レックは、たっぷり十数秒間は停止した。

この目の前にいる少女が。はんりょ。はんりょってなんだっけ?

思考も動作も停止してしまったレックに、オルタンスは心配そうに声をかける。

「あのう、レグルス様・・・」

レックはゆらりと立ち上がり、下を向いたままテーブルの反対側に無言で歩いた。
オルタンスはレックが席を立ったので自分だけが座っていてはいけないとあわてて立ち上がる。

オバケのように力なく音もなく近寄ってきたレックに少し不安になったが、
大人しくオルタンスはレックの言葉を待っていた。

「・・・ダメだろ」
「はい?」

ぼそりと呟いたレックの言葉に、オルタンスは首をかしげる。

「ど・・・どうかなさいま」
「いや、ダメだろ!!オルタンス?!どう考えても利用されてるぞ!!」

突然顔を上げて かっと目を見開き、レックはまくし立てた。

「り、利用?」

意味を理解できずにオルタンスはおどおどしながらも何とか聞き返す。

「そうだろ、この国・・・バルカローレに利用されてんだぞ、分かってる!?」
「ええと・・・国の役に立てるのならば私はなにも・・・」
「そういうことじゃないんだよ、つまりは・・・言い方悪いけど、ダシにされてるってこと」
「はい・・・?」

言い聞かせようと、レックはしゃがみこんでオルタンスを見上げた。

「俺をバルカローレにいさせるために使われてるってことだよ。
無理やり連れてきた自覚があるから、キミみたいな可愛い女の子を未来のお嫁さんとして
その・・・用意しておけば、俺が帰りづらくなるだろうって思ってんだよ、この国の偉い人は。わかる?」
「えっと・・・お褒め頂き恐縮です・・・」
「いや、あのね・・・」

可愛い、の部分だけを拾って照れてしまったオルタンスに がくっと肩を落とす。
素直で確かに可愛いと思いつつも、ならばなおさら巻き込んでは可哀想だとレックは焦った。

「そういうことじゃないんだよ、お願いだから分かってくれ、いいように使われてるんだって。
大体、こんな小さな子と結婚て俺を犯罪者にする気かよ・・・俺もまだ結婚できない年齢だし」
「ですから、婚約をと」
「何年先の話だよ!その間に皇帝さんが死んじゃったらどーすんだ!?」
「1年先ですが・・・」
「え・・・」

小学生じゃないの?せいぜいいっても13歳ぐらいじゃ・・・と、レックは目を丸くする。
オルタンスは安心させるようにか両手を胸の前で合わせて微笑んだ。

「私はこの間15歳になったばかりです。1年お待ちいただければ、レグルスさまと婚姻が可能になります」
「・・・お、俺も法律的にはあと1年だけど、いや、そういうことじゃなくてね・・・」
「気に入っていただけるよう、レグルスさまの伴侶に相応しい人間になれるよう、
1年でしっかり今まで以上に努力いたします。ご不満な点がありましたら何でも仰ってください!」
「いや・・・そういうことじゃ・・・なくてね・・・」

どうしたもんか、と両膝の上に顔を乗せてため息をつく。
お偉いさんに直接言わないとダメだな、と立ち上がったとき、
後ろから二人のどちらでもないくぐもった小さな声が聞こえた。

「ん?・・・あ、忘れてた!」

ベッドの上に寝かせていた子供が寝返りを打っている。
目を覚ますのかも、とレックはベッドに駆け寄った。

なんだろう、とオルタンスも静々と後ろをついていく。

「レグルスさま、そちらの方は・・・?」
「んー・・・ここに来る途中、倒れてたから拾ったんだ。カチコチに凍ってたからずっと抱っこしたまま
冷たい部分をさすってたんだけど・・・あ、手も暖かい。起きるかな・・・」
「こ・・・凍っていた・・・??」

ぎゅっと強く目をつぶり、うーん、と小さく声を上げてから、うっすらと目を開いた。
レックは目を輝かせて頭をなでながら呼びかける。

「おーい!大丈夫か、よかった、生きてたんだなー!!」
「うぅ・・・」

軽く頭を振って、薄目を開けた状態で周りを見回した。
そして、自分を覗き込んでいる二人に気づいて不安そうに尋ねる。

「だ・・・だれ・・・?」
「俺はレック。こっちはオルタンス。で、ここは・・・そうだな、バルカローレのお城の一室だよ。
倒れてたから連れてきたんだけど、死んでるんじゃないかって心配してたんだぞ。キミ、名前は?」

