カイとリアンの論議の場を覗いてみたフィルだったが、 空を飛ぶだの海を行くだの巨大な乗り物や魔法の力を借りた効率的な移動だの、 学校では習わない意味不明な話がなされていて全く理解ができなかった。

ララシャルと二人で実験室みたいな部屋の隅で話が終わるのを待っていたが、 いくら時間が経過しても話し合いは白熱していくだけで終わりは見えない。

目をこすりながらララシャルがあくびをしたので、フィルは仕方なくこっそりと部屋を出た。 どこかララシャルを寝かせられる部屋を探すためである。

「もう夜だもんな・・・ララ、普段何時ごろに寝てるの?」
「・・・うう〜・・・・・・」
「大変だ、今にも寝ちゃいそうだ」

手を握るリボンの力も弱々しく、フィルはララシャルを抱え上げて歩くことにした。 腕の中におさまると、ララシャルはいよいよ舟をこぎ始める。

「お父さんのリアンさんは父さんと一緒にいるし、他にララのことが分かる人は・・・」

リアンの妻でありララシャルの母のクレールという女性のことはフィルも聞いたことがあった。 このたびセレナード皇太子セレスと婚約式を挙げるシャープ姫の母でもある。

「・・・ララのお母さんは、王宮に来てるのかな・・・来てるよね」

すっかり日は暮れていて外は暗くなってしまっている。

フィルが歩く廊下は明かりが等間隔に灯されており明るかったが、 すれ違う人たちはランプを持っている人も多い。

ララシャルを抱っこしているフィルは結構目立つが、 セレナードの王宮に従事しているであろう通行人たちの中で特に話しかけてくる人はいなかった。

自分たちが通された部屋に寝かせてもいいものか、と考え始めたそのとき。

「・・・あれ、フィルくん?」
「あ・・・!!」

向こうから歩いてきたのはセレスだった。 少し急ぎ足だったようだが、フィルの前まで来て止まった。

そして、フィルの腕の中のララシャルに視線を落とす。

「・・・・・・あれ、ララがどうしてここに?」
「ええと・・・今日突然会って、リアンさんが父となんか話し合いを始めちゃって・・・」
「で、ララだけフィルくんのところに残っちゃったってワケか・・・いいよ、バトンタッチするから」
「いいんですか?」
「もちろん。一応ララのお兄ちゃんでもあるからね、ぼくは」

