レンは食べている途中だったがレックは食事を一通り終えて、扉の外にいる人を呼んだ。

「なあ、この子のことちょっと見ててくれない?俺は早く、えっと・・・その、色々と説明してもらいたいこと、知りたいことがあるからさ」
「かしこまりました」

二人の給仕係の男性が入ってきてテーブルの横に立った。この子供が誰なのか尋ねないのか、とも思ったがもう考えないことにする。 扉の外に待機していた人たちがさらに人を呼んだようで、しばらく待たされた後に広い廊下の曲がり角から3人の司祭の格好をした案内役の男性が現れ、レックの元へやってきてお辞儀をした。

「大変お待たせいたしましたレグルス様。これより神聖光使様のおられる部屋へご案内をいたします」
「・・・そのレグルスって、何なんだよ?そろそろ俺をどうしてここに強引に連れてきたのか教えろよ」
「そちらの部屋で説明がありますのでお待ちを」
「・・・・・・」

まだこれ以上わけわからないままほっとかれるのか、とレックはむすっとしながらも、おとなしく案内人のおじさんの後ろをついていくことにした。 階段をのぼったり降りたりひたすら広い王宮内を歩き続けて、ようやく一つの扉の前で止まった。

「こちらでございます・・・と、その前に」

失礼します、と突然なにやら頭に冷たい水のような物をかけられた。

「な、なにすんだよ」
「申し訳ありません、こちらは聖水から作られた薬でございます。ふりかけておけば1時間は安全です」
「え・・・?」

どうぞ、と扉を開けられて戸惑いながらも中に入る。部屋の中はだだっ広く、奥に二つの大きなベッドが置かれていた。 そのベッドのそれぞれを大勢の人が取り囲んでおり、寝ている人の顔があるであろう位置をみんなが見下ろしているようだった。

「なんだここ、すんごい広いけど・・・病室・・・?」

神聖光使がいる部屋と言われて来たからには、謁見室や控え室のような場所を想像していたが、思っていたのとまったく違う。 案内してくれた人が前に進むよう促すのでレックはなるべく足音を立てないように部屋の奥に向かった。

「あ・・・」

ベッドの前の椅子に座って下を向いている人物を見て、レックは思わず声を上げた。

「・・・レック?」
「ば、ばあちゃん・・・」

力なく顔を上げたのは、カンナだった。普段のほほんとしている陽気な雰囲気はどこにもなく、すっかりやつれてしまっている。

「レック・・・ごめんねぇ、こんなことになっちゃって・・・」
「え・・・ええと・・・」

ここにどういう理由で連れてこられたのかを聞きたかったが、見たことのないほど落ち込んでいるカンナを見たらどう声をかけたらいいのか分からなくなってしまった。 周りの人もレックが来たことに気づいたが、軽く会釈をするだけで何も言わない。

ちょっといいかしら、とカンナは立ち上がり、部屋の隅にある椅子を指差した。 あれに座れと言っているんだと分かったレックは先回りしてカンナのために椅子を引く。

よっこらせ、と腰を下ろしたカンナは、下を向いて手を小さなテーブルの上で組み、とても小さな声で話し出した。

「黙っててごめんね・・・おばあちゃんはね、バルカローレの生まれで・・・私のお姉さんの子供は・・・先代の神聖光使だったの」
「ばっ、ばあちゃんが・・・え、神聖光使の・・・親戚・・・!?」

カンナの言葉に衝撃を受けたが、部屋のただならぬ雰囲気を感じて大声にならないように気をつける。しかし、祖母が皇帝一族の者だとわかった衝撃が大きすぎて思考が止まりかけた。 レックの驚く様子を見て、カンナはますます弱々しく続ける。

「その人には二人の女の子がいて、3人目のレックは遠くに養子に出されてしまうことが決まって・・・それがどうしてもイヤでね・・・国を出て、 もう関わらないとお互いに約束して、レックのことは私がしっかり面倒見ようって。コンチェルトでゆっくり暮らそうって、そう思ってたんだけどねぇ・・・ごめんね・・・」
「ば・・・ばあちゃん、ちょっと、泣かないで」

疑問があれこれと浮かんだが、カンナがはらはらと泣き出してしまった。慌ててレックは背中に手を回して顔を覗き込む。

「ばあちゃんは何も悪くないよ・・・ビックリしたけど、俺がばあちゃんの孫だってことはずっと変わらないよ。ずーっと大好きだし、ずっと大事にするよ。ね、泣かないでってば」
「うん・・・うん、ありがとねぇ」
「・・・・・・」

