「いいえ・・・なにかありました?」 「首の横部分に、小さな紫色の模様があったんだ。一見、あざにしか見えないような印がね」 二人は庭の椅子に腰掛けており、カイはひざに肘をついて顔の前で手を組む。 「あれは、「滅びの烙印」という印なんだ。人を死に至らせる呪いの一種で、かけられた人間の首に印が現れる」 「呪い!?」 全く予想していなかった単語に、レックは思わず声を上げた。 直後、わざわざ人気のない場所に来て話していることを思い出して慌てて片手で口をおさえる。 「誰がそんなことを・・・の、呪いだなんて」 「・・・相当強力なものだね。時間はかかるが、まるで内臓の病気のような症状を引き起こしていずれその人は死に至る。 呪いのかかり具合にもよるけど・・・半年、早くて1ヶ月程度らしいよ」 「い、一ヶ月・・・」 先ほどキリエから、二人に症状が現れてからすでに一週間が経過したと聞いている。時間は全くない、とレックは焦った。 「・・・どうしたらいいんですか?それを・・・えっと、消す方法は?」 「方法は、三つほどあるよ」 組んだ手の上に顔をのせたまま、カイはレックに視線を向ける。 「一つは、かけた人物が先に死ぬこと」 「・・・・・・」 また穏やかでない言葉がカイの口から出てきてレックは息を呑んだ。 「それではダメなものもあるんだけど・・・書物で調べたところ、どうやらこの種類のものはかけた人の命と引き換えでない限りそれで解かれるらしい」 「でも・・・かけた相手がどこにいるのか分からないし、もしその・・・相手が死んでまでかけた呪いだったら・・・」 「そう、その場合はこの方法ではダメだね。もう一つは、呪いの詳しい種類を調べてピンポイントで解く。 病気に対する療法では治らないけど、原因が分かった今、それに時間を費やせば間に合うかもしれない」 「そ、それで・・・もう一つの方法は?」 レックがそう言うと、カイは組んでいた手をほどいて空を見た。あまり陽の差すことのないバルカローレの空は、今日も薄暗く曇っている。 「・・・全ての呪いを一気に解除できる薬がある。それを使うという方法だよ」 そんな方法があるのか、とレックは顔を輝かせた。 「一気に解けるって・・・じゃ、それしかないじゃないですか」 「それが・・・その、薬というのが・・・」 言葉を濁すカイに、また不穏な単語が出てくるのだろうか、と身構える。 「文献によると・・・「聖獣の涙」で過去に二人が助かったという記録があるんだ」 「せいじゅうの・・・なみだ?」 思ったよりも危険な言葉ではないようだったが、聞いたことのない言葉でもあった。 「聖なる獣、と書く。その昔、異界からメルディナの地に降り立ったその獣は・・・人に姿を見せて、 人の住む場所の近くで暮らしていたんだそうだ。その聖獣の羽毛は触れた者を異界の裂け目へ誘い、 その涙はあらゆる負の望みを浄化した・・・と、伝えられているらしい」 「伝えられているって・・・有名な話なんですか?」 小さい頃、カンナからいろんな伝承や御伽噺を聞かされていたが、その話は初耳だった。 カイは右手にはめていた赤い宝石がついた指輪をポンと叩いて、何もなかった空間から本を取り出す。 手品か魔法のような光景だったが、カイさんがすることだからもう驚くのはやめよう、とレックはあえて何も言わなかった。 カイもそれに対する説明を特にすることはなく、取り出した端がぼろぼろになっている古い本をめくり始める。 「これはセレナードの小さな村に伝わる本で、それをちょっと拝借してきたんだけど・・・ 聖獣が暮らしていた村にだけ、その存在が伝えられていたみたいなんだ。これがその姿の絵だね」 カイが指をさしたページには、見たことのない姿の白い獣の絵が割と写実的に描かれていた。 「深緑色の亀の甲羅、炎のような赤い翼、強靭な竜の尾を持つ白き獣・・・らしいよ。 この絵だと大きさは分からないけど、きっとすごく大きいんだろうね」 「・・・ほんとに、いるんですかね?」 もし非常に大きな生き物だとして、人間に見つからずに存在できるのだろうかと心配になる。 それに生き物だとしたら死んでしまっていて存在していなかったら探し出すのも不可能だ。 「それがね。最近になってその存在が確認されるようになったんだ」 「え・・・確認?目撃情報でもあったんですか?」 「残念ながら、見た人はいない。でも、目撃といえばそうだね」 「・・・??」 