セレスの母親はシャープの母と同じ人物。となると、セレスとララシャルは異父兄妹である。

いつの間にか力尽きて眠りについてしまっていたララシャルをそっと受け取り、 帽子のリボンを片手で器用にくるくるとまとめて小さく握られたララシャルの手の上に置いた。

「母上の部屋に預けてくるよ・・・あ、そうだ」

歩き始めたセレスがまた足を止めた。

「フィルくんのこと、アリアちゃんたちが探してたよ。それと、聖墓キュラアルティにいた人がさっき到着したみたい」
「・・・・・・!」

聖墓キュラアルティの癒しの司、その人を殺したという嫌疑が掛けられていることを改めて思い出した。

「城の前でみんなで迎えるみたいだから、フィルくんもいっておいで」
「わ・・・わかりました・・・」

何を言われるか想像もつかなかったが、疑いを晴らすためにも行かなければならない。 フィルは無意識にぎゅっと手を握った。






王宮の一番大きな入り口の広間には、大勢の人だかりができていた。 その中にはアリアもシェリオもいたが、その大勢の一人と化している。

灯火を持った人たちに囲まれて、ゆっくりと白いローブをかぶった人物が歩いてきた。 周りの人に手のひらを向けて何かを言ったかと思うと、フードを取った。

フードの中から、見事な金髪と、その色と同じ金色の瞳が現れる。わっ、と思わずフィルは声を上げた。

「あれが・・・聖墓キュラアルティから来た人・・・?」

フィルはシェリオの横に歩いていき、そっと尋ねてみた。しかし、返事はない。

えっ、と思ってシェリオの横顔を覗き込んでみると、シェリオは今にも泣きそうな顔で小刻みに震えていた。

「ど・・・」

どうしたの、と言おうとした時、シェリオは一直線に走り出した。

「エバ!!」

その人物から一定の間隔があいた人だかりだったため、シェリオは誰にもぶつからず駆け寄ることができた。 そして、エバと呼んだその人をローブごとがしっと抱きしめた。

「馬鹿野郎っ!あんな死に方しやがって・・・謝る暇もくれないで・・・!!馬鹿っ・・・」

シェリオの様子に周りは動揺しているようだが、誰も止めに入る様子はない。ついにシェリオは周囲の目を気にせずローブにすがって泣き出してしまった。

「シェリオ・・・」

その様子を見ているアリアが呟いた。今度はフィルはアリアに尋ねてみることにした。

「・・・アリア王女、シェリオとあの人は知り合いなんですか?」
「うん・・・私も話に聞いただけで、実際にエバさんと会ったことはないんだけど・・・」

周囲に聞こえないように小さな声で話し始めた。

「元々シェリオはとある領主の家にずっと閉じ込められてて、 そこから連れ出してくれたのが癒しの司のフォルテさんとそのお友達であり護衛だったあのエバさんだったんだって。でもエバさんはシェリオをかばって死んじゃって・・・」
「・・・え、でもあそこにいるのがその人なんですよね?」
「そうだね・・・」

シェリオは泣き声交じりにエバに色々訴えていたようだったが、ようやく落ち着いてきたようだ。

「・・・・・・ごめんなさい」
「え?」

エバの声に、シェリオは顔を上げた。

「随分、背が伸びたんですね。エバの体よりかは少し小さいけど・・・ぼくよりも大きいかな」
「え・・・!?」

ローブを掴んだまま、エバの顔を見つめる。 なんで、どういうことだ、と尋ねるシェリオを笑顔と口の前にそっと手を置くことで遮り、周りの人たちにエバは呼びかけた。

「セレスティア、いますか?ぼくが伝えた関係者を集めてください」






シェリオは混乱した様子だったが、エバの呼びかけによって人だかりが動いた。 セレスはその場にいなかったため、アリアがエバの前に出てその場を取り仕切った。

エバは国王の間に呼ばれてリタルドと話した後すぐに部屋から出てきて、次にフィル、アリア、シェリオ、セレスが待つ会議に使う部屋に移動した。

「お待たせしました」

一礼をしてから、エバが部屋の入り口に姿を現した。 先ほどまで感極まった様子だったシェリオは、今度は混乱しているのか落ち着かない状態で立っている。

部屋に入って来たエバのためにアリアが椅子を引いた。

「・・・はじめまして、エバさん・・・」
「ええ・・・あの、そのことなんですけど・・・」

椅子に腰をかけて、エバは両肘をテーブルについて両手を組んで顔の前に当てた。

「・・・ぼく、エバじゃないんです。エバの姿なんだけど・・・」
「ど、どういうことだよ・・・?」

シェリオが余裕がない口調で尋ねる。

「ぼくは・・・・・・あ、替わる?うん、お願いします。見てた人が話す方がいいと思うから」
「??」

エバが自分に話しかけるようにそう言うと、すっと目を閉じた。小さく息を吐き出してから再び目を開けると、顔を傾けてちらっとシェリオを見た。

「・・・よっ、シェリオ。久しぶりだな」

その声を聞いて、シェリオはこれでもかと緑色の目を見開いた。

「エバ?!今度こそ本当にエバだな!?」
「でかくなったな。髪切っちゃったのか・・・・・・わ」

シェリオはまたエバに飛びついた。
今度はエバが座っているため、頭ごと抱え込んでいる。

「何があったのか知らねえけど・・・!!俺、あの後すんごく頑張ったんだからな!? エバの代わりに白蛇との戦いにも加わったし、外の世界で暮らせるように努力して勉強して、ソルディーネ家のことを取り仕切って、ニヒトさんの世話もして・・・!!」
「あっははははは、ニヒトさんのことも?そりゃ大変だったな」
「言いたいこと山ほどあるんだぞ!・・・もう会えないと思ってたから」
「そっかそっか、あの時はもうほとんどしゃべれなかったからな」
「俺のせいで、本当にごめんな・・・・・・痛かっただろ・・・・・・」
「・・・俺がそうしたかったんだよ」

