」 「・・・ない」 「あちゃ〜・・・」 カイは手で顔を覆って苦笑する。 「・・・まあ、まだ子供だもんね、フィルと同い年なら」 「なにがだよ」 「私のことも父親と思っていいよ〜、一人も二人も変わらないよ、双子ちゃんならなおさら。我が子我が子」 「触んなッ!!」 触られてはいないのだが、アッシュは頭上で手を振り回して拒絶した。それでもカイは全くめげておらず、撫でる手をそのままに微笑んでいる。 「ほら、子供なら色々尋ねるものでしょ。お父さんに聞いてご覧、何が知りたい?今は何かしようとしてもすり抜けちゃって、会話ぐらいしかできないからさ」 「・・・は?」 「どうして空は青いのか、どうして星は瞬くのか、風はどこから吹いてくるのか・・・。フィルはちっちゃい頃、私に色々質問してきたよ。それがもう、可愛くてね〜。 例え難しくて分からないだろうなと思うようなことでも、前にされたのと同じ質問でも、いくらでも答えてあげたくなっちゃうんだ。それで私もますます、勉強しなきゃって思ってね」 「何で人間は生きてるんだ?」 「え?」 まさかすぐに質問してくれるとは思わなかったし、予想していなかった問いに今度はカイが止まってしまった。 しかし、それを尋ねるアッシュの赤い目は、本気だった。 「いいか?お前は「レグルス様」って呼ばれるから、そう呼んだ人の言ったとおりのことをしてればいいから。しゃべれって言われたら、その通りしゃべって。 こっちに来て座れって言われたらその通り座ってもう動かない。絶対に人が常に一緒についてくるはずだから、その人と一緒にいるだけでいい。分かった?」 レックの部屋で、レックの姿を映した人形にレックは必死に影武者としての教育を行っていた。何度も繰り返し教え込んでいるようで、人形は真面目に何度も頷いている。 「全部終わったら・・・えーと、この紙によると最後の予定は衣装合わせか・・・それが終わったら部屋に戻って少しだけ自由時間があるみたいだな。 できれば俺もそれまでには帰ってきたいとは思ってるけど・・・でも、そもそも聖獣がどこにいるのか分からない以上、 今日中に帰ってくるかすら分からないんだよな・・・バルカローレから出るかもしれないし・・・」 だけどそうなると人形がまた朝を迎えることになって・・・と、考えたところでふと問題点にぶつかった。 「・・・お前さ、食事はできるの?」 人形は目を丸くしてレックを見つめる。首を縦にも横にも振らず、ただレックを見ているだけで、何も答えようとしない。 「食事。分かる?口から、食べ物を入れて飲み込むんだよ。できる?」 今度は人形は首をかしげた。これは、食事はできなさそうだと判断してレックは頭をかく。 「・・・そういや、カイさんが人形に内臓は入ってないって言ってたから・・・消化とか、できなさそうだよな。夕食はこの部屋で一人で食べるみたいだけど、 昼食は大勢でっていう予定らしいからなあ・・・食べなかったら不自然だし、うーん・・・」 と、唸っていると部屋の扉がノックされてレックはびくっと身をすくませた。この部屋にレックが二人いるように見える状態を目撃されたら非常に困る。 とりあえずカーテンの裏に人形を隠そうと背中を押していると、扉の外から聞き慣れた声がした。 「カイです。レック、いる?」 「カイさん・・・!」 レックは急いで扉に走り寄り、ノブを回す。開いた扉からカイがひょっこりと顔を出して、レックと部屋の奥の窓の前にいる人形と、 まだ眠そうにベッドに座ってうとうととしているレンを順番に見て微笑んだ。 「じゃじゃーん、レックがお出かけする前にプレゼントです」 「お出かけって・・・まだ外に出る手段すら考えてないんですけど・・・なんです?」 カイの手には白い羽のようなものが握られている。カイの声に気づいたレンも顔を上げた。 「これはね・・・アリア王女の頭にくっついてる羽と似たようなものだよ」 「アリア王女の・・・あー、ありましたね」 前に、突如現れた光の柱を調べるためにアリアが羽の髪飾りの力で空に浮き上がったことを思い出す。