1ヶ月が経過しても、ついにその赤ちゃんの親は見つからなかった。 本当の親を探せという布告が出された日から赤ちゃんの世話をしていたカイは、1ヶ月という節目の日を待ちに待っていた。 「父上、母上!」 「・・・来たぞ、グレイス」 「・・・はい」 赤ちゃんを抱っこしたまま、カイは二人の前にやってきた。今は大臣たちもたくさんいる会議をする為の部屋で、シャンソンとグレイスは大きなテーブルの奥に座っている。 ゆっくりと二人の前に歩いてきたカイは、赤ちゃんを差し出してお辞儀をした。 「この子は、今日から私の子供として育てます。許可を頂きたく参上いたしました」 深々と頭を下げ、そのまま停止。しばらく、部屋にいる人間は微動だにせずに沈黙していた。 あきれたようにやっと口を開いたのはシャンソンだった。 「・・・カイ、お前のことだから心配はしていないが・・・お前はまだ7歳だぞ?その子の立場はどうなるんだ?」 「どう、とは?」 赤ちゃんを自分の方に引き寄せてからカイは首を傾げる。カイの腕の中の赤ちゃんは、空気を読んでいるのか泣き出す様子も無理やり動こうとする様子も全くない。 「だから、つまり・・・カイとは7歳しか離れていないことになる。まあ言うなれば二人とも一緒に成長するわけで・・・」 「問題はありません。この子は私の息子ということになり、私の第一子、王位継承者第二位となります」 「・・・そうなんだけどさ」 やっぱダメだ、とシャンソンは肩を落とした。 「好きにしなさい・・・言っても聞かないだろうし」 「父上が非とされることを私がしたことがあったでしょうか・・・」 「いや、ないけど・・・」 「改めてお聞きしますが、この子を私の子として育てることに異論は?」 「・・・ない」 「ありがとうございます!!」 赤ちゃんを抱きしめたまま、首が取れそうな勢いでカイは礼をした。周囲からはざわめきが聞こえているが、カイの耳には入っていない。 まだ頭を下げたままのカイに、シャンソンの横に座っているグレイスが尋ねた。 「その子の名前はもう決まっているの?」 「はい、フィルです。実はこの子と出会った日からそう呼んでいます」 「・・・そう・・・愛する、ね・・・いい名前だわ」 「ありがとうございます」 やっぱり最初から自分で育てる気だったんだと確信を得てグレイスは笑う。 「では、フィルの誕生の手続きをよろしくお願い致します」 「・・・え?」 とっとと部屋から出て行こうとするカイを、シャンソンが手招きながら止める。 「待って待って、なんだって?」 「私の息子が生まれたという手続きです。誕生日は1ヶ月と一週間前となっています」 「・・・・・・??」 意味が分からずシャンソンとグレイスは言葉もなく顔を見合わせる。分かってないな、ということを察したカイがまた振り返って説明を始めた。 「フィルは、私の養子ではなく実子として育てます。一ヶ月と一週間前に生まれた私の息子です。そのように出生届を出し、私が生まれた時と同じく王子誕生の手続きをしなければいけません」 「あ、ああ、そうか・・・」 シャンソンが力なく頷く。 最後の望みをかけて、カイの様子を伺いながら尋ねてみることにした。 「・・・カイ」 「なんでしょう」 「その子を私たちの息子ということにして、カイが育てるというのではいけないのかな」 「それではフィルが私の弟になってしまいます。この子は私の子供です。私が育てます」 「ですよね・・・」 「では失礼いたします」 今度こそ何も言えず、疲れた様子のシャンソンが目を閉じた瞬間にカイが部屋から出て行き扉が閉じられた。あまりの非日常的な出来事に、一同はまたしばらく動けなかった。 フィルを正式に息子として育て始めてからは、カイの生活は非常に忙しくなった。 数時間おきに授乳するために起きるのはもちろんのこと、フィルの世話はできる限り自分ですると決めていたカイは、粉ミルクの買い足しや消耗品の調達と洗濯など全てをこなしていった。 さらに、7歳とはいえ一国の王子でありさらにその天才的な頭脳は国内でも頼りにされており、相談役や一部の書類の認証まで行っている。 そして大人になるまでの履修過程を終えているカイだったがそれでも飽き足らず勉学にも励んでおり、読書や研究は欠かしていなかった。 そんな日々を送るカイを見て王宮の人々は、一体いつ寝ているんだろう、なんで体を壊さないんだろうと、心配を通り越して不思議がっている。 シャンソンとグレイスもカイの私室を毎日訪れており、フィルの成長具合を観察しに来ていた。 