二人だけで話が進んでしまっており、部屋にいる人たちは会話に加わることができない。 積もる話は後で二人でやってもらうことにして、アリアは話を遮ってみることにした。

「あの、エバさん・・・」
「ん?」

テーブルに片手をついて手を上げて発言する。エバはアリアに視線を移した。

「えっと・・・破邪の勇者・・・アリア、だっけ?フォルテから話だけはよく聞いてたけど」
「あ、はい。はじめまして・・・私もエバさんのことはたくさん聞いてるんですけどお会いするのは初めてですね・・・」

どう接していいものか分からず、ぎこちなくアリアは頭を下げた。

「とりあえず・・・説明をしてもらえますか?まず、癒しの司であるフォルテさんが殺されたってことについて・・・」
「そうだな。じゃあ・・・うん、俺から先に話す」

先ほどのように自分に話しかけるように頷いた。部屋にいる人物たちはその様子を不思議そうに見ている。

「癒しの司がいる聖墓キュラアルティには、普通の人間は入れないようになってるってのはみんな知ってるよな。 だからコンタクトを取るにはジェイドミロワールを使って話しかけるしかないって」
「はい・・・」

みんなを代表してアリアが返事をした。

「入り口はこっちから開けないと入れないようになってるはずなんだけど・・・突然、入ってきた奴がいたんだ」

エバは、すっと人差し指を伸ばした。その指は、フィルの方向を向いていた。

「そこにいる、そいつが」
「そ、それは・・・」

フィルが反論しようとして口を開いたが、それをシェリオが制した。目の前に来たシェリオの手に驚くも、小さく 大丈夫だから話を聞こう、というシェリオの言葉に従うことにする。

「どこから入ったのか、何をしに来たのか、何も答えなかった。ただ、俺を見て「癒しの司はお前か」と尋ねた。 フォルテが、自分がそうだと言ったら次の瞬間にはもうフォルテは刺されてた。胸の辺りをぐさっと貫通してな」
「・・・・・・。」

想像して、フィルは思わず身震いした。

「俺はすぐにフォルテに駆け寄ったんだけど、刺した奴はもういなくなってた。 ・・・入ってこられる奴がいるなんて思ってなかったから俺も完全に油断してたんだよ。 あーあ、ホント情けないよな・・・何のためにいたんだか。・・・・・・え?替わる?なんで・・・いいけど」

話している途中で、またエバが独り言を口にした。どうしたんだろうとみんなで見守っていると、エバは下を向いて目を閉じた。

「そう、あんまり突然だったからぼくも何が起きたか分からなかったんです」

目を再び開くと、エバの様子がまた一変していた。先ほどと全く違う口調に、シェリオが はっとして机を叩いた。

「まさか・・・フォルテ?エバの姿だけど・・・今、フォルテになってんの?中身・・・っていうの・・・?」
「はい、そうなんです」

エバが作る表情とは違う笑顔を向ける。

「ぼくが刺された時、血とかは出なかったんだけど刺された胸の部分から見る見る凍り付いていって・・・。 このままじゃ完全に凍って動けなくなると思ったんだけど、そのときエバが助けてくれたんです」
「どうやって・・・?」
「ぼくの・・・なんていうんだろ、フォルテとしての精神をエバが自分の体の中に引きこんでくれた。 だから今、エバの体でフォルテという人格も共存できてる・・・って感じかな」
「・・・・・・。」

一同、訳が分からず黙ってしまった。その様子を見てフォルテは くすくすと笑っている。

「じゃあ、フォルテが話してる間・・・エバはどうなってんだ・・・?」
「体を動かしているのがぼくっていうだけで、感覚は共有してますよ。つまり、今ぼくが話していることも聞いていることもエバには聞こえてます」
「・・・・・・え」
「で、話すのと体を動かすのを交代する。見てるものも全部共有していて、違うのは思考だけ。 エバの体を借りてしゃべってるって感じですね」
「そうなのか・・・」