ということは、とレックは目をぎょっとさせた。 「じゃあ・・・これ、空が飛べるようになるんですか!?」 「突貫工事で作ったから距離はせいぜい100メートル程度、しかも1回使うごとに1枚消費しちゃうんだけどね」 「すごっ・・・」 素直にそう思い、差し出されていた羽を受け取る。いつの間にかレンも近くに来ており、ここを持って、と言ってレンにも1枚渡した。 「どうやって使うんですか?」 「手に持って、羽ばたけば上昇、何もしなければ滑空、鳥みたいに飛べるようになるんだ。少しずつ羽が小さくなって、効果が切れると共に羽も消えるからね」 「・・・ってことは、上空で効果が切れたら?」 「想像の通り。レックなら大丈夫でしょ、運動神経は抜群なんだから」 「空を飛んだことはないんですけど・・・」 なすすべもなく自分が地面に向かって落ちていく姿を想像するとぞっとするが、つまりこの羽があれば扉を出て廊下を通らなくても城からうまくいけば脱出できるかもしれないということである。 「・・・じゃあ、これを使ってバルコニーから外に出られるってわけですね」 「そういうことだね。私は時の力がたまってジェイドミロワールから国に帰るまではここ、バルカローレにいるつもりだから羽はまた作ってあげられるよ。 一人1枚、レックとレンで4枚、残りの1枚は予備。頑張っていっておいで」 「ありがとうございます・・・!」 自分のやりたいことを尊重して、自分の姿を映す人形と脱出手段まで作ってくれたカイに、レックはひたすら感謝した。 そして、人形について尋ねたいことがあったということを思い出す。 「・・・あ、そうだ。カイさん、あの人形には今日の本来の俺の予定を教えて覚えさせてあるんですけど、食事ってできるんですか?内臓ないんですよね?」 「ああ、口から食品を摂取することは可能だよ。リアン殿が言うには、体の中の主要な部位は魔力で構成されているらしくて、 異物は分解されてエネルギーに変換できるものは取り込めるようになっているらしいから」 「へえ〜・・・」 食べ物は異物扱いなのか、と思ったが、とりあえず「食事をしている姿」を再現することは可能なのだと分かってほっとした。 そして改めて人形に指示をしようと窓の前から動かない人形に手招きをする。 「おーい、人形・・・・・・そうだ、カイさん。あの人形ってなんて呼んだらいいと思います?人形、じゃちょっと呼びづらいというか他の人形というものと混同するというか・・・」 「人形って呼んでたのか。そうだね、レックの姿をしているから・・・レック2号?ロボットみたいだな・・・レックツー?」 「いや、あの・・・とりあえず俺の姿の人形でいてくれるなら、人形の元の名前でいいんじゃないですか?えっと・・・リアンさん、でしたっけ。その人はこの人形のことをなんて呼んでました?」 「えーと・・・リアン殿は確か、鏡人形・・・ミラドール、って呼んでたかな。じゃあ、ミラでいいかな」 「ミラ・・・で、いい?」 近づいてきた人形の顔を覗き込むようにレックがそう尋ねると、無表情のままレックに視線だけ向け、軽く頷いた。 「よし、じゃあ決まり。ミラ、改めてよろしくな。昼になったら食事って、目の前に置かれたものを口に入れて飲み込むっていう行動をすることになるんだけど、 周りのみんなと同じようなやり方で食品を口に入れて飲み込むだけでいいから。自分から何か話そうとしなくていいからな」 「なるほど、みんなレックとは初対面だから、無口な王子様なんだなって思われるだけだろうしね」 「俺は自分で・・・おーじさま、だなんて思ってないですけど」 「そのままでいるために、聖獣を探し出すんでしょ。レックなら絶対にみつけらるよ。後のことは私に任せて、行っておいで」 カイの言葉に、レックは背中を押されたような気がした。 「・・・はい!」 |