話しているレックの様子をずっと観察していたが、その様子はずっと怯えているようだった。
急に色々言ってゴメンな、とレックはまた頭をなでる。

「ぼくは・・・レン・・・」
「レン?そっか・・・家は?家族の人が心配してるだろ、連れてってあげるよ。」
「家・・・?」
「住所、覚えてない?家はセレナードだろ?船に乗せてつれてきちゃったからさ」
「セレナード・・・?」
「・・・・・・あら?」

どうも思った答えが返ってこないと気づいて、レックはとりあえず話題を変えることにした。

「えっとー・・・とりあえず、腹減ってるだろ。あそこに食べ物たくさんあるから好きに食べていいぞ」
「・・・・・・」
「いいよな?」
「えっ?」

突然振り返られて、オルタンスは戸惑いながら頷く。

「レグルスさまが構わないならば・・・私に異論はありませんが・・・」

レックがよく知っている人を連れてきているんだと思っていたため、
もっと色々尋ねなくて大丈夫なんだろうかとオルタンスは不安になった。

しかしオルタンスの心配をよそに、レックはレンを立ち上がらせてテーブルに連れて行ってしまう。
そして、さっきまで自分が座っていた椅子にレンを座らせた。

「・・・・・・!」

先ほどまで無気力だったはずだがテーブルを見下ろして料理を見回しているレンの視線はとても熱く、
やっぱりお腹すいてたんだなとレックは納得する。

「全部食べたっていいよ。どれから食べる?・・・これ?」

指差されたステーキを二つのフォークで皿に移した。
それに直接口で食いつこうとしたので、レックはレンの頭を手のひらで止める。

「・・・ストップ。これとこれを使って、肉は小さく切ってから食べなさい」
「・・・・・・。」

薄々、普通の子供と何か違うことを察していたレックはレンが異様な食べ方をしそうになっても
そこまで驚くことはなかった。

年齢は自分より少し下ぐらいに見える少年だったが、どうにも違和感がある。
さて食事の間になにを尋ねるかなとレックは頭をかいた。

ほらこうやって、とナイフで肉を切るところを見せるとレンは納得したように頷く。
左手にフォークを持たせると、それに肉を刺してレンは食べ始めた。

器用に左手だけで食べているが、右手はだらんと伸ばしたままで動かそうとしない。
それを見て、レックは少し遠いところから質問しようと考える。

「レン・・・どうして草原で倒れてたのか、覚えてる?もしかして空腹で行き倒れた?」
「倒れてた・・・」

もぐもぐ、と肉を咀嚼しながらレンは思い出すように視線を宙にさまよわせた。

「ぼく、倒れてたの?」
「うん。怪我もしてないみたいだし血も出てないのに倒れる理由って腹減りぐらいかなって」
「・・・・・・」

何かを思い出そうとしているようで、天井を見上げてからぎゅっと目を閉じた。
それでも もごもごと口は動かしたままである。

「今は食べることに集中して、無理に思い出さなくても」
「ぼく・・・分からないんだ」
「ん?」

いつの間にかレンの赤紫色に光る目がレックをしっかりと見つめていた。

「ぼくは何をしてるのか、何のために生きてるのか、理由が知りたくなったんだ。
でも、それは考えてはいけないことだった。だからずっと考えないようにしてた。
・・・そのあとのことは、思い出せない。疑問に思った後のことが分からない・・・」
「・・・??」

レンは至極真面目に深刻に話してくれていることは分かったのだが、言っている意味は全く分からなかった。

「ええと・・・つまり、どうして倒れてたのか、覚えてないってこと?」

うん、とレンはこくりと頷く。
そっか、とレックも小さく何度も頷いた。

「んで、家も分からない、家族のことも覚えてない・・・こりゃ、俺が責任取るしかないよな」
「「え?」」

レックの決意がこもった口調に、レンはもちろん、オルタンスも声を上げる。

「レグルスさま、責任とは・・・」
「まあね、俺が連れてきちゃったんだし、面倒見るってあの人たちに啖呵も切っちゃったし・・・。
帰るところがないなら、とりあえず俺と一緒にいるってことでも構わないよな、レン?」
「・・・・・・」