シェリオは自分に言い聞かせるように何度も頷いた。そして、ゆっくりと立ち上がった。

「・・・じゃあ、先にハッキリさせとこう。エバ、聞こえてるんだよな。フィルがフォルテを刺したって言ってたけど・・・それは違う。フィルは犯人じゃない」

真剣にそう言うシェリオを、フィルは はっとして見上げた。

「俺はそいつを見たんだぞ。声も、ご丁寧に服まで同じだ。一瞬だったけど、見間違えるとは思えない」

シェリオの言葉に答えて入れ替わったエバが、鋭い視線をフィルに向ける。それでも負けずにシェリオは続けた。

「・・・どうしてそう思うかは、後で話す。でもとにかく違う。フィルじゃ・・・ない」
「・・・・・・。」

エバの視線はシェリオに移ったが、シェリオも負けじとエバを見つめ返す。 真剣な様子のシェリオを見て、エバは納得したように軽く何度か頷いた。

「・・・・・・わかった。信じるよ。えっと・・・フィル、だっけ?犯人扱いして悪かったな」
「え・・・あの」

かばってくれたシェリオと信じてくれたエバに礼を言いたかったが、突然謝られてうまく言葉が出てこなかった。

その横で、アリアが口を開いた。

「あの・・・じゃあ凍っちゃったフォルテさんの体は今どこに・・・?」
「床にカチコチに凍った状態で倒れてたんだけど、そのまま置いとく訳にもいかないからここ、セレナードの王宮に運び込んでもらってる。氷の塊みたいに重くて一人じゃ運べなくてな」
「それなら聖墓キュラアルティに癒しの司がいない状態ってことですよね?
・・・どうなるんですか?」

その一言に、そこにいた全員の疑問が詰まっていた。

なぜ癒しの司は存在していないといけないのか、いないとどうなるのか。 フォルテが死んだという報を受けて城中が混乱していたのもそれが分からなかったためである。

その説明をするためにエバはフォルテと交代をした。

「ええと・・・残念ながら、分からないんです」
「分からない・・・?なんで!?」

なぜそこに存在していなければいけないのかも分からないのに癒しの司になったのか。 フォルテに会えなくなったことにかつて悲しんだシェリオは思わず声を荒らげた。

「エバの体に宿ってるのはフォルテの「精神」だけ。記憶はフォルテの体に存在しているものだから」
「えっ・・・・・・?」
「だから癒しの司としての記憶はエバの体にはないんです」
「じゃあ、エバは知らないのか?」
「エバから聞いた話だと・・・癒しの司しか入れない部屋があったらしいです。でも、何をしていたかはエバには全く話していなかったようで・・・」

フォルテがそう言うと、今までずっと黙っていたセレスが顔を上げた。

「・・・癒しの司は、先代の記憶を全部受け継ぐから全てを知っていたはずだったのにね」
「セレスさん・・・」

いたんだ、と全員で思ってしまうほどセレスは何も話していなかった。ようやく発した声も、いつもより幾分低い。

「花を見てたとか、水をあげてた・・・とか、そういう記憶はない?エバに話したことは?」
「な、ないけど・・・セレスティア、癒しの司について知ってるんですか?ぼくが尋ねるのも変ですけど・・・」
「・・・ううん、もう分からない」

それだけ言うと、何か考えているのかセレスはもう自分から話そうとはしなかった。部屋は不思議な雰囲気に包まれたが、そこで突然扉が激しくノックされた。

「癒しの司の従者殿!!この部屋にいらっしゃると聞いて来ました!!お開け下さいっ!!」

とても聞き覚えのある声だった。

「・・・癒しの司さま、父の声です あれ・・・」
「そ、そうですか。鍵はかかっていません、どうぞお入りください」

フォルテが扉に向かって呼びかけると、ドカンと扉が開いてカイが駆け込んできた。

「おおフィルもいたのか!リアン殿とつい競い合ってしまって・・・あ!それどころじゃない!! 従者殿!フィルが癒しの司を殺した犯人だと思われているようですがそれが違います!! 私の息子がそんなことをするわけも理由もないのです!!その証拠も揃えてきておりまして・・・」

フォルテが返事をする隙もないほど早口でまくし立てる。

その話は一応解決してるんだけどな、と思いながらも口を挟む余裕がないため 部屋にいる全員はとりあえずしゃべらせとこうとそれぞれが思っていた。



    






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