「うん・・・婚約式の途中、ぼくが「アッシュさまのお屋敷」に行ったとき・・・何となくわかったんだ。
ぼくは「アッシュ」に体をのっとられると同時に、ぼくも「アッシュ」になっているって」
「それ・・・カイ王子に話したのか?」
「話した・・・ぼくが体験してきたことは、全部話した。でも・・・」

フィルは軽く手を握った。
手の下にあった書類が くしゃ、と少し音を立てる。

「父さんは、何があったか話してくれなかった・・・絶対に、何かあったはずなのに・・・!」
「フィル・・・」

悔しそうに目を見開いているフィルを、シェリオは辛そうに見つめた。

「ぼくと「アッシュ」が入れ替わっていたなら、父さんは「アッシュ」と一緒にいたはずなんだ。
しかも「アッシュ」は今までの行動からすればとても短気で粗暴で・・・危険極まりない奴だよ。
そんな人物と父さんが二人きりでいたなんて、心配でしょうがないのに・・・それなのに、
父さんはぼくに何があったのかを全然話してくれなかった。どんなに尋ねても教えてくれなかった・・・」
「・・・・・・」
「ただ、大丈夫だって・・・父さんに任せろって、それしか言ってくれなかった・・・。
父さんは、一人でなんとかするつもりでいるんだよ。そんなの、絶対にイヤだ・・・」

思いつめたように声を絞り出すフィルの頭にシェリオは軽く手を置く。
指を動かして ペシ、とやわらかく叩いた。

「・・・ありがとな、話してくれてさ。もちろん俺も全力で協力するよ。
なるべく一緒にいるようにする。フィルの様子がおかしいなって思ったら、泳がせればいい?」
「うん・・・逃げようとするみたいだから、気づかないフリして、一人で行動しようとしたら止めないで。
見張りは常にいてもらってるから、見失うことはないと思う。この家に迷惑かけるかもしれないけど・・・」
「あー、それなら大丈夫、気にするなよ」
「・・・窓割っちゃったこともあるよ?」
「俺がなんとかするから。フィルはニヒトさんに気に入られちゃってるし、多少のことはへーきへーき」
「うーん・・・」

申し訳ないなあ、とため息をつく。
その様子に、シェリオはまた頭を小突いた。

「で、その書類はどうするんだ?「アッシュ」に見られちゃおしまいだろ?」
「うん、ぼくが見終わったらすぐに返してファイリングしてもらうことになってる」
「見てるときに入れ替わられたら?」
「はは・・・それは、賭けだね・・・でも最近は昼に入れ替わることは滅多にないみたいだから」
「そっか」

フィルは立ち上がって書類をまとめて両手で持ち扉の外にいるであろう見張りに近づいていく。
何かを小声で話していたかと思うと、またシェリオのところに戻ってきた。

その手からは書類はなくなっている。
合言葉を言い合った後に見張りに報告書を返したんだな、とシェリオは納得した。

「さて・・・じゃあずっと「アッシュ」にやられっぱなしじゃ癪だし・・・どうする?」
「夜の間に「光の柱」を作られちゃうのは今は仕方ないとして・・・できることをするしかないよね」
「ま、そうだな。カイ王子もレックもいないし・・・よし」
「ん?」

手をポンと叩いてシェリオは大きく頷く。

「夜はニヒトさんが帰ってきて俺に食事作れって言うだろうからその買出しに行こう」
「え〜・・・それ、対策になるの?」
「ついでに買い物の前に一緒に昼飯食べよーぜ」
「しょーがないな、よーし賛成〜」

シェリオの提案にフィルは嬉しそうに手を上げて、二人は仲良く部屋から出て行った。

誰もいなくなった部屋にフィルを見張っていた人たちが二人入ってきて話し合い、
一人が交代してもう一人がフィルとシェリオが出て行った扉のほうに向かった。






気づいたら、見覚えのある部屋にいた。
周りをキョロキョロと見回してみた。こんなに天井、高かったっけ・・・?

歩くたびにズルズルと布を引きずっているような感覚があるが、気にしていられない。
慌てて部屋から出ようと扉に駆け寄る・・・が、扉のノブの位置が高すぎて手が届かない!

何がなんだか分からなくて、思い切り扉を両手で叩いてみた。
見れば、自分の手がとても小さい。全力で扉を叩いても小さな音しか鳴らない。

それでもなんとかして外に出ようとトントン、と扉を叩き続ける。
わけもわからず、涙がにじんできた。何で泣きたくなってしまうんだろう。

半泣きになりながらそれでも扉を叩いていると、女性の声が扉の外から聞こえた。
この声は・・・!!