カンナが落ち着くまでしばらく背中をさすっていたが、ふとレックが顔を上げると奥のベッドの前にいた人がこちらへ歩いてくるのが見えた。

「レグルス様、説明の者が来るまではこちらへ」
「・・・なんだよ」

部屋に連れてこられてカンナを見つけて驚いたためすっかり周りのことを気にしていなかったが、そもそもこの部屋は「神聖光使がいる」と言われて通された部屋である。

こんなところでみんなは何をしているのだろうか、とようやくそちらに意識を向けた。

「皇帝がいるような部屋って感じじゃないよな・・・というか、ばあちゃんのお姉さんの子供が神聖光使・・・今の神聖光使はその子供で、3人目の子供が俺なら・・・・・・え?」
「レグルス様」
「・・・ああもう、考えてるのに・・・行くよ」

よく見ると奥のベッドで寝ていたであろう人物が上半身を起こしてこちらを向いていた。あの人に呼ばれたんだな、と察して大人しく音を立てないように気をつけてベッドに近づいていく。

顔が見えるほどの位置まで来て、レックは目を丸くした。

「・・・・・・!」

今までコンチェルトで暮らしていて、見かけることのなかった薄い金色という自分と同じ髪の色をした、自分とどことなく顔立ちの似た少女と目が合い言葉を失う。

レックのことをしばらく見上げていた少女は、一度苦しそうに息を吐き出してからレックに辛そうに笑顔を向けた。

「・・・久しぶりね、レグルス」
「あ、あんた・・・もしかして・・・」
「・・・私は神聖光使セルシアの姉、キリエ。・・・そして、レグルス・・・あなたの姉でもある」
「・・・・・・」

言葉を失って自分を見つめているレックを見てキリエは ふふっ、と笑われてしまった。

「覚えてないわよね・・・あなた、2歳にもなってなかったものね」

と、そこまで言い終わってから激しく咳き込み始めてしまった。ベッドの周りにいた人たちが薬が入った容器を近づけたり背を支えたりと慌しく動く。

「お、おい・・・!病気なのか、あんた?どこか悪いのか?」

しばらくして咳がおさまり、周りの人を手のひらで制してからまたレックに向かって顔を上げた。

「聞かされてなかったのね・・・私はまだマシな方なの、酷いのはセルシアの方・・・原因不明の病気で衰弱しきっていて、昨日喀血してから意識がない・・・」
「病気・・・?!か、喀血って・・・」

死んじゃうんじゃないか、と言いそうになってさすがに口をつぐむ。神聖光使が重病だなどと、想像もしていなかった。

「・・・ごめんなさい、私たち二人がこんなことになっちゃって、レグルスをいまさら巻き込むことになって・・・みんなから話は聞いたけど、 どうせ強引に連れてこられたんでしょ。・・・ごほっ、ごほっ」
「お、おい」

つらそうに咳き込むキリエにレックはどうしたらいいのか分からず手を宙に彷徨わせる。キリエの隣に立っている医師と思われる女性に、背をさすってもいいかと尋ね、頷かれたので そっと床にひざをついてキリエの背を支えた。

「原因不明の病気って・・・何があったんだよあんたたちに。国で一番大事にされてる存在だろ・・・?皇帝とその姉なんて、厳重に王宮のど真ん中で守られてるはずじゃん・・・ どうやったらあんたたち二人が病気になるんだよ。・・・他に同じ症状の人は?」
「はあ、はあ・・・ううん、この症状が出ているのは私たち二人だけ。国中の医師を集めてセルシアの診断と看護に当たらせてるけど、日に日に悪化してる・・・」
「・・・・・・どうしたらいいんだよ」

そのとき、隣のベッドからさらに酷い咳と嫌な水のような音が聞こえてレックは顔をしかめる。 咳き込む声のほかに、周りにいる人たちから 血を吐かれたぞ、とか注射の用意を、などの悲鳴に近い怒号が飛んでいた。

額に嫌な汗がにじむのを感じながら、レックはキリエに向き直る。

「・・・いつごろから?」
「症状が出て、一週間ぐらい経過してるかしら・・・私は丸一日、セルシアは三日間昏睡していたから正しい日数がわからないけれど・・・私の容態は今のところ落ち着いてる。でも、セルシアは・・・」

そこでキリエは口をつぐんだ。もしかしたらこのまま助からないと言われたのかもしれない、ということをレックは悟る。

「原因は・・・?二人だけが食べたものとか、症状が出る前の出来事とか・・・」
「分からないわ・・・食事は側近たちと同じものから皿は無作為に選ばれるし、それをさらに二人の毒見係が食べるから・・・それでも、毒見が入れたという可能性はあるかもしれないけど」
「・・・・・・」