本を閉じて手をパンパンと払う。借りてすぐにここに来たのか、その本は取れた繊維と埃でいっぱいだった。 「空を飛ぶ姿というか・・・その、影を見た人がいる。空を覆うほどの巨大な影だったそうだよ」 「雲じゃなくて・・・ですか?」 「羽ばたいていたし、シルエットが鮮明だったらしい。飛行機なんてないしね」 「・・・ひこうき?ってなんです?」 「あと、湖に水を汲みに来た人が隣で大きな生き物の気配を感じたという報告もあるみたいだよ」 「え・・・怖い」 森の中で巨大なクマに出会ったような感覚だろうか、とレックは思わず身震いする。 「水を飲んでいたようで、水面がそのように波打つのを見た人がいるんだって。他にも、似たような報告がいくつか。それも、伝承が残るセレナードの西の地方に多いんだ」 「へえ・・・」 それなら望みはあるんだろうか、協力してくれるだろうか、と少し希望が持てた。その生物の姿も分かったことだし、自分が探しに行かなければとレックは立ち上がる。 「よし、じゃあ早速・・・」 「あ、待って」 「え?」 カイは本を指輪の上に置いた。するとその本は吸い込まれるように手の中に消えてしまった。 次に、今度は指輪からではなく腰につけていた小袋から何かを取り出す。 「はい、これ。落とさないように気をつけて」 差し出された手を慌てて両手を上に向けて迎える。しかしカイの手が離れても、何かが手にのったような感覚がなかった。 「・・・なんです?なにかあるんですか?」 「ここ、よーく見て。薄くて小さな機械があるんだ、透明でひし形の」 「ん・・・??」 カイが指差したのは左手の中心だったので、右手の人差し指でその部分をつついてみる。 目をよくよく凝らしてみると、息を吹きかけたら飛んでしまいそうなほど小さなビニールのカケラのようなものがのっていた。 「機械・・・これが、機械ですか?」 「まあ、これも・・・リアン殿にかなり協力してもらったんだけど・・・魔法の力がウェイトをかなり占めているかな・・・」 それがどうも不満なようで、少しだけカイは不機嫌になる。 「私は全部、技術でなんとかしたいって言ったんだけどね・・・まあ完成させるのが先決だから譲歩したんだ。うん、いつかは私が全部自分で作って見せるから」 「いや、それはいいんですけど・・・なんなんですかこれ?」 「あ、そうそう。これを、どの指でもいいから爪に押し付けてごらん。ピッタリくっつくよ」 「へ・・・?」 言われたとおりに右手の人差し指の爪を左手の手のひらに押し付けた。 指を離してみると手のひらからその小さな破片のようなものは消えており、右手の爪を見てみるとそれは凹凸も感じないほどに綺麗に密着していた。 「くっつきました・・・ね、それで?」 「これは、すごくすごく小さな・・・「通信機」のようなものだよ」 「つうしんき・・・?」 また耳慣れない言葉が告げられる。思わず爪を指の腹でさすってみたが、なにもついていないと思えるほどツルツルだった。 「とは言っても魔法の力で動くものだから電力などを原動力にしているわけじゃない、機械といえるかは微妙だね。 数百年前の魔法の技術を応用したものらしいよ、リアン殿の言によると」 「へ、へえ・・・」 「名前は「シフラベル」っていうんだって、自分の名前を入れるとかねぇ」 「いや・・・それはいいじゃないですか・・・」 どうもリアンのことを話すときは不機嫌になってしまうようで、カイはやれやれとオーバーに首を振っている。 「私はその機械をひたすら小型化することにいそしんだんだ。指に違和感はないでしょ?」 「はあ・・・なにもないですけど・・・」 「外すときも指でぎゅっとおさえて、外したいと念じたら爪からはがれるようになってるよ」 「・・・・・・」 指をまださすりながら、あとで試してみようとぼんやりと考えた。 「まあ、これは私からのプレゼントのようなものだからあまり気にしないで。聖獣の生息地は今セレナードで鋭意調査中だから、数日もすれば見つかると思う」 「そんな、幻の生物みたいなのがすぐに見つかります?」 「今まで何の情報もなかったのが、ここ数ヶ月で急に目撃した報告が続々届いているからね。聖獣が動き出すような理由があるのかもしれないよ」 「ふーん・・・」 一通り話し終えて、指を見つめながら何気なく返事をしているレックにカイは顔を寄せた。 