「ほら見てください、ちゃんと私を認識しているんですよ」 柵のあるベッドに寝かしているフィルを指差しながら、カイは嬉しそうに言う。 そのベビーベッドは通常のベッドよりもカイの背に合わせてかなり低く作られており、歩み寄ったシャンソンはしゃがみ込んでフィルの顔を覗き込んだ。 「・・・カイの声に反応しているようだな」 「父上より、私のこと見てますよね」 「・・・そうだね」 まだ声を出して笑うわけではなかったが、嬉しそうな愛らしい笑顔をカイに向けている。何となくそれがシャンソンは寂しい気がした。そのシャンソンの横から、グレイスが顔を覗かせた。 「抱っこしてもいいかしら?」 「どうぞどうぞ」 そっとカイがフィルを抱き上げて、グレイスに渡した。しばらくきょとんとしていたが、人差し指でつつかれてくすぐったそうに笑っている。 「可愛いわね、カイにもこんな時期があったのよ。すぐに大人びちゃったけど・・・」 「はい、可愛がり慈しんで育ててくださりありがとうございました」 「・・・まだあなたも育っている途中だと思うわ」 どこか抜けたやり取りもフィルには分かるはずもなく、グレイスの人差し指を口で追っている。その様子にまたグレイスは微笑んだ。 「本当に可愛いわね。ほら、抱いてみてください」 「わ、私が?」 フィルを差し出されて、シャンソンは戸惑った。 「カイのこともあまり抱っこしたことなかったですものね、こちらの腕をこのようにして動かさないように」 「あ、ああ・・・か・・・肩がこりそうだな・・・」 シャンソンの腕の中でも泣き出すそぶりも見せずに、赤い瞳をきょろきょろさせている。手を伸ばしてシャンソンの指を掴み、真剣そうな表情を見せた。 「・・・可愛いな」 「そうでしょう」 その様子を下から見上げているカイは得意げである。 「孫は可愛いものです、でも甘やかし過ぎないようにお気をつけ下さいね」 「まっ・・・」 「孫・・・」 すっかり息子を、カイの弟のポジションの赤子を抱っこしている気分だった二人は、突然現実に引き戻された。 「・・・そうね、この子は私たちの孫だったわね・・・」 「カイに兄弟が生まれたら、叔父や叔母より甥の方が年上という訳の分からないことになるな・・・」 「なるほどそういうことになりますね。父上たちも、史上最速で孫を持った夫婦としてギネス認定されるかもしれませんね」 「ぎねすって、なに・・・?」 シャンソンの疑問は華麗にスルーされた。いよいよ腕がこわばってきたシャンソンは、大人しくカイにフィルを返し、フィルを受け取ったカイはまたそっとベッドにフィルを横たえた。 「ところでカイ、あと1時間したら夕食の時間だが今日はみんなと一緒に食べられそうか?」 「あ、はい」 眠そうにあくびをしているフィルの頭を撫でながらカイが返答する。 「今日は別棟での晩餐会でしたね。私も時間になったら参ります」 「そうか」 「フィルも連れて行きます」 「そ・・・・・・え?」 「目は離せませんから。ベビーシッターたちに任せている時間帯ではありませんので私がついていないと」 「まさか背負って食事をする気か・・・?それともそのベッドを持って・・・」 「はは、そんなはずありませんよ」 今にも寝入りそうなフィルを気にしてか、カイは少し小さな声で笑い声を上げた。屈託なく笑うわが子の様子に、シャンソンは幾らか安心する。 カイは自分の机の後ろ部分を指差した。 「それを使います」 「・・・なんだこれは?」 木でできた大きな作業用の机の後ろには、立派な手押し車のようなものが鎮座ましましていた。金属で作られたフレームに木でできた取っ手部分、中にはふんわりとしたクッションが敷かれている。 「はい、これは私が作りました赤子を乗せて移動する為の車です。こちらは小型の室内用です」 「くるま・・・?カイが作ったのか・・・?」 「こちらが外出用です、もう少しフィルが成長したらこちらに乗せる予定です」 「・・・・・・。」 立ち上がりカイが部屋の間仕切りのカーテンをさっと引くと、立派な乳母車が姿を現した。 「いつの間にこんなものを作っていたんだ・・・?」 「フィルと出会った日に設計図を作成し、部品を作らせました。組み立てたらなかなかいい物ができまして」 「・・・すごいな」 シャンソンはもはや開いた口がふさがらない状態で立ち尽くした。グレイスも乳母車を見つめてぽかんとしている。 そんな状態の両親は全く意に介さず、カイはどこからともなく小さな箱を取り出した。 「・・・今度はなんだ?その箱は」 「はい、これは私が作ったオルゴールです。」 