肉をまた口に入れてから、レックのことをほけーっと見つめた。
そして、何も言わずに首を縦にゆっくり振る。

「よーし!決まり!」

レンの頭を軽くぺしぺしと嬉しそうに叩いた。
そのまま部屋の出口のおおきな扉に向かって歩いていく。

「レグルスさま?どちらへ?」
「ん、レンのことは決まったけど、俺はまだ決まってないから」
「ど、どういうことでしょう・・・?」

扉に手をかけたままレックは振り返った。

「せっかくはるばるこの国まで来たんだから、俺にできることをするよ」
「えっ・・・」

その言葉に思わずオルタンスは嬉しそうな声を上げた。
あ、そういうことじゃなくて、とレックは頬をかく。

「その話はまた別な。だって皇帝さんたちが元気になったら俺はまた要らなくなるんだろ?
そうなったらオルタンスだって困るだろ」
「そ・・・そんな、私は・・・」
「分かった分かった、ありがとな。だから・・・その、別ってそういうこと・・・。
とにかく、ちょっと行ってくる。お偉いさんに物申してくるよ。だからレンのこと頼むな」
「・・・は、はい!」

レックの言った意味が何となく分かったような気がして、オルタンスは明るく頷いた。
そしてレンの隣に椅子を運びそこに座る。

その様子を見てから、レックは部屋から出て行った。

「よおし・・・・・・あ、そこの人」

レックの部屋の前にいた扉を開ける係兼見張りの女性二人にレックは声をかける。
これはレグルスさま、と二人は膝をかがめた。

「あー・・・うん、そういうのいいんだけどありがと。部屋の中にいる二人のこと、
一応見ててやってくれる?あと、俺の食事が終わったら何かあるんだろ、どこに行けばいい?」

そう言いながら女性を部屋に入れるために自分で扉を押した。
失礼します、とお辞儀をしてから一人が中に入っていく。

残ったもう一人の女官は少々お待ちください、と一礼してから廊下を走っていった。

しばらく待たされたがやがて広い廊下の曲がり角から3人の司祭の格好をした男性が現れ、
彼らに案内されてレックは大人しく後をついていく。

階段をのぼったり降りたりひたすら広い王宮内を歩き続けて、ようやく一つの扉の前で止まった。

「こちらでございます・・・と、その前に」

失礼します、と突然なにやら頭に冷たい水のような物をかけられた。

「な、なにすんだよ」
「申し訳ありません、こちらは聖水から作られた薬でございます。ふりかけておけば1時間は安全です」
「え・・・?」

どうぞ、と扉を開けられて戸惑いながらも中に入る。
部屋の中はだだっ広く、奥に二つの大きなベッドが置かれていた。

そのベッドのそれぞれを大勢の人が取り囲んでおり、寝ている人の顔があるであろう位置を
みんなが見下ろしているようだった。

案内してくれた人が前に進むよう促すのでレックはなるべく足音を立てないように部屋の奥に向かう。

「あ・・・」

ベッドの前の椅子に座って下を向いている人物を見て、レックは思わず声を上げた。

「・・・レック?」
「ば、ばあちゃん・・・」

力なく顔を上げたのは、カンナだった。
普段のほほんとしている陽気な雰囲気はどこにもなく、すっかりやつれてしまっている。

「レック・・・ごめんねぇ、こんなことになっちゃって・・・」
「え・・・ええと・・・」

見たことのないほど落ち込んでいるカンナに、なんと声をかけたらいいのか分からなかった。
周りの人もレックが来たことに気づいたが、軽く会釈をするだけで何も言わない。

ちょっといいかしら、とカンナは立ち上がり、部屋の隅にある椅子を指差した。
あれに座れと言っているんだと分かったレックは先回りしてカンナのために椅子を引く。

よっこらせ、と腰を下ろしたカンナは、下を向いて手を小さなテーブルの上で組み、
とても小さな声で話し出した。

「黙っててごめんね・・・おばあちゃんはね、バルカローレの生まれだったのよ。
私のお姉さんの子供・・・先代の神聖光使さんね、その人には二人の女の子がいて、
3人目のレックは遠くに養子に出されてしまうことが決まって・・・それがどうしてもイヤでね・・・。
国を出て、もう関わらないとお互いに約束して、レックのことは私がしっかり面倒見ようって。
コンチェルトでゆっくり暮らそうって、そう思ってたんだけどねぇ・・・ごめんね・・・」
「ば・・・ばあちゃん、ちょっと、泣かないで」

カンナは はらはらと泣き出してしまった。
慌ててレックは背中に手を回して顔を覗き込む。

「ばあちゃんは何も悪くないよ・・・ビックリしたけど、俺がばあちゃんの孫だってことはずっと変わらないよ。
ずーっと大好きだし、ずっと大事にするよ。ね、泣かないでってば」
「うん・・・うん、ありがとねぇ」
「・・・・・・」