「・・・それで、これが一番誰にも聞かれてはいけない話なんだけど」 「な・・・なんです?」 レックはぎょっとしてカイを見つめ返す。ちょっと近いなと思いつつも、カイの表情が真剣だったのでそれについて何も言えなかった。 「さっきのキリエの首の後ろにあった滅びの烙印・・・あれは、実はその人の死期を表しているんだ」 「へ?!」 また穏やかでない言葉に思わず声を上げる。 「ど、ど、どういうことですか・・・?!」 「さっき見た印の色は、赤に近い紫色だった。あれは、呪われたときは青い色をしているはずなんだよ」 「じゃあ・・・色が変わっていっているってこと・・・?何色になったら、その・・・」 「・・・最初は青。次に紫になり、赤くなり・・・最後は、黒くなる。そのとき、命も同時に尽きる」 「・・・・・・!!」 レックは金色の目をこれでもかと見開いた。いよいよ猶予がないと分かり、急にいても立ってもいられなくなってしまう。 「お、俺・・・その、聖獣を探しに行きます!ま、ま、待ってるなんてできない・・・!!」 「うーん・・・気持ちはよく分かるんだけど・・・」 立ち上がり今にも走っていってしまいそうなレックを見上げながら、カイは残念そうに頬杖をついた。 「レックがバルカローレに連れ戻された理由・・・分かってる?多分・・・城から出られないと思うよ」 「そんな・・・」 「皇帝一族の直系であるセルシアもキリエも命が危ないとなると、もう残っているのはレックしかいない。 レックに万が一のことがあったら血族が途絶えてしまう、そんな状態だからね・・・無理だと思うな、この国では」 「・・・・・・」 カイにそう言われても、レックの目に宿った決意は消えなかった。深くカイにお辞儀をしてから、庭の出口に向かって駆け出す。 「ありがとうございます、カイさん!やっぱり俺にできることをできるだけやりたいです! コンチェルトに帰ることになったら、フィルに俺は大丈夫だから心配するなって伝えてください!!」 「あ・・・・・・うん、行っちゃった・・・」 昔から行動力のある子だったけど、更に磨きがかかったなあと感心した。 「私から伝えなくても、大丈夫だけどね」 さてと、とカイも立ち上がり、レックが向かった方と反対に向かって歩き出す。 セルシアとキリエがいる部屋に、何人かがまた慌しく駆け込んでいくのを見て眉をひそめた。 ズドドドと音が鳴るほど全速力でレックは自分に与えられた部屋に帰還した。 部屋に入ると中には数名の召使たちが話し合っており、レックに気づくと椅子から慌てて立ち上がってレックに向かって礼をする。 大量の料理や食器は片付けられていてテーブルの上にはなにもない。 男女二人ずつの4人の召使が部屋に残っていたようだが、任せていたレンの姿が見えないためレックは息を切らせながら尋ねた。 「はあ、はあ・・・えっと、レンはどこ行った?ちゃんとご飯食べ終わったのか?」 「お帰りなさいませ・・・はい、食事は済みまして・・・その後、私どもでお話をさせていただいておりました」 「レンと?なに話してたの?」 まだ自分もほとんど話してないのに、と少しレックは焦る。 「ええと・・・しばらくは部屋の中のものについて、あとは・・・ここはどこなのか、王は誰なのか、どんな暮らしを人々がしているのか・・・どんな生き物がいるのか・・・」 「・・・うーん・・・?」 やはり何かがおかしい、普通に暮らしていたら疑問に思わないようなことばかりだ、と首をかしげる。 どの国で暮らしていたとしても、そのことをわざわざ尋ねるというのはおかしい。 「そしてしばらく話をしていたのですが、部屋の中は飽きたと仰いまして・・・部屋の外には出ないでほしいと告げましたら今度はバルコニーに出られました」 「バルコニー・・・おいおい、一人にしておいて大丈夫かよ」 「ずっとそちらを見てはいたのですが・・・」 やれやれと頭をかきながら窓に近づく。どんよりした色の空を背景に、柵に寄りかかったレンの後姿がそこにあった。 先ほどカイと庭で話していたときよりも風が強くなってきているようで、ゆったりとした構造のレンの服と腰帯がなびいている。 レンに聞こえているかもしれないが、レンの方を向いたまま後ろにいる召使たちに尋ねた。 「他に何か変わったことは?飲み物を飲むのは普通だった?」 