「それも作ったのか・・・」 装飾の施された小箱の横から出ているゼンマイを何度か回すと、小さな音で子守唄が流れ始めた。オルゴールを机の上に置き、カイは身支度を始めた。 「お、おいおい、どこへ行くんだ?」 「洗濯物を取り込んできます」 「・・・そんなの女中にやらせればいいだろう・・・」 「数分で戻りますので、少しの間フィルの様子を見ていてください」 「はーい・・・」 カイが持つと目の前が埋まるほどの大きな取っ手のない籠を持って、いそいそと部屋から出て行った。取り残された国王夫妻は、とりあえず用意されていた椅子に座ってフィルを見下ろした。 オルゴールからはメロディが流れていたが、すでにフィルは眠りについている様子である。 「・・・この子は、どんな子に育つか想像がつくか?」 「どうかしら・・・そもそも、私たちの子があんな風になると想像がつかなかったし・・・」 「・・・だな。どうしてこうなったやら・・・」 お互いため息をついて眠っているフィルを見つめる。孫にしては歳は近すぎたが、やはり赤ちゃんは可愛いもので、自然と二人とも笑顔になっていた。 さらに1ヶ月が経過。 バスタオルにくるまれたフィルを抱っこして、カイは廊下を歩いていた。 「お風呂でも最近泣かなくなったな、いい子いい子」 おでこに口を近づけると、フィルは笑って目を閉じた。お風呂で疲れたらしく、眠そうに小さくあくびをする。 「もう眠いか・・・早く隣で寝たいけど、まだムリだな・・・」 フィルが湯冷めしないうちに自室へ戻ろうと急ぎ足になるカイを、数人の召使を引き連れたシャンソンが呼び止めた。 「カイ?どこへ行っていたんだ?」 「これは、父上」 フィルを抱っこした状態でも、お辞儀を欠かさない。シャンソンに向き直って深々と頭を下げた。 「フィルを入浴させていました。今日はなんと一緒の湯船に入るお風呂デビューです」 「でびゅー・・・」 「どうもお風呂が嫌いだったようなのですが、浴槽が気に入ったようで今日は泣かなかったんです。ねー」 と言いながら、フィルにも呼びかける。 「父上、私はどうでした?お風呂は嫌がりましたか?」 「どうだったか・・・一緒に入ったことないし・・・」 「母上から聞いたこともありませんでしたか」 「グレイスも、カイと一緒に入ったことあったんだろうか・・・」 「そうですか」 少し残念そうな口調で、カイは肩を落とす。その様子を見てシャンソンも悲しくなった。 「・・・やはり、自分の手で我が子を育てるべきだったかな。完全に人任せというわけではなかったと思うのだが・・・」 「いいえ、父上は私とよくコミュニケーションをとってくださいました。父と子の会話というのは大切なものです」 「そ、そうかな・・・なんで過去形なんだ・・・」 「でもやはり残念です。私がお風呂嫌いだったら、フィルと同じでやっぱり親子は似るんだなと思えたのに」 「・・・ああ、そっちね」 乳母に今度尋ねてみよう、と言い残してシャンソンはそのまま歩いていった。シャンソンが連れていた召使たちも、カイに一礼してからシャンソンの後に続いた。 「フィルが寝返りを打ったんですよ!」 と寝返りを打ったポーズのままフィルを運んで城中を駆け回ったり、 「歯が生えてきたんですよ!ほら!!」 と、歯茎から見えるか見えないかのフィルの小さーい白い歯を見せびらかしたり、 「はいはいができるようになったんです!ほら、父上の前でやってみて!!」 と、わざわざシャンソンの足元にフィルを設置してはいはいを披露させたりとカイの親馬鹿度は加速していき、 「父上!母上ー!!フィルがさっきしゃべったんですよー!!」 と城中に響き渡りそうな大声で叫んだのは、その実 城にいた人のほとんどが聴いていた。ちなみに初めてしゃべった言葉は「とー」という一言だったらしい。 「フィル、もう1回!もう1回しゃべって!!」 シャンソンとグレイスの前にフィルを連れてきて、目の前でしゃべらせようと手を叩く。しかし、フィルは人差し指を口にくわえてカイを見つめているだけで声を出す様子はない。 「録音しておければいいのに・・・!」 「ろくおん?なんだそれは?」 「初めてのつかまり立ちは、スマホで録画だ・・・!!」 「すまほってなに・・・?」 7歳の天才児は息子の一挙一動に一喜一憂し続け、そのたびに城中をかき回していた。そんな父親に育てられたフィルは、少々過保護な環境ながらもすくすくと成長していく。 そしてそしてフィルが5歳になったとき、12歳の父親はある重要な局面に直面していた。 |