「ララちゃん?起きちゃったの?」

扉が奥に向かって開いた。バランスを崩してつんのめり、転んでしまった。
膝と手のひらが痛い・・・。

「う、ううう・・・うわあああぁ〜ん・・・」
「え!ど、どうしたの!?ララちゃん!?寝起きかな・・・?」

抱き上げてよしよし、と腕の中でゆすってくれている。
なにか言わないと。なにか言わないと。言葉が出てこない。

思ったことが言葉にできなくて、ただただ悲しくなってくる。
口を開くとあふれるのは、弱々しい泣き声だけだ。どうしてなんだろう。

「ううぅ・・・ひっく・・・」
「ほらほらいい子、泣かないの〜。ママのとこ、つれてってあげようか」
「う〜・・・」

話したいのに。言いたいことがあるのに、なんでだろう、すごく・・・眠い。
泣くだけでどんどん眠くなってくる。

やっと会えて、嬉しいのに・・・。
ずっと会いたかったのに・・・。

「・・・あれ、寝ちゃった?ララちゃーん・・・仕方ない、起こすのも可哀想だし・・・日向ぼっこでもしよっか」
「・・・・・・すー・・・」
「ふふ、かわい〜」

ほっぺたをつつかれた感覚があるが、もう眠くて目が開けられない。
アリアさんの腕、あったかいなあ・・・。






シャープは気がついたら見知らぬ部屋で立ち尽くしていた。
注意深く視線だけを動かして辺りを見渡す。

部屋の中に人の気配がないことを確認して、正面に見えている扉に向かった。

「・・・・・・!」

シャープが扉に手を伸ばしたとき、外から話し声が聞こえてきた。

「ローリエ、メイプルを見なかったか?」
「メイプル?どうして?」

会話の内容を聞き漏らさないよう、シャープは音に集中する。
扉のすぐ近くで話しているようで、聞こえる話し声は非常に鮮明だった。

「・・・命令をこなしたのか確認しようと思っただけだ。あいつが最近・・・動き回っているようだから」
「あいつ・・・シャープ姫のこと?逃げ出そうとする様子はないから大丈夫だと思うけど・・・」
「・・・・・・」

聞こえてきた会話に出たその名前に、表情を硬くする。
話し声の片方が遠ざかっていき、足音だけが響いた。

「どこ行くのアッシュ?今日の予定は確か・・・」
「・・・下に行くのは今日はやめた。神託の間に行くことになったから」
「そっか、いってらっしゃーい」

その声が聞こえて、二人の声と足音が部屋から離れていった。
シャープはじっと気配を探り安全を確認してから扉をそっと開く。

廊下を見渡してみたが、人の気配はなかった。

「・・・・・・ふう」

ひとまず安心して静かに部屋から出た。
しきりに視線を動かしながら、前方と窓の外を同時に観察する。

「遠くに見えるのは海・・・なるほど、ここが・・・ね・・・」

中庭には大勢の人が行き交っているのが見えた。
遠目では分かりづらいが、背の低い人間が多いように思える。

さらに廊下でも何人かの子供とすれ違ったが、シャープを気に留める様子もなく走っていってしまった。
シャープは黙々と歩き続けていたが、やがて大広間にたどり着いた。

広い階段に大きなソファ、天井からは巨大なシャンデリアが下がっており壁には扉がいくつもある。
さてどの方向に進むかと考えていると、ふと背後に人の気配を感じた。

ばっ、と振り返ると同時に右手を振り上げ背中に襲い掛かっていた腕を受け止める。

「・・・!!」
「うっそ〜・・・分かってたの〜!?」

後ろにいたのはメイプルだった。
片手には氷の刃にも見える透明なナイフが握られている。

シャープはとっさに身を引いて、怯えた表情を見せた。

「な、なにをなさるんですか!?あなたは一体・・・」
「え?私はメイプルちゃん。アッシュさまのご命令で、お姫様を凍らせにきました!!」

びしっ、と手を額に当てて愛らしくウィンクを決める。
シャープは一瞬疲れたような表情を浮かべたものの、後ずさって注意深く間合いを取った。

「どうして・・・私を?凍らせるだなんて・・・」
「この「凍結の牙」で刺してカチコチにした状態で、保存しておくんだって。
大丈夫、痛いのは最初だけ!すぐに凍っちゃうから!!」
「大丈夫じゃない・・・」

やれやれ、とシャープは目を細める。
メイプルは床を蹴って素早くシャープに飛び掛り、右手を振り上げた。

「えいっ!!・・・あっ」

シャープはいち早く飛び退き、空中で1回転してシャンデリアを片手で掴む。
そして振り子のように体を揺らして2階にある柵まで飛び移った。
迷いなく狭い足場に着地し、白いドレスがワンテンポ遅れてふわりと舞う。