コンチェルトにおけるシャンソン大公やカイの食事風景を見ることはあったが、毒見に関してはそこまで厳重ではなかった。

バルカローレはそこまで気を遣っている国だということはレックは知らなかったが、それならばなおさらなぜ二人だけが、と必死に思考をめぐらせる。

「ただ・・・」

数回咳き込んでから、キリエが思い出すように頭に手を置いた。

「私たちが倒れる数十分前、公務の合間に二人で休憩していたの・・・そのときに、窓から・・・」
「窓から・・・?」
「1匹の、綺麗ですごく大きな・・・蝶々が入ってきたの」
「・・・ちょうちょ?」

毒を持ってきた人が侵入でもしてきたのか、何か手がかりになるかと身構えていたレックは拍子抜けした。

「薄い水色に光る羽の・・・今まで見たことのない蝶々だったわ。捕まえて飼おうか、とか二人で冗談を言っていたんだけど、その蝶々は全然人を怖がらないみたいで、 私たちの間に、机の上に止まってしばらく休んでいたの。私とセルシアに少しだけ触れたと思う」
「・・・まさか、それが原因・・・?それで、その蝶々は?」
「話している途中でまた窓から飛んでいった・・・」

上体を起こしているのも辛くなってきたのか、額に手を置いてまたベッドに体を沈ませた。熱もあるようで、医師がキリエの額に氷水で冷やしていた布を置く。

「他に思い当たるものがない以上・・・それが原因なのかなって、最近思い始めたんだけどね・・・」
「でも・・・蝶や蛾が、吐血するほどの重い症状になる毒をもつなんて聞いたことないけど・・・」
「恐らくそれは、毒ではないね」
「え?!」

突然背後から聞こえてきた声に、レックは勢いよく振り返った。その声は、非常に聴き慣れたものだったからである。

「か・・・カイさん・・・!?な、なんでバルカローレに?俺も数時間前に着いたばっかなんですけど・・・」

そこにいたのはカイだった。近くにフィルの姿もいつもつけている護衛の姿もない。部屋にいる人たちも、カイの姿に驚いてざわついている。

「それは後で。キリエ、寝ているところ悪いんだけど・・・首の後ろを見せてくれる?」
「・・・は、はい」

キリエはゆっくりと起き上がり、おろしていた髪を手でまとめて下を向いた。

「・・・やっぱり。リアン殿の言ったとおりか・・・」
「なにがですか?」

キリエにもういいよ、と告げてからカイは腕を組む。レックも覗き込んでいたが、何を見て何を判断したのか全く分からなかった。

カイは考えている様子でキリエを見たり、部屋の中を見回したりと動く様子がない。キリエもその様子を見上げていたが、納得したように何度か頷いてカイはキリエの肩に手を置いた。

「・・・大丈夫、まだ間に合うはずだ。必ず助けてあげるから、待っててほしい」
「間に合う・・・?」
「レック、話があるから・・・外に出ようか」
「あ・・・はい」

カイは周りの人たちに軽く礼を何度かしながら部屋を出て行ってしまった。すぐにカイを追いかけようとレックも歩き出す。

「待って」

そのとき、後ろからキリエに声をかけられた。

「・・・ごめんなさい、まだレグルスには言わなければいけないことがたくさんあるの。でも・・・今は、遠慮した方がいいみたいね。私たちのために、カイ王子まで手伝ってくれているみたいだから」
「い、いや・・・待っててくれると思う。言わないといけないことって何?」
「レグルスがバルカローレから離されるべきだという決定がなされたとき・・・反対すればよかった。あのとき、私はすごく無気力で・・・レグルスとも毎日顔を合わせていたし遊ぶこともあったのに、 レグルスがいなくなると聞かされても私は何も思わなかったの。追い出した国に無理やり連れてこられて、面倒に巻き込むなんて・・・本当に、なんて謝ればいいのか分からない・・・」

起き上がっているのがつらくなってきたようで、消え入りそうな声でそう言ってキリエはまた体を倒す。そのまま横を向いて掛け布団で顔を覆って、表情は見えなくなってしまった。

「・・・レグルスがバルカローレへ呼ばれた理由はもう分かってると思うけど、私からも改めてお願いするわ・・・」
「・・・・・・」

何を言われるのかをなんとなく悟って、レックは少し顔をしかめる。キリエのくぐもった声が、一呼吸置いてから聞こえてきた。

「・・・皇帝一族の、神聖光使の血筋を絶やさないでほしいの。この国には太陽が必要だし、それを呼べる素質のある後継者を、残していかなければいけない・・・。 急にこんなことを言われても困ると思うけど・・・レグルスは、バルカローレに必要な人なのよ・・・」