カンナが落ち着くまでしばらく背中をさすっていたが、ふとレックが顔を上げると
奥のベッドの前にいた人がこちらへ歩いてくるのが見えた。

「レグルスさま、こちらへ」
「・・・なんだよ」

声をかけられる前にいち早く立ち上がって歩み寄ったのは、
不満そうな返事をカンナに聞かれないようにするためである。

よく見ると奥のベッドで寝ていたであろう人物が上半身を起こしてこちらを向いていた。
呼ばれたんだな、と察して大人しく音を立てないように気をつけてベッドに近づいていく。

顔が見えるほどの位置まで来て、レックは目を丸くした。

「・・・・・・!」

今までコンチェルトで暮らしていて、見かけることのなかった薄い金色という自分と同じ髪の色をした、
自分とどことなく顔立ちの似た少女と目が合い言葉を失う。

レックのことをしばらく見上げていた少女は、一度苦しそうに息を吐き出してからレックに辛そうに笑顔を向けた。

「・・・久しぶりね、レグルス」
「・・・・・・」

そう言われても自分にとっては初対面で、同じように久しぶりと返すわけにはいかないし、
だからと言ってはじめましてというのもおかしいかと思ってレックは黙っていた。

その様子を見て、ふふっ、と笑われてしまった。

「覚えてないわよね・・・あなた、2歳にもなってなかったものね」

と、そこまで言い終わってから激しく咳き込み始めてしまった。
ベッドの周りにいた人たちが薬が入った容器を近づけたり背を支えたりと慌しく動く。

しばらくして咳がおさまり、周りの人を手のひらで制してからまたレックに向かって顔を上げた。

「じゃ・・・はじめまして。私はキリエ。バルカローレの皇帝セルシアの姉よ。・・・そして、あなたの姉でもある」
「キリエ・・・」

祖母のカンナ以外に肉親がいないと思っていたレックにとって思わぬ家族との再会だったが、
いきなり姉と呼んでいいのかどう接していいのか分からずそれ以上言葉が出てこなかった。

「ごめんなさいね、私たち二人がこんなことになっちゃって、レグルスを今更巻き込むことになって・・・。
みんなから話は聞いたけど・・・どうせ強引に連れてこられたんでしょ・・・ごほっ、ごほっ」
「あ・・・」

またキリエが咳き込みだした。
さらに隣のベッドからもさらに酷い咳が聞こえてきて、レックは顔をしかめる。

「・・・いや、俺のことはいいよ。それより・・・なにがあったんだよ、あんたたちに。
皇帝とその姉なんて、厳重に丁重にこの王宮のど真ん中で守られてるはずだろ・・・?
それなのに、どうしてそんな・・・病気?かかっちゃったんだ?この国の流行病なのか?」
「いいえ・・・今のところ、この症状が出てるのは私とセルシアの二人だけよ」
「・・・・・・」

隣のセルシアのベッドからは、咳き込んでいる声のほかにも周りにいる医師と思われる人たちから
血を吐かれたぞ、とか注射の用意を、などと悲鳴に近い怒号が聞こえてきていた。
額に嫌な汗がにじむのを感じながら、レックはキリエに問いかける。

「いつから・・・?大丈夫なのかよ、皇帝さんはあんたより症状が酷いみたいだけど・・・」
「症状が出て一週間ぐらい経過するかしら・・・私は丸一日、セルシアは三日間昏睡していたから
正しい日数が分からないけど・・・私の容態は今のところ落ち着いてる。でも、セルシアは・・・」

そこでキリエは口をつぐんだ。
悪化していってるのか、もしかしたらこのままじゃ助からないのかも、ということをレックは悟る。

「原因は・・・なにかあったのか?」
「分からないわ・・・食事は側近たちと同じものから皿は無作為に選ばれるし、
それをさらに二人の毒見係が食べるから・・・それでも、毒見係が入れたとも限らないけど」
「・・・・・・」

コンチェルトにおけるシャンソン大公やカイの食事風景を見ることはあったが、
毒見に関してはそこまで厳重ではなかった。

バルカローレはそこまで気を遣っている国だということはレックは知らなかったが、
それならばなおさらなぜ二人だけが、と必死に思考をめぐらせる。

「ただ・・・」

数回咳き込んでから、キリエが思い出すように頭に手を置いた。

「私たちが倒れる数十分前、公務の合間に二人で休憩していたの・・・そのときに、窓から・・・」
「窓から・・・?」








    





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