その身のこなしに、メイプルは呆然と目で追うしかできなかった。
柵の上に立ち、シャープはメイプルの出方を伺うため広間を見下ろす。

「一瞬であんなところまで逃げちゃうなんて・・・よーし!」

メイプルは持っていた氷のナイフを手の中から消して両腕を広げた。
薄水色にメイプルの背後が輝き、周りにいくつもの尖った氷が現れて浮かんでいる。

「いっけー!!えっと・・・サウザンドナイフ!!」

手を前に振り下ろしたかと思うと、氷のナイフが一気にシャープ目がけて飛びかかった。

「くっ・・・!!」

シャープはとっさに胸についているブローチの赤い石、エールに手をかざす。
そしてもう片方の手を素早く振り払った。

「あっ!!」

シャープの周りが白い光で覆われて、氷のナイフは全て雷のような魔法に貫かれて次々に消滅していく。
最後の一本が砕け散り、シャープは静かに手を下ろした。

「ふう、危なかった・・・千本もなかったわね、メイプルちゃん」
「む〜・・・!メイプルちゃんよりカッコイイなんて許さない〜!!」
「・・・そこなの」

メイプルは地団駄を踏んで悔しがっている。
さてどの扉に入ろうかとメイプルから視線を外したそのとき、
メイプルはチャンスとばかりに両手をバッと床に叩きつけた。

「出ておいで、マグノリア!!」

メイプルの周りの床が輝き、そこから巨大なコウモリが姿を現す。
あまりに大きいため、羽ばたくたびに広間にかかっている分厚いカーテンが大きく揺れた。

シャープの髪も風にあおられ、思わず顔を腕で覆った。

「しつこいわね・・・メイプルちゃん、私はあなたの相手をしている場合じゃないの。
まだ私を狙うなら、本気を出させてもらうことになるわよ?」
「言ってくれるじゃない!!メイプルちゃんの最強の新作マグノリアに勝てるわけないでしょ!!」
「・・・はいはい」

再びシャープはエールに触れた。
あんなに大きな生き物がどうやってここまで攻撃をするのかは想像するしかなく、
どのように相手が出ても対応できるように身構える。

魔法攻撃でも放ってくるのだろうかと思ったが、なんとコウモリは翼を閉じて丸くなってしまった。
そうなると羽ばたけなくなり、空中で停止してそのまま重力に逆らわずに落下を始める。

「・・・・・・??」

シャープが様子をよく見ようと身を乗り出した瞬間、コウモリは一気に羽を開いた。
するとそのコウモリに一気に縦横に細かく亀裂が走り、それらの小さなパーツ全てがコウモリの姿になって
羽を広げて一斉にシャープに向かって飛び掛ってきた。

「なっ・・・!!」

咄嗟に体の周りにバリアを張って複数匹による最初の一撃は防いだが、
無数のコウモリたちの猛攻は止まらない。

息つく間もなく光の防御魔法に体当たりを繰り返されて、シャープは守りの姿勢を保つのが精一杯だった。

「いけいけー!!さらに!!」

両手を振り上げて後ろに振りかぶると手の中に巨大な氷の槍が出現した。
それを思い切りシャープに向かって投げつける。

「えっと・・・最終奥義!!あー・・・ファイナル・・・アイシクルラーンス!!」
「・・・!!」

迫り来る槍はコウモリたちも巻き添えにして凍らせながら迫ってきた。
シャープは意を決して立ち上がり、片手を振り上げる。

「光よ・・・我に力を・・・!ルミナリアッ!!」

シャープを覆っていた光のバリアから稲妻がほとばしり、氷の槍を打ち砕いた。
さらにその光は近くのコウモリだけでなく壁にも柱にも反射するようにぶつかっていき、
最後にはメイプルの真上のシャンデリアまでつながってメイプルに落下した。

ドガーン、と落雷のような耳を劈くような轟音が広間に鳴り響く。

「キャーッ!!」

メイプルは魔法の直撃を受けて、ビリビリしながらべとん、とその場に倒れた。
その様子を上から見届け、シャープは ほーっと息を吐き出す。

「あーあ、ちょっと派手にやっちゃったかしら・・・」

周りを見れば壁やカーテンは焦げてしまい割れた装飾品が散乱しており、
シャンデリアも落ちなかったもののところどころが砕けてしまっていた。
コウモリたちは全て感電したあと消滅しておりあれだけ大量にいたのに1匹も飛んでいない。