「いいえ・・・コップを置いた状態で飲もうとなさったので、持ち上げて傾けて飲むものだとお伝えしました・・・」 「・・・なんだそりゃ・・・」 聞こえているのかいないのか、レンは外を見た体勢のまま一切反応がない。もっと色々話さなきゃ、とレンに近づこうとしたとき、扉がコンコンとノックされた。 「ん?誰?」 レックはバルコニーからまた離れて扉に近づく。一応レンのこと見といて、と話していた女性に声をかけた。 「レグルス様、失礼いたします」 カチャッと軽い音が響いて扉が開かれる。するとレックがこの王宮に到着したときに部屋などの手配をした老人が部屋へ入ってきた。 何かよからぬ雰囲気を感じて、レックはすっと目を細める。 「・・・なんだよ」 「今日はもう遅いので、明日からの日程のご説明に参りました」 「・・・は?日程??」 レックの戸惑いをよそに、テーブルの上に横に長い紙が広げられた。バルコニーに二人の召使が出ており、残った二人も渡された資料を並べるのを手伝っている。 グラフのようなものが書かれており、箇条書きになっている箇所もあった。 「近いうちに、レグルス様の御披露目の宴が催される予定です。明後日は太陽乞いの日の予定でしたが神聖光使様がお倒れになったため中止となりました。 そのため、代わりの儀式が執り行われることとなっております。そのときもレグルス様には御出席いただきます」 「・・・・・・はあ」 大人しく説明を聞いていたが、有無を言わせぬような物言いに頭にはほとんど入ってこなかった。 「誕生直後、ご病気のため療養が必要だった、完治なさってご帰国されたということになっております。 我が国のしきたりの必要な知識は徐々に身につけていって頂きますのでそのつもりで。 その課程を終えるまで1ヶ月を見ております、それまで無断での外出は一切禁止させていただきます」 「・・・・・・」 何か言い返してやりたかったが、もう反応するのも面倒になり項垂れてただ紙をじっと見つめる。 皇帝とその姉がいるという状態では弟は不要だったのかばあちゃんと一緒にコンチェルトに厄介払いしたくせに、 今更国の事情で半ば強制的に呼び出して自由を拘束するなんて、俺を何だと思ってるんだと叫びそうになった。 だがレックは、絶対になんとしてでもここを抜け出して、二人の姉を助けるため、聖獣を探しに行くんだという使命に燃えていたため 今騒ぎを起こしてはいけないとなんとか己を制する。カイさんがいるなら、きっとこの状況でも何とかなるはずだと。 明日の起床時間、神聖光使へのお見舞いの時間、勉強の時間、王宮に仕える人との交友の時間、 様々なスケジュールを言い渡した後、やっと全ての説明が終わり、用事が終わると部屋から人々はさっさと出て行ってしまった。 バタン、と扉が閉じられて部屋の中は一気に静まり返る。召使の4人はまだ部屋に残ったままで、心配そうに気まずそうにレックをちらちらと見ているのをレックは感じていた。 なるべく心配をかけないように、とレックはできる限りの笑顔を作って顔を上げる。 「・・・えっと、レンの世話しててくれてありがとな。俺そろそろ寝るから、出て行ってもらってもいい?」 「は、はい・・・」 「何か必要なものはないでしょうか、レグルス様」 「ん〜・・・」 部屋を見回し、明日の朝までに必要なものは特にないだろうと判断して首を横に振った。 「ないかな。あ、でも城の見取り図とかあったらほしいんだけど。夜中にトイレ行くときとか」 「扉の左右には兵士が常駐しておりますので、いつでもお申し付けくだされば案内いたします」 「・・・ああ、そうですか」 囚人かよ、と思ったが彼らに言っても仕方がないのでやめておいた。4人の召使たちも順に頭を下げながら部屋を出て行き、ようやく部屋にはレックだけとなった。 なんだか一気に疲れが出たような気がして思わずため息をつく。説明のために広げられていた巨大な紙は片付けられており、 代わりに明日のことがまとめてあると思われる小さな紙だけがテーブルに残されており、それを見ただけでなんだかさらに疲れた気がした。 「ここでの会話もきっと全部聞かれてるんだろうな・・・あー、もう」 またイライラしそうになるが、先ほど会ったキリエや祖母の姿を思い出してそんな感情に支配されている場合ではないと首を横に振る。 そして、寝るまではレンと話そうか、とバルコニーに再び足を向けた。 「おーい、レン?ずっとしゃべんなかったけどどうしたんだ?寝てるの?」 |