最後の方は泣き声も混じってほとんど聞き取れなかったが、それでもレックは首を振って笑いかける。

「なにあきらめてんだよ。・・・絶対に二人を助けるよ。カイさんなら必ず、すんごい薬を作るなり毒を消し飛ばす装置なりを作ってくれるだろうから 落ち込まずに待ってろって。・・・な、お姉ちゃん」
「・・・うん・・・」

ベッドの中からかすかに声が聞こえてきて、レックは安心したように頷いた。そして、カイが出て行った部屋の出口に向かって走る。 そのとき、二人の大臣らしき人がレックを見つけて手に持った書類を見せた。

「レグルス様、お待たせいたしました。このたびのあなた様をバルカローレへお呼びした理由についての説明を」
「今更かよ・・・もう全部聞いたよ、先代神聖光使の妹君と、我がお姉様から。ちょっとカイさんと話してくるからばあちゃんのことよろしくな」
「あ・・・」

何か言いたげな声が背後から聞こえてきたが気にせずにカイを待たせているであろう部屋の外へ急ぐ。 さてどうしたものか、と思いながら扉を開けると、廊下の絵を見上げているカイの後姿があった。

「あ・・・すみませんカイさん、お待たせしました」
「いいえ。さて、私の話をしてもいい?それとも質問に先に答えようか」
「え・・・えっと・・・じゃ、とりあえずどうやってカイさんがここに来たのかだけ・・・」
「そうだね。それは・・・これだよ」

そう言ってカイは手を自分の顔の前に出し、手の甲をレックに向ける。その中指には、緑色の宝石がついた指輪がはめられていた。

「・・・なんです、それ?」
「これは、今リアン殿と共同で開発中の「時」の力を凝縮した指輪だよ」
「ときのちから??」

レックは首をかしげ、その指輪をしげしげと眺める。

「説明が少し難しいんだけど・・・要は王宮から王宮へ自由に移動できる、って感じかな」
「え!?なんですかそれ・・・すごく便利じゃないですか」
「それが、まだ自由自在とはいえないんだ」
「・・・?」

そんなものがあるなら自分もここに来るのに長時間馬車に揺られ船に揺られる必要もなかったのに、と思ったが、カイは指輪を左手でさすりながら首を振った。

「まず、これを今のところ使えるのは私と父上と、メヌエット国王であるアルトと、セレナード国王のリタルド殿と、 バルカローレの皇帝であるセルシアだけだ。もしかしたら、レックやアリア王女も使えるかもしれないけど」
「・・・なんでですか?」
「それは、移動するのに使うのが王族にだけ使える水の鏡、ジェイドミロワールだからだよ」
「ジェイドミロワール・・・」

ジェイドミロワールとは、各国の王宮に設置されている鏡のことで、鏡が認めた人間にしか使うことはできない。 聖墓キュラアルティにも設置されており、癒しの司とコンタクトをとる唯一の手段でもあった。

数百年前に鏡が置かれてから、各国の話し合いのために使われている。

「距離というのは大きいほど移動するために時間をかけるよね。その「時」というものの力をリアン殿が研究しており、 その強力な力の一片をこの魔法の道具に使ってみたんだそうだ。そして「時の力」をためることによって、 各国の鏡から鏡への移動を可能にできたんだよ。だから私はついさっきまで、セレナードにいたんだ」
「・・・へえ・・・?じゃあ、フィルは来てないってことですか?」
「うん、まだ指輪は一つしかないからね、それに時の力を溜めないと私もセレナードにもコンチェルトにも帰れない」
「・・・そうですか」

まだよく分からなかったが、その指輪と鏡を使ってカイがここに来たということは把握したので頷いておくことにした。

「私がここに来たのは、セルシアとキリエの病気の原因を確認するため、そしてそれを治す手段を伝えるためだ」
「あ・・・そうだ、さっきカイさん、毒の症状じゃないって言ってましたけど・・・どういうことですか?」
「・・・そうだね。ここでは人がいるかもしれないから、場所を変えようか」
「は、はい」

聞かれたらまずい話なんだろうか、とレックは素直にカイの後ろを歩く。 確かに先ほどの部屋の前の廊下では人の行き来も多かったし、どの壁の後ろに人がいて聞き耳を立てているかもしれなかった。

ぐるぐると王宮内を歩き回ったが、どこも慌しく結局二人は庭に出ることにした。 少し寒かったが、人が身を隠せるような壁もなく比較的通行人も少ない。

コンチェルトとは植物のラインナップが大分違うな、と思いながらレックは庭を見回した。

「・・・さて。さっき、キリエの首を見たけど・・・レックは何か気づいたかな」



    


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