一応メイプルの様子を確認しよう、とシャープは柵に手をかけた。

「よっ・・・と」

左手から光の鎖を出してそれをシャンデリアに絡ませる。
鎖を引っ張ると同時に2階から飛び降り、ぐいんとスイングしたあと手から鎖を消滅させ床に降り立った。

そして、恐る恐るメイプルに近づいて顔を覗き込んでみた。

「死んでは・・・いないみたいね、やれやれ」

体はうつ伏せだったが顔は横を向いており、ぐるぐると目を回しているのが見える。
しばらくは目を覚まさないだろうと判断し、改めて部屋を見渡した。

階段を上ることに決めて、一気に横に広い大きな階段を駆け上がる。
重い扉を両手で押し、広間から出た。

空気がクッションになってゆっくりと扉が閉まる。
扉の先は、広い渡り廊下になっていた。

「・・・・・・!!」

さて進もうと前を見た瞬間、シャープは固まる。
そこにはローリエが立っており、いつもの微笑をたたえていた。

「なんだかすごい音がしたけど大丈夫?シャープ姫」
「あ・・・」

何を言おうか必死に考えたが、ローリエはまっすぐシャープに向かって歩いてくる。
なぜだか誤魔化せない気がしてシャープは観念して立ち止まったままでいた。

「・・・なんちゃって。分かってるよ、あなたがシャープ姫じゃないってことは。
双心の砂時計の部屋に入っていくのを見てたからね・・・だから改めて」
「・・・?」

ローリエは手を大きく広げて片足を後ろにつき、深々とお辞儀をする。

「はじめまして。ぼくはこの「アッシュさまのお屋敷」でお仕えしている執事のローリエです。よろしくね」
「・・・・・・はい、よろしく・・・」

シャープはどんな表情をしていいのか分からず、小さくそう言った。
顔を上げて、ローリエはシャープに部屋から出るように手で促す。

「どこで話しても同じなんだけどね・・・でも、シャープ姫のために、急いだ方がいい」
「・・・シャープ姫のため?」

ローリエが先回りして扉を開け、シャープは先ほどの広間に足を踏み入れた。
その広間の光景にぎょっとする。

「も・・・戻ってる・・・」

あれほどの死闘を繰り広げ、あちこちが破壊されたはずなのに壁も床も何もかもが、
シャープが初めて入ったときと同じように綺麗に元通りになっていた。

床に倒れたままだったはずのメイプルの姿もなくなっている。
気味悪く思いながらも、シャープはローリエに促されるまま歩き続けた。

「あの部屋に戻るの?」
「うん、なるべく早く元に戻ったほうがいいよ」
「・・・シャープ姫は、こうなることが分かっていて部屋に入ったの?」
「いや・・・偶然じゃないかな。でも、じっとしていたくはないって言ってたから・・・自分でも何か、
できることはないか行動を起こしてみた結果だと思う」
「・・・・・・」

ドレスの端をつまんで階段を降りていく。
ローリエは少し顔を傾けて振り向き、シャープと目が合った。

「この会話も全部・・・でも、こんなに変えようと思う人がいるなら・・・」
「なに?」
「・・・キミは、シャープ姫が心配なんだね。とっても大事なんだね?」
「当然よ」

予想通りの即答に、ローリエは ふふっと声を出して笑う。

「自分よりも大事よ。私の人生の全て。大切にするって決めたんだから」
「そっか・・・分かったよ・・・」

長い廊下を抜け、シャープが目を覚ました部屋まで戻ってきた。
またローリエが扉を開けてシャープを部屋に迎え入れる。

「ぼくも信じてみようかな・・・そう思えるときが来るなんて、思ってなかったけど」
「・・・ローリエ」
「え?」

一人で納得するように、自分に言い聞かせるようにそう言うローリエに、
シャープはやや不満そうに口を挟んだ。

「あなたがどうしようと、私は私にできることをするわ。私のやり方で・・・シャープ姫を守ってみせるから」
「どういうこと?」
「・・・こういうことよ」

シャープは立ち止まり、エールに両手をかざす。
まばゆい光が発生し、それらが全てシャープの手に、そしてエールに向かって集まっていった。

しばらくエールを手で包み込んでいたが、指の間から光が溢れるのが止まってから
シャープはそっとエールから手を離す。石はまだ淡く輝いていた。

「はい、おしまい。私はずっとこれがしたかったの。さ、もういいわ、どうすればいいの?ローリエ」
「・・・うん。その砂時計の上に立ってくれたらそれでいいよ。ぼくが砂を止めるから」

大人しくシャープは光っている床の模様の上に立つ。
ローリエは床にかがみこんで何かをなぞるように指を動かした。

それを見下ろしながら、シャープはローリエの頭上に声をかける。

「・・・ローリエ、また会えるかしら」
「変えたいと思っているなら・・・会えるかもね」

なら会えるわね、とシャープは笑った。

そのとき、シャープの足元が強く輝き出した。
お互いの姿が見えなくなるほどの強い光が吹き出す。

ローリエは立ち上がり、光が収まるのを待った。
目の前には先ほどと変わらずシャープが立っていたが、意識がないようでローリエのほうに倒れ掛かる。

それをローリエはふわりと受け止めた。

「・・・おかえりなさいませ、シャープ姫」








―第四章に続く―









    





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